<   2013年 11月 ( 31 )   > この月の画像一覧

索引 2013年11月


日本無力化への道程 2013-11-30 | 歴史・時事 TB0,COM0
一発触発の民航機撃墜 2013-11-29 | 歴史・時事 TB0,COM0
二十世紀前半の音楽効果 2013-11-28 | 音 TB0,COM0
2013年の収穫を伝える 2013-11-27 | ワイン TB0,COM0
凡庸なグルリットの音楽 2013-11-26 | 文化一般 TB0,COM0
現実認識のための破壊力 2013-11-25 | 音 TB0,COM0
もはや中盤を迎えて 2013-11-24 | 生活 TB0,COM0
スノーデン氏と交渉する 2013-11-23 | マスメディア批評 TB0,COM0
質の独、量の仏の13年 2013-11-22 | ワイン TB0,COM0
ソフト面でのノウハウ 2013-11-21 | 雑感 TB0,COM0
LEDよりもハロゲン電球 2013-11-20 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
騙される振りの日本人 2013-11-19 | マスメディア批評 TB0,COM0
週刊日曜日の話題 2013-11-18 | 生活 TB0,COM0
下半身と体の緊張の利用 2013-11-17 | 雑感 TB0,COM0
モンサント社の撤退 2013-11-16 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
どんなゴムを使っていても 2013-11-15 | マスメディア批評 TB0,COM0
クリス・シャーマの指導まで 2013-11-14 | 生活 TB0,COM0
市民の賛否が必要条件 2013-11-13 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
処方箋無し避妊と啓蒙 2013-11-12 | 歴史・時事 TB0,COM4
体育会系枠組みの娯楽 2013-11-11 | 文化一般 TB0,COM0
映像の賢い使い方 2013-11-10 | マスメディア批評 TB0,COM10
観念は自由、限りなく 2013-11-09 | 文化一般 TB0,COM0
退廃芸術の行方は? 2013-11-08 | 歴史・時事 TB0,COM0
グルリット家の負の遺産 2013-11-07 | 歴史・時事 TB0,COM0
山本太郎よりも厄介な天皇 2013-11-06 | マスメディア批評 TB0,COM2
二十世紀末を映した鏡 2013-11-05 | 文化一般 TB0,COM0
雨がちな十一月の週末 2013-11-04 | 生活 TB0,COM0
胸元を飾る艶やかな金髪 2013-11-03 | 女 TB0,COM0
緑カリフラワーカレー 2013-11-02 | 料理 TB0,COM0
冬時間の攀じりはじめ 2013-11-01 | アウトドーア・環境 TB0,COM0

[PR]
by pfaelzerwein | 2013-11-30 22:13 | INDEX | Trackback

日本無力化への道程

日中紛争と題してハイデルベルクの独米文化会館で講演会が行われた。フクシマ後の講演に続いて再び、帰任したシュタンツェル前在京独全権大使の講演であった。数か月前に丸山真男研究家で先頃ハイデルベルク大学教授を退任したザイフェルト教授の設定した演題であった。

講演に先立ちザイフェルト教授からこの件に関しての同じく元外交官孫崎享の著書と前大使の幕末の研究書の紹介があった。どうして地図にも載らないような小さな島が紛争の対象になるのかの疑問を端緒として講演が始まる。

予め分かっていることは、前大使であっても次に米国の極東専門家として研究所に赴任する外交官であることは変わりないことで、前回のフクシマ同様に飽くまでも外交的な分析と予想がその内容であって、それ以上のことを期待してはいけない。そのことは、講演後に新任の後継教授が、あまりに日本側の視点での分析ではないか、米国の関与はどうだと詰問したのだが、それに関する回答は既に出来上がっているのである。

前者に関しては、以下の講演内容にも深く関わるが、それ以上に北京大使館にも専門家として赴任した連邦共和国外務省の極東専門家として、その分析と予想は決して間違ってはいけない訳で、彼が講演する内容とそこから導かれる見識は今後の外交方針の基礎と違っていてはいけないのだ。メルケル首相など政治家が判断する場合の基礎的な分析でなければいけないのである。その意味から、その講演の内容を外交的な辞令字句として扱うのではなく、その意味を読み取るべきなのである。後者に関しては、講演の主催者が独米文化財団であることよりも冒頭のザイフェルト教授による孫崎論文の言及や本人による舟橋洋一論文の紹介に含有されているとしてよいであろう。

そこで本題に入る。先ずは、この無意味にも見える尖閣列島の場合を南沙諸島紛争と平行に捉える。その枠組みに、近代化と経済成長に伴って、漁業権、海底資源、地政学的な価値、そして国家の沽券へと進む背景に、天安門事件以降の中共の弱体化を背景とする。この辺りは、FAZのジーメンス氏の分析に近いが、その弱体化に伴って二つの流れを顧みる。その一つは共産党自体の歴史的な流れであり、もう一つは日本の支配からの解放を添える。その後者がシナの国粋主義的な盛り上がりを以て、中共の弱体化を後ろ支えするという構図である。

それゆえに必要もないほどの無人島が中共にとって重要な課題となってきた背景であり、沖縄米国占領下においても砲撃目標とされていたその地域の占有になんら異議も唱えなかった占領権の問題が政治そのものとなってきたことを解き解く。その実際として、日中友好時代の言葉として有名な「次世代の課題として据え置く」の中共の外交政策を分析する。

