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索引 2011年7月


3.11以後世界は変わったのだ 2011-07-31 | マスメディア批評 TB0,COM0
潮流を正しい力に換えるには 2011-07-30 | テクニック TB0,COM0
食品による内部被曝の予想 2011-07-29 | 生活 TB0,COM0
お役目御免の福島汚染予想 2011-07-28 | BLOG研究 TB0,COM2
温暖化の中での冷夏の印象 2011-07-27 | 暦 TB0,COM0
直ちに影響の出ない核戦争 2011-07-26 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
溢れる情報のトレーサー性 2011-07-25 | 生活 TB0,COM2
セクシャルな「福島」文化の本質 2011-07-24 | 文化一般 TB0,COM0
友好国フランスの近隣諸国 2011-07-23 | 料理 TB0,COM2
早くも秋の気配の夏休み 2011-07-22 | 暦 TB0,COM0
まやかしの安全対策基準 2011-07-21 | テクニック TB0,COM0
因果の無い一貫した政策 2011-07-20 | 雑感 TB0,COM0
あまりにも秀逸な政治判断 2011-07-19 | 雑感 TB0,COM0
首相の言葉の意味するところ 2011-07-18 | ワールドカップ06・10 TB0,COM0
おめでとう、なでしこ! 2011-07-18 | ワールドカップ06・10 TB0,COM4
帰宅してシャワーを浴びる前に 2011-07-16 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
グラマラスなリュックサックの腰 2011-07-15 | 雑感 TB0,COM0
即席外国語会話練習 2011-07-13 | 生活 TB0,COM2
Not body conscious. Not baggy 2011-07-11 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
溶融落下の政治手腕の必要 2011-07-09 | マスメディア批評 TB0,COM0
獅子のように強い心で 2011-07-08 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
ベルリン、原子力の創世と終焉 2011-07-07 | 歴史・時事 TB0,COM0
アルザスの原子力発電所 2011-07-06 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
たとえ昨年の茶葉であろうとも 2011-07-05 | 生活 TB0,COM0
タービンが力強く回るところ 2011-07-04 | テクニック TB0,COM0
あとの祭りにならないように 2011-07-03 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
レヴィ・ストロースの福島感 2011-07-02 | 文学・思想 TB0,COM0
情報の隠蔽も未必の故意 2011-07-01 | マスメディア批評 TB0,COM0

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by pfaelzerwein | 2011-07-31 23:45 | INDEX | Trackback

3.11以後世界は変わったのだ

食料品のEU緊急基準値の引き上げの記事への反響が高そうだ。責任上、もう少し詳しくその背景を説明する。そもそもこの緊急の暫定基準値の設定は福島の事故を受けての297/2011と呼ばれる三月二十六日に178/2002の食料安全法基準値を根拠にして緊急発効された通達である ― 以下にそのバローソ委員長署名の英文のリンクを貼る。これに関しては事故当事者である日本では、「EUの日本からの食料品の輸入規制」として不正確・不明瞭に、新潟、山梨、長野までを含む関東東北圏全域を汚染地域として指定されたとして報道されたものである。

迂闊にも私自身はその汚染量基準の倍への引き上げを知らなかったが、特に魚などはベーリング海にて獲れるものがEUで食されるために、福島からの汚水が海流に乗って運ばれてくることがそこで想定されている。

要するに、チェルノブイリ事故での基準値を更に引き上げた背景として、福島の非常事態を十分認識しているということでもあり、一度環境に溢れた放射能はエントロピーの法則に従って、覆水盆に戻らずで半減期が十分に長ければ増える一方であるということだ。

さてここでその政治的な背景を考えれば、我々EU市民もこの緊急事態を十分に知らされていない。フランス人などは尚更である。こうなると京大の小出氏が語るようにやはり核武装へのタブーがその報道と情報伝達の背景にあるといわなければいけないだろう。

当然のことながら現在の日本政府がぬけぬけと設定しているような暫定基準値などはあってないようなもので、一貫した事故の矮小化政策の中でのただの気休めでしかないことが分る。実際の太平洋岸の魚の汚染値は今後基準値の何十倍にもなるのではないだろうか?

