カテゴリ:歴史・時事( 214 )

なによりもの希望

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発注していたタブレット入れが届いた。今まで使っていたものがボロボロになったので、まだ使えるタブレット用に恐らく最後の入れ物を発注したのだった。今までのものを2014年9月に購入しているので、丸三年使ったことになる。30ユーロも払ったが皮革を使っていて一度洗ったりしたので破れた。今回のものは燃えそうな合成もので10ユーロである。

手触りなどには違和感も無く、ざらざらしていて滑りにくく、手に馴染む。更に立てたり寝かしたりの機能性は格別に上がっていて、スピーカー音なども良くなりそうである。先ずは良さそうだ。

タブレットの工場出しからの再調整はNAS接続などに一部問題が残っているが先ずは普通に使えるようになっていて、なくてはならぬ端末となっている。

ネットでは相変わらず好評の立憲民主党であるが、選挙を前にヴォランティア―を各選挙事務所がネットで呼びかけたことはとても評価出来る。今回のネット戦略として始めから予定していたのかもしれないが、ネットで精々一票にしかならない支持を如何に選挙で勝ち抜くための支持にするかは最大の問題だっただろう。もしこれで充分な数の人々が実際に活動するとすれば本当に票に結びつくかもしれないからである。

嘗ての革新陣営なども特にその敷居が高く、イデオロギーが立ちはだかって、組織的な組合員などでなければ入り難かっただろうが、このフォロワーからヴォランティア―への流れは選挙を変える可能性があると見た ― フォロワーの数パーセントでも何らかの形で実際に動くとすればこれは大きい。その一方で組織的な組合なども動けば力強い。未組織の一般市民の政治参加を促す大きな契機になって、首尾よく当選すれば直接代議士に圧力を掛けれるようになることを意味する。このことは何よりもの希望ではなかろうか?



参照:
トップニュースは柏崎刈羽 2017-10-05 | 歴史・時事
キットカットにリカヴァリー 2017-09-22 | テクニック
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by pfaelzerwein | 2017-10-09 23:21 | 歴史・時事 | Trackback

BIのユリノミクス?

ランニングのための靴下を二種類使っている。一枚の踵が破れた。洗濯物の乾きも悪くなるので、もう一足を発注した。ネットで探すと適当な安いものは以前使っていて同じように踵が破れたものがあった。使い勝手は分かっていて価格もまあまあなので発注したのだ。久しぶりに履いてみると問題になったウレタンの混紡が暖かかったが、夏には向かないのを思い出した。冬はこれが気持ちよく使える。走りは相変わらずだが足元が冷たくなく快適に走れた。

同じ靴下を購入したのは三年前の夏で、アマゾンが取り扱っていたので送料無料で14ユーロ。今回は送料3,75で16ユーロである。送料はもう一つの靴下を購入したのだが、全部で4ユーロほど高価になっている。品質は全く改良されていないと思うがインフレが厳しいご時世で仕方がないのかもしれない。

そこで今急に思いついた。昔から日本でも何度かなされたようだが、結局マルクからユーロのデノミネーションでその交換相場に当たる二分の一以下の支払いで済んでいたのは最初の数年間で、直ぐに半分以上の額面で支払うようになって、今では当時マルクと同じ額のユーロでは物が買えなくなってきた。つまりインフレはこの十数年で倍以上になっている。それが実感である。実際独逸の場合はユーロ市場になって儲けているのでその通り成長しているのだが、成長しなかった国が破綻するのは当然だろう。日本もハイパーインフレにならない時期に百分の一の切り下げすべきだったのではないだろうか。

日本のネットを読むと、低所得者を支援するベーシックインカム(最低限所得保障制度)の導入と時事通信にあった。こう来たかと思った。しかし 朝日新聞を読むと、生活に最低限必要なお金を国民全員に給付する「ベーシックインカムの導入」を明記 とあった。全く意味が異なる。もちろん後者が本当のべーシックインカムで、朝日が書いている通り「国民全員に一律に配る」のが大前提である。しかし、最初の時事などは低所得者支援となっていて全くあり得ない支給の仕方である。この相違はその考え方の原則にかかわり、ベーシックインカムへの大きな誤解を生じさせることになっているので明白にしなければいけない。

