カテゴリ:生活( 540 )

居心地もいけるかな

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久しぶりにIKEAに出かけた。ワインを取りに行く序である。嘗ては最も近い支店で、SAPのある町ヴァ―ルドルフにある支店で、最近はマンハイムにしか行かなかったので、十年ぶりぐらいだろうか。駐車場に止めて一周してこないと買えないので無駄な時間ばかり掛かり、効率的ではないのだが、ネットで発注すると高めの送料などを取られるので、二品購入してきた。

一つは、籠り部屋の木の椅子に乗せるクッションで、ヘタレてお尻が痛くなってきたので、それを探した。しかし何年も経っているとそのKAUSTUBYと称する椅子自体は販売していても、そのとき買った良いなクッションは製造していない。そこでそれに近い寸法のを選ぶのだが、ネットで見つけたものを探す。店頭で見ていると、その椅子にはほかのタイプのクッションが推奨されていて、今まで使っていたものよりも機能が悪く話にならなかった。そこで結局ネットで目星をつけて採寸したものを購入した。問題はその生成りよりも薄さが半分しかないことで、今まで使っているものと重ねて使うしかないと思った。

もう一つは、バスルームの目隠しに浸かっている窓のロールが敗れてきたので、それの代わりになるものを購入した。ネットで目星をつけていたものは白色に関わらず厚過ぎて完全に陽射し除けだった。薄過ぎず、厚過ぎずを探した。幅が少し長くなっているので、付け替えようか短く切って張り替えようかなど暇を見つけなければいけない。15ユーロだった。

ADMETEと称するクッションの方はIKEAのその椅子への推薦ではなかったので心配したが、実際に重ねて見ると全く同じ形状で完璧だった。それが最も安い商品で9.99ユーロだったのであまり売りたくないのだろう。嘗ては安くて手軽で、ドイツでのその全盛期は十数年前だったと思う。今も買えるものはあるが以前ほど安いとは思わないようになった。

店頭で見ながらレジで待ちながら、もはやネットでのほうが良いものを変えるという確信は変わらなかった。それゆえにその基本方針を変えてネットでも販売するようになったのだろうが、そのようになればなるほど競争力は落ちてくると思う。

上のようにいつまでも商品を供給できていないとか、生半可に商品を整理していると益々その魅力が薄れていくと思う。すぐに使えなくなるようなものなら買わない方がよい。IKEAの一度目の障壁は、刑務所製造とかいうその商品製造コストの問題で、今はネット競争ということになるのだろうか。



参照:
途上IKEAでのショッピング 2012-12-11 | 生活
珍商品に感想して高鼾 2012-12-17 | 生活
ナヴィで目指すところ 2016-02-06 | 雑感
英国製の高価な買い物 2016-10-03 | 生活
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by pfaelzerwein | 2017-11-18 00:12 | 生活 | Trackback

籠り部屋でのモニタ―

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籠り部屋に移った。冬籠りの始まりだ。モニターをアームに取り付けようとして太すぎるネジを使ったのでボルトの方が中で落ちてしまったようだ。開けて直そうと思ったが時間が掛かりそうなので、二本の太いネジと細いネジで誤魔化して装着した。想定外は縦位置では長すぎて使い難そうだったことで、横位置ではモニター面が前に出るので眼との距離が50㎝ほどになると近過ぎるかなという感じ だ。その他では想定通り、VNCで映した動画はスムーズには動かないので、早速クロームキャストを発注した。一番安いもので送料込み36ユーロした。更にラズベリーパイを接続するHDMIの短いものが欲しかったので1.5mを2.60ユーロで発注した。

もう一つ、真面なモニターで見るとVNCのクローンの画質があまりシャープではない。調整可能かどうかはやってみないといけないが、キャストに切り替えることで画質はよくなるだろう。勿論、ドッキングステーションのノートブックを遠隔でコントロールするにはラズベリーパイが重要だ。そのラズベリーパイをタブレットからVNCで遠隔操作する。タブレットを書き換えたので、VNC接続するのに時間が掛かった。毎年同じ時期に同じようにシステムの再構築・修復に時間を掛けている。記憶が薄れていることもあるが、そもそもダイヤグラムを見ないことには分からないほど複雑なのだ。

