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索引 2012年12月


頭に血が巡らない大晦日 2012-12-31 | 暦 TB0,COM0
若い男性と付き合うと 2012-12-29 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
締切駆け込みに追われる 2012-12-28 | 暦 TB0,COM0
胃袋がザウマーゲンに 2012-12-27 | 料理 TB0,COM3
土壌の文化性の問題 2012-12-26 | 文化一般 TB0,COM0
クリスマスの第一祝日 2012-12-25 | 暦 TB0,COM0
信頼と期待のライフスタイル 2012-12-24 | 暦 TB0,COM0
待降節第四週目の朝 2012-12-23 | 暦 TB0,COM0
身をもって分かることの困難 2012-12-22 | 雑感 TB0,COM0
ノートブックの浹雑音 2012-12-21 | テクニック TB0,COM0
降誕祭前の髪結い風景 2012-12-20 | 暦 TB0,COM2
遠くなりつつある二十世紀前衛 2012-12-19 | 文化一般 TB0,COM0
ロシア語での後の祭りとは 2012-12-18 | マスメディア批評 TB0,COM4
行き場のない先見の明 2012-12-17 | 雑感 TB0,COM0
珍商品に感想して高鼾 2012-12-17 | 生活 TB0,COM0
ウィンドーズ8の清掃作業 2012-12-14 | 雑感 TB0,COM0
ハイエンドザイルの威力 2012-12-13 | 雑感 TB0,COM0
品薄の商品が同時に二つ 2012-12-12 | テクニック TB0,COM0
途上IKEAでのショッピング 2012-12-11 | 生活 TB0,COM2
吹雪の日の室内トレーニング 2012-12-10 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
リースリング・ヌーヴォーの夜 2012-12-09 | 試飲百景 TB0,COM0
昨日の雪は昨年の雪 2012-12-08 | 雑感 TB0,COM0
引き続きクリスマスの買い物 2012-12-07 | 暦 TB0,COM0
残された旦那にお悔やみ 2012-12-06 | 女 TB0,COM0
あまり気にならない性分 2012-12-05 | 文化一般 TB0,COM0
検診自体が疾病の証拠 2012-12-04 | 生活 TB0,COM0
とんでもない社会への驚愕 2012-12-03 | 雑感 TB0,COM0
人類の将来の進展のために 2012-12-02 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
世界の頂点への長い道程 2012-12-01 | 生活 TB0,COM2

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by pfaelzerwein | 2012-12-31 21:33 | INDEX | Trackback

頭に血が巡らない大晦日

シーズン22日目はいつもの新人講習であった。予想外の大飛躍があった。自分自身が大分疲れていることを感づかされる場面が多かった。最後の方では私よりも上手に登っていたのには驚いた。こちらが以下に疲れているかと言うことでもあるが、それでも驚くばかりであった。

あの調子で順調に行けばシーズン終わりに五級をこなして同時にスポーツクライミングへと本格的に参入できるに違いない。本人に言わせると「先の何手かを読んだ」ので、リズミカルにオヴァーハングの下でも最小の腕力で登りきっていた。その箇所は丁度私が二三度と試して見せたところである。

普段ならばなにも感じないところなのだが、身体の芯に力が入らないので、中々良い姿勢にもっていけなかったのである。要するに金曜日の疲れが取れていないのである。このような疲れ方は今年初めてであり、如何に腹筋や背筋などの胴に関する普段は殆ど使っていない筋力を使うかということで、七級超えの練習には欠かせないことを示している。

言い換えると、シーズンの前半はこれまでの難易度を如何に確実にしていくかの技術的な洗練に重きが置かれたのだが、後半はその先を見据えての練習と緒戦ということになるのだろうか。勿論その間に確実に戸外へと移せる技術を身につけて実力としなければいけない。

例年ならばここでここまでに飲んだワインを振り返って一年を回顧とするのだが、どうも上半身に血が巡って、頭にはまだ血が巡らない。困ったことである。金曜日土曜日に買い物を済ませておいてよかった。



参照:
若い男性と付き合うと 2012-12-29 | アウトドーア・環境
締切駆け込みに追われる 2012-12-28 | 暦
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by pfaelzerwein | 2012-12-31 20:45 | | Trackback

