カテゴリ:音( 149 )

鼓動を感じるネオロココ趣味

承前)高揚感の中で目覚めた。このままでは血圧が上がっていけない。早速パン屋に出かけ、峠まで走って下りてきた。準備体操をして走り出すと、悲愴交響曲のファゴットが鳴り響く。何時も馴染みのダニエル・ダミアーノの素晴らしい響きである。そして先日指摘した力任せのヴィオラ陣の力を抜いた運弓の音の深みが広がる。謂わば硬いワインではなく、こなれた熟成したワインの深みである。正直、ここまで抜けてしまうと、これはどうなるだろうかと思ったのだった。そしてアレグロノントロッポへのリテヌートからの主題の提示がとてもうまく運び、そのあとの聞いたことのない盛り上がりが、第二主題へと流れていく、美しさが際立つ。そしてクラリネットの郷愁を呼ぶ歌声からアタック厳しく展開部へ、そして警句的な金管の鋭いパルス ― 第五交響曲のボン公演でのそれを思い出した。テムポ運びもしなやかにそしてコラール。

同行の仕事仲間のヴァイオリニストがその合奏ぶりにいたく感心していた二楽章の五拍子のヴァルツァーが響き出す。当日のオリエンティールングで取り上げられた、サロンの笑い声の第二動機部を殆んど人の声のように奏する弦楽合奏。これ程実体感のある擬音をリヒャルト・シュトラウスは書けているだろうか?そしてトリオ主題の動機連結。

カーヴを超えて走り続けるが、なぜかどうしても三楽章のマーチの主題が出てこない。視覚的に楽譜を頭の中で捲ろうとするのだが、なぜかヴァルツァーの一二三、一二の一二から再び第一楽章の展開部へと巻き戻ししてしまうのである。先日までは走り出すと流れてきたあのマーチはどこに行った。八分の十二拍子がマーチになることもタランテラでの細かな音型もある程度頭に浮かぶ、それでも無理してでも歩調を整えないとあのマーチが出てこない。そして一楽章の主題に、その一二の刻みから漸くマーチ主題に入れた。何と鋭い刻みだろう。そしてクライマックスへと、会場の聴衆の心拍数を上げ、血圧を上げさせる ― あのボンでの公演を再び彷彿させる追い込みだ。最後には、ペトレンコ指揮「悲愴交響曲」としての二度目の正直が三度目になるか、つまり拍手が鳴るのか鳴らないかが気になって更に心臓がどきどきしてきたのだった。そして二回目に成功した時のように両腕を広げたまま心臓の鼓動に耳を澄まさせる ― 会場では嗚咽のような溜息が漏れ聞こえる。

その心臓の鼓動の響きに、そのままから振り下ろされる指揮棒で、まるで心の真空地帯に吸い込まれるように第一主題が紡がれるのである、そして第二主題へと慰めへと、しかしまだまだ鼓動は収まらない。生きているのだ。当然のことながら、葬送のトロンボーンが鳴ろうともそれを私たちは耳にしている実態がある。だから死のピチカートで終わるとは限らない。この交響曲は、そうしたキリル・ペトレンコに言わせれば、典型的な白鳥の歌ということになる。

峠から下りには、四楽章の主題が流れて胸をうった。心臓の鼓動が中々収まらないが、無理して急ぐ必要はない。嘗て、吉田秀和が「魔笛」の音楽を称して悲しいのか何かわからないが涙が流れると書いたが ― ああ、彼の小林の道頓堀のモーツァルトの焼き直しだ ―、まさしく当日のオリエンティーリングにあったようにこの曲は19世紀におけるネオロココ趣味のそれもフランス文化の影響を受けた美学に立脚した創作であり、敢えて言えばこの終楽章のラメントーソもそうした美学に裏打ちされている。要するに19世紀の自然主義的なブルックナーなどの交響曲とは世界が違うということになる。峠から下りて来て34分35秒、勿論全曲短縮版であった、そして心の汗で全身がびっしょりになっていた。これをカタリシスというのが正しいのか、それとも。(続く



参照:
あれやこれやと昂る気分 2017-04-09 | 雑感
漸く時差ボケから解放される 2017-04-08 | 暦
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by pfaelzerwein | 2017-04-09 19:35 | | Trackback

ギリギリの悲愴交響曲

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承前)悲愴交響曲である。予想以上に難しかった。動機の扱い方と曲の構成との関係から運弓指示などのアーティキュレーションなどが係っているからだろう。この曲に関しては、土曜日の本番で体験してから改めて纏めたいと思うが、23日の演奏から分かったことだけでもメモしておかなければいけないだろう。先ずはテムポだが、メトロノームで数えてはいないが、第二楽章のヴァルツァーなどを聞くと、もう少し第一楽章と第三楽章を早く出来るのではないかと思った。

なるほどベルリンのフィルハーモニカ―は、第一楽章主題のヴィオラでの提示などでとても力強い響きで奏でていて、これは断然の特徴であろう。特にこの交響曲においてファゴットやクラリネットの低音部と弦楽、管と弦の掛け合いなどがとても重要な要素となっているから尚更だ。

現在のロシアの交響楽団でも木管や金管の機能的な問題は甚だ多いが、ムラヴィンスキー指揮のレニングラード管弦楽団の演奏などを聞くと芸術以前の響きとなっていて、ヴィーナーフィルハーモニカ―のオーボエを笑える程度ではない。要するにハイカルチュア―の音楽芸術としては楽器が鳴っておらず、今やどこの軍楽隊でもこれよりはマシなのではないだろうかと思わせる。

流石にフィルハーモニカ―の管も健闘していて、座付き管弦楽団とは異なりとても機能的であるが、その響きには嘗てのように特別な響きが無い。しかしながら弦との掛け合いやそのバランスという意味では、今回の演奏で大きな課題が突き付けられた形となっている ― 恐らく、次期監督の狙いとしては早めにこうした課題を明確にすることで、2019年までに底上げできるような指標を示す意図もあったのだろうか?賢明なフィルハーモニカ―であるから、指針さえ示されれば自らが改革していくことが可能ということなのだろう。だから今回の練習は鉄のカーテンの裏側で行われたというのも理解できる。それ故に22日は奏者の緊張のためにフィルハーモニカ―らしからぬアンサムブルの出来だったと想像可能だ。

