<   2014年 09月 ( 29 )   > この月の画像一覧

索引 2014年9月


我々のライフスタイルを代表 2014-09-30 | 試飲百景
フィリッピンで誘拐される 2014-09-28 | 歴史・時事
組織的ライフスタイルの合理 2014-09-27 | アウトドーア・環境TB0,COM2
思わず飛び降りそうになる 2014-09-26 | アウトドーア・環境
家庭内セックスに関する議論 2014-09-25 | マスメディア批評
社会主義者がのさばると 2014-09-24 | 文化一般
心躍らされるお知らせ 2014-09-23 | 雑感
模範的な西欧化とは 2014-09-22 | 歴史・時事
端末管制システム構築に向けて 2014-09-21 | テクニック
もちつもたれつの熟成 2014-09-20 | 試飲百景
部分否定即ち全否定の阿呆 2014-09-19 | マスメディア批評
明けても暮れてもタブレット 2014-09-18 | テクニック
足にぶら下るときの姿勢 2014-09-17 | 生活
通にしか分らない質と価格 2014-09-16 | 試飲百景
記録破りの記録作り 2014-09-15 | アウトドーア・環境
雨のナーヘの谷を回遊 2014-09-14 | 試飲百景
陽の当たらない試行錯誤 2014-09-13 | 生活 TB0,COM2
革命的な道程と記録 2014-09-12 | テクニック
葡萄のないワイン登路 2014-09-11 | アウトドーア・環境
保湿状態などで変わる出来 2014-09-10 | 暦
消えた灯がまた灯る 2014-09-09 | 料理 TB0,COM2
こま戻しのようにこつこつと 2014-09-08 | アウトドーア・環境
サラダの水切りのように 2014-09-07 | 生活
ルート化の月謝代は如何に? 2014-09-06 | テクニック
高品質にありがちな滑らかさ 2014-09-05 | 試飲百景
サフランライス、主夫の喜び 2014-09-04 | 料理
ドルトムントの強化策のように 2014-09-03 | 試飲百景 TB0,COM3
週末の走りと喉越し 2014-09-02 | 生活
何とか目星としたいところ 2014-09-01 | 料理

[PR]
by pfaelzerwein | 2014-09-30 18:43 | INDEX | Trackback

我々のライフスタイルを代表

d0127795_2111322.jpg
ラインガウへ再び向かった。五月以来のロベルト・ヴァイル醸造所訪問である。今回はお連れがいたので、時刻などは制限されたが、その元行政裁判長の奥さんの意見などもとても参考になった。お目当ては、ラインガウ名産「カルタヴァイン」である。これは九月になるまでは発売されない。その細かな限定基準は知らないが、良い樽熟成と食間酒としての品質保証となっている。

今までも毎年出ていたリースリングには違いないが、今年の場合はいくらか意味合いが違ってきている。先ずはその全体の格付けが、ビュルクリン・ヴォルフ醸造所がリードしたブルゴーニュシステムがVDPで厳格化されたことで、グレーフェンベルクがグランクリュでしかなくなったことである。また、春に試飲会が催されるようになって、初物ワインとしてラーゲンヴァインなどが紹介されて、このカルタとグローセスゲヴェックスが秋の試飲会の御披露目となるのだ。するとどうしてもこの名産品に新たな価値を求めることになる。

それは九月になってからこのために敢えて、自宅で春に最も良く出来ていたオルツリースリング「キードリッヒ」を試してみて、その感想は既に書いた。要約すると、春の鋭い酸が丸くなってきて、その土壌感を反映して若干重くなってきていることで、これは土壌だけでなくてその酸の質なども影響しているかもしれない。要するに谷にあるのだ。勿論若干瓶熟成が進むと芳醇なものになるとは予測されるのであるが。

そこで、様々な地所から集められたこのカルタの場合は、テロワールが強く反映しなくとも、最終的な味や質感が重要視されている筈で、同じ価格ながらそれなりの特徴を期待するのである。お連れも含めて皆の判定は比較的はっきりしていて、カルタに軍配が上がっていた。その理由は、その味質で、とてもよいバランスなのだ。そして恐らく樽熟成のお陰で酸が急に落ちることはないだろうから、一年ぐらいは十分楽しめるのではないだろうか。この辺りの質に関しては、ある程度信用してよいこの醸造所の実力である。一体この価格でこれに相当する質のリースリングにがあるだろうか?