若い男性と付き合うと

シーズン21日目は一人で汗を流した。勿論ボルダールームでの練習となる。暫くしてから顔を見たことがある若い男と二人になった。こちらは十分に良い課題を見つけられないのに、横ばいで一周したりしているのを見て、また課題を見つけて挑戦していると視線を感じた。気になりだしていたら、

「どんな課題をやっているの」と声をかけてきた。

これこれでと示すとその通りは出来なくても可能なものを示してきた。後で聞くと八級を登れるということだから勿論その実力は直ぐに分かった。

物言いが、不遜なところがなく、「ボルダーゲームしよう、知っているかい?」となったので、一緒に試してみることにした。

二手づつを変わりばんこに進んでいくゲームである。被ったところで始めて、直ぐに手が行き詰まったので、垂壁に場所を移してもらった。それでも手が何度も進むと汗を搔き出すようになった。

最後にようやく被り斜面でのクライミングダウンとなって本格的な練習となった。そこでもはや体力尽きたので降参したが、彼はそこから二手更に進めた。

流石である。夏は何をしているのと尋ねると、石切り場が中心で本格的な岩場はガルダ湖や南プファルツでの経験ぐらいで本格的なマルチピッチは経験ないようだった。それでも十メートルほどの転落を今年経験したようだった。勿論私自身の経験を話した。

そこで来年は一緒に試してみようということになった。カールツルーヘの大学で日本語の講座を受けたことがあるようでお互いに興味をもった以上に、今回の一時間足らずの共同練習でお互いに得ることもあるとお互いに感じたのだろう。私にとっては何よりも七級から八級への道程を開いておくことも大切で、彼にとっては本格的な壁の登攀への足掛かりとしたいようだった。来年はその間を取って二人で困難度六級もしくは6a,6bあたりを登れるようになればとても楽しみだ。

兎に角、彼は明らかに技能は上であるが、まだまだ足が使い切れていないことも分った ― だから本格的な岩場では登れないのである。自分の昨年度の冬の練習の失敗も話した。一緒に練習をしていると上体への負担が尋常ではなかった。先週の日曜日に痛めた上腕をこなすために出かけたのであるが、さらに大きな疲れが残った。

パン屋の帰りに谷沿いを走った。比較的足が出て、5200歩、往復17分は悪くはない。ああした若い人に何かを伝えながらさらに自らも負けじと登っていくためにはかなり努力しなければいけないことは明らかだ。手を振る腕に痛みが走るが、頑張って走ったので大分凝りが治った。

何事も五年ぐらいは続けてみないと結果が出ないが、あと五年ぐらいを考えると健康である限りはある程度は見えてくることもある。若い女性との交際もそれなりに大変であるが、男性とのお付き合いはそれ以上に大変なのである。女性の場合とは全く異なる意味合いで、上半身に血が遡ってしまった金曜日だった。



参照:
とんでもなく腕力が強くても 2011-12-18 | 雑感
ボルダーでウォーミングアップ 2012-11-09 | 生活
背後で視線を感じながら 2012-11-10 | 雑感
目の黒いうちの工程表 2012-11-24 | 雑感
制御出来ないからこその環境 2011-08-28 | アウトドーア・環境
雪景色から緑の渓谷へ 2007-09-05 | 暦
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by pfaelzerwein | 2012-12-30 02:33 | アウトドーア・環境 | Trackback

締切駆け込みに追われる

年度末ということで片づけにかかっていた。今年の場合は銀行は金曜日までで、新年は水曜日からになる。それが朝から電話がかかり、締切駆け込むのような仕事に追われる。小さな従業者などに限らずは年度末なので、ここでは決算をして仕舞って税制上の処理が遅れまいとする力が働いている。

ものによっては二年がかりに仕事となってしまうので嬉しくはないのだが、クリスマス前にポシャッタ仕事が息を繋いだだけ良しとしよう。片づけてしまってから楽をしようという気持ちが強くて、本当は嫌なのだが仕方がない。とにかく急いでも仕方ないものは悠々と構えるように努力しているので、過ごしは周りの環境の方が自然に動くようになってきただろうか?明日は上手くいけば午前中に用が済んでしまうはずなのだが、さてどうなることか。