こうしたEU基準値の拡大でも、グリーンピースの専門家は、違法性があるだけでなく、まだ十分な処置ではないと話す。つまり実際にはアルファー波の放射種やプルトニウムやストロンチウムを測定しないといけないというのである。

EUの基準値ではミルクを除いての乳製品や乳児食に関しては嘗ての基準値600Bqが据え置きされたのだった。その反面、魚の油分は二十倍に拡大されて、許容量はキロ12500Bcq一万二千五百)へと跳ね上がった。

この一件だけを見ても如何に日本の報道が破廉恥で、未だに如何に偽装左右イデオロギー対抗軸の中で世論を巧く導くためにだけ存在しているかが分るだろう。そこで棲み分けすることが許認可を受けた日本のマスメディアの正体なのである。

日本の基準値よりもEUのそれがゆるいと疑問の声も上がっているが、より基準値の厳しい日本で売れないような汚染物が基準の緩いEUで消費されるというようなシナリオを思う浮かべる者は皆無だろう。

先日の稲藁の件を思い出すがよい。基準値を設定して、形式上指導だけして、実はああして流通することを敢えて見逃すようにしていたのであろう。巧妙で狡賢い役人の遣りそうな行政の常套である。罰則規定のない暫定基準値などなんら意味のないことは誰でも分かっているのである。



参照:
COMMISSION IMPLUMENTING REGULATION 297/2011.pdf (Official Journal of the European Union)
Nuklearer Notstand: EU erlaubt 20-fach höhere Radioaktivität in Lebensmitteln als nach Tschernobyl (Wirtschaftsthemen)
Greenpeace: Grenzwerterhöhung für radioaktives Jod und Cäsium in Lebensmitteln aus Japan rechtswidrig (Reisen-leben.de)
EU-Grenzwertanhebung für Cäsium-Strahlendosis in japanischen Lebensmitteln ist rechtswidrig (greenpeace magazine)
放射性物質・食品等の暫定基準値をまとめました (藤原記者、NHKかぶん)
食品による内部被曝の予想 2011-07-29 | 生活
お役目御免の福島汚染予想 2011-07-28 | BLOG研究
倫理委員会初会合の召集 2011-04-05 | 文化一般
核廃棄物の無毒化の錬金術 2011-06-24 | 数学・自然科学
情報の隠蔽も未必の故意 2011-07-01 | マスメディア批評
日本人よ、恥じを知れ! 2011-03-25 | マスメディア批評
市民を無視する政治社会背景 2011-06-05 | マスメディア批評
次世代にとって途轍もないこと 2011-06-01 | 歴史・時事
原子力明るい日本の行政組織 2011-05-21 | アウトドーア・環境
適当に行程表などを作成して 2011-05-15 | マスメディア批評
グリーンピース発表によると 2011-03-30 | アウトドーア・環境
鮨に食い尽くされた鮪 2006-08-27 | アウトドーア・環境
瑞西の交通規制行動 2006-02-09 | アウトドーア・環境
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by pfaelzerwein | 2011-07-31 14:16 | マスメディア批評 | Trackback

潮流を正しい力に換えるには

都市熱の利用法などがラジオで話されていた。学会を募って利用するということは都市熱の削減に繋がるということであろう。脱原子力依存とか言っても、今まで原子力を推進していた以上に再生可能エネルギー開発を後押ししていかないことには実用化へのリスクを背負って開発を進める企業はない。そもそもこうしたヴェンチャー企業を支援するだけの社会構造がないと経済は老化する。

スペインで世界初の波動エネルギー利用の商業発電所が操業したらしい。波動といっても波の力をそのまま利用するというのではなく、波の打ち寄せをパイプへと導いてその空気の呼吸圧でタービンを回すようなシステムである。要するに海水と接触しない。

そのタービンは、スコットランド人アラン・ウェルスが二十年以上前に開発したシステム(oscilating water column)で、呼吸の両方向へのヴェクトルの相違にかかわらず飛行機の羽の渦のように同じ方向へとタービンのフィンを回すことが味噌となっているようだ。

それによって今回操業の250KWの能力のそれはハイデンハイムのフォイト社のものとなる。250軒分の電力を賄う程度なので、海中に大きな土手を作り、3メートルほどの釜を海中にかぶせるような構造なので、まだまだ商業的にはこれからだろうが、世界最初の実用化には他ならないらしい。さらにタービンの騒音を打ち消す消音層が静寂を守るように工夫されている。

