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索引 2016年8月


TICAD新聞広告の意味 2016-08-30 | 雑感
MTBには負けないぞ! 2016-08-29 | アウトドーア・環境 TB0,COM2
夜更かしの夏の日々 2016-08-28 | 生活
人間は考える猿だろうか? 2016-08-27 | アウトドーア・環境
感動のエコノミー症候群 2016-08-26 | テクニック
天晴熟成10年産ガンツホルン 2016-08-25 | ワイン
フリッカーフリーの実感 2016-08-24 | テクニック
愛おしくて、侮れない 2016-08-23 | ワイン
奥歯が浮く様な気持ち 2016-08-22 | 雑感 TB0,COM2
典型的小日本短足を眺める 2016-08-21 | 雑感
夏の終わりの泣きべそ 2016-08-20 | 暦
延長にも限界があるが 2016-08-19 | アウトドーア・環境
ベルギービール毎日一本 2016-08-18 | その他アルコール
遠近両用眼鏡用モニター 2016-08-17 | 雑感
汽車をじっくり見た 2016-08-16 | テクニック
週末はそれなりに色々と 2016-08-15 | 生活
dffファイルを再生する 2016-08-14 | テクニック
インタヴュー、時間の無駄六 2016-08-13 | 文化一般
ステテコの夏が過ぎた 2016-08-12 | 暦
近代天皇の意味、国体 2016-08-11 | 文学・思想
象徴天皇を庇護するとは 2016-08-10 | 文学・思想
伯林量子化演奏会の響き 2016-08-09 | テクニック
引導を渡す線香の刹那 2016-08-08 | 文化一般
インタヴュー、時間の無駄五 2016-08-07 | 文化一般
柱のお札のようなもの 2016-08-06 | 生活
間に合った、金鳥の夏  2016-08-05 | 暦 TB0,COM4
温床となるバランス 2016-08-04 | 雑感
インタヴュー、時間の無駄四 2016-08-03 | 音
視線が絡むということ 2016-08-02 | 女
世相を反映する歴史的事実 2016-08-01 | 歴史・時事

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by pfaelzerwein | 2016-08-31 00:02 | INDEX | Trackback

TICAD新聞広告の意味

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新聞に日本国在ベルリン大使館の広告が載っている。アフリカ援助のナイロビ会議について広報するものだ。大きく安倍首相の写真を載せている。その内容は、そのプロジェクトTICAD(TokyoInternationalConferenceonAfricanDevelopment)を説明しているの過ぎないが、このドイツ語の広告内容を見て中身を理解できる人はいないであろう。基本理念は民間活用とそれによる市場経済をアフリカにも育てる手助けをすることで、アフリカの独立性を育てて行くという事らしい。それによって貧困を解消して健康な生活を可能とする社会を築いていく手助けをするという事のようだ。なるほど良さげなことが書いてあるが、具体的に理解するのは困難な文章で、アフリカ大陸を東アジアのしたいというイデオロギー臭さに溢れている。

なるほど北京が素早く反応するように、安倍政権はアフリカにおける軍事覇権を考えているのだろう。この日の新聞の第一面はエルドガン政権による越境のシリアへの軍事攻撃計画についてだった。日本国大使館は、安倍政権批判を繰り返すその本社にフランクフルト領事が殴り込みをかけたこの独高級紙に広告を出すことで、少しでも連邦共和国内の安倍政権への風向きを変えようとしているのだろうか。

夏用パジャマを先日購入した。そして一番古いものが破れているのに気がついた。首の後ろ側の襟元から背中が穴だらけになっている。完全に使い古したという感じである。穴に気がついたのは初めてなので、全くジャストインタイムの補填だったようである。これで最後の洗濯機に掛かれば、完全に靴磨き用の襤褸となって再びベットに戻ってくることはない。

これで都合二着の夏のパジャマが手元に残り、もう一つの穴の開いていないものが一つ残る。穴が開いたものはサイズ52だった。夏物は冬物ほどには予備がそれほど重要ではない。寒くないのでいざとなれば下着でも就寝可能だ。しかし冬となるとそのような格好ではいられない。人によるとスェットのようなものを部屋着にしている人もいるようだが、就寝するときには天然繊維でないと嫌なのだ。

文化欄にバイロイト情報が載っていた。それによると残券のあった今年以上に今後とも売券状況が悪くなって、再演でコストを抑えていくという事らしい。面白いことに来年はヴィーラント・ヴァークナーの記念年でとかあるから、またまた親戚筋で問題を起こすのだろうか?本年キャンセルした指揮者ネルソンスは今後ともバイロイトには戻らないことが決定して、その代りに来年はヘンヒャンが特別演奏会も指揮して、初めてバイロイト祝祭劇場で新ヴィーン学派の音楽が奏でられるという。いづれにしても、芸術的に意味あることが催される訳でもなく、同時に更に観客動員するようなことでも無いようだ。



参照:
異常なI’m not Abeな事態 2015-04-30 | マスメディア批評
ちぐはぐな夏の雰囲気 2016-07-14 | 雑感
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by pfaelzerwein | 2016-08-30 03:56 | 雑感 | Trackback

MTBには負けないぞ!

