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子供錠剤の甘味料に注意

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車中のラディオは先日倒産したフランクフルタールントシャウ紙を競争相手のFAZ社が傘下に収めることになった。編集部の独立性を保ちながら全国的に名の通った左派新聞を救うことになる。さて、上手くいくだろうか?一層のこと日曜版をやめてそちらにうつした方が読者層は広いのではないだろうか?先日どこかの労働者が労働組合に反発してストライキを打って出るという見出しが目についた。当然のことだろう。世界中どこでも旧共産圏にかかわらず労働組合やその支援を受けている政党こそが未組織労働者から搾取している最大の敵であるのだから。

ボーヌのプリュミエクリュをシュヴァルツヴァルトの帰りにカルフォーで購入した。約17ユーロの2010年と最後の一本の2009年産である。名門クロサンフィリベールのドメーヌもので、2011年にマコンで銅賞を獲得している。

2009年のボーヌものにしては色も明るくともルビー色が美しく期待させる。最初の一口はハーブ味の苦味や子供錠剤の甘味とジャム臭さであったが、開くに従って、酸や薬草に明らかな複雑なミネラル風味が出てきて、ドイツのピノノワールでは決してこの価格では味わえない風味となる。

二日目の変わり方は、ジャム風味が出てきて、その点ではより高価なドイツのピノノワールには劣るが、ミネラル風味やスリムな感じはお買い得に他ならない。

シーズン43日目で漸く六級プラスを全て片付けた。最後に残していたところは予想以上に梃子摺った。二か所ほど完璧とは行かなかった。オヴァーハングが何段も重なっていて、乗り越しが難しかった。最も苦手にしていた六級プラスの延長線上にあって、上の手掛かりになかなか手が届かないので、再度そこを練習する必要を感じた。要するに必要な手掛かりに普通では届かないのでダイナミックな動きか、それとも高度な技術を要求される。勿論後者の方を身に付けなければいけない。

垂壁の七級マイナスを試したが二か所ほどは先にザイルを掛けないととってもクリッピングの姿勢を保てなかった。恐らく次の挑戦の時は分かっているので挑戦してしまうだろう。登るよりもクリッピングが難しく、それだからこそ室内での練習が外壁で活きると思っている。

兎に角、相棒も含めて六級上までを全て登りきったことは成果であり、風邪で中断したがこれで七級マイナスを本格的に始められる。シーズン最初から六級マイナスを完璧に熟せていたのでこの程度に至ることは分かっていたのだが、相棒も曲りなりにも付いてきた意義は指導者として誇りである。

このシーズンも残るは、精々十回程度である。来シーズンと夏のシーズンに合わせてやれることは?先ずは、六級プラスの苦手にしているところを繰り返しながら、七級マイナスと七級を試して行くぐらいだろうか。その中で次へのステップに結び付く技術的な課題がはっきりすればよいのだが。

誕生日の相棒に南アフリカ滞在中の女性友達から返事が無いと、金曜日の彼女の誕生日に大きな暗雲が射してきたようだ。話から総合すると南アフリカへの留学も支援しているに違いなく、もしかすると帰ってこないのではないだろうか?正直、別れても現在の同僚の女医さんに匹敵するような人物ではないので、いい加減にしておかないと、娘さんなどからもあまり相手にされなくなるのではないだろうか?

15・6歳のシャルトッテ・ゲンスブール似のギムナジウム生が久しぶりに顔を見せた。指導員についてリードの練習をしていたようだ。その年頃のドイツのティーンエイジャーにしては可成り可愛いく、とても女の子らしいのでお気に入りで目にかけていたのだが、彼女の方が幻想を膨らましている様子が見受けられると、流石に大人としてこちらは注意しなければいけない。それでも彼女が熱心ならばクライミングに連れて行っても悪くはないかとも思っている。それなりに手間は焼くだろうが、よく考えるとかつて同じ年頃の時に年長の皆にお世話になったのも自分であるのだ。



参照:
到底埋められない質の差 2012-11-16 | 雑感
久しぶりの寒いランニング 2013-01-15 | 生活
三十路女は相手にしない? 2013-01-11 | 女
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by pfaelzerwein | 2013-02-28 18:04 | 生活 | Trackback

