カテゴリ:女( 135 )

夏の夜の街中の熱い抱擁

突然の来訪だった。下から私のファーストネームを呼ぶ声が掛かって直ぐに誰の声か分かった。会うのは二十五年ぶりぐらいである。そのあとも時々電話が掛かってきていたが、人の嫁さんと会っても仕方がないのでご無沙汰だった。親密に付き合っていた期間も短いのだが、先日マインツを通った時に、どうしても夏のマインツの夜の街中の熱い抱擁を思い起してしまった。それも可成り感覚的な記憶だったので驚いてしまったのだ。

その後彼女を見たのは大統領官邸からのTV中継で、迎え入れていたのは恐らく先ごろ亡くなったヘルツォーク大統領だと思ったが、在独大使の謁見式風景だった。それが視覚的には最後だった。久しぶりに顔を見て、抱き合うと想定よりも小柄に感じた。そうだったのだと感じた。それでも歳を重ねた割には昔の感じはあまり変わらなかった。そしてなるほどこうした雰囲気に惚れたのだなと思い、それはそれで納得した。

つまり若い時の感覚で惚れたからと言っても結局は見ているところは見ていて、必ずしも自己の許容範囲が広かったわけでもなく、狭かったわけでもないことを悟るのだ。するとその後のチョッカイを掛けた女性陣を思い出してもそれはそれで彼女のようなタイプはいなかった訳で、下手をすると若い子に近づこうとするばかりにあまりに窓口を広げ過ぎているのではないかとも反省した。まあ、こちらも包容力は大きくなっていることも確かであるが、年嵩を重ねてもあの時に魅力に感じていたものは変わらないのを感じた。

要するにやはり彼女は、その辺りのおばさんとはやはり違っていて ― 同行の二人のおばさんとも ―、あの当時のキャリアー女性の雰囲気は和らいでいるものの芯があってやはり普通の高学歴女性とはまた違っていたのであり、女性外交官的な雰囲気が魅力だ。彼女の父親は海軍の将校であったと語っていたことは今になると素直に認識可能なのである。

昨年は国の方へ暫く帰っていたようで少し日焼けしていたが健康そうだった。電話で身辺のことなどを話したときは、適当な女が居たら行ってしまえと発破を掛けられたことがあったのを思い出すが、なるほどよくこちらのことをよく見ているなと思うと同時に、なかなかそう簡単に行きませんよと反論しなければいけないと感じたのだった。

これで、倦怠期を行って帰って来ているような、恐らく海外出張中の外交官夫婦のカンフル注射のような、お役目は果たせたのだろうか? ― なにか、古臭いがエマニエル夫人の情事のようだが。



参照:
取り付く島もない女性の様 2017-03-10 | ワイン
ヴァレンタインの朝の夢 2017-02-16 | 女
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by pfaelzerwein | 2017-06-02 16:07 | | Trackback

教育がナットラン!

床屋に行った。どうも二月以来でまたまた三か月経過しているようだ。子供のころは毎月行っていたような気もするが、こちらでも二月間隔だった筈だ。本当に三ケ月於きになったとすると何かが変化している筈だ。髪の伸び方が遅くなったのか?それとも常時短くするような傾向になっているのか?なるほど最近は美容院なのでバリカンを思い切り入れて貰っているので確かに短いところはかなり短く刈り込んでいる。いずれにしても暑くなると髪が鬱陶しい。今秋は気温が摂氏30度近くになると言われているので、刈り込んでおくと安心だ。

朝一番で出かけたのでヤリ手婆さんに「助っ人はどうなった」と尋ねた。その言葉も可成りのプフェルツァー訛りで恐ろしいが、要は一度は見つけた助っ人は駄目だったので、辞めたということだった。結局口を聞かされるのだが、中々よい人が見つからなくて、需要供給が違っていて、応募する方はネットで情報を交換するから怖いというのだ。

つまり誰かを辞めさせると、直ぐにネットで「あそこの婆」はなんだかんだと書かれて、いいことは殆んど書かれないと愚痴する。つまりお客さんの前で揉めるようなことをするのが経験の無い二十歳から二十五歳ぐらいの子で、教育がナットランという。年代からすると1990年代に育っているのでなんとなくその感覚は分かるのだが、いつの時代も何処でも同じではないかとも思う。

