観られざるドイツ文学
文学TV番組は人気がないと言う。なるほどモニターの前に座り込んでこうしてものを書いたり、ものを読んだりしている者は今更TVなど見まい。
作家W.G.ゼーバルトのトーマス・ホーニッケル制作の番組は独仏共同文化放送のARTEでさえ手を出さなかったようで、ただ一つドイツではバイエルン放送のローカルでそれも日曜の13時からと誰も見ない時間帯に放送された。その前には、ティーレマン指揮のミュンヘンフィルのベートーヴェンのリハーサル風景と言うなんとも文化の足しにもならない番組が流れているのである。明らかに、我々の社会の文化バランスが壊れている。 ゼーバルトは、ドイツでも文学賞に輝き、2001年のクリスマス前に事故死さえしていなければ間違いなくノーベル文学賞を獲得していた作家であるが、戦後のタブーを破った「Luftkrieg und Literatur」での戦闘表現は「チューリッヒでの戦闘爆撃機乗り論争」で文筆家グループ・グルッペ47により叩かれるなどの不幸も重なり、ドイツ国内では今でも特に愛されている作家ではないようだ。しかしある意味、先日大統領に激励されたそのギュンター・グラスとの立場は入れ替わっているかもしれない。 その反面、今回の実のお姉さんを初め数多くの友人や専門家のインタビューを交えたフィルムにおいても示されているように、その19世紀のドイツ文学の伝統に則りながら大変現代的な文学を展開したその業績は揺るぎないものがあるようだ。特に、二十世紀の戦後ドイツを内外から独自の形で文章化した成果は、今後まだ評価される余地はありそうで、まさにその文体ともども欧州文学としてのノーベル賞の価値はあった。 今回、バイエルン放送のHPでさえ何一つ広報されていないという冷遇がFAZに載っているのを、はじめて日曜日の朝風呂の桶の中で見つけて、その偶然の出会いにこの文学の不思議さを改めて感じることになる。またその不思議な繋がりに、このBLOGにおいても二人の紹介者を得て、またお二人との不思議なつながりらしきものが加わる。そしてそこに文学の中の土地などに関わる不思議さが重なり合っているのである。 新聞ではそれを「19世紀風の稀なるメランコリー」としているが、45分間のフィルムでは、人々の苦悩の普遍化と各々の主観への訴え掛けの力強さの技法のような話へと集約されていくのであった。イーストアングリアのノーリッチでの心臓麻痺での対向車への正面衝突場所や住まいの映像などが手短に挟まれて、本に使われている作者によって撮られたユダヤ人墓地のスナップ写真の現場や報告をユダヤ人達のインタヴューに見るにつけて、やはり作者が猛烈に批判していた故郷ドイツ連邦共和国では今でもなかなか受け入れられない要素が多いのに気がつく。その点では三十年ほど前以上の連邦共和国でのトーマス・マンの不人気に近いものがある。 因みに映像作家ホーニッケルは、既にゼーバルト文学のゆかりの地を三万キロに渡り走破取材して、これ以外に一時間の映像化をなしているようで、放映などの要望を待っていると言うがなかなか実現しそうにないようだ。嘗てのマンのように、外国にてその人気がじわじわと高まってくることも考えられる。 友人にはマックスと称するこの作家が、当時の風潮を体現していて、嫌ドイツ、嫌連邦共和国を貫きながら、ドイツ文学を探求していたのは面白い。元々少年時代からフォークナ-やシュタインベックやヘミングウェーを熱心に読んでいたと言う。ドイツ脱出後の英国においてもサッチャリズムの兵糧作戦によって影響を受けた左翼と見做された大学での居心地が悪くなり、創作への道を歩むことになる。当時の同僚は、その成功を信じられなかったと言う。 第三帝国においても連邦共和国においても冴えない職業軍人であった父親への感情が、祖国嫌悪(ドイツ語では母国ならず父国である)に繋がり、それでいて持ち得た複雑な故郷への愛惜は、ある時は殆ど慟哭のような姿を取って、排斥そして故郷や親族を失ったユダヤ人の姿などを描き、一般化・客観化するプロセスがその文学となっているようである。 「アウステルリッツ」にて扱われているドイツより救援移送されたユダヤ人の子供達の見知らぬ英国での自己の生涯を手短に語った女性*のものは、今回のインタヴュー映像の中で最も印象的であった。まさに、作家が死の直前に準備していた詩集の意味深いタイトル「語られざる」であったようだ。改めて、この作家の作品を精読しなければいけない。 *Susie Bechhofer 参照: "The last word" on Friday December 21, 2001 The Guardian "Wenn nicht diese Weltschmerzanfälle wären!" Von Hannes Hintermeier, FAZ マイン河を徒然と溯る [ 生活 ] / 2006-02-24
by pfaelzerwein
| 2007-11-07 02:24
| 文学・思想
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