最近DLで気が付いたことは、映画などのデータの量が増える一方、完全にDVDの質での情報量が増えた。前回苦情したロシア語のかさねチャンネル以外にもオリジナルの全くDVDの中身がDL出来る場合も少なくない。

YouTubeではオペラ全曲をいくつかDLした。先日来話題となっていたリヒャルトシュトラウスのオペラなどである。消去される前に手元に置いときたいものがしばしば見つかる。特にTV放送などを録画したもので、VIDEO/DVD化されていない映像は貴重なものが多い。ドイツ国内ではGEMAが厳しく自主規制のものが多いが、その反対に許可されているものに関しては聴視料に含まれているものが少なくない。

年初めからドイツの聴視料制度が変わる。さらに大きく網を張ったものになって、全く酷い例では視聴覚障害者からも一様に徴収するということで、いよいよマスメディアの終焉のような塩梅である。こうした身寄りのない二重苦の人からも強制的に徴収することで各事業者も黙らせるということなのだろう。受信機やPCの数には関係なく従業者数で企業から聴視料を徴収するという感覚も凄い。

メシアンのオペラなども興味尽きないが、ここしばらくはメシアンのピアノ曲やバッハのオラトリオなどのCDがいつも廻っている。しかし忙しいとなかなかそうしたものに耳を傾ける暇もない。早く再び休みに入りたい。火曜日朝の山の上までのかっけこで疲れた。先週から丁度シーズン折り返し点の疲れなのだ。



参照:
いざ、ストレスもここまでか 2010-12-29 | 暦
創造力豊かな無広告社会 2012-07-11 | マスメディア批評
ロシア語での後の祭りとは 2012-12-18 | マスメディア批評
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by pfaelzerwein | 2012-12-28 15:35 | | Trackback

胃袋がザウマーゲンに

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クリスマス恒例の昼餐は栗入りザウマーゲンである。ワインは、イエズイーテンガルテンのグランクリュリースリングとなる。

今年は2009年産が飲み頃を迎えており、更に酸が弱いせい三年であるので飲み干しても惜しくない。可也贅沢な話であるが、ワインも寝かしておくだけが能ではない。見切りが出来るのも経験のなせる業だ。

既に書いたように2008年産はその判断が難しかったのだが、これも大体見切れることが出来た。そして大分その独特の酸の強い味を愉しませて貰ったがこれ以上こだわる必要も無かろう。

2007年産が最後の眠りに落ちたところで飲めるものは2009年ものしかないのである。2010年はやはり偉大な年になりそうで、まだまだ二三十年以上は話題に上ることだろう。こうなれば寝かせておくしか能が無い。2011年産の今とやかく言うものでもない。

そして2009年産は酸が弱いので一般受けする一方、リースリング愛好家には見下されていたが、意外なことに素晴らしく綺麗に気持ちよく熟成している。新鮮な鋭い酸もまだ活きていて、糖を落とし多分大成功しているのはフォン・ブール醸造所のイエズイーテンガルテンである。糖を絞りきっているので殆どレープホルツ醸造所のそれのようだが、浅浸けなので些か薄っぺらい反面その香味やミネラルは素晴らしい。これだけ太陽に恵まれた土壌のワインをここまでするとは天晴れだ。

やはり食事には甘みを徹底的に落としてミネラル風味を感じさせて、殆どミネラルウォーターのようなワインが旨い。残糖感が感じられるようでは敏感な食事の味が全く楽しめないのだ。ギフトとして貰ったカステル・ペーター醸造所の二つ星のウングシュタイナー・ヘーレンベルクのリースリングがその残糖感だけで料理ワインになってしまうにはそれだけの理由がある。

結局地所とその土壌の質がワインの出来上がりを殆ど決めてしまうのである。ガイスボェールよりもウンゲホイヤーよりもイエズイーテンガルテンの方が土地が軽いのは明らかなのだ。残糖感を残さないように健康な葡萄から辛口のグローセスゲヴェックスを醸造すればその差が明らかとなる。

