<   2014年 10月 ( 32 )   > この月の画像一覧

写真に見る日本のピクニック

d0127795_21365077.jpg
Saar Weineさんから送ってもらった写真と、その翌日にヘリコプターで撮影した一号機カヴァー取り外しの映像を比較する。この写真を見てなんとも思わない人間は精神病院に入った方が良い。もちろんそうした人が多いから東京では毎日のように投身自殺が繰り広げられているのである。もはやそれによって都市機能は麻痺するのが日常化しているようだ。日本は確実に解体して行っている。

撮影場所が先ごろ開通した国道六号線で、即死の照射量の二号機横の鉄塔下から僅か2.5KMしか離れていない。私が走る沢沿いの片道ほどの距離だ。どんなにゆっくり走っても15分も掛からない。そして手も付けられない双葉郡大熊町長者の原が目前に広がっている。左から三つ、四号機の南側の排気塔までが並んで見えるのである。僅か標高40Mほどの崖の向こうに隠すように設置されているのが福島第一原子力発電所である。だから国道からの写真では山陰に関連の白い建屋しか見えない。

不要不急の通行を避けるようにとアナウンスしながら、この国道の交通量が増えることが謀られている。いわきから郡山への近道となるので事故前と同じようにこの経路が利用されているようである。一時間辺りの被曝量も政府によって明示されていて、徹底して自己責任が要求されている。

もちろん怖いもの見たさで各地から観光客などがここを通過するのを計算に入れているのである。間違いなく、関東平野から若者がやってきて、プルトニウムや重い放射性物質の蓄積する原っぱで弁当を広げるYOUTUBEが公開されるだろう。

なにがあろうが直ちに健康に影響が出ない限りは、政府役人なども告訴されることはないと高を括っているのである。それどころか、社会のあらゆる業務的な必然性をして、不要不急でない往来が一般化するのが見込まれているのである。

この状況こそは、大日本帝国陸軍の物資の補給無しの無謀な進軍や神風特攻隊や竹竿演習と全く同じ状況であって、日本国民の隅々までが一種の集団催眠現象でその行いの正当性を確信しているのと変わらない。そのうちに国道六号線の通過を厭う者などは意気地なしか病的な心配性と看做されるようになるに違いない。

このようにしてありとあらゆる責任は誤魔化されて、なんら失敗や被害などは省みられることなく、次の幕へと永遠に不断無く続いていくと考えるのが日本人の心理構造であり、その世界観なのである。日本人は被曝を通してより強い国民になり、日本は美しい国となりえるのだろう。なるほど学問も科学も無縁の人たちがそのように唱えているのである。

イスラムやシナ人の世界観を否定することが出来ないようにこうした日本人のそれを否定することは出来ないのかもしれないが、こうした狂気がその社会の中では社会の圧力として、人間本来の正常な感覚を破壊していることが大きな問題なのである。本能的に不快だと思われることでも家畜のように飼い慣らされることで、人間にも出来てしまう社会の構造こそが、日本社会の特徴のようである。

視線を写真の海岸線に移せば、格納容器の僅か先に海が広がっていて、その近くで殆ど核燃料が溶け出しているような廃液が流れ込んでいるのである。それでも止水できていると思う正常な感覚の人間は、この写真を見たなら、いないのは当然である。

一号機のメルトスルーした核燃料の取り出し作業が東京オリムピック開催予定時期には不可能だとようやく発表になった。それまでの間に排水は増え続けるのである。写真の防波堤などが拡散を止めていると誰も思わないであろう。もしその中に流れ込んでいるのであれば現在の観測値の値の範囲に収まらない。六ヶ所村の遥か沖にまで延びる取水口のように潮の流れの速い場所を目指して刻々と強烈な放射性物質が排出されている。これでも海水浴をしたり、危険な魚介類を食する日本人は自らを欺いているだけなのである。その日本人は同時にそうした日本の社会構造を下支えしていることを忘れてはならない。

団塊の世代の日本人は、「なぜ大人たちは帝国日本軍の侵略戦争を阻止できなかったか?」と親たちを攻めたが、今現在の全く同じことが行われていることを強く自覚すべきであり、同じように子供たちに攻められることは必然なのである。

