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索引 2008年1月


七面鳥に喰らい付いた話 [ 料理 ] / 2008-01-31 TB0,COM0
六リッターのワインの箱 [ 試飲百景 ] / 2008-01-30 TB0,COM0
脱思想・脱原発・脱体制 [ 歴史・時事 ] / 2008-01-29 TB0,COM0
ローランド・コッホ負ける [ 生活 ] / 2008-01-28 TB0,COM2
Change! Yes, we can! [ マスメディア批評 ] / 2008-01-27 TB0,COM2
暖かい一月の物価高 [ 生活 ] / 2008-01-27 TB0,COM0
批判的に叙述する記録? [ BLOG研究 ] / 2008-01-26 TB0,COM0
企業活動という恥の労働 [ 雑感 ] / 2008-01-25 TB0,COM0
おかしな正月料理の記録 [ 料理 ] / 2008-01-24 TB0,COM3
引きちぎられる携帯電話 [ 歴史・時事 ] / 2008-01-23 TB0,COM0
塩気の欠けた米国の話 [ 生活 ] / 2008-01-22 TB0,COM2
制限されたカテゴリー [ ワイン ] / 2008-01-21 TB0,COM0
お手本としてのメディア [ 雑感 ] / 2008-01-20 TB0,COM2
モデュール構成の二百年 [ 文化一般 ] / 2008-01-19 TB0,COM2
改革に釣合う平板な色気 [ マスメディア批評 ] / 2008-01-18 TB0,COM6
腹具合で猛毒を制する [ 生活 ] / 2008-01-17 TB0,COM2
魔物が逃げ隠れるところ [ 雑感 ] / 2008-01-16 TB0,COM0
希望へ誘うオバマ候補 [ 雑感 ] / 2008-01-15 TB0,COM0
お好味のテュルガウ牛 [ 料理 ] / 2008-01-14 TB0,COM0
プァルツの真の文化遺産 [ ワイン ] / 2008-01-13 TB0,COM0
枝打ち作業の行動様式 [ アウトドーア・環境 ] / 2008-01-12 TB0,COM2
医者・薬要らずの信念 [ BLOG研究 ] / 2008-01-11 TB0,COM4
三種三様を吟味する [ ワイン ] / 2008-01-10 TB0,COM2
吹っ飛んだ休肝日 [ 試飲百景 ] / 2008-01-09 TB0,COM4
中国式英語で新春日和 [ 雑感 ] / 2008-01-08 TB0,COM2
VDPプファルツへの期待 [ ワイン ] / 2008-01-07 TB0,COM2
天下の場環境の把握 [ アウトドーア・環境 ] / 2008-01-06 TB0,COM0
ポスト儒教へ極東の品格 [ マスメディア批評 ] / 2008-01-05 TB0,COM0
ユーモアに佇む齧り付き [ 生活 ] / 2008-01-04 TB0,COM0
文化的土壌の唯一性 [ マスメディア批評 ] / 2008-01-03 TB0,COM2
ケーラー連邦大統領の目 [ マスメディア批評 ] / 2008-01-02 TB0,COM4
茶緑から青白への相違 [ 生活 ] / 2008-01-01 TB0,COM2

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by pfaelzerwein | 2008-01-31 13:59 | INDEX | Trackback

七面鳥に喰らい付いた話

d0127795_3465157.jpg七面鳥の上脛を食す。二ユーロ少々のものであるが、鶏とは違い食べ甲斐がある。捌いてあまった場所をグリルにしてあるものだ。

つけ合わせにはお馴染みのザウアークラウト。

なぜか肉の最後の一欠片まで食せなかった。まあ、労働量が少なくなかったとは言え、充分に肉があったと言うことである。

鳥インフルエンザの危険性は払拭出来ないが、どうしても喰らい付いてしまうのである。
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by pfaelzerwein | 2008-01-31 03:48 | 料理 | Trackback

六リッターのワインの箱

もう一つ心身ともにしゃっきっとしない。それでワインを試飲に行った。丁度入ろうとすると、お婿さんが出てきた。作業着だったので澱引きか何かの合間に事務所に寄っていたのだろう。