それでも新聞で読んだところでは、職人にへのなり手が無くて困っているというので、現在ならではの問題もあるのだろう。婆は、「インダストリーパン」しか食べられなくなるしということで、これに関しては全くお話しが合うのだ。なるほど婆の主張である「街の美容室」に勤めれば残業も増えるしというのは結構反論になっていて面白かった。



参照:
ヴァレンタインの朝の夢 2017-02-16 | 女
これもヤリ手婆の腕捌き 2016-11-24 | 女
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by pfaelzerwein | 2017-05-16 21:40 | | Trackback

日本人妻たち対慰安婦たち

みんなのブログ欄からBLOG「拝啓 福沢諭吉様」に入った。所謂ネトウヨサイトというものだろう。そこから今年になってから話題になっていた欧州初の「慰安婦像」設置に関するリンクを辿っていくと面白いサイトに到達した。「なでしこアクション」という日本会議風の活動サイトである。ネットで「ドイツの慰安婦像」については聞いていたが興味が無いので詳しくは知らなかった。そしてこのサイトを見てどのような運動が行われているかがよく分かった。私自身の立場もあり知っておくべき内容だった。

フランクフルターアルゲマイネ新聞で「日本会議の研究」の著者菅野氏が取り上げられてから、その名前が頭に入っていたので、先日の籠池氏記者会見風景からその活躍ぶりを注視していた ― IWJのまとめサイトの情報なども実際には菅野氏の取材情報が流用されていたようである。そして独占インタヴューのヴィデオもYOUTUBEで最初の450回目以内の呼び出しで観ることが出来た。それは大臣の首を一つ獲るほどの事件報道としては大した仕事だった。そして、左翼のシムポジウムでの講演を聞いて、外国人特派員協会での籠池氏の会見が待たれた。目覚ましを掛けて就寝したが残念ながら延期になった。

既に述べたようにこれを機に世界中に外報が流されて、恐らく安倍内閣辞職への詰めへの一手が示されると思っただけに残念だった。まさに一挙手一投足が注目されるところで、一挙手遅れると籠池氏のような人が逮捕されたり、国税庁長官迫田のような人物が訴追されるのか、それとも誰かが脱税で家宅捜査されるのか、更なる変死者が出るのかなどと局面が変わって来るのだろう。兎に角、安倍晋三がやってきた政治手法は海外でも有名であり、トルコのエルドアン大統領のように法規を逸脱した人治主義の政治家であるから、何をしでかすか分からない。

菅野氏の講演で特に興味深かったのは、日本会議をそこいらのマッチョな政治好きのおっさんたちのネトウヨ団体として捉えていて、それ故にフェミニズムを感じさせる慰安婦問題が最も大きな声になっているというところである。我々からすると今時女性同権の運動などは大きな課題などとは思っていなかったので、まさかあれだけの右翼の市民運動であり、国政を動かしている日本会議がそれほど下らないもので、まさしく反被差別運動へのアンチテーゼということで在特会と根を同じくする活動だとは気が付かなかった ― 恐らくそれは菅野氏のような被差別側の視線を持ち合わせることでしかなかなか気が付かないのかもしれない。

そこで前記のオバープファルツにあるヴィーゼントの私有公園への慰安婦像の設置、そしてフライブルク市への設置の断念などについて書かれているサイトを興味深く覗いた。特にフライブルク市に関しては無関係でもないので経緯が気になっていたことでもあり、そのサイトにあるバディシ新聞の市長へのインタヴュー記事を読んだ。勿論、念のために原文を、幸運にも残っていた新聞社のサイトで読んだ。そしてこのインタヴュー記事を添えてドイツの当局や当事者に設置しないようにと運動を展開していこうと意気込む活動の馬鹿さ加減に呆れた。

