カテゴリ:暦( 255 )

夏至の午後の微睡心地

雷雨までは蒸し暑くなりそうだ。木曜日辺りは摂氏38度が予想されている。2015年の盛夏に近いが、これで落ち着いてくれればあとは陽が短くなるだけだ。

どうしても気になるので昨年の記事を読み返すと「マイスタージンガー」公演の後だったが、これほど強い陽射しはなかったが、大汗を掻いている。逆に2015年は朝が結構冷え込んでいた。

森の中が21度を超えていたので、放射冷却も今一つであるが、陽射しの強さ如何つまり天候状況によって変わる。窓を開け放って就寝したのは当然である。

反面、走っても大汗をあまり掻かない。先日ポリタンンクを抱えて走った時もそれほどひどい汗は掻かなかった。理由は分からないが、やはり普段の運動量が増えているので、それほど急激な汗を掻かなくなったのかもしれない。少なくとも昨年よりは空気は乾いている。だから室内ではTシャツを着たまま過ごせる。

この時期としては異常に暑く、記憶にあるのは1990年代初めではないかと思う。このような記録を残していないので確かめようがないが、日本とは異なるものの夏はやはり熱いと感じていたような記憶がある。

故コール博士の死亡広告が二面に渡って載っている。国を代表してはメルケル首相の名前でその他は党や三人目の名誉市民となったEU、そして葬のあるスパイヤードームの協会、名誉市民であるルートヴィッヒスハーフェン市長である。遺言に従って国葬は無しにストラスブ―ルのEU議会での葬儀となる。大統領云々が無い意味はそれに関係するのだろうか?

夕方も陽が長いので18時前に最高気温に至り、21時頃までは暑い。だから22時までの音出しでもそれほどじっくりは音楽を聴けない。それでも先日の中継の録音のマーラー第五に続いて、初めて第二日実演体験後初めて「タンホイザー」第二幕の中継録音を初めて通して流した。やはりテムポ運びが大分異なっていた。何よりも早いところを安全に速度を落としていた。これはアンサムブル上の配慮であると想像する。こういうのを具に見ていると、歌劇場の音楽監督なんかの仕事の仕方がよく分かる。初日となれば空前絶後の大成功よりも糊代を残しつつの成果を示さないことには責任を果たせないことになるのだ。それでも期待していた向きからすると物足りないようなことを言われる訳だ。年二回の新制作だけでも結構な仕事量である。

「タンホイザー」はより完成度の高いに違いない最終日のTV中継が楽しみだ。同時にマーラーのトラムペットが気になって中々細かくは聞き取れなかった演奏も徐々にその真意が分かって来た。Aha効果と呼ばれるその譜読みがモザイクの様に係っているが、今までは疑問のままだった動機の扱いの意味合いが徐々に見えてきた。

それにしてもここまで真夏であると。昼過ぎに机に向かっているとついついかっくりとしてしまう。早朝に一走りしれいれば余計である。またまた眠くして仕方なかった暑い日本お夏を思い出してしまう。

昨日は午後になって、ノートブックのHDDを取り替えてから初めて冷却ファンが本格的に回りだした。取り換えたのが昨秋であるから当然なのかもしれないが一時はファンが煩くなっていたので久しぶりの吹きである。その前夜から点けっぱなしにしていた影響もあるかもしれない。ドッキングステーションとして比較的涼しい場所においてあるので冷却は上手くいっている。だから仕事をしながら同時にハイレゾリューションの音を流しておいても今までは全く騒音にならなかったのである。



参照:
とてもあつい選挙フェス 2016-06-27 | 雑感
多少の揺れは想定内 2014-06-28 | 生活
疲れが溜まる夏至のあと 2010-06-26 | 暦
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by pfaelzerwein | 2017-06-21 21:01 | | Trackback

乗り越えたワイン祭り四日目

ワイン祭り四日目を乗り越えた。何よりも気温が夕方上がらなかったことと、広場での音楽が電子音楽を使いながら楽器を使えるようなミュージシャンだったのでそれほど喧しい音にはならなかった。必ずしも音楽の方向性だけでなくやはりプロフェッショナルな技があれば音合わせの時からPAの使い方だけでも洗練されているのが分かる。パンクとか何とか言っても馬鹿音を出すだけなのはやはり素人なのだ。