しかしこのシステムは波の高さによってその発電量が変わるのは当然で、所謂潮流の動きを電気に変えるシステムではない。同じ会社がやはり試みているのは、海中に風車を設置するような海流の流れをそのまま電気に変えるシステムである。つまり一日に一度その向きを変えて発電することになる。これによって現在出来ているテスト発電は300KWほどであるが、風に影響されない反面海中に使っているゆえの耐久性やメンテナンスの費用は大きいようだ。

そうした中で潮位の差の大きさの位置エネルギーを利用する方法としてフランスのサン・モロのシステムが有名で、これも240KWの発電を可能としている。この場合に重要なのは発電機の特徴で永久磁石によって常時発電できるようなタイプを使うことが効率に結びつくというのだ。

その韓国での実験の延長として、ソウルの南西40KMのシーワで完成したダムが水の腐りから使えないことが分り、12KMに延々とするダムが潮位差ダムに流用して使われるというのである。これによって生じる電力が234MWと予想されていることから、四から五機で原発一機分の発電量に相当する。



参照:
Strom aus der Kraft der Wellen, Georg Küffner, FAZ vom 26.7.2011
節約の結果としての公共料金 2011-02-13 | 生活
風車と冷却塔のある風景 2006-04-14 | アウトドーア・環境
水車小屋のある風景 2005-01-05 | テクニック
獅子のように強い心で 2011-07-08 | アウトドーア・環境
観光資本化されている近代工業 2010-05-21 | テクニック
車が、金が、酒が廻る 2005-08-09 | 歴史・時事
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by pfaelzerwein | 2011-07-30 18:49 | テクニック | Trackback

食品による内部被曝の予想

EUの食品安全基準値が福島後に上げられていた。迂闊であった。それによると放射線の安全値が、例えば乳製品では従来の370Bq/Kgが1000Bqへと、その他の食料品では600Bqから1250Bq/Kgへと引き上げられている。つまり基準値を超える食品は、輸入も販売も許可されない。それでも既に1500Bqを超える茸が市場で見つかっていて、チェルノブイリ周辺の茸とバルト海沿岸のものとが混ぜ合わされているのだろうという見解である。いづれはそこに日本産の商品が混ざるのかもしれない。

バイエルン州の環境庁が出している資料が今後の日本の食料品内部被曝対策を考える場合の参考になるかもしれない。もちろん、福島近辺の食料品は少なくとも先二十五年ほどは一律廃棄処分にするとしての前提である。チェルノブイリから何千キロも離れたバイエルンの二十年間の汚染度は、そのまま一部のホットスポットを除く首都圏からさらに遠くの静岡などの地域での日本の福島からの汚染状況と似ているからである。特に日本の胃袋である都内の消費生活は内部被曝を考える場合の重要な拠点となるに違いない。

さてそれならば基準値を下回る食品についての危険性についても、たとえば3000Bqのセシウム173が含まれた茸を500G摂取したとすると、レントゲンを一度受けたほどの被曝になるというのである。もちろん透過するものと摂取する内部被曝とは異なる。その被曝量に関しては誰も健康については考慮しないが、専門家はこうした食物を妊婦や子供に与えるべきではないとしている。

チェルノブイル後には茸類、野草や果実類だけでなく森の猪などもキロ1000Bcを遥かに越えていた。淡水魚なども全く同じような汚染濃度であったのだ。

そこから推測すれば、先ず日本の漁業は壊滅するに違いない。大気中やそこからの淡水魚がこれほど汚染されていることを考えれば、その大気の塵だけでなくて更に高濃度の汚染が福一から流されている限り、もはや日本人が食せる魚はなくなると思われる。これは既に三月中にSWR2ラジオ放送では日本人の食料がなくなると危惧されていたが、福島から離れたところの魚はなんとか漁ができるのではないかと考えられた。

チェルノブイリの近隣諸国が取ったような、外部被曝などで既に許容の被曝量を超えたことで食物による内部被曝を極力避けるような政策が日本には求められるのだろう。もしそのような食料政策が可能となるならば、初めて復興への道筋がつけられるかもしれないのである。



