カテゴリ:暦( 266 )

はんなりした初夢心地

d0127795_0321613.jpg
比較的ゆったりした元旦を過ごせた。なによりもである。晦日の残りを合わせるだけだから、例年時間が足りなくなる午前中にも飲食を十分準備出来た。そして例年ならば居間で一年に一度のTV火入を行うのだが、今年は陽射しはまだしも籠り部屋でPCからキャスティングにしてインティームに過ごすことにした。これで次にTV受信機をオンにする時に壊れていないかどうかわからなくなった。それを購入した時は今ほどストリーミング映像に関しては期待していなかった。今回もZDF中継のそれは前半こそ飛んだところがあったが後半は完璧だった。もはやTVは不要だ。同時にこうした国を挙げての全世界中継などのTVを通じたイヴェントの価値は限界に来たと感じた。

ノイヤースコンツェルトなどを見聞きしながらこのようなことも考えていた。ムーティ―の指揮などを横目に見ていると、やはり彼を後継者に選んだオーマンディーの眼は流石だなと思うしかないのだが、これだけのエンターティナーになるとヴィーナーヴァルツァーなどを遣っているのすらも無駄と思うに違いない。彼には、そんな場が無くても、十分に広い聴衆に語り掛けることができる技能を持ち合わせているから当然であろう。

仕事始めだ。それでもパン屋も肉屋も開いていないので、朝風呂に入った。初湯である。もう少し初夢を見させて貰おう。ジルフェスタ―コンツェルトで来年から誰が振るとかとあったので、つい来年はキリル・ペトレンコと思ったのだが、2018年にはまだ正式に就任しない。2018年8月にオープニングを指揮して、ザルツブルク・ルツェルンへと回る思わぬ展開から誤解してしまっていた。2018/2019 年シーズンは若手が繋ぐということだったが、要所要所は押さえるということなのだろう。だからバーデンバーデンも2019年4月に誰が指揮するのかは知らない。要請されていて断りのあったムーティ指揮の「オテロ」は2019年だったのだろうか?まさか囁かれている2019年11月の日本公演と ― つまりミュンヘンではその時に重要なプロジェクトが佳境に入っているということだろう ― 同じメータ指揮でヴェルディのオペラということになると一寸悲惨である。悪くはないだろうが、幾ら出す価値があるかは疑問である。「トリスタン」の共同制作とかいい加減なことを言ってぬか喜びしたくないものである。2019年8月のオープニングから、ザルツブルク、ルツェルン、ブカレストは、キリル・ぺトレンコの就任お披露目ツアーとなる。

そろそろ楽劇「指輪」の勉強を始めなければいけない。2014年に続いてこうも早く体験することになるとは思ってもいなかった。今回もキリル・ペトレンコ指揮で問題の多かった「ヴァルキューレ」ともう一つ通えば十分だと思っていたのだが、比較的価値のある券を入手して、「蓋の無い」上演では「黄昏」しか聞いていないので、次回のバーデンバーデンでの上演への参考とするために「ラインの黄金」も「ジークフリード」も外せなくなってきた。更にニーナ・シュテムメのブリュンヒルデはフォスターのそれとは比較にならないだろうから、これもと思うと、四回通わなければいけない。スキーと組み合わせることも考えよう。先ずは「ラインの黄金」から始める。バイロイトでは全く問題の無かった公演だが、逆にあまりに流れが良過ぎたような印象がある。



参照:
菊牛蒡とタロイモの年始 2016-01-03 | 料理
氷葡萄酒の名匠のお屠蘇 2015-01-03 | ワイン
[PR]
by pfaelzerwein | 2018-01-03 00:33 | | Trackback

ジルフェスタ―を祝う

d0127795_17513644.jpg
ジルフェスタ―を過ごした。例年よりも落ち着いていたのは日曜日だったからだろう。鮭の鱒寿し風はいろいろと問題もあったが、少なくとも色合いだけは綺麗になった。バラ寿しも考えていたので材料は十分あったが、結局寿しにはせりだけが必要でレモンのスライスを乗せたぐらいだ。

いんげんはゴマ辛し和えにした。その他は牛蒡と人参とタイコンの皮できんぴらにすればよい。煮物も十分にできる。最後にホタテを入れて火を通せば十分だ。朝峠を攻めた割には直ぐに腹が大きくなって、元旦に繰り越すものを考えても、食べきれないほどである。