要するにあらゆる国民保険などをチャラにすることで初めて可能になる究極の経費削減と小さな政府を構成することでその国に住む市民全員が最低限の生活を保障されることである。その所得や時間を有意に使うことで、湧き起こる創造性豊かな社会の活気に、個人消費を中心に経済の活性化がはかられるとともに、非生産的なあらゆる国の事務管理などの無駄が一掃できるというものである。もしこれが本気ならば支給額の見通しを示すべきではないだろうか。勿論小池都政が行ってきた在日朝鮮人疎外や排外主義とは正反対であり、居住する外国人が最も得するようになっているシステムである。勿論市民を「セレクション」するなどということはこの原則にはあり得ない基本であることはその目的からして明らかなのだ。そして即不履行になる年金も養護などのあらゆる福祉支給を補うだけの支給額に至るかどうかが味噌である。これを本気になってやるならば、権力の集中を招くような議員数の削減とかは必要なく、生活に困らないのでより多くの人が代議士として薄給で国政に参加できるようになるのに違いないからである。

南ドイツ新聞無料のお試し期間が終わる前に、キリル・ペトレンコ関連の演奏会記事を中心に60件ほどをDLした。内容の程度如何に拠らず、ミュンヘンでの活動に関しては地元紙であるからBRと並んである程度網羅している筈だからだ。それでも初期には、今ほど情報量が無く、ケントナガノの方が多めな感じすらある。



参照:
腰痛日誌五日目、柔軟 2017-01-11 | 生活
月2500スイスフランの魅力 2016-06-05 | マスメディア批評
外国人に手厚い社会保障 2014-12-05 | 文学・思想
十分検討に値するやり方 2014-12-13 | 文学・思想
カズオ・イシグロで馴染み 2017-10-06 | 雑感
ハイテク製品の収集効果 2015-05-01 | テクニック
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by pfaelzerwein | 2017-10-06 20:12 | 歴史・時事 | Trackback

トップニュースは柏崎刈羽

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車中のバーデン・バーデンからのラディオはトップで柏崎刈羽再稼働合格を伝えていた。二つ目がカタロニア独立宣言に関するものだった。日本市民の反対を押し切っての判断とされる。日本は選挙で賑やかだが、その中に事故当時の枝野への嫌悪が囁かれていて、あの男への支持はそれほど強くはない。それでも口先だけの嘘をぬけぬけと語る細野元補佐官よりは遥かにマシであろう。細野は落選運動をすべき政治家に違いない。枝野の顔を見ると当時の「直ちに健康には」の発言やその後の在東京ドイツ大使の話しを思い出して複雑な気持ちになるが、有権者はマシな方を選択するしかないのであろう。

そのリベラル政党立憲民主党のサイトが一日少しで十万人のフォロワーを集めたとして話題になっている。SNSの活用はとても重要だが、それが投票行動に結び付くとしても、小選挙区では殆んど選挙には影響を与えないのではないか。但し話題になることでマスメディアでの露出度が増えることで関心は高まるだろう。何十万の支持ぐらいでは50議席も獲得できない。IWJのサイトでも期間が異なるとはいえ十八万を超えているが有料の会員はいつも5000名を超えるかどうかというようなことになっている。

新聞の経済面一面に連邦共和国での地域格差が選挙区毎の地図になっている。一番裕福なバイエルンのミュンヘン南部で平均年間三万ユーロの可処分所得で最低のベルリン近郊で一万六千ユーロとなっている。つまりベルリンの町外れの買い物客の購買力はミュンヘンの町外れのそれの半分ほどになる。外交官やロシア人などが多いベルリンの市街地では高級品も売れるのだろうが、格差が遥かに大きいことになる。首都なので治安が守られているのだろうが、混乱が起きればやはり酷いことになるかもしれない。