参照:
Tschernobyl - Bayern 20 Jahre danach, Bayerisches Landesamt für Umwelt
Tschernobyl ist nicht passé (BR-online)
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by pfaelzerwein | 2011-07-29 14:44 | 生活 | Trackback

お役目御免の福島汚染予想

日本から最も参考にされていたドイツの気象台DWDの福島スピーディー情報公開が昨日限りで停止されたようだ  ― 昨日の記事のプレス発表で公表されたのだろう。理に適った対応と思われる。なるほど今も水蒸気を吐き出しているように、今だ水温が高く、操業停止ならびに罰則規定に相当するだけの放射性物質を吐き続けていることは分っている。しかし、テプコの説明通り、当初に散々拡散した量とは比較しようがない。

当初から気象台のサイトに明示されていたように発生源の放射能の質と量がパラメーターとしては考慮されていない概ねの予想図であったのだが、それでも当初数日間の情報は十分に参考になったに違いない。今でもテプコすら発生源のパラメーターを特定出来ずにいることから日本のSPEEDIEシステムが現在においても厳密に使えないことは、その開発当初から分かっていた筈である。しかしそれを理由に日本政府は公表を渋り、ドイツの気象台はそれでも参考になる情報として公開したのであった。そして少量の塵が計測限界内で都内まで届くような可能性が殆どなくなった今の時点で、無駄な公表を避けるのは当然であり、当初に示した汚染された気団のグラフィックこそが数え切れない日本人の被曝の状況を実際的に表していたことを尚更ながら強調するのである。

なるほど保安院や協会などは炉内温度を下げることで ― 炉の温度が高いということは全ての燃料の溶けた熱い固まりが炉外へ滑り落ちているとは考えられない ― 更なる揮発性の物質の拡散を抑えるようにテプコに要求しているのだが、このまま十年以上も吐き続けるとなると全く事情は異なるであろう。しかし、工程表によれば湯気を上げない程度の温度に下げることで、既に汚染された外部のバックグランドの線量よりも低く抑えることで、見かけ上検出出来ないぐらいにして、今後数年間の状況を見るつもりなのだろう。

テントを掛けて拡散を抑えることも、燃料体が既に全て水に陥没しているとすれば、もはやその必要もあまりなくなるに違いない。寧ろ、その核燃料を溶かした水の扱いこそが問題となるのであろう。

要するに、操業停止になるようなスカラー4に相当するような事故の今でも続く大気環境への放出などは無視できるほどに、既に東北関東圏は汚染されている。もはや何をしても味噌糞一緒なのである。その中でも既に三月十九日に書いたように、その時点で外部被曝をしていたか、どこかに逃げていたかの差異は今から考えると大きく、生涯の被曝量を左右する重要な分岐点となったであろう。あの時点では先は見れなかったので仕方がないのだが、あとから考えてももはや不可逆状態なのである。あとの祭りである。あの十日から二週間ほどを遠くで過ごせていたならば被曝量を激減できたに違いない ― ネットの映像では福島のお母さんが自らの無知ゆえの子供への被曝を嘆いていたが、災害時にはネットで情報を流しても限界があり、こうした悲劇はSPEEDIEの情報公開でこそ避けれたのだ。

外部被曝の量は、まだまだホットポインツなど発見されても、今後はある程度は管理された状態での被曝となるが、当初の吹き出しによる被曝は都内においても猛烈なものであったことは実証されている。なるほど細野大臣が語るように実際上限がないので、都内に関しては一切発言していない政府も「自主的な避難を推奨」していた訳で、実際に世界の国々は在日公館を通じて在東京の自国民を東京圏から離したのであった。

これからは内部被曝に注意することしかなくそれが肝要なのであるが、もはや政府の情報や流通機構などを信用する「被曝者」はいまい。ドイツ駐日大使が「日本旅行は汚染情報がはっきりしているのでミュンヘンより安全だ」と宣伝していたが、「一体何を食べればよいのだ」と私は毒づいた。ドイツから団子でも携えて日本旅行をしろというのか。