さて、予約注文していたグローセスゲヴェックス「グレーフェンベルク」であるが、これも間違いなく進化していた。恐らく木樽の率も徐々に上がってきているのだろう。そして、予約注文価格で他のグローセスゲヴェックスと比較すれば、決して割高ではない。長期の瓶熟成の可能性では貴腐の入ったレープホルツ醸造所の「ガンツホルン」などとは異なり可也高く、テロワールの質や反映でもデンノッフ醸造所のそれに近いだろうか?

とても天気の良い戻り晩夏の一日だった。嘗てのラインガウのワインの優位性はそのテロワールから殆ど無くなってしまった。嘗ての名地所で今後も期待できるものは殆ど無くなって来ている。現代的な醸造法を駆使して、今日のライフスタイルを繁栄する高級ドイツワイン、これがVDPの目指すところであるとすれば、もう少しビオ栽培強いては天然酵母醸造に力を入れて欲しいが、この価格帯で求められる最も代表的なリースリングの一つであることは間違いない。



参照:
週末の走りと喉越し 2014-09-02 | 生活
初の13年ラインガウ試飲 2014-05-31 | 試飲百景
嗚呼、グレーフェンベルク 2013-09-26 | 試飲百景
[PR]
by pfaelzerwein | 2014-09-29 21:13 | 試飲百景 | Trackback

フィリッピンで誘拐される

イスラム国への連邦共和国の対応が注目される。ドイツ人に犠牲者が出そうだからである。驚くことに、ドイツ人人質はフィリピンで捕獲された。ヨットで航行中にイスラム地域に入っていったからである。イスラムの世界的な広がりはユダヤのそれと双璧かもしれないが、本人はそうした意識があっただろうか。フランス人がアルジェリアで捕捉されて首を切られたとしてもありえないことではないと思うが、フィリピンで同じようなことになればやはり驚く。

要するにイスラム国に反対する一味の国民は一蓮托生で首切りの餌食となるのである。流石に旧大日本帝国の首切り軍人は其処まで徹底していなかったであろう。基本的には首切りで敵を怯えさす遣り口は、世界中の穏やかな反戦非戦の民族社会文化に共通するものだと思っていたが違うのだろうか。

今回のドイツ人人質の問題で分るのはどのようにしても避けきれないということである。恐らくことが為されたとしても、連邦共和国が他の国のように憎悪を漲らせてといった感じにならないことだけは確かであるが、なんらかのメッセージが要求されるようになる。



参照:
模範的な西欧化とは 2014-09-22 | 歴史・時事
権謀術数議会制民主主義の自覚 2010-01-09 | 歴史・時事
[PR]
by pfaelzerwein | 2014-09-28 04:50 | 歴史・時事 | Trackback

組織的ライフスタイルの合理

d0127795_2056425.jpg
二日続けて出かけた。ボールダーの課題は思ったよりも梃子摺っている。同時に三つほどの課題が解決しそうなのだが、どれも解決しなかった。乗り越しが怖いのだ。それどころか新たに二つの課題に手をつけてしまった。

一つは前日に出会った若者が手をつけた場所で、一度試したことがあったが結局その課題自体が十分に理解できずにいた。しかしこうしてチョークの痕を見るとなるほどこをどうして登るのか分った。スロープに手を掛けるので怖そうだが、もしかすると比較的早く何とかなるかもしれない。自身の課題も彼が手をつけたようで、上の手掛かりが白くなっていた。超えたのだろう。結局それは再挑戦できずだった。