ミュンヘンに匹敵するのは、シュトッツガルト、フランクフルト、ケルン、ハムブルク周辺しかない様だ。その次のランクで、二万三千ユーロ以上に、ハノーヴァーやアーヘンやワイン街道北部などが入って来ているので、やはりここは失業率が比較的高めの割に可成り裕福な生活をしているのだと分かる。東ドイツではライプチッヒやベルリンから南のスペーア流域などが少々マシなだけで二万ユーロに至ろうかという程度のようである。

アムステルダムのコンセルトヘボーからのニュースレターに話題のユロウスキーの指揮したラフマニノフの三番協奏曲のヴィデオがあった。DLして仕事しながら流してみた。世捨て人の様な人らしく、稽古場の横に住んでいてカフェテリアにコーヒーを取りに行くような人らしい。この指揮者の音楽を初めて聞く訳だが、リズムも昔のロシア人指揮者の様なタメがあるようで、レパートリーによっては評価が分かれるのかもしれない。確かに管弦楽が良く抑制されていて、客演にしては立派なようだ。但し、玄人筋での評価に比べて一般的な人気が釣り合っていないというのも分かるような気がした。

先週ボールダーのマットの横に実のようなもの落ちていた。木の上から落ちてきたのだろうが緑が強かったので不思議に思って持ち帰ったのだった。それほど複雑な木の森ではないのだが、どこから落ちてきたのか分からなかった。



参照:
細野補佐官のついた嘘 2011-06-08 | テクニック
情報の隠蔽も未必の故意 2011-07-01 | マスメディア批評
予測可能な環境の修辞法 2011-04-08 | マスメディア批評
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by pfaelzerwein | 2017-10-04 23:53 | 歴史・時事 | Trackback

Go home & never come back!

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承前BR-Klassikのページを読んで驚いた。そこには、ザルツブルクでタイトルロールのティートを歌い、「いいね」をくれたラッセル・ト-マスのエピソードが載っている。今回の演出には一人の南アフリカ出身ゴルダ・シュルツとアフロアメリカンのアニーオの役のジィニー・ドピックの二人の歌手がいたが、その一人が訪れたモンドゼーで一人の爺さんに大声で侮辱されたというのだ。「恐らく、アラブ女性と見られたようだ」とある。行楽地でありアメリカ人を含む世界中からの観光客が集まるザルツカムマーグートでこのような野蛮行為があるとは容易に信じられない ― 少なくともドイツでは証拠さえあれば侮辱罪で刑事訴訟は免れない。するとミュンヘン在住でドイツ語も喋るに違いないゴルダ・シュルツがヴェールか何かを被っていたのかもしれない。彼女がモスリムかどうかも知らないが、少なくとも外見からしても攻撃を受けるような対象ではない。そしてドピックにしても明らかにアメリカ人と分かるだろうと思う。

暴言を吐いた人物が、ドイツからのまたはオーストリアの旅行者なのかまたは東欧からのそれなのかも分からないが、少なくとも連邦共和国民ならもしかすると滞在地での法の隙を知っている法律家なのかもしれない。典型的なAfDの支持者層であり、二流指揮者クリスティアン・ティーレマンらのPEGIDAも皆同じ穴の狢である。そしてこのようなことが合衆国でもなく西欧で発生することは恥でしかなく、ヴァージニア州知事のように「恥じろ、出ていけ」 ― Schäme dich!Raus!と叫ぶべきなのである。実際その場にいたら、言葉が出なくても、少なくとも大切な証拠となるVIDEOを回す位のことは出来るではないか。

私たちウルトラリベラルな者であっても、「どちらもどちら」とトラムプのような姿勢はとらないが、意見の相違があってそれを取り立てて激化させても解決には向かわないと考える。このシャルローツヴィレにおいても両陣営が警察を挟んで対立していたのも事実であり、事件前から暴力沙汰になっていたのも間違いない。しかし、ネオナチであろうがネトウヨであろうがAfDであろうが、彼らの言動を寛容のもとに許容することはまた別の問題である。