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週最後の走りである。四回目だ、それに前日は久方ぶりにビールで喉を潤わした。寝室の窓を開けていたためか、三時過ぎに小水に立った。それでもなんとか熟睡は出来たのだろう。年一度のワイン街道解放の日なので、通行制限になる前に早めにパン屋に出かける。町はいつもより静かだった。そして駐車場に行くと、車が停まっていない。八時を過ぎているのに誰も居ないのは珍しい。夜中に冷えなかったので熟睡した人が少ないという事か?それでもいつもの婆さんが居ないことを考えると、多くの人は自転車でワイン街道を走ることを優先させていたのかもしれない。良い自転車があれば気持ちが良いのだろうが、どうも舗装道路を走るのも好まない。

前回の心拍計の結果があまりにも心拍数が高かったので、今回は比較のためにもより険しく長いルートで測定することにした。ゆったりと準備体操をしていると、自転車が近づいてきて、スピードを出して通り過ぎ、そのまま我が峠攻めへと走っていった。体格の良い白髪の爺さんで元気そうだった。準備体操を終えて追いかける。最初のカーヴを曲がると先にまだ親爺が走っていた。予想に反して大分テムポが遅そうだ。そこで抜きつ抜かれつでは辛いので、どの辺りで追いつこうかと計算した。そして歩調を整えた。最初にピープ音が鳴ってからはあとは静かだった。それでも超えた心拍数で安定しているものと思っていた。結構負荷を感じていたからだ。

親爺のマウンテンバイクには二百数十メートルの距離をおき乍らつけて行く。それでも林道であるからやや傾斜が落ちたところで振り切られる可能性も考えていた。頭の中は、昨日のリゲティの創作とバルトークとの関係で、音程関係や拍節のシンメトリーなどの後期の特徴が初期のヴァイオリン協奏曲一番ではどうなっているかなどと考えていた。しかしいつまでも親爺との距離感は変わらない。それでも足元のペダルの踏み方を見ているとこちらの足取りからすると大分早い。後姿をみていると神戸の坂道などを自転車で上っていた子供の時のことを思い出す。そしていよいよ最後の峠への勝負の直線まで来た。一向に離されていない、無理をしてみようかどうか、少なくとも親爺のその先の進行方向だけは見届けたい。すると親爺は峠の手前の脇道を谷へと降りていく方へと逸れて行った。なるほど、下からやって来ていたのだろうから、運動量としてはこちらが走って降りるのと同じぐらいか上回っているのだろう。

PCであとでチェックすると、心拍数が上限を超えたのは短い期間登りと降りの二か所しかなかった。出かける前から80を超えていたことを考えると、正常である。しかし帰宅後も110を指していたのは珍しい。気温は摂氏22度を超えていて、陽射しは強くなかったものの湿気もあった。タイムも峠で20分は割らなかったが、まずまずである。週三回目に降り勾配で時速12kmに近づいたことを考えれば、林道では如何にその速度に近づくかだけなので、登り当面時速8kmで10kmが最終的な目標速度だろうか。やはり心拍数は体調に大きく影響されるようで、逆に体調管理の指針になる。膝は痛めていない右にも違和感を感じるようになった反面、腰などは解れてきている。

金曜日はマンハイムの外気温は36度を超えていた。走らせる車のエアコンで涼んだ。陽射しも充分に強い。週末は雷が来るまでは朝晩の冷えがそれ以前ほどには期待できない。車中のラディオは、亡きSWRフライブルク・バーデンバーデンの放送交響楽団特集番組を流していた。面白かったのはフランソワ・サヴィエー・ロートのインタヴューやその録音の抜粋だった。特に自慢のリヒャルト・シュトラウス録音集は思ったよりも価値がありそうだ。指揮者本人が、カラヤンやティーレマンの演奏は風呂の中での鼻歌だと批判していたのはなるほどと思わせる。流れていた「英雄の生涯」や「アルプス交響曲」は確かに一聴に値する。多くの楽員のひとことも流れていたが、ミスマッチィングのようなこのプロジェクトがなかなよい「遺言」になっているように感じた。そう言えば先日購入したギーレン指揮の新ヴィーン学派の演奏も予想以上に充実していて、同じ指揮者がフランクフルトやケルンで録音した録音などとは比較できないほど良い。



