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手作業での車の塗装

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注文していた塗料が届いた。既にやすり掛けもしてあったので、下地から試すのみだ。先ずその前に自慢の汚れ落としで汚れを拭う。そして15本入りの筆から一番硬い幅広を下ろす。タイヤに布でカヴァーをして、蓋を開けた缶に漬ける。筆先を拭い、端の上方から塗布していく。

筆先が硬いために筋が付いた塗り方しか出来なかったが、旅行用のヘアードライヤーで乾かしてからやすり掛けをする。二度目はより柔らかい筆先で出来る限りフラットにするように心掛ける。まるで油絵の制作をしているような気になる。予想以上に綺麗に塗れて、偶々注文した板塗りのグレーでも走らせられるぐらいに色差があまり大きくない。これならば修理の価値があるどころか、気にならないで車を走らせれるようになることを確信する。

記憶を辿れば以前のBMWの時も同じ場所を色塗りしたことがあるがごく小さい範囲の傷だったので今回のように準備万端を整えて修理にあたることなどしなかった。メーカー支店のパーツ売り場で購入した小さな塗料容器の刷毛で塗っただけだった。それゆえに逆に色違いが目立っていたような気がする。それに比べると遥かに広範囲なのだが、塗料を使うまでも無く色の差を余り感じない。

充分に乾かした後で今度はK600の紙やすりで更に平坦にして、端の余分な塗料を拭き除く。愈々、顔料である。振り回してから、今度は比較的硬めの幅広で、一気に塗布する。流石に下塗りの色とは違って色が出ている。一度塗って、まだ境の段差が大きいので二度塗りするが、周りの錆が浮いたところなどの方が気になるようになってきた。因みにあと五カ所ほどは今回のように塗料が脱落する可能性のあるところがあって、今回の経験が役に立つだろう。

そして温風で乾燥させてから、いよいよ仕上げの透明のラッカー塗りである。その前にパン屋の前で傷つけられた部分で修復を試して色の相違を見る。案の定仕上げのラッカーで下塗りが剥がれてきたりして色が濁ることも確認。それを計算して、そのまま仕上げ作業に入る。

一部だけ、下塗りが厚くなって、押したところが濁った。下塗りの素材が表面に滲んできていたのだろうか。仕上げのラッカーが無いぐらいの方が色目は良かったが、改めて瞬間接着剤を使った縁もラッカー塗りで強化できたので、これで上の部分が安定して呉れれば問題が無い。

少なくとも錆が浮いているところよりも気にならなくなった。材料費は全部合わせて25ユーロに満たないぐらいだが、慣れない仕事は数時間掛かっっただろう。次回からは手順もコツも分かって来るので早く処理できるだろうが、それでも準備から完成まである程度の労働となる。ぼろ切れを捨てる前に、ついでに車の下の方を水などを付けて拭いた。飛び石による傷は幾つかあったが、錆と駐車場で当てられた部分以外は可成り状態が良く、拭くと新車のような感じになった。序に暇があればやったことのないワックス掛けをしても良いかなとも思わせた ― 水洗いも今までもしたことも無くこの車も最後まで自分ですることはないであろう。次の車からは雪道の後だけは洗車をしようと思った。

なによりもこれで錆びによる塗料の落下も恐れずに最後までカロッセリーも使えることが分かったのは大きい。エンジン等も今回ギアーチェンジレバーの留めを交換するなど立ち往生するようなことが無いように着々と手配しているので、気持ちよく最後まで走らせられる可能性もこれで出てきた。

ブレーキディスクは二枚で131ユーロで全て二割引きにしてくれたので、360ユーロとなった。またタイヤ交換も50ユーロ、変則レヴ―留め54ユーロで、約560ユーロ、レンタカー22ユーロで570ユーロならばまずまずだろう。本来ならば700ユーロほどだった。昨年にやっていたなら合わせて二千数百ユーロだった。一年伸ばした価値はあった。



参照:
乗り逃げ切れるように算段 2017-08-28 | 雑感
新しいシモンのパンツ 2017-08-30 | アウトドーア・環境
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by pfaelzerwein | 2017-09-01 05:13 | 生活 | Trackback

中々ならない鷹揚自若

昨日は仕事にならなかった。疲れが出て、床屋に行ったにも拘らず、一日中気分が冴えなかった。前日にアドレナミンの高揚感があったらしく、その反作用が出た。前日に熟したと思った細かな部分すら気になって完璧ではなかったと思うとぐったりした。完全なホルモンによる精神障害だ。