索引 2013年2月


棒にも箸にもかかる? 2013-02-27 | 女 TB0,COM0
お話にならない東京の文化 2013-02-26 | 文化一般 TB0,COM0
プリングスハイムバイロイト詣で 2013-02-25 | 文化一般 TB0,COM0
アイスクライミングの醍醐味 2013-02-24 | アウトドーア・環境TB0,COM0
ストレス続きで次の一手 2013-02-22 | 生活 TB0,COM0
日本社会の文化的後進性 2013-02-21 | マスメディア批評TB0,COM0
やくざの赤旗締め出し 2013-02-20 | アウトドーア・環境TB0,COM0
もはや期待薄の2011年物 2013-02-19 | ワイン TB0,COM0
少し咳き込んでの不安感 2013-02-18 | アウトドーア・環境TB0,COM4
我が市のエネルギーミックス 2013-02-17 | アウトドーア・環境TB0,COM0
日本への値千金の愛の告白 2013-02-16 | 女 TB0,COM3
熱を出して寝込んだ 2013-02-15 | 生活 TB0,COM0
岩登りの五輪競技化の可能性 2013-02-14 | 雑感 TB0,COM0
欠ける夾雑の自然さ 2013-02-13 | ワイン TB0,COM0
第三波の寒気団に寄せて 2013-02-12 | アウトドーア・環境TB0,COM0
GEWA' GEWA' PAPA PAYA 2013-02-11 | 文化一般 TB0,COM0
二晩続けの寝不足で昼寝 2013-02-10 | 生活 TB0,COM0
手塩にかけて育てる 2013-02-09 | アウトドーア・環境TB0,COM0
揺さぶられて起こすお腹痛 2013-02-08 | 雑感 TB0,COM0
フルクサスからフラッキング 2013-02-07 | 女 TB0,COM0
破瓜する死の恐怖の興奮 2013-02-06 | 文化一般 TB0,COM0
個人で態々訪れる価値 2013-02-05 | 生活 TB0,COM0
初めてのソフトシェル 2013-02-04 | 雑感 TB0,COM0
会えなくて、寂しかったよ! 2013-02-03 | 女 TB0,COM0
アンチウイルスの自己防衛軍 2013-02-02 | テクニック TB0,COM0
ジャーナリズムのエコ視線とは 2013-02-01 | BLOG研究TB0,COM2

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by pfaelzerwein | 2013-02-27 23:09 | INDEX | Trackback

棒にも箸にもかかる?

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手元にお土産用の塗り箸が二組あった。確か語学学校に来ていた法学の日本の弁護士事務所の若様が使ってくださいと置いて行ってくれたものである。十五組ほどあったかもしれないが最後の二組で、和紙に包んであるのがミソだ。

愛しの彼女とその女友達に渡して使ってしまうのが良いと思いついた。それほど価値のあるものにも見えそうにもなくて、それでいながら若い女性には一寸嬉しい贈り物に違いない。しかし、今まで誰にあげたのかも全く記憶に残っていないのである。如何にものにならない試みの多くが繰り返されているかが分かるというものである。

それでもこれという女性にはこの箸などをあげた覚えが無いので、つかもうとする目的がそもそも異なっていたのだと改めて反省の今日この頃である。ランデヴー目的の食事に連れ出すのが目的ならば態々箸を差し出すなどと言う七面倒なことはしないのである。自らも分からないうちに自然に魂胆と言うか、目的へと帆先が向いてしまっているのである。嘘はつけないものである。

その点、今回はこちらに心理的な余裕がある分、要らぬ出費や社交儀礼的なことは考えなくとも、また彼女を無理して連れ歩く必要もないのである。寧ろ彼女の女友達を懐柔させることが重要なのである。

シーズン42日目は眼鏡親方とも登った。早々に五級から六級を片っ端から片づけるのだと息巻いていたので、「五級の登りを見てあげる」と五級マイナスのオヴァーハングを二本登った。病上がりで少し息が上がるが、それでも今まで以上に完璧に登れる。さて親方の方は二本目の核心部で危なくなったが、左足の足場を先に乗せることを教えたので解決できた。