ゼクトにカシュナッツまで購入したのだが、手が伸びるかどうか?ワインもコクがあるので、ゼクトの開け時も問題となる。結局放送を聞きながらコルクを抜いたが、試飲した時よりも甘く感じた。14年産の酸が落ちてきているのかもしれない。これならばやはりシャンパーニュの方がよいかなと感じる。土壌がスレートよりも千枚岩ぐらいでないと駄目かもしれない。

ラディオ放送でベルリンのジルフェスタ―コンツェルトを流していたが、アナウンスで「このコンサートは首席指揮者が振ることになっている」と改めて告知したので、やはり来年はキリル・ペトレンコで決まっているのだろう*。正直余興の様なものならば才能の浪費に繋がるのでやめて頂きたいのだが、企画がどのようになるのだろう。ツェチェマン女史の腕の見せ所だ。それからすると、シーズン初日からザルツブルク、ルツェルンと二種類のプログラム振って、12月に当該コンツェルトに新プログラム、4月復活祭前後で新たに一種類、都合4種類のプログラムを振ることになる。するとあり得るのは2019年3月頃のミュンヘンでは「トリスタンとイゾルデ」新制作となるのか? ― すると4月にバーデンバーデンで「トリスタン」、初の共同制作?

そのような初夢を考えていると、ジルフェスタ―コンツェルトとして、ヤロウスキーが指揮した録音が中継されるのを知って聞く。なんとマーラー版の第九で、「ワルシャワの生き残り」が演奏される。ご丁寧に本人のインタヴューがあって、ミヒャエル・ギーレン指揮の演奏会の例に倣ったようで、「ドイツでここしばらく第九が年末に演奏されるようになって、全く小市民的」でベートーヴェンの意志とはあまりにも異なることが語られる。日本でこの発言をして欲しかったが、ロンドンを辞めてミュンヘンに移ってもこのベルリンでの活動は続ける宣言をしているようなものではないか?確かに演奏にも角があり、それでも趣味がとても良い。本当にこの指揮者は「恣意」に富んでいてとても劇場的なので ― 若かりし頃のオットー・クレムペラーを想起させる ―、このような演奏がユダヤ人やマルキストの集まりのベルリンではないミュンヘンで受け入れられるとは思わないので、ベルリンでの活動はミュンヘンに就任しても並行して続けられるに違いない。益々、ノーノのオペラ上演などこの指揮者でのミュンヘンが待ち遠しくなる。目下の関心ごとは、キリル・ペトレンコが「モーゼとアロン」を上演するのか、このユロウスキーに残されるか、どうかだろう。ただし、キリル・ペトレンコが第九を指揮することは当面あり得ないと思う。万が一、一年に一曲準備しても最低9年は掛かるだろう。


承前)まだまだミュンヘンのプッチーニ三部作初演は続いている。27日の演奏に関しての評が載っていた。通常は初日以外ではフェストとか何らかの公演でなければ新聞評は出ないのだが、今回は徐々にその話題性が高まってきていることもあるだろうが、なによりも三つの異なったオペラの各々に名歌手が出ているとなると日替わりをリポートする価値が生じている。23日の三回目の公演は映像で見た通りで既に触れたのだが、四回目公演はどうも再び20日の二回目公演と同じく、なによりも一部ではミケーレ役のコッホが大書きされていて、「しばしば野蛮にゆらゆらする声の声量が抑えられて」と一番評判の悪いヴェストブロックの節制が述べられていて ― 確かにバーデンバーデンでのイゾルデの歌唱も全く感心しなかった ―、二部でのヤホの歌に続いてシュスターの偉大さに触れられていて、三部ではマエストリの偉大な歌唱とともにペトレンコの奇跡が書かれている。まさしく二日目に私が聞いて書き記したその傾向の通りだ。やはりヤホの迫真の歌は中継と中休みが必要なのかも知れない。五回目公演についての仔細はまだ分からない。(続く

今年は、寒気の間にとても暖かい大晦日となって、これから二週間のお休みの前にパン屋に行って、森に出かけると外気温が摂氏11.5度もあった。パンツを脱いで走った。足元が悪かったので疲れが少し残った。外気温のためか花火も長々とやっていたようだ。

*これは正しくない。正式就任は2019/2020年シーズンからである。


参照:
室内で汗拭う週末 2017-12-11 | 生活
厳冬の大晦日の過ごし方 2017-01-01 | 暦
今年最後の試しごと 2016-01-01 | 暦
[PR]
by pfaelzerwein | 2018-01-01 17:52 | | Trackback