そして床屋もチップを入れて15ユーロと思ったのが、価格が15.50ユーロで、それ以上何も払わずにおいたのも気になった。夕食もヴァイツェンを飲んでも進まなかった。つまらないことが気になるのも障害である。それでも夜間はぐっすりと眠れた。

走りに行くと膝の調子などもう一つだ。準備体操でも肩に張りがある。軽く走り始めて顔見知りなどがいたりするとどうしてもいい格好をして一生懸命になる。森の気温は17度を超えて湿気があったが、陽射しが無いので暑すぎではなかった。沢の中の河原は虫のざわめきが強くなっている。徐々に秋の風情である。

それでも調子が優れない時こそ走るのが良い。これだけは十代の時に分かっていたらと想うとくれぐれも残念である。その他のことは、なにもピアノを練習していたらとか考えても全く後悔はないが、疲れを解すために運動するのはとても価値がある。とは言いながら当時の環境を考えると、近所の山を駆け上るとしても今のようには続かなかった。「ご精が出ますね」と声が掛かる具合にこうして熱心に走ることなどは難しかっただろう。そもそも日本の夏は何をするにしても暑すぎる。

こうやって体を解すと結構も血液中の酸素量も増えて思考が深まり集中も可能となる。それでも数年前は同程度の運動量でも午後に疲れを感じていたが、最近は昼食も簡単に済ませるのでそれが無くなった。これだけでも継続の成果だろうか。

連邦共和国の総選挙が六週間に迫り、ポスターなどがちらほら張り出されている。脱ディーゼルやE自動車も政策論争になっているが、一方で教育には連邦も州政府も予算の7%支出するとあった。教育に金を掛けるのは二十年先の経済を見ればとても重要なことで、必要な移民とその教育は連邦共和国の将来の鍵である。

シュレーダー元首相がロシアのロズネフトの相談役になって、ビルド紙は一人七億円もの収入があるというようなことを書いたと反論している。クリミヤ併合以降制裁対象となっている国営石油企業である。七人の相談役について書かれているのだが、全ては背後に選挙戦のメルケルがいると批判している。政界を引退しても未だにライヴァル関係にあるのは天晴だ。

ここ暫くCDなどを流していた。実況録音ばかりを流していたので、その音響と制作録音の演奏の精緻さにそれが決まるときは例えバロックであろうともはっとすることがしばしばだ。その意味からはアバド指揮の録音は質が悪いものが多い。ミラノでの「ボッカネグラ」とか「アイーダ」に匹敵するような録音は後年はあまり見つからない。ベルリンで振っているものも先日のザルツブルクのそれまではいかないか騒がしくて落ち着かない音響で雑な演奏をしている。フィルハーモニカ―が最も谷にあったころの記録となっている。欧州室内交響楽団のそれでも変わらない。その後のラトル指揮や今後のペトレンコ指揮のコントロールからするとあまりにも杜撰な指揮が多くて吃驚する。楽員には評判の良いおっさんだったようだが、ある年齢に達してからは余計に野放図な面が出て来て、その後の癌の疾病からは余計に投げやりになったのだろうか。よく言われるような鷹揚自若といういのとは大分かけ離れている。



参照:
頻尿症の夜を乗り越える 2017-08-06 | 雑感
音楽後進国ドイツの野暮天ぶり 2017-08-01 | 雑感
漂う晩夏から秋の気配 2017-07-25 | 生活
キリル・ペトレンコのキャンセル 2017-06-14 | 雑感
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by pfaelzerwein | 2017-08-16 21:06 | 生活 | Trackback

ブレーキを踏み込まなかった一年

漸くの思いでブレーキディスク交換の手配をした。一年前の車検で指摘されてから、その後の冬タイヤ装着、フォグライト交換時にも指摘された。警告が出るまでは使えるということでそのままにしていたのだ。二月頃の交換かと思っていたら、結局冬タイヤ時期を乗り越えてしまった。それでも通常の使い方からすると距離が伸びないのか、未だに警告が出ていない。

そして夏タイヤ交換時には今度は後輪のタイヤの擦り減りが指摘された。夏まではもたないだろうといわれ、警察に罰金取られるぞと驚かされながらも、ブレーキ交換時期までと引き延ばしてきた。タイヤ交換前に一本180ユーロのオファーを受けたのだが、ネットで調べてみると遥かに安く買えることが分かったので断った。古い車になると如何にランニングコストを落としながらも、道端で立ち往生することなく長く乗るかが課題になる。