薩摩川内原発の再稼動で明らかになったことは、体の不自由な人たちに福島であったことを反省して、はじめからマニュアルとして一箇所に集めて見捨てるという姨捨山状態が採用されている。こうしたことを許す経済力もある社会は、野蛮な社会でしかなく、断じて許してはならないと考えるのが健全な市民である。



参照:
いじめの支配構造 2014-10-30 | 歴史・時事
枚挙に暇のない杜撰さ 2014-10-23 | 歴史・時事
[PR]
by pfaelzerwein | 2014-10-31 21:35 | 歴史・時事 | Trackback

索引 2014年10月


ミュラーカトワールの楽興の時 2014-10-31 | 音
いじめの支配構造 2014-10-30 | 歴史・時事
なんと内容の濃い試飲会 2014-10-29 | 試飲百景
名人芸における本質的なもの 2014-10-28 | 文化一般
向上心は悪くは無いのだが 2014-10-27 | 文学・思想
二つの初登攀の快さ 2014-10-26 | アウトドーア・環境
ライフスタイルにそぐわない 2014-10-25 | ワイン
オネショしそうになる火柱 2014-10-24 | 生活
枚挙に暇のない杜撰さ 2014-10-23 | 歴史・時事
生の味付けのうまさ 2014-10-22 | 料理
浮浪のおばさんとの再会? 2014-10-21 | 文学・思想
体が焼けそうな花崗岩 2014-10-20 | アウトドーア・環境
窓拭きの本当の効果 2014-10-19 | 生活
ムスリムにはなれない歓喜 2014-10-18 | 料理
喜びの2013年通知簿発表 2014-10-17 | 生活
スレンダーながら多層的な23歳 2014-10-16 | ワイン
笑止千万な旧姓に拘る人々 2014-10-15 | マスメディア批評
自由選択の無い社会への警告 2014-10-14 | アウトドーア・環境
ふらふらしそうな感じ 2014-10-13 | 生活
不可逆な我々の現代環境 2014-10-12 | 歴史・時事
持続可能な環境の誕生会 2014-10-11 | アウトドーア・環境
思いがけない請求書 2014-10-10 | ワイン
いつものフェードアウト 2014-10-09 | BLOG研究
黒い森の花崗岩を吟味 2014-10-07 | アウトドーア・環境
デーヴィッド・マンローの伴奏者 2014-10-06 | 音
豪快にまどろっこしく登る 2014-10-05 | アウトドーア・環境
ノンCM情報収集の意味合い 2014-10-04 | マスメディア批評TB0,COM2
小荷物とともに届く招待状 2014-10-03 | 雑感
いってしまい勝ちな銀の楔 2014-10-02 | 生活

[PR]
by pfaelzerwein | 2014-10-31 18:35 | INDEX | Trackback

ミュラーカトワールの楽興の時

d0127795_21594551.jpg
先日試飲して購入したミュラーカトワール醸造所のオルツリースリング「ハールト」2013年を、もう一つの「ギメルディンゲン」に、続けて開けた。試飲会では、もう一つのそれのように直接的な柑橘系の酸でもなくて、まったりしたなれた酸であったのとミネラルの強さから、二番手の評価であった。しかし、オーナーの目下の愛飲リースリングであり、購入して比較してみなければいられなかった。それほどこの二種のオルツリースリングの優劣を決めるのは難しかった。だからこの二つの前で飲み比べし続けた。そうした人も少なくなかった。

食事は、豚のタタール翌日は海老中華であった。前者との絶妙な相性は間違いなかったが、生玉ねぎと半熟卵が味わいの精査を邪魔した。二日目は、酸が前面に出てきて、2013年の強い酢酸的な酸を味わった。しかし味筋は、かなり重くがっしりしているのだが、培養酵母のおかげか赤いバラの香味などが長い減衰を伴って塩辛いミネラルで終わるのは見事であった。ビュルクリン・ヴォルフ醸造所のオルツリースリングではなかなか味わえないミネラルの余韻であり、むしろレープホルツ醸造所のそれを意識させた。

