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索引 2015年2月


皆目わからない感じ 2015-02-28 | 生活
絶頂の響きの経済性 2015-02-27 | 文化一般
専門的見地での市場淘汰 2015-02-26 | 雑感
今後の動機付けに一考 2015-02-25 | アウトドーア・環境
束の間の万事休す 2015-02-24 | 生活 TB0,COM2
デモ参加者肖像の色眼鏡 2015-02-23 | 雑感
同一化批判の新ドイツ人 2015-02-22 | 歴史・時事
靴が汚れるだけのコロニー 2015-02-21 | 生活
詰め込み過ぎで増えるもの 2015-02-20 | 生活
求めるフリーライドの醍醐味 2015-02-19 | アウトドーア・環境
底支えする輝く豊かさ 2015-02-18 | 雑感
道具に拘ってみたい動き 2015-02-17 | アウトドーア・環境
板についての試行錯誤 2015-02-16 | アウトドーア・環境
陽だまりの冬山の鞍部 2015-02-15 | アウトドーア・環境
刺激するための方策 2015-02-14 | 生活
思い通りにならない歯痒さ 2015-02-13 | アウトドーア・環境
技術的な面も消化しておく 2015-02-12 | アウトドーア・環境
日中気温が上がって来て 2015-02-11 | 暦
凍りついた黒い森の風景 2015-02-10 | アウトドーア・環境
冷戦は過去であり続けるか 2015-02-09 | 歴史・時事
滑り降りるぞくぞく感 2015-02-08 | アウトドーア・環境
二十世紀中盤の音響化 2015-02-07 | 音
行進曲、闘争そして歓喜 2015-02-06 | 文化一般
「火炙り」や「尊師の説教」など 2015-02-05 | 歴史・時事
スキーツアー事始めの眠り 2015-02-04 | アウトドーア・環境
風に吹かれて喉が痛む 2015-02-03 | 生活
安全保障上去勢された日本 2015-02-02 | マスメディア批評
歴としたシナ製を愛用する 2015-02-01 | 雑感

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by pfaelzerwein | 2015-02-28 23:57 | INDEX | Trackback

皆目わからない感じ

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金曜日は先週に続いて民間の室内壁に行った。長いのを幾つか登ったが、どうも縦にルートづくりをしているだけで、その手掛かりが遠いか傾いているかだけでのルート作りをしている。要するに身長があって力があれば誰でも登れるようになっている。それでも中には手掛かりや左右の振りが上手く行っているものがあるが、基本的には技術難易度への配慮が素人の作りになっている。多くの民間経営の室内壁は似たり寄ったりかもしれない。その点、クライミングセンターの作りは競技会向けの配慮があって、技術的な設定が正しい。身体ならしであると同時につまらない室内壁で怪我をするのは嫌なのでそこではトップロープで体を動かすことに集中している。

だからそれほど疲れた訳でもないが、最初から最後までもう一つ調子が乗らなかった。木曜日に峠まで駆け上がり、ある程度戻って来たかと思ったが、もう一つ冴えないのだ。やはり気管支などがムズムズする感じが変わらないので、体調が今一つということだろう。流石に頭痛は無くなってきたが、ふと体温調整が上手くいかないときがあるので、神経系がもう一つ上手く作動していないような感じがする。やはり風邪引き中に無理してスキーツアーした後遺症なのだろう。

ガレージに向かうと昨晩まで気が付かなかった傷が入っている。他のガレージの同じようなところにも同じような傷が入っている。鍵穴に近いところなので専門家の侵入痕かとも思うが、分からない。小動物が取っ手に乗っかって歯を磨いたのかとも思うが違う戸の同じような場所には傷はなかった。

兎に角、六つの扉の証拠写真を撮った。先ずは管理組合の請負会社に送って、確認して貰おう。車に関しては鍵をして普通に停めておけば盗まれることはない。また盗む価値のあるほどのものもそれ程カレージにはないだろう。また本気で抉じ開けるつもりならば、これほどマメなことをしないでよい筈だ。いたずらならばもう少しやり方があるだろう。皆目この傷の意味が分からない。先日ラディオで聞いた。隣の州バーデンヴュルテムベルクでは空き巣などが増えているということだった。



