カテゴリ:雑感( 272 )

なにか目安にしたいもの

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ランニングコースの沢沿いは霜が降りていた。駐車場の車も霜取りの痕があった。沢の流れも叢が凍っていたようにも見えた。しかし車の外気温計は摂氏四度である。今年の記録的に暖かい二月の天候のようだ。それでも異なるのは明るさで、春の太陽だった。だから手袋が欲しいほどではなかった。まるで日本の太平洋側の二月に走っているように錯覚した。日本の冬はやはり温かい。相変わらずジョギングテムポの25分30秒で往復した。それでも髪が汗で濡れて寒さに耐えれるような体になった。

居間に暖房を入れた。今シーズン初めてである。冬篭りしていた間は消してあったからで、前日に寝室に暖房を入れて就寝してそれはそれで熟睡できなかったので、階下に暖房を入れてその温もりを一日中利用することでこの数日の寒気を乗り切ろうと作戦変更した。厳冬期ならば風呂場がヒートショックで怖いのでそこに暖房を利かすだけなのだが、春となると東日が入って更にお湯の温もりでそこは暖かい。しかし居間は陽が入っても広いのであくまで充分に温まらない。恐らく南からの陽射しが高くなって奥には入らないのだろう。それに合わせるようにして、暖房を利かすことで最も効果的になるだろうか。

陽射しが差し込まなくなったので夕刻、階段上のサンルームで休もうと思った。そこにもソファーが置いてあるので寝転べるのだが、陽射しが当たらない。窓枠の下においてあった寝椅子はバルコンに移動してある。そこでキャムプ用の椅子をそこにおいてマガジンを開けた。調べ物の目的は違ったのだが、興味深い情報を得た。いつものFAZで御馴染みの音楽評論家女史がバーデン・バーデンのそれに書いてあるものだ。

パリで演奏旅行中のミュンヘンの座付き管弦楽団の稽古を見学していてsehr gutと褒めていたのは知っていたが、そこでの指揮者ペトレンコの発言を書き起こしている。

"Ja, das war gestern sehr gut, sehr gut, ich bin glücklich, danke.
Aber wir könnten, Buchstabe H Takt 5, bitte die Klarinetten..."

「そう、昨日は(ボンでのチャイコフスキー五番の演奏は)とても素晴らしかった、とても素晴らしかった、幸せで、どうもありがとう。
それでも練習記号H五小節目から、クラリネット(重奏)は…」

Stringendoの記号が付いて、アゴーキクが効かされるところであろう。やくざ刈りの一番のおじさんとブロンドのおねえさんの二番が上手く合っていなかったのかもしれない。つまり三度からオクターヴへと重要なクラリネット重奏が響かないことになって、音の凝縮度が変わってしまうのだろう。なるほどこの辺りはボンの公演の記憶では若干バタバタしていた感じであったのを記憶している。

指揮者キリル・ペトレンコは、指揮台の楽譜をいつも熱心に捲っている。モーツァルトの交響曲でも小まめに捲る。故岩城宏之の文章ではないが多くの指揮者は目線を離したくないのと、権威の為にも暗譜するというようなことのようだが、どうもこの天才指揮者の場合は楽譜で演奏上の問題点を確認して記憶の目安にしているようだ。それならば我々でもチェックしておかないと忘れるのと同じで、鉛筆があるかないかだけで、それこそ岩城のように視覚的に記憶しておけば練習記号とも記憶に残しておける。



参照:
Glückliche Erscheinung, Eleonore Büning (MAGAZIN 2017/1 Festspielhaus Baden-Baden)
管弦楽演奏のエッセンス 2016-09-14 | 音
九月の四つの最後の響き 2016-09-23 | 音
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by pfaelzerwein | 2017-04-21 19:59 | 雑感 | Trackback

