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初めてのスキンを装着して

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スキーのシールが手に入った。最初に発注したものは送り返した。理由は、配達遅滞の知らせを受けてキャンセルしたからで、送料5ユーロだけ高いものを発注したからだ。そして調べてみると、2014年モデルとしてあるものは足元が少しだけ幅広くなっていたのに気が付いた。後で発注したものを比較すると明らかで、個体差ほどだが2015年モデルは細くなっているようで、2014年モデルのシールではエッジが隠れないぐらいになっている。いざの時エッジを掛けたいときにはその違いは出るだろうか、更にエッジが引っかからないぐらいに雪を切ってくれる方が雪のシュプールが壊れない。偶々の二度発注だったが比較する価値があった。もし遅滞知らせが無かったならば送り返してはいなかっただろう。そして一緒に送り返した雪崩救助用のスコップも軽いのは良かったのだが、ちゃち過ぎた。非常用に一度だけ使うにしても竿を組み立てる球が凍り付いたら中々戻せないか壊れてしまうであろう。20ユーロの価格で何回も使えない代物だ。

さて、シールはK2社のためにスイスでバックサイドと称するブランドで製造されている今時珍しいメードインスイスである。家内工業のような仕事が残っているのがスイスの工業である。留め金は穴に差し込むタイプで今まで使ったことはないが、十分に張力は掛けられそうで、少々板面が凍りだしても何とかなるだろう。シールつまりクライミングスキンもしくはシュタイクフェレ、ペアーズアッセンションのモヘア―交じりのナイロンの毛並みは良さそうで、新しいこともありブレーキがよく効くだろう。金具部分を付ける糸に縺れがあったが、瞬間接着剤で固めて短く解れを切っておいた。

子供の時から分からなかったのがこのシールと呼ばれる存在で、自分自身が山登りに打ち込むころには山スキーとクライミングは全く別のジャンルになってしまっていた。しかし、日本でも昭和の始め頃は山スキーは登山の一部だったので昔の山の随筆などを読むと必ず出てくるのがこのシールだった。アザラシの皮を使っていたころだろう。そして今は合成繊維が使われていて、軽くて凍り難い。

そして分からなかったことがなぜこれを着けると斜面を登れるようになるかで、同時に滑るのかが分からなかった。特に現行の製品ではその毛並みが綺麗に整えられているので、前にはいくらかは滑るようになっていて、後ろにはブレーキが利くようになっている。それをシールの裏面に付いている合成接着剤でスキーの板に張り付けるだけである。滑降するときにそれを外せば僅かな時間で何時間もかけて登って来た高度をフリーライドで滑り降りれるのである。

つまり、シールは山スキーの醍醐味である処女斜面を大滑降するには無用で、リュックサックに仕舞い込むのだが、登りに軽く上手にブレーキが効いてくれることで無駄な力を使わずに急斜面を登ことが出来るのである。山スキーには無くてはならないアイテムなのだ。

今なぜ再び山スキーが、南極探検などや冬の大岩壁へのアプローチなどででなくとも、冬山においてはなくてはならない活動としてトレンドになったかは、そのスキー靴の改良、締め具の改良、板やシールの軽量化で、嘗てでは考えられないスピードで雪山を移動できる必須の道具になったからである。スピードからするとトレイルランニングと比較できるようになってきているからである。



参照:
滑り降りるぞくぞく感 2015-02-08 | アウトドーア・環境
道具に拘ってみたい動き 2015-02-17 | アウトドーア・環境
降誕祭贈答品の装着 2015-12-26 | アウトドーア・環境
これからの予定に備えて 2016-01-28 | 生活
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by pfaelzerwein | 2016-01-31 19:52 | アウトドーア・環境 | Trackback