ミネラルの味筋としては、ゲオルク・モスバッハー醸造所のシュティフトなどと共通しているが、その複雑さと分厚さで圧倒している。こうした比較から、この価格での提供はとても高いCPを示している。なるほど、やや技巧を感じさせる仕事振りではあるが、市場での評価として決して引けを取らないに違いない。

当日は、修理されたミュラー・カトワール家の二百年前のピアノがお披露目となった。旅行に携行できるようなティッシュクラヴィーアより大きいが、横に引いた簡易なターフェルクラヴィーアと呼ばれるものである。これまた微妙な音色であり、チェムバロ系のスピード感は無いが、ぼこぼこしたハムマークラヴィーのあのような音色ではない。モーツァルトのヴァイオリンのためのソナタではガット弦でなければ音が大きすぎて、クラヴィーアが聞き取れないほどの音量である。そう思って、モーツァルトのハムマークラヴィーアを生家で録音したまじめなシフと塩川のCDを聞いてみる。やはりバランスは同じような感じだ。こうなると先日入手した名人ツェートマイールの録音が離せない。

因みにオーナーに尋ねてみると家督相続とは言えないが少なくとも親父さんからの相続らしい。作曲を残している家系であり、当然楽器などは身近にあった筈だ。なにはともあれ、再びハールトからこうした文化的なリースリングが世に問われる意味は少なくない。



参照:
なんと内容の濃い試飲会 2014-10-29 | 試飲百景
ライフスタイルにそぐわない 2014-10-25 | ワイン
[PR]
by pfaelzerwein | 2014-10-30 22:02 | | Trackback

いじめの支配構造

福島潜行中のSaar Weineさんからメールを貰った。いよいよ福一突入に備えているようだ。今回はどうも二キロ離れた六号線を通過したようだ。ネットでは今大変話題となっている一部開通された国道で、場所によっては毎時17マイクロシーヴェルトを計測しているようである。政府も不要不急の通行をしないように呼び掛けている。しかし定期バスが運行しているようである。

矛盾するようなこうした状況も的確に中央本庁の役所で吟味された行政なのである。決して官僚たちには責任が及ばないような処置が成されている。川内原発の再稼動にも同じような責任逃れ行政がしっかりと敷かれていて、いつも裁かれるのはB級やC級の戦犯となるような社会なのである。

こうしたいじめの構造が日本社会の本質であることは良く知られているのだが、そうした社会的な構造がどこから来ているかを考えるときに、やはり明治維新や日本の近代化という時期においてそれ以前の封建的な社会観などを引き継いだのだろうと推測される。



参照:
マニュアルとか、法制化とは 2012-01-27 | 歴史・時事
情報の隠蔽も未必の故意 2011-07-01 | マスメディア批評
[PR]
by pfaelzerwein | 2014-10-29 23:01 | 歴史・時事 | Trackback

なんと内容の濃い試飲会

週明けの疲れはそれほどでもないようだ。気温摂氏一桁台の曇天の中を走る。約束の時間があるので、短く軽く流して帰路に就く。最後に頑張って走れたので汗をかいた。流石に上着は着たが、下半身はシュートパンツだった。

日曜日のミュラーカトワール醸造所での試飲会について書いておく。駐車場もいつものところに問題なく停められた。遅めに出かけたとのだが、遠方から態々訪れる顧客は減ったのかもしれない。ある顧客は2013年は悪い年度と語る人さえいる。もちろんそれは素人さんのどこかで得た通俗情報なのだ ― これだけの酸でも健康な葡萄をアウスレーゼ出来なかった醸造所が多いことを物語る。

それどころか2013年のミュラーカトワール醸造所は記念碑的な年になるのではなかろうか?相対的な評価でもあるが、この醸造所はシュヴァルツ親方の時分のようにドイツのトップクラスに再浮上したのではないかと思われる。プファルツで、五本指に入るだろう、軒並み大手が質を落としている状況では当然かもしれない。