もう一つは先日から目をつけていた割れ目で、上部を掃除したら、良い課題になることも分った。最後に一寸試してみたが、これも乗り越しが怖くて泥に入るので断念した。ここまで手をつけておいたら皆が試すので、綺麗になってくるだろう。割れ目の中が綺麗だったので可能性を感じたが、初登攀出来なくてもここでこれから何時でも肘と膝の入る割れ目が練習できるのでとても役に立つ。この地域で二箇所目の本格的な割れ目課題だろう。難易度は4ぐらいだろうか。それでも普通のクライミングルートなら6以上である。

フクシマの謀略の実体が益々見えてきた。日本社会の苛め構造というか、官僚組織がそうした構造を作って、社会の末端までそれが行き渡るようにする方法は、恐らく江戸幕府の支配構造に根源があるのだろう。フクシマの被害を、無理やり避難をしないでよい地域に指定することで、多くの勤労者はそこで働くことを公式に拒否することが出来なくなっているのである。そこに仕方なくもしくは自分を騙し騙し住んでいる人がいることで、本来ならば住んではいけないところでの就業を余儀なくされるのである。

だれも態々危険な地域に住み移りたいとは思わないが、少なくともボランティアや公共性を考えるときに率先してそこで従事しても良いと思う人は少なくないに違いない。しかし、こうした避難地域に含まれないこういう汚染地域で就業を余儀なくされても、そこになんらの経済的な価値が付加されて、褒められるようなことは一切無いのである ― ドイツの楽団が連帯を示して其処で演奏会を開けば本人も土地の人も満足する。つまり、そうした地域で就業を命ずることは殆どブラック労働を命ずるということでもある。なんら知識が無くて、安全と鵜呑みにして喜んで同じ給与で働く馬鹿を当てにするのがブラック企業と呼ばれるもので、まともな企業ならば生涯被曝量の増加などを憂慮してそれなりの処置を取るべきなのである。しかし、官僚組織の決めた枠を利用することで、放射能汚染の負荷を知らぬ存ぜぬと決め込むのである。これが所謂日本の苛め構造の本筋に違いない。そして上から下まで誰も責任を取らないでよいようになっている。その構造の中で自己責任とかの給うこと自体が苛めの仲介以外の何でもないものなのだ。

腕が張っている。走る方も合わせて大した運動をしていないが、日曜日の八キロコースの疲れが何処其処に残っている感じだ。腹筋にも来ているので、こうした運動が続けられれば強くなるだろう。しかしである。先日もふと考えたが十代の前半に疲れて出来なかったことが、今完全に出来ているわけでもないのだが、あの当時と比べると時間の使い方などは少しは合理的になってきているかと考える。合理的な課題の克服は合理的な時間の使い方やそのライフスタイルであることは間違いないようである。



参照:
家庭内セックスに関する議論 2014-09-25 | マスメディア批評
思わず飛び降りそうになる 2014-09-26 | アウトドーア・環境
[PR]
by pfaelzerwein | 2014-09-26 20:57 | アウトドーア・環境 | Trackback

思わず飛び降りそうになる

d0127795_22571687.jpg
峠への登りの折り返し点で、3931歩12分と、可也ピッチが伸びていた。本当は峠まで上がろうかと思っていたのだが、走り出すと足が重く、前日の疲れるこのところの低温で半袖短パンツの井出達にもう一つ力が湧かない。汗もかかないかと思っていたら落ちてきたときにはうなじが濡れていた。それでも一時の発汗量とは大分異なる。体重を量ると72.6KGと最近はあまり上に振れなくなって来ている。