しかし、ここに来て夏タイヤも底値の一本90ユーロとなっている。これを買えば、二本で180ユーロの節約となる。半額である。そうなるとタイヤに関する作業とレンタカー費用もこの差額で賄えて更に余る。あとは肝心の前輪のディスクとパッドの費用と交換作業費である。作業費は押さえて貰うようになっているので、純正品の価格が問題となるだろうか。

ネットで見ると数十ユーロからあるが、少なくと二組で300ユーロは覚悟しておかないといけないだろう。全費用で1000ユーロは超えることはないと願っているが、数百ユーロのどのあたりになるかだ。まあ、交換を止めてから少なくとも一万キロは乗ったとして、キロ当たり数十セントは浮かしたことになる。決して小さくはない額である。

そのように坂道でもどちらかというとエンジンブレーキを掛けるようにして、ブレーキを深く踏み込むことなどはなかった。ミュンヘンを往復するのにも時間を掛けて長目のブレーキ距離を心掛けた。上手な走り方をすれば安全性も燃費も高まり、何一つ不便はなかった。

勿論最初の考え通りに警告が出てから全てを手配しても良かったのだが、今年の夏タイヤもそろそろ棚卸であり、うろうろして九月に入ってしまうと、新たに夏タイヤを交換するのもばからしい。とはいいながら早めに冬タイヤに履き替えるとランニングコストが上がり、冬タイヤ購入が早まる。そこまで警告が出ないなどは考え難い。

九月になると車が使えないのでは不都合になる。予定が月末まで入っていない時に合わせて、思い切った。タイヤも発注した。遅くとも来週明けには着くだろう。もし問題があってもまだ対応できる。

夜は冷えた、森のなかも摂氏14度ぐらいで走るのが大分楽になって来た。兎に角、上手く冷却が出来ないとパワーが上げられないので、涼しくなると大変助かる。お陰で下りもある程度のスピードが出せた。これで前夜のように夜中に起きずに今夜は涼しい中でぐっすり眠れるだろう。



参照:
鑑定士による査定の程 2017-07-23 | 雑感
昇天祭のミュンヘン行 2017-05-26 | 暦
夏タイヤについてのファクト 2017-02-24 | 雑感
驚愕ラズベリーパイ3 2016-10-22 | テクニック
遠近両用眼鏡用モニター 2016-08-17 | 雑感
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by pfaelzerwein | 2017-08-09 20:38 | 生活 | Trackback

辺りをふらついてみる

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久しぶりにワインの地所を歩いた。パン屋に行ったが前日の足の疲れが抜けきっておらず膝も違和感があるので、葡萄の写真を撮りに歩いた。緑が輝いて如何にも最乗の風情が遠目にも分かったからだ。病気を避けるために粉の汁などが撒かれていたようだが。若干実が密集しているかというだけで、現在柔らかくなっている葡萄以外は全く問題がないと思われる。寧ろ例年に比較して実りが良いようだ。

前日はステーキまで食して、窓を閉め切って就寝して様子を見た。お陰で運動も足りていて夜中に一度目が覚めたが、小用に立つことも無く一時間ほどして再び眠りについたので、比較的よく熟睡した。それでも週四日目の走りとなると総合してハーフマラソンの距離になり高度差も大分になるので二週連続は負担が掛かり過ぎそうだった。

夜中に放射冷却したように天気が良く日蔭と日向の温度差は激しかったがとても気持ちの良い朝のサム歩になった。ワイン地所の木陰に虫箱が吊るされていた。ミツバチのためのようでもありその他のためなのかよく分からなかった。このような光景は一生懸命走っているとどうしても目がいかない。先日森の中で「ご精が出ますね」と言われたが、確かに熱心に走っている。ボールーダにも通いたいのだが天候が変わるのでどうもうまく時間が合わない。

ミュンヘンの劇場のサイトに先日のarteの「タンホイザー」ヴィデオがオンデマンドになっていると知って覗いてみた。全く同じヴァージョン3で、劇場が中継したものではない。三者の協調関係がはっきりしているようだ。本来ならばarteが出てくるとZDFであるからARDは関与しないのだが、劇場との関係からバイエルン放送協会と協調している。更にこれに合わせて日本公演の券の安売りが行われるなど販促体制が整っているので驚いた。序に「オベロン」のヴィデオまでオンデマンドにあったので落としておいた。これはとても興味深い。