それらの行動や発言に厳しく反応することで議論が可能となる。またキリスト教民主同盟などの保守政党の立場のように、奴らを非合法化して地下に潜らせないことの方が重要だとする見解も理解するが、厳しい批判は欠かせない。PEGIDAの主張も尤もなことで許容していた。しかし一連の世界の動きを見ると何も旗印を明らかにする必要など無いが、「許容できないことには許容しないと声を上げる」ことは欠かせないと思うようになった。

安倍政権批判に堪りかねて在フランクフルト日本国坂本総領事が殴り込んだドイツの高級紙フランクフルターアルゲマイネが、このAfDにも執拗な批判を続けている。文字通りには誰もが納得するような党のスローガンの裏に潜む事実を暴き、警鐘を鳴らし続けている。

ラッセル・トーマスは、上のエピソードに関して「この制作の焦点ではないが、間違いなくこの経験が皆に反映している」と語っている。彼のフォルテで一本調子と評されたティートの怒りの歌の激しさを見るとなるほどと思わせて、私が最初に考えていたような「合衆国の人種を投影させている」というような静的でドラマとして様式化された表現形態を超えて、そのもの情的で肉体感を持った表現意思が演出されていたとすると更に驚愕させられる。

以下のようにリツイートした通り、見事な歌唱と演技でthe painを表現していて、まさにこの南アフリカ出身の教育を受けた歌手がそのもてる技術と感性を活かして表現している芸術というものを私たちは見極めなければいけないのだ。

今年上演された音楽劇場作品でとびぬけた価値を見出せる上演であり、それを無理して破廉恥な音楽を生で聞かないでもネットで流されるそれを見れば充分に体験可能である。こうした上演に際して、それを体験して批評できない様では、音楽劇場などを幾ら体験しても無駄でしかない。

Golda Schultz‏ @SchultzGolda  4. Aug.
Just #thankyou #petersellars for helping me find the #beauty in the #pain #clemenzaditito #GoldenMoments #blessedbeyondmeasure



参照:
反レーシズム世界の寛容 2017-08-11 | 文化一般
金ではない、そこにあるのは 2017-08-23 | 雑感
異常なI’m not Abeな事態 2015-04-30 | マスメディア批評
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by pfaelzerwein | 2017-08-23 20:03 | 歴史・時事 | Trackback

キャッシュレス生活の奨め

経済欄を見ると面白い比較表が出ていた。各国のキャッシュレス化の度合いが国際比較されている。レスといってもこの場合は現金払いの割合だ。想定通りアングロサクソンのポンドなどは上位で3.42%、その次のトルコのリラ4.85%、アメリカンダラー8.37%などが続く。トップはスェーデンクローネで1.24%ということは殆んど現金を見ないということだろうか?ユーロよりもスイスフランが10.17%と下回っているのは意外だった。円は21.94%である。

大体予想通りだが、スカンディナヴィアのキャッシュレスは知らなかったが、乞食が生計のための印刷物を売るのにクレディットカード払いを受け付けているという。機械は教会が提供していて、乞食に恵むのもカード支払いらしい。個人的には英国のそれが印象に残っていて、スーパーでも現金を使う人が殆んどいなかった。今は自分自身もスーパーではクレディットを使用しているが、昔は態々サインしてまでと思ったものだ。

実際にここに住むようになってからも最初はデビットカードを使ったり現金だったりしたのだが、今通うスーパーが全く問題無しにクレディットを受け付けるのを知ってから、クレディット化した。あとは外食の安物の店では現金優先なので仕方ないが、高級店になるとクレディットも多く受け付ける。そもそも外食が減ったから現金も要らない。そしてなによりもネットショッピングが中心となると、最早現金は要らない。ざっと月のネットショッピングを150ユーロ。スーパーで100ユーロ、給油150ユーロ等々に対して、現金月100ユーロぐらいとなるので、これだけでも25%で、その他の仕事関連を入れると、ユーロの比率10.34%を下回るだろう。しかし肝心のワイン購入では、最大手醸造所でしかクレディットを受け付けない。それでも周りの様子から見ると現金を使わない方なので、ドイツよりも他所のEU諸国の方がカードを使う割合が多いのかもしれない。実際、フランスのスーパーで現金払いをする人は少ない。