「2007年産の売りものがある筈だけど」と訊ねると、

「あんまりないけど少しはあるから」と「XXちゃん宜しく」と、ということでいつもの女の子が相手をした。

先ずは既に所持している価格表を睨んで三種類のワインの試飲と順番を相談する。三種類ともリッター瓶である。

今買える2007年産の最も単純なワインは、リースリングQbAで、新鮮・力強く・口当たり好しとなっている。価格は、4ユーロ90で昨年ではなかなか手に入らなかったお買い得である。

香りは、何処でもあるような単純なものであるが、悪くなく、味も、新鮮さの中に苦味が感じられるが、苦にならない。買い付けた葡萄での醸造としてはなかなかよく出来ている。

二本目は、グーツヴァインで、活き活きとして・力強いとなっている。香りは先のと全く同じである。味は、苦味がミネラル成分に抑えられている印象があるが、前者と大変似ている。価格差は60セント。試飲においてはこの差は殆ど付けがたいものであったが、自らの葡萄を使っている素性が異なる。しかし、双方ともそれほど地域差や土壌差がないことも事実で、この差異をつけるのは厄介である。

そのように思っていると、他の顧客が入ってきて、奥さんはいるかと尋ねる。居ないが、それでも試飲買いつけをする。2006年産ブルグンダーなどを再び所望のようであったが、売り切れなどもあったようだ。あまり関心がないので聞き耳を立ててはいなかった。

なにせ、上の二種類の差が判らないので、こちらは少し心理的に慌てているのだ。そうこうしている内に、ティーンエイジャーの娘を連れたその主婦は、二ダースほど二種類買い付けして、支払い時に、「若奥さんと親しいので」18%のディスカントを受けて、名前を控えさせられていた。

なるほど、家庭で消費するワインをここ一件で殆ど賄っているような印象がある。良く考えればそうしたお得意様が、個人消費のもっとも多いタイプであって、当方のようにそこここへとちびちび試飲して歩くのは特殊なケースなのであろう。

その客に商品を渡す間に、次の一本を開けて注いでくれる。ミュラーテュルガウもしくは最近はリファーナーと呼ばれるお得な白ワイン種である。これのつまらなさは、飽き易い味の強さと単純な香りなのであるが、自然な酸味が利いていてフルーティーである。硬直したような味となっていない。花の咲き乱れたような果実風味と書いてあるのは必ずしも誤りではない。4ユーロ20の価格にも惹かれた。

結局、この三種類を混ぜ合わせて家でゆっくりと試飲することにする。

「充分に違いが分からないから、家で試すね」と言い訳をすると、

「それは分かるわ、落ち着いて試さないとね」と慰めてもらう。

どうも、もう一つピリッとしない試飲などはこうしたものなのである。手にソムリエ学校の案内チラシなどを握って、どうしようというのか、我ながら分からない。
六リッターのワインを買いこんで、〆て29,20ユーロ。我が休肝日が瀕死に面している。

空箱を返そうとすると、「ああ丁度良かった。でもそれでは入らないわ」、

そうリッター瓶ばかり六本もあるのだ。
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by pfaelzerwein | 2008-01-30 04:25 | 試飲百景 | Trackback

脱思想・脱原発・脱体制

ヘッセン市民は高嶺の見物と洒落ても良いだろう。混迷を極めているが、こうした時に政策の寄り合わせや論議を踏まえて、民主的な方法で政治的な解決を行なえるかどうかが、政治家に問われているのである。

与党のコッホ首相がミュンヘンで起った暴力事件などを挙げて、その問題を外国人の移民を引き合いに社会治安の問題にすり替えてしまったものだから、野党のSPDはそれを非難し易かった。今日でも、反テロ政策や治安維持を盾に、防衛当局として、コッホを支持する声があるからCDUの一部はショイブレ内相と同じで話にならない。

実際、それは問題発言に他ならなかった。しかし、そうした青少年の問題は教育問題であり、それこそは連邦州の管轄にあり、州民は自らの教育システムを規定することが出来る。州内に住む有権者にとっては特に子供がいれば最重要問題なのである。