ネットサーフィンしていると、以前は見つからなかったキリル・ペトレンコのシカゴ交響楽団デビュ演奏会の録音が見つかった。この四月にアップされていた。最初のムソルグスキー以外はソリスツのインタヴューぐらいしかない様だが、世界最高の管弦楽団を世紀の指揮者が振るとどうなるかのとても貴重な記録だと思う。2013年3月の忙しい時期のデビュー公演の週末二日の為の僅か二回のリハーサルだったということだが、2015年にベルリンの監督に推挙されたときに最も大きな反応を示していたのがシカゴだった。ラフマニノフの三番交響曲、ショスタコーヴィッチをアムランと合わせる前に「ホヴァンシチーナ」から小さな二曲がそれもショスタコーヴィッチの管弦楽版で演奏されている。これがまたとても面白い。我々はこういうのを聞くとどうしてもムラヴィンスキーの指揮を思い出してしまう。



参照:
疑問を投げ掛ける認識 2008-09-24 | アウトドーア・環境
とても魅力的な管弦楽 2017-01-30 | 音
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by pfaelzerwein | 2017-08-06 22:48 | 生活 | Trackback

とっかえ、ひっかえ

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歯ブラシ機の代替品が届いた。問題の隙間はやはり埋まらなかった。工作精度の問題だと思う ― 取説には間隔が空くと注意書きがあったがそのような写真はどこにもない。暫く使っているとゴムが凹んでもう少し溝が埋まるのかもしれないが、先ずは使ってみるしかない。少なくとも一つ目のものは最初にブラシを軽く差し込めなかった。あまり誰も文句をつけていないのはロット差があるという事だろうか。一つは送り返すのだから苦情はメーカーにも伝わる筈だ。

前のものは余分の充電電源ケーブルを台の裏に巻いて格納可能だったが、今度のはそのような場所も無い。小さく細くなっているので邪魔にならないのは良いのだが、蓄電能力などをみて使い勝手を追求してみないと分からない。小さく軽く、静かになったので、使うのが楽しみである。

先日洗濯屋の帰り、街に差し掛かった時である。街道筋に犬が出てきた。対向車もランナアバウトから出てきたところで、ブレーキを掛け乍ら様子を観ていると、その車の後ろへ回った。また交通事故かと思った。前回は野生のバムビだったが、今度は中型犬である。

その対向車が車を停めて、犬が再び前から出てきた。当たったのかと思っていたら、運転手がドアを開けて犬に呼びかけていた。犬に慣れている人だとは思うのだが、私はいつも犬と接触して思い出すのは「犬の知能は七歳の人間程度」ということである。学術的な分析は知らないが、子供の時の体験からしてもその感情的なしぐさや行動も大体そのようなものだと思っている。すると、やはりあの犬の動きはおかしいと思った。凶暴さは無くても狂犬の可能性はあると感じた。だから運転手の行動も理解できなかった。

言うなれば、犬はバムビよりは賢いから街道筋に飛び出るようなことはしない。しかし出て来て更に車の前を再び折り返すのは異常としか思えなかったのである。そして幾ら呼びかけてもそのような犬がコマンドを聞くだろうか?

「四季」に続いて、CD二枚目の「弦楽のための協奏曲」を流している。初めて聞くような曲が殆んどだが、作曲技法的にもこうした曲があってこそのブランデンブルク協奏曲など北方の後期バロック協奏曲だと思い知る。それどころかミニマルのグラスなどの作品も生まれていなかったのも分かり、少なくとも私の知る限りそれ以前のコレルリの作品などと比較して派手なのだが、その影響力についてはあまり考えもしなかった。

ルネッサンスの多声音楽、中世音楽などから声楽を中心にCDを収集してきたのだが、そのネタも比較的網羅出来たことから、安売りの多いバロックの器楽もちょこちょこと購入するようになった。そのCD棚は声楽中心に年代順に並べていて、器楽は現代の音楽の下に追い遣らててしまっていたので置く場所が無くなって来た。今後ともバロックのオペラやオラトリオに比して声楽や器楽合奏曲を集めていくつもりはないのだが、年代による技術的な流れを分かり易くするためには、もう少しスペースを作って並び替えていけないかと思っている。ルネッサンス音楽用にもう一つ最後のスペースを開けてしまおうかと思う。とは言いながらも、最も興味のあるルネッサンス曲などが目の高さに収まるように、現代ものの分野別けの難しいもののタイトルも見やすいところに置きたいので、どうしてもバロックものが足元になってしまう ― 要するにバロック音楽の録音などくだらないものも多い。この問題を解決するために、どのように配置しようかと考える。