いよいよ垂壁の五級プラスである。右へ右へと天井まで登っていくので距離も長く、横への二か所は核心部であり、登るほどに下が中空になってくるので高度感もある。そして本当の核心部は横への一手を過ぎた後の次のカラビナまでの比較的長い五手ほどである。二回目であったが、核心部の前ではザイルにぶら下がって足掛かり手がかりの順序を頭で練る。流石に上についたときには病上がりの疲れが押し寄せた。

さて、次には親方の息子が軽快にトップロープで登る。そしてパパである。二回の横への移動は上手に熟したと思ったが、そのあとの長い数手を二度ほど繰り返して、何時もの如く断念する。横への動きがあるから、五級でなくてプラスなどだよと説明するが、他の手掛かりを使ってでも最後まで登れないようではどうしようもない。要するに自信が無いのである。「自分の出来ないことをいつまでも修正できないマイスターなんて信用できるか」と若い指導員に話すが、とても残念なことである。悪態ばかりついていて、自分の体の動きを少しも修正できない眼鏡親方。

そのあと推奨しようと思っていた五級プラスも熟せない眼鏡親方。我々の強化施設でも五級までは力で克服できるのだが、それ以上は梯子登りでは突破できないようになっている。指導員の多くが時間を割いて彼を指導者に育てようとしているのだが、彼はまた一年を棒に振りそうである。あの態でいくと、外壁では三級でも登れないところは続出する。要するに、嘗て日本の大学の山岳部というものがやっていたような岩登りの域を一歩も出ずにスポーツクライミングに一歩も踏み入れていないのである。今更VIDEO撮影して分析しても、冬シーズンに室内で基礎的な体勢を会得する時間はもはや皆無であろう。



参照:
MAY I HAVE A KNIFE? 2007-07-13 | 料理
近代終焉交響楽 2005-06-17 | 文化一般
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by pfaelzerwein | 2013-02-27 03:09 | | Trackback

お話にならない東京の文化

指揮者サヴァリッシュの訃報記事を読んだ。それまではプリングスハイムの日記から「ジークフリート」の場面に興味をもってCDを鳴らしていた。そしてマーラーの初演などを日本で繰り返したクラウス・プリングスハイムの影響などに想いを寄せた。そして、その後釜となるサヴァリッシュとN響との演奏などについて想い、氏の晩年の成果を示すストコフスキー編曲集を鳴らしている。

とても素晴らしい演奏である。勿論フィラデルフィアのオーケストラの実力は東京のそれどころかミュンヘンの座付やヴィーンのシムフォニカーやロンドンのフィルハーモニーカーとは比較しようがない高品質である。ドイツへの凱旋公演でも主に管弦楽団の優秀性は見出しとなったが、そもそもプログラムがどうしようもなく興味薄で我々とは別世界の出来事でしかなかった。それでもこの1996年の録音を聴くとさぞかし故人ご自身も満足いく仕事を晩年にしていたに違いないと確信する。

当然のことながら新聞記事は、あれだけ長期に渉って、カイルベルトの急死を受けて、音楽監督芸術監督として君臨したミュンヘンの劇場での成果と挫折を中心に扱っている。それが指揮者サヴァリッシュのドイツ本国での評価のすべてに違いない。そこでの在り方によっては間違いなく州葬になるくらいの立場であり、バイエルン首相はもとよりベルリンから閣僚が駆けつけるほどの文化的な立場であるからだ ― チェリビダッケ狂想曲とのなんたる違い!。作曲家リヒャルト・シュトラウスでさえもその地位があったからこそのドイツ第三帝国音楽監督であったのだ。

つまり、ああした土地柄の難しさとは別に、前任者アウグスト・エファーディンクと読むと、さぞかし何か新たに加えることが難しかったのは理解できる。芸術的に荷が重すぎたのかもしれない。音楽面においても最近高く再評価されている指揮者カイルベルトと比較するとこれまた明らかだろう。戦後にイタリアでの捕虜生活を終えて、音大を卒業資格を得て、デヴューした極限られた若いドイツ人の音楽家であった訳だ。