グーツリースリングも8ユーロならば、シェーンレーバー醸造所のそれとも甲乙をつけれなくなっている。モスバッハー醸造所のそれより上手に造っている。ビュルクリンヴォルフ醸造所のそれよりも良いかもしれない。

次のオルツリースリングがまた素晴らしく。土壌の軽いギメルディンゲンの柑橘系と重い土壌のハールトの泥粉臭さが甲乙付け難いのだ。11ユーロのリースリングとして、レープホルツ醸造所のオェコノミラートがあるが、それが売り切れている現在何をこの価格に期待できるだろうか?これ以上のリースリングはあまり無いと思われる。例えばフォンブールのそれは酵母臭がひどく頭が痛くなるようなものだったが、これは大分良い。しかしレープホルツのそれは抜き出ている。天然酵母のヴァッヘンハイマーリースリングでも質は良くとも、個性ではオェコニミラートにはなかなか勝てない。

それに引き換えビュルガーガルテンは分厚くてもう一つ酸が効いていない印象を与えて、同じようにグローセスゲヴェックスも香りは豊かだが、瓶熟成の大きな可能性は感じさせなかった。これについては、先の2010年産の減酸とともにモーゼル出身の親方と話した。

「モーゼル出身の者にとっては、ドッペルザルツでの作業など日常茶飯で、肝心なのは最初のモストで処理してしまうことだ」と語るのだ。なるほどその影響が薄く、黄色く丸くならないリースリングを達成していた。

更に、リースリングのペトロール香について話題になったので、早速親方に質問してみた。咄嗟に「それはTDN」の影響と断言して、「腐りなんかよりもストレスが原因だ」と言った。これに関しては日本の人々がリースリングの特徴であって、ドイツのワインのそれだというような言い方がされるのだが、自分自身は殆ど感じたことがなく、土壌感としてぺトロール香があることぐらいしか知らない。そしてそのTDNについて調べてみるとなるほどと思った。特に海外の船便などで動かされるリースリングで発生しやすいとある。保存状況が悪いことを示すようだ。しかし今回話を振ったのは試飲会の顧客であって、そのような影響はあまりないはずなのだ。保存温度が高過ぎることもあり得る。

なぜリースリングでぺトロール香が言われるかについては明白な回答がネットにあった。それはTDNのカロチン色素が陽に焼けることで保護作用として日焼けすることにあるらしい。つまりドイツでも2003年産などはそれが顕著に出たとあるのは、実際に購入しなかったその年のグローセスゲヴぇっクスなどでは瓶熟成とともにその気配が強まっていた。

要するに、ぺトロール香というのはフィルンの一種であって我々品質の良いリースリングを楽しみたい向きにはあまり縁のないものだということになる。しかし、1970以降の温暖化で、ぺトロール香の発生はトリアーなどの調査でも明白となっている。本来ならばプファルツなどの陽射しが強い地域では水不足から日焼けするのだが、実際にはあまり経験していないのも不思議である。

もう少し推測するとプファルツのグランクリュではそれほど色が濃くつくような秋の日に照らされることなく収穫される好条件もあるのかもしれない。色付きは夏の陽の強さによるのだろうが、その時は葉が茂っているのでそれほど直射日光を受けていないのかもしれない。

兎に角、親方はモーゼル出身であり、その辺りを良く熟知していることを改めて教えられた。序に先日触れたビュルガーガルテンの塀の問題も単刀直入に聞いてみた。それほど高さがないので風の流れは問題なく、昼間に温まって夜冷えるので良いのだということだった。味筋に関しても話しておいたが、もう少し繊細さが出てほしいのは、今回のビュルガーガルテンも同様だった。

しかし、もう一つ上のヘーレンレッテンに関してはそのミネラル感とともに例年のようにあまりギスギスしない素晴らしいリースリングに仕上がっていた。それにしても我ながら、なんと濃い内容の試飲を繰り返しているのだろうかと思う。駐車場で声をかけてきたのは法律家のクライマーだった。冬の我がボールダーのことを話すと試してみたいようだった。