あれやこれやと昂る気分

とても気分が昂っている。私事もあるのかもしれないが、土曜日のキリル・ペトレンコのバーデン・バーデンデビューがここまで気分を昂らせるとは思わなかった。自分が演奏する訳でもなく、なんら理由はないのだが、いつものように分析的に冷静に居れるのかどうか心配になる。昨秋の座付き管弦楽の演奏会は今回の予行の心算でボンまで行ったのだが、その結果は想定以上で、今回もネットで既に確認したとしても本格的な管弦楽団とのコンサートは初めてなのだ。どのようなコンサート指揮をするかは完全に分かっていてもとても期待が高まる。

前日に買い物も済ましておこうと車に乗ると、フィルハーモニカ―のクヌート・ヴェーバーというチェリストが話をしていた。初日の「トスカ」の前に放送局に来て、それから谷を散歩をして、着替えてから会場入りするという。歩いてスタディオからクーアハウスの方へ、ホテルへと戻ったのだろうか?あのヨハネス・ブラームスのように。とてもいい天気で、爽やかだ。

翌日はペトレンコとの演奏会で、ベルリンでの五年ぶりのコンサートは練習からとてもうまくいき ― 私の言うように「将来への方向性を定める」という言葉を使っていた ―、また少しだけ今回も合わせてから本番だという ― つまり同一メンバーが乗る条件だろうか。当然の如くミュンヘンから前乗りすると思っていたが、練習は何時ものように開演前まで続くのだろう。トスカ初日を覗かないと歌劇の場合の音響はあまり分からないだろうが、登場は来年はないので、まだ時間があるということだろう。

悲愴交響曲の練習でもペトレンコは、三楽章の後で拍手のファールが無かったのは今まで一度しかなかったと。そして23日に初めて二度目を経験したということだ。確かに体で聴衆に示唆するだけの静止をして、そこから終楽章へと流れた。これも経験の積み重ねということになるのだろうか?さて、祝祭劇場ではどうなるだろう。

ベルリンでは聴衆の期待に圧倒されそうになったとヴェーバーも語ったが、バーデン・バーデンでも我々のように将来のスーパーオペラの本拠地としての始まりへと寧ろこちら側が胸がはち切れそうになってしまっている。YOUTUBEなどにはバーデン・バーデンで期待しているという書き込みもあり、そのような人達もいるのだ。



参照:
ペトレンコにおける演奏実践環境 2017-03-30 | 文化一般
ギリギリの悲愴交響曲 2017-04-06 | 音
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by pfaelzerwein | 2017-04-08 16:31 | 雑感 | Trackback

ロールオーヴァーべートヴェン

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チャック・ベリー死亡の記事があった。名前だけは聞いている。まだ生きているとは知らなかった。代表作の一つとされる「ロールオヴァーベートーヴェン」のヴィデオを観た。なるほどと思った。1950年代である。20世紀後半においてはベートーヴェンの音楽などは直截的な芸術的な意味などはもはやなかった。その意味では、作曲家ブーレーズが指揮した運命交響曲などの演奏よりもこのロックの方がベートーヴェンの名声への20世紀後半におけるリヴァイヴァルだったのかもしれないのである。

朝起きて、雨が降っていなかったので、山登りコースを走ろうかと思ってトイレに向かったが腰の張りに気が付いた。木曜日以降疲れが取れていないどころか可成り後遺症がある。まだまだ力が入らない。新しいシューズが届いて天気さえ良ければ、夏時間までには走る機会がある。無理する必要はないと断念した。

今年初めて行者大蒜を購入した。一束の価格は同じだったが量が手頃になった。暖かくなったからだが、更に暖かくなると量が増えすぎて味も涼しさが無くなって来る。所謂草生した感じに近くなるのだ。早速ペストを作ってスパゲティーにした。癖もそれほどではなくとても楽しめた。新鮮な感じがとても良い。御初物がこうして楽しめるのが嬉しい。

先日、リースリングを探して、フォンブール醸造所のペッヒシュタイン2011年を開けた。その前にウンゲホイヤーを昨夏に開けていた。瓶を開けた初日は分厚くて、果実風味は感じてもミネラルを感じられなかった。そしてあくる日になると全く変わっていた。バサルト土壌らしい抑えられた果実風味に代わっていて、明らかにミネラルが感じられた。そしてあの膨らんでぶくぶくした感じが可憐に変わっていて、ルーヴァ―の昔のカルトホイザ―醸造所のリースリングのように静かささえ感じられた。当時のフォンブールは試飲の時からペッヒシュタインのエレガントさはなかなかであったのだ。そして2011年の難しい年度に関わらずある程度の成果を出している。特に過熟成果実の肥大な2011年の場合ビュルクリン・ヴォルフ醸造所のものがまだまだ飲めるような熟成をしていないので驚かされるのだ。