第三楽章のスケルツォにしても主兵の管弦楽団ならばと思うところは少なくなく ― キリル・ペトレンコは客演としてここでも可成り安全運転をしている、しかし何よりも第一楽章の展開部が数年後にはどのように響くべきかは今回の演奏でよく分かった。週末も同じようなメムバーが乗るとすれば学習効果は出ないこともないかもしれない。とても楽しみである。勿論会場のアコーステックも異なるので、基本テムポに影響する。(続く

フィルハーモニカ―は、今秋東京公演をするというが、次回は少なくとも2021年まではないだろう。そしてペトレンコ音楽監督の日本でのオペラ公演も今回が最初で最後になるかもしれない。あり得るとすれば、バーデン・バーデン祝祭劇場が力をつけて引っ越し公演という場合ではなかろうか。まだまだ三万円ぐらいの席が入手出来るとなると都民が羨ましい。フローリアン・フォークトはダブルキャストとなっていて、最後のコンサートに掛けて訪日するようで、嘗ての初日云々というようなシリーズとはなっていないようだ。中二日、三日? ― ネット情報はダブルキャストが消されてしまっている、理由は分からないが、東京から苦情が入ったのだろうか?私なら歌手などどちらでもよいと言いたい。声が強ければ、スケデュールさえ調整すれば全部歌えるのだろう。



参照:
Tchaikovsky: Symphony No. 6 "Pathétique" / Petrenko · Berliner Philharmoniker YouTube
Ich war noch nie in Japan. Das ist.. 2017-04-03 | 暦
もう一つの第六交響曲 2017-04-01 | 音
ハフナー交響曲を想う 2017-03-28 | 音
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by pfaelzerwein | 2017-04-05 17:25 | | Trackback

もう一つの第六交響曲

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もう一つの第六交響曲のお勉強を始めた。グスタフ・マーラーの悲劇的と呼ばれる交響曲である。バーデン・バーデンでは、キリル・ペトレンコ指揮の悲愴交響曲の翌日、サイモン・ラトル指揮で演奏される。この曲は、ベートーヴェンやシューベルト、チャイコフスキーなどと並んで第六番とされるものだろう。交響曲作家グスタフ・マーラーの最も完成された作曲としてもこの一曲は欠かせない。そのような訳で、他の六番に比較すると実演でも何度も体験している。

そこでデジタルコンサートから、2011年にラトル指揮で演奏されたものをダウンロードした。二楽章に緩徐楽章を演奏していて、最新の楽譜を使っているようだ。そのためか手元にあるオイレンブルク社のポケットスコア―にはないことがなされている。特にリタルタンドの指定などは早めにかけるにしてもその必然性などはよく分からない。この指揮者が準備して演奏している限り、何らかの示唆が新版にはあるのだろう。

全体の印象としては、テムポの設定が全く今までと異なる。そうして初めて、この二楽章と三楽章の入れ替えが違和感なく合理的に響くのは確かなようだ。この版の演奏では、ミヒャエル・ギーレン指揮SWF放送管弦楽団のザルツブルクでの演奏が一部では評価が高かったが、このベルリンでの演奏を聴くととても比較できないと思った。何よりも、校訂楽譜にどのような指示があるかは知らないが、そのテムポ配分が素晴らしく、ギーレン指揮のそれとは大分印象が異なる。それでも、共通しているのは、今までは早めのテムポで音響として鳴らされていた密に書き込まれている部分が、遅めのテムポで演奏されることで対位法的な枠組みの中での音程通しの引力・斥力を感じさせるところだろう。そのような力感覚はこの曲の有名な一楽章の第二主題などにも感じられていた訳で、シェーンベルクの初期作品での無重力感に繋がっていたことは皆認識していた。しかしこうして演奏されることで、嘗てのベートーヴェン的な動機の作曲技法以上に、なぜ新ヴィーン楽派にこの曲が直接の影響を与えたかがより実感されるようになった。

そしてラトルは、この曲の前にアルバン・ベルク作曲三つの作品を演奏しており、遅めのテムポのこの交響曲とベルクの曲で正味二時間に迫ろうというコンサートになっている。流石にバーデン・バーデンでは一曲上演となっているが、この2011年の演奏会はラトル監督時代の代表的な演奏会だったに違いない。まだ一週間ほど時間があるのでもう少し調べてみたいが、この交響曲の二楽章三楽章とその演奏形態などがどこでどのように変遷してきたのかなどもとても興味あることとなった。少なくとも、このラトル指揮の演奏実践は、細かなアゴーギクの必然性を除いては、とても説得力がある。

そこでどうしても思い出すのが、2014年12月に予定されたこの交響曲の演奏会をズル休みしたキリル・ペトレンコのことである。一体どの版で演奏するつもりだったのだろうか?こうした演奏を目の辺りにすると、違和感どころか中々以前の版には戻れない。しかし同時に、一客演指揮者として、決定的な楽曲解釈を演奏実践として示すのは決して容易ではなかったであろうと想像するのである。



参照:
デジタル演奏会の品定め 2016-09-21 | マスメディア批評
二十世紀を代表する交響曲 2015-03-24 | 音
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by pfaelzerwein | 2017-03-31 22:01 | | Trackback

ハフナー交響曲を想う

目覚ましはいつの間にか夏時間に変更されていた。しかし比較的新しい壁時計はまだ冬時間の儘だ。いつになったら変わるのだろう?電波が上手く届いていないのだろう。もう一日変わらなかったら、取り外してバルコンに持ち出してやろうか。

先週のベルリンからの放送録音を聞いた。次期音楽監督キリル・ペトレンコが五年ぶりにフィルハーモニカ―を振る演奏会の二日目である。第一印象は、交響楽団が編成を切り詰めて大ホールで演奏する、牛刀割鶏の如くの問題の多いモーツァルトのハフナー交響曲が殊の外上手くいっていたことだ ― 前日は楽員の緊張のため大分ホルンなどに乱れがあったということである。

第一楽章アレグロコンスプリトーソでのファゴットとフルートと弦の上昇音型のバランスなども見事であり、また主題がニ短調へと、展開への八分音の休止が一息置かれて大きな効果を上げていた。新聞評などはこうしたことを含めて可成り視覚的と言及するが、こうした近代的な管弦楽でモーツァルトを演奏する場合、結局譜面の深読みしかないのではなかろうか?