料理は、付け合せのヴィルシンクがとても美味しく出来た。最初に痛めるときにあまり焦がさなかったので苦味が出なかったからで、少々加えた砂糖と料理ワインが綺麗な味にした。800グラムほどを一気に腹に収めると、自分の胃袋がザウマーゲンになったような気持ちになった。流石に夕食は抜きにしてゆっくり休んだ。



参照:
今年だけの薄切りの春 2012-04-18 | 料理
Hop, Step by Step & Jump 2011-12-27 | 文化一般
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by pfaelzerwein | 2012-12-27 02:09 | 料理 | Trackback

土壌の文化性の問題

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待降節第四祝日にクライミングから帰ってきてワインを開けた。前日に購入したテリーヌに合せるには玄武岩土壌のペッヒシュタインが最も良いのだが、年末もあるので2011年の玄武岩も混ざるウンゲホイヤーを開けた。

味筋としては若干重すぎたが、その後に開けた2008年のガイスボェールよりも新鮮な分悪くは無かった。後者のビュルクリン・ヴォルフ醸造所のそれは先日2008年物を探す中で態々試飲して購入したのだが、残念な結果に終わった。

そもそも土壌は重ためであるのでその果実風味は仕方ないのだが、残糖感が漂うのには承知ならなかった。試飲の節は瓶を開けてから時間が経っていると感じたものだ。しかし実際には開かせるためにデカンターをすると今度はふにゃふにゃしてきた。それでも2008年産特有の独特の酸味は強くて逆にモノトーンな感じである。要するに2008年産のあの酸に繊細な食事を合せるのは難しいとなる。なるほど土壌の特徴であるコリアンダーのような香味も出ているのだが、食事に合せるとなると繊細な酸でないと厳しい。春にこれまた態々購入したペッヒシュタインのそれは素晴らしかったのと比較すると購入価格には差がある以上にワインの質としての差が大きい。基本的には2008年産リースリングで今後も大きな可能性のある辛口は殆どないと想像する。最初で最後の最大の山を下ろうとしている。

テリーヌは昨年同様に上手に出来ていて、クリスマスイヴにも食したが、ニシンをしめてニコゴリにしたものがまた良かった。日本のしめ鯖よりも綺麗にしめてあってキズシよりも遥かに美味い。なによりもリースリングに最高で、酌を進めてくれる。

先週に車中で聞いたラジオ放送で興味深かったのは、フライブルクからのSWR放送交響楽団バーデンバーデン・フライブルクの演奏会中継の第二ぶの始まりだった。ニールセンの交響曲四番が始まる前に指揮者が演説を始めたのである。少なくともナレーターの様子では予定外の出来事で、マイクも無しに話し続けた。

勿論内容は、二つの放送交響楽団の合併縮小に伴う抗議のアピールであった。調整室もそれを邪魔しないように放送し続けた。そして最後には同意の声として会場の大拍手で包まれた。その後は車から降りたので知らないが、予定通り熱気に満ちた演奏が始まったに違いない。会場に集まった聴衆としては当然の反応だったに違いない。そもそもこの交響楽団が常駐すること無しにはその立派な大きな新しいコンサートホールは必要なかったのである。

南バーデンの文化活動とかなんとか言ってもこうした交響楽団などを誘致するところが文化的な僻地とも言えるのだが、同じような問題はハムブルクの永遠に未完成のコンサートホール問題にも繋がる。大きな会場を税金を投資して新築しても文化的な水準が上がるわけでもない。正しく中身が充実するかどうかは投資の問題でもあるのだが、それ以上にコンセプトの問題でもあるというのはワインも同じで、その土壌の文化性というのはまた別の問題でもあるのだ。



参照:
朽ちる第一報を耳にする 2012-09-29 | 文化一般
待降節第四週目の朝 2012-12-23 | 暦
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by pfaelzerwein | 2012-12-26 04:22 | 文化一般 | Trackback

クリスマスの第一祝日

クリスマスオラトリオである。初日が第一部となっている。先日フランクフルトの定例会で演奏されて、その感想などを書き留めていたのだが消えてしまった。それほど記憶に留めおく必要の無い演奏であったので、へレヴェーへ指揮のベルギーの演奏家たちとの古いヴァージンの録音と比較してみたかったので忘れてしまったのである。