参照:
倭人を名乗るのは替え玉か 2016-07-04 | 歴史・時事
休肝日が続く今日この頃 2011-03-08 | ワイン
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by pfaelzerwein | 2017-03-19 22:40 | 雑感 | Trackback

気が付かないスイスの揺れ

久しぶりに心拍計を着けて走った。パンツを履いたままで速度は期待できなかったのだが、心拍計で体調をみたかった。結果は前回前々回並みだが、なぜか心拍数が上がりっぱなしになっていた。まるでリミットが入っているかのように172で一定であった。計測が狂っている様子もないので体調に原因があるようだ。気管支の炎症らしきは治まっていて、それほど胸の苦しさは感じない。それでも速度を上げないのに負荷がいつも以上に掛かっている。気温は摂氏5度で、陽が射していないので、パンツを脱ぐ気にはならなかった。更に左足の土踏まずの感覚はまだ押さえられる感じがある。そして靴底が、グリップには問題が無い乍ら、薄く感じられるようになってきている。条件は悪くなっている可能性はある。それにしても秋のベストの時よりも2kGほど体重が落ちているのは走っていて感じることがある。これは可能性を感じさせるが、パンツを脱いで走ってみるまでは何とも言えない。計量すると70Kgは超えていたが、基礎体重として前回割れたのは2014年12月のようだ。体重で気が付いたが、基礎体重が落ちれば寒さを感じやすくなるのは当然かもしれない。

車中のラディオでは、月曜の21時にスイスでM4.7の地震があり、南ドイツでも有感地震となり、警察に通報が相次いだようである。記憶を辿っても全く揺れは感じなかった。震源地はルツェルンの四国湖のシュヴィッツの谷のようだ。なるほどあの辺りはウィリアム・テルの絵にあるように若干複雑な地形で震源地が隠れているのは想像出来る。ここからは直線距離でも200㎞以上あるので揺れを感じなかったのは当然かもしれない。余震を含めて可成り揺れたことからスイスの反原発運動が再び声を上げたようだ。今回はアーガウの原発はどうも緊急停止までには至っていないようだ。

最近は夕食後暫くして床についてしまうことが増えている。最も大きな要因は朝の日の出が早くなったので、早起きになってきたことである。真冬は朝起きが辛くてどうしたものかと思っていた。その点からするととても喜ばしい状況で朝のランニングも時間的に余裕が出てきている。それとは反対に晩も九時ごろになると床に就きたくなるのだ。ナイトライフどころではない。するとどうしても夜中に目が覚めることが多くなる。盛夏のように薄着で就寝していないのでトイレに駆け込むようなことはないが、それでも二度寝するために用を足す。既に六時間近く寝ていて起きてしまえるならばよいのだが運動量が足りないとそれほど熟睡が出来ていない。結局明け方おかしな夢を見ることになったりする。

先日は小さな小屋の半地下のようなスペースでコンサートを主催している夢だった。なぜその夢を見たかは前夜に入っていたメールが原因だと直ぐに分かったが、なぜか演奏家が朝鮮のグループで本プログラムが終わってから何やら朝鮮のフォークソング大会のようになって、最後にはおつまみを出すような塩梅になっていた。これも先日から昔の京都のフォークソングなどをなぜ自分自身の韓国遠征の時に誰も歌わなかったのかななどと考えていたからだった ― 同行メンバーに当時学生生活などを送っていた者も一人ぐらいはいたのだが。そしてこうしてまとめて書くと、まさしく上のメールを寄越したスイス人こそが北朝鮮に複数回出かけて行っていた人物だった。表向きは文化交流なのだが、勿論背後にはベルンの外交筋が強く係っているのは想像していた。なるほど、金正恩のスイス生活をサポートしていたのはそこの外交部であり、それ以上に国外資産の扱いなど親密な繋がりがあることは当然なのだ。