今後キャストを接続すると、先ずは階下のノートブックをあげて、そこでキャストに飛ばすか、屋根裏部屋でラズベリーを上げるか、またはタブレットでノートブックを遠隔操作してキャストを飛ばすかのような手順になるだろう。

もう一つ夏の間はドッキングステーションとして二つのモニターを使いこなしてきたが、これからはシングルのモニターで切り替えながら、音を出して仕事ということになる。要するに視覚よりも聴覚となって仕事は捗るかもしれない。

いずれにしても来春には二台目のモニターを買わないと駄目だと思う。ノートブックもそろそろだが、どちらにしてもドッキングステーション化するので、薄型モニターは邪魔にならない。



参照:
離れたモニターを使う準備 2017-11-04 | 生活
ラズベリーのアップグレード 2017-03-13 | テクニック
未来へのルーティン 2016-10-25 | テクニック
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by pfaelzerwein | 2017-11-05 23:43 | 生活 | Trackback

離れたモニターを使う準備

体重増加が気になる。夏の終わりの74kgから75kgへと増える傾向がある。三月からすると6kg増となる。炭水化物の摂取量も増えており、肉類との双方で食事量が増えているのかもしれない。ワインの消費は落ちているがその分ビールと赤ワインが入ってきているので、これは都合が悪い。運動量を上げるのが一番だが、時間からするとこれが結構難しい。生活態度など検討していかないと容易く解決しそうにもない。まだ脂肪がつき始めているという感じではないので、落とすのは時間が掛からないと思うのだが、筋肉を鍛えていくとなると大変である。

日本のネットを見ているとブドウの皮が食せるとか食せないとかあった。こちらで皮を残して食しているのを見たことが殆どないので意外に思った。最近はスーパーでも種無しが増えてきていて、購入するとなるとどうしても種なしで皮がサクサクとした品種が好ましい。皮がぶよぶよしていると食べ難いからで、サクサクと弾けるような皮のものが最も食べやすい。恐らく日本は何らかの障壁を設けていて、そのような品種が流通しないようにしているのだろう。

モニターのアームを発注した。冬籠りの準備の一つである。本来ならばもう一つ新しいモニターを購入すればよいのだが、籠り部屋の机の奥の窓枠は幅が50㎝しかない。つまり現在居間で使っている21.5インチの幅52㎝が入らない。そこで考えたのが、居間の机では使えないアームを取り付けて縦型で使うことだ。縦型での使用は、特にpdfなどの資料を画面に綺麗に収められることで、勿論楽譜などにも都合がよい。アームを使って90度回転させれば訳ないことなのだ。

冬籠りの机で仕事をするときは机を一杯使いながら、奥の縦位置のモニターで資料を見るということになる。その場合も机周りにはラズベリーパイがあり、無線のマウスとキーボードだけだ。その場合通常のネット観覧は問題がないが一寸不便なのは動画再生で、これは綺麗に再生できない。音響はNASなどからクロームキャストオーディオに飛ばして出すだけなので、籠り部屋の伸びているダイナミックスピーカーで問題なく聞ける。もしくは通常のクロームキャストを使うと画像は問題なくなるが、朝一の使用は飛ばす作業が居間の寒いところで必要になる ― 解決策としてタブレットでリモートコントロールしてもよい。両方を併用するとなると、HDMI入力端子が二つ必要になるのか、それとも。その場合動画再生は、今度は前に30㎝ほど引き出せるので、横位置にしてみるということになる。

寧ろ問題は、二台目のモニターを購入するかどうかの試すことにある。ノートブックは居間に置いたままにして籠り部屋で仕事が捗るのか、PCの無い静かな籠り部屋でメディアも再生しながら、不便は生じないか?PCをドッキングステーションとして居間に固定しておくことで問題がなければ、来春にもう一台22インチのモニターを新調することになる。

整理すると同一WiFi内で、離れたPCを使って、遠隔操作で目前のモニターを使って仕事をする方法として、VNCなどの遠隔操作プログラムを使うか、クロームキャストなどで離れたモニターを使うかの二つの方法があり、前者でも後者でもPCから離れたマウスとキーボードが同じように使用可能となる。双方ともに利点も欠点もある。さてどうなることか。



参照:
キャストによるデーター転送 2016-10-08 | 暦
未来へのルーティン 2016-10-25 | テクニック
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by pfaelzerwein | 2017-11-03 23:47 | 生活 | Trackback