調子が悪くともピッチが伸びてきているのは姿勢が良くなって腕の振りが自然になって来ているからだろう。このペースで峠まで上げれれば、20分を切るのが当然となる。しかし下りは足が重く、左の他に向こうの前日伸び追ったボルダーの辺りの山肌を木立の間に探った。その下方にあるビスマルクが訪れた搭が結構奥に見えてTV搭も見えない。高度が250Mほど違うと景色も大分違う。

昨晩は予想以上に成果があった。先ずはラヴィオリで最後の手掛かりに行くまでの部分が何回も巧く行った。更に手掛かりから上も容易に手が掛かった。但しそこがまだ繋がらない。同じ手掛かりて始めて、終えることが出来るのだが、無駄な動きをしていると左手がパンクしてしまう。更に最初の出だしから試してみると、最後の手掛かりまでまだ繋がらない。無駄な動きをしていると疲れてしまって駄目なのを理解した。

最初はクラッシュパッドを一人では移動させられないのでどうなるかと思っていたら、前半の部分はそれが無くても通過できるように自信がついた。それでも暫くそこをやっていないうちに結構腕力に堪えることも久しぶりに感じた。

今回厳しかったのは良いところに足を挟んで伸ばすと足が攣りそうになることで、いままでは感じていなかったので、上に上げた足を大分使えるようになったのだろう。通常の生活では使わないような荷重をするので攣りそうになるのだ。

同じ按配で両手でぶら下って足を上に引っ掛けての鉄棒のような動作においてもまた核心部での庇の下の足場にも加重できるようになってきた。この技術が身につけばオヴァーハングでレッドポイントで本格的に登る基礎技術が身につく筈だ。これが身につけば八級に突入可能となるだろう。オーヴァーハングの下で足場を確り使うのは、嘗てA0でそれらを克服していた時期ぐらいで、クライミングの基礎技術にはそもそも無い部分である。上の例のように爪先から踵まで自由自在に使いこなす技術はフリークライミングもこのレベルになるととても重要な意味を帯びてくることが認識された。これがボールダー練習の成果であるに違いない。

気温が下がって蚊の襲来も無かったので少なくとも最後の繋がりは完成するかと思ったが、足の攣りだけでなく腕にも負担が掛かってきたので、取りやめて、もう二つの課題の場所に向かった。試してみると相変わらずだったが指先が疲れていないので、本腰を入れて試してみた。前回に気が付いた左腰上の足場に左足を掛けるとどうにかなるかと思って、両手の手掛かりを頼りにやってみた。すると右足の足場を選んで左足を上げるとそこに掛かるのである。両手で支えきれているからである。そして爪先をそこに掛けて荷重を試みるとなんと左手が浮いて、上の手掛かりに届いた。

十分な手掛かりで、そのまま左足に立って、右手をその横の手掛かりに掛ける。立てた。何で今までこれほど苦労していたか分らないぐらいに簡単に立てた。使おうと思っていたその横下の右手の細い手掛かりは不要なのだ。それで左手を自由にすることが出来なかったのだ。

ここでも如何に高かろうが足場に荷重できるようならば乗り込めという基本が活きているのだ。勿論状態のバランスが崩れない場所に足場を設定しているから可能となるのである。そして上辺を探ると先日掃除しておいたに関わらずあまり手掛かりが無い。これは危ないと思ってクライミングダウンする。上を改めて掃除するが余りらちがいかない。そこでもう一度登りなおして左手の気に足を掛けて手掛かりを掃除してみる。それでも解決策は見つからなかった。下から見ると足場をもう一段上にとって、これまた同じ手掛かりを上から押さえつけると乗り越せるかも知れないと思った。隣の次の課題とよく似ている。

そうこうしていると、更に横の難しい課題のボールダーで物音がする。上の駐車スペースに車が二台停めてあって、仕方なく道脇のがけっぷちに車を停めたのだった。更なる試みを諦めて、覗きに行った。若い感じのいよい青年だった。7cの課題を試みていた。とてもまだまだ自分自身では解決不可な課題であるが、色々話していると参考になった。マンハイムから来ていた。