連邦共和国もキャッシュレス化を推し進めて、高額購入は現金払いを認めない方向にある。マネーロンダリングや課税できない現金の流れを抑えるためであるが、カードの支払い上限を上げようと思うとそれなりに面倒で不正使用の危険性もある。不正防止のために様々な方法があるが、不便になればこれまた誰もカードを使わない。

新調した歯ブラシを何度か使った。最初はビギナープログラムがついていてそれが流れている筈だが、四サイクル全部で二分が短く感じる。だから余分に奥歯などに充てる。振動が少なく音も軽やかで軽量なので押しつけがましさが無い。PCモニターを覗きながらでも磨けるのが嬉しい。腕も細身なのでおかしな涎が出にくい。 

歯ブラシも真新しく使い始めなので綺麗に磨けるのは当然かもしれないが、様々な面で使い易く感じるのが良い。形状も以前のものとは異なり、ヴァイブレーションも悪くはない。面白いのは、フィリップスとブラウンの対抗関係で、髭剃りは回転刃を使う前者だが、歯磨きでは後者がブラシを回転させる。ブラウンは今やジレットの子会社であるがこの分野では歯ブラシメーカーが今は販売しているようで、替えブラシはフィリップスのものより安い。フィリップスも中華製となっているが世界中に儲けの出る市場があるようで白物のようには未だに売却していない様だ。一方ブラウンの方はオーラ―ルBと歯ブラシメーカーの商品になっている。



参照:
脱資本主義社会への加速 2016-02-15 | 文学・思想
とっかえ、ひっかえ 2017-08-02 | 生活
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by pfaelzerwein | 2017-08-03 19:11 | 歴史・時事 | Trackback

ザウマーゲンのヘルムート・コール

夜中、窓外がざわざわして、目を覚ました。早めに床に就くと、どうしても夜中に目が覚める。日曜日にかけてのワイン祭り最後の夜なので仕方がない。だから窓を開けて寒気を入れることは叶わなかった。結局明け方になって二度寝して、目を覚ましたのは八時過ぎだった。曇天で気温は上がり難かったが、目も覚め難かった。

パン屋に行って峠を攻めて帰って来る。森の中は摂氏20度に至らず陽射しも射していなかったが、湿気があるのかしっかり汗を掻いた。ガソリンを入れたポリタンクに入れた水で手を洗ったが、まだガソリン臭い。二三度使い切らないと中々臭いはとれない。

前々日に起こしたガス欠エンストの影響は悪くは出ておらず、警告灯が消えてからも寧ろこの一年間で最もスムーズな低速回転をしているような印象を受ける。つまり低速で異振動をあまり感じさせない。まさか完全にガソリンを抜いたことで要らぬガスも抜けたとは思わないが、これで週明けに通常量を給油すればはっきりするだろう。燃料計は一向に変わらず残り1Lを指したままである。浮きが壊れた可能性はないと思われるが、その誤差はどこから来るのか?

金曜日の朝、ヘルムート・コールが亡くなった。地元においては少なくともザウマーゲンを世界に轟かしただけの成果は歴史的に語り伝えられるに違いない。個人的にもドイツ統一などはくそくらえと思い続けており、ゴルバチョフとシュワルナゼがコール首相を「お人好しの間抜け」と見下していたことは良く知られているが、その特徴もまさしく広くプフェルツァーの個性としてよく知られるものだ。その方言と言い、ワイン祭りに見られるような態度と言い、そのようにしか思われない特徴そのものである。更に太って相撲取りのようだと言われれば、もはや付け加える言葉は無い。寧ろそうした嘲笑される面があったからこそ、あれだけの権力を握って、最後まで執拗に「名誉棄損」の民事裁判などで勝利を挙げていてもそれほどひどく憎まれるようなことはなかったのかもしれない ― これに似たようなコラムがFAZに載っているのはやはりフランクフルターは比較的ご近所さんだからだろう。

