カテゴリ:生活( 529 )

大工仕事が得意な素人

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寒くて、Tシャツ、猿股で過ごしていると、頭が痛くなってきた。室内気温は摂氏15度以上だが、運動をしている訳ではないので寒い。戸口の金具が剥がれやすくなっている。理由は、ネジ穴が二つ以上開けられていて、更に気密度を増すためにパッキングを張っていたものだから、力を掛けないと外から閉め難くなっていたからである。応急処置として太いネジを探して上の穴に捻じ込んでいたが、それもいつの間にか緩くなっていた。

金具が剥がれると外からドアを閉められなくなる。何回か金具をボンド付けしたりしているが、力を掛け過ぎると剥がれるのだ。最近はパッキングの影響も弱くなっているので、鍵が回り易くなってそれほど無理は掛けないでもよくなった。そこで、再びボンドを落として、つけ直した。

美観上、上のネジがシルバーなので、ゴールドのネジを買い物ついでに探してきた。残念ながら、購入した6ミリ径40ミリ長はネジ穴に入らなかった。だから予備に購入した5ミリ30ミリを下の穴に捻じ込んだ。これだけでも少しは助けになる。上のネジは5ミリ35ミリでもゆるゆるで効かなかったので、次に40ミリを試して見ても良いかと思うが、恐らくネジが効かないだろう。それ以上長いのも恐らく難しい。試しに5ミリ径45ミリ長があれば試して見よう。四本買って〆て90セントだった。

よく考えてみたら、ゴールドの真鍮色も光り輝いている訳ではなく、ドア自体が階段を上りきった踊り場にあるので、暗くてそれほど色合いの差異には気が付かない筈だ。気にしているのは住人だけかも知れない。写真を写すと、ネジの色よりも開け閉めで鍵が当たる場所の黒墨の方が気になる。そもそもこのドア自体が、この建物に使われていた古い百年以上前のドアを作り直したものなので、木材も古くそれほど強い固定などは出来ない筈だ。あまり無理をしてもはじまらない。

車中のラディオで、歌手のゲルハーエルのインタヴューが流れていた。ラインガウフェストに登場するため、ヘッセン放送が流しているものだ。声の出し方の話しをしていて、いつものオペラ歌手の胴声をまねてその恥さらしさを示していたが、それ以上に経歴などの説明が興味深かった。子供の時からの少女趣味のような合唱で鍛えたアマチュア―であり、手先が器用でハムマーを持つのが好きで大工になろうかとも思ったようだが、結局アビトアー後に医学部に学んだとある。それ故にミュンヘンの音大の方は副専攻だったので、しっかりと音楽学を学びつくしていないのを今でも語っている。この辺りも面白いと思った。勿論本などを読んでとても勉強熱心だとは語っていた。あれだけの歌唱を示せばもはや何を語っても「御冗談でしょう」となってしまう。そもそも歌手の職業に教育などは要らない。



参照:
柱のお札のようなもの 2016-08-06 | 生活
漂う晩夏から秋の気配 2017-07-25 | 生活
殆んど生き神の手腕 2017-07-13 | 音
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by pfaelzerwein | 2017-07-25 22:04 | 生活 | Trackback

漂う晩夏から秋の気配

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週明けからパン屋が開く。そこで最後の日を利用して、山登りコースを走る。どうも前回は3月26日だったようだ。新しい靴で記録を狙えるようなスピードで走っていた。今回は、気温も摂氏20度前後で、完走するというよりも先日のアルプス登山から1時間の持久力走りを第一にゆっくりと走った。ペースを抑えていただけに、初めの急坂も緑のベンチ通過も、山場である第一合流点から第二までの間もある程度ゆったりしたテムポを守れた。頂上直下は厳しかったが、我慢して降りてきた。想定通り66分経過していた。

帰宅して階段を上るのが億劫だったように、酸素が上手く足の筋肉に廻らないのを走っている時にもその後も若干感じた。同じような感じはアルプスの3000m近くでも感じたので、明らかに血中の酸素濃度と関連すると思った。それが今回も感じたのだ。以前は時々あったような状況だが、最近はあまりなかったのでどうしたのだろうと思った。特に明け方の場合は睡眠中の呼吸の問題もあると思っている。その後昼食に続いて昼寝するなど、昔ほどではないが、やはり一寸疲れた感じがした。週明けは朝から雨降りで、合間に走るようにパン屋から森に向かったが、雨脚が強くなって断念した。夏の終わりの晩夏から秋への気配である。陽が出ないと寒いので窓を閉め切る。