参照:
ライフスタイルにそぐわない 2014-10-25 | ワイン
スーパーブルゴーニュを物色 2014-03-17 | ワイン
[PR]
by pfaelzerwein | 2014-10-29 02:53 | 試飲百景 | Trackback

名人芸における本質的なもの

d0127795_19515713.jpg
夏時間終了の晩、床に入ってからYOUTUBEを観た。主に米国の往年のTVシリーズである。飽きずに見入ってしまったのはリチャード・キムブル博士の「逃亡者」である。日本語で一通り観ているに関わらず再度見せてしまう威力は恐ろしい。先ずは初期の第一シリーズを観たが、なんとなくその筋運びや設定が時代を感じさせて、他のエピソードに移った。二つ目のを完全に観てから、三つ目は思い切ってカラーになったシリーズを観ると、映像も美しいが音声が安定しているので米国語が聞き易くなっている。

今回改めて感じたのはこの長期シリーズの味噌はやはり旅ものだというのに尽きると思う。追い手を避けての逃亡の冷や冷や感はハリソン・フォードの劇場映画でもあったように思うが、知らぬ旅先の土地での出会いや別れの生活がエピソードごとに新鮮な物語となっていて、女性が出てくると「男は辛いよ」とも変わらない。もしかすると山田洋次監督のシリーズもこの辺りも意識したのだろうか。米国には特別な景観はあるだろうが、あまり地域性があるようには思わないにしても、辺鄙な場所での生活などが描かれることが多くて、それだけで一種の旅情があるのだろう。

先日の2010年のグローセスゲヴェックスに続いて、難しい過熟成の2011年物を開けた。今度は決して太くはならないレープホルツ醸造所のフォム・ブントザントシュタインである。ガンツホルンの先落としの葡萄である。2011年物が我がワイン蔵にだぶついて来ている中で今開けてもそれほど失敗の無い物と考えた。香りなどは若干分厚い感じがしたが、流石にミュラーカトワールとは異なりそれほど膨らまない、流石である。

お蔵とか書いたが、今回入手したCDはとても素晴らしい録音が並んでいる。今までも選りすぐって特売品を購入していたのだが、今回は時間を掛けた為か、本当に価値のあるCDばかりだ。CDでこれほど耳を傾けさせられたことは数少ない。お蔵にした筈のモーツァルトのライヴ録音がなるほどと思わせた。名人ツァイトマイールは意識してライヴ録音で即興性を試しているかのようである。詳しくは何度も聞いてみなければ分からないが、ライヴの傷以上にそのコンセプトの面白さに興味が向かった。記譜化されていない音楽、その名人技の音楽性、本当のモーツァルト表現に違いない。

そしてパリ音楽院で録音されたバッハのフランス組曲の交差する不協和の素晴らしさ。これほど故ホグウッドが素晴らしい演奏をするとは思わなかった。ピアノの演奏では分からないスピード感であり、レオンハルトの鍵盤では分からぬ精妙さである。ビルスマのチェロの録音もNHKのそれとは違ってしっかりとしたバスが聞かれて決して、クイケンが大きなヴィオラダガムバで演奏したものとは全く異なる。当時は際物のように思っていたあの弓使いがとても自然で名人芸ながら音楽的だ。

そして「指輪」の名曲集を聞いて吃驚してしまった。管弦楽団の方は当時のカラヤンサウンドそのものなので鈍いのだが、テンシュテット指揮の豊かな表情は家主の演奏には全く無かったもので、嘗てのフルトヴェングラーの大人の音楽では聞けなかったとても若々しく活き活きとしたまさしく作曲家が狙っていた大衆性とか恥ずかしいほどの思春期の音楽も聴かれるのだ。これは、ヴァーグナーにおけるミトスであり、今夏のカストルフの演出とそれ以上に表情の豊かでセンシビリティーのあるペトレンコ指揮のそれによって本質が提示されたものなのだ。この東独の指揮者がマーラーなどを立派に演奏したのはこうした感覚の新しさとよさにほかならないのだろう。



参照:
意味ある大喝采の意味 2014-08-06 | 文化一般
ライフスタイルにそぐわない 2014-10-25 | ワイン
[PR]
by pfaelzerwein | 2014-10-27 23:37 | 文化一般 | Trackback