参照:
日本を照らす原子力! 2012-03-11 | 生活
今年最後の氷瀑日和 2012-02-12 | アウトドーア・環境
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by pfaelzerwein | 2017-03-08 01:04 | 雑感 | Trackback

原因と結果の科学的な認識

日本のネットを見ていると科学的と感情的との言葉が反対概念として並べられている。そしてそうした場合決まって科学的な根拠やその考察については一切触れられていない。既成事実としての科学的な結論らしきものに対する不信感を抱く気持ちが感情的と定義づけられているようだ。特に健康問題などであると、安全と安心と対語になって使われるらしい。

そもそも自身で確認できないような原因と結果は信じられないのが当然であって、その過程を追う考察を以ってはじめて因果関係を認識するのが科学的な思考というのだが、どうもなんらかの政治経済的な理由で安全とされるものに懐疑することが非科学的と見做されているようである。所謂安全神話と呼ばれるものである。311が近づくと取り上げられる話題であり、科学的な思考が問われている。

つまり一つはフクシマ禍に関することで、本来ならば居住不可能な飯館村に居残らなければいけない人々の不安に真摯に応えようとするならば、先ずは移住補償を推進して、それでも居残る人に健康被害の危険性を説明したうえで、健康な食生活や健康な生活を少しでも長く続けれるようなアドヴァイスを与えるべきなのだ。その範囲は郡山辺りまで広がることは間違いない。そして向こう三十年ほどは変わりない。もう一つは医療被曝の問題であろう。結局は医療は大きな市場であることが前提となっているので、医療被曝で高年齢化と共に癌患者などが増えれば増えるほど市場が大きくなるのである ― よって一律的な国民皆保険制度は明らかに誤りである。つまり、医療被曝による癌発症リスクを説明したうえでしか、もしくは癌検査による生存率変化のないことを説明することが重要である。

しかし、癌による死亡率が上昇しているのは何回も被曝を重ねている日本だけではないのである。連邦共和国でも癌による死亡率は増えているという。理由は様々あるだろうが、高齢化以外にも考えられることは様々である。核実験による今までにほとんど存在しなかった核物質の拡散だけが癌の疾病率を上昇させているとは思わないが、ありとあらゆる無視できないファクターを可能な限り虱潰しに排除していくしか方法はないのだろう。

その意味ではここ暫く話題になっているシュツッツガルト市内へのディーゼル車締め出しへの州政府の動きは正しい。この冬だけでも何回かアウトバーンで同地をかすめる度に塵警報が出ていたのである。それも平日ではなく土曜日の朝からの警報であった。たとえスピード制限しても市内の盆地での排ガス量を減らすことなどはできない。渋滞すれば更に増える。なるほど一律にディーゼルを規制する以外にも方法はあるかもしれないが、既に各大都市圏は排ガス規制がなされていて一台一台検査認可されていない限り市内へは通行不可となっている。その結果ディーゼルには出さないということであるからほかに手の打ちようがないのであろう。

ドイツ企業といえばドイツェバンクの壊滅的な状況が外国でそれも日米などで盛んに流されていたが、先日話題となっていたポストバンク身売りはしないというようなことが報じられている。原点である銀行業務へと業務を集中させようと思えば各地にあるポストバンクの意味は大きいに違いない。従来の銀行の顧客や地域的にも重ならないところも多く、補う形で双方で銀行業務が出来る筈だ。



参照:
検診自体が疾病の証拠 2012-12-04 | 生活
被曝が不健康な医療保険 2012-06-20 | 生活
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by pfaelzerwein | 2017-03-07 00:12 | 雑感 | Trackback

移り変わりの激しい日々

相変わらず移り変わりの激しい天候である。シャワーと強風とその間に晴れ間があり、強い陽射しに冷たい強い風が吹く。週末は幾つかの樽試飲会がある。2016年産の新鮮なものには興味が無いが、飲み代が無くなったので、いくらかは確保してきたい。情報もそれ以上に重要だ。