参照:
39.99ユーロという額 2017-07-30 | 生活
車の事故に二日続けて遭遇する 2017-06-04 | 生活
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by pfaelzerwein | 2017-08-01 21:53 | 生活 | Trackback

39.99ユーロという額

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パン屋の帰りに洗濯屋に寄った。開店が病院訪問で遅くなるということで後先逆になった。沢沿いを往復した後だ。26分以上掛かった。外気温は18度ぐらいで気持ちよかったが、二度寝の体調で仕方なかった。汗をポリタンの水で流して、再び洗濯屋に向かう。折角だから違う経路を通って、山を下りていく。先ずはパン屋の道へ入る上の通りを入っていく。予定では住宅街を通るうちに向こう側の道に出れると思っていたが、バートデュルクハイムで最も高級住宅街を過ぎ抜けるとそのまま向こう側の道に通じていた。知らなかった。流石に高級住宅街だが、広さ共にヴィラらしい家は殆んどなかったが、基本としては大企業のボーディングメムバーの自宅並みの住居が寄っている。見晴らしも良く道も上手く通じている。しかし対向車を待ってストップすることなく走れる道ではない。要するにVIPの警備上も問題のある道路事情である。

電動歯ブラシの替えブラシを買わなければいけなかった。フィリップスの古いタイプを使っているので、高価過ぎて、前々回はそれどころか二つ組の一つが壊れていた。最初は一つで10ユーロもしなかったのだが、今や充分に超えるため、ミニのを買ったりして自分を誤魔化していた。しかし最早一本10ユーロ越で三か月ぐらいしか使えない。もう駄目だと思った。そこで、代替の歯ブラシを探すとフィリップスのイージークリーンというのが40ユーロであった。これならば替えブラシ四個分以下で、それに対応する純正替えブラシが6ユーロぐらいで買える。つまり、ブラシ一つ7ユーロほど安くなる。同じように使えれば、年で28ユーロは安くなる。製品保証期間二年間使えれば資は十二分に取れる。

調べてみると実は経済性だけではなく、もしかすると問題の歯茎の炎症のために良いのではないかと思った。力を入れないでも綺麗に歯磨きが出来るとすれば、問題の多い物理的な圧力を避けることが出来て、一進一退の炎症の影響を好転させていけるのではないかと期待するのだ。但し大量消費品だけに製造コストを落としていて、接触不良などのトラブルも多いという。実際配達されて、ブラシを捻じ込んでみると上手く嵌まらない。本体とブラシの間に溝が開く。早速代替を送らせることにした。しかしその他の面は悪くはなさそうで、壊れなければ使い易そうだ。中華製ということで皆が不安に思う。

実はこの40ユーロという額は、アルプスに行く前に注文して違うサイズが届いたので送り返した靴下の38ユーロとほとんど変わらない。如何にその靴下が高価過ぎるかということである。素早く金を返さなかったのでアマゾンに直ぐに紛争処理を申し出た。その靴下を使っていたとしても靴ずれを防げたとは思わないが、こうして公にすべきと思ったほど出品業者の事務処理が悪かったので腹立たしい思いをした。明くる日には全額返済された。

洗濯屋で六月に下して初めて洗濯したシャツを回収した。冬にピンクのシャツを購入したお陰で回す色シャツに余裕が出来てとても嬉しい。これで長袖時期が来たならば一着を部屋着に下せる。寒くなると袖があるシャツが有り難い。

日曜日午前10時から、2008年7月バートキーシンゲンでの録音から、キリル・ペトレンコ指揮の放送交響楽団の演奏でトュリーナの曲などが放送される。二曲目はレーピン独奏のスペイン交響曲は既に聞いたが、もう一度聞いてみよう。後半は交響的舞踊が演奏されてYOUTUBEには出ているが高音質ではまだ聞いていない。但し、どうも保養地の雰囲気でざわざわした印象があってあまりよくない。