つまり、これは政治学的に切っ掛けをつくり、その相手の反応を呼び起こすことでの外交方針であり、それを引き続き繰り返して遂行していくことを現実に行こうとする方法として認知する。シナの現実外交が厄介ものであり続けることはこれによって説明できる。そうした事情が、習主席がオバマ大統領を訪問した節に、「太平洋は我々両国にとっても大き過ぎる」とした発言に良く表れているのである。

それに対して、大国に挟まれる形の日本はどのようなことが出来たか、出来るだろうかと言うことで、論者の「切り掛けるのはシナであり日本は受け身であるからそのような視点しかないのだ」という基礎認識で、「日本政府が如何に無力であるか」を知らしめるに至るエピソードを列挙する。なるべく穏便にと言う日本外交の、日本文化の特殊性でもある。

それは、石原前知事が米国にて島の買い上げをぶち上げて中共が反応することになって、世界に初めてそれまでは実効支配していた魚釣島が国境問題であることを広く知らしめることになり、日中の国境問題として浮上する経過や、その時の野田政権は外交ルートで事の沈潜化をはかったにも拘わらずそれが敵わず、国際的に認知された国境問題となってしまったことが語られる。その他、漁民の逮捕不起訴の仙石問題などで、日本政府がお手上げとなってしまったことは、現在の安倍政権での村山・河野談話の注釈をしてもそうした日本政府の無力状態は変わらないのは、毎日の報道でも明らかである。

そうした傾向とは別に、鳩山政権の進めようとしたEUに倣ったアジア共同体の考え方は、その近代的な思考として評価するとともに、その背景にあった田中派に脈々とする小沢の対中・対米外交と共に、こうした日本の無力化からの脱出の可能性として言及するに至る。その他の具体案としては、既に提唱されているような国際裁判所での調停などが挙げられるが、その結果如何に依っての国際関係への影響などの難しさも語られる。

現状認識として、先ほどの航空指標設定による外交的な挑発は、FAZ紙が社説で伝えたようにかなり危険性を孕んだものであり、日本の菅官房長官の対応とともに緊張感を齎したものであったとして、余計にこうした中共の対応分析が重要であることを証明していた。今回の事象において米軍のボーイング機が選んだお試し飛行コースは綿密に中台関係の影響を認識していたことでも、また上の地政学的もしくは中台問題とその他の国境問題との差異を明確に峻別することの必要性の裏打ちとした。

日本の外務省は、習の権力掌握の時期を見届けるとしているらしいが、現在の米国もしくは武器商人の傀儡政権である安倍政権では独自外交への道と逆行していることだけは間違いなさそうである。それが正しく例示されていたのだった。月曜日には、日本の外務省が「共に核武装化の道を歩もう」と語りかけたブラント政権時のユダヤ系交渉人エゴン・バール社会民主党顧問が講演する。



参照:
Patt im Pazifik, Botschafter A.D. Volker Stanzel, (DAI)
独駐日大使からの福島報告 2011-06-29 | 雑感
情報の隠蔽も未必の故意 2011-07-01 | マスメディア批評
一発触発の民航機撃墜 2013-11-29 | 歴史・時事
中共が野田政権を後押し 2012-08-27 | 歴史・時事
そこには何でも埋まっている? 2010-09-18 | 歴史・時事
[PR]
by pfaelzerwein | 2013-11-29 22:40 | 歴史・時事 | Trackback

一発触発の民航機撃墜

日中関係が緊迫を増しているという記事を読んだ。FAZは第一面の社説で、海とは違って空では一瞬に事が起こると危惧している。そして、本来ならばこうした危険な中国のやりかたに韓国をはじめ世界の国々が団結するのだが、そうはならない憂うる状況を解説している。翌日の新聞は、乗客の安全を第一に北京に飛行情報を提供するとしていた日航と全日空が、日本政府の要請でそれをしないとしたと伝える。要するに、大韓航空機のような撃墜事件が起きたときは全て日本政府が責任を持つということである。大韓航空機撃墜事件を思い出せば、悲惨な事象も予想される。

そもそも全日空が導入したドリームライナーことボーイング787は、引き続き不良が伝えられていて、上空でのGEのエンジンが凍結するというものだ。ボーイング社が警告したことで、日航はドリームライナーを雷雲に入らないような短距離にのみ使い、長距離の運行を停止したということである。同様な事象は同仕様のジャムボにもあるということで、ルフトハンザは重大な事項として大陸間横断の飛行から引き揚げたということである。

北京への通報に関しては、シンガポールエアーラインとキャンタスは要求通り事前通報するので安全な飛行が約束される。自己責任での撃墜事故全員死亡を避けたければ日航と全日空には乗らないことに限るのである。

水曜日は、四本を登った。一本目は長い横へと延びるルートで、前半は先の金曜日に登ったが、右へと長く伸びる分、技術程度はやや易しい。それでも長いのでウォーミングアップには十分であった。二本目は小さな庇を登りたかったが、どこも空いていなかったので5.10を登ってみた。一カ所、終了点への庇上で苦労したが、初見としてはまあまあであった。今シーズンの基礎となる取組であった。流石にこの程度の場所になると他の者の興味を引くようであった。