そのようなことで、まだまだここで解決しなければいけない課題もあり、ここまでの約一年間の成果としてはまずまずだと感じた。今学んでいる技術と筋力などが大きな壁で活きて来るようなトレーニングを来年辺りから考えていかなければいけないだろうか。



参照:
部分否定即ち全否定の阿呆 2014-09-19 | マスメディア批評
背中を打ちつけそうになる 2014-08-23 | アウトドーア・環境
[PR]
by pfaelzerwein | 2014-09-25 22:58 | アウトドーア・環境 | Trackback

家庭内セックスに関する議論

先の話に関係してか、夕刻の討論番組で、家庭内セックスが議論されていた。要するに子供と添い寝するような「性的な接触」すら虐待となりかねないので、その法的な解釈などが議論されることになる。

なるほど昨今の話からすると性的な自覚が無いような18歳にも満たないような家族に対してはこうした配慮がなされる必要があるということで、近親相姦などのその限界も議論されているのだ。

キスなどが唇どおしになることはタブーとされていると良く耳にするが、上のような議論で、ヴァギナの接触は禁じられているがアナルなどは含まれていないとか、まるでビル・クリントンとモニカ・レヴィンスキーの非性的な関係までを想起させる家庭内の接触となる。

法制化されればされるほど厳しくなればなるほど、スエーデンで訴追されたアサーンジ氏ではないが、プロテスタント社会のこの面倒なやり方にはヘキヘキすることが少なくない。

日本のネットで死体遺棄が話題になっていた。いつものように小さな子供が犠牲になる恐らく性犯罪なのだろう。そして、ニュースの下に実名どころか顔入りのコメントで、「死刑」を叫ぶ狂人ばかりなのに驚く。それも校名を掲げた教職者らしいものが圧倒的に多い。連中が所謂ネトウヨと呼ばれる核のグループなのだろう。連邦共和国においても、国防軍や警察などにはネオナチが蔓延っているようだが、恐らく日本においても日教組以外の連中はこの手の輩が多いのだろう。

このような按配だから日本の新聞社は三面記事ばかりであれだけ多くの購読者数を上げているに違いない。それどころか容疑者が逮捕されて、実名で報道されている。明らかに正常ではない人間にこうした陽を浴びせるのも日本の低知能振りを示していておかしい。そもそも彼の国ではまともな科学や学問などは存在しないのは分っているが、どうもそれだけではないのは確かである。

そもそも性犯罪者とその家庭内セックスは切っても切れないものであり、そうした性的な緊張感の無い家庭など存在しないことを考えれば、感情的に性的な情動に揺さぶられていること自体がコムプレックスなのであろう。



参照:
社会主義者がのさばると 2014-09-24 | 文化一般
鹿の角に宿るいらいらさせるDNA 2010-01-11 | 女
[PR]
by pfaelzerwein | 2014-09-25 04:42 | マスメディア批評 | Trackback

社会主義者がのさばると

性犯罪つまり幼児虐待となるチャイルドポルノ規制に関して強化策が練られている。法務大臣マースの主導である。主に厳罰化が叫ばれているのは、先年来の社会主義者の議員がこれで引っかかったことから、その反動である。社会主義者が与党としてのさばり大臣になるとこうなるから駄目なのである。

そもそものチャイルドポルノの被写体が虐待されているとiいう見解は必ずしくも誤りではないであろうが、今回議論されていて規制対象としようとするのは所謂ポーズ写真である。新聞によると少年少女が身体の一部を露出もしくは強調して性的なポーズを取った写真を指すようだ。その限定はとても難しいことは分っていて、日本の雑誌や電車の中釣りにあるような小中高生のポーズをとった写真などは全て規制対象となる。映画などでもその中味は兎も角、そうしたポスターなどは街角には出せないことになるのだろう。