2018年ごみカレンダー

d0127795_21512732.jpg
ジルフェスタ―には何を開けようか?先ずは、シェーンレーバー醸造所のリースリングゼクトを冷やした。もう一本は何か?食事を考える。スーパーで塩サケ用のものを購入しようと思ったら二切れほどしか余っていなかった。それも色合いがもう一つだった。それでも仕方がないと思って注文したら、いつもは不愛想なおばさんが、「こっちの方がいいよ」と勧めてくれるのはおろしてある鮭だ。いつも燻製ものだと思っていたが、皮付きの生だと知った。「こちらの方が骨が無くて、安売りしているのでお得だよ」と強く勧められる。そこまで勧めてくれるならとそれを購入した。

さてこれと横にあったホタテ貝が年末年始のメインになるのだが、今年最後の峠攻めを走っている間にも考えていた。調べてみると、富山の鱒寿し風にできそうなのだ。そもそも野菜の煮物ぐらいを考えていたのだが、これならば少し多めに寿し飯でも作っておけばいいかとも思った。材料は十分にある。それならばワインも少し濃いめのシェーンレーバー醸造所の「ハロガンス」2015年でも良いかと思った。若干コクがあり過ぎるのだが日本食には良いのではないか。

クリスマス以降には、同じナーへのデーノッフ醸造所の最高グランクリュを開けた。自宅で開けるのは初めてだ。今年は同じ年のグランクリュ「デルヒェン」を開けたが、今度は2014年産「ヘルマンスヘーレ」である。恐らくナーへワインの最高峰だろう。調べると前者の方はスパイシーさとそれどころか蜂蜜香があったようだが、これは最後に苦みとしてミネラルが出るぐらいで、梨や黄色い果実と木などヘーゼルナッツ感など欠点が見つかり難い。価格も少し高かったが、これは流石だ。

金曜日に待ちかねていたカレンダーが届いた。カレンダーと言っても昔二月一日に割引を購入していたような美術カレンダーではない。ごみの日程が書いてある地元のごみカレンダーだ。これが無いと不便で、必需品であるばかりでなく、最近は自身のメインアジェンダになって来ている。そこにはオペラの日程から放送日程、券の予約日程までが書き込まれるのだ。集配日カレンダーである。清貧カレンダーと呼んでもよいかもしれない。



参照:
ピリ辛感が残る最後 2017-08-22 | ワイン
石橋を叩いての樽試飲 2015-06-08 | 試飲百景
[PR]
by pfaelzerwein | 2017-12-31 21:52 | | Trackback

「キリストは神の子」41%

d0127795_214137.jpg
クリスマス二日目の休日だ。頂上まで往復してきた。日の出前からベットの中で様子を窺っていた。陽射しが出てくると思い切りが付いた。靴紐をしていると足音が聞こえて爺さんが目前でUターンしていった。あの爺さんと並走するのかと思っていたがよかった。それでも息が落ち着いていたのでこれはと思っていたのだ。久しぶりの山登りでゆっくりと爺さんにあやかって息を上げないように走った。上部に至ると霧雨の様な感じになって来て、遅くならないでよかった。それでも足が疲れた。本日は洗濯しなければいけない。クリスマス前の新聞に載っていた調査が面白い。キリスト教への意識調査結果である。

戦後直ぐには90%の教会加盟率だったのが、統一の時には40%の東ドイツ人を合わせて72%だった。そして今は55%に低下している。これは外国からの移住者によるのではなく教会離れが激しいからで、教会に属していてもその三分の二しか教会にはいかない。つまり国民の三分の一以下しか時々も教会に行かないのである。その殆どがクリスマスか、冠婚葬祭だろう。

1986年には56%の人が「キリストは神の子」と信じていたが、西ドイツで現在41%しかいない。「神は世界の創造者」は47から33へ、「復活によって神の国」は38から28へ、「三位一体」は39から25へ、カトリック信者でも34%しか信じていない。このような数字を見るともはや謂わんかなであるが、それでも63%が「ドイツはキリスト教の国」とみている。

この間の推移をある程度体感してきているが、一番合点がいくのは、「キリスト教の国」の意識が2006年ごろに一旦落ちたが再び上昇傾向にあることだろう。信仰を意識することで、実際に「超絶の存在」を48%の西ドイツ人が信じていて、僅か6%のモスリムを含めて一神教的な思考形態は根付いている。増加している22から30への「天使信仰」が面白い。漫画か何かの影響か?

