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本当に力が漲るとは

朝が辛い時期である。特に一日中太陽が射さないと身体から生気が失せてしまう。嘗て日本の冬山で一日中吹かれていたので体の動きが悪く、望みもしないのに持久戦を強いられていた事がある。陽が射さない中で益々体の動きが落ちて行ったような覚えがある。良くもあんな所で三泊もしながら前進したものだと思う。

しかし、長寝が出来る事は肉体的にも精神的にも元気な証拠であるとこの11月になって初めて気がついた。ここ数年は夜中に起き出していることが多かったことからすれば、随分と長寝が出来るようになったものと感慨深い。

週末からワインを何本か開けている。飲み頃を開けるとは、気になっているワインをどうなっているか試したい欲求でもある。特に、前回あまり良くない印象を得たワインはもう一度開けて本当に悪いのかどうか試してみたくなるのである。

ミュラーカトワール醸造所の地所ビュルガーガルテンは、そのトップ土壌であって、唯一のグランクリュワインが醸造されている。であるから、1990年代はもっともドイツで注目されたこのリースリングは悪くては困るのである。

それが、不幸な年度とは言いながらその品質を思い憚って2006年度が格落としの遅摘みワインとしてしか出されなかった。そのワインの評判は、先月飲んだ際に散々なものであったので、名誉挽回を期待して2005年産のキャビネットを開けてみた。

蔵には2005年のインデンマウエルンなど最高のワインに輝く瓶が三本ほど眠っているがこれを開けるにはまだ早い。そこで、瓶詰め後二年半ほど経過した軽めのキャビネットを試したのである。時期的には、たとえ13%のアルコールとはいえ早過ぎる事はない。

結果は、先の印象が残っていたせいか同じ傾向で味はあっても香りが少ない。温度のせいもあるが、これでは困る。ミッテルハールトの2005年産は、少々骨太感があって、構築性が魅力であったが、当時試飲した時の印象と同じで若干厚ぼったさが今この時期でも変わらない。先月友人が語っていたように、マイスターシュヴァルツの頃はこの辺りのリースリングにはない繊細さがあったと言うのである。それはまさにその通りであって、現在のマイスターに代わってからワインが骨太にゴツクボディー感が漲るようになってしまったのである。

ワインジャーナリズムでは、か細くなったとか全く反対の事が言われているようだが、私が嘗てのワインは長持ちしなかったが、「最近は毎年同じように力強くなってはいけない」と新醸造親方に文句を付けたその通りである。

どうも、先代の親方の名前と巷の安物ジャーナリストに間違った方向へと追いやられた感すらある。前任者の弟子が率いる現在のフォン・ブール醸造所の品質向上振りを考慮すると、オーナーも心中穏やかではないだろう。もう一度土台から立て直して欲しいものである。

試飲の印象を振り返ると非常に勉強になる。
by pfaelzerwein | 2008-12-02 06:03 | ワイン | Trackback
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