もう直ぐ九十歳の音楽家人生を記事は、Cで始まるカペルマイスター人生としてKで始まるそれよりはもう少し上のものとして評するが、正直現在のKのカペルマイスターなどに卒業資格試験以上の意味があるのかどうか考えたてみたこともすらなかった ― 何処の誰が座付ピアニストなどに興味があろう?、昔のようにショルティなどがそこで働いているなどと言うことは長く無い。まさしく、ここに故人のドイツでの音楽家としての評価が詰め込まれている。

いつもいつも耳にタコができるほど聞かされる「最後のカペルマイスター」と言う言葉は全く似つかわしくなく、新しいそれでもないというのは如何にドイツ出身の音楽家などは今後ともほとんど生まれずということを示しているに過ぎない。東京では素晴らしい演奏を残したのは記憶に確かであるが、その後のN響の演奏などを聞いていると全く何も遺産として遺すこともなく、決して芸術家ではなかった故人が本当の管弦楽団トレーナーでなかったことも明白である。その風貌の示す通り気が向けば熱心な指導をしたのだろうが、どこまで行ってもあくまでも小役人的で決して職人的な熱意などはなかったに違いない。そうした音楽家が、政治力もなくごてごてとドイツ語を語っていても、小姑のように煙たがられても人を惹きつけて大成果をもたらすということが無いのはドイツの一般的な社会性なのだろう。まあ、世界中どこでもそれは変わらないだろうが、共産圏ならばクルト・マズーアのような例もないことはなかっただろうか。

それにしても、フィラデルフィアサウンドの素晴らしいこと、1918年11月に当地で行われた演奏会のプログラムなどを覗くと、如何に合衆国が経済力と優秀な移民から高度な芸術文化を構築していたかが窺い知れるのだ。そして、日本の百年を其処にずらして重ね合わせると全くお話にならないことがよくわかる。ストコフスキーの素晴らしさは言うまでもなく、プリングスハイムどころかサヴァリッシュからでさえ十分に積み重すら出来ない日本社会のお山の、裸の大将ぶりにはただただ呆れるのみである。



参照:
Der vollkommenne Maestro ist ein alter Capellmeiseter, G.Rohde, FAZ vom 25.2.13
サヴァリッシュ死去! (TARO'S CAFE)
プリングスハイムバイロイト詣で 2013-02-25 | 文化一般
眠りに就くとき 2006-08-07 | 女
非日常の実用音楽 2005-12-10 | 音
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by pfaelzerwein | 2013-02-26 02:47 | 文化一般 | Trackback

プリングスハイムバイロイト詣で

アルフレート・プリングスハイムの日記発見が話題となっている。おそらくヴァークナー記念年最大の話題となるのであろう。数学者アルフレートは、日本で活躍した指揮者クラウスの父親で、カティヤを通してトーマスマンと義理の兄弟となる。父親はヴァークナーのパトロンの一人で、本人も当初からのバイロイトの会員である。

そうしたことから、指輪の初演の稽古風景がそこに詳しく描かれているだけではなく、ヴァークナーとの毎夜のごとくの会食の風景など、当時のサローン風景が、1876年7月5日から21日までの日記にも描かれている。五月に発刊されるマン全集の一部にこの日記が初公開されるのに先立ってFAZに掲載されている。

誰もが感じるように、大旦那風の巨匠の振る舞いやユダヤ人でも使えば使えるという当然の伝統的な態度も読み取れていて、実際にプリングスハイム家の大きな支援を喜んで受けていたのは当然であろう。面白いのは作曲も覚えのある数学者アルフレートの方が巨匠よりもピアノに卓越していて、巨匠自らは出来る者にピアノを弾かせてもっぱら歌声を披露している。自曲はもとよりレーヴェの歌曲が持ち歌だったようだ。