新聞には新旧合体の教会運動の影響も触れられているが、やはり2006年ごろのマルティカルチャーブームの洗礼を受けたともいえる。このアンケートはどうもそれこそ一神教的な視座からの設問しかないようだが、ここから外れた東ドイツのマルキストを除くと多神教特に仏教の影響はかなり多いと思う。その他西ドイツの58から46へと減少した無神論者でそのうちカトリック者の69から65に対してプロテスタントでは51から54へと増加していて、脱プロテスタントとその集中化に言及される。恐らく、世界的な傾向での原理主義者と隣り合わせなのだろう。

要するにクリスマスの飾りつけも何もかもが、日本の初詣やクリスマスケーキなどとあまり変わらない家庭がかなり多いということである。23日の夕食は冷たい食事だった。ミュンヘンで購入したテリーヌ類を片付けた。今年の賞を獲得した2015年産のゼーガー醸造所のピノノワール「シュペルメン」を開けた。二日掛けて飲み干したが、やはりまだ開くには瓶熟成が必要だと認識した。



参照:
'15年シュペートブルグンダ 2017-11-20 | 試飲百景
民主主義を叫んだ独裁体制 2016-07-22 | マスメディア批評
[PR]
by pfaelzerwein | 2017-12-26 21:44 | | Trackback

クリスマスの買い溜め

d0127795_3581541.jpg
眠い、また夜中に仕事を始めてしまった。目が覚めて連絡などをしているうちに、結局朝一番のポスト回収に間に合うように書類を整えることになった。完全に室内を動き回った。先週も事情は違え同じように夜鍋をしたが、二回も続くとは思わなかった。瞼が重くなって少しの睡眠ぐらいではなかなか治らない。昼間に頭がスッキリしないので効率が悪い。夜勤とか三部交代で働いている人もいるかと思うと到底勤まらないなと思う。

今年は日曜日がイヴで月曜火曜とお休みだ。だから大分様子が違う。金曜土曜で買い物を済ましておかなければいけない。ダルマイールでテリーヌを購入したので、これに付け合わせる野菜を買いたい。チッコーリは欠かせないか。土曜日にも魚類のそれも購入するので、両方に使うように上手く考えよう。魚のテリーヌを買いに行くには暗いうちから早起きして買わないと車が停めれなくなる。土曜日も早起きだ。

毎年恒例の栗入りザウマーゲンも注文してあるので、ヴィルシングなどのコール類も必要だ。ジャガイモも忘れてはいけない。卵も切れた。休みの間のヨーグルトなどもスーパーで買い足そう。混んでいるに違いない。

水曜日にスキーを取りに行こうと時間割などに余裕を見ていたが、タイを合わせている時に呼び鈴が鳴って、スキーが届いた。丁度出かける前でよかった。さもなければ無駄な時間を費やすことになった。それで一時間遅らして出掛けたが、今回はナヴィの調子が悪くて、それに気を奪われていて、トイレにも寄らずだった。どうもコピーしたCDRのミュンヘンの外輪と内輪の間の情報が読み込めていないようで、いつもと違う経路で旧市街にアプローチした。近づくと再びナヴィゲーションするだろうと思ったからだ。あれだけ通っていても市内の道は分かり難い。違う経路を通ることで土地勘を着けようと思ったが、まだまだ駄目である。一月二月は四回ほど通うことになるのでもう少し慣れるだろうか。先ずはCDRを焼き直してみよう。問題は帰り道にいつも北の環状アウトバーンに入ってしまうことで、昔のようにもしくは往路のようにニムフェンブルク城の前を通ることが殆ど無くなってきていることだ。そちらの方が近くて夜中は走り易いはずなのだ。帰り道のニムフェンブルクを入れればいいのだな。

今年はどのワインを開けるべきか?2012年と2013年産を軸に選択する。栗にはどれがよいだろうか。昨晩はミュンヘンで購入したいつもの牛ヒレウェーリントンパイに2015年のシュペートブルグンダーを開けた。もう少し後で飲み直さないと判断は下せない。酸が思ったよりも効いていた。

結局八百屋では17ユーロも支払ったが、お目当ての花を貰ったので満足だ。スーパーではバナナや瓶詰めのキャビア―などを購入して、更にアイスまで購入した。冷蔵庫には皆収まったが、クリスマス以降分まで食材がある。年末前までは買い物に行かなくてもよいかもしれない。今回は年末年始は一日が月曜日になるだけで、殆ど通常通りだ。



参照:
ルツェルンの方が近いか 2017-10-12 | 雑感
少し早めの衣替えの季節 2017-09-16 | 暦
クリスマスの買い物終了 2016-12-25 | 暦
[PR]
by pfaelzerwein | 2017-12-23 03:59 | | Trackback