ザロモン市長はインタヴューで極常識的な見識を語っている。つまり、友好都市であるスオン市との関係から平和を願う慰安婦像を受け入れようとしたのだが、知らされぬままに「野壺に落とされたようなものだ」と怒っている。つまり、嘗てトルコ人とクルド人が連邦共和国内で闘争したように、朝鮮と日本の争いごとに巻き込まれて非常に不愉快だと表現している。しかし最も肝心な一節は、日本の友好都市である松山や日本領事館そして世界中の日本人から反対運動の攻撃を受けて、「日本や米国やドイツ国内の日本人から受け取ったメールは、日本社会が暗黒時代のこの歴史を十二分に整理しているという希望を抱かせるには至りませんでした。慰安婦問題はインターネットの陰謀論などではないのです。日本政府も朝鮮人婦人の被った苦悩を正式に謝罪して、補償の為の財団を設立しているのですよ。」と、日本社会が慰安婦問題において歴史に向かいあえていないことを嘆いている。そこを、このサイトの日本語訳は、全く反対に訳している。

この市長のこうした考え方は当然で ― 名前がユダヤ系であることを示している ―、「ドイツでも我々が暗い歴史に立ち向かうことがどれほどに苦しいプロセスであるかということを学んでいて」とその意味合いを強調しているのだ。それ故に「戦時下での婦女への暴行はなにも日本の刻印をおされるものではなくて、二十年前のユーゴスラヴィアでのドイツ国防軍、ISにおけるヤジリへのそれなど起こっているのです。だからこの像が優れた警示となるべきだったのです。」とまで語っている。要するに日本側からの抗議で酷い目にあったということでもある。それさえなければ、今も日韓の中での大きな外交問題であるとは知らなかったということである。

兎に角、ここに相当する「異訳の誤魔化し」は各自に確かめてもらうとして、この運動をしている日本人らしき日本人妻の人々がこのインタヴュー記事を添えて抗議しろと息巻いているのを見ると、あの慰安婦像を運動をしている朝鮮人と変わらない位馬鹿な人々であるのが一目瞭然で、なるほどなと思わせる。真面な日本人や朝鮮人からすればこのような双方の運動自体が恥さらしなことは明らかなのだが、昔ならばこうした声が外交の場で反映することはなかったのだろうが、通信や交通の発展で三級市民の声も直接間接に外交にまで影響するということなのだろう。こうした現状があるからこそもはや嘗ての国の概念や国籍条項などは意味を失ってきているということでしかないのである。



参照:
日本国民への警鐘 2017-02-22 | マスメディア批評
多重国籍の奨めと被選挙権 2017-03-15 | 歴史・時事
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by pfaelzerwein | 2017-03-15 19:26 | | Trackback

秘められた恋の温もり

漸く走れるようになってきた。峠攻めで、上り20分15秒、下りて来て33分15秒は中々だ。気温摂氏3.5度でパンツを脱いでとはいかなかったが、この数字は今年になってからの記録だと思われる。上りで20分をありそうになったが残念だった。それでもまた希望が見えてきた。理由は分からない、着けていた心拍計も順調な数字になっているので、気管支炎が治まったからだろうか?それでも足元は靴底がちびって来ているので若干不安定だ。陽射しがあったので汗をしっかり掻いて、計量はそれでも70㎏を超えていた。

最近は早寝するので二度寝が普通になってきていて、その分たっぷりと夢を見るようになった。彼女が掃除をしている。皆で後片付けだ。トイレ掃除までを受け持っている。終わったら、ゆっくりとさせてやりたいと思った。片付けが済んで、皆が集まって憩っていた。長椅子に彼女が座っていて、そこにやって来た掃除の小母さんが端に腰を下ろした。私は彼女を挟むようにして小母さんと反対側に腰を下ろした。話しを聞くと、小母さんの旦那が病気かなんかで帰宅時刻をそれに合わさないといけないので、片づけものの仕事をして連絡が入り次第急いで帰宅するので、彼女が車で送っていくというのだ。そこで私は間髪を入れずに、夜の外の空気を吸いたいので、自分が車を出すから一緒に乗っていけばよいとオファーを出した。勿論彼女もその旨を理解したようだ。秘められた恋である。彼女の左手と私の右手が腰の横で絡まった。向かい合って左に仲間が立っていて、その手に気が付いたようだったが、見て見ぬ振りをしている。そしてなぜか彼女は右手でタバコを吸っていて、そしてソフトドリンクを飲んでいる。そして、出かけるのに身繕いをするから、出かける段になったら知らせてくれと言って自室へと戻ろうとした。その時に、DuにしようかIhrにしようか、つまり「君の準備が出来たら呼んで」と言うべきか、「君たち」と言うべきかを迷っていると、教会の鐘が六つ鳴って夢だと分かった。