参照:
世界最古のガレージ 2005-07-09 | 歴史・時事
裏のある情報の扱い方 2011-11-03 | 生活
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by pfaelzerwein | 2015-02-28 22:47 | 生活 | Trackback

絶頂の響きの経済性

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ストラディヴァリウスの話題が火曜日の新聞に載っていた。有名ヴァイオリニストペーター・ツィンマーマンが借りている楽器を返還するというものだ。2003年からの借用ということで、その後に日本などでも成功していることを見ると、嘗ての細身の録音のあるモーツァルト演奏家のような音から、この楽器によってレパートリーを広げていたのかもしれない。その後の録音も何も聴いたことがないので判断は下せないが、安売りの録音があったら確かめてみたい。

楽器は、1711年クレモナ産の「レディ・アンチカン」と呼ばれるものでクライスラーが弾いていたもののようだ。1710年のストラヴィヴァリウスは触ったことがあるが、恐らく少し枯れ気味でそれほど強い音の楽器ではないだろう。しかしムターが使用している「ロードダンラーヴェウン」のはそれより二つほど前のもののようなのでなんとも結論付けられない。

持ち主に返還するということで、リーマンショックによって負債を抱えた州立銀行の管財銀行との交渉となったようだが、スポンサー契約時の5.8ミリオンユーロに税に付加価値税が上乗せされるので、市場価格とされる4.9ミリオンとは大きな差があり、優先の販売交渉が成り立たなかったようである。

もちろん世界的に有名な音楽家であり、この楽器でたとえばクライスラーのようなもしくはアンドレ・リュウのようなギャラが稼げるならば話は違うのだろうが、それほどではなかったということであるのかもしれない。余分に一億円を払うぐらいの篤志家は日本にならいるのかもしれないが、厳密に経済価値を考えるとドイツでは誰もいなかったということなのだろう。今週末まではヴァイオリニストに優先権があるというので、日本の愛好者が支援しないのだろうか?

演奏家の判断としてこの楽器で、レパートリーが格段に広がって、今までなら難しかった協奏曲を大ホールで響かすというほどの名機ではなかったのかもしれない。政治的にもデュッセルドルフの州議会が、この楽器に限らず数々の名画などの売却による管財に用意に妥協案を出すのは難しいとしている。このようなところにもリーマンショックの影響が出ているのだ。

二月になって初めて峠まで走った。買い物の帰りに走ったのだ。スーパーでも胸がつかえた感じで炎症感は治まっていなかったので、ゆっくりと走り出した。峠までたどり着けるかどうか不安だったが、大体の標高差などを先日のスキーツアーの感じに重ね合わせて抑えて走った。逆にスキーツアーなどでは、大体の標高差をいつも走るコースのそれに重ね合わせていたのだ。そうすることで、抑えた感じである程度の標高差をものにしてしまう目安と自信に繋がるのである。そのテムポから大体24分を目安にして走ったが、後半で勢いが出てきたのでその目標は達成できる目星も付いてきた。そして、スキーツアーでもやったようにゴールが見え出したところで吹かしてみる。スローイン、クイックアウトが最近は身についてきた。競技でない限りこれが一番走り込める。峠に着くと3310歩21分だった。過去の記録を見る歩数が可也多めだが、タイムは標準タイムである。下ってきて、5577歩35分も悪くはない。走った時刻にもよるが、この体調でよく走れるようになっている。シャワーを浴びて体重を量ると71.6KGだった。もう少し体を絞れば絶頂に至ると思う。


写真:1710年「キングジョージ」



参照:
最後の四半期の落穂拾い 2011-10-09 | 暦
女手で披露する音楽文化 2013-05-18 | 女
ライク・ノー・アザー 2006-04-05 | マスメディア批評
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by pfaelzerwein | 2015-02-27 04:02 | 文化一般 | Trackback

