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陸風が吹くか、海風が吹くか

事実関係は確認できないが北京は東京に特使を派遣すると言う。六カ国協議への下準備に違いないが、日本政府との外交では、尖閣問題に代表されるような背後にある事情は変わりない。そもそも北鮮の政治状況によって最も揺すぶられるのは直接の当事者韓国を除いては中国そのものに他ならないだろう。

北京が六カ国協議の提案と言うことで、中国が自らの益を代表させて調停役に進み出たのは当然の成り行きであろう。そもそも朝鮮半島での有事で最も不利益を被るのは中国に他ならない。

中国の自動車がはじめて欧州の安全基準を辛うじてクリアーしたようだ。五年前に正面衝突で搭乗者が生き残る可能性は皆無とされた史上最悪の危険度に試験結果が出されたジープから、五年の歳月が流れた。今回のバン型の「陸風」はサイドバックが設置されていないことから横からのあたりに弱く五つのうちから二つの星しか授からなかったにしても、これで本格的に欧州での中華車の販売が始まる。

自動車先進国ドイツにおいては来年の春からの発売となる。歴史を遡れば本田が1967年に僅か450台が発売されるようになって、今や日本車は市場占有率11%、四十二万台が販売されるようになっており、また1991年に現代が3000台ではじめいまや十八万台が販売されている韓国車と同様に、中華者もいづれは十分に販売されると予想されている。今回発売のそれも直接の競合である韓国車や東欧や南欧の車だけでなくVWのドイツ車の市場をも脅かす可能性もある。その価格は一万三千ユーロ程度であるのは重要な意味がある。そもそもこうした使いやすい車は、壊れなく動いてくれればよいからである。

冷静に考えてみれば分かるのだが、決して中共が安定した体制ではなくて、一気にダムが崩壊する如く些細なことで転覆するような体制であるということである。
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by pfaelzerwein | 2010-11-29 02:27 | 歴史・時事 | Trackback

振った女が電話を掛けてくるとき

ネットで前原外相が中国の同僚に電話したと知って驚いた。丁度、中共内での議論が終わっての出方を世界が固唾を呑んで見守っていると言う新聞記事を読み終えた時だったからである。

正直、一体何が起こったのかと訝しく思った。昨晩書いたように、既に西側からの賽は投げられていて、流石の失態続きの民主党政権の外交もここは腰を据えて成果を狙えるときと思っていたからである。もちろん次の一手は間髪に入れずに行きたところだろうが、先方が逡巡しているところで一体何をしようとしたのだろうか?記事を見る限りその背後に新たな動きがあったとは思われない。

穿った見方をすれば政局絡みで再び対米関係を見直して、対中との関係のベクトルを利用しようとする連中が再びそこに暗躍しているとも受け止められる。事実関係は判らないが、一歩遅れてこの時期に中共に「エール」を送るようなその姿勢は、まさに黄海での軍事演習が始まるこのときにまるで殆ど裏切り者のようにしか映らない。

中国側にしてみれば、一体この時期に声を掛けてくる日本のその弱腰は、まるで振った女がなんだかんだと理由をつけて電話してくるようなものでしかない。これほど不味い戦略はない訳で、ここでこそ知らぬ顔をすることで強い姿勢を示せたのである。

先日の少女の将棋で勝った女の子は、持ち駒を沢山持っていて、私などはついそれを使えないのかと不思議に思っていた。それどころか、その金髪少女は取った駒の銀などを落として私に拾わせさせる。これはどうなるかと思っていたら、彼女は殆ど持ち駒を使うことなく相手を追い込んでしまっていた。要するに見せ駒効果を最大に発揮させたことになる。

要するに護りの場合は先頭に立って白旗を振るのも戦略であるが、攻めの場合はむしろ後ろに隠れているぐらいの方が相手にとっては恐ろしい。十歳ぐらいの女の子が考えることがなぜ日本の外務省筋の智恵では廻らないのか、全く不思議に思われる。



参照:
国獲りゲームのような戦略的関係 2010-11-26 | 雑感
腕やら足やら口周りの筋力の疲れ 2010-11-13 | 生活
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by pfaelzerwein | 2010-11-28 00:00 | Trackback