是非読みたい日記ではあるが、興味のありどころは巨匠やバイロイトの裏風景よりも、当時の熱心な彼らの在り方で、既に読んだ分においても細かなところが聞き取れない音響への疑念や歌詞の不明瞭さ、洗練されていない管の強奏等の批判に本日においても全く変わらない批判が聞かれていることだろう。そうしたものを含めて、当時の文化事情が見えてくるととても面白い。

日本におけるプリングスハイムに関しては柴田南雄著に詳しいが、クラウスの父親のバイロイトでのこの日記は、更に歴史的な面の考証などに、貴重な資料ともなるであろう。当然のことながらマンの「ファウスト博士」に描かれるアルフレート像などにも新たな光が当たるのかもしれない。

マンの義理の母親にあたるヘドヴィック夫人がミュンヘンの邸宅を追われチューリッヒに亡命しているときに焼却したとされる巨匠からの手紙類は今回も発見されていないが、この若きアルフレートのバイロイト訪問の日記はリヒャルトとコジマの最初の娘であるイゾルデビューロの孫娘にあたるダクネー・バイトラーが父親であるフランツ・ヴィルヘルム・バイトラーの遺産を整理中にヴィンターテュールの自宅で発見したようだ。その入手経路は分からないながら、アルフレート・プリングスハイムのチューリッヒでの埋葬式の答辞を述べるなどしていた故人がマン家から贈られたとする推測が正しいようだ。



参照:
Und Cosima grinst freundlichst, FAZ vom 22.2.2013
本物のモンタージュの味 2007-04-15 | 生活
在京ポーランド系ユダヤ 2006-10-08 | 雑感
交響詩「彼岸の入り」 2006-10-05 | 音
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by pfaelzerwein | 2013-02-25 00:27 | 文化一般 | Trackback

アイスクライミングの醍醐味

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二週間続いた寒気であった。まだ抜けない。それでも零度を窺う日も間に挟まれていた。氷柱が発達している予想で滝場に出かけた。残念ながら今シーズンは大氷柱を登るには至らなかったが、三回の中で最も良い条件には恵まれた。

積雪のためか水量は多いが、気温は最も低く、なによりも氷の量も最も多かった。氷の発達状況で毎回同じ場所を登っても全く異なるのが、アイスクライミングの醍醐味である。

最もよかったのは真ん中の柱で質量ともに文句はなかった。向かって最も左側の滝壺の上あたりからも試してみたが、一部は雪で、結局ドライツーリングになってしまう。約二十五メートルを一気に登るだけが良さか。真ん中の小さな滝筋は、ソルベ状の氷で水が流れているので、かき氷のピックでかき回すような状況であった。一度は岩を叩いて火花を散らした。

向かって左端も雪が載っていて、そこに如何にアイスバイルでグリップを効かせるかが勝負であった。右端は最後の薄氷は毎回のように楽しめて、ミックスクライミングの練習は十分にできた。

大分、身体のブロックが身についてきたので、アイスクライミングで次の手掛かりを求めて落ち着いてアックスを古い氷を落とすように、フリークライミングでも綺麗にクリップしたり手掛かりを試す練習にもなった。

好き嫌いでアイスクライミングを避ける中途半端な者も多いが、スポーツクライミング志向の者にもとても良い練習になることは明らかで、また反対にまともにスポーツクライミングの出来ない者がアイス云々を論じるのも腹可笑しい。まさしくA姿勢の三点支持は、アイスクライミングやシュタイクアイゼンで登ってこそ実感できるのである。

パートナーの若い指導者は、今回は立て爪のシュタイクアイゼンを使っていたので、大分足元が安定していた。それでも次の動作に行くときにその上側の足掛かりが高すぎるのか、捏ねてしまう傾向があって、何度か外した。基本の立ち姿勢が甘いと今度はアイスバイルを的確に打ち込むこともできなくなる。逆に良い立ち姿勢だと、最も都合のよい角度で手掛かりを求められるので、今度は足の荷重方向を出来る限り内側へと持ってこれて、絶対踏み外すことが無い。



参照:
想定以上のアイスに遊ぶ 2013-01-27 | アウトドーア・環境
なにはともあれ氷柱を登る 2013-01-20 | アウトドーア・環境
予想していたよりも、寒気の流入・方向が悪くても最終チャンスを生かしました。 (NEXT DREAM 記憶と記録)
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by pfaelzerwein | 2013-02-24 18:18 | アウトドーア・環境 | Trackback

ストレス続きで次の一手

インフルエンザは殆ど治った。それでも体力が中々回復しない。それどころかストレス続きで腹具合まですっきりしない。痩せる一方であろう。なんとか週末には気分転換を図りたいが、さてどうなることか?