参照:
人間は考える猿だろうか? 2016-08-27 | アウトドーア・環境
ヤノフスキーのワンパターン 2016-07-28 | 文化一般
夜更かしの夏の日々 2016-08-28 | 生活
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by pfaelzerwein | 2016-08-28 19:50 | アウトドーア・環境 | Trackback

夜更かしの夏の日々

夏休みの宿題に夜更かししている。半泣き状態である。なによりもリゲティ作曲の「ロンターノ」に予想以上に梃子摺っている。なによりも時代の作風が楽曲分析を難しくしている。音の使い方にしても、物理の確立法的な方法でしか中々その群や雲を計測できない。それでも表面的には、単純な対位法的な容易さがあるのがまた話をややこしくしているのかもしれない。カノンといっても発展のしようがないものであり、その代り多声部の強弱や奏法やメリスマ風に伸ばされることで、複雑な音響空間を形作っている。

なるほど構成的には、三部構成で、ユニゾンの多声カノンに、クラスターの雲が続く形が基本形となっている。そのカノンを分析すると一定音高の出没頻度の増減がみられるが、これが戦中戦後の12音楽法的な禁欲的な作曲技法との最も異なる点としても良いのだろう。同時にそうした多声な音がどのように重ねられてどのように響くかが肝心だ。そもそも協和音体系自体がこの音響的な重ね合わせの統一化された組織であることからすれば ― 物理化学的な極性を扱うのにも似ているかもしれない。

第一部で気がついたのは、そのカノンの終わりからクラスター部へと移り変わるところで、まさしく欠けた音が存在してそれを潜在的に意識させるのかもしれない。そこでこれまたトューバなど低声部でDesなどと明白に出て来ると、思わず遠く彼方に「ラインの黄金」の原始の前奏曲をそこに聞いてしまう。これがパロディーではなく、まさしく表題通りに四次元的な距離感を持って浮かび上がるのが、恐らくこの創作の本質だろう。

論文によると、バルトークの影響などと書いてもあるが、具体的にはまだ分からない。それでもあの時期のあの状況でこうした創作をしていたのだ。この作曲家は個人的にあまり好きではなかったが ― 同席した節も皆の様にアウトグラムを貰う気などしなかったのだが、こうして作品を備に見ていくと、その創作意図と技法に歴史的な土壌を感じることが出来て美学的にとても感心した。

こうした作品は生演奏で、楽譜を読める指揮者の指導で、演奏するのを体験しないと全貌は明らかにならない。今回手元にある音源資料は、ヴィーンモデルンとベルリンでの、其々クラウディオ・アバド指揮とジョナサン・ノットの指揮であるが、双方ともライヴ録音のお粗末なもので、もう一つ詳細不詳のものがYouTubeにあった。アバドのものは、なんでまたこんな座付管弦楽団に何を教えようとしたのか分からないが、こうした録音を恥だとは思わなかったのだろうか。ノット指揮の方は、忠実にダイナミックスを辿ると同時にまるでアルバン・ベルクの楽譜かのように徹底してその声部が強調されることになっている。楽譜の冒頭にもあるように、指揮者は的確にリズムを与えるだけで、決して強調表現しようとしてはいけないとあるが、こうした声部の強調はある意味諸刃の剣だろう。

これで火曜日から土曜日まで一滴もアルコールを口にしていない。完全に病気だと思う。それも重症である。時々アルコールを抜くと体調が良くなるとか、頭が冴えるとか聞くが、今回明らかに抜けているのにも拘わらず全く体調も冴えなく、寧ろ暑さが心臓に来ている。そして、夜更けまで楽譜や論文などを見ていても眠気を我慢するのが大変である。全然効果が無い。アルコールを夕飯時に飲まないと、就寝までは勉強が出来る。それでも昔の深夜放送族ではないが、長く覚醒して起きているだけで必ずしも勉強が進んではいないのである。それどころか、一寸慣れないことに首を突っ込むと集中しようとすればするほど眠くて仕方が無くなるのである。やはりお勉強は午前中に限る。



参照:
ボンで「ロンターノ」1967 2016-04-24 | 雑感
必然的帰着からの予想 2016-07-16 | 雑感
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by pfaelzerwein | 2016-08-27 21:32 | 生活 | Trackback

人間は考える猿だろうか?