それでも夜中に若干の蒸し暑さを感じた。外は午前二時まで屋台がやっているので、ざわざわしているがなぜか静かだ。明け方になって窓を開け放つと少し涼しさを感じたが、うとうとして結局寝坊した。山の上まで走ろうなどとも思っていたが、気温が摂氏20度と充分に高く、腰の張りもあり到底駄目だと思った。

先ずは2リットルのハーブティーを沸かし、冷やしておく。暑くなる前に昼食を摂って、夕方は出来るだけ火を使いたくない。夕立が予定されているので、そこまでが勝負だ。21時ごろの雷雨が予想されているが、一寸でも降れば皆が散る。そして殆んど聖体祭のワイン祭りは終わりを告げる。あとは週末の二晩と日曜日夕刻までだ。

オペラやコンサート通いのシーズンは個人的には終わった。何回ほど出かけたのだろうか?秋からのシーズンで言うと、九月に欧州公演のボン、十一月ソコロフ、十二月「マクベス夫人」、一月シカゴ響、二月「ばらの騎士」、四月バーデンバーデン二回、五月ブロムシュテット指揮、「タンホイザー」と9晩ほどだけだろうか?ひっきりなしに準備をしているようだが、フランクフルトの定期会員になっている時よりも数が少なくなっているかもしれない。

その主な対象となっているキリル・ペトレンコの指揮の回数は昨年一年間で大体60晩ぐらいで、例年大体同じぐらいのようだ。嘗てピアニストのマウリツィオ・ポルリーニが年間50夜ほどに制限しているとあって、そんなものかと計算したことがあった。要するに一週間に一度ほどの演奏会だ。それに比較すると指揮者は一人自宅で準備できる部分は限られて、オペラ上演となると何倍もの練習時間が必要になる。充分すぎる仕事量だと思った。

我々からするとベルリンで正式就任するまでにそれほどの期間が必要なのかと思ったが、今回キャンセルしたようなアムステルダムやヴィーンなどでの日程を入れると殆んど不可能なのも理解可能となる。つまり、ミュンヘンを退くまではその他の仕事としてはフォア―アールベルク交響楽団とRAIトリノぐらいしか振らないということなのだろう。アメリカどころかイスラエルでも客演で振ることはないのだろう。

来シーズンは、ティケットを確保したものだけで、4晩ほどで、あと7晩以上はありそうで、少し増えるような雰囲気である。その中にペトレンコ指揮の晩が多いので、極東公演を含む全本番数の五分の一ぐらいを体験することになるのだろうか。その他メディアで追っていると大体四分の一ほどの本番を聴くことになる。日本公演はNHKで放送されるのだろうか?



参照:
生の味に合う花崗岩ワイン 2017-06-15 | ワイン
キリル・ペトレンコのキャンセル 2017-06-14 | 雑感
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by pfaelzerwein | 2017-06-15 23:48 | | Trackback

聖霊降臨祭二日目の祝日

久しぶりに頂上往復してきた。前日降雨のために走れなくて、祝日でパン屋が開いていないのでそれしかなかった。前日からジャガイモでソーセージサラダを食したり準備していた。目覚めはよかったが、ベットの中で腰の張りなどを考えると億劫になってしまう。それでも七時を過ぎても陽射しがそれほど強くなく、トイレに立ったついでに歯を磨くと気持ちが定まった。

調子は、一時よりも上がり気味と言っても、とっても記録を狙えるような状態ではないので、ゆっくりと駆け上がることにする。流石に天気が良いので駐車場に三台も車が停まっていただけではなくて、向こう側にはおばさんが歩いていくのが見えた。皆朝早くから達者だと思った。じっくり時間を掛けて柔軟してから走り出すが、先ほどのおばさんが中々捕まらない。結局急坂の最後のところで視覚に入って来て、おばさんは崖の方に見に行ったかと思ったら帰って来た。挨拶がてらに崖の下の騒がしいのでカエルでしょと話しかけた。

おばさんに中々追いつかなかったらどうしようかと思っていたが、やはりそこからも結構辛く、第一の合流点の手前で小屋の車を先越させるときも辛かった。我慢我慢で頂上まで到達すると、ハイキングの催し物でもあるのだろう机などを用意していた。急いで降るがそれほどスピードも出ない。久しぶりに一時間の時間を所要した。下りには誰にも会わなかったのでそれほどの人出でもなかったことになる。