今ここで積極的に動くことはとても大切である。個人的には、愛しの彼女との再会などとても素晴らしいことも含めて、病気など可成りここ暫くなかったような生活を感じている。

もはや突き進んでいくしかないのである。如何に次から次の一手を用意して行けるかというところであろう。

さて、明日のアイスクライミングがどうなるか?



参照:
日本社会の文化的後進性 2013-02-21 | マスメディア批評
少し咳き込んでの不安感 2013-02-18 | アウトドーア・環境
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by pfaelzerwein | 2013-02-22 23:33 | 生活 | Trackback

日本社会の文化的後進性

安倍政権での死刑執行のニュースが世界に流れる。同じように前政権でそれが実施されていたとしても谷垣法相のものとでのそれは違い意味を持つからだろう。浅原彰晃死刑囚への執行など政治犯的な死刑にも繋がるとみられるからである。巧妙な統治機構の一つとして死刑制度は、先進国唯一の合衆国の例とも大きく異なり、人道的な観点から今後とも批判の対象となる強権的な制度に他ならない。

そうした守らなければいけない統治機構にマスメディアや法曹界のみならず広く学会が加わっていて、日本の文化的な水準が如実に表れる統治機構なのである。そうした後進的な社会構造や制度の中で、文化とか芸術とか言っても始まらないことで、そもそもそのような社会はますます退行していく二他ならない。円安によってしか売れる商品が無いというのもそうした文化的な後進性の証明である。

今頃シェールガスなどと、環境破壊の大問題を抱えていて、フラッキングの文字が大見出しとなって踊らないような国の情報の流通や隠蔽体質はもはや救いようがない。ジャーナリズムの存在しない文明国などはあり得ないのである。

シーズン41日目は、若干発熱の後遺症を感じて、息苦しさなどを感じたが、短いながらも最高域へと再び挑戦できる切っ掛けは掴めた。相棒は十分に技術を身に着けてきていて、もう少しで六級マイナスをマスターしそうである。独日協会の総会があったので出かけてが、そこで発熱と運動から倒れて、二三日ICUに寝込んでいた話を聞いた。運動の継続性からどうしても焦り、無理をするととんでもないことになるという好例であった。



参照:
Japan executions resume with three hangings (the guardian)
破瓜する死の恐怖の興奮 2013-02-06 | 文化一般
口無し死人に安倍の人でなし 2013-01-24 | マスメディア批評
人命より尊いものは? 2007-12-06 | 生活
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by pfaelzerwein | 2013-02-21 17:47 | マスメディア批評 | Trackback

やくざの赤旗締め出し

久しぶりに東電会見を観た。新たな福一見学での赤旗締め出し問題が議論となっていた。赤旗ほどの発行部数があっても「広く一般に知らせる」媒体とは東電は考えていないようだ。その実は反共思想がそこにあって、ただ唯一大手マスメディアの中では赤旗が排除され続けている。

流石にその対応が明らかになると時事通信などもそれを問題として訂正を求めるのは当然のことであろう。まさしくこうした広報の態度は一貫して東電の伝統であるようで、半国営化した会社にそれを認めるとなるともはや日本の報道の自由はないことになる。中共なみである。

なるほど、日本共産党自体が戦後日本において活動停止とならずに存続していて、僅か数パーセントの支持率を保持しながら共産主義を標榜続けていることは不思議でしかない。フランスなどにおける社会主義活動などが冷戦下においてガス抜きとして、合衆国などの統治政策として支援されていたのと同じように、日本共産党自体にもそうした統治機構の任務があり、その機関紙である赤旗がそれなりの日本統治の任務を追っていることは分かる。