フランクフルトでのヘンゲルブロック監督のバルターザーアンサムブルは定番であり、そこで大きくなっていったようなものであることを前回舞台で挨拶としていたが、指揮者がハムブルクの放送交響楽団の監督になって、ポピューラーコンサートの仕事が多くなったようで、その質は大分落ちてきていた。

器楽だけでなく合唱の指導や練習も儘ならないのかもしれないが、嘗てのような枝葉までに意思が生きるようなことは無く、ドイツ語を上手く演奏しているだけに過ぎなかった。もともと我々の会の中でバッハの演奏においては特に傑出した演奏実践を示してきたわけでもなく、他のガーディナーなどのそれに比較すると違和感が少なかっただけなのであるから、今回の不成功も想定内なのかもしれない。しかしバイロイトにもデビューしてポピューラーな音楽家となっただけに当日の入りは特別良くて、八割を超える入りであったのは、そうした期待がどこかにあったからだろう。

いずれにしてもこのオラトリオがある意味バッハの受難曲オラトリオに相当する楽曲であってそのように作曲されていることが、こうした演奏に接してでも明確になったことだけは特に価値があった。

ラッチンガー教授の「イエスの生い立ち」を開いた。三部作の最終刊でコレクションアイテムであったのだが、その出生の秘密などをこうした超一流の神学者が解説するとこうなるのかと興味は尽きない。なによりも、婚約者マリアとヨゼフの関係について、著名な聖書学者ギニルカ教授の論文を引き合いに出して、婚約後一年が経って同棲へとと言う時に妊娠が発覚して、ヨゼフは当時の法からすると二通りの道があったとする。つまり、司法の手にゆだねて婚約破棄を訴えるのと個人的に婚約を解消する方法の二つである。結局は、表向きにすることなく婚約解消へと動いたのだが、マタイ伝の第一章にあるように、夢に天使が現れて、解任の意味を知らされて、更にダヴィデの子孫と告げられたものだから、気を取り直してイエスの誕生を迎えるのであった。マリアには、直接天使が現れて、事情が告げられると、もはやと思っていたマリアであるが結婚を決意するのである。

正しく聖書にあるように正しい判断をヨゼフがすることになるのであるが、独身の法王であるラッツィンガー教授がこの件を執筆する情景もとても興味深いのだが、ここに文化というものが根付く素地があることは誰も否定できないのではないだろうか?なるほどこの背景設定だけを考えるならば、吉本新喜劇でも藤山寛美の芝居でも何でも良いのだが、近松ものにしてもこうした展開が為されないのはなにも一神教の世界観が存在しないだけとはいえないのではないだろうか?

なるほどダヴィドを元にするユダヤの一神教の大きな枠組みがそこにあるのは否定できないのだが、こうした展開こそが文化的な深みを生じさせる訳で、改めて西洋学問のその後の展開や発展の原動力をそこに見る思いである。大阪などにはその近松でさえ理解できない政治指導者が居て、本人に教養が無いことは無視しても、教育についてとやかく発言しているのを聞くと、正しく日本の文化の程度というものの浅墓さを思い知らされるのである。そのような土壌には情操教育も、文化も何も存在しない。まともな教育を受けない限り学問も文化も無用の長物でしかない。

摂氏二桁とこの季節離れのクリスマスを迎えた。ディナーに備えて、就寝前から山の上まで走ってやろうと思っていた。曇りがちで更にこの気候変化から嵐気味の朝だったので少し遅れ気味に出かけた。ワインの地所を散歩するものは見かけたが、流石に山へと上がる者は居なかった。通過地点のベンチ通過は通常通りだったが、前回のように雪も無く足場が良い割にはタイムが出なかったので、急にペースが落ちた。漸くのことで頂上に着くが、今までの最低の記録で42分で5900歩であった。二分ほど休んで、息を整えてから下り始める。ベンチを過ぎて、下りも最終直線に差し掛かるとしたから二人連れの男が快調に駆け上がってくる。一人はブロンドでもう一人はダークで力強い感じであるが、二人ともスポーツ現役な感じは見るからに分る。近辺にはオリムピック選手もラグビーを中心に居るが、そこまで若くは無いが競技者であるのは足取りからして間違いない。