索引 2016年1月


居間の壁を破られる 2016-01-30 | 生活
次世代の醸造のための経営 2016-01-29 | ワイン
これからの予定に備えて 2016-01-28 | 生活
エアーが入ったかエンジンに 2016-01-27 | テクニック
カラカラの状態の結果 2016-01-26 | 生活
滋養強壮したい週末 2016-01-25 | 生活
冷え切った雰囲気の実測 2016-01-24 | 雑
太陽の恵みを謳歌する時 2016-01-23 | ワイン
ロバート・スコットの南極 2016-01-22 | 文化一般
凍てつく澄んだ空気の蕾群 2016-01-21 | 暦
放射能安全デマの危うさ 2016-01-20 | アウトドーア・環境
百聞は一見にしかずか 2016-01-19 | 生活
不可逆な無常の劇空間 2016-01-18 | 文化一般
聴覚では不可能な無理難題 2016-01-17 | 文化一般
黄林檎の香りのゲリュンペル 2016-01-16 | ワイン TB0,COM2
きっとアームストロング 2016-01-15 | 音
過剰反応の醜聞報道 2016-01-14 | マスメディア批評
触る程度では必ずしも 2016-01-13 | 雑感
お通夜のような顔ぶれの様 2016-01-12 | マスメディア批評
瓜坊とタコ親爺にビックリ 2016-01-11 | アウトドーア・環境
21世紀に生きている実感 2016-01-10 | 文化一般
出合いまでの想定をする 2016-01-09 | 雑感
ピエール・ブレーズ追悼記事 2016-01-08 | 文化一般
防振というオカルト分析 2016-01-07 | 雑感
これもリースリングの神髄 2016-01-06 | ワイン
見かけによらず土台が肝心 2016-01-05 | 音
雀百までの事始め 2016-01-04 | 暦
菊牛蒡とタロイモの年始 2016-01-03 | 料理
「緊急事態」の今後 2016-01-02 | 歴史・時事
今年最後の試しごと 2016-01-01 | 暦  TB0,COM2

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by pfaelzerwein | 2016-01-30 22:55 | INDEX | Trackback

居間の壁を破られる

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水漏りの「作業が終わった」と話しかけてきた。屋根職人が言うには、写真を見せて、「この横木が濡れていてもそこへ繋がる上部は綺麗に乾いている」と、バルコン辺りからの漏れを再び主張した。こちらはあれだけの洪水を起こして漏らないものは漏らないので信じていないとすると、タイルでも隙間でもどこからでも水が入ると言う。

何処から水が入るにしても、バルコンが濡れることは殆どない訳で、それも漏るのは風のある時だけなどで、雨量とは全く関係ないことも分かっている。兎に角、これでも漏ら無くなればそれでよしなのだと、帰って行った。

掃除の事もあるのでTV受信機を動かして後ろを見ると、大きく屋根裏の壁が床から皹が入っている。そして黄色く滲み明らかに湿ってしまっていて、それどころか空気が入ってくる。職人が話していた中壁が壊れてしまったに違いない。更にその部分がこちら側に膨らんでいる。どうやら修理中に圧力を掛けて隔壁を壊してしまったようだ。そして湿り気が室内の壁を汚す。

丁度その場所は、写真で示したバルコンの外枠の柱の反対側に当たり、濡れている横木に乗っている部分である。つまり、柱の外側とバルコン側は確認していても反対側は確認していなかったことになる。どうも職人が初めからバルコンの吸水口などを触っていたので、何も知らないのかと思っていたが、明らかな先入観を持って仕事をしていたに違いない。階下のオーナーのイラン人博士の依頼を受けたような形になっていたのだろう。

そして、何か所か周辺に皹が入って、直させなければいけないのだが、それ以上に本当の水漏れの原因に大いに近づいた感がある。なによりも今まで乾いていたところに皹が入って湿り気が出てきたことから、その場所が上から雨水が落ちてくるところに違いないだろう。そしてそのまま下に流れれば、丁度階下の水漏れ場所になる筈だ。

あり得るのは、職人もその上部など屋根を外したりして樋などを直しながらも、柱の裏側の室内側は確認していなかったことになる。先入観で湿った横木のバルコン側ばかりを調べていたのかもしれない。実際どのように柱の裏側へと雨水が伝わって来たかは分からないが、その中壁に伝わってきている状況が見えてきたので、恐らく屋根瓦の下から風が吹き付けるような状況が生まれていたのだろう。そして柱を腐らすでもなく、下へと水を伝える隙間などが存在するのだろう。ドイツのマイスターは優秀であるがやはりこうしたことが起きる。