その後、横にある容易な場所を熟して、先週金曜日においておいた場所を登った。ここも一カ所だけザイルを掛けるのに苦労したが、もはや疲れているので仕方がない。最後に、本当に登りたかった場所が塞がっていたので、大きな庇越えの場所を登ったが、これは庇越えの場所でザイルを違う場所にかけてしまった。そこから抵抗の強いザイルを引っ張りながら登り切ったが、どうしても目前にある先の方に進んでしまうので仕方がない。流石に肩などに負担を掛けただけでなく、腕や脛にかすり傷を作った。また確保をしているときに鼠蹊部を圧迫したためか、左足の親指のつま先がしびれるという珍しい現象が起きた。



参照:
四面楚歌の安倍と日本 2013-05-26 | マスメディア批評
観念は自由、限りなく 2013-11-09 | 文化一般
もはや中盤を迎えて 2013-11-24 | 生活
[PR]
by pfaelzerwein | 2013-11-28 16:05 | 歴史・時事 | Trackback

二十世紀前半の音楽効果

承前)二つのヴォツェックの成果を見るためにはもう少し二つをじっくり見る必要がある。多くの場面は共通しているが、幾つかの場面は取捨選択が異なっている。今回の演出では、グルリットのそれは時代背景をそのまま19世紀のビーダーマイヤー時代にしていて、市民的教養以前のそれを眺める形になっているのだ。そこで例えばヴァツェックが凶器となるナイフをユダヤ人から購入する場面が具象的に描かれていて、ナチの時代にも潜在意識と持たれていたであろう黒いマントを着た気持ちの悪い人物像として登場させるのである。恐らくユダヤ系で無い作曲家であったなら敢えて登場させることは無かった場面であり、今回の演出はそれをしっかりと舞台映像化している ― リヒャルト・シュトラウスの「サロメ」のユダヤ人の描き方も似ていて、血の混じっているドイツ人からの見え方と言ったらよいだろうか。

その他、浮気の場面も具象化しており、その音楽と共に性行場面も舞台化されるのだが、それが余計に舞台の枠の中での出来事として、要するに市民の娯楽の中での出来事として描かれることで、20世紀後半のTV文化に近いものが狙われている。つまり「お行儀のよい、決して公共良俗を乱さない舞台」なのである。実際のこの作曲家は、このオペラ化の後にエミール・ゾラの「ナナ」、レンツの「軍人」をオペラ化しているというから興味深い。

そうしてベルクのそれに目を移すと、如何に劇場空間の中で、ヴォツェックと軍曹、医者、妻マリーとのディローグにおいて、主観客観が入れ替わり、聴衆にもその入れ替わりがなされるかが分かるのである。その時点で作曲技法的にもはやロマン派楽劇でも新古典主義でもないマーラーを延長する空間の音化が実現しているのである。ここでは所謂表現主義と呼ばれるややもすると劇場効果の中で、舞台と客席の間に幕が引かれるような悪影響は、今回の演出を経験すると全くその音楽の問題ではなかったことを実感するのである。そのベルクの音楽の効果と魅力は飛びぬけていて、本来は圧倒されるものであるゆえに、なかなかその音楽の細部までを舞台化することが困難となっているのである。

ペーター・シュタインの演出に比較して、ジョン・デューのそれが優れているのは、可成り細かな具象化を実現すると同時に、大きな劇場空間を存分に使いながら視覚に止まらない遠近法を大変見事に使っていることであった ― マーラーの交響曲の遠近法を思い浮かべよ。

前者では、第二場の葦を集める風景での狂気の示唆が素晴らしく、それが自然な夕景の情景に包まれていく場面は殆ど高度な映画か、まるで現実の場面に居合わせるような情景を醸し出す。光の使い方だけでなく ― 決してドロドロとした血糊の色などは慎重に避けられていて、水彩画的な色合いなのだ ―、動かせ方や演技指導が通常のオペラを超えているのである。また壁一面に標本の入ったビーカーを並べた博士の研究室の場面での二人の扱いは見事で、ただの人格の入れ替わり以上に博士の狂気へと導かれる流れは秀逸以上のものであった。その他にも有名な咳払いの場面の音楽との呼応などもとても丁寧に演出されている。つまりそこでは音楽の方も決して無理をすることなく劇場的な演奏を的確にしていくことで演出効果が裏打ちされるようになっている。

後者では、酒場の場面での奥行きを一杯に使った場面での、前場面と後場面の軍隊を狭く押し込んだ細い光の列の中で、バーに横一列に並べた軍人の陰湿な苛めシーンとの対照が断然素晴らしく、まさしく音楽を裏づけするのである。もはやここまで来るとそのスペクトルムはとても心理的な描写となるので、示唆的な場面転換では得られない内向的な効果を生じさせている。そして、入水後のインヴェンションの場面転換での、上から吊るされるシャッターのような幾層にもわたる駆動部分が、先ほど同じように幾つにもラインに分けられた舞台床のうねりの中で沈んでいったヴォツェックの姿を再び浮き上がらせる、まるでビーカーのもしくは水槽の中で浮き沈む死体のように漂う光景がある。これほどコムピューターで制御された立派な舞台を見たことが無い。明らかに流行りの映像のそれよりもハイテクである。支配人自らが監督で演出をするからこそこれだけの予算や手間が掛けられるのだろう。