なるほどカール・ベーム指揮ベルリナーフィハーモニカ―の録音はそうした演奏形態での歴史的な頂点であったろうが、自らモーツァルト指揮者では無いと自認するキリル・ペトレンコ指揮でモーツァルトの交響曲形態があからさまにされることは喜びである。アーノンクール指揮などの演奏を楽譜を前に聴くとその演奏の出来に失望しないまでも、天才作曲家の交響曲としての価値の再認識までには至らない。その意味からもメヌエット楽章トリオでのクレッシェンド指示の弾かせ方も中庸なものとして、明らかに表現すべき主体がそこに如実に表れていると感じられる ― 正しくそこがサウンド的なものだけではなくて、古楽器演奏でも如何にアマデウスの創作意思に迫れるかということでしかない。

コーミシェオパーにおいての連続上演でも批判もあり、ミュンヘンでただ一つ大成功となっていないモーツァルトのオペラセーリア「ティートスの寛容」の演奏実践であるが、敢えてここで選曲されたのも、既に分かっている2019年夏のザルツブルクデビューやルツェルンへの客演を先行したものだというのは理解できる ― するとバーデンバーデンと同様に2018年はまだ客演指揮者が振るということである。サイモン・ラトルにおけるハイドンの交響曲までの意味は持たないとしても、モーツァルトの交響曲が、少なくとも選りすぐりの交響曲が次期監督の指揮で演奏されて、現代のモーツァルト演奏実践を代表することになるともいえよう。するとミュンヘンでもモーツァルトのオペラ公演が2020年までに取り上げられる可能性も高い。

二曲目のアダムスの曲に関しては、なぜ現監督サイモン・ラトルがこの作曲家を取り上げることにしたのかは一向に分からないと改めて思わせた。なるほどラトルは武満作品を頻繁に取り上げていて、それと比較してということになるのだろう。指揮者の選曲としてはまあまあ聞かせどころを用意したということでもあろうか。客演指揮者としてのレパートリーとしてはまずまずだろう。

お待ちかねの悲愴交響曲に関しては、新聞評などでは ― 恐らく初日のものが多いのだろうが ―、予想通り充分にフィルハーモニカ―が演奏出来ていないことが指摘されていて、放送のものはそれよりはよくはなっているのだろうが、まだまだミュンヘンの座付きのようには上手くいっていないのは明らかだ。それ故ではないだろうが、ミュンヘンから座付きのソロオーボイストのグヴァンゼルダチェがエキストラとして入っており、アカデミーの助っ人は完全締め出されたと書かれている。それだけでなく、通常は練習会場に楽員は入れるのだが、特別の身分証明書を出してそれが無いと入室も出来ないようにしてあったと書いてある。

座付き管弦楽団ではないので、そもそもの目標とされる程度が全く異なるのは当然としても、最初からとても高い実践が求められていればこそ、ミュンヘンで行ったようにまたバイロイトでもあったように本格的に要求に応えられるようになるには何回もの演奏会が繰り返されなければならないのは周知の事実である。少なくとも今回のプログラムで、バーデン・バーデンではもっと上手くいくようにと期待したいところは幾つも散見されるのである。(続く



参照:
時間が無くて焦る日々 2017-03-23 | 生活
否応なしの動機付け 2017-03-19 | 生活
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by pfaelzerwein | 2017-03-27 23:44 | | Trackback

モティ―フという動機づけ

「音名」の朝のラディオの一週間の二日目は、ジャン・パプテスト・リュリから始まってブラームス、レーガーへと話が流れた。ブラームスのFAEはよく知られており、レーガーの話は曲に興味がある人はそれほど多くはない。リュリに関しては、ルイ14世のバレーの話があって、15歳の時の太陽の役がその後の太陽王を決定づけたというとで、全く知らなかった。当然ながら音名はSoleilのSolでソである。リュリのオペラもマルク・ミンコスキー指揮で上演録音されてそれ以降十年ほどの間に安売りのフランスバロックオペラ全曲録音を大分集めたが殆んどはラモーのオペラである。それでも太陽王へのリュリの作品の明晰な響きには適わない ― そのあまりの明晰さこそが芸術作品として批判される。

このシリーズの音名がなぜ興味深いかというと、それはやはり創作依頼者や献呈者へのおべっか使いというのを超えて、なによりも創作の動機つけとしてのそれになっているということであり、まさしく基本音型はモティーフと呼ばれて、モティヴェーションとなっている。漢字でも動機と動機付けがそのまま当てはめられている所以である。

創作に関わる人は皆同じように考える訳で、依頼や機会があればそこからテーマを絞ってそれを動機として創作にあたり、それを如何に作品にするかということに技量が注がれる。作曲の場合も全く同じであって、なるほどその動機がなによりも先行していたり、本歌取りであったとしても、そこから如何に芸術を編み出していくかが問われる。その綴り方の方法がスタイルとか呼ばれるものなのだが、最終的には出来上がりが問われたり、その提供の仕方が問われるものなのである。

そして出来上がりは、陶器や道具などの場合は使い易さや使い心地が問われるのと同じように、作曲も出来上がりを吟味できる筈なのだが、少なくとも特別な教育や経験がないと楽譜を見ただけで判断するのは難しい。それどころか演奏されてその出来を吟味することすらも通でなければなかなか難しいのである。

そのような事情もあってリュリの音楽に対する現代への影響は限定的なものであり、それどころかイタリアのモンテヴェルディのバロックオペラとは異なり、バロック音楽における偽ギリシャ古典主義のような精神もあまり顧みられることはないのである。それ故にこうした動機づけから出来上がりまでの工程を追っていくことで初めて分かる芸術的な価値があることも間違いない。

最近は段数の多い楽譜に目を通すことが多くなった。ベルリンのフィルハーモニカ―のバーダー氏が天才指揮者キリル・ペトレンコに「一体どのようにしてサウンドを楽譜から思い描くの?ピアノ?」と疑問をぶつけていたが、我々が真面に音が描けないのは当然である。なるほど室内楽などである程度楽器に馴染みがあればたとえそれが移調楽器だとしても音は描けるだろう。安物のキーボードを買おうと思う。