はっぱふみふみ

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かなり冷えた。森の中の水溜りを眺めたぐらいだ。凍結はしていなかったが、摂氏2度以下だった。走りの質に関しては全く言及するまでもない。裸になると寒くて頑張って噴かしたのだが駄目だった。それでも峠から降りてくると汗で濡れていた。

GPS時計の充電が初めて完全に切れた。それで時計の時刻まで消えてしまっていた。充電してから戻すと全く異なる時刻が出ていた。GPSをONすると冬時間に正しく戻った。GPS制御は便利だと思いだした。

二月前から使い始めた歯ブラシの替えブラシを初めて購入した。安売りのフォリップスのそれには通常のものしかついていなかったが、今回は同じ価格でミニを購入してみた。ブラシの消耗は激しいかもしれないが、消耗するにつれて力が入るようになっていたので、力を入れないで磨くことが歯茎の炎症に最も大切だと思ったからである。お陰で歯医者に予約を取ろうかというところまで改善されている。いくら頑張って食物を咀嚼しても問題がないのだが、歯磨きがなぜか答えるようなのだ。だからとても大切なのがブラシである。これを使うようになってからさらに調子が良い。

もう一つ同封されていたのが、パッキングの輪っかで試しに隙間に嵌めてみたが、これは付いているゴムを抜いて色が合うように付け替えるもので、隙間云々とは関係ないものだと写真を撮ってから後に理解した。

恒例のCD落穂ひろいも今まで出来なかった。山の中は枯葉で足元が見えないように落葉が積もっているが、CDの方は年々掘り出し物が少なくなってきている。その中でも割安だと思ったのは、シュタットフェルトのバッハ曲集二枚組3.99ユーロである。どうも売れ行きが悪いようで、ドイツ国内でもイゴール・レヴィットのようなピアニストが出てきているので、運指の技術的には優れていても国際舞台では苦戦しているのだろうか。個人的には一緒に食事したこともあり、ヤナーチェックのピアノ曲のことも少し話した記憶があるので、売れていないなら買おうと思った。もう一つはヴァークナーの四手のための編曲集をデュオ・タール・グレオティーゼンが弾いているもので同じようにソニーの安売りである。それ以外になかなか見つからなかったのだがドナウエッシンゲンの2013年と2014年の記録SACDが20ユーロで出ていた。SACD四枚組か三枚組にDVD一枚かで迷ったが、2014年は最後のSWFとロート指揮のそれもフライブルクでも聞いたステーン・アンダーソンのピアノ協奏曲がDVDに入っているのでそれにした。個人的な思い出ではなくて、その創作はなかなか見事だったからだ。ライヴ録音でいくらSACDであっても楽しめないのであるが、ネットで探してもほとんど聞くことが出来なかった、キリル・ペトレンコ指揮フランクフルト歌劇場のオペラ「パレストリーナ」の三枚組を発注した。さわりを聞く限り対して弾けていないようであるが、三枚組10ユーロなら仕方がないかと思った。割引を計算して〆て31ユーロで10枚ならば、まあまあ仕方がないかと思った。ベルリンのデジタルコンサートホールでさえ一週間で9ユーロも支払うことを考えれば高くないということである。



参照:
とっかえ、ひっかえ 2017-08-02 | 生活
39.99ユーロという額 2017-07-30 | 生活
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by pfaelzerwein | 2017-11-01 01:15 | 生活 | Trackback

広がるリビングからの視界

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リビングに入ると視界が広がっていた。バルコンの外の木が切られていたからである。去年既に切り込必要を管理者に伝えていたが、今年の夏は、切られないままで、そのお陰もあって幾分は涼しく過ごせたと思う。しかしこれで強風の時も安心して過ごせて、そして何よりも新春になれば部屋の奥まで入って来る陽射しが待ち遠しい。

昨冬はそれで幾らかは燃料費が増えたかもしれないのだ。また夏頃になれば緑が茂るので、涼しさが感じられることだろう。そして春の新たな梢の芽生えが楽しみになる。鳥たちも姿が見えるようになるだろう。遠景のワイン地所もソファーに座りながらでも観察できるので、これも嬉しい。