専門的見地での市場淘汰

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暖かくなった。今年初めて春らしい陽気に包まれた。まだまだ肌寒く、ボールダリングに出かけるのは体調不十分だったが、この陽気ならばまた本格的に再開できる。来週三月には樽試飲会も開かれるので、そのような時期になってきた。週末に開けたフォンブール醸造所のウンゲホイヤーは致し方なかった。新しい体制の最初のワインだが、話に聞いていた通り、糖を残さずに辛口醸造しようとして無理に酵母をつぎ込んでいる。酵母臭で頭が浮腫んでしまう。やろうとしていることは、糖を残さずに辛口醸造することだけで、そのやり口が子供っぽい。恐らくこの親方では全く期待できない。ダイデスハイムからまともな醸造所が無くなったとする考え方は今後浸透していくことであろう。観光地であることを考えると、当地の将来性には暗澹たるものがある。宜しい、近辺まで足を延ばせば幾らでも良い地所もあり、秀逸な醸造所は存在する。なにも観光地にワインを求める必要などはないのである。ダイデスハイムの地所はそれほど悪いものではないが、価値ある地所ランゲンモルゲン、ホーヘンモルゲン、カルクオーフェン、キーゼルベルクなどはダイデスハイム以外の醸造所もよい葡萄を作っているので問題ない。

市場には商品が溢れている。自由な競争がある限りは、安くて良いものから高くて悪いものまでの全てが市場にある。ネットショッピングが拡大して、中間業者の選択や流通の良し悪しとは別のところで、消費者の需要がそのまま市場の動向に反映して、悪くて高いものなどが淘汰するのも早くなっているに違いない。更にネットで購買者の満足度などが表明されてその意見が購買時の貴重な判断材料となると、嘗てのように消費者の趣味や趣向経済力などとはまた異なった商品の価値について客観的な評価がされれやすいようになってきている。

一例として、二回目のスキーツアーに購入したマムートのウィンドーストッパー「アストロ」であるが、ソフトシェルとしては以前使っていた同種の物よりも指の濡れがなく、雪の上でも十分に使用できることは確認した。要するに全然悪くはないのである。価格はシナ製としては高価な35ユーロであったが、その価値はあるだろう。しかし誰かが書いていたように強風に吹かれるとつまりマイナス二ケタほどになると指が凍りだした。限界があるということだが、使い道が十分にある手袋だった。アルプスに出かける時にはいつも欠かせない。

同じようにリースリングなども愛好者にとっては、好き嫌いの問題ではなく、価値のあるなししか問題にならないのである。その価格の価値があるかどうかは、適正価格がつけられているかどうかであり、質の悪いものは幾ら価格を下げても一般の消費者は購入しないのだ。要するに淘汰されていくだけなのである。そこではたとえ嗜好品であろうともゲテモノ好きなどの趣向などは全く意味を持たないのである。要するに、専門的な見地を踏まえての価値判断が市場の動向となる。



参照:
滑り降りるぞくぞく感 2015-02-08 | アウトドーア・環境
歴としたシナ製を愛用する 2015-02-01 | 雑感
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by pfaelzerwein | 2015-02-26 04:33 | 雑感 | Trackback

今後の動機付けに一考

二月になって初めて本格的に走った。五キロ近く走るのは初めてなのだ。ジョギングテムポでゆっくり流しただけなのだが、久しぶりに汗を掻いた。往路13分2218歩、往復27分4400歩だからそれほど遅い訳ではないが、走った感じはよたよたとした感覚だった。腰に張りがあるのは変わらないが、胸も重くなって、特に右胸などに違和感があったりする。軽い気管支炎を起こしていたのかもしれない。

スキーの締め具の情報などを読んでいると、競技では標高差千メートルを40分登り切るらしい。一時間ならば可能だが、500mで30分でも結構な目標なので、この数字は難しいと感じる。四日間ぐらいの行動で、十分な速度と持久力に関しては現在のトレーニング方法で十分だと感じた。標高差千メートル一時間である。この速度以上はどのような形であっても厳しいと考える。

シャワーを浴びて体重を量ると70.6KGだった。月曜日は一滴もアルコールを取らなかった。食事を減らしているお蔭であろう。絶食の時期であり、この機会に何か食事療法をやってみたいと考える。運動量を上げるとどうしても食事量も増えて体重も上がるが、このバランスを取りたいのである。

調べてみると2010年の秋にローヴァのシューズを購入している。それ以前はまだヴァンデルングをしているぐらいなので、本格的な走りとはなっていなかったのである。本格的に走るようになってから四年ぐらいしか経っていない。それでも、その間に靴が新しくなったりしたが、大分速度が上がった。特に登りの速度は比較にならないほど早くなったのである。体調も体力も向上した。この先四年ぐらいの計画を練る必要があるのだ。

