カテゴリ:マスメディア批評( 290 )

フェイクニュースの脅し

朝七時半のアポントメントだった。タイヤ交換である。だから車中で七時のニュースを聞いた。トップニュースは北朝鮮問題でのフェイクニュースである。空母が北朝鮮向かうと大統領までが語って、北朝鮮に圧力を掛けたのに、実際には反対方向のインド洋へと向かっていたことが知られていたというのである。要するに口だけの脅しだったとなるが、この件に関しては内部での情報の混乱として処理されるらしい。子ブッシュや金正恩などの一貫した政治姿勢とは異なり、このように未熟大統領トラムプの方が一貫性が無いので危ないというのが解説だった。

折からの戻り寒気で、霙も降り、冬タイヤが欲しいと思ったが、それでも夏タイヤの走り心地は抜群だった。地面が温まっているので、気温は摂氏四度であり、週末にかけて早朝は零下になるというが、出かける予定もないので来週になればまた暖かくなるだろう。途上買物も済ませて、九時にはデスクに付いた。

朝のラディオでもう一つ興味深かったのは、今回の国民投票に参加したトルコ人のドイツ人化の問題が危ぶまれていたことに対して、政治信条や民主主義的意識とドイツ化の問題は別けるべきだとする意見だった。つまりドイツでもAfDなどを支持するとんでもない非民主主義的な連中が多く、それはトルコ人でも同じだというのだ。二重国籍が二百三十万人といわれ、彼らが必ずしも非民主主義的な人達ではないという背景も話されていた。

流石に寝室も冷えて来て、布団に包まって寝るのであまり熟睡していない。上掛けを準備するか、暖房を薄く入れるかなど考えるが、陽射しがあると直ぐに暖かかくなるので、完全に切ったままにしてある。



参照:
Alternative facts 2017-02-04 | 歴史・時事
多重国籍の奨めと被選挙権  2017-03-15 | 歴史・時事
[PR]
by pfaelzerwein | 2017-04-19 17:40 | マスメディア批評 | Trackback

日本国民への警鐘

フランクフルターアルゲマイネ新聞は、音も無く迫る日本国の変革に注意を促している。それはフランスのルペンや合衆国のトラムプのようには目立たないが、確実にやってきているというのだ。この新聞としては珍しい名前が出ていて、ハムブルク大教授ガブリエレ・フォークトへの取材と、ジェフ・キンストンら専門家共著の新刊「現代日本の報道の自由」(Press Freedom in Contemporary Japan)などを参考に記事を綴っているのは編集者アクセル・ヴァイデマンである。

フォークト教授が言うように、今進められている回帰的なつまり安倍首相の「日本を取り戻せ」のスローガンに代表される日本会議や伊勢神宮を代表とする神社本庁の考え方を日本国民の多くは支持していないとして、現在音も無く進む変革への警句としている ― これは一部で囁かれている右翼革命であるという認識に近い。

具体的には、憲法九条に代表される合衆国占領以降の骨抜き教育や社会を21世紀に適応した憲法に変えようとする動きである。それに対してプロパガンダ組織である日本の報道機関が全く手も足も出なくなってきているということへの強い疑念が示される ― この件に関してはガウク前大統領が日本訪問した節の発言では事の軽重が逆になっていたが、なぜ今こうした見解がこの政財界にも大きな影響を与える新聞で大きく紹介されているのかがとても興味深い。

恐らくそれは前記の新刊本に書かれているようなNHK司会者の更迭やそこに存在する黄色本とよばれる政府に対して配慮したハンドブックの内容がジャーナリズム業界で大きな話題となって、また朝日新聞のような未だにリベラルと思われている新聞のお手上げ状態を見かねての発言であろう。我々ジャパンウォチャーにとっては今更と思うことでもこうした研究本が出ることで世界の言論になるということだ。

また「日本会議の研究」著者菅野完への日本会議の正会員からの脅迫電話がYOUTUBEにアップロードされているとして、それを取り巻く状況を紹介している。また、アパホテルの客室に置いてあって、シナの「微博」で炎上したような内容の書籍でも日本では問題にならないこと、そうした正会員が2014年秋の時点で全国会議員722人中289人もいるというニューヨークタイムスの記事も紹介している。それでも大多数の日本国民の抵抗の声はいつものように静かであるとしている。