昨年まではモニターが古かったので反射が激しく、背中から差し込む陽射しで仕事にならなかったが、新しいモニターでその問題は殆んど無くなったと思う。待ち望まれるのは陽射しだけだ。

そんな日常の綾だけでないことが描かれているのが、ヤナーチェックが作曲した漫画が原作のオペラ「利口な女狐の物語」である。一時間半強の短めの作品なのだが、それでも交響曲とは異なって全体の形を見通すにはそれなりの時間が掛かる。

今回はピアノ伴奏のヴォーカルスコアーしかDL出来なかったので、それを使っている。必ずしもスケッチに近い訳ではないが、少なくとも骸骨図は分かり易い。所謂音楽劇場のコレプティトーアと呼ばれるような人達が、歌手や合唱やバレー団の練習の時にピアノで弾く楽譜である。アシスタントの指揮者なども含めてこうした楽譜を扱いなれているとやはり楽曲へのアプロ―チの仕方も変わってくると思う。

最初は第一幕などは比較的単純だと思っていたが、繰り返して見ているうちに分からない動機などが出て来て、徐々に細かなところへと意識が移って来た。そして第二幕の女狐の愛の場面も中々手が込んでいて立派な作品だと気が付きだした。五連符などでチェコ語の語りのアーティキュレーションを整えたり、なんといっても婚礼の場の民族的な素材の効果など主題ととても深く係っていることも理解した。アルザスの作曲家ケックリンなどにも共通するモードの利用も聞き落とせない。

参考にオランダで上演されたオペラ制作のヴィデオを観た。それほどト書きなどに忠実ではないようだが、全体の流れは上手に捉えられていて、人生哲学ドラマになっている。昆虫や動物に対してなのでどうしても擬人的な扱いになるが、あまりに過ぎると想像力が広がらない。特に性器を強調して具象的に扱うとなると、どうしても受け取る側は観念的にしか考えない。如何にもオランダの風土らしいと言えば元も子もないかもしれない。

それ故に第三幕のフィナーレなどは、歌唱もあってリヒャルト・シュトラウスからヴァークナーのようになってしまっている。それなりに見応えはあったと思うが、指揮者の演奏実践と共に少し違うとも感じた。どうしても可成り細やかなところまで音化しないとその芸術性が曖昧になるような気がする。そこでどうしても2009年のミュンヘンでのキリル・ペトレンコ指揮の「イェーヌファ」のトレーラーを流して見たくなった。

また昨年安売りで購入したヤナーチェックを十八番としていたサー・チャールズ・マッケラス指揮の詰め合わせCDで「女狐」組曲を流したが、決定版である筈のヴィーナーフィルハーモニカ―との演奏が全くデリカットの無いものでこれはどうしようもないと思った。せめてロンドンのフィルハーモニカ―ぐらいと録音しておけば歴史的に評価されたのではないかと、残念に思われる。要するに管弦楽団にとっては可成り難しそうだ ― そのように考えていたら凄いヴィデオが出てきた、パリ管をマッケラスが振ったもので、これならばクリーヴランドとの比較対象になるかもしれない。



参照:
ハイナー・ガイスラーの訃報 2017-09-14 | 雑感
新たな簡単な課題を試す 2017-10-21 | アウトドーア・環境
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by pfaelzerwein | 2017-10-25 02:51 | 生活 | Trackback

手作業での車の塗装

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注文していた塗料が届いた。既にやすり掛けもしてあったので、下地から試すのみだ。先ずその前に自慢の汚れ落としで汚れを拭う。そして15本入りの筆から一番硬い幅広を下ろす。タイヤに布でカヴァーをして、蓋を開けた缶に漬ける。筆先を拭い、端の上方から塗布していく。

筆先が硬いために筋が付いた塗り方しか出来なかったが、旅行用のヘアードライヤーで乾かしてからやすり掛けをする。二度目はより柔らかい筆先で出来る限りフラットにするように心掛ける。まるで油絵の制作をしているような気になる。予想以上に綺麗に塗れて、偶々注文した板塗りのグレーでも走らせられるぐらいに色差があまり大きくない。これならば修理の価値があるどころか、気にならないで車を走らせれるようになることを確信する。