チェコの指揮者イェジ・べローラヴェック死去の話題がネットで速報された。そもそも名指揮者選などに興味が無いので名前しか知らない指揮者だった。それでも昨年今年になって急にその名前が注目されるようになったのは、新聞等で「チェコのフィルハーモニカ―を再び世界ランクに」という見出しからだった。その管弦楽団に関してはコシュラー指揮で位しか聞いていないが、明らかにローカルな管弦楽団だったので、その後に玄人筋から世界クラスという声が出てもいつも同意し難かったのである。どの時点まで世界ランクでいたかは分からないのだが、そのような指揮者との演奏ならば聞いてみたいと思っていた ― ラインガウに客演の予定だったらしい。

NHKホールでの「我が祖国」などの映像を観るとなるほど一流の指揮者であることは直に分かり、これならばその管弦楽団が世界クラスになり得ることは分かった。バムベルク交響楽団やその程度はその弦の歴史からしても簡単に超えられる筈で、もう一つ上のクラスになる可能性もあったのかもしれない。スェーデンに居るチェリビダッケからお呼びが掛かってアシスタントを務めて、その後も、ミュンヘンに呼ばれていたというから高い才能もあったのであろうが、指揮ぶりやその譜読みの正確さなども感じさせる。

もともと鉄のカーテンの向こう側で名門の監督をしていて、壁が開いたことでドイツ人指揮者ゲルト・アルブレヒトが呼ばれ、自身は追い出されたということで、カラヤンコンクールの優勝者かどうか知らないが、指揮ぶりを見れば明らかに格下の指揮者にポストを奪われたことになって悲嘆を味わったというのはよく分かる ― その後のドイツ人指揮者との騒動も今からするとまことに馬鹿々々しい。

先日録音したスクロヴァチェスキー指揮ミュンヘンの放送交響楽団ブルックナー交響曲二番も予想以上に面白いが、ロシアのサイトで拾ってきたミュンヘンの座付き管弦楽団のスクリャビン交響曲3番c-Moll op.43の演奏も素晴らしかった。2014年4月のペトレンコ指揮でのアカデミーコンツェルトのものである。

火曜日のラフマニノフのラプソディーとマーラーの交響曲をお勉強しようと思うが、アバド指揮プレトニョフピアノの動画を見ると、前者の曲が記憶以上に興味深い曲であることが分かる。このプログラムともう一つのプログラムが今秋日本で演奏されるが、二日ぐらいで殆んど売れてしまっていてNHKの大ホールの座席が数十枚も残っていないので、やはり関心が高いのは分かった。何か合唱団が早めに帰国するようで変更になったとあるので、当初はヴァークナーの「神々の黄昏」の合唱などが入っていたのだろうか?しかし合唱に関しては明らかに「タンホイザー」に尽きる。

そのタンホイザーも四日目の日曜日の公演にはカメラも入っていたようで、ネットの雰囲気からするとテムポが定まり完成度が高まってきて尻上がりに良くなっているようだ。七月のフェスト中継は独仏両国で可成りの文化イヴェントになるのではないかと思う。



参照:
圧倒的なフィナーレの合唱 2017-06-05 | 音
異次元の大ヴィーナス像 2017-05-22 | 文化一般
精霊降臨のハイビット処理 2016-05-20 | 暦
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by pfaelzerwein | 2017-06-05 19:01 | | Trackback

昇天祭のミュンヘン行

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昇天祭だった。ミュンヘンに新制作「タイホイザー」二日目に出かけた。それほど暑くもなく、陽射しも手頃で、朝10時に出たので、一時間ほどは道中でピクニックをするつもりだった。しかし、折からのシュトッツガルト21にも絡む工事渋滞で、途中で車を止めて一時間ほど楽譜を勉強するどころか、ノンストップですら一時間前に地下駐車場に入れなかった。ミュンヘンに通い出してから少なくとも新制作シリーズでは開場になってから入るのは初めてだった。いつもは開場になるのを外で待っているのが普通だったのだ。