マイ肉屋もこの故人の恩恵に預かったことは計り知れなく、当然のことながらベルリンからの錚錚たる弔問に交じってオーガスハイムへと記帳に駆けつけたと想像する。故人がいなければ、少なくとも作ったザウマーゲンがエリザベス女王を含む世界のあらゆる首脳の胃袋に収まることはなかった。そして今も全国各地へと直送するようなことはなかったに違いない。恩恵と言えば、メルケル首相が故人から受けたそれに匹敵するかもしれない。

と言うことで、新聞にはドイツとEUの統一の二面で評価すべきとしてあるが、地元の感覚からすれば食文化の上での歴史的功績とするのがなんとも地元らしい雰囲気であろう。



参照:
胃袋がザウマーゲンに 2012-12-27 | 料理
今年も栗入りザウマーゲン 2016-12-27 | 料理
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by pfaelzerwein | 2017-06-18 23:22 | 歴史・時事 | Trackback

多重国籍の奨めと被選挙権

スピードコースをショーツ姿で走る。上り7分20秒、下りて来て15分30秒はまだまだだ。それでも大分調子は上向いていて、走れるようになってきている。森の中を登り乍ら足元に幾つも木屑らしきが落ちているのを見かけた。上りで10箇所ぐらいあった。樵が仕事した様子ではないのだが、なぜ道沿いに点在しているかを考えながら走っていた。道沿いは森が開いているところで、その面は光が入るので啓蟄が早いのだと感じたが、方向は斜面が北向き斜面なので木の向きは想像していたように南向きではない。それでも風が抜けて春の訪れが早いのだろう。兎に角、木屑を落としたのはキツツキとしか思われない。それにしても木屑の量が掴めるような量なので、あれだけ音を立てて仕事をしているのだから、それぐらいは削れるようだ。仕事量に見合ったよほど美味いものにありつけるのだろうと想像する。

車中のラディオはメルケル首相のワシントン訪問や中共の会社による空港買取の話に並んで、トリアーへの中共政府によるマルクス像の献呈の話があった。6メートルもの巨大な像を立てるのはどうかということで、せめてエンゲルス像の3メートルなら許可しようという話である。トリアーのようなローマ人の古い街に巨大なマルクス像は似合わないのは確かだ。トリアーも無下に断れない。なぜならばシナからの観光客はマルクス目当てにトリアーに押し寄せるのであり、最も大切な観光客だからである。

もう一つは一連のトルコ政府と連邦共和国並びにEUとの非友好的な関係の激化に伴う一環として、どうしても国籍も選挙権もある在独トルコ人のステータスが話題になっていた。要は、ごく一般化する二重国籍などへの見識が求められる時点になってきており、恐らくそれへの認識がここにて広がる気配があるということだ。これからの世界は二重国籍はもとより、両親が二重国籍保持者となれば五重国籍位はあり得ると考えるのが普通である。個人的には保守的な考えからそのようなことなど考えていなくて、二重国籍よりも無国籍の方が理想的と考えていた方であるが、もはやこの流れには逆らうことが出来ない現実になってきている。

問題は今回のトルコの選挙や国民投票に係る選挙権である。個人的には、今後は国籍よりも納税の義務をつまり居住地を重視すべきと考える。年に半年以上居住する社会での選挙権を第一義的に与えるべきだ。要するに逆に国籍があっても海外での投票などは認めないのを基本とするのである。これに従えば在独トルコ人はドイツで選挙すべきで、トルコの選挙には関係が無くなる。より問題になるのは被選挙権であろう。



参照:
移り変わりの激しい日々 2017-03-03 | 雑感
不法移民、強制退去の祖父 2016-11-25 | 歴史・時事
ありのままを受容する 2016-09-24 | 歴史・時事
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by pfaelzerwein | 2017-03-14 21:37 | 歴史・時事 | Trackback

Alternative facts

どうもこれは今年の流行語のようだ。ホワイトハウスが唯一の事実を述べる訳ではなく、長くもう一つの事実らしきものを語ることは皆の知るところである。だからポストトュルース時代の流行語とはいっても、真実などはそこにないことを明白にすることで、とても意味がある。名言だと思う ― 所謂「主催者発表」というような鍵カッコの事実を指す用語である。