朝一っ走りした。やはり風邪気味のようだ。暗いうちから走り始めて、駐車場に戻ってくるころには雨脚も早くなっていた。それでも以前に比べて走り始めの薄い下りが軽く流せるようになった。前足で掛けていたブレーキが掛からないようになったランニングフォームの改正が効いているらしい。その分、復路には少しの登りで汗が噴き出すようになってきた。春になればスピードが上がる筈だ。早朝のランニングは体には良くはないのだが、往路で十分に上手く走れれば心肺系への負担も減るだろう。前日に食したものが悪かったのか、腹具合が落ち着かなかった。鶏肉は十分火が通っていたが、半熟卵も食したのでサルモネラの影響だったのかもしれない。若干、免疫力も落ちているようだ。



参照:
水が滴らないその効果 2015-12-23 | 生活
再びの水漏れそして初凍結 2015-11-25 | 暦
実験に値するのか大洪水 2015-06-25 | 生活
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by pfaelzerwein | 2016-01-29 16:26 | 生活 | Trackback

次世代の醸造のための経営

先日、三本目のビュルガーガルテンを開けた。二カ月ぶりである。今回は、苦味がポメロの香り系になって、徐々に柑橘系がチェリーに取って代わってきている。要するにヨード味から徐々にフルーツ系へと熟成してきている証拠である。出来上がりとしては、2014年産のこの時点ではドイツのリースリングとしてトップクラスではないだろうか?

正直、この価格であの醸造法でここまで漕ぎ着けたのは意外でしかない。苦味が出ない様に上手に摘み取れたと醸造親方が自慢していたが、酸の出し方が絶妙になってきている。以前ならば薄っぺらくとも酸が爽やかで気持ちよいと思っていたオルツヴァインのギメルディンゲンなどが初心者向きのリースリングになってきている。本物志向のリースリングが作り出されてきている。恐らく、2014年産はまだまだミュラーカトワール醸造所が話題になるだろうが、とても割安なグローセスゲヴェックスなども数年後が期待できるワインになってきている。

新聞にドイツの醸造所の新たな試みが大きな記事になっていた。それによると、フライブルクSCのオーナーがカイザーシュトュールで購入した醸造所を舞台に、ディスカウントショップでワインを販売する試みが成功しているというのである。所謂大量消費型のスパーマーケットチェーンのアルディーなどに高級ワインVDPの醸造所が下すのは初めてのようで、6ユーロほどの商品を出しているというのだ。既に日本でも販売されているらしい

そもそも現在のVDPは、グローバル化の波の中で、大量生産のフランスやスペインからのワイン、そして世界最大のワイン輸入国として南北アメリカ大陸からのワインの津波の中で高級ワインとして生き残る道を指示している。その中で、そうした市場でなにが出来るかということになる。世界最大の醸造所ガロのワインの横にドイツのワインが並ぶこと自体がスキャンダルなのである。

ワイン街道でも知らぬうちに有名醸造所の持ち主が変わってしまっていて、こうした記事を読むことで初めて気が付くことが少なくない。世界的に有名なコンサルタントのフィリッピのケーラー・ルプレヒトも米国人実業家の手に落ちてVDPから除外され、フリッツ・リッター醸造所などもダルムシュタットのメルク社のオーナーの所有になっている。彼が、「少なくともシナ人の手に落ちるよりはましだろう」と言うのは、ある程度正しい。

何よりも重要なのは継続性であって、品質には一代の投資感覚では到底目標に至らない。最低葡萄がまともに育つようになるには十年ほどの手入れの継続が必要になる。たとえアルテレーベンなどの古い木を使っていても、手入れせずには真面な結実とはならないからで、そして毎年必要な量の収穫のためにはアルテレーベンだけでは生計が立たないのである。要するに十年単位で全体の質を上げていくしか方法が無い。