つまり総計して一時間ほどは渋滞待ちをしていたことになる。休日だからトラックはなかったが、行楽シーズンで交通量が多く、想定外だった。あれほどフランスからの車を見ることも珍しい。よって、ピクニック用の握り飯や茹で卵、ミニトマト、桃などを走る車中で平らげた。車中で身繕いする時間もなかったので、そのまま劇場の地下駐車場に乗り入れた。

ピクニックの余裕をもって10時過ぎに自宅を出発、劇場到着が15時過ぎだった。渋滞は燃費に良くないが最初から経済運転を心がけていたので、100㎞当たり往路8.6L消費、つまり32Lほどの消費だった。復路の下り370㎞はある程度飛ばして、3時間半ほどで一時過ぎには帰宅した。下りに関わらず33Lほど消費した。15時間の旅だった。今回はほぼ満タンで93ユーロ支払ったので、やはり85ユーロほどの燃料費だったろうか。駐車料金が21ユーロなので、交通費は車両維持費を除いて100ユーロ以下となる。

今のところ危惧していたブレーキディスクの警報が出ていない。これに関しては交換までの距離が延びれば伸びるほどお得になる。それは後輪のタイヤにも言えて、雨でもない限りそれほど問題はないので、同じ時に交換するまではゴムを使い切ることになる。双方合わせるとかなりの金額になるので、経済的負担が大分軽減されている。その分ワインに注ぎ込んでいるようなものだ。



参照:
思ったよりも早く失せる 2016-02-07 | 雑感
経済的に降臨するミュンヘン 2015-05-26 | 暦
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by pfaelzerwein | 2017-05-26 16:15 | | Trackback

殆んど卑猥な復活祭卵の巣

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朝からパンを買いに行って、一っ走りしてきた。峠への上りはブルックナーの交響曲四番を頭でさらっていた。それでもまだ四楽章を勉強していないので紛らわしいが、最後のコーダまでなんとなく動機の連結は描けた。交響曲とはこのように作曲していくのだと体感できるような気がした。

なにはさておき四楽章までさらって、時間があれば録音を流して、夕方のバーデンバーデンでのコンサートのネット再放送までに、ザルツブルクの楽劇「ヴァルキューレ」を少し観てみたい。障りだけは聞いたが、指揮者のティーレマンは、テムポを抑え、音量を抑えてマニエーレの極致を行っているようで、これは楽譜を見ながら聞かないと適格な批評にならないと思った。無駄になるかもしれないが、歌手陣も大変健闘しているようで、先ずは観なければ話しにならないと思った。

聖週間は昨週末からの疲れもあって、音曲自主規制としたので、打って変わっての一日中音響漬けは厳しいかもしれないが、砂漠に溢す水のように体に染みていくかもしれない。それでもやはり楽譜を見ながらヴィデオ鑑賞なんて苦痛でしかなく、楽譜も無しに音楽ヴィデオなどを二時間どころか短い一曲も気を散らさずに観ていることなど出来ない。それでもああしたものが売れる市場があるのだから、多くの人は余程気が長くて我慢強いのだと思う。

これを書き乍ら、「ヴァルキューレ」を流しているが、子供の時から乍ら族なのでそれは堪えない。しかし、何か独特の節回しの音楽が流れると気になって仕方が無くなる。独特のアーティキュレーションの根拠はどこにあるのだろうと気になると楽譜を開けてみないといけなくなるから、やはり乍らでは流す価値はあまりない。まるでミュージカルか何かのようで、まるでテムポやリズムが定まらないと気持ち悪い。これを専門家を称する人達は拍を数えているのかどうか、極限の殆んど卑猥なアゴーギクと呼んでいるようだ。まあ、多くの専門家の絶賛を受けた公演であるから最後まで観よう。

パン屋で取って来た復活祭の卵の巣である。一度、写真を上げたことがあるが、毎年のお飾りのようなものなので仕方が無い。勿論、復活祭のウサギと言われるようなものは卵を産む訳がないのだが、ウサギは多産の象徴であることには変わりない。



参照:
満ちる生まれ変わる喜びの日 2010-04-06 | 暦
聖金曜日のブルックナー素読 2017-04-15 | 暦
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by pfaelzerwein | 2017-04-16 22:54 | | Trackback