この辺りで難しいことを考えるよりも、作曲家が創作する場合に場面ごとにもしくは場面構成として何を意図して音楽的な思索に至ったかを想像すれば、その創作の少なくとも端緒に触れることが可能となる。マリーの子守の場面、浮気の場面、聖書の場面、死の場面までを追えば、如何にこの二人の作曲家が全く異なっていたかが分かるのである。グルリットが飽く迄も即物的な若しくは自然主義的な身振りでリブレットに曲をつけると同時に、危うくお涙頂戴の大衆演劇となるところを冷徹に踏みとどまることで、同じようにユダヤ人の場面も殆ど冷笑を交えて描き出す。同様な例は、博士につけた甲高い歌であり、もはや自嘲的な色がそこに添えられる。作曲家本人が晩年日本で行った復帰の試みのその心理が、その人間性がここに良く表れているようにしか思われないのである。

ベルクが、なぜにこの同じリブレットにああした音楽的な工夫を凝らしたかはここで明らかになる。その創作のありたけの表現力を解放させるためには、それだけの音楽的なアイデアが欠かせない。今回の演出に引っ張られる形で、上のヴォツェックと博士とのパッサカリアのシーンもテムポを落としていたことで、その内容と表現力が増していた。歌手陣は問題もあまりなかったかわりに目ぼしい精華も無かったのだが、全体のテムポとダイナミックスが舞台ととても調和していたので大きな効果を上げていたのだ。演出家と指揮者が協力することがどれほど重要かが示されていた。

舞台上の楽団も十分な効果をあげていて、音楽的な劇場空間として大成功していたことも書き加えるべきだろう。ダルムシュタットの劇場がジョン・デュー時代と呼ばれるのは間違いなさそうである。指揮者のマルティン・ルーカス・マイスターの指揮もメリハリが効いていて、座付楽団からなかなか意欲的な音楽を引き出す実力と指導力は大したものである。

アルバン・ベルクの創作が、シェーンベルクらの新ヴィーン学派の影響を超えて大うな影響を持ち続けたのは、その劇場的な効果であったに違いない。なるほど、その音楽の表現力が所謂表現主義的な表出力があるということだけではない劇場空間を形成するに足るものであったことが今回初めて体験できたのである。その舞台上や奈落の下での表現力が圧倒的であってこそ初めてそれが実現されると感じていたものが、今回のように決して悪くは無くても比較的凡庸な演奏実践でも表現できることを確認した。エーリッヒ・クライバーが百二十時間も掛けて初演に駆け付けたというが、現在の演奏家は比較的問題なくそれが出来るようになっているだけでなく、反面聴衆の方も聞き慣れてしまって、その音楽が孕む緊張や解放の爆発力などが中々体験できなくなってきている。

最初に書いたことを終わりに繰り返すことにもなるのだが、グルリットの音楽との対比によって初めて浮かび上がるのは、ベルクの音楽が持つ表現力として、その交響的な効果ではなく、実はその書法であると言うことだろう。交響的な効果が奈落から引き出されるようでは、シュトラウスの楽劇が都合の良い娯楽としてしか意味を持たなくなったのと同じ意味合いでしかなくなってしまう。グルリットの凡庸であるがゆえに対位法やその踏みとどまる調性とは対極にあるベルクの効果的な調性の使用などが、その最上級の織物のように密にそれでも豪壮に紡がれる時に、その効果が威力を発するのである。それは座付き管弦楽団の日常の演奏実践でこそその差異が明白となるようなとても実践的な書法が取られていて、最近の演奏実践での効果の消失は正しくそのような交響的な演奏実践にあったことを思い知らされるのである。ある意味、新ヴィーン学派の本質を示しているような音楽実践とその書法の効果の体験でもあったのだ。(終わり)



参照:
Zwei Mordsmusiken für Georg Büchner, Gerhard Rohde, FAZ vom 29.10.2013
凡庸なグルリットの音楽 2013-11-26 | 文化一般
現実認識のための破壊力 2013-11-25 | 音
[PR]
by pfaelzerwein | 2013-11-27 21:12 | | Trackback

2013年の収穫を伝える

この冬初めて零下の空気の中を走った。1950歩12分、降りて来て3950歩24分で、小走りで鼻に入る冷たい空気を抑えた割には予想以上にまともに走れた。出だしを抑えた分、後半が伸びたからだろう。陽射しのあるところは良かったが、影に入ると手が冷たくなって痛くなった。日曜日に頂上往復が出来なかったので寒くても天気が良い限りは走っておかないと間隔が開いてしまう。

相変わらず寒いが、陽が射すと嬉しい。それでも暖房は欠かせなくなっている。就寝時には絞ったのでよく眠れた。小まめに室温調整することも風邪をひかないために重要だろう。

続々と摘み取り情報などが入ってくる。23年ぶりの貸借関係を終えたフォン・ブール醸造所は同時に新しい人事を紹介している。一人は醸造責任者で、一人は代表である。マチュー・カウフマンはエルザス出身のシャンパーニュの作り手で、12年間ボーリンガーと言うところで活躍していたようだ。九月から着任しているということで2013年産が最初の年になる。どのようになるのか気になるところである。もう一人の新任のリヒャルト・グロッシェはヴァインヴェルト編集長でミュンデュヴィ・アカデミーの校長であった、外回りのヴェルナー・セバスツャンともども醸造所を率いるという。