週三度目の走りは一週間も経たないうちに再び峠攻めとなった。気温は先日来の摂氏8度には至らなく6度なので風が吹くと寒い。実際に走り出すと風が抜ける道では苦しめられた。ゆっくり走っているので息苦しくはなかったが、何とか峠に21分台で到達する。下りて来ても35分掛かっているので前回よりも悪いが、体調は良くなってきている感じがする。様子を見よう。

車中のラディオは、シュヴァルツヴァルトのガゲナウでのトルコの法務大臣の選挙演説への反響を、伝えていた。連邦政府とエルドアン政権は、ヴェルト新聞の記者逮捕から外交関係がぎくしゃくしており、オバーハウゼンに続き二度目のエルドアン閣僚の国内での活動を阻止しようとする声が強いということだ。四月に行われる連邦共和国内の百六十万のトルコ人有権者の国外投票への活動に伴うものとされている。またフランクフルトハーン空港の売渡がダイデスハイムの中華企業への売り渡しが決まったとされているがその企業体の実体には疑問が残っているとされている。

フランクフルターアルゲマイネ新聞はトルコの外交方針転換について社説を掲げており、もはやEU加盟を断念して東方のパートナーとの世界構築に動いているとしている。パートナーはロシアであり、中共ということである。特に後者は新シルクロード構想があって大きな意味合いがあるとされる。先日も同新聞には、価値観の異なるトラムプ大統領の孤立政策を受けて、習主席が新リーダーとして世界に語り掛けていることが取り上げられていて、「価値観の相違をそのままの世界構想」と見做していた。

先日も連邦共和国の外交指針が合衆国の変化によっても修正を余儀なくされている可能性について触れたのだが、なるほど安倍政権のようなおかしな価値観を日本なども掲げるとするならば今までとは違った外交指針が必要になって来ることは当然であろう。大阪の国有地格安売却スキャンダルについては欧州の名門老舗新聞であるノイエズルヒャー新聞が最初に扱ってからスイスの新聞が扱っているがドイツでは見守っている状況が続いている。報道されるような時は安倍内閣退陣に繋がる新情報が出てきた時だろうか?



参照:
「誇りを取り戻そう」の戯け 2016-11-19 | 文学・思想
脳裏に浮かぶ強制収容所 2016-10-11 | 歴史・時事
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by pfaelzerwein | 2017-03-02 22:18 | 雑感 | Trackback

夏タイヤについてのファクト

自動車会社のマンハイム支店から電話があった。預けてある夏タイヤが擦り減っているので準備しておこうかというオファーだった。価格を聞くと一本180ユーロという。既に書いているようにブレーキディスクを交換しなければいけないのでそれを優先に考えていて、まだ冬タイヤで走るので全く考えていないと、一週間先にもう一度電話して貰うことにした。交換のアポイントメントなどとは別の話で準備しておくということだったが、問題になっているのは後輪の溝の深さだった。左右其々2mmと3mmということで法律上の規制値1.6mmまではまだあるが、それ以下となると警察沙汰になるというのだ。

つまり後輪二本を交換すれば事足りる。但し同じプロフィールでないとあまり良くない。面倒だが資料を調べてみるがコンティネンタルの商品名が思い出せなかった。それでもネットを調べると大体分かった。こうした事務仕事が面倒なのだが、電話が掛かって来た時にファクトを話せる。

ネットで購入するとコンティプレミウムコンタクト5の同じ大きさのものが100ユーロ以下で買える。つまり二本で360ユーロと190ユーロでは大違いだ。取り外しなどの一回の手間を入れてもまだ安くつく。電話が掛かって来たので、先ずは商品名を確認した。その通りだった。「あまりにも高すぎるから自分で調達する」として「先に持ち込もうか」というと、それならば「もう少し走って夏場に取り換えればよい」ということになった。最初からそれならばブレーキディスクの方が高額となるので、要らない心配をしないで良かったのだ。200ユーロの買い物予定と、タイヤ交換時に470ユーロの出費では全く意味が違う。