なるほど、投資家的な感覚では最初に何でもよいから安いワインで生計を立てて質の向上を余裕で目指そうとするのかもしれないが、そのようなことでは絶対質が上がらないのが醸造所経営なのである。次世代のための経営しかそれに報いる方法はないというのがワイン醸造業であろう。



参照:
栗ザウマーゲンのXマス 2014-12-27 | 暦
これもリースリングの神髄 2016-01-06 | ワイン
デキャンテ―ションしようよ 2015-10-27 | 試飲百景
フランススーパー売りのワイン 2012-10-09 | ワイン
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by pfaelzerwein | 2016-01-28 23:49 | ワイン | Trackback

これからの予定に備えて

火曜日は大分暖かった。週明けから暖かくなったが、暫くは寒波は来ないようだ。日が照ると暖かく、摂氏12度を超えていた。

二月のスキーツアーを考えて、まだ購入していなかったシールを発注した。前年度モデルと書いてあるが形状は変わっていない筈なので、問題が無いだろう。クラムポンも必要なのだが、それほど慌てなくてもよいだろう。

序に雪崩掘り起こし用のスコップも発注した。理由は少しでも軽く持ち運びしやすいようなものが欲しかったからである。重量の差は200Gぐらいになるので、コムパクトカメラ一機ほどの差が出る。通常は1ユーロで借りるのだが、二十日も使えば元が取れる。それもあるが、冬は車のトランクに入れておくと心強いのも購入の動機になっている。四輪駆動でもなくチェーンが無いとするとそれぐらいしか頼れるものが無い。

体調はもう一つなのである。一つには上の奥歯の炎症があるかもしれない。歯ブラシの都度に出血していたので、昨年秋の治療からあまり良くなっていないことになる。使い勝手などは良いのだが、しばしば飲み物などによっては違和感を感じることがあるので、炎症自体は続いている。もう少し丁寧に掃除をして、炎症が収まればよいと思う。こうした小さな疾患が全身症状に与える影響は少なくないので、要注意なのだ。

考えると、いつも冬のこの寒い時期に歯の調子などが話題になっている、その関係は分からないのだが、一般的に歯の事は通常の医者とは関係ないので全身症状と結びつける人は少ない。恐らく医学部門でも免疫系以外ではこの方の論文は少ないに違いない。それでも実感として、肩などへの影響も少なくないようで、意外に見落としている場合が多くはないだろうか。

サイモン・ラトルが楽劇「トリスタンとイゾルデ」について語っている。面白いと思ったのは、楽器についてで、自身古楽器楽団で「トリスタン」を上演した経験からも、ヴァルヴ付きのホルンの指定など楽匠の狙っていたホモゲニーな音色について言及していて、同時にバーデン・バーデン祝祭のマガジンにはヴァークナー演奏の歴史的な流れが書いてある。そこから導き出されるのは、ベルリンではフィルハーモニカ―の前身を楽匠が指揮していて、またハンス・フォン・ビューロ、ヴィーンでの指揮を知っているニキシュなどの伝統があっても、フォン・カラヤンのザルツブルクまで待たないといけないことになっている。ミュンヘンでは直接の流れを汲むシュトラウスなどが指揮をしているのに反して、意外にもヴィーンでのヴァークナーの伝統が通常思われているのとは少し違うことになっているのが印象付けられる。

特に「トリスタン」に関しては、七十回の練習をしてもヴィーン初演がなせなかったことなどの歴史的な事実に、当地の座付管弦楽団の特徴が示されていて、ラトル本人が当地で不評を買っていることに関しての間接ながらの反論となっていて、とても面白い。この指揮者のオープンでありながら、なかなか一捻りした物腰は皮肉を込めた全く英国の社会的な会話そのもので、ドイツ語で話しても同じような感じになるのだろう。

本来はヴィーンのとは違って楽匠が望んだ音響である、バスから上に積み重ねていくベルリンのそれの管弦楽団としての限界を示しながらも、歌手と舞台を捲き込んでのバランス感覚が肝心としている。



参照:
降誕祭贈答品の装着 2015-12-26 | アウトドーア・環境
銅鑼の余韻の領域限界点 2015-04-07 | 音
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by pfaelzerwein | 2016-01-28 03:41 | 生活 | Trackback