曇天の聖土曜日の騒々しさ

聖土曜日は朝早くから買い物客が押し寄せた。例年の如く、厚い雲が覆う聖土曜曜日の天候だが、復活祭で火曜日まで休みになるからだ。先ずはパン屋で並び、八百屋に行くのに遠めのところで駐車した。おばさんが牛蒡を渡すのを忘れていたので帰宅後電話した。帰りにはバイパスが地元の南インターチェンジまで開いていて、いつも使うところはラムぺが殆んど出来上がっているので、旧道の混雑は解消されて、もう一息で工事以前よりも更に静かになるだろうことを確認出来てよかった。

立ち寄った肉屋では青胡椒入りミニザウマーゲンを購入した。残っているマウルタッシェと合わせてこれで火曜日まで暮らせるだろう。一食は米があり、一食はジャガイモがある。復活祭初日はパン屋も開いているので、リースリングを一本開ければ充分だ。

途上のラディオは予定されている復活祭の平和行進の予定などをニュースとして伝えていた。ラムシュタインの沖縄と並ぶ世界最大の海外米軍基地へと向けてシリアへの攻撃などへの抗議行動を行うという。その行動の規模は知らないが毎年のことだろうからある程度は分かっていることであり、こうして朝のニュースとして伝えることは中立の公共放送としては公平なのだと思う。

そこで、トラムプ大統領が北朝鮮を朝鮮半島の非核化に向けて交渉の場に引き出そうとしている挑発の報道は、丁度冷戦時代の戦略核構想を想起させるが、あの当時の西ドイツの報道はどうだったのかなどと思わせた。当時は右左両翼の政治勢力と報道姿勢などがはっきりあったわけだが今はどこの国も異なっている次元ではやはり質の良い冷静な報道などが必要とされるのだろう。先日、米中の両首脳は今回の件で協議したことだろうから、ある一定の効果は計算できているのだろうか?

北朝鮮と謂えば、先日シュネーベルガーのお弟子さんと話したときに、金正恩とも平壌で会う可能性はあったと語っていたが、それは冗談ではないと分かった。逆に会っていなかったのだろうと分かった。それほどスイスでの滞在は後継者となる本人にとってはあまり表に出したくない事だったのだろうと推測する。スイスの全方位永久中立政策ゆえになせる業だろうか。

南朝鮮と謂えば、ベルリンの尹伊桑の家構想に韓国政府が経済的援助を惜しんで暗礁に乗り上げているという話しを聞いた。貧しい国でもなく、サムスンなどの大企業は連邦共和国において大きな利益を上げているのであるから、ソニーが首都にセンターを作った様に、韓国を代表する作曲家であり、政治的にもとても世界の注目を集めた人物であるから構想に財源を出すべきである。勿論彼を迫害して、死刑判決を与えたのは先頃弾劾された朴の父親の朴正煕大統領であり、あまりに北朝鮮と近かったことからその援助が難しかったのは理解可能だが、この時点で方針が変わらないのだろうか。その政治信条以上に、朝鮮民族にとっては重要な芸術家であることは間違いなく、金大中と並んで時代の証人であったことも間違いない。韓国人も慰安婦像などに市民の募金を集めるならば、尹伊桑の家構想に資金を集める方が将来的にも価値があり、民族の誇りとやらに繋がるのは間違いない。



参照:
聖土曜日から復活祭にかけて 2013-04-01 | 暦
ポストモダンの貸借対照表 2005-09-02 | 歴史・時事
詭弁と倹約 2005-02-18 | 料理
日本人妻たち対慰安婦たち 2017-03-16 | 女
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by pfaelzerwein | 2017-04-15 19:24 | | Trackback

聖金曜日のブルックナー素読

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オバマ前大統領が五月にベルリンを訪問するという。プロテスタントの教会大会に出席してメルケル首相と面談して、その足でメディア賞授与にバーデンバーデンを訪れるらしい。子ブッシュとは異なりその世界的影響力は健在のようだ。

ラディオは、電気代が上がることを伝えていた。理由は連邦共和国が進める電気自動車の充電機の設置のために新規投資が必要だからのようである。既にアウトバーンの脇のマクドナルドなどでも見かけるが、充電時間を考えると本当に実用的なのかどうか分からない。少なくとも、自宅では今後とも更に節電する方向で最後の微量電流までを抑えて行くことになりそうだ。今年になって殆んどワークステーションを点けていないので既にこれまた期待できる。