ここまではいつも繰り返されてきた日本での嘗ての陰毛規制とも似ているが、そうした少年少女が五十歳になるまでは時効が成立しないという。一つ目の超法規処置、もう一つは海外で例えばドイツ人がタイのパプヤビーチでよからぬ行為や写真などを写したりしたものなら、現場は何処であれ連邦共和国法で訴追されるというものである。

前者は被害の子供から大人になって独立していても、あらゆる事情で明らかにして訴追することが出来ない事情を考慮したものであろうが、時効をこれだけ延長すれば本来の時効の意味が全く省みられなくなる可能性がある。加害者にとっては憂慮しなければいけないことだろうが、そもそもこうした虐待の本質は性的であれなんであれその加害者の問題でもあることを考えれば、こういた時効の延期処置でその不幸の連鎖が止まるのかどうか?いずれにしても、こうした法案の主旨自体は理解可能としても、法的議論は当然のこと、社会文化的に見ても歪でしかない。



参照:
児童ポルノ規制の情報乱用 2014-02-17 | マスメディア批評
ぺドフィリア合法化の綱領 2013-08-14 | 文化一般
[PR]
by pfaelzerwein | 2014-09-23 22:51 | 文化一般 | Trackback

心躍らされるお知らせ

フォア・アールベルクの新聞記事がゴーグルキオスクにあった。何度も消去したアプリケーションであるが、新聞記事のサマリーが面白いと思って復活させている。その記事は、地元の管弦楽団のシーズンに約束していたマーラーツィクルスで、キリル・ペトレンコがオープニングを飾ったというものだ。ニュースヴァリューが高いのもミュンヘンの監督でバイロイトの指輪で名声を確立した指揮者がこうした地方管弦楽団を指揮する機会はもはやないと考えられているからだろう。

ヴィーンを辞めたオーストリアの指揮者ヴェルサー・メストがベルリンの音楽祭でクリーヴランドの管弦楽団を指揮して現代もので大成功しているように、超一流の指揮者ともなればその活動が限定されてくるので、あれだけの技量を示した若手指揮者の仕事も今後限定されてくるということに他ならない。

第六番の交響曲の前に「リュッケルトの歌」をフィッシャーディスカウの弟子によって女声で歌われて、その明白な発音が際立ち、「真夜中に」での管弦楽の押さえた表現が特記されている。その感じもよく分るのはこの指揮者の声楽伴奏の絶妙さを知っているからである。

しかし交響曲での魅せ方聞かせ方は知らない。ここに書いてあるように「確りした弦楽器群に名妓性のあるソロが乗って」という感じは、そのバランス感覚と共に「指輪」においても耳をそばだてたものであり、「あらゆる声部のコントラストが明晰に光を当てられたとする」感じも印象に残った技量である。そしてそうした音楽をそれほど技量の高くない管弦楽団から限られた時間で導き出す技量は驚異としかいえない。

今まで一流・超一流の指揮者の生演奏に接してきたが、これほどまでに音楽的に管弦楽を鳴らす指揮者は知らない。何か新しいことをやっているようには思えないのであるが、その指導や指揮の能力は明らかに未知のものである。これだけ管弦楽でやることは何も新しいことはないと考えられて何十年も経つが、今更ながらこうした大管弦楽体験が叶うとは思ってもいなかった。

ケント・ナガノやシャイーのエドガー・ヴァレーズのCDを流していたが、こうした大管弦楽のバランス感覚の前では彼らはまだまだ何も出来ていないようにしか思われないのである。

先日来しつこく電話を掛ける人がいると思ったら、誕生日の招待であった。シュヴァルツヴァルトのペンションの旦那である。還暦になるという。飲めや歌えの大パーティーにしたいようである。ファックスの招待状で、電話の用件が分った。慶弔のどちらがよいかということならばやはり前者に出かけてあげる方がよいので招待を受けることにした。なによりも繰り返し電話を掛けてきていたことを知っているので断るわけにはいかないだろう。片道200KMの距離もあり、飲むと帰れないので大変なのだが、その前に新しい岩場を試せたらと、計画してみよう。