ヤフー日本を見ていると最年長指揮者の死亡記事が載っていた。スクロヴァチェフスキーというポーランドの指揮者でポップス管弦楽団と合併されたザールランドの放送交響楽団を指揮していた人である。車中で同地のラディオ放送からブルックナーの交響曲を明晰なサウンドで指揮しているのは何回か聞いている。しかし2000年以降になってネット情報が日本からも充分に入ってくるまでは正直全く知らなかった指揮者である。アメリカのミネソタで名を挙げた指揮者で欧州に戻って来るまでは無名だったのだから当然かもしれない。

バイエルンの放送協会の朝の番組で死去に伴うインタヴューが少し流れていた。最も興味深く聞いたのは前の大戦で爆弾が近くで炸裂したために両手を怪我して志望していたピアニストになれなかったことについて、「幸運だった」というところである。理由は技術がそこまで至っていなくて、技術を学ぶことに興味が無かったからだというのである。こうした言い方がまた「ドイツの正直さ」とは異なる「朴訥なポーランド人」らしさである。そして、作曲をしたかったのだが生活が出来ないので経済的理由から指揮者になったというのも面白い。少なくともこのインタヴューからの印象はとてもよい素直さで、同じ程度の指揮者ならば世代は異なるがヤノスキーよりもこちらの方に関心が向く。

ブルックナーとの出会いも六歳の時に窓の外から聞こえてくる七番のアダージョだったと言う。要するにヴァークナーへの葬送曲である。兎に角、ブルックナーを得意にしていたのはこれで分かるのだが、ヤノスキーに比較するとミネソタで死亡したことを見ると欧州でよりも合衆国での方が過ごしやすかった人なのだろう。そうした人がブルックナーなどを得意にしていたというのも面白い。



参照:
再び安全なゴム使用の話 2006-11-26 | 雑感
距離の伸びそうな冬模様 2011-10-25 | 料理
驚愕ラズベリーパイ3 2016-10-22 | テクニック
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by pfaelzerwein | 2017-02-23 19:13 | 雑感 | Trackback

旅行負担の総決算

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買物に出かけると方々で同じような咳が聞こえる。パン屋の奥さんも居なかったので寝込んでいるのだろうか。これほど目立つ流感はここワイン街道では記憶にない。救いは陽が長くなって来ている春の兆しだろうか。ミュンヘンよりはこちらの方が本格的なようだ。体調はまだまだ完璧ではなく寒気がすることが多い。それでも鼻水はもうこれ以上でないと言うほどかんだ。肌が渇いてくるほどに出したつもりだ。

旅行から帰ってきて止めていたバスルームの暖房をそのままにしておいた。すると階下が冷え冷えとした。広い空間の端の方で、薄く暖房をつけておくだけで室内温度が大分異なるようだ。暖房フィンが温まるかどうかという程度なので倹約は充分であるが、バスルームのヒートショックを避けるためだけでなく、ドアを開けておくとこれだけ温度が違うとなると、無理して消しておく必要もないと改めて思った。充分に倹約しているので、それぐらいの暖房は無駄ではないだろう。難しいのは暖かくなってきた時に消してしまう好機を逃すことである。

今回の旅行ではミュンヘンのナイトライフも楽しみにしていた。それぐらいの体調にはなっていたのだが、先ず劇場で食したサーモンなどのカナペーが良くなかった。ダルマイールのケータリングものだから安心していたが、空き腹に直ぐに反応した。胃袋からガスが膨張しだした。下痢となるまでには時間があったが、ガスの溜まり方が尋常ではなく、風船を抱えているようになっていた。カプチーノとエスプレッソを幕間に飲んだ。それでも引けてから向かい側のバーに出かけて、牛グリルのサラダなどを食してビールを二杯飲んだ。価格は深夜営業なので高価で決してお得ではないが、劇場の駐車場から便利で、落ち着くのでそれはそれで許容範囲だ。

腹具合は落ち着いたが、更にガスが溜まったようだった。宿に戻って午前二時まで眠れなかったのは当然である。出すものを出したら楽になり、翌朝からは問題はなかった。空き腹に慣れないものには要注意である。