記憶を辿れば以前のBMWの時も同じ場所を色塗りしたことがあるがごく小さい範囲の傷だったので今回のように準備万端を整えて修理にあたることなどしなかった。メーカー支店のパーツ売り場で購入した小さな塗料容器の刷毛で塗っただけだった。それゆえに逆に色違いが目立っていたような気がする。それに比べると遥かに広範囲なのだが、塗料を使うまでも無く色の差を余り感じない。

充分に乾かした後で今度はK600の紙やすりで更に平坦にして、端の余分な塗料を拭き除く。愈々、顔料である。振り回してから、今度は比較的硬めの幅広で、一気に塗布する。流石に下塗りの色とは違って色が出ている。一度塗って、まだ境の段差が大きいので二度塗りするが、周りの錆が浮いたところなどの方が気になるようになってきた。因みにあと五カ所ほどは今回のように塗料が脱落する可能性のあるところがあって、今回の経験が役に立つだろう。

そして温風で乾燥させてから、いよいよ仕上げの透明のラッカー塗りである。その前にパン屋の前で傷つけられた部分で修復を試して色の相違を見る。案の定仕上げのラッカーで下塗りが剥がれてきたりして色が濁ることも確認。それを計算して、そのまま仕上げ作業に入る。

一部だけ、下塗りが厚くなって、押したところが濁った。下塗りの素材が表面に滲んできていたのだろうか。仕上げのラッカーが無いぐらいの方が色目は良かったが、改めて瞬間接着剤を使った縁もラッカー塗りで強化できたので、これで上の部分が安定して呉れれば問題が無い。

少なくとも錆が浮いているところよりも気にならなくなった。材料費は全部合わせて25ユーロに満たないぐらいだが、慣れない仕事は数時間掛かっっただろう。次回からは手順もコツも分かって来るので早く処理できるだろうが、それでも準備から完成まである程度の労働となる。ぼろ切れを捨てる前に、ついでに車の下の方を水などを付けて拭いた。飛び石による傷は幾つかあったが、錆と駐車場で当てられた部分以外は可成り状態が良く、拭くと新車のような感じになった。序に暇があればやったことのないワックス掛けをしても良いかなとも思わせた ― 水洗いも今までもしたことも無くこの車も最後まで自分ですることはないであろう。次の車からは雪道の後だけは洗車をしようと思った。

なによりもこれで錆びによる塗料の落下も恐れずに最後までカロッセリーも使えることが分かったのは大きい。エンジン等も今回ギアーチェンジレバーの留めを交換するなど立ち往生するようなことが無いように着々と手配しているので、気持ちよく最後まで走らせられる可能性もこれで出てきた。

ブレーキディスクは二枚で131ユーロで全て二割引きにしてくれたので、360ユーロとなった。またタイヤ交換も50ユーロ、変則レヴ―留め54ユーロで、約560ユーロ、レンタカー22ユーロで570ユーロならばまずまずだろう。本来ならば700ユーロほどだった。昨年にやっていたなら合わせて二千数百ユーロだった。一年伸ばした価値はあった。



参照:
乗り逃げ切れるように算段 2017-08-28 | 雑感
新しいシモンのパンツ 2017-08-30 | アウトドーア・環境
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by pfaelzerwein | 2017-09-01 05:13 | 生活 | Trackback

中々ならない鷹揚自若

昨日は仕事にならなかった。疲れが出て、床屋に行ったにも拘らず、一日中気分が冴えなかった。前日にアドレナミンの高揚感があったらしく、その反作用が出た。前日に熟したと思った細かな部分すら気になって完璧ではなかったと思うとぐったりした。完全なホルモンによる精神障害だ。

そして床屋もチップを入れて15ユーロと思ったのが、価格が15.50ユーロで、それ以上何も払わずにおいたのも気になった。夕食もヴァイツェンを飲んでも進まなかった。つまらないことが気になるのも障害である。それでも夜間はぐっすりと眠れた。

走りに行くと膝の調子などもう一つだ。準備体操でも肩に張りがある。軽く走り始めて顔見知りなどがいたりするとどうしてもいい格好をして一生懸命になる。森の気温は17度を超えて湿気があったが、陽射しが無いので暑すぎではなかった。沢の中の河原は虫のざわめきが強くなっている。徐々に秋の風情である。