ランニングのスピードが出ない。理由は分からない。気温摂氏六度もあれば十一度もある。それほど変わらない。どこがどう悪いわけではなく、絶食をしている訳でもないが、もう一つである。先週、週末の疲れが残っているのだろう。コンサートに行くだけでも結構厳しい。十代の時の年間百何十回かの記録が一度だけあるが、二時間近く集中しているだけでも疲れるのである。それが三日に一度ほどとなると堪らない。あの頃は好奇心の方が強かったのだろうが、それでも厳しかったのを覚えている。

2015年から再びフランクフルトの演奏会とバーデンバーデン以外にミュンヘンのオペラに通いだしたが、フランクフルトは定期を止めた。それでも今年、来年の計画を立てると、そこにこれまた極力減らしているスキーと山を加えるとダブルブッキングの可能性が高い。今は泊まりで仕事に出かけることもなくなっているので幸いだが、そのようなものがあると仕事先からオペラやスキーということになってしまうのだ。

忙しく動き回っているとやはりじっくりと色々な勉強ができなくなる。音楽のお勉強だけに限ってもあの忙しくしていた時の時間に追われてのそれと今ではやはり大分異なり、深く勉強出来る。ブルックナーの交響曲四番の「素読」を第一楽章から始めた。最初の版も写譜屋さんの筆ではなくて直筆譜だった。古楽の場合などは苦手なのだが、これはシステムがはっきりしているので、なによりも書き込みが分かり易くて余り苦にならなかった ― 余談ながら、通常の文章とは違って、音楽の記号は速読に適していて、視覚的に文字とは違ってそれは瞬間的に捉えられるからである。寧ろ、動機の扱いなどを見るとその勢いとか書き込みに流れが見えて分かり易い印象である。同時に後年の成功と攻撃から対位法の大家のような印象があるが、この交響曲をこうしてみると可成り隙間だらけでそれほど密に書かれてはおらず、精々その辺りの学校の先生という感じである。実際にオルガン弾きとしてと同時に、ヴィーン大で講座を持つとなっているが、現在もどこにでもいるような普通の音大の講師程度ではないだろうか。流石に第一版は冗長なところがあって改定の必要に迫られただけでなく、今は誰も使わない楽譜であるというのは感じられた。少なくとも動機の扱い方においてということである。まだよく分からないので先に進もう。



参照:
復活祭音楽祭のあとで 2017-04-13 | 生活
夏タイヤについてのファクト 2017-02-24 | 雑感
インタヴュー、時間の無駄四 2016-08-03 | 音
魂をえぐる天国的響きに 2016-06-13 | 雑感
東京の失われた時の響き 2016-03-06 | マスメディア批評
予定調和的表象への観照 2015-09-29 | 音
ブルックナーの真価解析 2013-12-17 | 音
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by pfaelzerwein | 2017-04-14 19:47 | | Trackback

今日か明日かの衣替え

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衣替えの季節である。毎年四月が目安になっている。半年もつという虫除けを購入して納めると十月までは効果があることになる。そのような計算である。今年もスーパーでぶら下げる紙を10枚購入した。箪笥にこれを吊るせば先ずは大丈夫だ ― 更に昨年から使いさしの蚊取り線香がそこに入っている。寝室の箪笥だが、臭い等でそれほど問題になったことはない。天井が高く、風通しが良いからだろう。

毛の衣料などは、水洗いすべきかどうかなども考えるのだが、虫除けさえしておけば使えなくなることはないので、出来る限り致命的になりかねない水洗いは後回しにする。そろそろ余所行きから自宅での衣料に下すというときに洗ってみるというようなことが多い。以前はドライクリーニングもしばしば使っていたが、価格やらその効果にはあまり期待しなくなった。

兎に角、明日寝室を掃除する前に、箪笥の中の冬物を整理して、衣替えして、紙を吊るして行こう。来週には夏タイヤになり、これで復活祭と同時に一先ず本格的な夏支度となる。