二オクターヴあれば充分だ。但し、手元に古いローランドのMIDI入出力のシンセサイザーとATARIのコムピューターもあるので、USB-MIDI変換ケーブルで繋げれば可能性が膨らむ。とは言っても基本は音を鳴らしてみるだけの用途なので、ノートブックで簡単な音が出せたらいいだけなのだ。



参照:
海原にそよぐ潮風のよう 2017-03-02 | ワイン
最後の四半期の落穂拾い 2011-10-09 | 暦
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by pfaelzerwein | 2017-03-03 23:50 | | Trackback

バイロイト音楽祭ネット予約

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バイロイト音楽祭のネット予約を試みた。興味本位の試みであるが、流石に狙っていた初日のチケットは無く、それどころか新演出の「マイスタージンガー」は六回とも売り切れていた。すると興味あるのは格安ティケットであるが、一番安いのは150ユーロの「トリスタン」の一回目があった。これが「パルシファル」なら購入していたが、カタリーナ演出と初代音楽監督の公演では高価過ぎる。「パルシファル」の方も200ユーロを超えていたので駄目だった。それを購入するぐらいなら先に安いのを発注しておけば買えたかもしれない。一番人気は新演出、二番人気は二年目の「パルシファル」、三番人気は「トリスタン」で、2013年以来の「指輪」はなかなか完売しそうにない。

「トリスタン」や「指輪」などはそれどころか王のロージェの最前列を何枚も購入出来て、スポンサーなどの招待にもキープしてあるのだろう。受ける人がいないとなると幾らでも空いているようだ。価格も280ユーロぐらいなので東京で引っ越し公演の席よりも安いのだろう。だからバルコンの最前列の150ユーロは出し物さえ良ければお買い得だと思った。

それでも三時間ほど経つうちに「ヴァルキューレ」ばら売りも含めて、四部作「指輪」を除いては売れて行ったので、転売目的の購入もあるのかもしれない。毎年のように出かける人は新しい演出から購入していくので、また一年目はそうした枠があるので中々券が入手しにくいのは変わらないであろう。昔から三年目ぐらいに録画取りなどもあって、演出も音楽も整ってくるので質が高いと言われたがそうした伝統も壊されてしまったので、益々売券が難しくなってくるかもしれない。

ネットを探していたら、2015年バイロイトの「ヴァルキューレ」の比較的質の良い録音がYOUTUBEに出ていた。昨年亡くなったヨハン・ボータを偲ぶメディアとして出ていて、都合16分も聞ける。この年は当初録画が計画されていたのである程度残るものとして準備されていて、今一つ上手くいっていなかった「ヴァルキューレ」では特に成功していた。2014年にも「死なねばいけないのか」とジークムントが宣告される景は充分に効果を挙げていたが、恐らく死の病におかれていた歌手の歌は更に打たれるものかもしれない。

バイロイトの合唱団員として見込まれてトップソリストまでにのぼりつめた歌手であったが、2014年にも完全にぼてが入っていて年齢の割には動きも悪く不健康な感じがしたのも事実で、体ほどの声の威力は感じなかった。寧ろここの場面の切実な歌が深く記憶に残っている。


4. Szene Akt2


(Brünnhilde, ihr Roß am Zaume geleitend, tritt aus der Höhle und schreitet langsam und feierlich nach vorne. Sie hält an und betrachtet Siegmund von fern. Sie schreitet wieder langsam vor. Sie hält in größerer Nähe an. Sie trägt Schild und Speer in der einen Hand, lehnt sich mit der andern an den Hals des Rosses und betrachtet so mit ernster Miene Siegmund) 

Schicksals-M. 
Todesklage-M. 
Walhall-M. 

Brünnhilde:
Siegmund! Sieh auf mich!
Ich bin’s, der bald du folgst.

Siegmund:
(richtet den Blick zu ihr auf) 
Wer bist du, sag’,

Todesklage-M. 

die so schön und ernst mir erscheint?

Brünnhilde:

Nur Todgeweihten taugt mein Anblick;

Schicksals-M. 

wer mich erschaut, der scheidet vom Lebenslicht.
Auf der Walstatt allein erschein’ ich Edlen:

Walhall-M. 

wer mich gewahrt, zur Wal kor ich ihn mir!

Siegmund:
(blickt ihr lange forschend und fest in das Auge, senkt dann sinnend das Haupt und wendet sich endlich mit feierlichem Ernste wieder zu ihr.)

Schicksals-M. 

Der dir nun folgt, wohin führst du den Helden?

Todesklage-M. 

Brünnhilde:
Zu Walvater, der dich gewählt,

Walhall-M. 

führ’ ich dich: nach Walhall folgst du mir.

Siegmund:
In Walhalls Saal Walvater find’ ich allein?

Todesklage-M. 

Brünnhilde:
Gefallner Helden hehre Schar

Walhall-M. 

umfängt dich hold mit hoch-heiligem Gruß.

Walküren-M. 

Siegmund:
Fänd’ ich in Walhall Wälse, den eignen Vater?

Todesklage-M. 

Brünnhilde:
Den Vater findet der Wälsung dort.

Walhall-M. 

Siegmund:
Grüßt mich in Walhall froh eine Frau?

Todesklage-M. 

Brünnhilde:
Wunschmädchen walten dort hehr:

Freia-M. 
Walküren-M. 

Wotans Tochter reicht dir traulich den Trank!

Walhall-M. 

Siegmund:
Hehr bist du,
und heilig gewahr’ ich das Wotanskind:
doch eines sag’ mir, du Ew’ge!
Begleitet den Bruder die bräutliche Schwester?

Todesklage-M. 

Umfängt Siegmund Sieglinde dort?

Brünnhilde:
Erdenluft muß sie noch atmen:
Sieglinde sieht Siegmund dort nicht!

Siegmund:
(neigt sich sanft über Sieglinde, küßt sie leise auf die Stirn und wendet sich ruhig wieder zu Brünnhilde.)

Liebes-M. 

So grüße mir Walhall, grüße mir Wotan,

Walhall-M. 

grüße mir Wälse und alle Helden,
grüß’ auch die holden Wunschesmädchen: –

Freia-M. 