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火曜日には沢沿いを走った。久しぶりにそこで心拍計を着けた。準備体操をして、ゆっくりと緩い下り勾配走り出す。直ぐにピープ音がした。先ずはGPS不備かと思ったが、何度も繰り返すので心拍設定ゾーンから外れていることを察した。それでも下りの走り出しでそれほど苦しくはなかったので、下に外れていて、運動量が足りないものと解釈した。そこで意地になって加速する。往復して日陰に入ってからも結構ば来ていた。そしてデーターをPCに読み込んで点検すると、毎分156から182までの間を、設定値上限の167を超えて走り続けていたのが分かった。下限は150なので、それを下回ることなど無かった。そして走る速度は精々復路の下り勾配直線で時速10kmを超えたぐらいだ。

この結果には心外である。気温は朝の清々しさで摂氏20度を十分に切っており、夏としてはそれほど悪くはなかった。陽射しの下で若干バテを感じるぐらいだった。それでもこの心拍数の高さは致し方が無い。平素よりも高く出ているのは、睡眠不足などの気がつかない、疲れゆえだったのか。

この感じからして気になるのは、ランニングによる心臓への負担や疲れなどで、トレーニングしている筈が身体を痛めているだけというような場合である。特に夏場は疲れも溜まりやすく、運動能力も落ちていて、更にミネラルの補強が充分ではないためか、若干全身の筋肉などに痛みが残り続けているのである。朝から心拍180を超えているようでは危ない。とはいっても、運動をしないでも暑さによる消耗や不健康を余計に感じる筈だ。昨夕はシャワ―の上の温度計が30度を指して、30%以下の湿度となっていた。

夏に弱いのも体質だ。本質的なものをそこに感じる。同様に、なにか穴があると差し込みたいと思うのも本能だ。少なくとも霊長類は同じことをするだろう。新規モニターの入力が一つ余っている。今まで使ったことのないDVI-Dである。もう一本入力ケーブルを設置しておくとよいという誘惑には勝てない。一体今年は何十メートルのケーブルを購入することだろうか?ケーブルマニアである。しかし実は現実的な問題があって、毎日のように太いHDMIケーブルを敷設しておくわけにはいかないのである。勿論、その結果には満足しており、今後とも頻繁にこの状態で音楽VIDEOを観たり、仕事をしたり、音楽勉強をしたりはするのだが、従来のライフスタイルが崩れる。ゆっくりCDも流せなくなり、人が来ると片づけなければいけない。そこでドッキングステーションとして毎日手軽に繋げる方法を模索するのである。その為にDVI-D入力を使う。

一つは、DVI入力をアダプターで音声の無いHDMI入力化することである。この場合も自動切り替えなどはHDMIに優先権があるので、飽く迄もこれはサブデジタル入力となる。場合によってはここをAVシステム用に使ってもよいのである。すると通常のドッキングステーションをメインの方に使ってもよい。いずれにせよ、そこにもう一本取り回しのよい細めの柔らかい2m超のHDMIケーブルが欲しい。つまり、メインかサブのデジタル入力にノートブックがHDMI大小のケーブルで繋がれることになる。同時にそのどちらかに一つのノートブックが繋がれている時にもう一つの入力に空きが出ることになる。その時にデスクトップのDVI-I出力からどちらかの入力に繋げば二種類のデジタル出力を切り替えることが可能となる。そのために必要となるのが、これまた2m弱のDVI‐HDMIケーブルである。つまり、ノートブックはメインかサブの一つに繋がれていて、もう一つの空き入力にはデスクトップからのDVI-HDMIケーブルが接続されなければいけない。その時、特に細い方のHDMIケーブルのHDMIオス端子同士を接合すれば、モニターの後ろ側に手を入れないで繋ぎ替えられるので更に都合が良い。人間はサルと違って、一つの穴をめぐってここまで考えるのである。



参照:
感動のエコノミー症候群 2016-08-26 | テクニック
フリッカーフリーの実感 2016-08-24 | テクニック
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by pfaelzerwein | 2016-08-26 19:53 | アウトドーア・環境 | Trackback