それゆえに赤旗外しが明白になっても大きな抗議行動として、東電解体へと動くことはなしに、適当に対応しているとしか思えないぐらいである。実際の購読数は分からないが、少なくとも公称の発行部数からして、赤旗外しをするような企業が存続している方がおかしいのである。

東電の組織には、公安やその他のやくざな天下りの連中が吐き捨てるほどいて、やくざを使って人夫を調達しているに過ぎない日本の統治機構を代表するようなやくざ組織なのである。いい加減に健全な市民は、こうした統治構造に目覚めるべきなのである。



参照:
考えろ、それから書け 2005-12-19 | 音
緑の党京都のイヴェント 2012-08-06 | マスメディア批評
ベルリン、原子力の創世と終焉 2011-07-07 | 歴史・時事
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by pfaelzerwein | 2013-02-20 20:47 | アウトドーア・環境 | Trackback

もはや期待薄の2011年物

2011年物を改めて試した。昨年の初冬には面白かったボーェリックなども酸が弱り甘くなってしまっている。むしろランゲンモルゲンなどの方がよくなってきているだろう。

一年を通して高いアヴェレージを保ちそうなのは、シェーンレーバー醸造所やフォルクセン醸造所のナーヘやザールのリースリングで、前者のグーツリースリングは八ユーロ以下で最高であるのは全く変わりなく、後者のザールリースリングも未だに素晴らしい。

前者の「ミネラル」も2011年産リースリングとしては印象に残った筆頭の一つで、後者のシャルツホーフベルクなどもこれからの成長が楽しみなワインである。

そのランクを過ぎると、ロベルト・ヴァイル醸造所の20ユーロクラスか、最低もう一年は寝かさなければいけないレープホルツ醸造所の雑食砂岩Sとか、グランクリュクラスになってしまう。

2011年産は、2012年産と同じように酸が弱かったとしなので、今後の熟成にはあまり期待できない。それでも質の良いグランクリュクラスのワインは分解された酸が十分に効くように造ってあるからである。

2008年から2011年へとワインの購入量が増える一方であったが、2012年になって2011年産の購入を絞ったので初めて量が落ちた。2012年産は2011年産よりもよくはないので、更に消費購入とも減少する予定である。暫くは2010年産をちょびちょび開けては楽しみとの按配のワイン生活となりそうである。2011年産はこの調子でいくと2009年産より平均で上回る保証も全くない。これほど酸の腰が弱いとつまらないばかりだ。

それにしても先日最後から二本目を開けたビュルクリン・ヴォルフ醸造所のヴァッヘンハイマーアルテンブルクの成長には驚かされた。いつものペトロールな土壌感が、酢酸的な酸のくせと相まっていて決して素直な味筋ではなかったのだが、二年目を迎えるにはまだ早いこの時期に完全に綺麗なバランスとして素晴らしい飲み物になっていた、六本購入して初めて最後の一滴まで満足して飲み干せるリースリングとなっていた。

2010年は生産量が限られていたので、市場の流通量も限られていたが、一般的には減酸などの野蛮な方法で高品質なリースリングは指を数えるほどしかなかったのである。その中でもこの醸造所は、石灰を沈めることなく潜らせるさせることで最小限度の減酸処置をして成功していた。それでも多くのラーゲンリースリングには酢酸的な酸の特徴が残った。それがこのように成果として如実に表れてきた。

2010年度産のグローセスゲヴェックスは少々無理をして軒並み手を出したのだが、もはやこれで何の心配もなく、先二十年以上は楽しめることが証明された。オークション価値を付ければ、優に三倍の価値になっている。これほど投機的な価値のあったワインは、ボルドーの最高級シャトーにもないと思われる。門外不出の2010年物だ。



参照:
重くなく軽やかにいきたい 2012-07-04 | 試飲百景
香りだけではないのだが 2012-10-07 | 女
大量生産ビオ商品市場で 2012-08-26 | 試飲百景
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by pfaelzerwein | 2013-02-20 00:23 | ワイン | Trackback