先日のスキーツアーにクライミング強化センターで競技会の世話などをしている小さなおばさんが参加していた。スキーの実力はピステスキーヤーの域を一切抜きん出ていなかったが、登る速度は速かった。聞いてみると、昨年の夏にはロシアの最高峰などを登ってきているのである。その行動食の残りを持っていた。小柄であるから後を付いていくとピッチはとても短いのだがテムポが可成り早い。鍛え抜かれているのは一目瞭然で、終始登りは強かった。

高所登山に出かける予定はないのだが、せめて海抜五千メートルぐらいまでは自由に動きたいと思うのだ。現在の走る標高差が五百メートルまでなので、これが千メートルとなれば効果的なトレーニングとなるのだが、一度降りてからもう一度登り直すとなると大分厳しい。手軽に可能なのは五百メートルのスピードアップをすることぐらいなのだが、これはこれで心肺系への負担が大きい。



参照:
トレイルランニングに使える靴 2010-10-29 | アウトドーア・環境
詰め込み過ぎで増えるもの 2015-02-20 | 生活
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by pfaelzerwein | 2015-02-25 03:16 | アウトドーア・環境 | Trackback

束の間の万事休す

もう一つ体調が戻らない。世間で流行の感冒と疲れの二つが相まって、まだ本格的に走り出していない。雨が降っていればそれで万事休すだ。週末に開けたザールの2013年産リースリングは秀逸だった。ファンフォルクセム醸造所は難しい収穫をして、その貴腐故に多くの辛口の本格的なグラングリュを諦めて、従来の甘口でお茶を濁した。それでもそこまで熟成させないアルテレーベンなどの葡萄は健康で、そして透明度の高い素晴らしいリースリングとなった。今後をたいへん期待させる秀逸な辛口である。そのミネラル風味とやや鋭い酸にこの年特有のスパイシーさが格別だ。これならば上位のグランクリュも全く心配が要らない。

スキー板を引き続き研究している。先ずは借りて使ったスキーの形状などを調べているが、一度目のレディースが102/75/114 15mで尻が張っている印象は滑りにもあった。それでも二度目の105/70/95 17mに比較すると長さも5CM短いがカーヴィンが効いた。但し先が膨らんでいるのにも拘らず十分に前に乗れなかった印象があって、積極的な滑りは出来なかった。後者が重い雪に先を取られてしまったのは浮きが十分でない割には突っ込ませて滑れたからである。印象からすると靴の下の幅は75CMで十分だと思うが、なかなか細身のものは見つからない。

ハーフパイプから来たらしい足元が浮き上がらないロッカースキーというのがツアースキーでは多く用いられていて、先端が雪面に接触するティップロッカーとテールも接触するテールロッカーもしくはフルロッカーがあるようだ。先端を雪に取られないためには浮きやすいティップロッカーの方が良さそうで、そしてある程度先端の幅が広がっていると、カーヴィングに入りやすいようだ。二度目の板ではその態勢に入る前に雪に刺さってしまったのでそれが避けられると良い。しかしあまり簡単にカーヴィングに入ると、最後まで板をしごく感じで抜いてやらないといけないので運動量が増えるようだ。ピステではそのような板を借りたことがあるが、ツアースキーの場合はそれほどの張りはないから大丈夫だろう。テールロッカーに関しては、これが効くと箒をまたいで馬遊びするような尻が付きっぱなしの怠い滑りになる感じもある。女性の滑り方によく見られるものだが、これの抜けが良くないと爽快感が得られない。特にパウダーからの抜きは可成り板の速度を上げないと得られないので、このテールロッカーには否定的な印象がある。しかしツアースキーの板はフルロッカーが主力である。

沖縄に緊張が走っている。刑事特別法違反で基地建設反対派のリーダーが米軍に拘束されたようで、所謂日米の地位協定やらの特別な法の運用となっていることから、日本中を震撼するもしくは世界の政治情勢を左右する問題となってもおかしくない。ギリシャ問題程度のマグネチュードではない筈だ。印象からすると独裁政権の官邸が米軍と謀ったものだろう。安倍政権は、どこかで保守層や富裕層をも切り捨て、企業体にも支配権を及ぼすことで、社会的な弱者層の支持を集めるようになると予想されている。相続税や贈与税の強化から、対脱税などの強化に乗り出すことで、国家社会主義的なテロ政治を行うようになる機会を整えているに違いない。日本において初めてのファシスト政権の誕生が迫っているようだ。