(sehr bestimmt) 
zu ihnen folg’ ich dir nicht.

Schicksals-M. 

Brünnhilde:
Du sahest der Walküre sehrenden Blick:

Todesklage-M. 

mit ihr mußt du nun ziehn!

Schicksals-M. 

Siegmund:
Wo Sieglinde lebt in Lust und Leid,
da will Siegmund auch säumen:
noch machte dein Blick nicht mich erbleichen:
vom Bleiben zwingt er mich nie.

Schicksals-M. 

Brünnhilde:
Solang du lebst, zwäng’ dich wohl nichts:
doch zwingt dich Toren der Tod:

Todesklage-M. 

ihn dir zu künden kam ich her.

Siegmund:
Wo wäre der Held, dem heut’ ich fiel?

Brünnhilde:
Hunding fällt dich im Streit.

Schicksals-M. 

Siegmund:
Mit Stärkrem drohe,
als Hundings Streichen!
Lauerst du hier lüstern auf Wal,
jenen kiese zum Fang:
ich denk ihn zu fällen im Kampf!

Schicksals-M. 

Brünnhilde:
(den Kopf schüttelnd) 
Dir, Wälsung – höre mich wohl:
dir ward das Los gekiest.

Siegmund:
Kennst du dies Schwert?
Der mir es schuf, beschied mir Sieg:

Schwert-M. 

deinem Drohen trotz’ ich mit ihm!

Brünnhilde:
(mit stark erhobener Stimme) 
Der dir es schuf, beschied dir jetzt Tod:
seine Tugend nimmt er dem Schwert!

Siegmund:
(heftig) 
Schweig, und schrecke die Schlummernde nicht!
(Er beugt sich mit hervorbrechendem Schmerze zärtlich über Sieglinde.) 

Geschwisterliebe-M. 

Weh! Weh! Süßestes Weib!
Du traurigste aller Getreuen!
Gegen dich wütet in Waffen die Welt:
und ich, dem du einzig vertraut,
für den du ihr einzig getrotzt,
mit meinem Schutz nicht soll ich dich schirmen,
die Kühne verraten im Kampf?
Ha, Schande ihm, der das Schwert mir schuf,
beschied er mir Schimpf für Sieg!
Muß ich denn fallen, nicht fahr’ ich nach Walhall:
Hella halte mich fest!

(Er neigt sich tief zu Sieglinde) 

Brünnhilde:
(erschüttert) 

So wenig achtest du ewige Wonne?

Schicksals-M. 

(zögernd und zurückhaltend) 

Alles wär’ dir das arme Weib,
das müd’ und harmvoll matt von dem Schoße dir hängt?
Nichts sonst hieltest du hehr?

Siegmund:
(bitter zu ihr aufblickend) 

So jung und schön erschimmerst du mir:

Todesklage-M. 

doch wie kalt und hart erkennt dich mein Herz!
Kannst du nur höhnen, so hebe dich fort,
du arge, fühllose Maid!
Doch mußt du dich weiden an meinem Weh’,

Todesklage-M. 

mein Leiden letze dich denn;
meine Not labe dein neidvolles Herz:
nur von Walhalls spröden Wonnen
sprich du wahrlich mir nicht!

Brünnhilde:
Ich sehe die Not, die das Herz dir zernagt,

Todesklage-M. 

ich fühle des Helden heiligen Harm –
Siegmund, befiehl mir dein Weib:
mein Schutz umfange sie fest!

Siegmund:
Kein andrer als ich soll die Reine lebend berühren:
verfiel ich dem Tod, die Betäubte töt’ ich zuvor!

Brünnhilde:
(in wachsender Ergriffenheit) 
Wälsung! Rasender! Hör’ meinen Rat:
befiehl mir dein Weib um des Pfandes willen,

Liebes-M. 
Entsagungs-M. 

das wonnig von dir es empfing!

Siegmund:
(sein Schwert ziehend) 

Dies Schwert, das dem Treuen ein Trugvoller schuf;
dies Schwert, das feig vor dem Feind mich verrät:
frommt es nicht gegen den Feind,
so fromm’ es denn wider den Freund! –

(Er zückt das Schwert auf Sieglinde) 

Schwert-M. 

Zwei Leben lachen dir hier:
nimm sie, Notung, neidischer Stahl!
Nimm sie mit einem Streich!

Brünnhilde:
(im heftigsten Sturme des Mitgefühls) 
Halt’ ein Wälsung! Höre mein Wort!
Sieglinde lebe – und Siegmund lebe mit ihr!
Beschlossen ist’s; das Schlachtlos wend’ ich:
dir, Siegmund, schaff’ ich Segen und Sieg!
(Man hört aus dem fernen Hintergrunde Hornrufe erschallen) 
Hörst du den Ruf? Nun rüste dich, Held!
Traue dem Schwert und schwing’ es getrost:
treu hält dir die Wehr,
wie die Walküre treu dich schützt!
Leb’ wohl, Siegmund, seligster Held!
Auf der Walstatt seh’ ich dich wieder!

(Sie stürmt fort und verschwindet mit dem Rosse rechts in einer Seitenschlucht. Siegmund blickt ihr freudig und erhoben nach. Die Bühne hat sich allmählich verfinstert; schwere Gewitterwolken senken sich auf den Hintergrund herab und hüllen die Gebirgswände, die Schlucht und das erhöhte Bergjoch nach und nach gänzlich ein) 

Geschwisterliebe-M. 