忙しくて発注していなかった恒例の第3四旬期のCD落穂ひろいをした。もしかすると籠に入れていた雑誌シュピーゲル盤のセールが日曜日に終わってしまうかと危惧したからだ。今時期は二八の時期なのでバーゲンであるが、意外に八月になってしまうとあまり良いものが見つからない経験もあるからだ。

三枚買えば15ユーロで、ヴィオラダガムバ曲集とゲルハーエル歌うミューラー曲集二種を籠に入れていた。すると最初のものが売り切れていたので、入れ替えた。ゲルハーエルのものは「冬の旅」とシューベルト「曲集」とした。「水車小屋」はフィッシャーディースカウのものもあったので、CD二枚とも曲が重ならない方が良いと思った。「冬の旅」は多くの録音が出ているが、今まで実はあまりこれと思ったことはなかった。理由は分からないが、あまりに名曲だけになにか歌伴奏とも大劇場向きの感じがする録音が多いからかもしれない。ネットで障りを聞いてみるとこの上のピアノも歌もかなりインティームな感じで良いと感じた。

ゲルハーエルのの歌に関しては今回のタンホイザー公演で初めてその芸術性が分かった。あのような歌をオペラ舞台でやられると、その歌唱への評価以前にとてもそこから学ぶことが多い歌唱であることは門外漢にも直ぐに分かる。録音は2000年代前半のものなので、如何ほどのものかは分からないが、それはそれでとても興味深い。

もう一つのCDの代替はクラウディオ・アバド指揮のベルリン初期のモーツァルト曲集とした。リンツ交響曲とポストホルンセレナードであるが、特に後者の演奏が気になった。

もう一つの目玉は、以前からウィッシュリストに入れていたエンゲルベルクコーデックス314と称するCDである。エンゲルベルクの谷のベネディクス修道院で見つかった中世音楽の曲集の録音である。それが今安売りとなって5ユーロしないので買わずにはいられない。

買い逃したくなかったのは、四枚組10ユーロしないヴィヴァルディ―の曲集である。同様なものに9枚組20ユーロのビヨンディー演奏の曲集があったが、ビルスマらの演奏の録音の方が丁寧に作られているような印象を持った。「四季」だけでなく、チェロの協奏曲などが面白いと思った。ヴィヴァルディ―は重要な作曲家であると思うが、意外に良い演奏の録音などがそれほど多くは無く、手元にもあまりLPもCDも揃っていない。

以上、全CD8枚、割引を入れて〆て23.98ユーロ、まあまあの買い物ではなかろうか。



参照:
Ich war noch nie in Japan. Das ist.. 2017-04-03 | 暦
マニキュア落としの効果 2016-07-07 | 雑感
殆んど生き神の手腕 2017-07-13 | 音
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by pfaelzerwein | 2017-07-24 18:18 | 生活 | Trackback

スパゲティソーメンを食す

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アルプスから帰って来てもう一つ調子が出ない。一つは皮がむけた踵の影響だろう。完治するまではクレッターシュ―を履くのも憚られる。大したことの無い傷でも微妙な影響が出るのだなと思う。行動中は特にである。やはり靴は大切だ。

先週はワインの地所の上っ縁を走ったのと、緑のベンチまで往復しただけだ。日曜日に山登りコースを走ろうと思ったが明け方の暑さと寝起きの悪さに断念した。最近は早めに床に入って夜中に目が覚めるのも朝を辛くしている。そのようになるのは運動不足なので、悪循環続く。

週明けも朝一番と思うが、パンを買いに行くわけでもないので、肉屋が開くのは遅く、どうしても調子が掴めない。それでも何とか緑のベンチを往復した。今週は先週とは異なり気温が上昇して再び35度を超える。それでも湿気は流石に6月よりは高いが、風通しが良くてそれほど暑くはない。陽射しが弱い。

例年ならばまだまだ暑いところだが、今年の夏は一月以上早く終わっている。兎に角、運動能力が落ちていて不安になる。もう少し涼しくなったら再びブーストしたいところだ。

冷たいスパゲティーも飽きたので、冷たいつけ麺をバリラの一番で作ってみた。出汁を取って。醤油たれを作った。七味を掛けたソーメン風の食べ方である。いつもとなるとつまらないが、年に一度ぐらいはいい清涼感だなと思った。

緑のベンチへ向かう道で上半身裸の爺さんと擦れ違った。フォルストの人だと思うがあまり記憶に無い顔だった。何処まで上がったかは知らないが、やはり暑いということだろう。比較的日陰もある東向きの経路だが、朝から走るのも厳しい。