右手の温もりや発汗の感じが残っていて、中々気持ちの良い目覚めだった。「君たち」というのも本来は小母さんが帰宅準備が出来たらというのが口実なので、本当はおかしいのだが、「君」というときは彼女に「出かける準備をしておけ」と言うことになる。つまり小母さんはただの口実ということが明白になる。秘められた恋なので、繕っているところもあるのだが、折角の夜のデートなのでという気持ちもあるのだ。何故か同時に深夜のラーメン屋に出かけようというようなことも考えていたようなので、それが夢の面白いところである。

先日以前口説いたことのある女性に会った。その後の二度目の再会である。口説いた時から少なくとも三年以上経っていて、彼女は口説いた女性の中ではその時点で大年増の30歳前ぐらいだったので、幾ら若々しい彼女でもふられた男からすると老けて見えるようになる。更にどうしてもより若い女性と比較すると瑞々しさが足りない。もともと美貌の女性ではないが、ハンドボールをやっていたという女性なので身のこなしはやはり躍動感がある。但し彼女も変わった女性で、それ故かおぼこいところがあって、私に対して若干硬いところがあるのが面白かった。昨年はこちらの方が硬かったのかもしれないが、今回は完全にゆるゆるだった。

今回不思議に感じたのは彼女が小さく感じたことである。視座の違いということになるのか、今までで最も上背のある女性を口説くようになると、どうもこちらの姿勢が良くなり背中も伸びるようで、決して小さい方でもない彼女を小さく感じるようになったのだ。加齢で軟骨が押されて身長が小さくなっていくような話しは聞いたことがあるが、背中が伸びるようになるというのはあまり聞いたことが無い。錯覚だろうか?



参照:
厳冬の大晦日の過ごし方 2017-01-01 | 暦
春の気分に満ち溢れる 2017-02-26 | 女
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by pfaelzerwein | 2017-03-11 22:37 | | Trackback

春の気分に満ち溢れる

春の気分に満ち溢れている。ワインの地所は霜が降りて、陽射しに照らされている。森の中ははまだまだ冬の気配である。どうも今年になって初めての峠攻めのようだ。前回は大晦日らしい。どれぐらい体調が復活しているかなと思ったが、走り始めると左足の土踏まずに血行の悪さを感じるほどだったので決して良くなかった。登り21分45秒、降りて来て34分は予想よりも悪かった。前回よりも悪かった。一方体重はスキーから帰って来てから70㎏を割っているようで喜ばしい。そして以前のように力が入らないでスカスカするようなこともなくなってきている。あのスカスカ感はある程度の年齢にならないと分からなかった感じで、40歳代になるまでは感じたことが無かったものである。あの感じが最近は無くなってきているので基礎体力がついてきているのだと思う。幾ら痩せてもあのスカスカ感があると健全なダイエットとは言えない。

幼稚園児のような感じだったのが、彼女とやっと最近は漸く高校生のような感じになって来た。幼稚園児のような気持ちになれるならば、それよりはハイテーンの方が年齢的には近いのだが、まさか胸キューンものの気持ちになるなどとは思ってもみなかった。映画などでは回想シーンで描かれるところなのだが、記憶を呼び起こすようなそうした感情ではないのだ。そこで自分が正に体験しているのである。そして特定の過去の記憶に結びついていないのを確認するような体験なのである。

ユリアの方を見つめていると、少し時間をおいてこちらを笑顔で見返した ― 前回は視線を彼女の背景にやっていたのだが、彼女が自分が見つめられていると思って、こちらを向いて視線を確かめた、そして今回は確信をもってその視線を享受していたのだった。彼女の満足そうな表情には抗しがたい。私は一瞬にして高校生になってしまった。彼女の実年齢は、なるほど、そこから数年しか経っていないわけだが、まさか自分自身が郷愁でもなんでもなしにそのような気持ちになるとは想像だにしなかったのである。