それでも調子が優れない時こそ走るのが良い。これだけは十代の時に分かっていたらと想うとくれぐれも残念である。その他のことは、なにもピアノを練習していたらとか考えても全く後悔はないが、疲れを解すために運動するのはとても価値がある。とは言いながら当時の環境を考えると、近所の山を駆け上るとしても今のようには続かなかった。「ご精が出ますね」と声が掛かる具合にこうして熱心に走ることなどは難しかっただろう。そもそも日本の夏は何をするにしても暑すぎる。

こうやって体を解すと結構も血液中の酸素量も増えて思考が深まり集中も可能となる。それでも数年前は同程度の運動量でも午後に疲れを感じていたが、最近は昼食も簡単に済ませるのでそれが無くなった。これだけでも継続の成果だろうか。

連邦共和国の総選挙が六週間に迫り、ポスターなどがちらほら張り出されている。脱ディーゼルやE自動車も政策論争になっているが、一方で教育には連邦も州政府も予算の7%支出するとあった。教育に金を掛けるのは二十年先の経済を見ればとても重要なことで、必要な移民とその教育は連邦共和国の将来の鍵である。

シュレーダー元首相がロシアのロズネフトの相談役になって、ビルド紙は一人七億円もの収入があるというようなことを書いたと反論している。クリミヤ併合以降制裁対象となっている国営石油企業である。七人の相談役について書かれているのだが、全ては背後に選挙戦のメルケルがいると批判している。政界を引退しても未だにライヴァル関係にあるのは天晴だ。

ここ暫くCDなどを流していた。実況録音ばかりを流していたので、その音響と制作録音の演奏の精緻さにそれが決まるときは例えバロックであろうともはっとすることがしばしばだ。その意味からはアバド指揮の録音は質が悪いものが多い。ミラノでの「ボッカネグラ」とか「アイーダ」に匹敵するような録音は後年はあまり見つからない。ベルリンで振っているものも先日のザルツブルクのそれまではいかないか騒がしくて落ち着かない音響で雑な演奏をしている。フィルハーモニカ―が最も谷にあったころの記録となっている。欧州室内交響楽団のそれでも変わらない。その後のラトル指揮や今後のペトレンコ指揮のコントロールからするとあまりにも杜撰な指揮が多くて吃驚する。楽員には評判の良いおっさんだったようだが、ある年齢に達してからは余計に野放図な面が出て来て、その後の癌の疾病からは余計に投げやりになったのだろうか。よく言われるような鷹揚自若といういのとは大分かけ離れている。



参照:
頻尿症の夜を乗り越える 2017-08-06 | 雑感
音楽後進国ドイツの野暮天ぶり 2017-08-01 | 雑感
漂う晩夏から秋の気配 2017-07-25 | 生活
キリル・ペトレンコのキャンセル 2017-06-14 | 雑感
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by pfaelzerwein | 2017-08-16 21:06 | 生活 | Trackback

ブレーキを踏み込まなかった一年

漸くの思いでブレーキディスク交換の手配をした。一年前の車検で指摘されてから、その後の冬タイヤ装着、フォグライト交換時にも指摘された。警告が出るまでは使えるということでそのままにしていたのだ。二月頃の交換かと思っていたら、結局冬タイヤ時期を乗り越えてしまった。それでも通常の使い方からすると距離が伸びないのか、未だに警告が出ていない。

そして夏タイヤ交換時には今度は後輪のタイヤの擦り減りが指摘された。夏まではもたないだろうといわれ、警察に罰金取られるぞと驚かされながらも、ブレーキ交換時期までと引き延ばしてきた。タイヤ交換前に一本180ユーロのオファーを受けたのだが、ネットで調べてみると遥かに安く買えることが分かったので断った。古い車になると如何にランニングコストを落としながらも、道端で立ち往生することなく長く乗るかが課題になる。

しかし、ここに来て夏タイヤも底値の一本90ユーロとなっている。これを買えば、二本で180ユーロの節約となる。半額である。そうなるとタイヤに関する作業とレンタカー費用もこの差額で賄えて更に余る。あとは肝心の前輪のディスクとパッドの費用と交換作業費である。作業費は押さえて貰うようになっているので、純正品の価格が問題となるだろうか。

ネットで見ると数十ユーロからあるが、少なくと二組で300ユーロは覚悟しておかないといけないだろう。全費用で1000ユーロは超えることはないと願っているが、数百ユーロのどのあたりになるかだ。まあ、交換を止めてから少なくとも一万キロは乗ったとして、キロ当たり数十セントは浮かしたことになる。決して小さくはない額である。