2014年秋に発生した坂本フランクフルト総領事のFAZ本社強襲事件以降この新聞の安倍政権への批判記事は巧妙なジャーナリスト的な記事に終始していたが、ここにきてガウク大統領訪問以降にベルリンの外交部の日本担当で何かの変化があるのだろうか?あり得るとすれば、トラムプと安倍の関係からEUの新たな軸足のあり方に変化があるのだろうか?題して「国民不在の島国」。



参照:
Kein Volk ist eine Insel, AXEL WEIDEMANN, FAZ vom 21.2.2017
自虐的国家主義安倍政権 2015-07-24 | マスメディア批評
異常なI’m not Abeな事態 2015-04-30 | マスメディア批評
[PR]
by pfaelzerwein | 2017-02-21 23:05 | マスメディア批評 | Trackback

クリスマスマーケットなんて

月曜日の夕刻第一報が入って来た。日本のネットのサイトからだった。テロとか何かに飛びつくのは日本のマスメディあの頭の悪い外信局の連中のお得意である。要するに事の大小を審査しないでも流しておけばお仕事となるからだろう。自己取材やその内容の吟味などが出来る語学能力が無くても構わないからである。要するに日本のマスメディアは大衆報道のスキャンダル報道を専門としているジャ-ナリスト気取りの有象無象の社員しか就業していないことの証明である。

とは言いながら事件の波及が気になるのでネットを見ると直ぐにYOUTUBEで現場の状況が流れていた。とても落ち着いていて、通常の交通事故と変わらないほどの雰囲気で安心した。そもそも西ベルリンの象徴だったあの教会の前の広場に屋台を並べているようだが、嘗てとは違って西側のショーウィンドーのクーダムの始まりの感も無い寂れたような場所で、人通りも場所が広いだけにそれほどではない。それが十年ほど前に向かい側のホテルに宿泊した時に感じた印象で、嘗ての面影は全くない。そのような場所であるから車止めの規制も大したものではなく ― フランクフルトでは事件を受けて規制などを張らずにソフトターゲットにはソフトで挑むとFAZは伝えている ―、犯人は敢えて寂れた場所を狙ったのだろうか?

翌日のラディオでは犯人はパキスタン人の身分証明書を所持していたが本人かどうかなども分からないようで、爆弾などは所持していなかったのだろう。ああした事件が連続で起こると怖いのだが、最初から落ち着いた雰囲気だったのはその状況に何か相違があったのだろうか。ニースで起こったような大変な人通りもないところでああした犯行を行う感覚が最初から外れているということなのだろうか。

ベルリン特派員からの報告を受けての番組での話は、こうした事件に対して「我々西欧の生活感とか価値観を守る」ためにも、こうしたそれを狙う犯行には怖気づいてはいけないという感想をSWRの記者が話していて驚いた。正しくポピュリズムのAfDなどとの考え方と殆んど変わらない発想だ。怖いと思う人はクリスマスマーケットなどには行かなければよい訳で、態々人ごみに出て、グリューヴァインで体を温めて事件に巻き込まれるならば本望とでも言いたいのだろうか?なるほど理不尽な攻撃であって、それに対しては怒りを禁じえないとしても、クリスマスマーケットなどはどうでもよいことなのである。

人出が無いと経済に悪影響を起こすという口実ならよいが、ああした犯行に対してキリスト教の価値観とか文化とかをぶつけていくのは馴染まないのである。そもそもあの連中が反キリストで行動している訳でもないのは確かなのだ。あの連中に、そうした思想的な基盤があり、ある秩序をもって攻撃対象を選別しているようならば話はとても容易である。

英語圏のメディアとは異なってベルリン市民やドイツのメディアや西欧がフランスを除いてはこうしたことに冷静に反応するのはまさにそこにあるのであって、理不尽な連中になんだかんだといっても始まらないからである。やはり一方ではスキャンダルマスメディアといわれるようなものを使って物事への反応をエスカレートさせようとしている輩がいるということでもあろう。



参照:
深圳からの直送便 2016-09-29 | 生活
過剰反応の醜聞報道 2016-01-14 | マスメディア批評
[PR]
by pfaelzerwein | 2016-12-21 05:49 | マスメディア批評 | Trackback

プロテスタンティズムの焦燥

昨日車中で聞いたラディオからである。リベラルな文化波からの内容で、若いドイツ青年がアフリカの援助で得た体験を語っている。アフリカと書いたが車中のことなので滞在地などは聞いていなかった。それでも重要なことは、青年も最初はパシフィズムの武器を持たない援助というものを想像していたようだが、現在の彼は「そのような考え方は冷戦時代のそれで、イスラム国などの現在武器を持たない活動はあり得ない」としている。