パン屋から森に入って、朝早かったので八時のニュースを車の中で聞いていた。三つ目のニュースとして、アムネスティインターナショナルの人が電話で日本を批判していた。新聞のフランクフルターアルゲマイネ紙と並ぶ独自の特派員を東京に置く独有数の知日・親日メディアSWRの朝のニュースである。それによると、死刑執行は中共の数と日本の扱いが大問題なのだという。つまり合衆国でも執行までに猶予日時があるのに、日本では当日一時間前に突然やってくるというやり方への批判である。死刑囚は、毎日今日かどうかと拷問状態に置かれているというのである。これが重要な人権侵害とされるところである。なるほどまるで日隠の世界だ。

日隠はそうした覚悟を説いているのだが、死刑囚がそのような貴い精神状態に至れるとは思わない ― そもそも二割にも満たない武士階級のそれらをその他もに強要したのが帝国軍事教育で、とんでもない結果になったのは歴史の知るところだ。拷問であるとの批判が恐らく正しく、死刑制度を継続させたいならば死刑囚の健康を第一に考えていかないと、拷問として更に批判が強まっていくと思われる。

このニュースの数分前には、今日の一言として、聖週間の意味つまり神は生贄を求めず、自らの犠牲でもって人々を救うという、人を裁かずの話が流れていたので、このニュースを聞いた教養のある人々への語りかけは強かったに違いない。



参照:
衣替えの季節 2006-04-22 | 生活
日本社会の文化的後進性 2013-02-21 | マスメディア批評
同じ穴の狢が議論をすると 2010-08-27 | マスメディア批評
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by pfaelzerwein | 2017-04-11 19:47 | | Trackback

漸く時差ボケから解放される

木曜日の走りは疲れが残っていた。早く走れるとは思っていなかったが、走るうちに攻める気持ちが出て来ていたので、ひょっとすると真面な数字が出るかもしれないと期待していた。しかし結果は、25分30秒往復とジョギングテムポで、往路に12分も掛かっていれば致し方が無い。やはり初速が早くなければ比較的平らなコースでは記録は難しそうだ。

足の筋肉の疲れなども少々のストレッチングでは治らない。肩の柔軟を丁寧にしたが、関節のそれと筋肉痛はやはり異なる。目下の課題は、乳酸の溜まらないような運動とその回復を如何に早くするかで、今までの疲れによる運動能力の低下を是正していかないとあまり使い物にならないと考えている。

久しぶりに熟睡した。どうも夏時間に入ってから昨夜までは夜中の三時前に目が覚める傾向があったからだ。要するに11夜は夜中に目が覚めた。時差ボケが続いていたことになる。今まであまり意識していなかったが、それぐらいかかるのは普通かもしれない。それでも僅か1時間ほどの時差は寧ろそれに気が付く方が難しいのかもしれない。その意味では良く身体で意識できたと思う。気持ちが良い。

ミュンヘンの劇場の極東ツアーの日程をみると、なかなか上手に出来ている。勿論東京にソウルと台北を付け加えたわけだが、少なくとも日本公演初日の一週間前以上に台北に入っている。つまり時差が殆んど抜ける頃から東京公演が始まるのである。これはなかなかよく考えられた日程だ。面白いのは台北ではベートーヴェンプロが演奏されて、ペトレンコ指揮ではイスラエルフィルぐらいでしかなかったのではなかろうか?熱心な日本のファンはこれに出かけるのも面白いかもしれない。交響曲七番は直接クライバー指揮との比較が可能だろう。

Ludwig van Beethoven 
Klavierkonzert Nr. 3 c-Moll op. 37 
Symphonie Nr. 7 A-Dur op. 92
Leitung Kirill Petrenko 
Klavier Igor Levit
National Concert Hall, Taipeh 
So, 10.09.17 
npac-ntch.org/en 
T +886 2 3393 9888
veranstaltet durch die Konzertgesellschaft der Musikalischen Akademie e.V

昨夜、YouTubeへリンクを貼ろうと思うと、そこのGOOマークがあるのに気が付いた。貼れることは分かっていたが、リンクするのが早いと思っていたので今まで貼っていなかった。しかしこの方法ならリンクよりも手軽だ。そしてクリックするだけで簡単に観れて、サムネイルの写真がるのも悪くはない。そこで、遡って劇場関係のものを貼った。今後も沢山貼れるかと思う。

自分で撮ってアップロードしているものはないが、目下の課題のボールダーの動画などもアップされているので使えるものは沢山ある。短い時間で印象を得るにはやはり文章よりも動画が早くてわかりやすいのは当然だろう。しかし、テュイッターなどと同じで、短い文章や印象で納得できるものは構築的、高度な理解には至らない。その意味では、如何にTV文化などというのは20世紀後半文化の仇花だったかというのがよく分かるだろう。



参照:
Ich war noch nie in Japan. Das ist.. 2017-04-03 | 暦
ペトレンコにおける演奏実践環境 2017-03-30 | 文化一般
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by pfaelzerwein | 2017-04-07 19:17 | | Trackback

Ich war noch nie in Japan. Das ist für mich..