良いこともある待降節

d0127795_2217313.jpg
悪いこともあれば良いこともある。ツアースキーに関してのプログラムに目が回らずに後回しにしていたら、人数分が埋まってしまった。仕方がない、あとは如何に動機付けを失わずにトレーニングをして、再来年に備えるかである。残念だが僅か一日のスイス行でも動機付けには良かった。残念だ。

そして郵便桶を覗くとルツェルンから厚い封筒が入っていた。指で弄るだけで中身は分かった。発注していた入場券だ。冊子ではない。

自分自身へのクリスマスプレゼントである。希望の安い席なのでそれ程の席ではないが、要は始まり始まりの最初の席を確保したことがなによりもである。

これで、キリル・ペトレンコ指揮べルリナーフィルハーモニカーのルツェルン初日と第二日目を体験できる。初日のリヒャルト・シュトラウスの二曲はそれほど期待していないが、歴代の指揮者が得意としていて、恐らく何人かはルツェルンで指揮しているだろう。そこが聞きどころだろうか?要するにフルトヴェングラ―から三人との比較になる。それでも一番比較対象になるのはサイモン・ラトルとクラウディオ・アバドの演奏だろう。誰よりも深い響きが奏でられるのではなかろうか?するとやはり晩年のフルトヴェングラー指揮との比較になるだろう。

フルトヴェングラーと言えばやはりベートーヴェンなのだが、その七番は台北での練習風景で楽しみになったのだが、イスラエルでの演奏以外はベルリンでの初日を待たなければいけないのだろう。ベルリンで一回、ザルツブルクで一回、そこで三回目の演奏になるのか。

二日目のプログラムは、四月十二日にベルリンで初日のプログラムで、デュカの「ラぺリ」も楽しみで、ワンワンがプロコフィエフの第三を弾く。後半のシュミットはWDRとの録音があるがどれだけの成果が示せるのか?ベルリンで三回、ザルツブルクで一回、都合四回目となると録音可能なほどの出来になるのだろうか。それが楽しみだ。

始まりの最初であるから、いろいろと予想のつかない面もある。ベルリンのフィルハーモニカーのルツェルン公演はツアー公演としては1958年来という。カラヤン指揮の第九だったようだ。つまりフルトヴェングラーはここでは音楽祭管弦楽団を振っていただけなのだろう。ルツェルンの音楽祭自体は何回も出かけているが態々ベルリンのフィルハーモニカ―やヴィーンのそれをそこに聞きに行こうと思ったことはなかった。プログラムとしてもそれほど興味をひくものではなかったからで、月並み感が強く、それならば近場で安くという気持ちが強かったからである。

それで思い出したが、旧ホールの時だったかもしれないが、ヴァルナ―・ヘンツェ向けの招待券を貰おうかと、地元の音楽マネージャーが誘ってくれたことがある。ラトル指揮のべルリナーフィルハーモニカーに招待されるというのだが、断ったのだった。ヘンツェと並んで彼の新作交響曲を聞くということだったが、彼の交響曲には興味がなかったということでしかないだろう。今から考えると、前半で面白い演奏が聞けたかもしれないのだが、ラトル指揮のヘンツェの保守的な交響曲はプロミスでも聞いていたのでもう沢山という気持ちが強かったようだ。

しかしこれで2018年は恐らくベルリンまで態々出かける必要もなくなり、ザルツブルクに出かける必要もなくなった。それらの旅費を考えればもう少し高額の席を申し込んでもよかったのだが、その程度の席の方が入手し易い可能性も高い。

前回出かけたのはクラウディオ・アバド指揮のスキャンダルの2012年で、六年ぶりとなる。新しい会場になってからもう少し行きたいとも思っていたが、これで再び切っ掛けになる。ミュンヘンよりも近いのが何よりもよい。将来的にもバーデンバーデン次第となるが、年間五つぐらいのプログラムはベルリンよりも身近で体験出来るのではないかと考えている。多くても年間二度ほどベルリンに行けば全てのレパートリーを聞けるのではなかろうか?