2013年は難しい年度であったが、カウフマンに言わせると「プファルツにとってとても興味深い年で、雨が多い年に醸造所の軽い土壌と少ない収穫量が幸いした」と、「外回りの手入れによってはじめて健康で熟成した葡萄が収穫できた。汗と血のにじんだ年度となる」と語っている。

其のセバスチャン氏は、「白髪が増えたが、報われた。そのハイライトは、個人的には十月末にフォルストの地所からアウスレーゼなどの収穫が好転の下にできたことだ」と話す。

2013年産は一月の末に初めて瓶詰されることから、十分に樽熟成の時間が取れるという。

精々、バッサーマン・ヨルダン醸造所の落陽の道だけは歩んで貰いたくない。



参照:
大動揺する名門醸造所 2013-07-27 | ワイン
何が必要かが問われる 2011-09-19 | アウトドーア・環境
[PR]
by pfaelzerwein | 2013-11-26 22:25 | ワイン | Trackback

凡庸なグルリットの音楽

「ヴォツェック」の二本立てを体験した。往復160KMを超えるドライヴの価値は十分にあった。ダルムシュタットの少なくとも音楽劇場は、この界隈ではフランクフルト、シュトッツガルトと比較しても、特別興味深いことをやってきた。その最後のシーズンである。大劇場に七割を切るほどの観客しか埋まらないのは、この町の規模からすれば仕方ないのであるが、この作品を得意にして1925年の初演者のエーリッヒ・クライバー以上に成功に導いたカール・ベームは1931年の最後のシーズンにこの原作者の生誕地の音楽監督としてここで上演している。

さて、もう一つの「ヴォツェック」は、当日の上演前のオリエンティーリングでも話題となったが、先日来の絵画騒動のコルネリウス・グルリットとの親戚関係で日本に亡命後に東京で活躍したマンフレット・グルリットのアルバン・ベルクに数年遅れて初演された殆ど上演されないオペラである。因みに当日のプログラムには、上野をナチの外交部の圧力で追われて、戦後の連邦共和国への復帰を試みたが果たせず ― プログラムにはナチ党員としての弊害には触れられていない、ユダヤ系のそれに触れるのは面倒であるからだが ―、もはや創作意欲が注がれて筆を置き、 昭和音大で後進の指導に当った後、耳と眼を悪くしたマンフレットは、仕事をすることもできず社会保障もなかったことから生活に困窮して連邦政府に賠償金を求めたが果たせなかったとある。

先ずは、グルリットのそれが上演されて、休憩を挟んだ後にベルクの十八番が上演された。結果からすると、良い露払いの演目で取り分けもはや耳にたこの出来る感のあるベルクの大成功作を新鮮に体験できたのである。個人的には、シュトッツガルトやザルツブルクでこれを体験していて、映画やVIDEOなど含めてなんども体験している訳だが、今回初めて本当に体験できた思いがする。ジョン・デゥーの演出の素晴らしさにも増して、露払いを含めたデュー監督の企画の大勝利である。

この稀なグルリットの「ヴォツェック」体験を掻い摘んで紹介すると、新聞評にあったような「今寧ろモダーンであるオペラらしくない劇場的な作品」というのは全く当たらない。このローデ氏が言いたかったのは、なるほどビュヒナーの断片化された原作を、たとえピアノを含む比較的大編成の奈落の陣容をしても、それが大きな音響と響くことは無いと言うように、そのままを小さな情景ごとにコムパクトに描きつくすこのオペラを指すのである。

それは音楽語法としても寧ろプッチーニなどを想起させるように、場面を十分に音楽が色付けをするのであるが、それはイタリアのそれとは異なり正しくノイエ・ザッハリッヒカイトの的確さと客観さで魅せるのである。それによりWIR ARME LEUTEなどのフレーズがほとんどハインリッヒ・マンの作品ぐらいには主張するのである ― その意味では室内劇的なのだ。

プログラムにもあるように、方や20世紀のオペラ表現の究極点に至る世紀の作曲家アルバン・ベルクと比較しようがないのは当然として、決して悪くはない作曲をしているのである。但し、同時代のブゾーニやヒンデミット、もしくは前回のカール・オルフなどと比較すればやはりこじんまりとして、創造的なそれを感じさせないのは仕方ないのである。それでも、宝塚や映画音楽のようになる一歩手前で音楽に踏みとどまる点は明らかに劇場経験豊かな楽長タイプの音楽家であることも確かであり、その作品の多さからもそれが知れるのである。

因みに1890年生まれのマンフレットの音楽的基礎は、フンパーディングやカール・ムックでありそのバイロイトなどでのアシスタントの経験が、十分に1920年ごろの音楽状況を反映している。その中庸さと言うものが、なぜ戦後日本において出来たであろう創作活動がなせなかったという凡庸さでもあるのだ。反面、そうした劇場での凡庸さは本当は日本に適合していたと言えるかもしれない。その凡庸さとは。(続く)