ホワイトハウスはもう一つのそれらしい話をしているが、実際はどうなのだろう。フランクフルターアルゲマイネ新聞は貿易収支について経済欄第一面で扱っていた。それによると、狙われている日本の貿易黒字並みなのが連邦共和国にも当てはまっていて、殆んど同額なので決して日本が突出している訳ではなく、十倍規模の突出しているのは中共だけだった。それが事実である。

数値を挙げると、合衆国から中共は423B$入、104B$出、日本は120B$入、58B$出、連邦共和国は105B$入、45B$出、メキシコは271B$入、212B$出、カナダはB$255入、246B$出となっている。

ホワイトハウスのピーター・ナヴァロに言わせると結局ユーロに隠されたマルク安となるのだが、トラムプ大統領が乗っていた売りに出されたメルセデスのようにメードインジャーマニーとなると新たな価値が出る。しかし、反対にメキシコで造っていたものをデトロイトで造ったとしてもシヴォレーが欧州で売れる訳が無いのである。その問題が今度は翌日の経済欄のトップとなっている。

つまり、ホワイトハウスが日本と中共を同じく為替相場操作犯としたことである。日本は早速反論して、2011年以降は介入していないことを声明する一方、中共はこれには反応していない。一週間前にメルケル首相に李首相が電話したように世界の輸出強国二大国として安定化にスクラムを組んでいくということだ。実際には2000年代の中共は人民元を操作していたが現在では一概にはいえないとされているようだ。

そして、社説は書いている。来週にも安倍首相がトラムプ大統領を訪ねて経済問題を中心に釈明することを念頭に置いて、日本の緩和政策はそもそも世界経済の枠組みの中での政策であった訳だが、トラムプ大統領によって改めてスケープゴートに名指しされたことから、今後もそのような立場であるだろうという社説である。シナ人の人権はとても軽かったが、シナは再び超大国になろうとしている。それに比べれば日本を思うように扱うことぐらいはわけないことなのである。これを示すのが来週の安倍とのゴルフ会合ということらしい。これが真実であろう。本当に能力があり志がある人間は早く日本人をやめるに限る。

余談ながら、その前日の新聞にはメイ首相が英国民に向けて、合衆国の入国禁止令に反対の意を示したが、それによって「英国国籍または市民権を持っている当該のアラブ人も合衆国へ歓迎する」と合衆国は方針を変えた。これの意味することは、国民世論が確りしていればその市民権の価値が高まるということでしかない。



参照:
Das Weiße Haus nimmt Deutschland ins Visier, FAZ vom 1.2.2017
Jetzt wirft Trump Japan Währungsmanipulation vor,
Sündenbock Japan, Patrick Welter, FAZ vom 2.2.2017
可処分所得三割増の一年 2016-12-16 | 暦
三世が見るトラムプ像 2017-01-03 | 歴史・時事
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by pfaelzerwein | 2017-02-04 00:19 | 歴史・時事 | Trackback

三世が見るトラムプ像

アメリカの遠縁からメールが来た。トラムプ家のことは知らなかったようで、私の情報からWikiを調べたとある。トラムプはTVに出たりでの印象だけで、皆そうした背景については知らされていないというのである。勿論私が書いたことなどは合衆国の人々にとっては興味のないような情報で、出自とかはどちらかといえば忌み嫌われるようなものだと感じている。要するに合衆国はそうしたものを超えての自由でならなければいけないというテーゼがある。しかし、トラムプが話題にしているのはまさに出自に関することまでが含まれているのである。そうした論理矛盾がトラムプ問題なのである。

そしてメールには、「ヒラリーは嫌い」と改めて書いてあって、恐らくトラムプに一票を投じたと思われる。旦那も写真でも英国風の人物で、それもオレゴンの山奥に住んでいるので典型的なトラムプ支持の中産層である。三世ということでは、メールを寄越した本人が、ドナルドと同じ立場にある。