なるほど既に20歳半ばにもなるとそのような純な気持ちを持つこともなくなっていたのである。とても不思議で、タイムマシーンとかなんとかで主体が過去に旅をしたりとかとは異なる全く未曾有な感覚なのだ。それにしても彼女とここまで信頼関係のようなものを築くのにとても時間が掛かっている。なるほどこちらもとても用心深いのであるが、彼女がそれ以上であるのを認識した思いである。

先日来インターンの女医さんやら学校の先生やら同じ年齢層の女性とも過ごす時間があったのだが、なかなかこうした情感を持ち合わせているような女性は居ないだろう。そして今回のような経験をさせてくれた。そのような彼女を放っておくことなどは最早考えられない。



参照:
ヘアースタイルフェティシズム 2017-01-13 | 女
手に取るポッケの小石 2016-07-19 | 女
厳冬の大晦日の過ごし方 2017-01-01 | 暦
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by pfaelzerwein | 2017-02-25 22:18 | | Trackback

ヴァレンタインの朝の夢

ヴァレンタインの朝、夢を見た。どこかのパーティーに行って、フランクフルトかミュンヘンかは知らないが、キャリアー志向のビジネスウーマンと歓談している。結構大柄でビジネスの枠乍ら可成りパーティーに合わせたボディーを強調する服装である。

辞去して派手な女性なので様子を見ていると、奥の方に行って、年寄りの相談役のような会長職の人たちに挨拶し乍ら、こともあろうに爺さんたちのズボンのサイドを掴んで下に摺り下しているのである。爺さんたちは驚きながらもこの女性の笑顔と愛想に相好を崩しておろおろしているだけである。それを見ていてとても品が無いドイツ女性の行儀の悪い典型で、とにかく元気なキャリアー女性だとは思い乍らも、なぜかその屈託無さと笑顔に魅惑されていたのだった。

自分も彼女の後を追って奥の方の嵌め殺しの窓に近づいて、彼女とバーを囲む形になった。足を組んでいる向かい側に座ると更にコケットな表情をして魅惑するのである。これはもう抵抗出来ないなと、会場から連れ出そうとしたところで夢が覚めた。

その彼女の顔は初めて見る顔なのだが馴染み深いのである。しかし、なぜその顔になっているのかは正直分からなかった。身長も心当たりよりも明らかに大きくほぼ180㎝に近く、そのままモデルになりそうな肢体なのである。とても不思議に思った。どうも昨晩に食した豚の顔などの栄養が効いたようで、これで完全に健康体を感じれるようになった。兎に角、スキーツアーに間に合ってよかった。

予定通り、朝一番で床屋に行った。相変わらずヤリ手婆ばあ一人で、入り口に髪結い募集の張り紙がある。当分一人で回すようで、予約以外の床屋などはこうして朝一番で押しかけないと時間もないであろう。

耳が隠れているということで、少なくとも二ヵ月はそのままになっていた筈だというのだが、どれぐらい空いたかはピンと来なかった。調べてみるとマダムが言うように、11月の末にミュンヘンでの「マクベス夫人」に出かける前だった。流石にプロはよく分かっている。髪形を作ったりするのは娘よりも大分下手であるが、まあこれは仕方がない。それ以前とはそれほど悪くはなっていないからである。

「一月は寒かったし、あまり邪魔ににならなかったからね」と言っておいたが、実際にあれだけ寒いと髪だけでも暖かかった。しかしこうして春の日差しが感じられるようになれば、寒くても鬱陶しいだけとなる。なによりも今度の山スキーは無人山小屋で素泊まりの三日となるので、極力軽快感と清潔感を保っていたかったのである。



参照:
これもヤリ手婆の腕捌き 2016-11-24 | 女
オージーの天狗裁きの朝 2016-12-22 | 生活
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by pfaelzerwein | 2017-02-15 21:48 | | Trackback