昨年の記録を読むと、パン屋が休みの間に頂上まで二回走っているが、週間は休んでいたようだ。今年も一度は頂上を目指したいが涼しさが必要である。今年はとても過ごしやすい反面、暑さと涼しさが交互に訪れるので ― 夜中に窓を開け放ったり締めっ切ったりの交互となる ―、運動のための身体の慣れはなかなかできない。心肺機能に負担を掛ける傾向にあるようだ。ジャガイモでも食って精をつけよう。

昨年水漏れの修理の影響で破られた壁の割れ目を直しに来た。予想していたような張替えでなくて、割れ目にアクリルのボンドを流し込むだけだったが、薄いベニヤ状の板なので隙間さえ埋まれば気密性は元通りになる筈だ。



参照:
生の味付けのうまさ 2014-10-22 | 料理
蕎麦きし麺と蕎麦ポレンタ 2007-09-01 | 料理
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by pfaelzerwein | 2017-07-19 23:28 | 生活 | Trackback

こぢんまりとした山小屋

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今回二泊したヒュッテは50人規模のこぢんまりとしたものだった。我々は一泊60フランで、二食付きだった。スイスでの賄いつき宿泊としてはまあまあの価格だろう。最近はEU圏で宿泊と飲食で60ユーロでは足りなくなってきているからだ。つまり三泊ならば200ユーロぐらいは準備する。今回は200フラン越を準備した。

勿論寝るのは雑魚寝で、食事がどれだけの質量かとの問いかけとなり、アルコールの量と価格も問題になる。アルコール量は昔に比べると大分減った。理由は体の動きに敏感になり、ただ肉体労働するだけのような山には行かなくなっているからだ。アルコールで疲れや神経を麻痺させるよりも、翌日に備えた平常心を保った体調維持の方が重要になって来たからだ。それでも一日に三杯はアルコールとノンアルコール合わせて飲んだ。それ以外に一日に二リットルはハーブティーを用意しているからだろう。

山小屋の食事云々と思うかもしれないが、地域によっても国によってもその食事の出し方や味付けや料理も異なる。それでも充分に食指が動く料理であって、満足する食事でないと体力がもたない。その意味からは今回の食事は味付けとしては悪くは無く、食欲の湧くものだった。木曜日はラザーニャ風とヴィルシングとチーズが美味かった。スープもコンソメで良かった。サラダは缶詰のコーンが情けないが、三種類のソースで楽しんだ。金曜日は豚とピーマンの串刺しとジャガイモで、スープが生姜などのピリ辛で皆殆んどがお代わりをしなかった。問題は量感が無かったことで、無駄は間違いなく出ないが、量より質の感があった。ビールは地元のいつものカランダが楽しめた。

自分自身も嘗てと比較すれば飲食とも量を落としているが、それでももう少し食べれる。出かける前に野菜を片付けたので、大変な量の食事をした。それに反比例しての小食の旅となった。小屋自体は小さく、施設も昨今の山小屋からすれば簡素で、シャワーはおろかお湯も出なかった。冬場にはスキーツアーに素泊まりできるようだが、薪ストーブなどを見て、その機会に備える。二泊程度ならば、こうしたこぢんまりとした小屋の方が快適で、便所の数が少なくてもストレスとならない。木曜日は24人同宿、金曜日は更に減っていた。

比較的よかったのは雑魚寝のマットレスが比較的厚目で不快さが無かったことだろうか。込み具合からイワシの缶詰にもならず、仲間の鼾も許容限度で比較的眠れた。平素一人で就寝しているのとはその安眠度は異なるが、寝起きは決して悪くはなかった。



参照:
スイスの山小屋で露天風呂 2017-02-15 | アウトドーア・環境
前夜際から始める 2006-08-31 | 生活
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by pfaelzerwein | 2017-07-11 03:14 | 生活 | Trackback

上半期に買って良かったもの!

上半期に買って良かったもの!