私などは、三世とかその後の世代を思って、また同時に一世が書いた手紙などの逸話を考えるとそれなりの歴史感というか時を繋ぐ位置を定める作業が大げさに言うと、歴史とはそのように回っているのだと感じ入るのだが、恐らく三世や四世にはまた違った視点で見えるのだろう。例えばトラムプ家の場合でも、初代が砂金集めの結構危ない場所で生計を立てたり、その勢いで不動産へと二代目が中興となり、そして三代目に継がれていくとなると、やはり三代目は二代目、一代目へと関心が行く筈である。要するにアメリカンドリームとは言ってもそこには流れがある訳で、合衆国が決して相続税に厳しい訳でもなければ決して皆が思うように自由競争などスタート点が格段に異なるのであり得ない。

兎に角、トラムプ大統領に対しては、変化を期待すると同時に、大きな不安があるのはでもあまり変わりないようだ。少なくともトラムプ大統領によって合衆国の真の姿が浮き彫りになって来るのではなかろうか。

今シーズンの初雪となった。薄っすらと幾つかの屋根に乗るぐらいで霜とあまり変わりないが、夜中にちらついたことには間違いないようである。その為に気温も急激に上がった。それでもまだ寒いので、更なる降雪を待っている。スイスなどもあまりにも雪が少なく、態々出かける価値はなさそうで、近場で探してみる。人工雪を使っているところもあって料金も安く、片道120㎞で費用も余り掛からないので35ユーロぐらいで膝試しに滑って来れるかもしれない。現状ではベストではなかろうか。スキーの準備をして降雪などの状況を見よう。グリンデルヴァルト辺りで歩いて上って下りて来て、膝試しと同時に高度順応もしてこようかと思ったが、雪が無いのでは直ぐに岩に乗り上げて危なそうである。そのようなところで板を壊しても仕方がない。



参照:
厳冬の大晦日の過ごし方 2017-01-01 | 暦
不法移民、強制退去の祖父 2016-11-25 | 歴史・時事
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by pfaelzerwein | 2017-01-03 00:25 | 歴史・時事 | Trackback

不法移民、強制退去の祖父

トラムプ家のフリードリッヒの研究が新聞に載っている。「なぜ、フリードリッヒが1904年に妻エリザベートと故郷カールシュタットに戻ってから、滞在許可を出しても受け入れられなかったか」についてである。16歳で姉の住むニューヨークを目指して、1892年シアトルで市民権を取ってから、再び1901年に妻を娶りに帰郷して、再び合衆国から戻って来た時に妻エリザベートは故郷にとどまることを希望したのである。そのことでの国籍の再取得を申し立てたが、却下され、1905年2月にはバートデュルクハイムの当局からバイエルン支配地からの強制退去命令が下されている。

却下の大きな理由は、バイエルンの支配地プファルツの市民に課せられた徴兵義務を果たしておらず、年齢からその義務を果たせることがないということであり、バイエルン市民とは認められなかった。そもそもニューヨークに出発するときに合法的な移民としてバイエルンの席を抜いているのではないために、そのこと自体が非合法な兵役拒否にも繋がっている。

国内国際欄つまり三面記事で高級紙FAZは、「ドナルドは、おじいさんが不法移民であったことを忘れているようだ」と締めくくっている。なるほど兵役逃れの移民三世の実質上の二代目があのような主張をして大統領になるのが合衆国であるということだろう。但し兵役に関しては異なるが、移民などは皆同じようなもので、私自身も日本政府や自治に移民すると断って籍を外して移民している訳ではない。そもそも故郷を棄てる者などは似たものだ。

フリードリッヒが国籍申請のためにスパイヤーの内務省当局に出した手紙類はスパイヤーのアーカイヴにそのまま残っており、その細かく書かれた書類の束の写真を見て、大叔父さんが日本に滞在する子息への仕送りなどのことで大量に手紙をよこしていたという話を思い出した。残念ながら捨ててしまったということだが、公文書はこうして中世から残っているのがドイツであり、恐らく私自身の資料も日本でよりもそのものこちらで公文書として残されて行くものだと思った。



参照:
大統領選出後の喧騒 2016-11-11 | 歴史・時事
都合の悪い真実を窺う 2016-02-23 | 雑感
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by pfaelzerwein | 2016-11-24 23:15 | 歴史・時事 | Trackback