ドイツの教育システムは、ここでも取り上げているように様々な問題があるが、塾に頼らない全日制の小学校や均一化の総合学校と言われるシステムへの要求とか、またはエリート教育とかの必要性など多々あり、一口に教育の機会均等と叫んでも容易ならざることは断わるまでもない。詳しくこれを語ればやはり自身の意見にしかならない。

元々、SPD社会民主党にとっては、ポスト最低賃金制度が党を挙げての大きな取り組みであるが、コッホの挑発的な発言を否定的イメージ戦略に結びつけた。それに対してCDUは、議席獲得への最低得票率5%ハードル突破を狙う左派党に議席を奪取されないように投票率を上げようと努力したようだが至らなかった。

昨日の開票番組でローカルの様々な争点を見ると、州議会選挙は国政とは異なり地域によって多種多様な争点が存在している事が知れた。最も興味深く思えたのがそのもの身近な生活環境問題である。

一方にはフランクフルト空港の拡張に伴う新滑走路航路下の立ち退きや騒音問題などがあり、一方には国政で決まった原子力発電からの脱皮を柱とする新エネルギー政策がある。片や経済的な成果や貢献を挙げて、片や環境問題とする構図は、二十世紀後半に世界の先進工業国で繰り返された政策論争であり、一方に自由資本主義があり一方に社会主義的な思想の葛藤が続いたのは周知のことである。

しかし、今回の地元の様子を見れば分かるように、煙を上げる石炭発電所の町で市民は、「自らの環境のためなら生活改善を含めて大抵の努力はするが、冷蔵庫を使わない者は居まい」と言うように、もしくは「風力発電は美観や観光資源としての自然の価値を下げる」とする市長の発言に、「少々のことよりも原子力発電を止めることがもっとも優先」とする主婦の声が全てを語っていた。

つまり、議論は多極化して一つの解決方法を目指すことが出来ない世界であり、タブー無き政策の緑の党の伸び悩みとその活動への期待こそがここに全て現れている。

それは、教育の問題として、個人の経済活動を築く政策としての社会のあり方への議論ともなっている。それゆえに、左派党の議会進出は、その支持層の多くが失業者であり、もしくは公務員や労働組合組織員であることを考えれば、上記のような多極化した議論ではすり落ちてしまう問題に光を当てる。謂わば、二十年ほど前ならば極右政治団体が失業者の声を代弁して、「外国人に労働を奪われた」とすればそれで済んだ問題が、今は「グローバル経済の中の民営化で公共従事の機会が失われ、労働者には市場論理の中で教育の機会も与えられてない」と言い換えて、尚且つラフォンテーヌ代表のように外国人排斥をそこに旨く混ぜ合わせれば都合の良い配合になるのである。

その結果、左派党がある程度の議席を獲得して、社会民主党左派が支持を食われ、社会民主党によって緑の党がエネルギー政策を専売特許とは出来ず、FDP自由党が緑の党のアナーキーな市民性を奪えば、CDUキリスト教民主同盟が経済界を牽制して左派党以上に統制を図ろうとするとき、どうしても今のような卍巴のように入り乱れた政局が発生する。

だから、特に州に権限がある政治課題を得票率を鑑みながら最優先に調整して、実行していくことこそが今の政治課題なのである。そして、国民二大政党であるCDUとSPDが其々高齢者と働き盛りの若い世代に支持層が別れてきていることは、少子化や高齢化の進む先進国の今後の政治地図を考察する場合大きな要素になってくると思われる。因みに男性にはCDU・FDPの連立が、女性にはSPD・GRUENENが好まれているらしい。



参照:
ローラント・コッホ負ける [ 生活 ] / 2008-01-28
葡萄の地所の名前 [ ワイン ] / 2006-01-21
ドイツ語単語の履修義務 [ 女 ] / 2007-07-16
一緒に行こうか?ネーナ [ 女 ] / 2007-06-18
中庸な議会制民主主義 [ マスメディア批評 ] / 2007-05-13
煙に捲かれる地方行政 [ 生活 ] / 2006-12-12
日曜の静謐を護る [ 生活 ] / 2006-11-11
麻薬享受の自己責任 [ 生活 ] / 2006-12-08
正書法のフェデラリズム [ 歴史・時事 ] / 2005-07-20
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by pfaelzerwein | 2008-01-29 04:27 | 歴史・時事 | Trackback