そのように坂道でもどちらかというとエンジンブレーキを掛けるようにして、ブレーキを深く踏み込むことなどはなかった。ミュンヘンを往復するのにも時間を掛けて長目のブレーキ距離を心掛けた。上手な走り方をすれば安全性も燃費も高まり、何一つ不便はなかった。

勿論最初の考え通りに警告が出てから全てを手配しても良かったのだが、今年の夏タイヤもそろそろ棚卸であり、うろうろして九月に入ってしまうと、新たに夏タイヤを交換するのもばからしい。とはいいながら早めに冬タイヤに履き替えるとランニングコストが上がり、冬タイヤ購入が早まる。そこまで警告が出ないなどは考え難い。

九月になると車が使えないのでは不都合になる。予定が月末まで入っていない時に合わせて、思い切った。タイヤも発注した。遅くとも来週明けには着くだろう。もし問題があってもまだ対応できる。

夜は冷えた、森のなかも摂氏14度ぐらいで走るのが大分楽になって来た。兎に角、上手く冷却が出来ないとパワーが上げられないので、涼しくなると大変助かる。お陰で下りもある程度のスピードが出せた。これで前夜のように夜中に起きずに今夜は涼しい中でぐっすり眠れるだろう。



参照:
鑑定士による査定の程 2017-07-23 | 雑感
昇天祭のミュンヘン行 2017-05-26 | 暦
夏タイヤについてのファクト 2017-02-24 | 雑感
驚愕ラズベリーパイ3 2016-10-22 | テクニック
遠近両用眼鏡用モニター 2016-08-17 | 雑感
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by pfaelzerwein | 2017-08-09 20:38 | 生活 | Trackback

辺りをふらついてみる

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久しぶりにワインの地所を歩いた。パン屋に行ったが前日の足の疲れが抜けきっておらず膝も違和感があるので、葡萄の写真を撮りに歩いた。緑が輝いて如何にも最乗の風情が遠目にも分かったからだ。病気を避けるために粉の汁などが撒かれていたようだが。若干実が密集しているかというだけで、現在柔らかくなっている葡萄以外は全く問題がないと思われる。寧ろ例年に比較して実りが良いようだ。

前日はステーキまで食して、窓を閉め切って就寝して様子を見た。お陰で運動も足りていて夜中に一度目が覚めたが、小用に立つことも無く一時間ほどして再び眠りについたので、比較的よく熟睡した。それでも週四日目の走りとなると総合してハーフマラソンの距離になり高度差も大分になるので二週連続は負担が掛かり過ぎそうだった。

夜中に放射冷却したように天気が良く日蔭と日向の温度差は激しかったがとても気持ちの良い朝のサム歩になった。ワイン地所の木陰に虫箱が吊るされていた。ミツバチのためのようでもありその他のためなのかよく分からなかった。このような光景は一生懸命走っているとどうしても目がいかない。先日森の中で「ご精が出ますね」と言われたが、確かに熱心に走っている。ボールーダにも通いたいのだが天候が変わるのでどうもうまく時間が合わない。

ミュンヘンの劇場のサイトに先日のarteの「タンホイザー」ヴィデオがオンデマンドになっていると知って覗いてみた。全く同じヴァージョン3で、劇場が中継したものではない。三者の協調関係がはっきりしているようだ。本来ならばarteが出てくるとZDFであるからARDは関与しないのだが、劇場との関係からバイエルン放送協会と協調している。更にこれに合わせて日本公演の券の安売りが行われるなど販促体制が整っているので驚いた。序に「オベロン」のヴィデオまでオンデマンドにあったので落としておいた。これはとても興味深い。

ネットサーフィンしていると、以前は見つからなかったキリル・ペトレンコのシカゴ交響楽団デビュ演奏会の録音が見つかった。この四月にアップされていた。最初のムソルグスキー以外はソリスツのインタヴューぐらいしかない様だが、世界最高の管弦楽団を世紀の指揮者が振るとどうなるかのとても貴重な記録だと思う。2013年3月の忙しい時期のデビュー公演の週末二日の為の僅か二回のリハーサルだったということだが、2015年にベルリンの監督に推挙されたときに最も大きな反応を示していたのがシカゴだった。ラフマニノフの三番交響曲、ショスタコーヴィッチをアムランと合わせる前に「ホヴァンシチーナ」から小さな二曲がそれもショスタコーヴィッチの管弦楽版で演奏されている。これがまたとても面白い。我々はこういうのを聞くとどうしてもムラヴィンスキーの指揮を思い出してしまう。