エアーが入ったかエンジンに

久しぶりに熟睡した。やはり昼間の運動量だろうか?そのお蔭で出だしは遅れたが、午前中に予定の仕事を終えた。午前中に起こることをあれこれ考えて、逸る心を抑えながら、朝食をしっかり摂って、見繕いをして、予備の手袋を持ってガレージへと向かった。

さて、キーを回すと昨日より状況は悪く、エンジンが掛からずにスターターモーターしか回らない。これは駄目だと思ったが、何が悪くなったのかと考えていると、隣の爺さんが前を通った。エンジンが掛からないのに気が付いたらしい。

一つの推測として、燃料切れである。「タンクを持ってスタンドまで取りに行かなければいけないか」と話すと、予備燃料を持っているということで、使わせてもらうことにした。爺さんは嫌われ者だが、いろいろなものを準備している。今までも電動ドリルなどでお世話になっているのだ。

昨年の暮れには肺炎で倒れて、退院後には赤十字のお世話になっている。そのような爺さんにいつもお世話になってしまうのが私である。準備が良いので、5Lのタンクを三つも隠していて、本当に危ない爺さんだ。それを漏斗も使わせてもらって、給油すると二発目に動いた。タンクは一杯にして返すことにして、急いで途中給油、そしてメーカーの支店へと向かうことにする。

少なくとも3L以上入れたのに、目盛りは直ぐに0Lに戻ってしまっていた。これはおかしいと思って、給油する。30L丁度入れて、問題なく再始動した。それでも停車時の振動など不明の面があるので、態々道端に停めて回転数や振動を審査する。

支店のマイスターに状況を話すと、測定計器で百ぐらいの点をチェックしないとエンジンの問題は分からないので、現在の状況は500回転ぐらいで少し低めだが、安定しているので先ずは様子見をするのがお得だとなった。実際に燃料計が充分に上がっていないのも空気が入っていて、回転数が安定しなかったのも、そうした影響も感がられるということだった。

実際に、今回燃料を入れて、回転数700ぐらいへの不安定な域にはあまり入らなくなってきた。すると、燃料内に空気が入っていたことからポムプが加圧して不安定さをよんでいた可能性もある。エアーの可能性が強くなった。すると燃料タンクを開けたときの負圧も今回は二回とも感じなかったことも説明できる。

前回給油をしたのは二週間以上前で、その間にフランクフルト往復などをしたが、問題が無かったのである。それが燃料が少なくなっても燃料計がまだ余量を示していたので走り続けていたのだった。実際には今までよりも燃料が無くなっていて、その間にエアーが溜まる条件が多かったのかもしれない。温度変化も大きく、そうした条件が重なった可能性も強い。

兎に角、先ずはタンクを抱えて燃料を徒歩で運ぶのを避けられた、レッカー移動を避けられた、修理を避けられた、レンタカーも要らない、なんとかこのままミュンヘンへ無事に往復できればとても有難い。



参照:
カラカラの状態の結果 2016-01-26 | 生活
二度寝することなく早朝走 2015-03-11 | 生活
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by pfaelzerwein | 2016-01-26 20:57 | テクニック | Trackback

カラカラの状態の結果

週末の養生が功を奏したか、週明けに走れた。気温も摂氏10度を超えるという気持ちの良い日和となった。アーモンドはどこかに隠れてしまっていたが、戸外での運動には最適だ。駐車場に行くと自国の関係もあるかもしれないが珍しく誰も居なかった。月曜日だからだろう。

早速、パンツを脱いでショーツ姿となる。気持ちよく走れる。それでも体がもう一つ動かない。病上がりなのかもしれない。呼吸もいつもよりも辛い。それでも走り自体は快調であり、ある程度負荷を掛けていく。