向上心は悪くは無いのだが

昨日のラジオ討論会は職業訓練と学歴の話であった。一人は、高等教育バチュラーの取得とマイスター修行とどちらに価値があるかの問いに、明らかに後者であり、仕事が得られるか分からず家族を養えるだけの技量を全く約束しない中途半端な高等教育には意味が無いという回答であった。彼が言うように極東での考え方は違うかもしれないというのは、科挙制度の影響に尽きるのではないだろうか。そこでは社会構成の流動化が図られていたのだが、その弊害の方が近代においては大きくなってきているのではなかろうか。特に明治維新後の大日本帝国体制では、現在の安部政権などの連中が理想といているような、為政者その他の大衆という固定化の基礎ともなってしまっているのだ。要するに、官僚を含めた創造力どころか全く能力も無い連中こそが為政者として社会をリードするというとんでもないことの制度上の裏打ちとなっている。

番組ではそうした特殊事情が議論されていたのではないのだが、合衆国にあるような高等教育の大衆化とその経済的な意味合いが、特に金融工学のマスターなどのようにして発展して、実体の無い経済活動の裏づけとなっていることへのアンチテーゼであることは確かなのである。こうした悪循環から抜け出すためにはミニマムインカムなどの方法で、徹底的に市場の自由化と効率化で以って本来の経済や社会の実体を取り戻す必要があるということだろう。一番重要なのは自由な時間のマネージメントであるのは間違いない。それは、如何に創造性があるかが問われることであり、金銭にだけ限定されない経済性を意味するのである。

夏時間が終わって、いつもよりも一時間早く日曜の町は騒がしかった。私は時計が巻き戻される時刻まで目が覚めていたので、明るくなる頃にようやく目が覚めるのが気持ちよかった。昨年までは感じなかったのだが、今年は朝が暗く目覚めが悪い日が続いた。早く夏時間が終わってくれないかと願っていた。少々寝坊して朝を始めると、午前中に出来る仕事量が極端に減少した。だからといっても午後に多くを期待することが出来ない。今までは夕方に出かけていたボールダーも昼過ぎから準備しなければいけないが、午前中に何もかも片付けることが可能ならば快適だ。

先ごろに続いて、間をおいて八キロコースを走破した。最初から駆け通そうと思っていたので、ゆっくりと流しながらはじめたが山登りが始まる沢の奥まで12分2400歩は決して悪くない。これならば楽に峠まで走れるかと思ったが厳しかった。特に二段目の最後の登りは前回以上に辛かった。三段目の前回は倒木の迂回になっていた場所の木は切られていて、結局最高到達点まで走り通した。34分5100歩である。前回よりも僅かに遅くなっているだけだ。しかし車まで降りてきて、58分8800歩が全てを語っている。週明けの疲れ方が心配である。汗を掻いて体重を量ると71.4KGだった。



参照:
模範的な西欧化とは 2014-09-22 | 歴史・時事
親権者が行使する選挙権 2012-04-12 | 歴史・時事
ビール一杯のお駄賃 2011-12-08 | 生活
東アジアの中で日本のノーベル賞受賞者数はなぜ多いのか (電網郊外散歩道)
[PR]
by pfaelzerwein | 2014-10-26 20:57 | 文学・思想 | Trackback

二つの初登攀の快さ

d0127795_21443087.jpg
久しぶりに課題を解決した。とは言っても、既に解決したものの嵌め込まれた石が吹っ飛んでより難しい課題となったものである。三回目の挑戦で解決した。その登るラインも変わっていて、解決策を見つけるのに時間が掛かった。こうしたものが目測で早くできるようになればボールダー名人になれる。