更に驚いたのは、顔を合わせたことのある犬を連れた親爺の後に見える影である。白髪の老婆にしか見えないが、なぜか手の振りが大きい。ノルディックウォーキングと思ったら、近づいてみてジョギングであった。この行程を走っているのを見たのは直前に見た二人組みに続いて二組目であり、私を入れて三組目である。頂上まで走り続けれるとは予想しないが、それにしても凄い。他の行程で見かける白髪の婦人は体つきも細身でいかにもスポーツを遣り続けていた雰囲気があるがこの「老婆」は違うのだ。

実際に今日は正直、腕の痛みを下りで大きく深く振るので和らげることが出来たと思うが、なんとか続けて頂上まで走り続けただけに過ぎない。そうした行程をクリスマス初日にこうして走る人を二組も見かけただけで驚くのだ。日本のご来光とは違うが、なにか駆り立てるものがこの人たちにはあるのか、それとも偶々一時間近く遅れて走り始めたので効した人たちを見かけただけか?降りてきて暫くすると小雨が振り出した。



参照:
信頼と期待のライフスタイル 2012-12-24 | 暦
降誕祭前の髪結い風景 2012-12-20 | 暦
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by pfaelzerwein | 2012-12-25 22:28 | | Trackback

信頼と期待のライフスタイル

買い物を済ませた。今年は資金を考えずに買いすぎの傾向がある。あとが怖い。やはり景気の良さが連邦共和国に満ち溢れているようで、クリスマス商戦は可也の経済効果が見られたようである。皆それほど収入が上がっているわけでもないだろうが、なんとなくの財布を緩ませる雰囲気があるように思われる。それはドイツ社会の経済の将来への信頼と期待が小さくないからであろう。兎に角、この季節にしては異常に春らしい趣である。そうした環境も購買力に繋がるのだろう。

レジの前に並んだおっさんは初めからなんとなく無愛想な雰囲気であった。そして最後に更に決定的に無愛想になった。なるほどと思った。モスリムである。必ずしもクリスマスに敵対するものではないはずだが、あそこまで拒否感を持っているというのは可也の原理主義者に違いない。今までそうしたことを見聞きしたことがなかったので、些か驚いた。本来ならば月曜日であるから祝祭日に関係無しに仕方無しに買い物に来たのだろう。アンチキリストと言っても差し支えないような雰囲気が溢れていた。なるほど同じ社会にああした原理主義的な態度が充満するならばやはり期待は膨らまない。

右上腕が痛い。今冬シーズン初めて腕に筋肉痛を感じた。二回続けて七級上で力み過ぎたのだろう。やはり技でこなすにはまだ欠けているものが少なく無い証拠であろう。今年は、初めての大転落を経験したが、それを含めてクライミングでは最も充実していた。仕事やその他のことでの充実ではなくスポーツでのそれとはとも思うが、他のことは気力と体力さえあればなんとかなるのだが、これだけは最後のチャンスと自覚しているから最優先である。今年よりも来年の方が更に活動的となるだろうが、ここまで辿り着ければあまり焦る必要は無い。

毎年のことだったか記憶に無いが、クリスマス商戦の影響で、荷物のパッケージなどが溢れた。そこで紙類のゴミを収集する車が特別に土曜日中走り回っていた。若しそれが無ければクリスマスは町中段ボール箱などで溢れかえっていただろう。日本の正月とは些か異なるが、やはり片付いていないと落ち着かないのであろう。



参照:
降誕祭前の髪結い風景 2012-12-20 | 暦
遠くなりつつある二十世紀前衛 2012-12-19 | 文化一般
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by pfaelzerwein | 2012-12-24 21:46 | | Trackback

待降節第四週目の朝

土曜日に殆どの買い物を済ませた。朝早くから市場に行き、スパイヤーから来ている魚商でテリーヌを買い、パン屋によって白いパンを買い、肉屋で三キロ以上の注文を受け取った。お昼頃には八百屋で一通り購入した。

その晩は、週明けから年明けまでの過ごしかたなどを考えて、仲間に電話をして、控えめに残り物などを片付けて、待降節の音楽などを振り返りながら眠くなった。日曜日の朝は、天気が良ければ山の上まで駆け上がろうと思っていたが小雨がちでやめた。