峠に達すると、ベンチで中年のアベックがお弁当をしていた。結構珍しい風景だ。時期とか時刻を考えると、こちらも不審人物であるが、向こうも不審だ。車が停まっていなかったので、麓の新教施設か、地元の人なのだろう。峠からの下りはスピードが出せなかった。呼吸器もあるが、徐々に足も疲れてきていた。このところの体調を表していて、20分を超えるようになると疲れも感じだした。それでも、登りに19分35秒、戻って来て33分30秒はショーツのお蔭だ。靴ひもを緩めていたら、見かけぬ禿げ親爺がいつもの沢コースへと走り抜けていった。帰宅後の計量は、再び69.7KGを示した。

ガレージに車を入れようとしたら、エンジンが掛からなくなった。ここ暫く、空回しの時に回転数が500ぐらいに落ちて、V型エンジンが振動がするようになっていた。調べてみると燃料ポムプの不調が推測された。それでも始動の時にはしっかり吹いていたので心配していなかったが、燃料も少なくなった今このまま始動しなくなる可能性も出てきた。先ずはギヤーをニュートラルにして、ガレージには押して車庫入れしておいた。

先ずはネットで知らべて、方法があるかどうかを調べて、明日にもう一度始動してみて、エンジンが掛からなかったら、レッカーや修理をオーガナイズしなければならない。もし、始動したら、そのままスタンドに行って燃料を十分入れて、そのままマイスターに見せに行くしかない。そこで再始動しなければ、自動車クラブを呼ぶ準備もしてしておかなければればいけない。いずれにせよ、午前中早くから動き出して、午後には目星がつくようにしなければいけない。要するに午前中はこれで時間が潰れそうだ。

燃料入れの蓋を開けても負力が掛かっていなかったのは、燃料を吸い取っていない証拠なのだろうか、それとも燃料が充分に残っているからなのだろうか?理由は分からないが、ガソリン燃料が上手にエンジンに吸い込まれるような状況に明朝なっているのかどうか?

なっていないとすればレッカー車で一緒に出掛けて、帰りにはレンタカーを借りてくるか、持ってきてもらう必要がある。友人のディーゼルエンジニア―が、「あまりカラカラの燃料で走り過ぎると燃料ポムプが壊れますよ」といっていたが、経年劣化にも関係しているには違いない。実は前回燃料を入れる前に可成りカラカラになっていたので、その後の復帰に時間が掛かっていて、その後は今の状態が続いていたのだ。それでも始動が出来るうちは問題が無いと思っていたが、いよいよ駄目になったのだろうか。

燃料の溜まり方やガス化の問題もあるので、ひょっとすると明日朝一番で始動するかもしれないが、給油無しにはマイスターの所まで走り切れないカラカラの状態なのだ。



参照:
シーズン初めの半袖半ズボン 2015-11-09 | アウトドーア・環境
降誕祭贈答品の装着 2015-12-26 | アウトドーア・環境
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by pfaelzerwein | 2016-01-26 02:13 | 生活 | Trackback

滋養強壮したい週末

週末には山岳協会支部の寄り合いがあった。今年の計画発表だ。先日山で落ち合ったタコ親爺に聞くと下りだけは、新たなコースを試しているようだ。スマートフォンで管理していて、往復距離で7KM超えぐらいになっている。登りは3.4KMぐらいで距離は殆ど変わらない。違うとすれば高度差で若干短いぐらいだろうか。30分でこなしているので結構早い。下りに選んでいるのは、こちらが登る緑のベンチの下のところから右へと逃げていくコースで、その下が急坂だというのはよく分かっていた。確かにその急坂で参ってしまうのだが、本当に堪えるのはその上の登りなのだ。10KMも試しているようで中々手強い。シャモニの氷河ではそれほど強さは感じなかったが、年齢の割にはよく頑張っている。

年が変わるとジョギング人口が増えるのは日本だけではないようで、三日坊主ではないが、新年を機に運動を始める人が急増するらしい。自分自身はそれほど気がつかなかったが、そのような観察をする人も少なくないようだ。自分自身はしばしば多いと思うのだが、それが季節によるのか、休暇事情によるのか、天候によるのかはあまり気がつかなかった。