国獲りゲームのような戦略的関係

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大分良くなってきたが、未だ微熱があるようだ。明日に備えて、午前中で切り上げて午後は休んだが、未だ駄目である。今晩就寝前に昨晩に続いて風呂に入ろうかと思っている。長風呂で体が温まった所で一気に深い眠りにつきたいのだ。

新華社通信などは北朝鮮の立場を詳細に伝えていて、共産党の機関紙などは、米国などが北朝鮮に影響力を当てえろと言うのと、面と向って批判しろと言うのでは矛盾していると論調しているらしい。その背景には、韓国と国交を結んだだけでなく、経済的な関係もますます重要になる一方、今回の事件の起こった黄海での韓国側が主張する国境線に関しては北朝鮮同様認めていない中国の立場が存在する。

中共にとっては、東西冷戦のような状況は避けねばいけない間隙を、米国が戦術的に狙ってきていると映るようで、流石に自らが何時も執り行っている戦略が自らに向けられるときに身に沁みて感じるようだ。米国が黄海で韓国軍とその空母を率いて行う演習は、日本の民主党政権の対応ではないが、可也緊迫した状況となるようである。

将棋などと同じで、守りと同時に釣魚島への攻めも可能であるが、散々に挑発してきたのと同じぐらいに挑発されるとなかなか手が廻らなくなるに違いない。北朝鮮が韓国を攻めれば、韓国が支配している竹島などは明らかに延び過ぎた戦線なので日本によって適当な口実の元簡単に奪取されてしまいかねない ― 少なくとも手薄になれば何時でも奪回するぞと言うような態度を見せおくことがボディーブローのように効くのである。要するに挑発されれば、痛いところを突いて挑発しておく必要がある。獲って獲られての国獲りゲームである。

昨夜明けたモンペリエー北西三十キロのラングドックのグラノッシュ、シラー、カリニョンのキュヴェーによりワインをグラスが汚れないうちに撮影しておく。
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by pfaelzerwein | 2010-11-27 04:26 | Trackback

鼻の下を真っ赤に腫らしながら

今日は初雪の中を大分動いた。先月のように霜ではなかったので事故は無かったかもしれないが、これから週末に掛けてが危ない。冬タイヤを履いていない車は大型トラックにも抜かれることになるのでとても危ない。

動いたといっても車の移動なのでそれ程濡れることはないが、帽子を脱いだ拍子にどうしても頭も濡れた。洋服は濡れても分厚く着込んでいるので大丈夫だが、矢張り湿っぽくなるのは仕方が無い。

そんな様子で一日中鼻を愚図愚図とかみつづけていた。日本人のように啜るのではないので健康には良い筈なのだが、鼻の下が荒れた。咽喉の痛みは和らいで、もう一本のディスカウントワインを購入して飲んだ。

前回のものよりも複雑であるけれども今のところ悪酔いもせず、咽喉の渇きも感じない。四ユーロをきるプロヴァンスのワインとしては悪くは無いのだろう
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by pfaelzerwein | 2010-11-26 07:14 | 生活 | Trackback

知らず知らずの内に悪化

大分体調は戻ってきた。もう一息である。今晩は先日飲んだ南フランスのシラーに南アメリカ土産のニッキを煮たものを合わせ、蜂蜜で甘くして、レモンの輪切りで酸味をつけたホットワイン、グリューヴァインを飲んで寝る。明日から正常化したい。

イランのウランの精製施設でのスタックスネット被害は、恐らくCIAなどの反イランの国際的組織の犯行に違いないと更に証拠が固まってきていると言われる。サイバーアタックは当然ながら、何もイランに向けて行われるだけでなく、強い武器を持っているものの反対陣営は何時も狙われることになる。しかしそのウイルスを製作するには可也の財力と大組織が必要になると言うことである。例えばジーメンスの七工業制御システムを攻撃するためには、その制御システムの隅々まで把握して再構築していないとことをなせないと言われる。

核分裂のために有用なウラン235の精製作業において、毎分百万回転と言うような超高速の分離機の電気モータの速度を本来の制御と分からないように変えることで、その生成の効率が落ちることは当然であるが、最も危険な振動によってその施設自体の耐久が劣るだけでなく破壊へと追い込むことが出来ると言うのである。ウラン235の精製が上手く進まなければ、発電だけでなく、核爆弾の製造に大きな影響を与え、更に折角の精製施設が壊れれば資材の供給が出来なくなる。

こうした攻撃に対して西側の工業先進国が十分にその対策が出来ているかと言えば可也怪しいと言われており、コムピュータ制御が無ければ何も出来なくなっている現代社会では、こうしたサイバーアタックが核爆弾よりも強力であると言うことだろうか?