参照:
現実認識のための破壊力 2013-11-25 | 音
印象の批判と表現の欠如 2006-03-11 | 文学・思想
マイン河を徒然と溯る 2006-02-24 | 生活
意志に支配される形態 2006-01-05 | 音
ある靴職人の殺人事件 2006-01-04 | 文学・思想
美しい国は何処に? 2006-10-01 | 雑感
歴史を導くプロパガンダ 2009-04-05 | 歴史・時事
[PR]
by pfaelzerwein | 2013-11-25 22:09 | 文化一般 | Trackback

現実認識のための破壊力

d0127795_2285457.jpg
ダルムシュタットに二日続けて通う。土曜日は、ベルント・アロイス・ツィムマーマンを扱ったビエンナーレの一環で、劇場での夜であった。日曜日に再び出かけるので20時半までの催し物に出かけた。フランクフルトとダルムシュタットの間で開催されているのでそこからシャトルバスが出ているようで、この種の催し物にすれば十分な人出があった。たとえダルムシュタットに現代音楽の夏季アカデミーで慣れている客層があったとしても小さなこの町の定期会員だけでは難しいだろう。

最初に大劇場でフランクフルトの放送交響楽団による交響曲とトラムペット協奏曲が演奏されて、休憩無しでメシアンの「ラサンション」が演奏された。交響曲は1953年に改正版が書かれているので折衷な印象は強い。要するに最晩年の完全な多極化した美学的な書法からすると、若干どうしても交響曲であり伝統的なストラヴィンスキーのような本人が戦後放棄した筈のそれを印象させるのはどうしたことだろうか?それでもポストモダーンでありえるのは、逆にヴェーベルンやらのその時代のモダーンを想起させることにあるからなのだろう。この点は、二つ目のこれまた良く上演される劇場作品である1961年作の「プレゼンス」における多層的な時感覚を含有させる方法の手法の一つでもあるのだろう。

どうしても我々は、こうした戦中戦後をまたいで生きた世代の代表として三島由紀夫のことを考えてしまうのであるが、ここにもその一筋ならない時代の変遷が時感覚として美学的に表現されているのは間違いないのである。1970年に悲惨な自殺へと終わりを告げるこのケルンの作曲家の創作を顧みるのである。

この交響曲はハムブルクの放送交響楽団でツェンダーの指揮の実況録音が手元にある。それに比較すると明らかに今回の元ベルリンのフィルハーモニカ―でクラリネットを吹いていたカール・ハインツ・シュテフェンスの指揮は、その歯切れの良いリズム運びなどで十分に折衷なそれを分からせた。その反面、従来の一楽章の交響曲に求められるような統一的な美的な空間はポストモダーンに歪むことになり、その1951年版と1953年版の差として以上に、その美的な破壊は充分であったろう。ある意味、最後のメシアンのフーガの面白い世界などとは全く違って、商業的なコンサートホールでレパートリーとなるような曲ではないとなる。クラウディオ・アバドやサイモン・ラトル、ピエール・ブレーズなどがこの曲を取り上げているのを知らないので、その理由はここにあるのかもしれない。

それを上手く解決しているのが、1954年作の「ノーボディー・ノウズ・デュトラブル・アイ・シー」で、ジャズのイディオムを活かすだけでなく楽器編成としてそのまま持ち込んでいるだけに、その破壊は寧ろ容易に行われている。特に今回のようにラインホルト・フリードリッヒがトラムペットを受け持つと、効果的にいとも簡単に破壊活動が行われる。本人に「20世紀で最も重要な協奏曲の一つ」言わせるだけの吹込みが出来ていて、その皮ジャムパーとビール・トラムペット腹の出で立ちと共に20世紀後半の前衛を十分に具象化していた。心臓に負担を掛けるだけのこれだけ熱演をしてくれれば、管弦楽団も乗りやすいのでその効果は十分である。評判の良かったレフェレンス版となっているミヒャエル・ギーレン指揮のSWF放送管の録音では到底伝わらないのはその破壊力であり、ジャズの楽器やイディオムの使用がもはや破壊力を持たない現在ではよほどの演奏を繰り広げないことには本質を描き出すのは難しいと言うことだ。要するに額縁には収まり易くなるような綺麗ごとでは駄目なのだ。

それを少し考えるだけで、いつの時代にどうした時代背景つまり環境で、そして今の環境の中から覗き込むことで見える風景を認知する作業に気が付くだろう。先日来、映画などのダウンロードで改めて見たジャック・タチ監督主演の「トラフィック1971」、「プレータイム1967」の映画なども「そこ」が綺麗にデジタルリマスター化されているのである。なにも先日逝去したパトリス・シェローの演出を挙げるまでもないが、そうした環境の認識こそ、特に劇場空間の本質がある訳で、そうしたもの一切を政治的な美学への干渉と切り捨ててしまうのは、マルキズム思考しか科学とならなかった日本のような国の思考文化でしかない。

その日のラディオは、ネオナチの行進を許さないとするプファルツの初めての所謂市民のカウンターデモが行われたと伝えていて、参加者の声が流されていた。芸術も何もかもは最終的には、今日をその環境を認識するための行為の一つでしかないのである。



参照:
世界のさくらが一斉に散るとき 2010-02-08 | 音
循環する裏返しの感興 2009-04-27 | 雑感
「ある若き詩人のためのレクイエム」 2005-01-30 | 文化一般
二十世紀末を映した鏡 2013-11-05 | 文化一般
[PR]
by pfaelzerwein | 2013-11-24 22:09 | | Trackback