参照:
疑問を投げ掛ける認識 2008-09-24 | アウトドーア・環境
とても魅力的な管弦楽 2017-01-30 | 音
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by pfaelzerwein | 2017-08-06 22:48 | 生活 | Trackback

とっかえ、ひっかえ

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歯ブラシ機の代替品が届いた。問題の隙間はやはり埋まらなかった。工作精度の問題だと思う ― 取説には間隔が空くと注意書きがあったがそのような写真はどこにもない。暫く使っているとゴムが凹んでもう少し溝が埋まるのかもしれないが、先ずは使ってみるしかない。少なくとも一つ目のものは最初にブラシを軽く差し込めなかった。あまり誰も文句をつけていないのはロット差があるという事だろうか。一つは送り返すのだから苦情はメーカーにも伝わる筈だ。

前のものは余分の充電電源ケーブルを台の裏に巻いて格納可能だったが、今度のはそのような場所も無い。小さく細くなっているので邪魔にならないのは良いのだが、蓄電能力などをみて使い勝手を追求してみないと分からない。小さく軽く、静かになったので、使うのが楽しみである。

先日洗濯屋の帰り、街に差し掛かった時である。街道筋に犬が出てきた。対向車もランナアバウトから出てきたところで、ブレーキを掛け乍ら様子を観ていると、その車の後ろへ回った。また交通事故かと思った。前回は野生のバムビだったが、今度は中型犬である。

その対向車が車を停めて、犬が再び前から出てきた。当たったのかと思っていたら、運転手がドアを開けて犬に呼びかけていた。犬に慣れている人だとは思うのだが、私はいつも犬と接触して思い出すのは「犬の知能は七歳の人間程度」ということである。学術的な分析は知らないが、子供の時の体験からしてもその感情的なしぐさや行動も大体そのようなものだと思っている。すると、やはりあの犬の動きはおかしいと思った。凶暴さは無くても狂犬の可能性はあると感じた。だから運転手の行動も理解できなかった。

言うなれば、犬はバムビよりは賢いから街道筋に飛び出るようなことはしない。しかし出て来て更に車の前を再び折り返すのは異常としか思えなかったのである。そして幾ら呼びかけてもそのような犬がコマンドを聞くだろうか?

「四季」に続いて、CD二枚目の「弦楽のための協奏曲」を流している。初めて聞くような曲が殆んどだが、作曲技法的にもこうした曲があってこそのブランデンブルク協奏曲など北方の後期バロック協奏曲だと思い知る。それどころかミニマルのグラスなどの作品も生まれていなかったのも分かり、少なくとも私の知る限りそれ以前のコレルリの作品などと比較して派手なのだが、その影響力についてはあまり考えもしなかった。

ルネッサンスの多声音楽、中世音楽などから声楽を中心にCDを収集してきたのだが、そのネタも比較的網羅出来たことから、安売りの多いバロックの器楽もちょこちょこと購入するようになった。そのCD棚は声楽中心に年代順に並べていて、器楽は現代の音楽の下に追い遣らててしまっていたので置く場所が無くなって来た。今後ともバロックのオペラやオラトリオに比して声楽や器楽合奏曲を集めていくつもりはないのだが、年代による技術的な流れを分かり易くするためには、もう少しスペースを作って並び替えていけないかと思っている。ルネッサンス音楽用にもう一つ最後のスペースを開けてしまおうかと思う。とは言いながらも、最も興味のあるルネッサンス曲などが目の高さに収まるように、現代ものの分野別けの難しいもののタイトルも見やすいところに置きたいので、どうしてもバロックものが足元になってしまう ― 要するにバロック音楽の録音などくだらないものも多い。この問題を解決するために、どのように配置しようかと考える。



参照:
39.99ユーロという額 2017-07-30 | 生活
車の事故に二日続けて遭遇する 2017-06-04 | 生活
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by pfaelzerwein | 2017-08-01 21:53 | 生活 | Trackback