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エキサイトブログにこのようなテーマがあったので、考えてみる。色々なものを今年も購入した。二つならば、その一つに歩行用ストックの無くなった皿に代わる新たな皿とその留め具を買ってよかったと思うが、まだ使用していないので、もう一つのキーボードを挙げておく。

キーボードは長年欲しかったのだが、従来使っていたアナログのシンセサイザーとの兼ね合いなどで、どうしてもその互換性などで適当なものを探し続けていた。十数年間は見つからなかった。

しかし今年になって、従来の装置がもはやあまり使い物にならなくなったのを確認したので、それとは別にソフトウェア―のシンセサイザーと使えるキーボードを購入することにしたのである。これによって、高価なシンセサイザー付きのキーボードを購入するまでも無く、PCなどに無料のシンセイサイザーをインストールするだけで使用可能なキーボード購入となった。

価格も5000円程度からあり、一先ず試してみるには全く文句の無い製品がいくつか見つかった。更にブルーテュースでPCと無線接続できるなど、少し前までは考えられないような便利な製品が低価格で入手可能なのを知った。

初めてそうしたソフトを使うので、これまた手軽なキーボードで音出しが可能なのかどうかも実際のところ分からなかった。だからキーの数も少なく手軽に試してみれるものが丁度目的にも適っていたのである。

そして、ネット情報の助けを借りて、音出しするまでには少々の時間を要したが、想像以上の価値があった。キーの数が少なくて残念な位にそのキータッチも優れていて、慣れればその他のコントロールも使い易そうなのである。

同種の製品と比較して無線接続の可能性に期待してこの機種を購入したが、それに関してはPC側が最新のブルーテュース4受信を備えていなかったので、使えていない。それでも将来的な拡張性を考慮すると大満足である。

想定したほど使えていないのは、無料ソフトの入出力が16Bit44100Hzに限られていることで、通常使っているPCのハイレゾリューションシステムの設定のままでは使えないことと、有線でしか使えていないことが大きい。スイッチを入れて直ぐにキーを押すと音が出るというようにするにはそれ専用にPCが必要になる。それまでは、このキーボードで可能な使い方を模索していこうかと思う。

兎に角、以前ならば何倍もの投資でここまでも至らないようなことしかできなかったのが、今こうして手軽に音出しが出来るというのもデジタル技術の恩恵でしかない。
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by pfaelzerwein | 2017-07-04 09:00 | 生活 | Trackback

Vベルトが外れた

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待ち合わせ場所に向かった。森の中を通る道を選んだ。朝の森の中は気持ちよかった。久しぶりに走る道である。峠を近づいて下り坂になたっ時に起こった。ダッシュボードの警告ラムプが赤色に緊急事態を告知した。走り乍らではその文字は読めないが、バッテリーの絵が付いている。すると急にハンドルが切れなくなった。油圧が効かなくなったことを察知した。それでも幸いブレーキは効く。平素ならば時速100キロぐらいで突っ走るところだが、ハンドルが切れないので下り坂のカーヴを曲がり切れないかもしれないので、早めに減速した、そして文字を読むと発電機が不調と書いてある。なにが起こったか分からずに力を込めてハンドルを切りながらなんとか集合場所まで辿りついた。右折左折に、駐車に梃子摺った。

要件を終えて車に戻ってきた。ドイツ車に多い電装系の問題ならば、突然起きたことであり、もしかしたら直っているかもしれないとの期待もあったが、一方で発電機と書いてあったことから二度ともう始動モーターが動かないかと思ったら、問題なくエンジンが掛かった。これならば再び同じ経路で帰宅して仕舞おうと覚悟した。幸い森の道経路は信号も無く、曲がり角も少なく、谷を出てからは我が町に入ってから三カ所しかない。町が近づいてくるとその他の警告が一斉に点滅しだした。もはや「修理工場を探してください!」ではない、何とスピードメーターが80㎞を差したまま動いていない。それでもブレーキの油圧などには影響がない。帰れそうだ。何とかガレージの前まで戻って来た。

クーラーが効かなくなっていることから発電機が効いていないことを察した。もしガレージのドアを開けるときにエンジンを切ってしまうと二度とエンジンが掛からないと思って、そのままにしてハンドルを力一杯に切って車庫入りさせた。

ボンネットを開けるとVベルトが外れていた。しかし切れてはいない。ここ二週間ぐらいその辺りのアイドリングの回転音に小さな異音が混じるのに気が付いていて、ベルトを押したりとその弛みも調べていた。特に緩んでいる感じが無かったので、どこか都合が悪いプーリーの回転部分があるもの気になっていた。やはりおかしかったのだ。張力を与えるプーリーの経年変化だろうか。

ネットを調べると工具無しに手でベルトを張ることは出来るようだが、掛け方が間違いなく分かるか、作業が問題なく出来るかは分からない。もう一度エンジンが掛かるかも分からない。夏であるから簡単にバッテリーが駄目になるとは思わないが、危ないところである。バッテリーを取り換えるだけで200ユーロ以上出費となる。