野外でスポーツを始めるには冬は全く適さない。年中戸外で運動をしているとこの時期の危うさは想像以上である。体が暖まるのに時間が掛かる上に、なかなか体温調整なども難しくなる。そう言っている自分でもやはり風邪気味になったようで、この日曜日はこのシーズン四回目ぐらいのお休みになった。朝から霧が立ち込めて、気温が上がった分体に纏わり湿っぽいような視界が効かない中で走る意欲は失った。風邪を引いてしまうといけないので用心に越したことはない。週が明ければ晴れる可能性があるのに無視をする必要などはないのだ。

久しぶりに豚のバーベキューでもオーヴンで焼いてみよう。普段はステーキにするのだが、少し油を落として、前日に開けたリースリングを上品に楽しみたいと思うからだ。ハーブサラダを付けよう。ジャガイモの残りも一緒にオーヴンに掛けてもよい。なによりもまだ本格的な風邪引きになっていないうちに、ビタミン補給して活力をつけなければいけないだろう。

摂氏零下八度以下で、薄着で肌を見せて走ったのが堪えたのだろうか。人のことは笑えない。走り始めから体ががくがくして、ウォーミングアップどころの話ではなかったからだ。どうしてもおかしなところに力が入って、肩なども違和感が出てきた。今回の冷えの山場は超えたが、それでも春らしくなる気配は一向にない。二月は可成りの寒波が予想される。何とかこの辺りで、それに立ち向かう滋養強壮をしたいものである。



参照:
放射能安全デマの危うさ 2016-01-20 | アウトドーア・環境
ロバート・スコットの南極 2016-01-22 | 文化一般
瓜坊とタコ親爺にビックリ 2016-01-11 | アウトドーア・環境
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by pfaelzerwein | 2016-01-25 01:36 | 生活 | Trackback

冷え切った雰囲気の実測

台所の引き出しの奥から物を取り出す時、棚を外しかけると溝から外れてしまった。それを直そうとタイルの床に座り込むと冷え冷えとした。今年の冬はなぜか室内の床が冷えるような冷気がある。階下で暖房を使う使わないかとは違う冷え方で、その理由は分からない。

先日探検家スコットの記録を読んでいて、華氏を摂氏に読み直そうとして初めてファーレンハイトの意味が分かった。東海のダンツィッヒでの最低気温を零とするつまり塩水と氷で造れる最低温度と、水の凝固点を32度、体温を96度としたものだとは知らなかった。それからすると、自分自身がワイン街道で経験した最低気温は摂氏零下13,5度ぐらいなので、現在のところは充分にプラスである。それでもこの床の冷たさを感じたことはない。

数年前に寝室に吹雪が入って来て寒かったことがあるが、あの時は空気が風が冷たかったのに対して今回は地面が冷えている。もし大雪が降れば大変なことになりそうだ。台所の床の気温を計ってみた。摂氏7度ぐらいで、思ったよりも低くはなかった。次に篭り部屋の室内温も計ってみると摂氏17度ほどで10スカラーほどの差があった。そしてやはり明け方に尿意と寒さを感じた。

寝床の上掛けを準備するか、考え所である。寒さはもう一月ほどは続く。就寝前にヒーターを消して、スピーカーの電源を落とすことで、一時は完熟睡が可能となっていた。それが叶わなくなったのは、夕食後の生活やその他なども考えられなくはないのだが、原因は少し違うような感じもする。

ベルリンフィルハーモニカ―のフルーティストとして最も有名だったオーレル・ニコレが90歳になったと新聞記事にある。そのソロLPなどは持っていても知らなかったことが書いてある。1947年にフルトヴェングラーにジュネーヴで見出されてベルリンにやってきたということで、最晩年の録音では彼が吹いていることになる。これも完全に忘れていたが ― どこかにジュネーヴのコンクール時の録音があった筈だ ―、その後フォン・カラヤンのフルーティストかと思ったら、それも数年しか吹いていない。すると初期の録音でしか吹いていない事になり、むしろカール・リヒター指揮でのバッハなどが最も馴染みのある録音ということにもなる。フランス音楽とドイツ音楽を繋ぐ音楽家とされていて、ジャンピエール・ラムパルのライヴァル的存在とされている。音色からしてもまさしく魔笛だったかもしれなく、その存在感はピカイチだろうか。二十世紀に活躍していて、二十一世紀になっても名前が挙がる管楽器奏者の一人なのだろうか。