ローランド・コッホ負ける

ヘッセン議会の選挙が行なわれた。予想に反して、与党CDUが伸び悩み、野党SPDが第一党になるばかりか、左派党が議席を獲得しそうである。ヘッセン首相ローランド・コッホの外国人への厳しい態度が選挙民に嫌われた。

戦前から、左派党が議席を獲得すれば、FDPとの連立以外単独では政権担当は不可能と予想されていたが、第三党と躍進したFDPと組んでも過半数に達さないばかりか、SPDの予想外の善戦で、ヴィースバーデン議会での第一党の位置を譲り渡しそうである。まるでベルリンのような状況になった。土曜日にアルテオパーの前で友人のアンゲラ・メルケルが演説したが及ばなかったようだ。


追記:全議席数110中、CDU42、SPD42、FDP11、緑の党9、左派党6の内訳となる。 結局最終的にはCDUが得票率の僅少差で第一党に落ち着きそうだが、首班指名で可能性のあるSPDのアンドレア・イプシランティ女史が連立工作の主導権を握り、成立しなければ暫定的に統治する前任者が議会を解散して、やり直し選挙となるようだ。いずれにしても同日に行なわれたニーダーザクセンの選挙における議会にも左派党が躍進して議席を獲得したように、格差是正を訴える左翼に支持が集まった。



参照:
Wahl.hr-Online.de
脱思想・脱原発・脱体制 [ 歴史・時事 ] / 2008-01-29
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by pfaelzerwein | 2008-01-28 03:46 | 生活 | Trackback

Change! Yes, we can!

バラック・オバマ候補のサウスカロライナでの予備戦の勝利宣言を観ている。黒人票を予想以上に固めて予想通り大勝したようだ。

しかし、いつも冷静な感じで演説が旨い。市場至上主義で、ブッシュ政権でズタズタにされた米国の感情を癒し、変革によって再び下からの活力を期待する意識は米国の中産階級にも強いのだろう。

ケネディー大統領の娘さんが評するように、オバマ候補はケネディ大統領のそれに近い盛り上がりを見せて来るのだろうか?

兎に角、信じるものは救われる。嘗ては、米国人のスポーツ選手などがオリンピックで見せ付けたような、自尊心からの強い米国像こそはこうした感覚から生まれていたように思うのだが。



参照:
希望へ誘うオバマ候補 [ 雑感 ] / 2008-01-15
トマトの価値(I Only Feel This Way When I'm With You)
オバマ、圧勝 (虹コンのサウダージ日記)
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by pfaelzerwein | 2008-01-27 12:03 | マスメディア批評 | Trackback

暖かい一月の物価高

厭に一月としては暖かい。二桁に近い外気温である。日差しが強く、五時過ぎても夕刻がなかなか暮れ難くなってきた。このようなことは初めてかもしれない。天気が良いのは嬉しいのだが、やはり体がだれる。

先日来、ここでも紹介した安物スパゲティーが39セントから54セントに高騰した。他の乾麺類も相当に値上がりしているようだ。こうなったからには廉い麺は買わない。個人ボイコットである。少々99セントと高いブイトーニの6番で暫らく楽しめなかった繊細な面類を食べる。すると反対側においてあるシュペツェレが88セントと廉いのに気が付いた。これで良いのだ。

その分、今度は600グラム49セントのお買い得の米を食する。この米は粘り気がなく、一袋125グラム毎になっているので炊き易い。これは、炊飯器を引っ張り出して炊くと様々な料理に使えることが分かった。水気が少なく軽い分、丼飯などに素晴らしく美味い。簡単に二合ぐらいを平らげられる。しかし、どうも米が腹に堪えるという、腹持ちが良いと正反対の感想は消えない。

ジャガイモも今の季節は今一つで、大根なども年末のような美味さは消えて価格も上がっている。どれほどのインフレ率になるだろうか。
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by pfaelzerwein | 2008-01-27 03:29 | 生活 | Trackback

批判的に叙述する記録?