今回の旅行経費は距離が伸びた分、燃料も約40l増しとなった。但しミュンヘン市内の格安エッソスタンドで満タンにしたので58ユーロで済んだ。リッター13.09は当日の格安で、郊外では13.90だったので、スタンドの親仁が「いい給油をしたね」と言ったのはその通りだった。ホテルの価格は決してお得ではなかったが、お湯を使い放題使ってシャムプーまでした。朝食抜きにして、サーヴィスエリアで水を買い、靴屋の隣のパン屋で朝食のパンを購入したので安くついた。結局その日は帰路のアルゴイのサーヴィスエリアでコーヒーとアッペルシュテューデルを食しただけだった。但しエリアでのオーストリアのアウトバーン通行税ヴィニェッテはカードで買うと1ユーロ増しで10ユーロ越だった。

旅程が定まらなかったので、劇場のティケットは二種類購入して一枚を放棄した。立見席なので二枚で25ユーロだったが、席は決して悪くはなく、指揮台から第二プルトが見える位で、下手な二列目よりも視界も良く、音響も死角になる高弦を除くと悪くはなかった。舞台も必要ならば伸び上がれば切れているところも大分見えた。今まで購入した立見席の中でも前回の真ん中で音響抜群の「マクベス夫人」の時よりも視界は良かったかもしれない。また2014年の「影の無い女」の時と同じで第三幕では最前席の座席に潜り込んだ。こうなるとこれ以上音響の良い席は可成り高価な席である。


写真:ドイツ最高峰ツークシュピッツェ



参照:
苦みの余韻の芸術 2017-02-11 | 音
雪道でツアースキー靴を試す 2017-02-10 | アウトドーア・環境
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by pfaelzerwein | 2017-02-11 23:47 | 雑感 | Trackback

喉を鳴らし書類を置く

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一週間ぶりに身体を動かした。アイスクライミングを逃したこともあるが、やはり疲れもあったのかもしれない。久しぶりに走ると体が重かった。風邪気味で喉が痛み、咳が出ることからも体調充分ではないのだが、その足取りはとても重かった。計測でも知れるが、とても厳しかった。それでも身体を動かすと体調も分かってよい。

走ると今まで感じたことが無いように左の足のくるぶしまでに違和感があった。普段の生活では分からないのだが、爪先立ちで坂を走ると足首から下の違和感を感じたのだ。スキーで捻りなどの運動があって無理が掛かっていたのだろう。次回のスキーツアーに備えてとても良い情報になった。

注文した荷物が届いたので、早速新しい電球を取り付ける。陽は長くなってきたがそれでも冬場のライトは安全上とても大切である。一緒に発注した書類入れは予想通り良かった。流石に事務用品のトップメーカーライツが、恐らく敵対会社を吸収して出した商品だけのことはある。以前から使っていたものからすると何ミリが高くなっていて、重ねても手が入りやすいので使い易い。新しいものを事務机の横に置き、古いものを籠もり部屋に設置しよう。

予想外に良い買い物になったようなのが二枚組のCDである。ワーナーのヴェリタス廉価シリーズなのでてっきりヴァージン録音だと思ったがERATOとWDRの共同制作のようだ。ブクステーデ作曲カンタータ集であるが、これまた想定外にトン・コープマンが至極真面目に音楽をしているようだ。録音自体は1980年代なのだが ― 遠いマイクロフォンでハノーヴァーの北の村の冬の教会の空気がそのまま捉えられていて、あれだけのアンサムブルをこうしたおちょくった方法で敢えて録っている、先頃の記念年には全集録音に取り組んだだけバッハの憧れの作曲家の作品にとても打ち込んでいるようだ。恐らく、バッハのそれ以上に共感するものが多いのだろう。

ドイツのプロテスタンティズムバロックは、バッハファミリーを含めてセバスチャンの前には、嘆きの音程を代表とするような嘆き節に尽きるのだが、この演奏録音では少年合唱を含めてそこが上手に洗練されて表現されていて、恐らくそこがセバスチャンが徒歩旅行でもそれを聞きに行かなければならなかったブクステーデの豊かな音楽性の面目躍如なのだろう。