ラディオでは、ラインラントの州立管弦楽団の待遇が、従事・拘束時間にあまりにもかけ離れていると話題になっていた。つまり、管楽器などは弦楽奏者などに対して三分の二以下の従事時間しか無いのにも関わらず同じだけの給与を得ているというのである。管楽器の中でもマウスピースなどを作らなければいけない奏者とそうでないものとでは準備に掛ける時間が大分異なるというものだ。大管弦楽団編成がこの時代においては如何に経済的な合理性を持ち得ていないかの実例で、それら管弦楽団の本職であるオペラ劇場の仕事などなども含めて、恐らく19世紀から20世紀へと掛けた時期に存在した形態として時代錯誤の長物でしかないことを示している。



参照:
凍てつく澄んだ空気の蕾群 2016-01-21 | 暦
時代の相対化のサウンド 2015-12-08 | 音
ロバート・スコットの南極 2016-01-22 | 文化一般
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by pfaelzerwein | 2016-01-23 22:35 | 雑感 | Trackback

太陽の恵みを謳歌する時

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森の空気は、摂氏零下2.5度と先日からすると6度も高かった。森の中は雪がうっすらとついていた。寒冷地になると、摂氏よりもファーレンハイトのようなものが生活実感に近くなるのだろう。絶対温度も悪くはないのかもしれないが、通常の生活からすると大分違う。どちらかというと人間の平均的な体温から測る方が実感に近いのではなかろうか。

メドックのポイヤックの1995年物を開けた。ノンフィルターの長持ちで有名な醸造所のものだ。いつものことで前日にはそれを開けようとは考えていなかったので、十分に澱を下に溜める時間はなかった。そこで横にしたまま初日は開けた。一杯目は澱を避けれたが、二杯目以降は大分入った。

それでも樽を使わない瓶熟成の強さはピカ一で一向に力が弱っていない。この調子ならばリコルクさえすれば、あと二十年ぐらいは新鮮に楽しめるだろう。コルクも通常のソムリエナイフでは壊れたかもしれないが、二枚ブレードで綺麗に完璧に抜ける。但しエティケットは合成糊ではないようで、ナメクジに好かれて直ぐに食われてしまった。

1995年の葡萄は1994年ほどにはカベルネフランのセパージュは多くはないが、それでも一種の苦みが全体を締めている。甘みはほんのりと感じるぐらいで、寧ろハーブ風のボルドーは食事には嬉しい。

澱の処理だけが問題になるが、コーヒーフィルターで濾してしまうと、どうしてもエキスが落ちてしまうような感じで、本当ならば二日ぐらい立てて沈めておきたいのだが、なかなか実現しない。

摂氏零下二桁に近づくと、赤ワイン、それもボルドーの強い陽射しの恩恵を受けたようなワインが最も心身ともに元気づける。二十数年前に夏を思い出して、体を芯から温めたい。

それならば零下二度が温かく感じるかといえば、太陽がさんさんと照るなどの条件が無ければ難しい。室内も陽射しが無いとじんじんと凍てついている。暖房を切っているからだ。暖房をフルに回している篭り部屋でも足元が冷える。昨夜は夜中に目が覚めて、薄く暖房を回した。布団を厚くすれば凌げるのかもしれないが、風邪を引きたくないので仕方がない。

階下の水漏れの関係で、足場が作られて作業がなされた、枠組みのカヴァーが剥がされて、中の木材の枠組みがチェックされたようだ。まだ元通りにされていないところを見ると、処置が出来ていないのだろう。木材の内側から水が滴ることはないと思うので、外側を伝って上から下へと落ちていくのだろうか。しかし上部は屋根で塞がれているので、その屋根が漏れていないとおかしい。



参照:
凍てつく澄んだ空気の蕾群 2016-01-21 | 暦
ライフスタイルの充足感 2014-12-02 | 暦
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by pfaelzerwein | 2016-01-22 22:30 | ワイン | Trackback