参照:
違和感が消えるときは 2016-11-20 | 雑感
ネットでも価値ある買物 2008-11-05 | 生活
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by pfaelzerwein | 2017-07-29 19:42 | 生活 | Trackback

大工仕事が得意な素人

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寒くて、Tシャツ、猿股で過ごしていると、頭が痛くなってきた。室内気温は摂氏15度以上だが、運動をしている訳ではないので寒い。戸口の金具が剥がれやすくなっている。理由は、ネジ穴が二つ以上開けられていて、更に気密度を増すためにパッキングを張っていたものだから、力を掛けないと外から閉め難くなっていたからである。応急処置として太いネジを探して上の穴に捻じ込んでいたが、それもいつの間にか緩くなっていた。

金具が剥がれると外からドアを閉められなくなる。何回か金具をボンド付けしたりしているが、力を掛け過ぎると剥がれるのだ。最近はパッキングの影響も弱くなっているので、鍵が回り易くなってそれほど無理は掛けないでもよくなった。そこで、再びボンドを落として、つけ直した。

美観上、上のネジがシルバーなので、ゴールドのネジを買い物ついでに探してきた。残念ながら、購入した6ミリ径40ミリ長はネジ穴に入らなかった。だから予備に購入した5ミリ30ミリを下の穴に捻じ込んだ。これだけでも少しは助けになる。上のネジは5ミリ35ミリでもゆるゆるで効かなかったので、次に40ミリを試して見ても良いかと思うが、恐らくネジが効かないだろう。それ以上長いのも恐らく難しい。試しに5ミリ径45ミリ長があれば試して見よう。四本買って〆て90セントだった。

よく考えてみたら、ゴールドの真鍮色も光り輝いている訳ではなく、ドア自体が階段を上りきった踊り場にあるので、暗くてそれほど色合いの差異には気が付かない筈だ。気にしているのは住人だけかも知れない。写真を写すと、ネジの色よりも開け閉めで鍵が当たる場所の黒墨の方が気になる。そもそもこのドア自体が、この建物に使われていた古い百年以上前のドアを作り直したものなので、木材も古くそれほど強い固定などは出来ない筈だ。あまり無理をしてもはじまらない。

車中のラディオで、歌手のゲルハーエルのインタヴューが流れていた。ラインガウフェストに登場するため、ヘッセン放送が流しているものだ。声の出し方の話しをしていて、いつものオペラ歌手の胴声をまねてその恥さらしさを示していたが、それ以上に経歴などの説明が興味深かった。子供の時からの少女趣味のような合唱で鍛えたアマチュア―であり、手先が器用でハムマーを持つのが好きで大工になろうかとも思ったようだが、結局アビトアー後に医学部に学んだとある。それ故にミュンヘンの音大の方は副専攻だったので、しっかりと音楽学を学びつくしていないのを今でも語っている。この辺りも面白いと思った。勿論本などを読んでとても勉強熱心だとは語っていた。あれだけの歌唱を示せばもはや何を語っても「御冗談でしょう」となってしまう。そもそも歌手の職業に教育などは要らない。



参照:
柱のお札のようなもの 2016-08-06 | 生活
漂う晩夏から秋の気配 2017-07-25 | 生活
殆んど生き神の手腕 2017-07-13 | 音
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by pfaelzerwein | 2017-07-25 22:04 | 生活 | Trackback

漂う晩夏から秋の気配

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週明けからパン屋が開く。そこで最後の日を利用して、山登りコースを走る。どうも前回は3月26日だったようだ。新しい靴で記録を狙えるようなスピードで走っていた。今回は、気温も摂氏20度前後で、完走するというよりも先日のアルプス登山から1時間の持久力走りを第一にゆっくりと走った。ペースを抑えていただけに、初めの急坂も緑のベンチ通過も、山場である第一合流点から第二までの間もある程度ゆったりしたテムポを守れた。頂上直下は厳しかったが、我慢して降りてきた。想定通り66分経過していた。

帰宅して階段を上るのが億劫だったように、酸素が上手く足の筋肉に廻らないのを走っている時にもその後も若干感じた。同じような感じはアルプスの3000m近くでも感じたので、明らかに血中の酸素濃度と関連すると思った。それが今回も感じたのだ。以前は時々あったような状況だが、最近はあまりなかったのでどうしたのだろうと思った。特に明け方の場合は睡眠中の呼吸の問題もあると思っている。その後昼食に続いて昼寝するなど、昔ほどではないが、やはり一寸疲れた感じがした。週明けは朝から雨降りで、合間に走るようにパン屋から森に向かったが、雨脚が強くなって断念した。夏の終わりの晩夏から秋への気配である。陽が出ないと寒いので窓を閉め切る。