先ずはベルトを正しく掛けられるか試してみなければいけない。正しく掛かったことを確認して一発勝負でエンジンを掛ければ、充電が可能となるかもしれない。そして油圧も効くようになる筈だ。その足で月曜に支店まで走り通せれば、最も都合が良い。もしエンジンが掛からなければ、誰かに来て貰うしかない。恐らくレッカー移動の必要はないだろう。

先ずはエンジンを冷やして、そこの写真を撮って、もう少しベルトの交換の手順などをネットで詳しく調べてみなければいけない。完全に冷えるまで数時間は掛かるかもしれない。車も古くなるとこうしたことの繰り返しになるが、まだ自宅まで戻って来れている。先々に警告が出たり、異音に気が付いたりしているからだろう。

待ち合わせに出かける前にパン屋への途上のラディオニュースに聞き耳を立てた。「日米の貿易交渉で消費者の権利が大きく制限される」というニュースがARDの各局やSZなどの新聞で流されたという。つまりサミットも控え、EUと日本との貿易交渉も控えて、絶対あり得ない経済交渉内容を日米が進めているということで、食品などへの具体的な危険性にも消費者権利が及ばなくなる言及されている。



参照:
安定してきたアイドリング 2017-06-21 | 雑感
ヘドロ塗れになる午後の一時 2009-11-28 | 生活
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by pfaelzerwein | 2017-06-25 04:06 | 生活 | Trackback

再びガス欠で車を押す

一走りして戻って来る。隣町のランナアバウトのところでエンジンの警告ラムプが付いた。どうせエアーでも噛んだんだろうと戻ってきて、スタンドの前で明らかに出力が落ちてスカスカになった感じがした。スタンドに乗り入れて燃料をを入れようかとも思ったが、ディスプレーには残量1Lとなっている。出かけるときから変わっていないこれならばいったん帰宅して、安くなった時刻を選んで給油すればよいと思った。大抵はリザーヴの分でまだ数キロ以上は走れる。

しかし街の中でもパワーが出ずにスカスカになって来るところで自宅へ戻った。ガレージに入れようとバックにしたら、エンストした。どうも燃料が尽きたようだ。早速前回助けて貰ったご近所さんに聞くと予備は無いという。仕方がないのでまた車を押して車庫入れした。

知り合いにメールをしたのでもし都合がつけば燃料を持ってきてくれるだろうが、間に合わなければ燃料代が安くなる夕方には近所の先ほど入ろうかとしたスタンドにポリタンクでガソリンを取に行かなければいけない。往復20分以上掛かるだろうが仕方がない。

前回も同じようなことになったのはいつのことかと思ったら昨年の一月のことだった。大分以前のことのように思い、それも夏場のことだと勘違いした。つまり燃料計が膨張か何かの関係で正しく作動しておらず、暑さのために霧状になった燃料が上手く吸引できないのだと思った。しかし状況はよく似ているのでそれとは関係なさそうだ。

昨年あたりからエアーを噛むようになってエンジンが異振動するようになって気になっていたのだが、今回は事後はどうなるだろう。なぜならば最近は例の振動は収まって来ていたからで、このような長い期間を掛けて状況が変化して行くのかどうかは分からないからである。

昨晩ワイン祭り五日目は気温摂氏30度以上の予想で厳しい一日が予想された。なるほど前日に比べても気温は高く、締め切った室内の温度で何とか汗を掻くことなく過ごした。また音曲の騒音も人込みも予想されたほどではなく、比較的凌ぎやすかった。しかし予想された雷雨は外れて、少々お湿りがあった程度で逃げ惑う人々を観察することはならなかった。その分蒸し暑さも避けられたということで、今年の夏の特徴は陽射しは強くとも乾燥した比較的過ごしやすい夏になるのではないかと期待している。

