割れ目を攀じ登る楽しみ
金曜日は水曜日に続いて石切り場で攻めた。二年前にそこの開拓者の一人から、そこまで熱心に頑張っているなら「あそこを飄々と登れるようになるのと違うのか?」と宿題に出された場所である。昨年も熱心に練習はしていたのだが、なぜかそこを登る機会がなかったのである。一つには嘗て一度途中で断念したように、トップロープでの二度目の機会をどこかで待っていたのかもしれない。
夕方に一雨来たことであり、他の未知のルートを登りたいと思っていたのだが、塞がっていたので、他の課題を探した。岩肌の表面は湿り気を持っているが足の入るような断層の裂け目の中はその前に続いていた乾燥した天候でまだ完全に乾いていると思って覘いてみると、裂け目が縦に二十メートルほど断層上に割れているルートには誰も居なく空いていたのだ。 こうなれば一発勝負で登るしかない。念のために機械仕掛けの楔であるフレンズを持って登りだす。まず最初のハーケンまでが遠いので地上に落ちて足を怪我しないように手ごろなところに黄色の大きさのを掛ける。割れ目に片手を差し込みながら、身体を斜めにしてフレンズを腰から選び出し、もう一方の手で割れ目に差し込む作業は典型的なフレンズの使い方であるが慣れが必要である。目星どおり黄色の大きさが上手く咬んでくれた。 そうなれば安心して一本目のハーケンまで辿り付けて、そこにカラビナを掛けザイルを掛ける。そこで下のフレンズを回収する。さて、二本目のハーケンには頭の高さの場所にある五センチ四方の棚に立たなければ届かない。そこで今度はより大きな青色のフレンズを引っ掛けて万が一の墜落に備えて、頭の高さに手掛かりを探しながら立てた。そこが一つ目の核心部であった。 二つ目の核心部はその左膝が割れ目に入る立ち位置から再び右の壁に指先だけ掛かる穴を手掛かりに、右へと体重を移動させて、割れ目の左の縁にある突起に左足を掛けて立ち上がることで頭の上ぐらいの足場に立ち上がるのであるが、左手は割れ目の縁を上手に使わなければいけないので技術的には難しく、とてもテクニカルなのである。ここでも墜落を恐れて紫のフレンズを掛けようとしたがそれでは小さ過ぎて、黄色を無理やり押し込んだ。赤色が有れば丁度の大きさであった。そして黄色は十分に嵌らずにまた抜けにくい形勢となってしまったのである。そうこうしているうちの雷鳴が轟き雨粒が降ってきたので、一斉に皆は帰り支度を始めたが、こちらはそれ所ではない。このまま雨脚が強くなって断念して降りてしまうとフレンズは回収できない。一個60ユーロ以上の価値である。 そこでもはや退路は断たれた。上へ上へと進むしかないのである。そして目指した場所に立ち上がるのだが、右手は肘まで割れ目に押し込んでこじていないと落下してしまう。左手でカラビナを腰から抜いて、摺りそうな右手でバランスを取りながらハーケンに掛けるところが、冬の室内で何度も練習した重心を動かさずに中間支点を取るロープをリードする場合の最も核心的な技術である。室内でこそ最も有効に身につけることが出来る技術である。 そしてなんとか上のハーケンにカラビナを掛けて、ザイルにぶら下がって下の黄色のフレンズを回収した。雷鳴は轟くが、雨は本格的とはならず、割れ目の中や回りも乾いたままである。そこの立ち位置には記憶があった。以前に断念した最高到達地点であったからだ。それ以上はにっちもさっちも行かなかったのであった。あの時はぜいぜいと肩で息をしていたのを覚えている。我武者羅に力で登っていたからである。あの時と比較すれば耐久力も筋力も身軽さも何もかも優れているのだが、力は最小限にしか使っていない。 そこまでで目指す頂上はもう少しである。割れ目の長さにして三分の二は終えている。そして最後の核心部である。足下の割れ目には奥には鳥の巣の痕らしきもあって中に詰め物もあってなんとなく手掛かり感があったのだが、そこから上は鋼のように鋭い割れ目の岩質で全く中で摩擦が効き難いのである。それゆえにデュルファーテクニックもしくはピアッツァまたはレイバックと呼ばれるツッパリ技術を使うのにも骨が折れるのである。そこで力尽きるのは当然なのだ。 そこで、次のハーケンを目指して出来る限り横の壁に手掛かりを求めて登る。そろそろ死闘も終わりで頭の上に大きな棚が覗いて来ているが、右手も疲れが強くなってきていて、何処まで耐えられるか分らない不安がある。ハーケンにザイルを掛けて、これで抜けられることが分った。棚に駆け上ると思わず勝利の雄叫びが上がる。同時にパートナーに礼を言って、到達点にザイルを架け替える。執拗なまでに静的な登り方に拘ったので、どれほど長い時間経ったかは分らないが、とりわけ時間が掛かった ― やはり内面登攀と呼ばれる摩擦があまり効かない内側に入る部分は外側から様子が伺えないので下から予想するのが難しく、特に頭上の足場に立ち上がるような場所は不安があり躊躇う。それでもこの石切り場でもっともテクニカルな代表的なルートで、その困難度査定の六級上つまりファイヴ・テンよりも遥かに興味深い。ここをとても綺麗に登る人を見かけることがあるが、次の機会には動的な登り方を混ぜることで早く魅せれる登り方が出来るのではないかと思う。兎に角、一部は初見であったが登り切れて大満足である。 参照: 量子力学的跳躍の証明 2012-05-05 | 雑感 友達の道具を使い続ける 2009-07-01 | 雑感 年末が見えると春ももう直ぐ 2011-12-03 | 生活