この発言で気が付いたのは先日訪日中に早稲田で講演して「日本は武器を持って責任を果たすとき」と提案したガウク独大統領の発言と通じるところがあるからだ。要するに日本で未だに隠れ蓑とされている九条と言われるパシフィズムに対する批判として認知することが可能である。勿論このラディオ番組の南ドイツ放送局の制作者は日本の九条信仰についても認識があるに違いない。

もう少し身近な問題として、フライブルクでの連続婦女殺人事件騒動から、町中の武器が売り切れたという話がある。婦女子にしてみれば何らかの防御武器を身につけなければ安心して外出できないとするのは当然だろうと確か上の番組の直前に話されていたと思う。

軍事力を使った治安維持と、日常の自己防衛手段とは異なるが、合衆国などの銃の所持問題などとも共通する思考もそこにはある。前記の青年が現場の感覚からそのように考えるようになったことも充分に理解もするのだが、一方では現実的な対応としての限界を感じてしまうのは当然ではなかろうか。

ここで注目しなければならないのは、ある意味特殊な信仰でもあるパシフィズムに対するこうした公な批判の声が大きくなってきていることであろう。ある意味、今までは真面な批判と対象とならなかったそれが議論の対象になってきているということかもしれない。そしてこうした動きの一方にはプロテスタンティズムを掲げる大統領や首相がいて、その政策こそが現実離れした理想主義から難民政策などが大きな問題となっていて、自己正当化しなければいけないという批判の矛先に立っているということだろう。

このブログのタイトルにあるように、関心を寄せてそのプロテスタンティズムを観察しているが、前教皇のカトリックの時世に続いて、ここでも国民の意識がそうしたプリテスタンティズム少しづつ乖離して行っていると肌で感じるのは私だけだろうか?

LINUXシナモンの最初の調整は一通り終えた。SAMBAは最小の形で、WIN8とファイル交換するように設置した。新しくSMB.CONFを書き込んだので勉強になった。再び遠隔操作の設定も、前回問題になったXfceを使わなくてもTIGHTVNCをインストールするだけでXrdpとして使えることが分かったので助かった。YOUTUBEの説明はMINT17に対してであって、MINT18はその点で改良されているのだろう。右クリックで打ち込みが出来、終了や再起動などもSHUTDOWNやREBOOTコマンドで可能なので全く問題なく遠隔操作が出来そうである。

久しぶりに今度は本格的にWiFi温度計が使いたい時期であり、再びラズペリーパイの方に戻ろうかと思う。こうして行ったり来たりしているうちに少しはLINUXの腕が上がるのではないだろうか。



参照:
違和感が消えるときは 2016-11-20 | 雑感
婦女暴行殺人事件の容疑者 2016-12-06 | 雑感
[PR]
by pfaelzerwein | 2016-12-07 17:19 | マスメディア批評 | Trackback

パリ北部で排除される人々

もう十日ほどになるだろうか?新聞やネットを熱心に見ている人なら覚えているかもしれない。私は日本のヤフーニュースで見た写真が、通信社の配信した写真だと思うが、パリの北部の難民排除のニュースがとても気になった。写真だけならば事情はよく分からなかったが、当局に強制撤去された難民たちについて気になったのだ。そして日本語の説明にはアフガニスタンからの難民などと書いてある。そして写真はアフリカの黒人の写真だ。これを見ておかしいなと思った人は少なくない筈だが、文章を読んでも意味が分からなかった。

そしてその夕刻車中のラディオニュースで聞いた。排除された難民はアフガニスタンやスーダンからの難民だと。なるほどと思った。日本ではスーダンからの難民は折から禁句なのかもしれない。通信社からの配信もこうしてマニプレーションされている好例である。日本の報道機関の外信などが真面な情報を伝えていると思ったら大間違いである。彼らは海外音痴の日本人読者を知っているのである。

それにしても日本人はスーダンから三桁四桁の難民を受け入れる覚悟はあるのだろうか?軍事的に内戦に介入するということはそういうことである。歴史文化的に関係のあるフランスでも邪魔にする難民たちを喜んで受け入れるだけの経済的にも精神的にも余裕が日本社会にはあるのかどうか。その時の日本のマスメディアは何を語るのだろう。