初心者がシャモニにスキーに行くといっていたので、お休みを決めていたが、九時半に電話が入って、ベットの中で、どうして「結局フランス行きは止めになって、今からバイエルンの実家に帰る前に登りたい」ということを聞いた。パジャマから起き上がり、三十分ほどで準備を整えて、お迎えの車に乗った。

クロワッサン一つも食せたので全く問題は無かったのだが、寧ろ金曜日の疲労が少し残っていた。日曜日は予定していなかったので無理に七級上の所を登ったからだった。それでも初心者の講習には十分な対応が出来て、二時間ほどびっしりと昇り降りした。第二十日目であった。

ウンゲホイヤーの2011年ものを開けて、これからテリーヌでディナーである。漸く徐々に祝祭的な気分になってきた。



参照:
昨日の雪は昨年の雪 2012-12-08 | 雑感
年末が見えると春ももう直ぐ 2011-12-03 | 生活
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by pfaelzerwein | 2012-12-23 23:17 | | Trackback

身をもって分かることの困難

金曜日はクライミングホールに行くと眼鏡親方のパーティーがいた。彼の相棒はBASFマンで上海マラソンなどに出ている三十歳代である。眼鏡親方はいろいろとこちらの技術談義には興味を持っているのだが、まだその練習法をまねて身に着けようとするまでの核心が身をもってわかっていないようだ。

相変わらず無理な課題を試して「試してみなければわからない」とか言っているが、彼に実力や技術では無理なことは初めからわかっているのである。その点ではわが相棒のスポーツ医者と全く変わらない。

第十九日は水曜日に引き続いて同程度の六級の箇所を登ることにして、先ずは凹角のルートを行こうと思っていたが相棒が嫌がるので、傾斜面の新しい難しいトップロープに続いて、オヴァーハングを試した。新しいルートに代わっていたが基本は昨シーズンと変わらなかった。水曜日と同じ困難度でもサイドグリップの代わりに、二段の庇があるので、その乗り越しが二つの核心部となっている。

初見であるのでザイルにぶら下がってルートを観察しなければいけなかったが、二つ目の乗り越しは左右の壁へのツッパリが重要な要素となっているようで、相棒は超えられなかった。あくまでもV型の足場の姿勢が基本となっている登り方なので、下半身で上体を支える姿勢が身についていない。今シーズン中に五級プラスの実力をつけるにはそれが大きな壁となっていることに本人は気が付いていないようで、新年は新しいところから始めようなどとほざくのである。

相変わらず私が登ろうと思っていた凹角を途中から降りてきていた眼鏡親方も情けないが、どうしてこうした懲りない人々は段階を外して学ぶことのない練習を繰り返しているのだろう。算数の問題と同じで何が分かっていないかが分からないというのは、運動の場合はさらに顕著で、自分の動きを客観的にみることの難しさを示している。アルペンスキーを熱心に練習させてもらったお蔭でVIDEO講習などを含めて、そのあたりの経験がとても役に立っている。クライミングにおいてはスキーのその早い一瞬の差異の観察とは全く違うのでとても容易なのだ。

当然ながら、相棒の習熟度とは無関係に今後は徐々に難易度を上げていくつもりなので、彼にとっては退屈云々どころではなく挫折の日々が続くに違いない。おそらくこの二回の試みが彼にとってもなんとか赤信号領域で、この後は完全にそれを超えてしまうだろう。そこから今シーズン中に自ら学んでいけるものの限度が見えてきている。転落現場にいた眼鏡親方に、「昨シーズンの失敗の原因は余分な腕力への過信で、ちょうど落ちた二か所も今ならば完全に体重の移動で同じような落ち方はしない」と語るのだが、その真意を自らのものとするのはその練習法を観察している限り困難かもしれない。彼も来シーズン五級を完璧にこなせるかどうかは大分怪しい。



参照:
スポーツクライミング事始 2012-11-26 | 生活
娯楽施設でのクライミング 2012-10-27 | 生活
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by pfaelzerwein | 2012-12-22 23:06 | 雑感 | Trackback