もはや中盤を迎えて

今週は三回登った。七日登って、もうすでに中盤である。来週で外で登れる領域を全て、つまり昨年までに登っていた領域を登り尽すことになりそうである。その後は何処まで行くかと言う挑戦と練習領域である。

水曜日は法律家の仲間が室内壁にやって来た。彼はミュンヘンで学んだようでそれなりの経験はあるのだが、レッドポイントつまり独特のフリークライミング感を持っていて苦手なタイプである。恐らくその職業的な性格とも呼応するのであろう。初めての我々の室内壁の訪問であったので、差しさわりの無いところで登って貰ったが、やはり得意な左右のツッパリ立ちの登り方を見せた。室内ではどうしてもオヴァーハングが重要になるのだが、流石にそこでは一度ザイルにぶら下がって、レッドポイントとはならなかった。その前に私自身が登って見せたのだが、一部見通しが効かない場所もあって、それを超えてから腕力に不安でクライミングダウンして一度ぶら下がったので、彼の番になってどうするか興味津々であった。その「効かない場所」でぶら下がっていた。彼のオヴァーハングの登り方は落ち着きがなく、そのもの室内クライマーのそれであったことも確認して、如何に彼がそのレベルに至っていないことも確認できた。レッドポイントに拘る限り次の領域にも踏み込めないであろう。

木曜日は、相棒は他の室内壁で登ったようだが、当方は何時もの経験不足のおっさんたちと登った。少し遅れて行くと鳶職親仁が大きな屋根を登って降りてきていた、誘われたが準備に時間が掛かったのでまたにした。もしかすると来週遣らされるかもしれない。その後は、登ってみたかった新しい場所と、昨年から嫌な庇部分を登ったが、当然ながら完璧なレッドポイントで登れた。我々の支部のクリスティエンはどうしても完璧に熟せない。理由は様々であろうが、鳶職親仁と登っている限りは技術に磨きがかかる筈はないのである。その後幾つかを試すうちに鳶の親仁は最初の試みが堪えたのが早めに切り上げた。僅か三本ぐらいしかまともに登れないのである。なるほどこうした練習をしている限りは技術は身に付かない。今後、付き合っているうちにどれだけ改良されるだろうか?自分自身は、新しいところと5.11bを試した。動きとしてついていけないところはもはや減ってきている。

金曜日は、長い斜め上がりの場所を熟して、相棒の様子を眺めた。流石に一年前とは異なってそのまま外で使える登り方で熟していた。まだまだぎこちが無いところがあるが、このまま練習を積めばものになるだろう。実は前日違う場所で登っていたので悪い登り方になっているのではないかと思ったが、全く変わっていなかった。その後、木曜日の屋根で昨年苦労した場所を片づけたが、やはり上部の垂壁の部分でザイルを掛けそこなった。ポジション取りが上手く行かないのだ。更に最初完璧なレッドポイントは難しい。その後、再び5.11を試したが、今シーズンは無理だとしても技術的には大分見えてきた。12月には5.10をマスターするべく練習出来そうである。

兎に角、相棒ともども週三回登っても続けられるようになってきているのは、年間を通じて慣れになってきていることと、室内壁のオヴァーハングでも外と同じように腕力を温存しながら登る習慣づけが出来てきていることにあるのだろう。5.10に到達するには最低週三回は登らないと言われたが、当時は全く体力的にも不可能で強制的に練習することも出来なかったのである。今こうして可能性が出てきたということだけでも、昨年からの順調な流れを確認できているだけでも素晴らしいことである。



参照:
週刊日曜日の話題 2013-11-18 | 生活
下半身と体の緊張の利用 2013-11-17 | 雑感
モンサント社の撤退 2013-11-16 | アウトドーア・環境
クリス・シャーマの指導まで 2013-11-14 | 生活
[PR]
by pfaelzerwein | 2013-11-23 23:06 | 生活 | Trackback

スノーデン氏と交渉する

一万人規模の特定機密保護法反対デモンストレーションがあったようだ。ネットで見る限り、組織された群衆以外の一般市民が平日に拘わらず多く押し寄せた様子は確認できた。まだまだ人数は足りないが、こうした日本における市民運動の大きな分岐点に差し掛かっていることは確実である。

残念ながら日本や英米仏の場合はそもそも権力が一極集中しているので、どうしても東京の官僚権力の中枢に直接働きかけるしかないのだが、その他の都市部でも同様な運動はあるようだ。当然のことながら日本国民広範囲に亘る危機意識から衆議院における採決が少しづつ遅れているようで、最終的には強硬的な採決には実力行使による採決阻止が一部国会議員を巻き込んで市民の力で行われようとしている。

日本記者クラブと称するマスメディアの政治部などは必ず議会内どころか政権与党内での内紛を称して「最高に緊迫した状態」などと言う表現を使い続けてきたが、不正で不公平な選挙制度の中ではもはやこうした市民運動が政治的な意味を増して来るのは当然であり、まさしく日本の政治は安保闘争などに匹敵する逼迫した状況になってきている。安倍政権は、諸外国からの警告があったように、今回の法案の扱い方によっては安定政権どころか其の正統性に疑問を投げかけられるようになり、もたなくなる可能性も出てきたのでないか。