メルケル首相は大統領選挙で勝利したトラムプ氏と電話会談したが、遅くとも来年の七月にハンブルクで開かれるG20までにお会いしましょうとなって、英国首相メイに対してとは全く対応が異なったといわれている。つまりメイ首相は早期に招待を受けたがメルケル首相にはそのようなことはなかったということである。誰が次期首相になってもワシントンとベルリンや西欧との関係は少なくとも先四年はこのように冷えた感じで進むのであろうか。



参照:
ありのままを受容する 2016-09-24 | 歴史・時事
厳戒態勢ではない国境線 2016-02-25 | 生活
[PR]
by pfaelzerwein | 2016-11-16 18:46 | マスメディア批評 | Trackback

デジタル演奏会の品定め

d0127795_18413491.jpg
デジタルコンサートホールお試し券を使い切った。一週間足らずで、途中三回の生中継を含んで、六十曲以上を視聴した。多くは仕事をしながらBGMとして流しておいた。繰り返して観るべきものは殆どないが、永久保存物もある。ざっと、キリル・ペトレンコ指揮の六曲に続いて、ピエール・ブレーズの自作自演やストラヴィンスキーなどを中心に、そしてクラウディオ・アバド指揮のベルク作曲作品、またブロムシュテット指揮のヒンデミットや北欧作品、フランソワ・サヴィエー・ロート指揮のデビュー演奏会などである。

そして、現音楽監督のサイモン・ラトル指揮の数々の演奏会からである。先ずは何よりもシェーンベルク作曲「グレの歌」が永久保存版だった。在任中の音楽的な頂点ではないかと思う充実した演奏会だった。シュテファン・グールトの歌唱も素晴らしい。こんなに立派な歌唱が出来る人だとは知らなかった。シェーンベルク作品は後任監督のメインレパートリーになると思うが、この初期の曲に関してはそう簡単には凌駕しないのではないか。それ以外のシェーンベルクも名演揃いだ。

充実した響きという事ではブルックナーの交響曲第九番の四楽章完成版の演奏が取り分け素晴らしかった。これほど音響的に充実した響きで鳴らされた事は嘗て今までなかったのではなかろうか。この指揮者も完全に二十世紀後半のカラヤン亜流を逃れているのが大勲章である ― 同じようにどんなに美しく立派に鳴ってもハイティンク指揮の五番では亜流を一歩も出ないのが歯痒いばかりである。前監督も同様だ。

マーラー作品は今回は二曲しか聞いていないが、ブルックナーの方が音響的に充実しているのは意外だった。その他も当代一のハイドンの演奏やシベリウスの交響楽曲、生で体験した魔笛全曲、内田光子とのモーツァルトやメシアンなどレパートリーが広い。まだマタイ受難曲は聞けていないが、ピーター・セラーズ演出シリーズの「ペレアスとメリザンド」など立派な演奏が多い。

話題のアンドリス・ネルソンズ指揮「アルペン交響曲」はなるほど立派に鳴り、流石にソヴィエトのエリート教育システムの秀才で、楽譜も完全に読み切っている。これから鳴り響く音響をしっかりと和音連結で描いているところが憎い。それだけに完璧に鳴るのだが、シュトラウスだから月並みな鳴りでそれで終わりとは限らない。少なくとも指揮者ロートが指摘したカラヤンやティーレマンの風呂場での鼻歌シュトラウス程は行かなくてもそれほど変わらないのが嘆かわしい。この人を合衆国の名門が監督にして、東ドイツの名門が監督にするのは分からないではないが、その市場がエンターティメントを一歩も出ないことになるので反動も大きいのではなかろうか。少なくともドイツではこの人への評価は今後も限定されるだろう。要するにラトヴィアからの出稼ぎでしかない。そして顔写真と違ってあの体格や腹の出方は仲違いしたティーレマン監督にそっくりである。頭脳が良く似ているのだろうか。

三回の生中継を試聴してみて、完璧に流れることはなさそうで、こちら側の問題ではないことも窺い知れた。例えばペトレンコ指揮のアンコールの時はアクセスが集中したのか中断して、明らかに容量の問題だと感じた。ミュンヘンの歌劇場もベルリンのフィルハーモニカ―も一法人なので、公共放送のそのネット設備とは比較のしようがない。有料で映画館で流す時にはそれなりの態勢を取っているのだろう。アーカーヴ化が一週間後というのは一週間券の人に再度買わす効果があるのは理解できる。