今回の山小屋で一番良かったのはジャグジーを無料で使えたことであるが、問題があったのは備え付けのサンダルを裸足で履かなければいけなかったことだ。勿論水虫が怖い。帰宅後むずむずして痒さがあったので早速風呂に浸かる前に食用米酢に足を浸けた。それで痒みは止まったので先ずは大丈夫だと思うがもう一度違和感があった繰り返さないといけない。米酢は捨てるほどあるので困らないのだが、冷たい酢で足が凍りそうになった。

カンジタの被害は過去に何度かあって、一番最後は小水に糖が混じって危険域にあったときであるから、十五年ほど前になる。それ以外にはやすやすと裸足で歩き回るようなこともないので被害を被らずにやってきている。歯茎が腫れることなどから免疫力が弱っているので注意しなければいけない。

引き続き喉がガサガサしている。雪山にいる間は歯茎の腫れなどは感じることが全く無かったのだが、帰宅すると午後などには腫れぼったくなることがある。やはり生活習慣とか社会でのストレスなどの影響が大きいのかもしれない。雪山で歯がぐらぐらするようなことが無かっただけでも幸福だろうか。微熱がありそうなので、精をつけてゆっくりと睡眠しようと思うが、中々忙しくて儘ならない。



参照:
まだまだインドーアライフ 2016-03-31 | 生活
不法移民、強制退去の祖父 2016-11-25 | 歴史・時事
笑止千万な旧姓に拘る人々 2014-10-15 | マスメディア批評
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by pfaelzerwein | 2017-02-01 02:49 | 雑感 | Trackback

指向性が良くなるアンテナ

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週末に出かける前の月曜日にアルパイン協会の支部に出かけた。雪崩捜索のピープとゾンデを取りに行くためである。そこにいるのはまだ若い時からクライミングでまたこの数年は一緒にザイルを組むこともある支部長女史である。一昨年はジュラのクライミング合宿で一緒だった。先客の仲間は何を取りに来たのかは知らないがいて、メールで取りに行くことを伝えていた用具担当の仲間はいなかった。それでもメールは回っていたようだった。

早速用具部屋に行く。年初めに雪崩捜索のコースがあってまだ車に詰め込んだまま戻って来ていないというのだ。そこで真新しい新型のピープが差し出され、箱開けとなった。新品であるが、その機種はすでに導入されているので知っている。ただ個人的には今まで使ったことが無かった。アンテナが一本増えて指向性が鋭くなっているので捜索には有利なのだ。先日地震の影響で北イタリアでは雪崩があったが、期間中は本格的な降雪はなさそうで寧ろ雪不足が危惧される。目的地のダヴォース周辺は谷でも零下12度ほどになっていてスイスがこれ程冷えているのは珍しい。

ダヴォースといえば先日までは国際シムポジウムが開かれていて中共の習主席などがトラムプ大統領の保護政策に警告していた。政治家の発言はともかく嘗ては世界の経済エリートが集うところとしてその発言などが注目されたが今はそこでの声明に関心をもって耳を傾けるものがいなくなっているという。それは世界経済の為に良いことなどは決して話されないという懐疑の方が強くなっているからであると新聞にあった。

フランクフルターアルゲマイネ新聞といえば、先日日本のサイトでこの13日に元政治編集者が急死したとあって、CIAに狙われていたようなことが暗示してあった。新聞出は気が付かなかったので調べてみるとなるほど昔TVなどにも出ていた人で、その後は所謂陰謀論本を売っていた人のようだ。安倍首相の奥さんのように秘境的と呼ばれる人たちである。丁度一年前にPEGIDAで演説しているから反イスラム本の著者としては当然だろう。写真を見れば既に肥満しており、その肥満を招いたのはマクドナルドを使ったCIAだったのだろうか?



参照:
スキーツアーの寒冷対策 2017-01-20 | ワイン
陰謀論を憚らない人々 2016-03-29 | 暦
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by pfaelzerwein | 2017-01-23 15:00 | 雑感 | Trackback