参照:
デモ参加者肖像の色眼鏡 2015-02-23 | 雑感
一言、独裁者安倍晋三に 2015-01-31 | マスメディア批評
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by pfaelzerwein | 2015-02-24 05:07 | 生活 | Trackback

デモ参加者肖像の色眼鏡

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土曜日に車中ラディオは最高裁判決らしきを伝えていた。デモ参加者の肖像権の問題である。今や世界中どこでも隠しカメラ天国となっているが、公安上撮影しているとされる人物を特定できるような映像は憲法に反するということだ。理由はそれによってデモンストレーションに参加する人を委縮させたりして、自由な行動を妨げるからだとなる。日本などでも話題になっている問題なのでとても興味深い。

金曜日には久しぶりに室内で登った。いつものドイツのクライミング研修センターではなくて、民間のそこに通っている仲間を訪ねてのことだ。お目当て一人のスポーツ医者は風邪かなんかで不在だった。彼にはスキーの事を伝えたかったのである。兎に角まだ腰に張りがとれない、だから本格的には走れない。太ももにも疲れがある。これは不思議で、普段から十分鍛えてあるはずだが、どうも空気椅子のような姿勢に慣れていないからかもしれない。やはり運動の質によって使われる筋肉が大分違うという分かり切ったことでしかないのだろう。

IWJの岩上氏が倒れたようだ。2011年3月11日以降の活躍は凄まじいもので、そのプロフェッショナルな編集傾向の如何に拘わらず市民メディアポータルとして画期的なものであり、それを実践してきたのである。早期の復帰を期待すると同時に、多くの働き盛りの人々が休暇を取れないまま働き続けていることを考えれば、纏まった休暇を必要性を示している事例のように思われれる。経済的にも余裕がないと、なかなか休暇も取れないというのが事実で、一時は労働者の休暇の延長とともにその費用の捻出が話題となった。それが最も難しいのが自営業の世界で、休んでいる暇がないという場合が多い。先日、新聞に載っていたが、ドイツ経済を支える中小企業の中でも従業員を雇えない会社の多くの収入状態はとても悪いということである。

二回目のスキーツアーに行く前にアウトドーア用の眼鏡枠が壊れていることに気が付いた。十年ほど前のものである。そこが折れればお終いなので、瞬間接着剤でくっ付けて誤魔化した。その代り十五年以上前のもう一つ古い眼鏡らしきものを予備にもっていった。それでも心配なのはこの眼鏡のレンズが十分な紫外線カットになっているかどうか記憶がないからである。どこかにカードがある筈だが、特定出来そうにないので眼鏡屋に持ち込むことにする。兎に角、壊れた眼鏡はレンズもぼろぼろでどうしようもなかった。近視レンズは車を運転出来ないでも紫外線さえ十分にカットしてくれれば通常のアウトドーア活動には問題が無い筈だ。これだけ運動の日数が多いと専用のものが絶対必要になる。



参照:
冷戦は過去であり続けるか 2015-02-09 | 歴史・時事
同一化批判の新ドイツ人 2015-02-22 | 歴史・時事
パラドックスの近代社会解析 2015-01-23 | 歴史・時事
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by pfaelzerwein | 2015-02-23 01:20 | 雑感 | Trackback

同一化批判の新ドイツ人

棲み分けの話を書いた。それは外国人排斥になるとか、マルチカルチャー社会の多様性に反するとか、社会は基本文化を持ちべきだとかではない、しかしそこに密に係わってくる。

先日オーストリア人と山小屋で長い夜を過ごしていると、私が持参した新聞を熱心に読んでいた。一般的に高級紙の見出しを見ただけでそれ以上は関心を持たない人が多いのだ。そして、そのあとPEGIDAやEUの東方拡大の話をしてみた。彼に言わせるとPEGIDAには可成りの抵抗を持っているようで殆どカウンター的な心情だったようだ。ポピュリズムであることは議論の余地がない。序にハイダー博士当時のケルンテンなどの話をしたのだが、ドレスデンなどの特殊事情をそこに重ね合わせたことは分かってくれたのではなかろうか。東方拡大にも可成りの懐疑を持っていて、彼のEU賛歌というのはそれ故にある境界線を持つことになる。