レジデント作曲家ジョン・アダムスの自作自演コンサートも観たが。あの手のキッチュさは欧州ではキッチュ以外の何ものとしても通じないであろうから、その需要の可能性は限られているだろう。競演のヴァイオリニストもなにかタイ出身のスキー選手メイのヴァイオリンを思い起こさせた。これもアジアやアメリカ市場限定なのだろうか。

音響録音の技術的には、AACなのでそれ以上は期待できない。だから日本の企業がグレードアップしようとしているとあるが、そうなると今度はマイクロフォンセッティングなどの技術が問題になる。現時点のそれでは、なるほど現監督のラトル指揮の場合は比較的上手に録っているものがあるが、音質が良くなっても耳だけで音楽を聞けるような程度では全くない。要するにこの計画の問題点である。嘗てのカラヤンやネルソンスのような単純な鳴らし方を追求しているならば録音も容易なのだが、現在の音楽的な要求に堪えようとするならば正しいマイクロフォンセッティングは全く容易ではない。

今回一月以上前から準備万端を整えて、そしてボンでのコンサートを踏まえて、ペトレンコ指揮の最後のベルリンでの演奏会を再視聴した。辛うじてホールトーンなどが識別できる条件でになって初めてその演奏会の一端が掴めた。なるほどストラヴィンスキーから始めて、二曲のルディ・シュテファン、そしてスクリャビン「恍惚の詩」のプログラムは客演として十二分に力を証明している成功例だったと確認した次第である。

サイモン・ラトル指揮のリゲティもベリオもクルターク作品の演奏実践も充実している。エリオット・カーター作品はバレンボイムが振っている。管弦楽団は充分に新しい響きを身につけていて、その色彩のパレットはロート指揮のフランス音楽プログラムでも実証されている。管弦楽団自体は将来への可能性を残しているのを確認した。そこで、このデジタルコンサートホールがエンターティメント以上のものになるかどうかは不明である。優秀な人材を自前でやるのは、経済的にも上手にやらなければ、ドイツェバンクの寄付に頼っているだけでは難しいだろう。



参照:
価値ある管弦楽演奏会 2016-09-20 | 音
銅鑼の余韻の領域限界点 2015-04-07 | 音
あれこれ存立危機事態 2015-07-14 | 歴史・時事
伯林量子化演奏会の響き 2016-08-09 | テクニック
[PR]
by pfaelzerwein | 2016-09-20 18:50 | マスメディア批評 | Trackback

民主主義を叫んだ独裁体制

d0127795_20441539.jpg
今年二度目の夏日だった。午後には軽く摂氏30度を超えて、日が暮れてからもなかなか気温は下がらなかった。それでも昨年の40度に近い猛暑とは桁が違う。昨年はボルダーどころではない夏を過ごしていた。肩の痛みの失意の日々だったからだ。だから忘れていたのだが、ボルダーの南向きの斜面は陽射しがあって、谷底から熱気が上がってくる感じはあるのだが、流石に標高600mなのでワイン街道からすると大分涼しい。そして、その途上の北向きの谷筋は大分気温が違う。今回も午後6時過ぎに出かけて、北向き斜面では28度まで下がっていて、上部でも30度ぐらいだった。そして八時ごろに帰宅すると32度もあった。冷たいハーブティーの残りを持って行ったが、購入したカーボネートのウィスキーグラスで飲むと中々の納涼だった。

曇りがちになってきて陽射しが弱っていたので、それほど汗も掻かずに、最近苦労していたトラヴァースをマグネシウムもつけずに一発でクリアーするほど、手に汗を掻かなかった。最近走る前に柔軟のウォーミングアップをしているので、柔軟性が増したのか足が良く横に伸びたので大分楽をした。我々旧来のクライマーからするとあまり手足を伸ばすのはバランスを崩すとかいって嫌ったのだが、ボールダーになると余計に制限された区間の中での運動なので、こじんまりと茶の間にいるような動きを良しとしていたので余計に苦労をしていた感じがする。もう少し伸びやかな体の動きを心掛けたい。

暑さは凌げたが、凹角に近くなると蚊が大群になって押し寄せてくる感じがあって、怖いと思った。やはり蚊取り線香が欲しい。今一番欲しい私のウィッシュリストのトップである。なるほど強力な虫除けなどは売っているが、それは皮膚に塗らないといけないので嫌である。天然の除虫菊の煙の方が良い。趣がある。

