肉体に意識を与えるとは

承前)イーゼンハイムに描かれたあの茨を被った十字架上のイエス像も寝棺のイエス像も幾つか展示されていた。フランクフルトから更に作者の生まれ故郷と推測されているヴュルツブルク方面にマイン河を遡るとアッシャッフェンブルクがある。そこで1525年頃制作された「嘆きの寝像」が興味深かった。依頼者であるマインツ司教ブランデンブルク候アルブレヒトの紋とお棺のスポンサーであるエアバッハのディートリッヒの紋が左右に大きく描かれていて、マリアの手がイーゼンハイムのそれとは異なり抽象化されている。

また受難の1510年以前の図柄は、初めこそは客観的にメシアであることを見届ける隊長がマリアとヨハネらと共に黒い背景を持って描かれているが、約二十年後の大きな杉の木版に描かれたタウバービショップスハイムの祭壇画の像は、もはや黴生した色のイエスと十字架の左右にマリアとヨハネしか存在しない。それは、14世紀終りからの受難・敬虔文書を踏襲していると言う。その背面は、ここカールツルーヘのスタッフによって修復された十字架を担ぐキリスト像であるが、それを写すのは福音書の記者ならず、TVカメラにて克明に写される市中戦争シーンのようである。それを観察する我々は、カウチでポテトチップスを齧りながら観ているのと変わらないのではないか?

その構図や表情などからこの芸術家グリューネヴァルトの位置付けをしていくと面白い。少なくとも、シンメトリーの伝統を覆した構図から、後期ゴシックだルネッサンスだとプレートを掲げた引き出しに、同時代の芸術家と選択整理してしまうよりは、それは価値があるだろう。そしてそれを、受難の恐怖のリアリズムとして現在に至るまでのあらゆる表現技法を体現しているとするか、即物的な表現主義とするかはもはや重要ではない。

同じフランクフルトのヘラーの委託作として、良い比較対象となる大きな手の表情のみが描かれている有名な「ある使徒の手」などを見ればデューラーの意識は何処にあったのか、とても分かり易い。同時に、今回展示されていたその芸術家の制作した若い女の頭部の精妙さが、その極みを越えて如何なるCGよりも3Dな映像となっている習作の技巧が、その意識の存在を描いているのである。それを即物的とは誰も呼ばないだろう。

しかし、グリューネヴァルトにおける職業意識から来るとされる十字架の嵌め込み竿構造への技術的な視点や対象物への関心は、作者の主観がそこに投影されるように意識が向いている。それは具体的には、受難の場面を他の同時代人の絵画に見て行く事によって、その相違が把握できるようになる。これが今回の展示の表の焦点であった。例えば、グリューネヴァルトに影響を与えているアルトドルファー受難風景をみると、そこにはヨハンもマリアも既に居なく、その場にとり残されたマグダレーナの悲哀な後ろ姿が見る者を内省させる。つまり同情の強制とは違う理性的な意識の推移の要求である。その背景に広がるのは中央スイス、ルツェルン近郊の風景のようで、高い空の下で取り残された茫然自失の心理が推測される。反面、磔の骸は、背景の自然に包まれて形象化されてしまっている。

絵画的な構図の分割や焦点を分析するまでもなく意識の在り処を追っていくと、デューラーにおいてはより一層拡がりをみせて、兎のそれにまで意識を廻らす必要が出てくるように、これは近代において充分に注目された。それに対して、そのプロポーションは、グロテスクな強調を避け古典的な美に中に受難像が落ち着いていることを挙げておかなければいけない。それゆえに、このグリューネヴァルトの大胆な受難像は特別な意味を呈している。

反対に、ハンス・バルテュンクもしくは通称グリーエンそれは、グリューネヴァルトの表現法と殆ど変わらない。黒く背景を潰し、茨を被った頭を傾げた昇華されない非常に主観的なイエスの表情を観察者の我々は見せられる事になる。殆ど魔女信仰や黒ミサを思い出させる。

そして、もっともルターに近かった存在としてのルーカス・クラナッハの受難図はとても面白い。つまり、そこに描かれる森や背景は、身近にあるゴルゴタの丘と化し、題材の登場人物とは主観的には無関係かもしれないが、それゆえにその悲嘆をマリアとヨハネのつまり観察者の我々に身近に認知させる。つまり、受難の悲嘆以上に我々の存在している環境つまり世界を意識させることで、その聖書の受難が抽象化されると同時に自然の中に立つ人間の現実世界を具象化させる効果を生む。些か説明がややこしいが、エラスムスやトーマス・モアの肖像画でも有名な子ハンス・ホルバインの受難像は、それに比べて遥かに明確な視点の相違を教えてくれるだろう。それは、十字架の左右に立っていた二人が、イエスと向き合う姿を横から捉えた1516年の作品である。これは、我々観察者と制作者に冷静な第三者の視点を与えて、人間的な調和の取れた感興を与えるのではないだろうか。そしてその背後には自然な市民的な環境が大きく広がっている。

再び、グリューネヴァルトのヘラーの聖壇画の聖人達に目をやれば、作者からずらされた目線は、我々を覗かせる結果となっている。つまり、何処までいっても、その美しい衣装と共に、我々観察者を対峙させることはない。観察者は、その空気を感ずれば良いだけなのである。決して挑んでは来ない。それは、イーゼンハイムの生誕から受難や昇天までの情景にしても変わらない。情動的な影響は、即物的な肉体に、その観察者の主観の視点を与えることで得られるのである。

プロテスタントへの傾向からマインツを追われ、フランクフルトで仕事をして、新教のハレへと赴いたが、一年も経過しない内にこの地上から追われる。何かハレでの短命もこの芸術家の生涯の信条や世界観を反映しているように思われる。(終わり)


d0127795_20453314.jpg追記:上のリンクを検索中に欧州最大級のソフトウェアー会社SAPのあるヴァルドルフのルドルフ・シュタイナー協会による人智学サイトに巡りあった。そこのギャラリーにある画家の名前を列記すると面白い。アルマ・タデマ、ウイリアム・ブレーク、ボッシュ、ボッティチェッリ、デュラクロワ、ドーレ、ジョン・フラクスマン、ヨハン・ハインリッヒ・フッスーリ、ラファエロ、レンブラント、ミレー、フレデリック・レイトン、グスタフ・モロー、フィリップ・オットー・ルンゲ、ジャンアントワーヌ・ワットー、ジャンファン・ヒューサム、そしてターナーやベックリン、ルドンはグリューネヴァルトに並んでどうしても欠かせないようだ。
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by pfaelzerwein | 2007-12-16 00:00 | マスメディア批評 | Trackback
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