BLOGを巡っていて、中級ドイツ語文法問題に行き当たった。参考になったかどうかは怪しいが、書き込みさせて頂いた。例文が誤っていたり、大変な誤解が生じかねないとみるとどうしても口を突っ込んでしまう性分なのである。「よく犯人に刺された人を振り返って、そう言えば子供の頃から正義感の人一倍強い子だったから」というようなやっかいな性分である。

内容は未だに定かではないが、文法的に接続法の現在と過去が話題となっている。前者は、直接話法から間接話法に変えると英語では時制の一致があるので複文内では現在とは往々にしてならないが、ドイツ語の場合は時制の一致がないので現在形がとられる。後者の場合は、現在の状況からみて、起らなかったことなどを仮定して因果律などを考えて利用される。

つまり後者は、英語で言えばIFを使ったり使わなかったりする動詞の過去形をあてがう仮定法過去である。つまり、一般的には過去に起っていないことを接続法にする場合が一般的である。しかしここに来て、実はそのIFによる仮定法ではなく、直接話法から間接話法に言い換える、つまりここでは記録者としての第三者のジャーナリスティックな視点が強調される文例の前者の問題と気がついた。

しかし、その部分的に引用された今回の例題は、過去に起った記録を接続法過去に書き換えてあるのでおかしいと思った。その例文である。

― 彼らは、各々に指示した。「一本づつワインを持ってくるように」
― Sie baten jeden Gast, „Bring bitte eine Flasche mit!“

それは、第三者的な批判的な様相を帯びる叙述である接続法を用いて以下のように書き換えられている:

― 彼らは、各々に一本づつワインを持ってくるように指示していただろう。
― Sie hätten jeden Gast gebeten, er solle eine Flasche Wein mitbringen.

この二つは、前者が起った事象を叙述しているのに対して、後者は起っていない事象をなんらかの条件が揃っていたならば事象が起っていた可能性を仮定しているので、事実関係としては正反対の過去の二つの事象を説明している。

一般的にこうした書き換えはありえないので、先ずは前の例題のbatenがウムラウトによってbätenと接続法過去形となる印字間違いと疑った。それとは違うと言うことで勝手に書き換えの後の文章を否定した。

― 彼らは、各々に一本づつワインを持ってくるように指示していなかっただろう。
― Sie hätten jeden Gast nicht gebeten, er solle eine Flasche Wein mitbringen.

これならば、如何なる文節においても二つの文章は同じ事象を異なった視点から叙述することになる。更に後半の文章は、原因となり得るIF文が除かれているので、次のように勝手にIF文章を補った。

― もし、このようなことになるならば。

そう、各々が安物ワインを持ち寄ったから乱闘騒ぎになって、警察が駆けつけてこう呟いたのである。

しかし、どうも例文には前後があって接続法過去で肯定つまり事象を否定しているようだ。また例題の文章は、友人が語ったことを記録者が綴ったもののようだ。

例えば記録者は、現場にいた友人から聞いた内容をここに綴っているとすれば、その友人は上の持ち寄りの指示を聞いてその事実を語ったようだが、記録者はその信憑性に不審を持っているかもしくは批判的に第三者としてその事象を伝える必要が生じる。その場合、友人の証言を自らの言葉として記録する方法は、新聞記事のように間接話法で接続法現在を使用するが、接続法現在が接続法過去によって取り替えられる場合も考えられる。

次のようにな直接話法の場合である。

― 友人は、「彼らは、各々に指示した。『一本づつワインを持ってくるように』」と語った。
― Der Freund sagte: Sie baten jeden Gast, „Bring bitte eine Flasche mit!.“

これを間接話法に纏めると次のようになる。

― 友人は、「彼らは一本づつのワインを持ちよる指示を与えた」と語った。

― Der Freund sagte, sie haben jeden Gast gebeten, er solle eine Flasche Wein mitnehmen.

しかし、これでは英語のように時制の一致がないので、通常の叙述と変わらなくなるから、ここで接続法過去を使うと言うことがこの例題の焦点のようだ。結論:

Der Freund sagte, sie hätten jeden Gast gebeten, er solle eine Flasche Wein mitnehmen.