忙しくて発注していなかった恒例の第3四旬期のCD落穂ひろいをした。もしかすると籠に入れていた雑誌シュピーゲル盤のセールが日曜日に終わってしまうかと危惧したからだ。今時期は二八の時期なのでバーゲンであるが、意外に八月になってしまうとあまり良いものが見つからない経験もあるからだ。

三枚買えば15ユーロで、ヴィオラダガムバ曲集とゲルハーエル歌うミューラー曲集二種を籠に入れていた。すると最初のものが売り切れていたので、入れ替えた。ゲルハーエルのものは「冬の旅」とシューベルト「曲集」とした。「水車小屋」はフィッシャーディースカウのものもあったので、CD二枚とも曲が重ならない方が良いと思った。「冬の旅」は多くの録音が出ているが、今まで実はあまりこれと思ったことはなかった。理由は分からないが、あまりに名曲だけになにか歌伴奏とも大劇場向きの感じがする録音が多いからかもしれない。ネットで障りを聞いてみるとこの上のピアノも歌もかなりインティームな感じで良いと感じた。

ゲルハーエルのの歌に関しては今回のタンホイザー公演で初めてその芸術性が分かった。あのような歌をオペラ舞台でやられると、その歌唱への評価以前にとてもそこから学ぶことが多い歌唱であることは門外漢にも直ぐに分かる。録音は2000年代前半のものなので、如何ほどのものかは分からないが、それはそれでとても興味深い。

もう一つのCDの代替はクラウディオ・アバド指揮のベルリン初期のモーツァルト曲集とした。リンツ交響曲とポストホルンセレナードであるが、特に後者の演奏が気になった。

もう一つの目玉は、以前からウィッシュリストに入れていたエンゲルベルクコーデックス314と称するCDである。エンゲルベルクの谷のベネディクス修道院で見つかった中世音楽の曲集の録音である。それが今安売りとなって5ユーロしないので買わずにはいられない。

買い逃したくなかったのは、四枚組10ユーロしないヴィヴァルディ―の曲集である。同様なものに9枚組20ユーロのビヨンディー演奏の曲集があったが、ビルスマらの演奏の録音の方が丁寧に作られているような印象を持った。「四季」だけでなく、チェロの協奏曲などが面白いと思った。ヴィヴァルディ―は重要な作曲家であると思うが、意外に良い演奏の録音などがそれほど多くは無く、手元にもあまりLPもCDも揃っていない。

以上、全CD8枚、割引を入れて〆て23.98ユーロ、まあまあの買い物ではなかろうか。



参照:
Ich war noch nie in Japan. Das ist.. 2017-04-03 | 暦
マニキュア落としの効果 2016-07-07 | 雑感
殆んど生き神の手腕 2017-07-13 | 音
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by pfaelzerwein | 2017-07-24 18:18 | 生活 | Trackback

スパゲティソーメンを食す

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アルプスから帰って来てもう一つ調子が出ない。一つは皮がむけた踵の影響だろう。完治するまではクレッターシュ―を履くのも憚られる。大したことの無い傷でも微妙な影響が出るのだなと思う。行動中は特にである。やはり靴は大切だ。

先週はワインの地所の上っ縁を走ったのと、緑のベンチまで往復しただけだ。日曜日に山登りコースを走ろうと思ったが明け方の暑さと寝起きの悪さに断念した。最近は早めに床に入って夜中に目が覚めるのも朝を辛くしている。そのようになるのは運動不足なので、悪循環続く。

週明けも朝一番と思うが、パンを買いに行くわけでもないので、肉屋が開くのは遅く、どうしても調子が掴めない。それでも何とか緑のベンチを往復した。今週は先週とは異なり気温が上昇して再び35度を超える。それでも湿気は流石に6月よりは高いが、風通しが良くてそれほど暑くはない。陽射しが弱い。