個人的には先ずは感染したウイルスを完全に克服することに尽きる。しかし、感染がよく分からないと言う意味ではエイズだとか、癌などの症状にも共通していて、知らず知らずの内に悪化しているという状況を思い起こさせる。



参照:
Die Angreifer kennen ihr Ziel offenbar ganz genau, von Frank Rieger, FAZ vom 18.11.2010
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by pfaelzerwein | 2010-11-25 02:53 | 生活 | Trackback

腕力勝負の壮絶な戦い

咽喉の具合が変わって、入り口でウイルスを食い止めたかと思ったが、駄目だった。全身に廻った。昨夜は全身が時折発熱して、筋肉が壮絶な戦いをしていたのは自覚していたが、こちらが寝た隙に深く侵攻されてしまった。

発熱は三十八度ほどにもなっただろうが、今年は筋力を鍛えてあるので、なかなかへこたれない。一層のこと走りにでも行ってやろうかと思ったが、それは流石に止めた。行き倒れになると人に迷惑をかける。

安静にしておきたいところなのだが、そうもいかず一日中野暮用に追われていた。しかし我ながら基礎体力をこれほどまでにつけたと思う反面、やはり病に倒れたのは口惜しい。

どうもクライミングのホールかどこかでインフルエンザをうつされたのだろう。自覚はあまり無かったが、この時期の健康管理は特別に難しい。明日ぐらいには熱が引くことを願っている。それでも昨年の横になれない苦しみからすると普通のインフルエンザ症状で、もっぱら体の筋肉などが力を拮抗させている分壮絶なウイルスとの戦いとなっている。

胸の筋肉などが重量挙げでもするかのように一斉に熱を発しだしたのには驚いた。生まれてはじめての症状である。そんな按配で嘗てなら仕事をしているうちに高熱で倒れてしまうような状況であったが、通常以上に用をこなしてしまったのには我ながら驚いた。
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by pfaelzerwein | 2010-11-24 05:31 | 生活 | Trackback

食品コンテスト金賞の旨み

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「おらー、しらねーど」と、南フランスの安売り四ユーロを切れるシラーのワインを飲んでいる。これがまたブリュッセルで開かれる東鳩バターココナッツで有名なコンテストの金賞を獲っているのである。スーパーの広告などはお断りにしているので流石にそれは勉強していないが、オーストリアの料理用のリッターグリューナ・フェルティーナの購入ついでに、ヌーボーの売出しなどの可能性を視察すると、安売り札が赤く輝いているのだ。実は蔵にあるボルドーにするか、ドイツのシュペートブルグンダーにするか迷っていた。

しかし、今晩は咽喉の調子は好転したが本調子ではないので、高価な食事やワインは計画されていない。合挽きミンチ肉で精々ボロネーズソースである。そこで目に入ったのである。本当は棚の隣りの売り切れ特売品に興味が募ったのであるが、逆に同じ価格で同様のこれが売り切れていないのを不思議に思った。

なんせ金賞である。流石に彼の焼き菓子の旨みを思わせるような当たりのよさが二杯目から広がり、なかなか止められない。こんな旨みはどんな高級なヌーボーにも求められない。止められない止まらないはカッパ海老煎であるが、安物赤ワインは副作用が大きいので比較しようもなく恐ろしい。頭が痛くなっても良い。どうせ風ひきで痛くなるぐらいならば。

このペースであれば明日には副作用の証拠品も残るまい。美味い時に楽しんでしまわなければいけない。今宵だけの刹那な楽しみである。そう言えば、ローマ法王がゴム製品の使用を漸く認めたと、FAZの一面に書いてあった。赤ワインの刹那には関係が無いのだろうが、これでエイズが防げて何人のアフリカ人の命が救えただろう。それでもなにかそこに虚しさも感じられる。
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by pfaelzerwein | 2010-11-23 03:49 | ワイン | Trackback