参照:
原発零でも電気零ではない 2012-05-06 | アウトドーア・環境
詐欺の前に凍りつく聴衆 2012-08-19 | 文化一般
遠隔から取捨選択する 2017-11-09 | 暦
[PR]
by pfaelzerwein | 2017-12-14 22:20 | | Trackback

太るのが怖い今日この頃

d0127795_0343918.jpg
冬タイヤ交換のアポイントメントを月末に取った。これで安心だ、クリスマス前のミュンヘン行きに備えられる。日曜日は初雪となって、少し白くなった。白くなると明くる日に車が出せるかなどと考えて心配になる。本格的な雪にはならなかったが、翌朝の峠攻めの森の端々に少し白いものが残っていた。先週は雨が続いていたので体が動かせずに気分が悪かった。挽回するべく月曜日から走り始めた。週内に四回は走れるだろうか。寒いがまだ凍結するようではなくて、何時かの方が寒かった。それでも湿気があると流石に走り出しても戻ってきても寒い。裸で走っているのも気が狂っているようにしか思われないかもしれないが、汗をびっしょり掻くよりも走りやすいのだ。

兎に角、太るのが怖い。それでも少し走ると73kg台に落ちてきている。そのようなことで運動をしない限りあまり食事もしないことにしている。幸いこの間風邪をひくこともなかったので良かった。運動すればそれだけ供給すればよい。

天候が悪い間、幾つかの放送などをネットで聞いた。どれもこれももう少し繰り返して聞いてみなければ何とも言えない。クリーヴランド管弦楽団のエルプフィルハーモニーでの演奏も本拠地での録音と比較して、録音技術的にはよかったが、その会場がどれほど有利に働いているかはよく分からない。ただしベートーヴェンの弦楽四重奏のチェロパートの低音がさらに軽みをもって響いているのは更に良かった。

宗教局のブラームスの「レクイエム」シリーズもブロムシュテット本人の解説を交えて、ヴィーン訛りとは異なるドイツ語のプロフェッショナルな合唱を聞けるので、楽譜をDLして続きが楽しみになってきた。どうもNHKからの中継放送を聞くとその指揮者本人の解説との齟齬を感じて、違和感がとても強かったので、デンマークでの演奏を真剣に聞いてみる必要が出てきた。

それでもこの指揮者が、日本でと同じように人気のあるライプチッヒなどのローカルを除いて、「ドイツでは、なぜあまり評価されていないか」がよく分かる放送だった。同時に、この人に人気が集まる日本のドイツ音楽需要の一端が見えたようでこれもとても興味深かった。その特殊な趣向が決して悪いとは言わないが、専門家も含めてその自覚がない限り創造的な音楽需要とはならないに違いない。ジャーナリズムの責任である。

面白いのは、NHKホールでの静まり返った終止のところでの異様な拍手が話題になっているが ― あの人は、あのヴィーン訛りのいかさまに腹を立てた意志の強いプロテスタントなのか、それとも音楽が分からない人なのか? ―、パリ公演では皆がそれについて来て指揮者のエゴを許さず皆で潰してしまったようである。バーデンバーデンでのブルックナーの後でも間をもたせた指揮者だが、「レクイエム」とは違って、若干間抜けな感じがしたことも付け加えておこう。こうしたところも日本ほどには誰もそこまでついていけないこの指揮者のエゴなのだろう。

余談だが、NHK放送のロ短調ミサの動画を観ていて気になっていたのは、ソロを務めたゲヴァントハウスのコンサートマスターの顔だ。ベルリンで先日まで第二プルトで弾いていた人と似ていたからだ。調べてみると、今年からゲヴァントハウスに入ったアンドレアス・ブシャッツという人で、昨年までベルリンで「英雄の生涯」のソロも弾いていて、リゲティなども弾いている。バーデンバーデンでは乗っていなかったのでツアー中はオペラを練習しているのだろうか。世界最大の管弦楽団で補強もしっかり出来ているのは当然かもしれない。メムバー表にはその横に禿げ頭のコンラート・ズスケという人の写真が載っていて、あの有名なズスケの息子さんのようである。

先日購入したSONYのCDも流した。折角ドイツのピアニストとして売り出したにもかかわらず、その売り出し方などが稚拙で上手く行かなかったような気がする。なるほどマルティン・シュタットフェルトの最大の強みは欧州人らしくなく指が回ることなのだが、そのまま満州人ランランと勝負しても話しにならないので、やはりプロデュースの問題があったと思う。もう少し上手い方法がある筈だ。



参照:
アインドィツェスレクイエム 2017-11-13 | 文化一般
土人に人気の卒寿指揮者 2017-11-07 | 歴史・時事
細い筆先のエアーポケット 2017-11-03 | 音
[PR]
by pfaelzerwein | 2017-11-15 00:37 | | Trackback