もしドイツの気象台が、そこに書いてあるように、必要ならば再開するような事態とは、何らかの状況で再び激しく放射線物質が大気中に飛び散る破局的な状況しかありえない。水蒸気爆発という最悪の状態が今まで起きていなかったことの方が奇跡であると言う意見は多い。寧ろそれよりも強い余震や津波で他の格納炉が破損するような事故の方が遥かにありえる再開のシナリオかもしれない。



参照:
☆ 【拡散】ドイツ気象庁へのお願いメールを出してください。 (風信子(ひやしんす)の☆本の紹介&エッセー☆俳句)
ふくいちライブカメラ (テプコ)
健康・環境被害とは風評なのか? 2011-03-19 | アウトドーア・環境
グリーンピース発表によると 2011-03-30 | アウトドーア・環境
情報の隠蔽も未必の故意 2011-07-01 | マスメディア批評
温暖化の中での冷夏の印象 2011-07-27 | 暦
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by pfaelzerwein | 2011-07-28 13:50 | Trackback

温暖化の中での冷夏の印象

今年のような冷夏は未だ嘗て経験したことがない。欧州においても初めての経験である。印象に残っているのは2004年ぐらいの日照時間の少ない夏であるが、ここまで気温は低くならなかった。

深夜は窓を閉めずには過ごせなく、天候さえよければまだ明るい筈なのだが、急に秋のような気配が漂う。

今後長い穏やかな秋が続くとしても、もはや盛夏とはならないだろう。最も暑かった印象は四月であるから、それ以降は本当に涼しい。それでも長袖は要らないのだから、適当に快適なのである。

冷たい食事の必要もなく、寧ろ暖かい食事の需要が高い。八百屋に行く予定であったが、銀行に行く用事が出来て、これも断念した。それほど逼迫して野菜が必要ではないのである。

とは言っても、気象台の発表では2010年には抑えられていた大気温が再び2011年の前半で上昇していて、二酸化炭素の排出の影響で、日差しが強くなっているというのである。太陽光発電だけでなくて、2010年までこのまま四度ほどの上昇が続き、夏の乾燥と冬のお湿りが繰り返される中で、建築素材のコンクリートやモルタルからの転換が必要になるということで、発電だけでなく建築市場にも期待できるということである。



参照:
Temperatur steigt auch in Deutschland, Andreas Mihm, FAZ vom 27.07.2011
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by pfaelzerwein | 2011-07-27 15:30 | | Trackback

直ちに影響の出ない核戦争

南シナ海、波高し。戦争に突入するという観測である。もちろん中国包囲網に対しての中共の対抗処置であるが、インフレと失業問題を開戦で解決するというものらしい。

対米国関係でも、ちょうどデフォルトなどの問題が起きていて、好機であるというのだ。情報は定かでないが、シナ人の感覚的には正しく、対外的に牽制する意図もあるのだろう。

中国での列車事故が伝えられているようだが、少々の事故や犠牲者などは大中国では物の数に入らない些細なことなのである。だから戦争で犠牲者が出ても全く問題とならない。それどころか合衆国との核爆弾の迎撃合戦も厭わない。

中共が西海岸に核弾頭を一つ落とす間に、三つ四つの中国の大都市が壊滅する予想されているが、それは想定内で全く問題がないと思われている。国家主義というのはそうしたもので、大日本帝国も同様で二つもの核爆弾を甘んじて受けたわけで、中国にとっては当然のことながら些細なことなのである。細野大臣が言及するように「限が無い」と言って福島や東北・北関東の者を黙らすことが出来るぐらいだから、シナ人を黙らすことぐらいは訳がない。

そんなことよりも中国にとっては南シナ海での覇権を確保することの方が国家的な目的に適っているのである。さらに福島のおかげで、放射線被害などは「直ちに健康に影響がない」のが再確認されたので、爆風で吹っ飛ばないシナ人などは漢民族の種を絶やさないに十分過ぎる分だけ生存することが分ったのである。

政治が嫌いと主張する京大の小出氏や九条の会のように、原発反対から非武装までを言及する「古臭い革新」の考え方も未だに存在するようだが、まさに日本政府の天晴れな事故対応政策は被曝の問題で核全面戦争も厭わない風潮を世界に広げた。よって、非武装によって核の傘をどのように甘んじるかなどの議論が非常に現実的な問題となってきている。そのような現実の環境では、核兵器を含む含まないに関係なく非武装などは唯の「パシフィズムの願い」以上のものではなくて、なんら政策に影響を与えないものなのである。それは、政治として環境に覚醒して直視する環境政党が必要となった背景の一つに違いない。