参照:
創作の時をなぞる面白み 2015-08-11 | 音
若い仲間たちへのエレジー 2015-08-09 | 雑感
意味ある大喝采の意味 2014-08-06 | 文化一般
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by pfaelzerwein | 2017-02-13 21:04 | | Trackback

苦みの余韻の芸術

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リヒャルト・シュトラウス作曲「ばらの騎士」観劇は思いがけない価値があった。今まで実演のオペラとしてザルツブルクとバーデンバーデンで、其々ヴィ-ンのアンサムブルとベルリンのフィルハーモニカ―公演で体験しており、その他もサイレント映画などでも観ている。しかし、初演当時にドレスデンへの臨時列車を運行するほどの人気に匹敵する芸術的な価値にまでは思いが至らなかった。恐らく時代の雰囲気とか環境にその齟齬感の起因を無意識に求めるしかなかった。

当夜の公演も女声三人の二人が変わっており、マルシャリンは代役が、朝起きたら声が出なくなったゾフィー役は陰で代役に歌って貰うという舞台であったが、そのオットー・シェンクの演出に初めて感動した。何度も映像で見ている筈だが、細部の演劇指導も異なるのか素晴らしい場面が幾つかあった。帰宅後調べてみると1974年に東京でもクライバーの指揮で上演されていて、柴田南雄は案の定批判していて、その前にミュンヘンで体験したクライバー指揮の古い演出の方がよかったと書いている。東京では濃厚でやり過ぎの演出だとなるが、古い方の演出では管弦楽はあの酔っ払いの指揮だった筈だ。

ペトレンコ指揮では第一幕冒頭のテムポも早く、木管のパッセージも音を充分に制御できずにホルンの吹き上がりのエクスタシー以前に、既に音が弾けてしまっていた。なるほど幕が開いて二人はベットで戯れているのだが、「マクベス夫人」の真っ只中とは異なって余韻のようなものである。柴田の語るものとの相違が既にここにあり、ホルンの吹き上がりは暗示程度に抑えられている。その後の展開もテムポの変化にメリハリがつけられていて、早いパッセージは早く、遅いところはとても快適なテムポとなるころにやっと落ち着いて来る。座付き管弦楽団への要求としてはとても高く、来年までに何とかなるぐらいの目標であろう。そこでベルリンの楽団の演奏と比較するのも間違っており、またマゼール指揮のヴィ-ンのそれではとても上手に解決していたように記憶する。この点に関してはペトレンコ指揮は容赦が無く、ヴァークナーの演奏でも回数を重ねないと音が飛び跳ねるような危険があるのだ。

それにしてもオックス男爵の場面においても、「神々の黄昏」のギービッフンゲン家のパロディーを示唆したり、「アリアドネ」に繋がる当時の作曲家の書法がとても上手に出ていると感じさせるのは正しいテムポが室内楽的な書法を綺麗に響かしているからに違いない。要するに厚塗りすればするほど訳が分からなくなる音楽と声楽の絡みがとても上手に再現されていたことには違いないのである。

マルシャリンとオクタビアンの幕終わりの場面は殊の外素晴らしかった。「真夜中に目が覚めて」のところで、チェレスタの時報に続いてトロムボーンがピアノで変ロ調の中抜け和音が印象的に響いた ― 気になったのでクライバーのそれを比べるとpが音量として解釈されているようでしっかり響いていなかったのに対して、ベームの録音では正しいpが発声されていた。そこからリタルタンドを挟んでの展開まで、全くキッチュさとは無縁で、その点ではベームのそれと双璧だが、声との絡みではリズムが柔軟なだけに遥かにスムーズであり、硬軟の転換が鮮やかでとても音楽的だった。再度ベームのドレスデンでの録音を比較すると、マルシャリンが全くもってヨーデルを歌い、その前にオックス役のクルト・ベーメが全くヴィーン訛りで歌っていることと合わせて、指揮者がプロデューサーと共に意識してオーストリア風を表現している。

第二幕においては銀の薔薇を携えてのオクタビアンの登場が少女漫画的な情景となるのであるが、ここがキッチュな情景とならないためには正しいテムポ運びが肝心であるということだろう。そしてそこから続くゾフィーと薔薇の使者との場面が銀細工のようなとても細やかな多感な音楽であることを初めて気が付かされた。正しく高品質な音楽芸術なのだ。

そして薔薇の使者がオックス男爵に剣を抜く場面となるのであるが、その後のヴィーナーヴァルツァーの場面におけるパロディーが見事だった。オックス男爵の歌がここまでハーブに響いたことがあるだろうか?カール・ベーム指揮の録音でもそこまでは至っていないので、我々は作曲家本人のそれを想像するしかないのである。管弦楽の書法の響かせ方にしてもペトレンコ指揮に最も近いのはシュトラウス自作自演指揮ではないかと思う。その技巧化され、外されたヴィーナーヴァルツァーの綾が苦みを含んだ響きへと変わっていくところの妙、これが今まで充分に聞き取れなかった。管弦楽の書法の綾である。リズムの精査でもある。まさにサイモン・ラトルが語った「気が狂うほどの和声の精緻さ」となる。

第三幕は、前半の男爵が起こすスキャンダルと後半の三重唱へ連なる場面との対照となるが、前半での和声の進行に当時の作曲事情にも思いを馳せ、後半は当然ながらこの作品における今までの書法の決算となる。歌われるということに関してもその管弦楽と相まって明白になるところである。要するに正しく歌い、それが演奏されることによって作曲家が目指した楽劇の姿が示される。その演奏実践が精緻であれば精緻なほど正しくその真意が伝わることになる ― なるほど幕前の休憩時に常連らしき三人のおばさんたちが話していたが。「ペトレンコにテクストのそれまでは求められない」と一人が語ったのでこちらも少し反応したようだ。つまり、作曲家が目指した言葉が聞き取れる歌唱ということになる。逆にそれならば、テロップ無しでそれが出来たのはいつ頃のどのようなアンサムブルかとなる。指揮者では一番近いところではベームやカイルベルト指揮となるのかもしれないが、少なくともそれでも戦前とは全く違うだろう。今回の代役のマルシャリンは北ドイツで活躍して日本の二国劇場でも歌っているミシャエラ・カウネという人であったが ― ポートレートの写真は見た覚えがあり、バッハか何かを歌っていたのか? ―、リハーサルを充分できていなかったにしても、ハンディーを差し引きすれば十二分の出来だった。あれだけ明瞭ならば問題が無いばかりか、演技指導もしっかりと身に着けていて特に第一幕では感動させた。ゾフィーが口パクの幕切れとなったので、マルシャリンの歌でほぼ終結を迎える ― 「最後の四つの歌」の声と管弦楽が織りなすアンサムブルを思い浮かべればよい。そしてそれに続くデュオにてこれまた当然ながら第一幕における低声部の「夢の気配」が伏線となっていて、ここでは「まるで夢のよう」へとそのリズムが変容されている。