ヘアースタイルフェティシズム

久しぶりに我がユリアの顔を見た。髪型が少し変わっていてもしやと思ったが、後ろのポニーテールは変わっていなかった。益々私好みのザクセン風美人になってきている。髪型の感じで十年後二十年後の感じが分かるようになってきた。母親の感じもなんとなく分かった。思っていたよりも更に堅実な感じでいいのだが、それ故に余計に色香が出てきたように感じる。今まで口説こうとしていた女性の中でも例外的だ。

その色香というものがなになのか?考えるに社会的な何かが関係するようである。未亡人とか、人妻とか、コスプレ―かC級ポルノのなんとかシリーズではないが、制服物などもあるように前半の直接性的な社会条件とは異なる何かがセクシャリティーに関係するというものである。所謂フェティシズムというのに突き当たる。これの社会学的な考察は充分には知らないが、マルクスの物質へのそれとリヒャルト・クラフト・エビンクの性のサイコロジーから説いているのが、ハルトムート・ベーメ著「フェティシズムと文化」の内容らしい。当然のことながら、アドルノ・ホルクハイマーの「啓蒙の弁証法」、そしてフーコォーの「性の科学」抜きには、ドイツ語圏ではこの二十年程前に始まったこの領域は語れないとなる。

実は髪型に興味を持ったのは何回かあって、ポニーテールとかであると若い女性もこちらの受ける印象も判断しやすいものであり、つまり社会的な定義も分かりやすいのだが、今回の印象に匹敵するのは嘗て一度しかなかった。その受ける心理的な意味合いが不可解だったのだ。髪型で有名なドイツ女性はおかっぱで現れたメルケル首相であろうか。ヘルムート・コールの傍にいて、最終的に育ての親を切ることで首相候補へと躍進したのである。もしあの髪型がおかっぱもしくはページとそのままお小姓的な印象を齎すものでなければかなり政治的に不安定な立場に追い込まれたのではなかろうか?例えば現在のSPDの女弁護士トライヤー州知事のような雰囲気では嫌われただろうと思われる。勿論対抗馬であったCDUクロックナー女史のようなヘアースタイルでも恐ろしがられたであろう。

どうもフェティシズムは人間の認知力に関係すると解釈可能だ。つまり、物質の価値も文化的価値もそれどころか人間的な価値も何か対象物を丁度プログラミングでイコールで定義するするときのように扱わないと認知できないということであろう。その定義付けが社会的文化的背景から抽出されるということに他ならないようである。

つまり私がお櫛を弄った彼女に改めて魅せられたのは、今まで以上に彼女が認知可能になったということのようである。それならば以前はどうだったのか?要するに客体として充分に認識できていなかったことになる。この時期どうも面接などがあるようで、チョッカイ掛ける年代の娘さんたちが社会人化してくるということもあるらしい。(続く)



参照:
碧眼に気づくとき 2016-09-28 | 女
jk, ポストメルケルの中庸 2016-03-03 | 女
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by pfaelzerwein | 2017-01-12 23:24 | | Trackback

電光石火の笑いの意味

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「マクベス夫人」に関連して、「ショスタコーヴィッチの証言」検証のリチャード・トラースキンのエッセイを摘み読んだ。新制作のプログラムに挟まれていた小冊子である。一連の初演からの評判や批判そしてプラウダ批判を受けての、戦後の再上演、そして1970年代の「証言」を受けての初演版の再上演などについて触れてある。時制を踏まえて一連の動きを見ていくと興味深い。

今回の新制作の特徴の一つは極力グロテスクな表現を避けている演出とありのままの音楽にあると思うが、前史である原作まで遡るときに、丁度ジキル博士やフランケンシュタイン博士に相当するというが、それが所謂自然主義文学であって、そうした創作表現であるとなる。つまりロシアのアヴァンギャルドなどとは一線を隔すことになって、まさしく今回の制作の核心に触れる。

演出面においては、フェルゼンシュタインの流れを汲むハリー・クッパーのそれはイタリアのストレータス演出などに近いリアリズムの円熟した舞台であった訳だが、このオペラの本質的なところにおいてとても的を得ていたということになる。

我々の知る限り、既に米国初演のメトロポリタン歌劇場においての上演においてもポルノフォニーと評されたように曲解されていたのは間違いない。勿論ト書きなどを正確に表現するとそのようになる訳であるが、それでも音楽的に見ても違和感を覚えるのではなかろうか。