例年ならばまだまだ暑いところだが、今年の夏は一月以上早く終わっている。兎に角、運動能力が落ちていて不安になる。もう少し涼しくなったら再びブーストしたいところだ。

冷たいスパゲティーも飽きたので、冷たいつけ麺をバリラの一番で作ってみた。出汁を取って。醤油たれを作った。七味を掛けたソーメン風の食べ方である。いつもとなるとつまらないが、年に一度ぐらいはいい清涼感だなと思った。

緑のベンチへ向かう道で上半身裸の爺さんと擦れ違った。フォルストの人だと思うがあまり記憶に無い顔だった。何処まで上がったかは知らないが、やはり暑いということだろう。比較的日陰もある東向きの経路だが、朝から走るのも厳しい。

昨年の記録を読むと、パン屋が休みの間に頂上まで二回走っているが、週間は休んでいたようだ。今年も一度は頂上を目指したいが涼しさが必要である。今年はとても過ごしやすい反面、暑さと涼しさが交互に訪れるので ― 夜中に窓を開け放ったり締めっ切ったりの交互となる ―、運動のための身体の慣れはなかなかできない。心肺機能に負担を掛ける傾向にあるようだ。ジャガイモでも食って精をつけよう。

昨年水漏れの修理の影響で破られた壁の割れ目を直しに来た。予想していたような張替えでなくて、割れ目にアクリルのボンドを流し込むだけだったが、薄いベニヤ状の板なので隙間さえ埋まれば気密性は元通りになる筈だ。



参照:
生の味付けのうまさ 2014-10-22 | 料理
蕎麦きし麺と蕎麦ポレンタ 2007-09-01 | 料理
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by pfaelzerwein | 2017-07-19 23:28 | 生活 | Trackback

こぢんまりとした山小屋

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今回二泊したヒュッテは50人規模のこぢんまりとしたものだった。我々は一泊60フランで、二食付きだった。スイスでの賄いつき宿泊としてはまあまあの価格だろう。最近はEU圏で宿泊と飲食で60ユーロでは足りなくなってきているからだ。つまり三泊ならば200ユーロぐらいは準備する。今回は200フラン越を準備した。

勿論寝るのは雑魚寝で、食事がどれだけの質量かとの問いかけとなり、アルコールの量と価格も問題になる。アルコール量は昔に比べると大分減った。理由は体の動きに敏感になり、ただ肉体労働するだけのような山には行かなくなっているからだ。アルコールで疲れや神経を麻痺させるよりも、翌日に備えた平常心を保った体調維持の方が重要になって来たからだ。それでも一日に三杯はアルコールとノンアルコール合わせて飲んだ。それ以外に一日に二リットルはハーブティーを用意しているからだろう。

山小屋の食事云々と思うかもしれないが、地域によっても国によってもその食事の出し方や味付けや料理も異なる。それでも充分に食指が動く料理であって、満足する食事でないと体力がもたない。その意味からは今回の食事は味付けとしては悪くは無く、食欲の湧くものだった。木曜日はラザーニャ風とヴィルシングとチーズが美味かった。スープもコンソメで良かった。サラダは缶詰のコーンが情けないが、三種類のソースで楽しんだ。金曜日は豚とピーマンの串刺しとジャガイモで、スープが生姜などのピリ辛で皆殆んどがお代わりをしなかった。問題は量感が無かったことで、無駄は間違いなく出ないが、量より質の感があった。ビールは地元のいつものカランダが楽しめた。

自分自身も嘗てと比較すれば飲食とも量を落としているが、それでももう少し食べれる。出かける前に野菜を片付けたので、大変な量の食事をした。それに反比例しての小食の旅となった。小屋自体は小さく、施設も昨今の山小屋からすれば簡素で、シャワーはおろかお湯も出なかった。冬場にはスキーツアーに素泊まりできるようだが、薪ストーブなどを見て、その機会に備える。二泊程度ならば、こうしたこぢんまりとした小屋の方が快適で、便所の数が少なくてもストレスとならない。木曜日は24人同宿、金曜日は更に減っていた。

比較的よかったのは雑魚寝のマットレスが比較的厚目で不快さが無かったことだろうか。込み具合からイワシの缶詰にもならず、仲間の鼾も許容限度で比較的眠れた。平素一人で就寝しているのとはその安眠度は異なるが、寝起きは決して悪くはなかった。



参照:
スイスの山小屋で露天風呂 2017-02-15 | アウトドーア・環境
前夜際から始める 2006-08-31 | 生活
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by pfaelzerwein | 2017-07-11 03:14 | 生活 | Trackback