締め切った室内で久しぶりにロシアのサイトを検索した。欠損のあるヴィデオなどを補填したいからだ。なぜか昨年から通常の検索ではひっからなくなって来たので、キリル文字による検索などを繰り返していたがそれでも欲しいものは見つからなかった。そしてやっと方法が分かった。どうも従来のやり方では西側で発見されて直ぐにリンクなどが除外されてしまったのだろうか、やはり見つけにくいが、必要なヴィデオが見つかった。具体的には、自分自身で録画しておきながらストリーミングの調子が悪く完璧な録画とならなかった昨年秋の「マイスタージンガー」と「マクベス夫人」の二つのオペラ新制作の映像である。特に後者はショスタコーヴィッチの代表的作品なのでロシア人が商っていない筈はないと思ったのだが、今までは見つからなかった。見つけた動画はどれも自分自身の録画の二ケタのギガファイルではなく条件のあまり良くないものだった。それでも映像どころか音楽も欠けてしまっている箇所を初めて聞くことになるのでその意味から貴重であり、一度聞いてしまえばあとは想像で補える。「マイスタージンガー」の前奏曲はやはりこのファイルでも少し異なった箇所が欠けていて、如何に有名曲が流れるときは視聴が集中するかを表している。同じように「マクベス夫人」が逮捕される前の情景も中継が固まってしまった。その分はこれで質を落としたヴィデオ映像で初めて見聞きした。残念ながらストリーム配信が充分でないのは、恐らく誰が録画していても同様な過剰アクセスゆえの出力制御がありそうで、録画が完璧とはならないことが、海賊版としての販売を上手に阻止しているかもしれない。

まあ、自分自身の目的からすれば、全く見聞き出来ていなかった部分が質が悪くとも再生されることで再構成して上演内容のチェックとなるのでこのような不完全な映像でも参考資料になる。それにしても「マイスタージンガー」の映像が中継予定された7月に拳銃殺傷事件があったことで中止になり、10月にはヨーナス・カウフマンが病気でキャンセルしたことでとても残念な映像記録となった。



参照:
カラカラの状態の結果 2016-01-26 | 生活
エアーが入ったかエンジンに 2016-01-27 | テクニック
TV灯入れ式を取り止めた訳  2017-01-02 | 暦
ミュンヘンのマイスター 2016-10-10 | 雑感
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by pfaelzerwein | 2017-06-16 19:18 | 生活 | Trackback

なんとか快適に迎えた日曜朝

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摂氏30度越が予想される日曜日。朝は予想以上に涼しく、森の中も前日よりは陽射しが暑かったが、それほど汗を掻かなかった。後ろからMBXが近づいてくるので道を開けていてもなかなか抜いていかなかった。結局峠まで数十メートルを開けて追走した。Tシャツには自転車クラブのロゴがあったが、全くスポーツ的ではなかった。結局峠で休んでいたのを横目で見て降り始めた。ペースメーカーがいたのでタイムが縮まったかと思ったが20分は切っていなかった。仕方がない。

汗の量で可成り乾いていることが分かった。室内にいると過ごしやすい理由だ。これならば午後も何とか耐えられるかも知れない。昨晩は夜遅くまで人の声が聞こえたが、窓を閉め切れたので、音曲にも就寝はあまり影響されなかった。但し、夕方早くから様々な音が流れていたので、結局こちらのスピーカーと競合する形で騒がしかった。

シュタットカペレ・バートデュルクハイムが演奏している。吹奏楽団で軽音楽のようなものをやっている。この手の音楽や吹奏楽で何といっても苦になるのは管楽器の音程が端から安定しなことで、途中で音が外れるというのではない。田舎臭い音楽の場合は一種の凄みになるのだが、映画音楽とかその手の軽音楽の時には余計に気になって来る。そのそもあの業界は始めから外れていても最後まで綺麗に外れっぱなしで演奏し続けるのが一流ミュージシャンなのだ。なぜか、音合わせをしているのを聞いても、各々が好きなように音合わせしている。

音が鳴っている間はこちらも音出し不可能なのだが、兎に角聞いているだけでも気分が悪くなって来る。なるほど生楽器の音は夜間のロックなどに比較すると耳に優しいのだが、外れ放しの音を聞き続けるのも気分が悪い。焦点の合っていない双眼鏡を覗き続けているような気持になる。大抵は制御が効かなくてか、それとも人より音を通したくて上へ上へと上擦るのではないだろうか。

バルコンの気温を観測するために久しぶりにラズベリーパイに電源を通した。暫く使っていないので計測の手順が分からなくなっていて、自分の書いたBLOGを参照する。.bashrcの#を取って書き直したのだが、なにか以前とは事情が違っているようで、真っ白になってしまった。調べてみると事情が書いてあるが、ログイン時に書き込まれるからなのかもう一つ分からない。間違ったつもりはないのだ。しかし、再度必要なコマンドを書き込むと、自動計測は可能となった。

夕方どこまで気温は上昇するか分からないが、現時点では13時過ぎに一度下がった位であるから、予想ほど暑くはならないように期待している。その程度ならば、零時になるころ静かになって、窓を開けなくても就寝できるかもしれない。さてどうなるか?