とうとう暖房を入れた日

d0127795_0403230.jpg
11月7日月曜日から暖房を入れた。籠り部屋への引っ越しは遅かったが、時期に暖房を入れることになって、例年並みとなった。日曜日は雨が降っていて、寒くて始まった山登りシーズンで頂上まで走りあがるのは論外だった。月曜日に取り戻しを兼ねて峠を攻め、火曜日も時間が出来たので、沢沿いを走った。気温も摂氏五度ぐらいだったが、湿気が堪えて、手が悴んだ。走り出しも寒くて体の動きがおかしかった。とても記録どころではないのは変わりないが、もうじき裸では走られなくなると思った。夏時間になってもますます夜明けが遅くなって寝起きが悪く走りに行くのが大変になってきた。殆どノルマを果たすだけで、30分以上は週に一度しか走らないので体重削減にはあまり役立たない ― 30分走るとやはり違う。だから体重超過でペースを落としていても苦しい。

峠から降りてくると遠くの方に見かけないアジア女性らしい二人組がいた。近づいてくるので挨拶したが、何処の人かわからなかった。散歩している服装で、明らかに駐車場の近くにあるプロテスタント教会の宿泊施設に泊まっているのだと分かった。若干浅黒く見えたのだが、漢人や朝鮮人にはなく目鼻立ちがハッキリしていて、フィリピン人とは違うタイプで、二人とも体格も悪くはなくタイ人ではない。するとヴェトナム人だろうか?シナ人だとすると雲南の人たちか?体格からすると満州人なのだが。意外と知らないタイプの女性がいるものだと思った。向こうさんも、こちらも寒いところを裸で腹出しで背伸びをして、ショーツ姿なので珍しいものを見たと思ったことだろう。しかし一旦自宅に暖房をつけるようになると、ヒートショックを起こしそうで怖い。

モニターアームの箱を片付けようと思って、もう一度説明図を見ていたら、取り付け方法がもう一つあったのが分かった。つまりデスクの板に穴が開いていれば、そこにシャフトを通して、付属金具を取り換えれば、下から締め付けるという方法である。。来春、モニターをもう一つ購入する時に、この方法も考えてみようと思った。態々適当な穴を開けなければいけないが、細い穴をドリルで通すだけだから、強度的にも美的にも問題がないだろう。古いデスクであり、デスクのスペースを有効に使うには、これがよいと思った。もともとは高さ調整の壊れた椅子の為に考量したアームなのだが、椅子の方は健康ジェルクッションを敷いたので問題がなくなっていた。

発注したキャストでの遠隔操作が上手くいったなら、垂らしてあるケーブル類をパイプの下に収めなければいけない。通常のケーブルならば何本か入るだろうがHDMIの太いものは限られる。モニターの裏面に固定するつもりのキャストの電源も、USB端子がついていないので別途取らなければいけない。アームを使うとモニターが宙に浮かぶ感じだから、出来る限り整理したいのだ、さもなければモニターの位置角度が動かし辛い。




参照:
籠り部屋でのモニター 2017-11-06 | 生活
ヴィスコースジェルの座布団 2017-03-18 | テクニック
[PR]
by pfaelzerwein | 2017-11-08 00:41 | | Trackback

ふらふらする冬時間始まり

d0127795_23265683.jpg
ルクセムブルクから帰ってきた。思ったよりもトリアーから車で結構な距離があった。だから二時間では無理で二時間二十分ほど掛かる。但し今回は折からの工事などもあって短いコース取りをしたので片道200㎞に至らなかった。要するに燃料を節約できる。フライブルクに行くのと同じぐらいの感じである。

ネットで調べておいた通りに車を走らせると、左側に貝殻のような建物が見えたので、見当をつけて地下駐車場に車を入れた。生憎それは裏側の共同駐車場だったので一度外に出なければ行けなかったが、駐車料などは比較的割安だった。

一時間ほど早く着いたので会場の周りの美術館の周りを見たり、フィルハーモニーを一周して写真を撮ったりした。目抜きのケネディー通りは街に入るまでは大学や郊外型のショッピングセンターなどがあって、丁度ミュンヘンの新しいホールの界隈のような感じで、殆ど工事中でベルリンか東ドイツのような感じがした。正直金があるのかどうか分からない。

それでも国境を越えてからあまり整備されていない高速道路を随分走ったので、ドイツで例えれば丁度選帝侯の領地ぐらいの大きさだろうか。思ったよりも広いと感じたが、思ったよりも人は少ない感じがした。