by pfaelzerwein
| 2012-05-06 21:54
| アウトドーア・環境
|
Trackback
|
カテゴリ
全体 ワイン 暦 料理 試飲百景 アウトドーア・環境 雑感 文化一般 音 生活 女 歴史・時事 文学・思想 INDEX マスメディア批評 SNS・BLOG研究 テクニック その他アルコール ワールドカップ 数学・自然科学 未分類 BOOK MARK
Wein, Weib und Gesang -
ワイン、女 そして歌 ― 同名の本サイト 以前の記事
2024年 03月 2024年 02月 2024年 01月 2023年 12月 2023年 11月 2023年 10月 2023年 09月 2023年 08月 2023年 07月 2023年 06月 2023年 05月 2023年 04月 2023年 03月 2023年 02月 2023年 01月 2022年 12月 2022年 11月 2022年 10月 2022年 09月 2022年 08月 2022年 07月 2022年 06月 2022年 05月 2022年 04月 2022年 03月 2022年 02月 2022年 01月 2021年 12月 2021年 11月 2021年 10月 2021年 09月 2021年 08月 2021年 07月 2021年 06月 2021年 05月 2021年 04月 2021年 03月 2021年 02月 2021年 01月 2020年 12月 2020年 11月 2020年 10月 2020年 09月 2020年 08月 2020年 07月 2020年 06月 2020年 05月 2020年 04月 2020年 03月 2020年 02月 2020年 01月 2019年 12月 2019年 11月 2019年 10月 2019年 09月 2019年 08月 2019年 07月 2019年 06月 2019年 05月 2019年 04月 2019年 03月 2019年 02月 2019年 01月 2018年 12月 2018年 11月 2018年 10月 2018年 09月 2018年 08月 2018年 07月 2018年 06月 2018年 05月 2018年 04月 2018年 03月 2018年 02月 2018年 01月 2017年 12月 2017年 11月 2017年 10月 2017年 09月 2017年 08月 2017年 07月 2017年 06月 2017年 05月 2017年 04月 2017年 03月 2017年 02月 2017年 01月 2016年 12月 2016年 11月 2016年 10月 2016年 09月 2016年 08月 2016年 07月 2016年 06月 2016年 05月 2016年 04月 2016年 03月 2016年 02月 2016年 01月 2015年 12月 2015年 11月 2015年 10月 2015年 09月 2015年 08月 2015年 07月 2015年 06月 2015年 05月 2015年 04月 2015年 03月 2015年 02月 2015年 01月 2014年 12月 2014年 11月 2014年 10月 2014年 09月 2014年 08月 2014年 07月 2014年 06月 2014年 05月 2014年 04月 2014年 03月 2014年 02月 2014年 01月 2013年 12月 2013年 11月 2013年 10月 2013年 09月 2013年 08月 2013年 07月 2013年 06月 2013年 05月 2013年 04月 2013年 03月 2013年 02月 2013年 01月 2012年 12月 2012年 11月 2012年 10月 2012年 09月 2012年 08月 2012年 07月 2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 フォロー中のブログ
生きる詩 「断想」 _sin... Rhymes Of An... やっとかめ どっとこむ 美術と自然と教育と 死して屍拾う者無し 小林恭子の英国メディア・... みなと横浜、音楽三昧 ベ... 現象学 便所の落書き 庭は夏の日ざかり Romantic Exp... BOSSの言霊 ラジカル 武士道!【投資... the Sky over... ベルリン中央駅 考える葦笛 デジタルタブローとは。 クララの森・少女愛惜 Weingau --- ... 我楽亭ハリト Warat... Yamyam町一丁目 風のたより 最新のコメント
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
スポーツクライミング
ビュルクリン・ヴォルフ醸造所
レープホルツ醸造所
フォン・ブール醸造所
ペッヒシュタイン
ピノノワール
シュペートブルグンダー
石切り場
ダイデスハイム
シェーンレーバー醸造所
バッサーマン・ヨルダン醸造所
グレーフェンベルク
トレイルランニングシューズ
ランゲンモルゲン
緑の党
床屋
グランクリュ
ゼーガー醸造所
ビュルガーガルテン
レッドポイント
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
ファン申請 |
||