参照:
ワイン祭り初日を終えて 2017-06-11 | 生活
春の準備をするこの頃 2017-02-25 | 生活
弁証法的な辛い生活 2016-12-10 | テクニック
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by pfaelzerwein | 2017-06-11 23:37 | 生活 | Trackback

ワイン祭り初日を終えて

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昨晩、ワイン祭り初日は何とかなった。涼しかったからだ。それに出だしの18時半前には雷雨があった。その後晴れ渡って、本格的な人込みとなり、音楽も騒がしかったが、窓を閉めることが出来たので、零時前には深い眠りについた。朝も気分良く起きれた。空気の涼しい森の中を一走りしてから戻ってくると、ご近所さんが確りした身なりで明るい顔をしていた。九十歳の中半を過ぎているような爺さんであるが、久しぶりに元気そうで、車から出て話しかけるのを待っていた。

「よく眠れました?」と尋ねると、嬉しそうに「驚くほど眠れた」と答えるのだ。そうこう話ししていると、爺さんが私が走る森の中に「山小屋」を持っていることを思い出した。そこで就寝して、「朝飯も自分でやった」と普段はしない健康な生活をしたので身体が確りしてきたようだ。年寄りであるから、反動も怖いが普段のマンネリした生活から一寸でも変わると血圧も上昇するのだろうか。今日の様子や表情を観ていると百歳超えてもおかしくはないと思った。

やはり平均寿命が延びていることをこの爺さんを観ていると感じる。自転車を乗り回していたのは二十年程前であるから、八十歳ぐらいまでは運動能力の点でも問題はなかった。杖を突くようになったのがこの十年で、心臓の不調で救急車を呼んで介護の食事サーヴィスなどを頼むようになったのはこの数年のことである。今回はワイン祭りの喧騒を逃れての山小屋への一時避難であったが、やはり誰も居ないところで行き倒れにでもなったらいけないとの気持ちの張りだろうか。まだ数日は避難するのだから、その間は元気に動くのだろう。問題はそのあと静謐が戻って日常に戻るとどうなるかだろうか。

週初めに中継されたマーラーの五番などを流している。何といってもソロトラムペットが何度も噛んで安定した演奏とはならなかったことが痛い。だからフォアアールベルク交響楽団では谷のスキー場の村出身のフリーランサーのゲスト奏者を招聘していた。ミュンヘンでは度重ねて16分音符の短い変化記号で噛んで、持ち返すことなく葬送行進曲全体がガタガタになったが、そこではトラムペットが葬送行進曲全体を支えていた。その最初の三連符の運命の動機から楽譜通りにアチェランド気味にアウフタクトとしているのに比較して、ミュンヘンでは充分に刻まれていないだけでなく充分に軍楽隊風になっていない。第一トラムペット奏者が初日にも上手く吹けていなかったので辻褄を合わせたのかもしれないが、結局噛んでしまったようだ。座付き管弦楽団の公務というものが連夜の公演の歌手の危なっかしい歌に合わせるのが仕事ならば、こうした難しい要求に ― この場合は強拍16分音符を正しく刻んで弱拍のアクセントの付いた複付点四分音部へと下降する ― 正しく応えるのは厳しく、代表的なヴィーンのそれなどもへたったリズムで上手い誤魔化し方を伝統にしているに他ならない。

そのようなことを考えながら昨年の欧州演奏旅行の頂点であった「家庭交響曲」の演奏を振り返ると、一部にはアンコールの「マイスタージンガー」序曲で本領発揮とか、「最晩年の書法とは異なる」とかへんてこな評論家の文章が軒並みだったが、今回初めてじっくりこの曲を研究すると同様の「英雄の生涯」以上に興味深い。特に管弦楽のアンサムブルが問われているようで、この曲を以ってルツェルンやベルリン客演で音楽監督キリル・ペトレンコは座付き管弦楽団との成果を問うた訳で、将来的な教育的な面も含めての選曲であったことを理解した。作曲家自作指揮でヴィーンの座付き管弦楽団の録音が存在するといううことで、またその他にフルトヴェングラー指揮、YOUTUBEにはサヴァリッシュ指揮フィラデルフィアなどがある。