金が金を生まないシステムとは

ボーズ社訪問の記事が載っている。アマール・ボーズ率いる千人以上の音響会社ではただ唯一のオーナー社長の会社である。その製品を使っている人なら必ず目にしているフレミンガム市はボストンより三十マイルほど北西にあるらしい。そのこの会社の正面には、Treat your next with respectと大書きしてあって、まるで白人アングロサクソンのプロテスタンティズムの会社のようだと記者は驚く。

なるほどボーズ博士自体は、先の大戦時にはインドからの貿易の船が泊まってしまったインド人貿易商の息子で、子供のときから家業の修理屋を手伝うことになって、ラジオなどの電化製品を修理する技術を身につけたようである。その後、当時から恐らく今以上に名門であった工科大学MITで、フォンノイマンらとマーシー協議会のメンバーであったノバート・ウィナーに数学の手ほどきを受けたようで、同じく教師であった電気工学のリー教授ともその後に渡って長い付き合いとなっている。

その数学的な領域での教育もさることながら、有名な音響機器へのアイデアが芽生えたのが、数値的なスペックを調べつくして貯金して購入した音響機器装置が自らの想像に反して失望を与えたことからとあるのが面白い。ヴァイオリンも習ったことのある本人にとっては、音楽が指輪の前夜祭「ラインの黄金」の前奏曲のように規則正しい雑音の波にさらわれるのが我慢なら無かったようである。我々嘗てのHIFIファンならば、つまらない部署などをいじったりスピーカーのセッティングを変えたりと、それを趣味としてしまうものとは違い、六十年代の終わりにはボストンシンフォニーで音響テストをして一定の学術的成果が現れたようで、ドルビィ博士の件と紛らわしいが、大学での研究自体がSN比のような相対的な信号の認識を扱っていたようで、上教授らが進めていたサイバネティックスと呼ばれる分野となる。

新たな学問が全てそうであるように、ウィナー博士がその爾来の近視から、カレッジ内を真っ直ぐに教授室に辿り着くことが出来ずに、寄り道をしながらのサイドウォーク繰り返していたことから様々な分野の研究が融合される業績となって、リー博士と共同でベル社にパテントを譲渡した非直線コミュニケーションシステムが現在のサテライト通信などの基礎になっているのを思い出せばよいのだろう。もう一つのエピソードも抜かせない。カレッジのクラブハウスでのパーティーでコートを掛けていたのだが、近視でそれが確認できなかったから、最後の一人がそれを持ち帰るまで待っていて、残った一つが自分のものだと確認した話である。

そのウィナー博士が言うには、中国が永く技術大国であった背景には、軍人や商人などのよりも、職人や学者を重んじた儒教の教えがあるとなり、まさにボーズ博士が、悩みの中を中庸の精神で「音響技術のビル・ゲート」ともならず只の研究者でも無く活きている姿がそこに見えるように報告されており、まさに社訓に表れているのはコミュニケーションとしての社是でもあるのだろう。

世界の多くの愛好家には、訳の分からないその流通システムなどがまるでマルチ紛いに映るのもこうした背景が分からなければ仕方ないのである。まさにコミュニケーション学に於けるそれが実証されているのかもしれない。またそうした研究環境があっての開発と言うことで通常ならば考えられないような期限の無い研究から世界初の自動車の電動ショックアブソーバーシステムの発表へと結びついているらしい。実際にボーズ博士の授業を受けた前ホプキンス大学総長は、その形式の無い授業を回想しているらしい。

あまり業界関係者が口にしたがらない、ボーズの二つ目の成功製作品であるライフスタイルで、バッハのサロン音楽などを鳴らしながら、こうした金が金を生む経済に流されず、只の金満家向けハイファイ市場にも関与しなかったこの企業体のその社会的な文化的な意味合いを考えずにはいられない。