まさしく既述したような死から性への開放が一条の光のように輝くのがまさに旧制から革命へと開放される精力なのである。作曲家はその原作の革命へのエネルギーをスターリンの圧政下の中で舞台表現化しようとしたことは間違いない。それが、ポルカやヴァルツァーとして、またチグハグで「間違った音」として表現されているというのも確かであろう。そうした一連の表現方法が「証言」によって、そして亡命後のロストロポーヴィッチ夫妻の演奏実践などによって新たに曲解されたということになる。その夫妻も後年「証言」について否定的な見解を表明していたというから、亡命直後の事情をそこに感じる。

今回の新制作が何よりもそうした歴史的な靄を吹き払ってくれて、ショスタコーヴィッチ創作理解に大きな影響を与えるかもしれない。一つにはクッパーの演出こそがまさしく社会主義リアリズムのそれであり、そこには弁証法的な舞台空間が目されている。例えば日本などでは新劇とか呼ばれる舞台活動に近い、そうした劇場空間が作品として創造されていることであり、事細かな演出にそれが行き渡っている。演技指導での若い男との出会いと、その夫人の笑い顔には電光石火の一撃があり、この時点で天地がひっくり返るほどの革命と開放がなされていることを思わせる。それが結婚式での背後に立ち上る雲であって、その舞台の下では警察の官僚主義と不正のそれが描かれている - ここだけでもスターリン体制では到底許容することのできなかった舞台情景だったろう。

前述の笑いの演出について、その舞台指導風景がプログラムに詳しい。音楽的に緊張を作っている場面であるが、音楽的な内容については指揮者のキリル・ペトレンコが件のファゴットの一節はフォルテシモだと注意を促している。しかし演出的に見れば、最終幕を見ればシベリアの空に浮かぶ雷雲の一撃の萌芽をここに見ても決しておかしくはないのである。終幕の悲劇が「夜明け前」として開かれているのが「新劇」だ。(続く)



参照:
楽譜が読めたならの持続力 2016-12-04 | 音
ポルノオペラは御免だ 2016-11-22 | 音
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by pfaelzerwein | 2016-12-13 05:40 | | Trackback

これもヤリ手婆の腕捌き

先週金曜日に床屋に出向いた。するとヤリ手婆がいて、助っ人が来るまで一時間ほど掛かると話した。それならば仕方がないと戻って来たのだ。今掛かっている美容院は娘が婆の下で仕事をしていて、婆は主に客の扱いのような人に働かして自分は何もしないという体制をとっていた。最初の何回かは異なる人が仕事をしていたので、娘がいるのにと思っていた。

娘は、最後に行ったのが八月だったので、それから妊娠でもしたのだろうか?そして週明けに出かけるとやはり娘は居らず婆が他のお客さんのカールなどをしていた。「待つかそれとも」と言うので、後に約束があり時間もなく、来週はミュンヘンなのでこの暖かい時を逃すわけには行かないと思った。そして腰かけて待っていると、婆がやってきたので、「一人で全部やるんだね」と言うと、「同僚は10時からだ」と答える。事情を説明しないので、それ以上は聞かなかった。

そしていつものように「耳にかからないように」と注文すると「全体か?」と尋ねる。「短くしてくれ」と、そもそも散髪するのはスッキリしたいだけで他意はないのである。それでも娘の感覚と比べてこの婆が何をやるかは少し心配だった。しかし見ていると出来るのである。あれだけ普段は人に働かせて何もしていないのに手は良く動き要領が良い。

定年年齢ではなく、タバコと酒で声を潰して真っ黒の顔をしているのだが、一体普段のあれは何かと思わせた。よほど娘を使いこなすように育てたのか何かは分からないが、如何にも腕一本で好きなようにやってきた婆のようにしか思われない。そして娘と喧嘩でもしたのだろうかと思わせる。

「前髪は横に分けるか垂らすか」と尋ねるので、「それほど厳密にはしていない」と言うと、「ああ、林のように垂らしておくのね」と面白いことをのたまう。出来上がりも娘の仕事と比較して遜色がないどころかさっぱり感がある。腕はあるのだ。