参照:
意味ある大喝采の意味 2014-08-06 | 文化一般
氷雨が予想されていた日曜日 2013-01-28 | アウトドーア・環境
[PR]
by pfaelzerwein | 2014-09-22 22:38 | 雑感 | Trackback

模範的な西欧化とは

ミロスラフ・クローゼが模範的移住者としてアンゲラ・メルケルから表彰を受けたとどこかに書いてあった。まさしくこれが現在の連邦共和国移住法の問題点でもあろう。

移住者やアウトサイダーと言えば、イスラム国への支援の輪が西欧や西洋で広がっていることだろうが、詳しくは分らなくともイスラム国のアイデアは素晴らしいことであり、遅かれ早かれそのような世界が構築されることは致し方ないであろう。その過程で従来の西欧の既得権益がどのように譲渡されて行くかに掛かっている。オーストラリアで首を刎ねるような蛮刀が押収されていたが、あれをみると戦前の大日本帝国陸軍の戦犯とあまりかわりの無い連中であることも分るのである。

モスクワでいよいよウクライナへの出兵へのプーティンの巧妙な政策への反対抗議行動が行われるようになったと伝えている。民間飛行機撃墜事件の後にそうした良識のある市民の声が沸きあがるとは思っていたが、漸くロシア市民も行動を起こし出したようである。プーティンの政策が、合衆国などの覇権への抵抗としてロシアの国益に合致したものかどうかは不明であるが、少なくともEUの東進と拡大は時代の趨勢であり引きもどることは出来ない歴史的な事実に他ならない。そもそもロシアだけが非西洋であることは、合衆国がそうであるより難しいように思うがどうだろう。特に南の方にイスラムの大きな勢力は確立されれば、何らかのバランスを取らなければいけない筈だ。そうした局面の変化として、合衆国とトルコ間で核の条約などの話が進んでいるというのも一つの兆しであろう。

沢を詰めて山登りに掛かる八キロコースを走った。出だしに谷の下から上がってくる親爺三人連れにすれ違ったことで、長い距離を走るような意欲が出てきた。彼らは少なくとも同じぐらいの距離を走り続けているからである。丁度自宅から遠回りしてパン屋によって駐車場まで6KMほどなので、近回りでも往復するとそれぐらいにはなるだろう。なんと言っても沢から上まで上がるハイキング道が谷を詰めていくような道なので、プファルツの山道でも特に辛い道だと考える。

歩いても走っても殆ど所要時間が変わらないのも、この山道を走ろうと思わせない理由なのだが、歩くのと走るのではやはり運動量が異なるので、親爺の特に走りながらよくしゃべる親爺に負けられないと思って決心した。折からの小雨などで足元も悪く湿気も高いが、ここをインターヴァルと称して歩いたのではなんとなく後ろめたさもあるのだ。

沢を詰めて12分、しかし2038歩でまずまずで、山道に入る。ペースを落としながらゆっくりと登っていく。流石に歩いているよりは早いが、最初の林道の交差の所までは以前の記憶よりは大分楽に走れた。しかし、二度目の林道の前の坂で可也堪えた。汗が噴出し、足元もふらふらになりかけたが、何とかか頑張った。林道交差の上部に直ぐに倒木が見えたので、歩きに切り替えた。結局最高到達点で、33分、5000歩と、歩いているときよりも二分ほど早いだけで、歩数は増えている ― 倒木が無ければ、最後まで走って、沢から20分は可能だろうか。そして水平道から下りへとなるのだが、降りてきて55分、8350歩と、下りに23分、3350歩と復活祭時の18分、3000歩より大分遅い。如何に草臥れたかである。