ハイデルベルクのゼーガー醸造所のRを開けた。試飲して、色は薄いがエレガントさを感じていたものだ。中々美味くてスイスイと飲んでしまったが、あとでなんとなく堪えた。やはり2010年産は無理をしているということだろうか、ドイツのピノノワールは十年二三回の良年を待つしかないということには変わりない。瓶も指が完全に収まるほどの深い底の穴で本格的な瓶であるが、残念ながら中身はそこまで行っていなかった。これならばブルゴーニュのエシュゾーなどを購入した方が得かとも思った。価格も30ユーロ超えほどで同じぐらいである。良年のこれを是非試したいと思った。

エルドアン大統領が三カ月間の非常事態を宣言した。これによって、国会は機能を停止してエルドガンは名実ともに独裁者となった。今まで行われていた非常事態への強権はこれによってすべてが合法化される。フランクフルターアルゲマイネ新聞は書く。これによって誰もトルコに投資しようとする者はいなくなった。今までの豊かになったトルコの安定はこれを以て全てなくなるということだ。国が不安定化するという。

日本のネットで見ると「日本の企業への影響は少ない」とか散見する。独裁国に投資するものはその独裁を援助することになる。核大国への入場券である原子力発電を建設しようとする東芝らの日本企業はこれによって歴史的な負を会社解散のその後も背負うことになる。そして日本人も同じようにトルコの独裁の責任を負うことになるのである。安倍内閣のお試し体験の緊急事態条項の加憲こそが、この独裁への重要な要件である。九条などの小さな問題では決してないのである。世界中のトルコ人は軍事クーデターに対して皆デモグラシーを叫んだ、そしてデモクラシーと決別した。



Alle Macht für Erdogan, RAINER HERMANN, FAZ vom 21.7.2016
興奮冷めやらぬエニグアン 2016-07-17 | 歴史・時事
ヘリコプターマネー事態 2016-07-18 | 歴史・時事
アベニグマの殺戮の夜 2016-07-11 | 生活
肌理細かな高CPピノノワール 2012-05-08 | 試飲百景
大分マシの今日この頃 2013-03-05 | ワイン
[PR]
by pfaelzerwein | 2016-07-21 20:43 | マスメディア批評 | Trackback

「軍事化へ右翼政権の改憲」

朝のラディオニュースは、ポルトガルの優勝に並んで日本の参議院選をニュースのトップで伝える。それによると日本の右翼保守政府安倍内閣が上院議員三分の二を獲得したことで、宣告通り、戦後のパシフィズム憲法を捨てて、軍事化への道を歩むというものだ。何も新たに特別な情報は伝えていないが、日本人はこの報道に留意すべきである。

もし今後、フクシマ禍の時のように、「軍事化」、「右翼」、「改憲」という言葉が使われていない政治報道には眉に唾をつけて、その情報内容を吟味すべきである。九月には憲法審議が始まるようで、恐らく来年の今頃には権力集中した独裁の土台が出来ている筈だ。為政者は真綿で締めるような方法を採用してくることは分かっているので、気がつかないうちに恐らく緊急事態法等というお試し憲法改正の国民投票で権力集中の機構が完成するだろう。

そのようになれば、明様な権力を行使しなくても粛々と権力は集中していき、一部の権力者とそうではない市井の人々に、新憲法下に分別されていく。そして丁度、現在の中共と北朝鮮の中間ぐらいの国になる。もはや明治維新からの近代化した日本の歴史はこれで振出しに戻ることになる。

完全に狂ってしまっている安倍首相の勝利後の発言以上に驚くのは、ネットで見かける日本人の反応である。どうも事実認識、環境認知に大きな欠如があるようで、一体今自分を取り巻く社会で何が起こっているのかが分かっていないようだ。それが表れているのが投票率なのだが、有権者だけでなくて、頭の悪そうな日本共産党員までもがまるで何も分かっていないようである。だから軽率に自衛隊を屈辱するような発言をして議席を半減させた戦犯でもある。共産党はその名前からだけでも非合法化される可能性が近づいてきている。そうなれば地下に潜って、彼らはまたまた暴力闘争に出ようというのだろうか?要するに彼らも古い保守的な既存権益層のつもりでいるのだろう。あの難しそうなイデオロギーを語る如何にも賢そうに見える古いマルキストの政治団体のお頭を信じているようでは大変なことになる。どうも政権交代に舵を切った有権者の多くは、あのとんでもない民進党が今なぜ「改憲への声を封印」して日本共産党と選挙協力したかのその決意と重要性に気がつかなかったのだろう。菅直人首相が「なぜヘリで福一に飛ばなければいけなかったか」と同じようにである。