大ホールも1300席で丁度中ホールと小ホールを足したぐらいの規模である。ヴィ―スバーデンのクアハウスの大ホールも同じぐらいである。ルートヴィヒスブルクにあるフォールムの大ホールに匹敵する。そこで聞いたサイモン・ラトル指揮バーミンガムの交響楽団のマーラー作曲交響曲10番が今まで一番小さいところで聞いた大管弦楽団だった。同じ大きさのヴィ―スバーデンのクアーハウスでは、ベルリンの放送交響楽団をアシュケナージが振ったショスタコーヴィッチ作曲交響曲4番であろうか。

それらに比較すると、今回は楽器編成も異なったが、アコースティックは前者よりも遥かに明瞭で、後者よりも残響も美しく癖がなかった。シナ人徐教授の音響設計のようだが、少なくともその容量からしてこの程度の編成ではベストではないかと思った。

そこで聞けたものに関しては改めて纏めるとしても、これだけは予め言及しておかないといけないのは、聴衆の質だ。今まで経験した中でも最低クラスだったと思う。何も出入りがあったり飴玉の包装紙の音があったりとかいうよりも、その程度が悪かったという印象だ。それはこうした小公国では人材がいないということで仕方がないのかもしれないが、なるほど今回の作品とその上演からして通向きだということはあっても、その反応の鈍さは致し方がなかった。サクラも入っていないのかもしれないが、もう少し耳のある人が多くてもよいと思った。少なくともその点からやはりももう少し近くのシュトッツガルトやフランクフルトもしくはケルンなどで同じプログラムが演奏されていたならと思わないでもなかった。

兎に角二日続けて音楽会に行くと疲労困憊する。運転距離は350㎞ほどだったのでミュンヘンへの片道ぐらいなのだが、コンサートは疲れるのに二日も続けて更に当日まで予習のお勉強をするような塩梅で厳しかった。夏時間が終わって初日はまだまだ頭がふらふらしていて眠い。



参照:
なんと、やはり生演奏会 2017-10-28 | 文化一般
広がるリビングからの視界 2017-10-25 | 生活
[PR]
by pfaelzerwein | 2017-10-29 23:31 | | Trackback

統一の日に為すこと

東京の政局は一瞬にして世界に安倍対小池の話題を広げた。たとえいま世界中で流行のポピュリズム政治とはいっても「リベラリズムを排除する」などと副見出しをつければ、最早先進国のそれではなく合衆国の影響下にある三流のバナナ共和国の話しでしかない。とても程度が低く、流石にこれでは政権獲りには及ばないと理解した。

程度が高いかどうかは分からないが、緑の党初のクレッチマン州知事がメルケル首相に招待状を出した。ジャマイカ連立構想に関するものではない。内省よりも外交に係るもので、シュトッツガルトにある州立歌劇場のオペラに招待したのである。メルケル首相がオペラ初日に出席するのは珍しくはないが、先頃逮捕されたロシアの反体制のセレブレニコフ演出「ヘンゼルとグレーテル」初日にである。日程上招待を受け入れて観劇するかどうかは知らないが、その抗議活動に参加しているのであればやはり観劇するべきだろう。

10月3日統一の日でお休みである。月曜の夕方でもスーパーは込み合っていた。食事は煮豚を肉屋で購入してあったので必要なかったが、一週間分の買い物をしておくことになる。ブリ―チーズの端が安く出ていたので購入して、クラッカーを購入した。パン屋が休みでも朝食が摂れる。あとはヨーグルトとバナナや果物、ミルクとコーヒーで充分だ。トルコからの葡萄が安かった。

月曜日はそれでなくても動きがあるのでそれなりに忙しかった。雨が降っていて予定ではパン屋に行って走ってからの予定だったがそれは叶わなかった。今度はあまり陽射しが無いので肌寒く、意気も上がらない。

一週間経つとミュンヘンでのコンサートとなるので休日中に目星をつけたい。コンサートのプログラムビルディングとして見ると、「子供の不思議な角笛」とブラームス交響曲4番はどうなるのか?管弦楽団の教育的な配慮、つまり来年復活祭にはニューヨークデビューするためにドッペルコンツェルトがプログラムに上がっており、チャイコフスキーのマンフレッド交響曲の前に演奏される。NHKホールの演奏は可成り繊細になされたようだが、ミュンヘンの劇場のあの音響の中でどこまでそのような表現が可能なのだろうか。それに比べるとブラームスはと思うのだが、細かく調べていかないと想像がつかない。



参照:
想定を超える大きな反響 2017-10-02 | マスメディア批評
世相を反映する歴史的事実 2016-08-01 | 歴史・時事
ブラックリストの芸術家たち 2017-09-25 | 文化一般
[PR]
by pfaelzerwein | 2017-10-03 03:45 | | Trackback