相対的に見て、こうした高級紙へと目が向くことも、彼自身がドイツ国籍を持たないながらも移民していることであり、家族なども欧州全体に亘っていることから当然の立場であると思った。要するにコスモポリタン性は自らの環境にも大きく係わっていて、やはりそうした移民の背景を持つ者と持たないものでは異なるということでもあろう。

まさしく、最近使われる「新しいドイツ人」と呼ばれる移民を背景とするドイツ人とそうではないドイツ人との区別自体が問題であるとする我々の見解と、「同化政策」を取り続けた連邦共和国の移民への在り方を「同一化」と批判する主にモスリムの考え方がここでも問題となる。

前者の問題点は、連邦共和国市民としての基本的人権やその立場に関して二種類の区別がなされるとする連邦共和国市民権の質の低下とそこに差異があってはならないとする憲法に違反するということである。だから新旧の差異があってはならないのである。これは、就職の際の採用の問題などに関わるのでその差異を認めるとすれば男女機会均等と同じように人口比率でそれだけのトルコ系人などを役所や大企業で採用する必要が生じて来る。

後者の問題点は、イスラムの教えを今以上に連邦共和国でも尊重することになり、モスクから流されるコーランと教会の鐘の問題が頻繁に議論されるような社会になり、社会の中でイスラム化が進むことを意味するのである。その点からは東方拡大では大きな問題は生じない筈なのだが、イスラム主義の場合はあまりにも近代的な社会観に反するからとても問題になるのである。

ヨハネス・ラウ大統領は、同じ屋根の下でカレーの匂いがしたりしてというようにマルチカルチャー社会を形容していたが、そうした他者の「不気味な感情や生活臭」に対して寛容を自らの環境としてどこまで受け入れられるのかどうか。



参照:
靴が汚れるだけのコロニー 2015-02-21 | 生活
冷戦は過去であり続けるか 2015-02-09 | 歴史・時事
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by pfaelzerwein | 2015-02-22 03:04 | 歴史・時事 | Trackback

靴が汚れるだけのコロニー

水曜日にマンハイムに赴いた。町の中心の地下駐車場に車を停めて敢えて裏通りを歩いた。マンハイムであろうがフランクフルトであろうが、大都市を歩くことなど一年に一度ぐらいしかない。買い物はネットでより良いものをより安く探すことができ、用件は先方の近くに駐車して、街をぶらぶらすることなどはないのである。

もし日本に住んでいても神戸の街を歩いたり、東京を歩いたりしているかどうか疑問である。仕事で目的地に立ち寄る以外はどうだろうか。勿論日本でならば四輪でなく二輪車を使っているかもしれない。それでも靴を汚ごすだけに町を歩き回るなどはもはや考えられないのである。

それでも裏町を歩くと、連邦共和国の真実が見える。トルコ系の店の並びのクルドを掲げた店に人々が屯していて、その近くのアジアショップにはキッコッーマンなどが並んでいる。我々からすると異文化であり、我々のライフスタイルとは一切接触点がない。

日本では、民族や人種で棲み分けをするべきだという大新聞のコラムが話題になったようだ。そのようなことは論じないでも、こうして棲み分けがなされているのが連邦共和国である。道路が汚いと思えば間違いなく外国人出稼ぎ労働者の居住区であり、市も他の区画ほどには清掃もしないのだろう。要するにスラム化しているのだ。ドイツの大都市ではトルコ語が標準語と言われる所以なのだ。

トルコ人やクルド人と接することはあっても個人的な付き合いはない。当然のことで、共通した生活基盤がないからである。同じように合衆国の軍属の済まない地域を最初から探していたので米国人との付き合いも限られている。ワイン街道周辺では、ポーランド人を中心にイタリア人とギリシャ人が外国人の主力である。なるほどトルコ人やクルド人などは居ないことはないのだが、都心のような大きなコロニーは存在していない。

東欧出身者やムスリムなどがドイツでは住居を借りる場合苦労することはよく知られている。前者などは札束を積んで大家と交渉するなどの話を聞いたことがある。要するに雇用主の給与証明などが出せないので現ナマを積むというのである。そうすることで余計に信用を無くすということだ。半年後一年後のことは分からないからだ。棲み分けと呼べば聞こえが良いが、そこには明かな社会的落差があることは事実であり、容易には埋まらないものなのである。