参照:
福島なんて取るに足りない事故 2011-04-12 | アウトドーア・環境
敗者に裁かれる特攻隊崩れ 2011-04-15 | マスメディア批評
死ぬも地獄、生きるも地獄 2011-04-16 | 文学・思想
迎撃構想の世界戦略 2007-03-13 | 歴史・時事
政治的核反応の連鎖 2006-10-17 | 歴史・時事
暑気の隙間に感傷旅行 2005-07-03 | 歴史・時事
民主主義レギムへの抵抗 2007-08-25 | 文化一般
石壁よりも堅い「友愛」哲学 2009-09-02 | 文化一般
市民を無視する政治社会背景 2011-06-05 | マスメディア批評
7月23日 小出裕章氏の滋賀県大津市での講演 (小出裕章 (京大助教) 非公式まとめ)
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by pfaelzerwein | 2011-07-26 14:50 | アウトドーア・環境 | Trackback

溢れる情報のトレーサー性

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きゅうりに州の生産品であることを示すシールが貼ってある。先日の食あたり騒動を受けたトレーサー性を強調する処置のようだ。それによって好んで購入するとかではないが、情報は多く、正しい方が健全なのには違いない。

情報といっても問題となっているのが、実名が出ており匿名性がなくとも大衆に語りかけることが出来るフェースブックを通じたパーティーへの招待状である。本日のラジオでも何人かが逮捕されたことが報じられていた。

ネットでの友人たちを集めるつもりの誕生会に五千人規模の若者が集まり暴徒化したり、同じように集員力のある情報に警察当局は敏感になっている。丁度一年前にはデュイスブルクに場所を動かしたラヴパレードで大惨事が起きて、新たなフェースブックを通じたベルリンでの再開への動きにも神経を尖らす。

ネットの良さは誰もが情報発信できることには違いないが、不特定多数に働きかけることになるので、その内容に留意しなければいけないことは確かであろう。

日本では地上派デジタル化が実施されたようだが、ドイツでも準備が進んでいる。個人的にはもう関心がなくなっているのだが共同住宅ではサテライトに移行する方針へと進んでいる。TV受信機を買い換えるつもりもないので、観れなくなったときがTV放送とのお別れである。周りでもTV放送から離脱したものが多い。もはやネットで十分で、ニュース番組だけでなく番組制作というものが不要なのは明白である。二十五周年を迎えた技術的に古くなったCDよりも技術的に更新される五十年ほどのTV放送と別離する方が早くなるとは思わなかった。



参照:
それでも安物レタスを買う 2011-06-10 | 生活
フェースブックに載せる顔? 2010-07-24 | 雑感
役目終えたTV放送の私物化 2009-03-01 | マスメディア批評
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by pfaelzerwein | 2011-07-25 14:39 | 生活 | Trackback

セクシャルな「福島」文化の本質

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土曜日は若干天気が回復した。束の間をアウトドーアで活かそうと思ったがパートナーが仕事で旅行中で、結局家で居座ることになった。今週は昨日三十分も歩いたぐらいだろうか。運動不足である。

さて、予定通りレヴィ・ストロースの「福島本」が到着する。フランス語本にしては新聞での紹介があったゆえか、私がウイッシュリストに入れたためか、独アマゾンでも12冊以上が在庫となっている。日本研究家や福島研究家には必読の書物であろう。

早速目を通すが、大変読み易く、フランス語の評価は出来なくとも名文なのは想像できる。なによりも、著者の絵画の陰毛解析を待たなくとも、セクシーなのである。本質的なことに迫ろうとするとどうしてもセクシーになるのは、三島由紀夫の文章然り、恐らくシェーンベルクの音楽なども同様であるかもしれない。

フランス語は、語彙的には非常に分りやすいので流し読みが簡単に出来てしまうのだが、これはドイツ語と異なるところだろうか?こうして比べてみるとドイツ語の語彙はやはり難しく、しばしばその意味合いを吟味する必要が頻繁にある。そこには構文との相関関係があるようだ。