それでも娘に働かしていたのがヤリ手婆そのものである。ネットニュースを見ているとフランスのTF1で司会者として活躍していたフラヴ・フラマンが写真家ダヴィード・ハミルトンに13歳の時に性暴力を受けたと発表したとある。どうもサッカー選手の家族など母親がそのようにモデルとして立たせたようで、まさしくこれもヤリ手婆である。



参照:
ベルギービール毎日一本 2016-08-18 | その他アルコール
年末になってスカッと 2015-12-31 | 歴史・時事
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by pfaelzerwein | 2016-11-23 23:27 | | Trackback

見た目よりも本当の実力

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日本の女流登山家田部井女史の逝去は新聞にもしっかり記事として載っていた。間違いなく日本の登山界やクライミング界まで全てを入れて、最も世界的に高名な登山家だったことは間違いない。それに続くのは槇有恒ぐらいだろうか。その他の有名登山家も名前が浮かぶのは今井通子や植村直己など極少数であろう。それぐらいに田部井淳子は別格であり、恐らく今後も歴史的に名前が残ると思われる。

そして調べるとてっきり授与されているものと感じていた日本の国民栄誉賞も貰っていない。もし彼女が貰っていないとすれば三浦雄一郎などを含めてアウトドーアの関連で賞与するに値する者などいる筈がない。正直個人的な感覚からすれば登山技術的に感心することを為したわけでもないので、その活動には詳しくないが、その実績は比較しようがないほど歴史的である。

フランクフルターアルゲマイネ新聞には七月に富士山を目指したが登頂を断念したとある。大分体調が悪化していたのだろうが、あれほどの活動をしてきたご本人にとってはどのような気持ちだったろうかと思い巡らす。

どうもまたまた記録樹立のようだ。短いコースでスピードコースと称している下りがあるものだ。今までの記録が15分30秒だったが、14分49秒で片付けてしまった。残念ながら高速直線からカーヴのところで減速して時速10kmを割ったが、その他の林道部分では短い加速区間を除いて達成していた。気温摂氏5.5度だった。

準備体操をしていると二人のお母さんがタイツ姿で峠コースに向かって行った。後姿を見ているとスポーティーからは程遠いが、注目している美人のおばさんなどと比べると若く、まだ40歳台かも知れない。なるほど足取りは体つきの割にはちょこちょこと軽い。身体を熟して、走りだそうとすると、砂利を蹴るような音が上部から聞こえてきた。小さな方が「ゆっくり行こうよ」と言っていたので、こちらが森の中を上がりそして林道を下りに掛かるころに出合うだろうと思って走り始めた。二分以上は経過していた筈だ。

目標もあってテムポも早く蹴りも強めだ。最初に胸が厳しくなるところからも歩みを緩めなかった。そして下りである。計測では7分と充分な早さだった。下りも直ぐに加速態勢を取り、そしておばさんたちと出合う筈の林道に入った。上部にも人影はない。そして加速する。時速10kmを超えてからも人影がないのである。これはおかしいと思いながらさらに飛ばしカーヴで減速して走り抜く。おばさんたちの車は停まったままだ。どうも私が六七分で通過する脇道に入って下りていくのが人気らしい。なるほどその道は長く緩やかに下の谷間へ下っている。

失くさないうちに宝物の写真を掲載しておこう。サレワ製のプルージック補助金具だ。アルミで重量は殆ど無く、扱いやすい。そしてこれに代わる製品はまだ出ていない貴重品である。再度製品化をして貰うようにしたいと考える。アルミであるから何時かは首も千切れるかもしれないが、そもそもそれほど負荷が掛かるものでもなくそれ程に危険性の高いものでもない。欧州で登山活動をするようになってから懸垂下降時のプルージックが必然となり、改めて重宝し出したのである。それまではこれほどの必携だとは思わなかた。



参照:
ヒューマニズムの挑戦 2006-05-29 | アウトドーア・環境
秘密結社フライマウワーに肖る 2010-09-04 | 雑感
パイプを燻らすパイオニアー 2010-10-04 | アウトドーア・環境
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by pfaelzerwein | 2016-10-28 23:16 | | Trackback