三宅洋平が票を伸ばせなかった原因は、技術的なこと以上に、そこに日本社会の特質が出ているからだと思われる。要するに彼らは、日本社会ではアウトサイダーでしかなく、決してメインストリームになるということはないということだろう。メインストリームの人々は7月17日月曜日も一週間前と同じように暮らし、一年後の憲法改正後も同じように生活している心算なのである。そのようにして、あの日も同じように広島では暑い日を迎えようとしていたことだけは肝に銘じておくべきだ。

国民投票はこうした人々が皆、日常とは異質の緊急事態行動を起こさない限り、もはや結果は見えている。憲法上可能なときに皆が近所に集結して戸外でも示唆行為を続けるぐらいでないと結果は変わらない。とても平時ではありえない。労働組合なども時限ストなどを繰り返し、ゲネラルストライキを頻繁に行うぐらいでないと、流れは止まらない。要するに7月12日に投票しなかったばかりにそのハードルは途轍もなく高くなってしまっている。昨日投票に出かけていれば経済的にも社会的にも日常の中で、粛々と意思を示せていたことが、もう不可能になったということである。



参照:
期待する三宅洋平効果 2016-07-10 | マスメディア批評
英国EU離脱を観察する 2016-06-25 | 歴史・時事
[PR]
by pfaelzerwein | 2016-07-11 18:34 | マスメディア批評 | Trackback

期待する三宅洋平効果

d0127795_2117614.jpg
フランクフルター・アルゲマイネ新聞は参議員選挙について報道している。それによると、アベノミクスへの失望や実質賃金の減少によって人気の無い安倍内閣の自民党がとても高い支持率をNHKの調査などでも出していることが不思議だとされる。それをして、東京のテムプル大学のキングストン教授は、Abenigmaと名付けた。調査によると単独過半数をとる勢いで、連立の公明党やその他二党と三分の二を奪取して改憲提議への道にあるとされる。

パシフィズム的な現行憲法の改憲に関しては、特に九条に関しては、多くの日本人は否定的であり、昨年からの解釈改憲も理解は得られていないので、自民党も選挙ではそれを表には出さないとされている。つまり、この年初にも安倍総理自身、「改憲に向けた議席の三分の二の獲得」を宣言しているにも拘らず、この数週間はそれに関して黙り込んでいるというのだ。そして自民党の選挙パムフレットにも最後の最後に小さな印字で「改憲に尽力する」と書いてあるだけと報じる。

そして、カオスを齎した短期政権の現野党には力が無く、前回2013年の参議院の史上最低投票率52.6%同様に、今回も低投票率が見込まれているという。そして、連立の勝利が予測されている。それでも調査回答者の三割から四割は投票先未定としていて、一縷の不安があるとされている。

シールズの活動などに院外の政治の勢いがある反面、新たに選挙権を獲得した若い年齢層に向けては、ポップス歌手やコミックのマスコット、喋る米粒キャラで関心を促すなどしていても、投票には結びつかないだろうとされている。そのようなことで、法政の山口二郎教授は、「なぜ日本人が改憲に興味を示さないのか分からない」と嘆いていることで報告は締められている。

そこで我々が期待したいのは、やはり三宅洋平効果ではなかろうか。もはやこうなれば、そのネットでの広がりから陣営が目指したように今まで選挙に行かなかった無関心層がどれほど投票するかに係っていると思われる。東京選挙区でいえば、明らかに小川敏夫候補などを選択するのとは異なる層がどれほど三宅票を投じるかである。そして、全国各地で数限りない市民選挙講座を開催して、種を撒いてきた座間宮ガレイの選挙ジョッキーの市民選挙運動がどれほど芽を出すかである。

我々は現行の選挙制度やその政党政治に不満を募らしてきたのであるが、永遠に変わらないその循環に風穴を開けるのは、今回の様な尋常でない市民選挙への市民各々の自主的関与でしかない。今回泡沫候補扱いされた三宅が六位争いまで来た。これだけでも凄いが、もし当選するようなことになれば、完全に市民の力が実証されることになる。西ドイツの緑の党でも無し得なかったことが可能とすれば、それはネットでの繋がりから実際の草の根のネットワークを作るということでしかないだろう。