最初の立ち位置の左右の手がかりと左足の足場以前同様で、そのまま右足を掛けてバランスをとりながら立ち上がりレーズン大の小石に左手を掛けて、右足のところに左足を持ってきて、伸び上がる。そのまま右手をはじめて使う細い石に掛けて、右足を石が外れたところに移す。そこに立って、左手を二つの石頭の間の鞍部で摩擦を掛けて固定しながら、左足を上部の鞍部のようなところに押し付けながら、右手を石頭の上に被せる。両手と左足で伸び上がって、一番上の右側の石の頭に手を掛けて、右足を小石に乗せる。左足を上部と下部の間の窪みに乗せて、登り切る。

以前は、五手ぐらいの手順であったが、今度は更に手順が増えている。理由は小石が二つも落ちてしまっているので、細かくバランスをとらないといけないからである。明らかにスカラーで一つ以上は難しくなった。更に手がかりも最初の両手の小石を除くと完全にボールダーの手掛かりになった。マグネシウム無しでは難しいだろう。更に足場も一つは初めて使われるものでコケがはいていたならば使えなかったろう。フォンテーヌブローの等級で5ぐらいだろう。

嬉しいのは何回か使っているうちに足元が良くなって、こうして新課題となったところで初登攀をしたのだが、これは繰り返されて登られても良い壁登攀課題で決して悪くは無いことだ。以前よりも良い課題になったことであり、陽射しも良い上部にあるので皆にも登ってもらいたい。少なくともボールダー初心者には十分な課題である。

初登攀に気をよくして、もう一つのプロジェクトである割れ目を訪ねた。これも素晴らしい課題で皆が登るようになれば綺麗になるので、この地域のスタンダードになると思う。今回は抜け口の上部を掃除したのだが、結局は割れ目登りを確実にすることで抜けられることが分かった。要するに手掛かりも足がかりも割れ目に求めて初めてしっかりと加重できたのである。下部の座って割れ目に入るところはまだ出来ていないが、これも何とかなるだろう。上部の初登攀は成せた。下部の座ってのスタートはオヴァーハング気味になることから手袋を購入使用かどうか考えている。所謂ファウストリスなので完全にそれにぶら下がらないと次の一手が出来ないからだ。鍵は上部がそうであったように、割れ目の外の手掛かりや足がかりを最小限度にして、割れ目にそれらを求めることでバランスが良くなることを実感・実践することにあると思われる。割れ目登攀の鍵であるようにも思った。

そして今回改めて気がついたのは、森の季節による変わり方である。二三週間前よりも森は乾いて明るくなっていたのである。落葉樹が少なくなかったからだ。これで思っていたよりも良い条件を堪能できた。なるほどボールダー小僧が言うように今が良いシーズンなのかもしれない。少し日本の冬を思い出させる按配だ。



参照:
前日のリヴェンジで片付ける 2014-05-20 | アウトドーア・環境
組織的ライフスタイルの合理 2014-09-27 | アウトドーア・環境
[PR]
by pfaelzerwein | 2014-10-25 21:45 | アウトドーア・環境 | Trackback

ライフスタイルにそぐわない

流石に寒くなった。散髪した頭ががんがんとする。朝パンを取りに行くのも億劫だ。そろそろヒーターが必要だろうか。来週、温水計測器を交換するまで我慢するかどうか?

週末の試飲会に合わせて、2010年のグローセスゲヴェックスを開けてみた。世紀の酸の強い年2010年である。本来ならばその強靭な酸で長期保存されるべきなのだが、殆どの醸造所は石灰による除酸作業で悪い年度となってしまった。石灰の混ざったリースリングはその土壌のリースリング同様角が落ちて緩々の締りのない黄色みの進んだ液体となってしまったのだ ― 例外は指を折るほども無い。

そこで、ミュラー・カトワール産のそれを開けてみた。ブリュガーガルテンの「ブロイエルインデンマウエルン」である。その字の如く壁に囲まれているために風通しが悪い筈だ。ラインガウの有名なシュタインベルガーを思い起こす。その歴史的な地所も最近まで造られていたその熱からの熟成の高い甘口リースリングから辛口のテロワーの出るリースリングへと転換した。しかし、その影響が肯定的に出るかどうかはまだ分からない。貴腐の生えない健康なぶどうを収穫するにはこうしたマイクロクリマは否定的に働くからだ。更に冷気が溜まるので霜の被害も出やすい。