作曲家の自作自演も、フルトヴェングラー指揮のライヴも1944年のものらしいが、後者の録音は聞いたことが無くてこれほどまでに重要な録音を聞き落としていたと知って驚いた。前者は上記の場合と同じでやはりこの曲は交響楽団が演奏しないと駄目だと思ったが、あの時期でもこれ程に充実した演奏をしている後者の演奏は驚愕でしかない。恐らく、現存するこの曲の録音で最も重要なものではないだろうか。楽譜に忠実にそれ以上に譜読みをしていて、それは後年のカラヤン指揮のものと比較すれば一目瞭然だ。フルトヴェングラー指揮のリヒャルト・シュトラウス録音になかったゆえに、カラヤンが「英雄の生涯」で成功できたともいえよう。



参照:
ワイン祭りを避けるついで 2017-06-09 | 生活
入場者二万五千人、占有率93% 2017-04-21 | 文化一般
苦み走るようでなければ 2017-02-13 | ワイン
九月の四つの最後の響き 2016-09-23 | 音
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by pfaelzerwein | 2017-06-11 01:57 | 生活 | Trackback

ワイン祭りを避けるついで

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ご近所さんと立ち話した。パン屋から沢沿いを走って帰って来た時のことだ。「落ち着かない時期になったね」と話しかけると、土曜日から旅行に出かけるという。その夫婦は確か毎年のようにそうしていたことを思い出した。私の部屋とは違って、お祭り会場に近く、二階三階しかないので更に酷いようだ。人込みや音楽だけでなくて、冷却ファンの音などが堪らないようで、それならば完全に十日程以上同じような状況が続くことになる。窓を開けては眠れないであろう。

ここ暫くは外気温は低めに安定していて陽射しを避けると気持ちよいが、摂氏18度でも日差しを浴びて走ると大汗を掻いた。少々苦しい。しかし夜中は夏の寝間着では寒いほどだったが気持ちよかった。それでも少し夜更かししてしまった。

それは来週家を空けることにして、小旅行の予定を考えていて興奮したのか、現地周辺を調べていて遅くなった。アムステルダムに一泊で出かけることにした。理由はなんでもない、今回のワイン祭りは、金曜日の夜から日曜日の夜まで三夜一日、金曜日の夜に集中豪雨でもない限り騒がしく、週明けには水曜日から祝日を挟んで金曜日まで二夜一日は可成り大変なことになり、最終週末の金曜日から日曜日まで二夜一日となると、七夜三日は通常の生活が叶わなくなる。

ご近所さんのように一週間空けてしまえば、金曜日の夜だけでそれほどではなく、最終週の一夜一日ぐらいは我慢できる。そこでせめて二夜一日位を家を空けることでなんとか折り合いをつけようと思った。それでも五夜二日は我慢しなければいけない。二日間は音楽の騒音などで自宅では殆んど音が鳴らせない。夜はせめて窓を締めても汗を掻かない夜ぐらいの気温になって欲しい。

アムステルダムには仕事で一度オークラかどこかのホテルに宿泊して、翌日先方の人達と郊外の波止場にあるフィッシュレストランに行ったぐらいで、市内も全くと言っていい程知らない、だから今回は少なくとも少しはサイトシーイングをしたいと思う。しかし調べてみると車で乗り着けてというのはどこの大都市でも同じだがあまり合理的ではなく、運転に神経を使いたくないと思った。そこで手短な観光対象として、2013年に整備が終わって女王の公の最後の仕事となった美術館地区を観てこようかと思っている。

そこの美術館では、有名なゴッホ美術館のほか帝国美術館のレムブラントの展示が欠かせないようだ。前者は時刻の定まった前売りを購入しておかないと行列らしく、後者も17ユーロと入場券がとても高い。八割方が外国人観光客の入場とあって、取り過ぎの感じがあるが、美術館の下に駐車しておいてどちらにもいかない訳にはいかないので、少なくとも一つは訪問しようかと思う。

旅行自体は昨年から考えていたのだが、ついでが見つからずに決心しかねていた。兎に角、遠い上に ― 片道走行距離490㎞所要約五時間 ―、ほぼ同距離にある毎夏何回も日帰りしたザルツブルクと比較して、土地勘があまりなく目的地が大都市であるので億劫だった。しかし今年のワイン祭りの連続日程は、睡眠妨害を続けられる日数として余りにも多いので決心した。自宅に籠もって悶々として、出かければよかったなどと後悔しそうだったからである。このラマダンの時期には人の集まるような場所には本当は行きたくないのだが、まあ仕方がない。



参照:
ワイン祭りを避けるついで 006-11-15 | マスメディア批評
防振というオカルト分析 2016-01-07 | 雑感
どんなゴムを使っていても 2013-11-15 | マスメディア批評
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by pfaelzerwein | 2017-06-08 19:53 | 生活 | Trackback