ここでヨーデルの寂寥感、ヴィーナーヴァルツァーからコラールへのセマンティックな展開を考慮すると、カール・ベーム博士の見識は正しいとなる ― そもそもホフマンスタールとシュトラウスの往復文書を読むまでもなくパロディーの主点をどこに置くかである。その一方、今回のような所謂含み味の苦みは感じられない。それは木管を中心とした音色と和声の精査が充分ではなかったということになるのであろうか ― ベーム指揮の扱きまくった即物的な弦の響きだけではやや片手落ちになっていたということでもある。マルシャリンの苦みに劣らず、男爵のそれにも苦々しさが溢れていた。こうした音楽芸術は、日本で繰り返し繰り返し披露したクライバー指揮「ばらの騎士」には全く欠けていたものであり、カラヤン時代には忘れ去られていたもので、インターナショナルな市場では甘く、口当たりのいいものしか受けなかったということでもあろう。正しくミネラル風味を感じさせない口当たりの良いワインと同じ市場であったのだろう。



参照:
伯林の薔薇への期待の相違 2015-03-29 | 音
ペトレンコ教授のナクソス島 2015-10-22 | 音
九月の四つの最後の響き 2016-09-23 | 音
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by pfaelzerwein | 2017-02-11 06:10 | | Trackback

銀の細工の仇の薔薇

「ばらの騎士」のお勉強をしている。前回は著作権の関係で楽譜は見ていなかった筈だ。今回は楽譜があり、どうしても同じ演出で同じ劇場で演奏されている定番であるカルロス・クライバー指揮の二種類とその後にヴィーンで演奏されているものを参考にしたいと思った。現監督キリル・ペトレンコにとってもミュンヘンの劇場にとってもそれを抜きには考えられない。天才的な輝きでも比較されて、もう一つのヨハン・シュトラウス作曲「こうもり」同様に、聴衆の多くは双方を比較することになる。

クライバー指揮の「ばらの騎士」も録画は見ている筈で、その他にも幾つかの映像なども残っているので見かけたことがあるものだ。先ずは簡単にDL可能だったのは1970年代の新制作の後のそれで、初めて聞いたと思われるが、びっくりした。この天才指揮者の生も体験していてそれなりの評価をしているどころか、ドレスデンでの楽劇「トリスタン」もとても興味深く聞いていたので ― これは調べていると指揮者が歌手と衝突して投げ出したので編集してあるとあり、なるほど巷では絶賛されていなかった訳だ ―、このラディオ中継のとんでもない出来には大変失望した。まるで酔っ払い運転のような指揮で、これならば控え陣のシュナイダー等指揮の方が真面だったろうと思わせるほど水準以下の演奏をしている。当時の音楽監督はサヴァリシュだったようなので、あの程度だったのだろうか。

気を取り直して後のミュンヘンでの映像を聞く。基本的には変わりないが水準は大分上がっている。音は録りなおして繋げてあるのだろう。それでも拍節よりも指定したフレージングを軸にして、まるで父親が初演したアルバン・ベルクの楽譜のように解釈していて、最初から最後までがそのフレージングの繋ぎ合わせとなっている。これが音楽が湧き出てくるようだと絶賛されている天才の解釈ぶりのようである。

批判すれば限りないのだが、どうしてもアーティキュレーションでも無理がかかる場合があって、言葉詰まりのようになって折角作曲家が目指した言葉の聴きとれる演奏実践から外れている。比較的成功しているのは叙唱部分であったりする。なるほど芝居としてはブリギッテ・ファスベンダーを中心にそれ故に成功している面もあるが、その他のギネス・ジョーンズやルチア・ポップなどは音だけを聞いている限りそれほど成功しているとは思えない。

兎に角、音楽的には荒っぽいので、折角書き込んだ音符が正しく演奏されることが無い。座付き管弦楽団を熟知した作曲家が書いたものであるからそのように記譜されているとは言っても残されている作曲家指揮の録音などからすればこのような酔っ払い運転は想定されていない筈である。カルロス・クライバー指揮の演奏は恐らくフォンカラヤンの時代をとても反映しているものとして記録されるのだろうか。それでも一部にはこの指揮者を神と仰ぐような向きもあって、現監督が未だに半神であるからその威光は甚だしい。音楽愛好家に熱狂的に受け入れられたのもそのネオエクスプレッショニズムの面であるが、今回その代表的な録音を聴いて、その活動自体が時代の仇花のようになってしまったのにも気が付いた。



参照:
熱帯びた鬱陶しさ 2017-02-05 | ワイン
伯林の薔薇への期待の相違 2015-03-29 | 音
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by pfaelzerwein | 2017-02-08 03:57 | | Trackback

とても魅力的な管弦楽

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承前)リカルド・ムーティ監督下でのシカゴ交響楽団の実力は?

二曲目のエルガー作曲「南国で」は、未知の作品であったが、その通りベルカントに歌う局面のみならず、音色豊かな木管類や金管の抑制の効いた響きがとても美しかった。この交響楽団からこれ程美しい響きを聞いたことはなかったので、なるほど楽団はこのマエストロにこれを期待したのは明白だった。なるほど大都市シカゴにおいて、エンターティメントとシリアスを、新世界と旧世界を、丁度良い具合にバランスをとった上質な音楽を提供するということではショルティーもバレンボイムでも叶わなかったことだ。エルガーの交響的な書法も余すことなく響かせながら、「威風堂々」の月並みやイタリア趣味のそれになってしまわない演奏実践はやはり見事としか思えない。実際に会場でもブラスバンドを期待していた向きも音楽を知っている向きも同じように反応していたことでもその効果のほどが良く知れた。

これを書きながら、フィラデルフィア管弦楽団監督時代に録音されたショスタコーヴィッチの五番交響曲のCDを流している。その響きはオーマンディ時代のグラマラスなそれを引き継いでいるものだろうが、実際ネーティヴなドイツ語を喋る先任の録音が典型的な所謂カラヤン世代のムーディーな音響にしか至らなかったことからすると、ムーティ―指揮演奏はその世代が異なるだけでなく充分に欧州風である。充分に音価をとって歌わせるようにテムポ設定してあるのも今現在と全く変わらないのであるが、それはそれなりに簡略して情報量を落とすようなことをしていない。オーマンディ―がその才能を見染めたのだった。

