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宮廷歌手アニヤ・カムペ

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アニヤ・カムペの歌が素晴らしかった。今回の宮廷歌手への任命が当然の実力だ。バイロイトでの歌唱も立派だったが、2006年からのミュンヘンでの歌唱でも一番出来が良かったのではなかろうか。演出にも影響されるが、なによりも呟くようなテキストから強く高い一声まで言葉の綴りが壊れない。ドイツ語でしか分からないものもあるが、これだけ言葉を歌える女流を知らない。ヴァ-クナーでこれが出来るのは男性でもあまりいないと思う。

一幕では特に抑えていて、カストルフ演出のようにアナ雪を歌うこともないが、呟きを活かしながら心理的な細やかさも情感も高揚も全く過不足なかった。二幕三場も五場も良かったが、兎に角この人が一節歌うだけでとても流れが上手く収まって、場面が引き締まった。三幕一場でもドラマ的な重要性は分かっていてもあれだけの歌が存在するとは気が付かなかったぐらいだ。月曜日に放映、翌日にオンデマンドで観れるようだから、詳しくは改めて触れよう。

殆どの人がカムペの任命の儀は知らなかったと思うが、彼女に一番の喝采が集まっていたのも無理からぬことで、それはバイロイト祝祭でもそうであった。しかし今回の歌唱の内容は全く異なり、キリル・ペトレンコが奏でる管弦楽ととても呼応していて、流石に気心知れた仲だっただけのことはあり、よく芸術的にも理解し合っている。二人が強く抱き合う場面は結構うけていた。それどころか、前夜祭「ラインの黄金」でのスーパードライな音楽から導かれて乍らも、第一夜「ヴァルキューレ」ではいい形で情感づけられて、それも例えばヤホの究極のセンティメンタリズムとは異なる、とてもドイツ的な表情として承けていた。楽匠がこれを聞いたらきっと喜ぶと思う ― いつもの席に座って最後まで拍手を送っていたのは今回も曾孫さんのパスキエ女史と見えた。

キリル・ペトレンコ指揮「ヴァルキューレ」はこれで蓋無し上演の最終回答だと思った。ベルリナーフィルハーモニカーはどう演奏するかは未知として、コントラバスの刻みもNHKホールでのようには辛口にせず、つまり適当に開放していて、明らかに「ラインの黄金」とは異なった。それでも三場の「レンツ」の部分になると締めてきていて、どうしてもその前の部分との差異など楽譜にある以上に意識をしていると疑わせる。これは楽譜を見ながら放映でもう一度考えてみたい。つまり、オーボエを中心に一枚リード二枚リードの木管群と低弦でとても「その乾き具合」を調整しているかに聞こえた。同じようにチェロのソロとチェロ群がNHKホールの時とは違った。ソロを弾いていたのは同じフランス系の人だ。NHKホールではあまりに艶を出し過ぎていたと思ったのだが、今回はとても良い響きになっている。兎に角、「Dunkel」や「Forst」のテキストで和声が音色がさっと変わるところの音場を聞いて欲しい。それを印象派風とは呼ばない。ヴァークナーはこのような楽譜を書いているのだ。指示動機がなんたらかんたらに注意しているうちは、野蛮な音楽がドイツ的なヴァークナーだと信じて止まないのかもしれない ― プロシアの軍楽隊とか、近所のブラスバンドの音楽とは違うのである。少なくとも昔から通奏低音の上に和音がしつこく乗っかるようなものが美しいハーモニーなどというような美学は近代ドイツには存在していなかったのは、その社会状況を見れば明らかではなかろうか。如何にも田舎臭く、野暮なものを珍重するのは趣味が悪いだけなのである。要するに、ペトレンコのヴァークナーは、更にザッハリッヒに ― 前世紀のノイエザッハリッヒカイトとの意味の違いに注意!、陰影の変化に富んだものになって来ていて、そこにカムペの歌などがとても素晴らしいバランスを提供している。

歌手に関しては、シュテムメとルントグレーンの北欧ペアーは悪くはないのだが、どうしてもカムペの歌唱と比較するとそこまでの域には達していなかった。オーネイルのジークムントの声も予想以上に良かったのだが、そうして比較するとそれ以上は期待しようがない。フンディングも全く同じで、ヴァルキューレたちも全く悪くはなかった。敢えて言えば期待された重唱までには至らなかったが、放映の時に更に良くなるだろうと思う。

今回も偶然にアニヤ・カムペの任命式を見届けることが出来た。前回は、「影の無い女」上演終了後のヴォルフガンク・コッホの任命式だった。授与式で、カムペを称して、いつもその役に全力投入でカムプつまり闘うと評していたが、確かに丁寧に役を熟して仕事を選んでいるような姿勢はとても好ましい。1月22日月曜日の放映がまた楽しみだ。



参照:
石油発掘場のアナ雪の歌 2014-07-30 | 音
古の文化の深みと味わい 2014-12-24 | 文化一般
by pfaelzerwein | 2018-01-21 23:52 | | Trackback
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