つまり歴史的にどのような利点があったかも疑問である。推測されるのは、嘗てのリースリングは貴腐などお構いなくに醸造されていたのだろう。要するに現在の技術力の無いバイオワインのような臭みや汚れ感の多いワインが出来上がっていたに違いない。殆どの天然酵母発酵のリースリングがこうした回顧調の現代の我々の味覚や食生活にはそぐわないテーストとなっているからこそ多くの一流醸造所は培養酵母に拘り続けている意味があるのだ。

さて、カトワールのこれは、その香りからして若干蜂蜜香のようなものがあってあまり清潔な印象がしなかったのは事実であり、味筋もメリハリの薄い幅広の感じである。しかしそれは好みであり、味の深みと言う意味ではそれなりの成果を挙げている。除酸の影響も現時点では最小限であり、ある意味レープホルツ醸造所の2010年産より成功しているかもしれない。アルコール13.5はその分厚さとして感じられるのだが、力強さをモットーとしてワインを醸造所する現在の親方のワインとしてはまずまずである。繊細さが無いのが好みに合わない。少なくとも前任者のシュヴァルツ氏のリースリングにはそれがあった。

発注したCDが届いた。明けて失望したのはモーツァルトの全集がライヴ録音だったことで、少し音を鳴らして直ぐに聞き通すこともなくお蔵行きが決まった ― とは言いながら、ヴァイオリンとヴィオラの協奏曲のようにソロも良いが、現代の楽器では難しい表現がとても良いサウンドとなっている。ネット視聴でそれに気がつかなかったのは情けないが、そもそもこの18世紀啓蒙楽団のサウンドとその冴えない録音などがよくマッチしていたのだ。嘗てのフルート全集の録音は悪くなかったのだが、ライヴ録音となると甚だしく聞き通すだけの明白な表現が適っていない。こうしたぐずぐずした感じは、天然酵母で醸造する回顧調のワインのそれそのものなのだ。話にならない。



参照:
スレンダーながら多層的な23歳 2014-10-16 | ワイン
熟成の可能性を探る 2014-08-12 | ワイン
[PR]
by pfaelzerwein | 2014-10-24 18:33 | ワイン | Trackback

オネショしそうになる火柱

d0127795_201478.jpg
凄い火柱が上がっていた。ルートヴィヒスハーフェンの郊外のオッパウだと聞いた。所謂工場の寝床となっている二十世紀の新開地である。よって工場は殆どないはずなのだが、その火の上がり方が違っていた。上に十メートル以上の火柱が一時間ほど上がり続けていた。

消火作業で白い水蒸気が上がり始めても、再び火柱の勢いは強くなって元通りの色になる。その色合いが綺麗な灰色であり不純物ではなくて、完全燃焼している感じなのだ。つまり燃料が燃えていると思った。

そして方向と距離感から住宅密集地であり、火元はガソリンスタンドかと思った。ガスならば止めれば終わるからである。そして、ネットを見ていると思った場所よりも後方で、直線距離にして二十キロほどある。だから火柱ももっと大きかったのである。横に並ぶBASFの工場事故でもこれほど派手なことにはならない。

流石に州知事が直行したようで、大事故だった。ガス管の工事をしていたのだろう作業員が死亡して、多くの人が怪我を追い、二十件以上が潰れ、深さ五六メートルのクレーターが残ったというのは当然であろう。

火柱の割には、被害が少なかったのはその密集度にもよるだろうが、爆発が溜まったガスが少なく規模が小さかったからだろう。それにしても元栓を占めるのに時間が掛かっていたのは理解できない。近くを通る路面電車も火が回って運行停止になったらしい。

とにかく、双眼鏡で覗いていても、恐ろしいぐらいの火柱だった。今晩、オネショしそうである。



参照:
ダイオードに右往左往する 2014-05-08 | テクニック
自由民主主義への忠誠 2008-03-14 | マスメディア批評
石油発掘場のアナ雪の歌 2014-07-30 | 音
[PR]
by pfaelzerwein | 2014-10-24 02:01 | 生活 | Trackback