金曜日に届いたCDをいろいろと流し掛けしたが、「オルフェオ」のプロダクションには驚いた。これほど出来が良いとは思わなかった。ハーノンクール指揮のそれと比較して、世代が異なるといえばそれでお仕舞いだが、「ポッペア」のように舞台で何度も成功しているのに比較するとその評価を知らない。南仏などで公演をしていたのだろうか、これも充分過ぎるほど出来上がったプロダクションである。

他の二種類のものと違ってイタリアプレスの商品であるが、出来上がりも中の解説なども丁寧で、なるほど二枚組みで三枚組みと殆ど変わらないブジェットプライスは納得である。とにかく、三種の歌謡やレチタティーヴの歌い分けがこれほど端的に示されているのを知らない。当然のことながら管弦楽や伴奏がそれに明確に準じている。これほどまでにメリハリがつけられると、耳で聞いていてもそのコムパクトな全体構造が「一目瞭然」なのである。

元カウンターテノール歌手の指揮者のそうしたアプローチで浮かび上がってきるのは、所謂「音楽が先が詩が先か」の大文化論争の時代背景だけでなく、まさに正確なディクテーションとして記譜された詩が歌つまり音楽によって取って代わられるところが興味あるところなのだ。ちょうどそれは、ストロース氏が日本の音楽について語り始めているところであり、興味の中心となるところであるに違いない。

福島の事故が起きて、本来ならば日本の出生率は増える筈だ。しかし、先ほど連邦共和国では妊婦の羊水検査法案が否決された。宗教的な文化背景よりもナチス政権下での「優生法の選別」を繰り返さないためには、そうした中絶は認められない。それはそれでイデオロギーがそこに存在するのだが、科学的に本質に切り込む方が遥かにセクシーなのである。ここでは、「オルフェオ」のネオカントイズムの面には触れないでおこう。



参照:
レヴィ・ストロースの福島感 2011-07-02 | 文学・思想
用心深い行為に隠されたもの 2009-11-08 | 文化一般
旨味へと関心が移る展開 2009-11-07 | 文学・思想
早くも秋の気配の夏休み 2011-07-22 | 暦
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by pfaelzerwein | 2011-07-24 14:52 | 文化一般 | Trackback

友好国フランスの近隣諸国

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最新の世論調査では、再び合衆国が連邦共和国にとってもっとも信頼できる友人として返り咲いた。一時は、フランスが合衆国を抜いていたのだが、対仏関係の冷え込みもあり、確執のほとぼりが冷めた合衆国が18%のフランスを抜いて22%の信頼度を得た。

重要と思われる対外関係に関しては、フランス、合衆国、英国、ロシア、中国に続いて日本が入っている。十年前には47%でフランスに続いていたが、福島を起こしてしまうような国には何も期待など出来ないから当然であろう。余程の新技術への投資や社会文化的な躍進がない限り、もはや重要視されるような国とはならないであろう。

さてフランスとの友好関係で旅行をした。いつものことながら、トイレットが少なく、シャワーの足りない宿泊や住居の特徴は今でも変わらない。ビデはあっても、シャンパンを冷やすために使うぐらいだから、それほど習慣的に使っているものもそれほど多くはないようだ。

今回の経験で特に興味深かったのは、そもそもフランスではないサヴォワ地方の料理に対してのフランス人の態度だった。リヨンからブルゴーニュの彼らが直ぐに気がつかなかったのは、オート=サヴォワで出たスープの食べ方である。その前に地元のチーズが出ていたのだが、それをスープの中に放り込むことは誰も気づかなかったのである。さらにどうしても皮を剥こうとすると、小屋の主人は「ツーリストはな」と仕方ないなという顔をする。あとで知ったのだが、こうした食べ方をするのはレマン湖を囲むスイスのフランス語地域でも同じようだが、これまた今まで気がつかなかった。

メインはパスタのチーズグラタンであるが、ドイツで言うケーゼシュペッツェレであり、その小さなパスタのことをフランス語では確かコキレッテと読んでいたようなのだ。
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by pfaelzerwein | 2011-07-23 16:15 | 料理 | Trackback