いづれにしても明らかなムーヴメントであり、トレンドである。元京大助手小出裕章までが応援メッセージを寄せた。流石に感覚の鋭い人だ。前述キングストン教授は今回の結果次第で政界再編成になるとの予測をしている。記事で紹介された岡田代表の不退転の決意にそれが表れているとされる。そこで軸になるのは今動いている中道の市民たちであるということだ。三宅陣営がどれほどの票を掘り起こせるか?それによっては一気に進むかもしれない。



参照:
Alternativlos unbeliebt, Patrick Welter, FAZ vom 9.7.2016
ツケを残し利子を払う税制 2016-07-09 | 文学・思想
ポストデモクラシーの今 2016-07-08 | 文学・思想
とてもあつい選挙フェス 2016-06-27 | 雑感
[PR]
by pfaelzerwein | 2016-07-09 21:20 | マスメディア批評 | Trackback

中共やペルーに関する報道

夏至が近づいてきている。ヨハネス祭である。車外気温は終に摂氏28度へと懸け上がった。今年の夏で最も陽射しが強い日となりそうだ。その証拠にスーパーの横のデュイットユアセルフハウスの大きな倉庫のような屋根から十数メートル下の首元への陽射しを感じる。かなり危ない紫外線と思われる。雷雲が湧きたっていて豪快である。

天安門事件に関しては連邦共和国では今年はほとんど触れられなかったようだ。もはやその人民虐殺をして人権問題を盾に取るようなことはしなくなったのだろうか。25年で一区切りつけたということもあるかもしれない。連邦共和国の対中人権政策は、寧ろ布教キリスト教とキリスト教者のシナ内部での活動の方へと移って来ているのかもしれない。状況は大分変わってきている。同時に、習体制が文革前の状況に似て来ているとのシナ内部での感覚や情報も十分に報道されていないことから、若干の連邦共和国内での報道上の問題も生じてきている。これがシナ通としての感想である。

車中のラディオによると、ラインラント・プファルツ州の国際飛行場フランクフルト・ハーン空港の資本の三分の一が上海の揚子江観光会社に売却される。その飛行場の不便さからライアンエアーぐらいが飛ぶ空港で、同じ州からでもフランクフルトなどとは比較にならないほど不便な場所である。丁度モーゼルのザールとナーヘのワイン地帯の間にある過疎地帯にある。勿論財政難の州であるから金が入るなら厭わないのだが、テロ防止などの危険排除から中共の会社の資本投下には最終的な判断が必要となる。勿論上海の会社は直通飛行便と観光客を齎す約束をしているようであるが、中共の世界戦略の一つであり、世界各地への北極から南極までのその管轄域拡大の一貫であることには間違いない。

同じようにどうも日本ではペルーの大統領選の情報が正しく伝えられていない可能性が強い。問題のケイコ・フジモリに関しての情報が興味深い。右翼与党政党の支持基盤が厚いので断トツで決戦投票に向かったが、反対派が強いのは確かだろう。フジモリ大統領の不妊推進政策は国連から支持されていたのにも拘らずアムネスティなどでは人権問題としてアメリカで起こった最大の人権侵害と呼ばれるほどの規模の人権迫害であり、そうしたフジモリ政治に愛想をつかした嫁さんに代わって登場してきたファーストレディーが長女のケイコだとされていて、特に左派の反対は厳しい。

テロ組織に対する強硬的な手段やその経済政策に関してはフジモリ大統領の功績は間違いなくあるだろうが、人権尊重無くしては国民のための政治などはあり得ないのである。その為に娘の勝利で牢獄中のフジモリが戻ってくることへの恐れが強く、決戦投票になると反対票が集まるというのは当然だろう。

幾らかは中南米の政治や社会情勢を聞いている者としては、なるほどフジモリ元大統領の不正蓄財などに関しては政敵にとっては攻撃目標であり、そうした政治情勢が中南米の特徴であることぐらいは分かっている。だから強権政治もそれなりに政治手法であることも理解できるのだが、それでも最終的に人権問題が問題となるようでは国際的な非難は免れない。



参照:
ライフスタイルの都会文化 2007-11-24 | 文化一般
人民元国際化の裏表 2015-12-04 | マスメディア批評
[PR]
by pfaelzerwein | 2016-06-07 20:30 | マスメディア批評 | Trackback