しかし、これを部分的に初めのように比較すると全く異なる意味にしか聞こえない。このような、現実の叙述と記録もしくはジャーナリズムの手法が全く異なる事象を叙述するのはただの偶然なのだろうか?それともドイツ語特有の問題なのか、分からない。
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by pfaelzerwein | 2008-01-26 04:12 | BLOG研究 | Trackback

企業活動という恥の労働

背任横領のスキャンダルで揺れたジーメンスの株主総会が開かれた。本社小株主でもないので興味はないが、新聞の文化欄は企業文化について語っている。

端的に言えば、収益を求めるのが会社役員の任務であるが、こうしたスキャンダルは、たとえ市場での競争を勝ち抜くためとはいっても最終的には企業の信用を落とすことになって、企業の収益に結びつかないというのである。

ジーメンスのような伝統的な大会社において、その企業哲学とは裏腹に、多くの分野においては過当競争に切磋しており、マイクロソフトのような寡占に近い商売は出来ないという。

結局、対抗馬から抜きん出て契約をとるためには、賄賂をばらまくという形態になったとしている。その賄賂も1999年以前は必要経費として税制上落とされたのだが、そうした税制がなくなり、十三億ユーロの使途不明金に対し、結局一億七千九百万ユーロの追徴税を含む罰金など合わせて十五億ユーロの支出となったとされる。

そもそもこうした巨大組織においては、一部幹部やCEOが個人的に判断を下せる訳ではなく、労働組合を巻き込んでの不祥事となったのである。

そのような状況を見て、先日のケーラー大統領のエリートへの期待ではないが、如何に巨大企業が形而上の神を擁いていようが、こうした不正行為が最終的にはその企業行為の目的に背くことを各々が自覚しなければいけないと語っている。

国際的な企業において、脱税行為を含む裏金作りやマネーラウンダリングは常識であり、そこから多額の賄賂が支払われている構造があまりにも無感覚な違法行為となって居ることを指している。

それをして、生きるための会社員の仕事は、BLOG「田村伊知朗政治学研究室」で語られた「労働は恥?-ニートの原初風景」における「恥」と、定まった目標の追求である自動化された企業活動として、変わらないのではなかろうか?

実業界での労働がエリートとは関係ない「恥の労働」化しているのは、昨日ダヴォースを訪れた投資家ソロースが本末転倒に語った「市場原理主義の問題」でしかないのだろう。更に、そうした痴呆化した実業界を正しく導くことが出来る政治や政治家が存在しないかぎり、もしくは本物のエリートが存在しないかぎり、世界は巧く機能しないことは当然なのである。
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by pfaelzerwein | 2008-01-25 04:03 | 雑感 | Trackback

おかしな正月料理の記録

d0127795_33822.jpgなんとなく公開を躊躇っていた写真である。ノイヤースコンツェルトを観ながら食した魚尽くしなのである。三週間の距離をおいてこうして眺めると面白い。

小鉢の魚は「家庭の主婦風若ニシン合え」でドイツの最も有名な魚料理である。ザワークリームを使っていないのでマヨーネーズが分離して美味く乗っていないが、日数を置いてあるので味はよく馴染んでいた。よってリースリングワインにもジャガイモともどもなかなか癖がなくて良かった。89セントほどで二食分の魚の量があるのがなによりも嬉しい。

もう一つのメインは、なんといってもサーモンの燻製とイクラであろう。これも二ユーロほどの安物であるのでそれほど美味い事はない。しかし、後味の臭みもなく楽しめた。

偽物キャヴィアやチーズもたいしたものではなかったが、こうして見ると門松がなくとも小カブの日の出とパイナップルの扇子が面白い。一体いつの間に神道に感化してしまったのかどうか判らないが、おかしな意匠を考えたものである。

さすが自称元新日本食研究家の面目躍如とは誰も言わないだろうと思って、公開を見合わせていたのである。先日のライストルテとあまり変わらないとは思わないのだが、文化の記憶の範疇にあるだろうか?
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by pfaelzerwein | 2008-01-24 03:04 | 料理 | Trackback