昨年の暮れに歩いたミュンヘンは決して悪くはなかった。私がベルリンなどとは違って、街を歩いてもそれほど違和感を覚えない文化がそこにあるからで、そうした外国人のコロニーを包み込んでいるやはり保守的な分厚い街柄がそこにあるからだろう。



参照:
不可逆な我々の現代環境 2014-10-12 | 歴史・時事
自由民主主義への忠誠 2008-03-14 | マスメディア批評
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by pfaelzerwein | 2015-02-21 06:30 | 生活 | Trackback

求めるフリーライドの醍醐味

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今回のスキーツアーのリーダーはその出身地が示すようにスキー畠の人だった。だから個人的には物足りなさがあったのも事実である。滑りに関して褒められるのは嬉しいのだが、何でもに頂上まで上がることへの拘りは欲しいのだ。ないものねだりになるので、それ以上は期待しない方が良いのだが、自分自身の方向としてはフリーライドであるので、どうしても頂上に出ることで開ける展望があるのだ。そもそも歩いて山を登ることの嫌いなクライマーとして十代からやって来て、そうした嫌いでスキーツアーを今頃になって始めることになったのである。だから所謂ピークハンターとは異なるのだが、岩登りにおいても頂上へと抜け出る醍醐味は格別なのである。

スキーツアーにおいては同じように頂上へ抜け出ることもあるが、それ以上に頂上から滑り降りることはもっと格別なのだ。そこからフリーライドが始まると言っても間違いではなかろう。つまり滑降に重きを置いても頂上からの滑降に興味があるのだ。当然ながら、そこから広尾根を滑り降りるのではなくて、最も素晴らしいのは頂上からクロワールを滑り降りることである。当然岩と岩の小尾根にぶつからない様に滑り降りなければいけない。それが醍醐味である。勿論パウダースノーの喜びは岩などが出ていない方が良いのだが、フリーライドの面白さは斜面や雪質の多様さなどにあるのだ。

最初のツアースキーのリーダーは総合的な登山の技量を身につけているので、その点は今後とも楽しめるのだが、二回目のリーダーは限定的となる。しかし本格的なフリーライドとなると、用具選定だけでなく独自の練習をしていかなければいけないと感じる。一度目はヘルメットを持参したが結局それを被って滑ることはなかった。二度目は小屋への荷揚げを考えて持参しなかった。最悪の場合は岩に激突したり転落することも考慮した装備などを考えるべきだと感じた。

しかしツアースキーの最大の危険性は雪崩であることは変わりなく、場所によってはエアーバックなども必要になるに違いない。それでも基本はあまり危険な斜面に乗り入れないことであろう。装備に関しては、借りるスコップが重いので出来れば、ゾンデと超軽量これは安い物であるから購入してもよいかと考える。ピッケルにつけるタイプのものなど調べてみる価値がありそうだ。

スキー靴を乾かして、再び中敷きを元に戻した。二日目、三日目と右足の土踏まずの前に靴下が撚っているような当たりがあった。降りてきてから、靴を脱いでチェックしても靴下が撚っているようなことはなかった。どうも初日に乾かすために中敷きを出して、それを戻したときに正確に敷き直していなかったようだ。四日目には入れ直すと、そのような辺りはなかった。文句を言わなければいけないと思っていたぐらいだが、よくあることである。中敷きが少しずれているだけで当たりが全く変わるのは厳密に熱形成しているからだ。

まだまだ完全に使いこなしていないが、少なくとも横サイドの支えは全く問題ないようで、完全にカーヴイン対応の靴である。逆に昔風のアルペンの滑り方を忘れてしまって、長い下降路などでどうしたらテールを擦りながらグライド出来るかと試してみなければいけなかった。爪先のコントロール感は十分あるのだが、昔のアルペンの板のコントロール感の捩じる感じではなくて、寧ろスキー先端の挙動に関わるだろうか?



参照:
滑り降りるぞくぞく感 2015-02-08 | アウトドーア・環境
道具に拘ってみたい動き 2015-02-17 | アウトドーア・環境
陽だまりの冬山の鞍部 2015-02-17 | アウトドーア・環境
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by pfaelzerwein | 2015-02-19 19:42 | アウトドーア・環境 | Trackback