後半のムソルグスキー作曲の二曲からコルサコフ編曲「禿山の一夜」は唯一勉強していった作品で存分に聞き分けることが可能だった。先ずはリズムが全くなっていなかった。一カ所だけ、鐘が鳴って終結部への弱音器付きのヴァイオリンが出るところで、それに続く終結におけるソロクラリネットのmeno mosso, tranquilloを先取りするかのようにテムポを落としていた。それによって本来は印象的な筈の木管のソロがもたつくこととなっていた。なるほど音色の妙としては印象的だったのだが、益々ムソルグスキーの音楽の土着的な強さから離れる結果となっていた。エルブフィルハーモニーでのFAZ批評ではおしゃれなリムスキーコルサフ編曲と呼ばれた所以だ。

それは同じように次のラヴェル編曲「展覧会の絵」にも如実に表れていて、もはやムソルグスキーなどどちらでも良くて、フランスの新古典主義の管弦楽法の微細さを堪能するだけとなっていた。プロムナード主題も押しつけがましくなく、至ってバランスの取れた軽妙な音楽となっていて、名画を堪能するに尽きるのであった。久しぶりにラヴェルの管弦楽を生で聞いた思いであり、昨年聞いたフライブルクの「ラヴァルス」とは次元が異なった。なるほどこれだけ上質な音楽はこの交響楽団からもなかなか聞けないものだったかもしれない。こうなるとロシア音楽なんてどうでもよいとなる。

つまり芸術性と呼ばれるものでもあるが、マエストロがベルカントで魅力的に歌おうとなると同じようにテムポを落として歌うことになるのである。モーリス・ラヴェルの楽譜にそのようなロシア的な表記があるだろうか?楽譜を調べないまでも違和感を覚えた。アンコールのヴェルディ、そしてマエストロの若い時と全く変わらないキャラクターは、なるほど魅力的なもので、銭をとれる極上のエンターティメントであり、それなりの芸術的な愉悦もありヴェルディなどのオペラの楽譜への見識や批判的な解釈には定評がある。しかしそれだけに余計にこの南イタリアのマエストロが他の立派なイタリア出身のコンサート指揮者とは全く異質な存在であることを感じさせた。

シカゴ交響楽団は、バレンボイムの指揮では背後に追い遣られていたショルティー時代のようなあの締まり切った快い低音も、それにバランスをとるグラスファイバーのように鋭い高弦の超合奏を披露した。ヴィオラトップを中心にコーリアン主体の更に数的に支配的になったアジア人達の弦合奏もとても立派で、管とのバランスを含めて斎藤記念管弦楽団とは似て非なるその芸術性は圧倒的だった。

余談であるが、入りはとても悪かった。指揮者楽団共に人気が無いのである。ティーレマン指揮シュターツカペレよりも人気が無い。折角マエストロが自己評価を自己認識してその長短をバランスとったプログラムであったが、一般的な聴衆にはその面白さや意欲が理解できなかったのかもしれない。また、案の定2017年は間違った座席が間違った価格で発売されていて、どうも二列目の人たちに補償があったような様子はなかった。(終わり)



参照:
復活祭音楽祭の記録 2017-01-21 | 文化一般
高額であり得ぬ下手さ加減 2016-03-25 | 文化一般
今言を以って古言を視る 2006-11-02 | 暦
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by pfaelzerwein | 2017-01-29 21:32 | | Trackback

マエストロ・ムーティに再会

マエストロ・ムーティ―指揮のコンサートは二回目だった。最初は日本デビューのヴィーナーフィルハーモニカ―にカール・べーム博士に付いてきた時だった。その前にはクラーディオ・アバドが同行していたので、どうしても比べられることもあったと記憶する。北イタリアのアバドとナポリ出身のムーティーは対照的だった。

その時もヴィヴァルディ―とモーツァルトとブラームスの短調交響曲を組み合わせたプログラムで、アンコールは運命の力序曲だったと思う。1975年のことだったようで、34歳だったようだ。そして現在は75歳のようだ。40年間殆んど変わっていないのには驚いた。なるほどその指揮は先ごろ亡くなったジョリュジュ・プーレートル宜しくその指示が極力節約されていて、その点においては名匠らしくなっていた。それでもあの若い時からのプログラムなどの跳ね上がりもののような感じは今でもあって面白かった。

一方シカゴ交響楽団はショルティー、バレンボイムに続いて三人目の指揮者として聞くことになる。一曲目のヒンデミットの弦と金管の為の音楽が典型的であるが、ベルリンの管弦楽団が如何にインターナショナルになったとしてもあのような明るい音色でこの曲を演奏することもなく、指揮者もそのままで置いておくことはないだろう。要するにこの指揮者にとってはそのようなところまではどうでもよいのだろう。

当日のオリエンテーションはそのヒンデミットの作品に焦点が当てられていて、その所謂新古典主義的な作風が芸術哲学的な面からそして楽譜へと戻って紹介された。建築を例に挙げて世界中に同時期に建てられた、ドイツではナチズムの建物などの人をあまり寄せ付けないながらもアンティークな柱状のファサードにおいて飽く迄も客観主義にあるそれらの美が説明されるのである。そしてそれは音楽においては具体的にはアンティークを求めたフランスバロックをまたそれを本歌取りしているバッハのフランス風序曲などを流しての説明となる。勿論バロック芸術のそれとはそもそもアンティークは異なるのだが、基本的には客観的な自失感に置かれる芸術の力としてヴェルサイユ宮殿などの大きさの圧倒感がそこに挙げられる。

つまり、ヒンデミットは色彩感のある木管を排して金管と弦の音楽として音色を排したモノトーンとそしてどこまでも客観的な畏敬の念や呼び出しの歌をそこに書き込んだとなる。それ故にシカゴ交響楽団のあまりにもつやのある輝く音色の吹奏楽は間違いであるのだ。この点において、ムーティーが、アバドやシャイーとは全く異なる市場で活躍をしていたことがはっきりするだろう。(続く




参照:
地方の音楽会の集客状況 2017-01-23 | 文化一般
復活祭音楽祭の記録 2017-01-21 | 文化一般
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by pfaelzerwein | 2017-01-26 23:49 | | Trackback