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合理主義の夫婦機構と家庭

日本では女性手帳が問題になったようだが、それは欧米では特にドイツにおいては宗教界の仕事ととなる。それもこのブログの主題となっているようにプロテスタンティズムがその社会の規範となることから、今回の教書の改正に話題が集まる。

日本においては、生殖のための結婚と家庭がその全てとして、学校などでも教え、更に少子化社会への対応策としてそれを社会の基本にするばかりか、高齢化社会に対応するどころか国軍や徴兵によって、まるでシナ人がそうするように若い子供を社会の人身御供にしようとする思想が復活している。

それに比較すると、近代化の基礎として世界を牛耳ってきたプロテスタンティズムがここに来て、そのありうるべき夫婦関係や家庭を批判的に新たに指針として改正しようとしているのはその合理主義所以である。

つまり、夫婦関係は決して神的なものではなく、世俗的なものであるという実際にマルティン・ルターに発する考え方を推し進めて、家庭内での立場を男女関係だけでなくて、その経済性をも重視した夫婦の機構として捉えるのである。

そこには、聖書に定められているかのような男を助ける女性の立場よりも遥かに一般化した同性の人間関係の延長としても捉えているのである。正しく、イスラム批判にあるそのイスラム社会の非現代性批判をそのままキリスト教批判にも広げる形になっており、あらかじめ友好的に開示しているカトリックから批判が出ている。

その結果として、一生涯夫婦でありえることは幸福であるが、それ以上に重要な機構としての働きを重視するということでもあろう。非常に現実的でもあり、その現実に影響を強く与え続けるという意味である。



参照:
スイス合理主義の判断 2012-01-11 | アウトドーア・環境
エロ化した愛の衝動 2007-01-04 | マスメディア批評
by pfaelzerwein | 2013-07-08 23:22 | | Trackback
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