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ミュンヘンからのネット中継を観た。新シーズンのプログラムお披露目である。12月にプッチーニの三部作、2018年6月に「パルシファル」となる。前者は想定内だったが、後者は想定外だった。まだまだ時間を掛けると思ったが、やはり後のことを考えると早めにやってしまう方が良いとなったのだろうか? ― ブラームスを取り上げるのも同様で、明らかに将来のレパートリー構築から逆算していて、この曲の影響として印象派や初期シェーンベルクに言及した。カウフマンやシュテェムメ、コッホの豪華キャストとなるとまたまた券を確保するのに苦労しそうである。個人的にはプッチーニの方が楽しみだが、バーデン・バーデンで3月末に一度、そして6月となると、もはや8月にバイロイトに出かける価値もなくなってしまう。

日本旅行、ロンドン、ニューヨーク公演についても言及があったが、初めての日本への期待も語られていて、そのプログラム内容よりも旅行という感じだ。

(Was würden Sie zum Akademiekonzert sagen wollen?) (アカデミーコンサートに関して何かおっしゃりたいことは?)

Ich würde als das Wichtigste gerne erwähnen, dass nicht nur in Hinblick auf die zwei Premieren, ist das für mich, eine Spielzeit mit vielen anderen Premieren, nämlich, ich freue mich sehr darauf nach Japan... 「私にとっては、ただ二つのオペラ新制作に止まらない、初めての重要なことが盛り沢山のシーズンであります。言えば、つまり、とても楽しみにしている日本への旅行です。」

Ich war noch nie in Japan. Das ist für mich irgendwie ein Aufbruch in die neue Welt. 日本は未知の国で、新世界への旅立ちといった感じです。

東京では、「タンホイザー」の三回のオペラ公演に加えて、「ヴァルキューレ」第一幕マーラーの作品などを二回のコンサートで指揮する ― これの九日十日の台湾、韓国公演もあるようだ。「ヴァルキューレ」は、ミュンヘンでは指輪四部作の第一夜として、ベルリンでつまりバーデン・バーデンで上演するまでの最後の機会として、コッホのヴォータンとシュテェムメのブリュンヒルデで再演され、そこで新たな面を見せたいと言われると、これまた幾つかは行きたい気持ちにさせる。

早速、恒例のCD落穂拾いをした。今回は先ず先月から気が付いていたクリスティー指揮のヘンデル作曲「ベルサザール」に食指が動いた。この曲はピノック指揮のものを所持しているが、三枚組10ユーロしないとなると手をつけずにはいられなかったのである。もう一つはアルティメス四重奏団のベートーヴェン全集の一つが二枚組でこれも9.99ユーロで出ていたので発注した。中々よいのは各々三期の曲が組み込まれていて、マーケティング的にも気が利いていることだ。その他は、ウィッシュリストに入っていたフィラデルフィルをムーティーが振ったもので、一月に聞いたシカゴとの演奏からより豊満な響きでも聞いてみたくなった。もう一つ超高級管弦楽団クリーヴランドでブラームスのヴァイオリンをツェートマイルが弾いたもので、フォンドホナーニが付けているのでこれも発注した。先に購入したムター演奏のカラヤン盤が何時ものようにその管弦楽団が余りに良くなかったので、ソリストだけでなくクリーブランドの管弦楽団に期待したい気持ちもある。それで値引き最低額30ユーロを超えているが、ロバート・クラフト指揮のヴェーベルン集が2ユーロしなかったので発注した。探しても探しても購入する価値の見つからなかったナクソス盤をこれで初めて購入することになる。



参照:
まずまずの成果だろうか 2017-03-26 | 生活
消滅したエポックの継承 2016-10-23 | 文化一般
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by pfaelzerwein | 2017-04-02 19:39 | | Trackback