昨日のラディオで聞いたが、緑の党のクリスティアン・シュトロベレがアメリカでもスパイ交渉人として大々的に報道されているというのだ。つまり野党の求める元NSAのスノーデン氏の連邦国会での証言を求めて、氏と条件交渉をモスクワで行ったというものだ。連邦での市民権までを与えてまでも国益に利することなら事実を解明しようとする意志は国民の声でもあり、まさしく国益なのである。表面上はNATOなどの同盟国内でのスパイ活動はしないという口約束をしたというが、事実関係がはっきりしない限りそのような約束はなんら意味をもたない。

それにしても日本の政府や国民の意識を考えると、たとえ政治家が一部の権力層や官僚の言いなりとなっていたとしても、保守を標榜する連中がたとえ国内での権力を強化できるとしても、米国の言いなりになろうとしているのはなにも「TPP交渉の成果」を見るまでもなく明らかだ。あの連中が国粋主義者の狂人の凶刃に怯えているような様子がないことも不思議でたまらない。自由主義政党はどこにおいてもその政策や支持の確保が難しいが、自由主義を標榜して官僚主義を補佐するような政党などはただの口先の自由主義で本来の新自由主義にもならないのである。似非主義者は結局金や権力に群がるシロアリでしかないのである。



参照:
Grünen-Abgeordneter Ströbele trifft Snowden (ARD)
秘密保護法の馬鹿さ加減 2013-10-28 | マスメディア批評
変遷しない社会の危機管理 2012-05-04 | 歴史・時事
外交官なんて不要か? 2010-12-21 | 文化一般
自由主義者の戦後社会学 2009-05-05 | 文学・思想
希望という自己選択の自由 2009-06-19 | 文化一般
[PR]
by pfaelzerwein | 2013-11-22 23:25 | マスメディア批評 | Trackback

質の独、量の仏の13年

d0127795_7134972.jpg
2010年産グレーフェンベルクを開ける。当時はPCクラスがあったのでGCではない。開けた理由は、十分に除酸をしていることを知っているので、先を期待していなかったからである。要するに早めに酸が活きているうちに飲んでしまわないと、所謂カルク臭い丸い黄色くなったようなリースリングになってしまうからである。結果は、開けた初日はそれなりに楽しめたが、あくる日には残糖が分かれて酷いものになっていた。この価格でこれでは話にならない。要するにドイツ一と言われる醸造の成果としてはお粗末過ぎるのだ。これならば落陽のバッサーマン・ヨルダン醸造所の2010年物と殆ど変らない。要するに、グローセスゲヴェックスを提供するだけの木樽も技術も当時は無かったことを示している。それならばあの価格は詐欺だ!

宜しい。2010年で成功している醸造所は恐らく数えるほどしかなくて、所謂ドッペルザルツで除酸したドイツの99%の醸造所のリースリングは平均以下の出来になる。残りの1%の醸造所で石灰若しくはカリウムでどのように除酸したかで将来性が決まる。飲めばその除酸の方法が直ぐに分かるだろう。しかし、セシウムの置換でも使われるカリウムには放射能もあるが排出も早いので日本の水田で使われているが、その味は想像がつかない。しかし石灰のように丸くはならないのではないだろうか。価格からしてそれをやっている醸造所は殆どないと思われるが。

さて、2013年のプファルツの出来が発表された。1987年以降初めて開花が遅かったことから収穫も遅くなり、天候も安定しなかったので腐りが蔓延して、南ワイン街道のレープホルツ醸造所などは嘆いている。顧客になってからこれほど嘆いているのは初めてで如何に腐りが酷かったかであろう。10月7日から18日かけて ― 二十日は雨と暖気のため徹夜作業だった ―、22haを五十人で摘み取ったということだ。幸いハールトなどでは2006年の最悪の年とは比較にならないほど健康だったので、プファルツ全域でも収穫量の減少は一割かたに止まり、十年来の平均以下と言う程度である。

その一方、レープホルツ醸造所の嘆き通りに人手が総動員されて、分別収穫が出来なかったような醸造所では質が落ちたのは間違いない。天候のせいで糖比重も低く、酸の分解にも時間が掛かったので、アルコール度は低く薫り高い軽いワインとなったということである。当然ながらリースリングには特別に利点があるのだが、ブルグンダー種も決して悪くは無いということである。葡萄を試食した感じでもこの傾向は顕著で綺麗な酸と軽やかな果実風味は楽しみなのである。

自身の観察や醸造現場の話などを総合すると、良い地所の葡萄は腐りも少なく、綺麗に削除することで可成り質の高い、その酸からすると2004年に相当するようなリースリングになるのではないかと考える。つまり選び抜かれたグローセスゲヴェックスと単純なグーツリースリングの双方で期待が膨らむ2013年産となりそうである。フランスやイタリアなどは収穫量が多かったというので、質のドイツ、量のフランスの2013年となりそうである。



参照:
冬模様の朝は寒い 2013-10-15 | ワイン
2013年産の摘み取り風景 2013-10-21 | ワイン
嗚呼、グレーフェンベルク 2013-09-26 | 試飲百景
[PR]
by pfaelzerwein | 2013-11-21 18:37 | ワイン | Trackback