兎に角、うなじまで汗びっしょりで、滴る感じであり、下るときも声が漏れたように、登りの走りがここに来て堪えていたのだ。なるほど足にも堪えているが、以前と比較すれば最後の登りの所までは問題が無かったので、鍛えようかもしれない。このコースを頻繁に走り通せるようになれば、大抵のアルプスの道は走れるような気がする。帰ってきてからの計測は、71.3KGであった。



参照:
聖週間から復活祭にかけて 2014-04-22 | 暦
記録破りの記録作り 2014-09-15 | アウトドーア・環境
[PR]
by pfaelzerwein | 2014-09-21 21:58 | 歴史・時事 | Trackback

端末管制システム構築に向けて

d0127795_2324285.jpg
相変わらずタブレット弄りである。今回は、LANの中で最後までタブレットから制御できなかったSMBサーヴァーとコミュケートする方法を探すことであった。そのサーヴァーはルーターについているUSBに嵌め込んでいる携帯型の外付けハードディスクに過ぎない。しかしこれを使いたいのは、なんと言っても消費エネルギーが少なく、殆ど無音のようなものなので、脱PCを目指してのタブレットを使ったライフスタイルと相性が良いのだ。

兎に角、PC等ではいつも行っているようにそのハードディスクは思いのままに扱えるのだが、タブレットではそれを認識できても開けられないのである。勿論パスワードなどは整備したのだが何度やっても駄目であった。そこで、フォールムなどの情報を頼りに、トータルコマンダーと称するプラグイン可能のアプリケーションを試してみる。

なるほどESエクスポーラーと称するアプリケーションよりも可能性があるが、アストロマネージャーやアンドSMBなどと同時に試してみるが結果は変わらないかと思っていると、突然ログイン出来た。そしてタブレット内を掃除して床に就こうかと思うと一度接続が切れてからまたログイン出来なくなってしまった。

結論からするとこのときにログイン出来た理由は分らないが、対処策として、PCの名前でログインすることで解決した。要するにタブレットのプロトコールではログインのための下準備が出来なかったということだろうか?トータルコマンダーと同様のゴーストコマンダーと称するものを使っていて思いついたのだが、まさにゴーストなログインの仕方である。

そもそもルーターは独テレコムが配ったものだから、同じように使おうとしている人がいて、同じように苦労しているのだが、今回の回答は見つからなかった。なるほどFTPのようにしてログインするというのも誤りではないのだろう。

もう少しプロトコルなどを勉強してみなければ分らないが、これで基本的には外出先からこのハードディスクをスマートフォンで呼び出すNAT方法も具体化したことになる。これはプライヴェートクラウドであるが、どちらにデータを置いといた方が安全かはなんともいえない。

その前にSAMBAファイルシェアリングをインストールしたが、これもUSBケーブルを使うことなくHTMLを開けることも無く、タブレットとPCのコミュニケーションが自由になるので便利である。

弄れば弄るほど便利に使えるようになるのがタブレットやスマートフォンで、なるほど熱心になって、プログラムを開発したりしているのも分るような気がする。LENOVOなどでも懸賞を出しているは当然であろう。

その後、写真の整理などの作業には、SAMBAサーヴァーの画像を並べて見たいと思い、パーフェクトヴューワーと称するアプリケーションを試してみた。ここでも問題が生じて、肝心の写真などの多いフォルダにアクセス出来ないことが分った。反面、書類などフォルダにはアクセス出来たので、それらを比較して、フォルダの中のサムネールのためのThumbs.dbが邪魔していることが分った。今後は、主にタブレット端末でこうしたデータを使うことを考えれば、このファイルが発生しないようにして、それを消すことでアクセス可能になった。まだPDFやドキュメントの処理など若干課題があるが、大分端末管制システムが構築されつつある。



参照:
明けても暮れてもタブレット 2014-09-18 | テクニック
小型外付けHDDへの期待 2010-08-12 | テクニック
[PR]
by pfaelzerwein | 2014-09-20 22:57 | テクニック | Trackback