細い筆先のエアーポケットだからシカゴとの比較しか出来ないのだが、クリーヴランドが恐らく現在世界で一番上手い交響楽団であることは皆認めている通りではなかろうか。どうしてもベルリンのそれと比較してしまうのだが、弦楽合奏においては比較にならないほど精妙且つしなやかで、なるほどベルリンのそれも嘗ての様な事はなくなったが、つまりその芸術的な表現力ということではこの斜陽の工業都市の楽団に到底敵わない。そして管楽器も弦のしなかかさに合わせるような音出しが出来ていて、嘗てのショルティー指揮のシカゴ饗のように激しい針金のような弦に突き刺さるような音は出さない。 それは「利口な女狐」のプロローグの数小節で明らかになる。あまり練習の出来ていないであろう先日のベルリンでの演奏と比較してもアンフェアー極まりないが、木管の細かなバッタの音型の正確さと軽やかさで、そしてヴァイオリンとの掛け合いなど、これは異次元のアンサムブルだと思った。YouTubeでも練習風景などが出ていたが、最初から意識が異なるのは予想していたが ― 監督はインタヴューで技術的には準備が整っていて最初の稽古から言うことはないと ―、演奏旅行最終日でもだれることなくさらっと吹いてしまう鮮やかさはとてもプロフェッショナルだと思った。 そしてこの曲全体にとって重要な二拍子系と三拍子系の繋がりがとても絶妙で、ほとんどこの曲の演奏の根幹だと思った ― あの馬鹿正直な指揮も足しになっている筈だ。こうして記憶を辿っていくと直ちに疑惑が湧くのである。なるほどジョージ・セル時代にはスーパーオーケストラだったが、その後のマゼール監督時代はLP等で知っていて、フォン・ドナーニ監督時代もあり、元アドヴァイザーのピエール・ブーレーズの名録音も残っている。しかし、これだけの指揮をしているのは間違いなくヴェルザー・メストなのである。そして、地元の放送局で今でも流されるセル時代の実況録音は少なくともリズム的には硬直していて、現在のように音楽的な高みに全く達していない。 そして現在のこの楽団はリズムも鋭く、明らかにブーレーズの薫陶もあるようで ― この指揮者との最後の制作録音群が示す通り ―、特殊奏法などの鮮やかさもどこの楽団にも引けを取らないようだ。なによりも全てが調和された中で必要な響きが正確に取り出されているようで、なにもエルプフィルハーモニーなど更々必要ない。ゲヴァントハウスの楽団の英国での批評には第二ヴァイオリンに触れたものがあったが、ここでは何も対向型の楽器配置など採用しなくても必要なだけ同等に響く第二ヴァイオリン陣と、合の手を入れるアンサムブルに驚愕した。それはヴァルツァーにおけるそれもそこから四分の二拍子になるところも「お見事」に尽きて、このように演奏してこそと思わせる。流石にこれを聞いて、ヴィーナーヴァルツァー風で弾いてくれという数寄者はいないだろう。そこにトラムペットが乗ってくるのだがこれがまた抑制が効きながらも、どのようにしてこのような軽い響きが出せるのかと思わせる。NDRでのインタヴューでヴェルサー・メストは「我々のオーケストラは、太いピンセルで料理するのではなく細いピンセルで」ととても面白い表現をしている。 そして低弦が出てくるとこれがまた締まりに締まっているのである。なるほど、どの楽器もアメリカ大陸らしい乾き切った響きを奏でる訳だが、それを例えばJBLのスピーカーの様なマイクに乗りやすい響きとしてしまうだけでは ― それも音響芸術ではあるが、その芸術性を充分に語ったことにはならないだろう。この指揮者の演奏はオペラなど何回か聞いていると思うのだが、記憶に残っているのはフランクフルトの我々の会でのロ短調ミサの演奏で、今回と同じ印象で現代楽器演奏としては鮮やかで見事だった。 改めて演奏旅行前の壮行演奏会での録音を聞き返すと明らかにルクセムブルクよりも上手くいっていない部分があり、もしかするとアニメ舞台の関係などもあって演奏に集中出来ていなかったのだろうかとも想像する。今回の演奏は、舞台の上の合唱席の前にせりを作ってそこで動きながら独奏者が歌うような所謂コンツェルタントな形式だったので余計に管弦楽団の技術的には洗練されたのかもしれない。 なるほど軽いフットワークで器用に演奏されるので - 歌手陣も平らなところを適当に動くだけなので音楽的に決して管弦楽団に後れを取るようなことがなかった、所謂座付き管弦楽団のように声に合わせる一方、なるほどこれだけの美音が響くとクリーヴランドのお客さんの中には殆どミュージカル映画を見ているような気持ちの人たちも押し寄せたのだろうと想像した。 とにかく何もかもが鮮やかすぎて、発砲の音にしても全てが効果音ではなく楽音として決まっているために、思わず舞台上を覗き込んでしまうのである。それにしてもあれほど金管が弦楽などと音響的に合わせられるのは聞いたことがないのである。 この音楽監督の正しいてテムポを刻んでの明晰さは、あまりにその風貌や人間性のクールな印象も併せて不人気なのだろうが、例えば二幕のクライマックスをラトル指揮のそれと比較すれば、下手な地元の児童合唱団は差し置いて、どこまでも冷ややかな感じはヤナーチェックの達観した音楽や意思に決してそぐわないことはない。要するにこれは「土着性」というパラメータを美学的にどのように見るかであって、セラーズの演出ではそれが「普遍」と深層において組み替えられていたとなるのだろうか。もちろんそのことと「ディズニー化」は深い関連がある。 寧ろ三幕で明らかになってくる主人公の猟師の世界観はいつの間にか作曲家のそれになっていて、なにかこの指揮者のそれにも触れてきているようで、そこに特別なものに気が付かされた。リヒャルト・シュトラウスの「影の無い女」にも共通する「時代の環境」も描かれている訳だが、それ以上に独創的に六拍子での三連符が組み合わされたり、狩りのホルンが鳴らされて最後の落ちへと向かうのだ。その運びがこのクールな指揮者から示されると本当にエアーポケットに入ったような気持ちになった。 これほど素晴らしい演奏を体験すると、下手な管弦楽では御免だという気持ちになる。いつかバーデンバーデンで素晴らしいスーパーオーパーとして上演されることを楽しみにしていたいと思うようになった - ミュンヘンでは一寸比較にはならない。自己の葬送の音楽として作曲家はその最後の場の曲を望んだというが、確かに尋常ではない諦観がそこにある。 余談だが、あの会場が珍しくて会場の外を取り巻く回廊をぐるぐると一周以上した。緩い上りかと思っていたらいつの間にか下りになっていて、いつの間にか元に戻っていたその不思議さを感じたのだった。休憩を挟まずのこの曲の一時間半少しの時だった。 参照: 夕暮れの私のラインへの旅 2017-09-29 | 試飲百景 新たな簡単な課題を試す 2017-10-21 | アウトドーア・環境 中庸な炊き具合の加減 2014-12-07 | 料理 偉大な統治者と大衆 2005-10-14 | 文化一般
by pfaelzerwein
| 2017-11-02 20:58
| 音
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