年末年始のプローザ一抹
年末年始で一冊の本しか読めなかった。それでも流し読むのとは異なり、じっくりとその著作の意図などに迫れた。昨年逝去したジェラール・モルティエの遺稿集として出版された、それ以前にフランス語で出ていた短い書き物と新たに付け加えたドイツ語版のための前書きなどで構成されている。七部に前書きやフィナーレ、コーダなどが付け加えられた構成となっている。
氏の音楽劇場支配人としての半生や生い立ちなどにも若干触れられているが、飽く迄もこれを読んで分かるのは演出劇場とそれを可能とするオペラへの情熱である。それは副題として「人類教としての劇場への情熱のドラマ構成」に十二分に表されている。そしてその出典は様々ながらも一貫して実務屋の文章であり、こうした形で出版されているものに期待されるような書き方はされていない。つまり、最初のオペラである「魔笛」と少年ジェラールの繋がりにおいてももう少し主観的な記述があり得るかと予想するのだが、決してそうはならずにどこまでも劇場支配人なのである。想像するに病が発覚してからもプロジェクトなどの実務に最後まで動いていたのではないかと思わせる人物像である。 それでも音楽愛好家もしくは音楽劇場訪問者にとっては、必ずしも氏の支援者でなくとも、興味深く勉強になる書物に違いない。それは、なによりもこの様々な当局と真っ向から戦ったオペラ支配人が、オペラにおける感情的なものにとても強く揺るがされて、そこに音楽劇場の影響力を見ているからである。それが、通常の芝居よりも音楽芝居であるというのは、音楽の本質的な側面でもあると考えている。その一方、数々の新作上演のプロジェクトの経験から、作曲家と演出家もしくは美術家を加えてと指揮者の協調作業の重要性を例示している。 そもそもこの支配人にとっては厳選されたオペラがあり、そこに価値を見出しているのだが、その中でも比較的問題になっているのが昨年末にここでも触れた「影の無い女」なのである。氏は、そこで話題とした問題点として、ドラマテュルギー上の欠陥を上げていて、彼の作家ホフマンスタールもこの問題を解決できていなかったことを指摘している。そうした視点をもとにこの作品をザルツブルクやパリで取り上げていたようである。 協調作業つまり、指揮者も実務的に音合わせをするのだけではなく、最初から舞台化のプロセスに参与すると、フランクフルトで指揮者ドホナーニと経験したようなスムーズな運びになると、これに時間を費やした指揮者のカムブレランとともに実例を挙げている。もちろん前者は有数の譜読み能力の高い音楽家であって、それが舞台化に関わることの意味を解いているのである。 その対極として、目を瞑って音楽に耳を傾けるもしくは所謂コンツェルタンテな舞台無し上演で十分な音楽体験としてカルロス・クライーバーやムーティ―などの指揮者のゼッフィレッリ風演出の舞台実演が挙がるが、後者に関してはミラノで盛んに野次られながらも常習的なフォルテッシモで終わらせるのではなくて楽譜通りにヴェルディ―の狙いを正しく演奏するその実践を評価していていて、おもしろい。 「楽譜通り」の危なさは、作曲家自体がモーツァルトにおいても指揮者として上演するうちに修正していった経過などが出版とはならないなどの事象に触れるとともに、舞台背景や衣装の選定などにも話が及ぶ。そこで批判の矛先となるのは、張子の縦割りのニュルンベルクの家並みで満足する「マイスタージンガー」やルネサンス衣装もデズニーのイメージ以上でも以下でもない米国の劇場などでの意味合いである。 これは、同時に作曲家もしくは作家が活きた時代から見た中世であったりその創作の表現意図が同時に問われていることになる。最後のコーダを飾るフランクフルターアルゲマイネ紙に掲載されたヴェルディーに関する文章は、その視点で詳しく語られていて、19世紀後半のリベラリズムの作曲家とその作品として鋭い光を当てている。リコルディ出版社の地下で手書きの楽譜を見せてもらい、また作曲家の時代背景をみて、独裁者の圧制への抵抗をその人物像としている。つまり芸術的心情告発の自由へ検閲などへの戦いである。それは、本人も上院議員となったようにイタリア統一への動きの中で議会制君主制や共和制への動きの中での関与を指す。 それが直截な形で表れているのがナブッコの合唱であり、それどころか社会の周辺にあるアウトサイダーへの眼差しとなり、何もシラー原作の「盗賊」を出すまでもなくほとんどのヒーロー、ヒロインがこの範疇に当てはまるとする。「ドン・カルロス」における教会権力の悪用における作曲家の反教権主義、もしくは「シモン・ボッカネグラ」における市民と貴族階級の対置などがある反面、僅かながらの宗教的な心情としての「オテロ」のアヴェマリアや「運命の力」の僧もしくはレクイエムのリヴェラメを例外として挙げる。 「ボッカネグラ」や「マクベス」の形式感がなぜ後期の成功作にはあまり感じられないか?これに関して、リヒャルト・シュトラウスの「影の無い女」の問題点よりも具体的に、ルーティンによる演奏実践やプロダクションの問題として扱っている。この文章がコーダーとしてドイツ版を閉じていることを興味深く思う。そして、その遺作「ファルスタッフ」で以てあれほど期待していた1848年の革命の結果が期待を描いたようには運ばずに、第一次世界大戦を招き、ムッソーリーニ、ヒトラーそしてスターリンへと繋がっていく市民社会の歴史をそこに見ていたのだとしている。 まさしく、モルティエー氏がヴィーンの極右政党のハイダーらの入ったヴィーン政府と向かい合った歴史でもあったのだ。法学博士の氏が、作曲家モンテヴェルディをして、その長年にわたるマドリガルの精華をオペラとして、オルフェウスのミトースとして芸術化するところに、そうした普遍的な感情移入の力と同じように権力や表現としての力関係を冷静に腑分けするところにその学徒の思考が垣間見えるのである。 参照: Dramaturgie einer Leidenschaft, Gerard Mortier, Metzler/Bärenreiter 耐え忍ぶ愛の陶酔の時 2014-04-21 | 音 迫る清金曜日の音楽 2008-08-27 | 文化一般 竹取物語の近代的な読解 2014-12-31 | 文化一般
by pfaelzerwein
| 2015-01-10 22:55
| 文学・思想
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Trackback(1)
Tracked
from dezire_photo..
at 2015-04-19 16:36
タイトル : ダイナミックで刺激的な多彩な表情の音楽を楽しめるオペラ
ヴェルディ『運命の力』 Giuseppe Verdi “La forza del destino” ヴェルディの中期~後期の作品『運命の力』は、侯爵の娘レオノーラとその恋人、彼女の兄の3人が運命のいたずらに翻弄される悲劇で、ヴェルディのドラマティックで壮大で暗く深みのある音楽聴かせてくれました。 Beautiful daughter Leonora of Karatoraba Marquis was not observed is love with a hero Don Aruba...... more
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