今晩から雪になりそうだ。予想通り二日ほど続けば、地面がそれ程冷えていないとしても積もるかもしれない。昨夜寝る前から咽喉がガラガラし出したが、軽い風症状である。昨日の早朝のトレーニングが堪えたのか、ここは己の基礎体力が問われる。十三分の走り、高度差二百メートルを上がり三十五分経過、水平道で息を整えて、一気に下り降りて、丁度一時間の経過であった。決して体調は良くなかったが、走行速度は落ちなかった。そして、今年最初の病の前触れである。七転八倒した苦しんだのは何時だったかと記録を見れば丁度一年前ほどであった。やはり、太陽の陽も拝むことが少なくなり、抗体システムが機能し難くなると思われる。今日は、野路菊茶でも大量に飲んでゆっくりと休みたい。明日はまた朝から忙しそうだ。



参照:
豚インフルエンザに違いない 2009-11-25 | 生活
豚に克つ奴だけが生き残る 2009-11-26 | 生活
くしゃみの出そうなゾクゾク感 2010-10-12 | 暦
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by pfaelzerwein | 2010-11-22 05:29 | テクニック | Trackback

ベヒシュタインを育む生活環境

RSSリーダーを読んでいたら、ベヒシュタインが扱われていた。ドイツのピアノである。「気持ちを込めて」とあるので、そのVIDEOを観た。ドイツェヴェレ制作のものである。

ザクセンの工房の風景が映し出される。何人かの職人の仕事振りの、遣り甲斐ある仕事風景が映し出される。年間で300翼と千三百機しか生産されない歴史的世界ブランドである。ここでもその経済的事情や個人的な「付き合い」などは紹介しているが、実際こうした映像を見てみるとその手作り振りが良く分かる。

なるほどこうした仕事振りは西ドイツでの生活観よりも東ドイツでのそれの方が似合うような気がする。ドイツの高級時計にも代表されるような精密な仕事振りはこうした落ち着いた環境が大切に違いない。

先日から、BLOG「妄想的音楽鑑賞とお天気写真」でシューマンのピアノ曲実践の録音が色々と紹介されていたが、ピアニストごとに誰がスタインウェー以外で演奏しているかがいつも気になって勘ぐってみたりした。



参照:
形而上の音を奏でる文化 2007-12-21 | マスメディア批評
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by pfaelzerwein | 2010-11-21 00:10 | | Trackback

緑の上に赤が見えたのは昔

十月にはじめて日本旅行をした若いドイツ人男性の話を聞いた。行く前に色々と見所を教えていたのである。残念ながらら三段染めなどには早かったようだが、嵐山や大原では少しもみじも楽しんだようである。しかし、富士山は見えなかったと。奈良や広島を訪れ、帰りには途中下車して新神戸で神戸ビーフを食したらしい。築地も訪れたようだが、矢張り魚だけでは物足りないと言った。

苔寺やそこらじゅうの名跡を訪れ「勧進帳」に沢山のスタンプや「お札」を貰っていた。訪問地でよかったのは金沢や飛騨高山など小都市に特に印象が強かったようで、東京の裏町などを歩くには大分の時間が必要になる。友人がフソーに勤めていて品川の高層アパートにも滞在したと言う。山手線の駅毎の様子の違いにも言及していた。そして汗を流した後の冷たいビール。

日本語は殆ど使えなかったようであるがそれでも結構日本人ともコンタクトが取れたようで、十分に楽しかったようだ。何よりも感心していたのは新幹線で、無人身事故の話をしていたら驚いていた。世界で最も安全な乗り物に違いない。ドイツのICEとは比較にならないのを十分に認識できたようである。

朝から忙しかったが、夜のクライミングがキャンセルとなって少しは時間が取れた。予定していた八百屋での買い物が済んで、また手許の野菜が豊富になったのは嬉しい。緑の党は支持率の急上昇で少々高度障害に陥っているらしい。高い世論調査の支持率を如何に選挙に結びつけるかである。

良く考えれば、最後に日本の秋を楽しんだのは1993年のことである。なにかあまり天気は良くなかったような記憶がある。とてつもなく昔のことのようにしか思わない。丁度上の彼が過ごしたのと同じ三週間だけを過ごしたことになる。
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by pfaelzerwein | 2010-11-20 07:05 | Trackback