感動のエコノミー症候群

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新規モニターの試運転を終えた。予定していた使い方は完璧に出来る。こんなことならば春に購入しておくべきだったと思うが、モニターの価格帯や機能について調べるのが億劫で、その間ノートブックに懸案の反射止めのフィルムを購入して、結局貼り付けに失敗した。15ユーロも無駄にしたのである。今回の画面が21.5インチと大きく、被さる感じで見辛いと思ったら、全く比較できないほど眼が楽になって、仕事しやすくなった。モニター製造の技術が良いのだろう。またピクセルエラーもYOUTUBEにある八色の映像でも気がつかなかったから、先ずは大丈夫だろう。

HDMIケーブルが届いて中を見て驚いた。まるでロケハンのようなケーブルの太さだ。本当にこのカヴァーのついている差し込こみが、ノートブックの大きさに合うのかと思って不安になるほど、想像していたものとは違う。どうもアマゾンオリジナルは特別らしい。業務用の引き回しにも使えそうな太さである。勿論これを部屋の中を這わしておくことなどは出来ない。但し、ドッキングステーションとしての使用自体が恒常的ではないので、その時の使い方で床を這わせればよい。寧ろ、ドッキングステーションとして使うその日は本格的な仕事場になるので、それぐらいの荒れ方が丁度良いのかもしれない。そしてHiFiのBGMや映像などを同時もしくは仕事前後に楽しめるのが嬉しい。幾つもの端末を同時に動かしても昨年までのデスクトップよりは消費電力も発熱も少ない。そして何よりも静粛さが涼しい ― 不幸にも日本の暑苦しい夏の酷さを思い出してしまった。

技術的には、そのHDMIを繋ぐと直ぐに映った。予め自動切り替えにしていたからだろう。それでも皆が苦労しているモニターのケチなスピーカーを鳴らすことになるHDMIケーブル経由での音出しは、Win8側の出力をサウンド設定で切り替えなければいけなかった。因みにその状態では、我がWin8はノートブックスピーカー、DAC、そしてモニタースピーカーの三つから一つを標準として選択することになる ― DACを標準にしてそこでWASAPI専属で音楽を鳴らしている時にブロウザーの音が自然にモニターから流れて、そうなると想定外の自動選択となって便利になる。音出しに時間が掛かるのもモニターのメニューが扱い難いのも心理的に影響しているかもしれない。やはりDDC/CIでPC側で操作する方が良さそうだが、適当なプログラムが見つからない。LINUXでもこの機能が使えるようなのでそちらの方が早いかもしれない。音楽以外ならばこのスピーカーで充分に使える。

YOUTUBEなどを鳴らしていて、キリル・ペトレンコ指揮の新しいVIDEOを見つけた。秋のツアーに合わせた宣伝映像だが、昨年の「神々の黄昏」の生が使われていて、それは初出映像と音楽である。あの公演を体験した者ならばその音楽の感動が甦るかもしれない。なかなか音楽的にもここぞというツボを捉えていて、流石にミュンヘンの映像制作スタッフの面目躍如だ。

これとは別にブレンゲンツ音楽祭でのフォアールベルク管弦楽団の記念アルバムにはマーラー交響曲一番三楽章と三番二楽章、そして驚いたことに「牧神の午後」が入っている。これだけを聞いたが、マーラーに関してはベルリンでの録音もそうだが、管弦楽団をとても音楽的に鳴らしていて驚かされる。またドビュシーもなかなかいい演奏になっている。ここに収録されていない全曲を聞くと荒が目立つのだろうが、無難なところだけを選択している。三曲合わせて30分ほどである。それにしてもデスクから色々な音楽や映像を、座りながら切り替えて、好き放題に流して仕事が出来るのは結構楽しい。エコノミー症候群になりそうだ。



参照:
フリッカーフリーの実感 2016-08-24 | テクニック
汽車をじっくり見た 2016-08-16 | テクニック
ペトレンコの「フクシマ禍」  2015-12-21 | 音
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by pfaelzerwein | 2016-08-25 17:46 | テクニック | Trackback

天晴熟成10年産ガンツホルン

夜中に窓を開けて就寝した。暑くなりそうなので、室内を冷やすためだ。明け方は摂氏12度ほどになるので疑問だったが、案の定夜中に三度も小用に立った。寒くはないのだが、前日に飲んだ水が利尿効果を上げていたようだ。ほとほと、水を摂取するのは身体によくないと思う。やはりお茶などにしなければ駄目だ。

そこで、最後の夏らしい天候に、ハーブティーを冷やすことにした。そして走っている間に、寒天を作ることを目論んだ。切れた白砂糖を前日に購入したところなので丁度良い。それも、夕方には摂氏32度を超えるような日でも、涼しい朝などがあるから可能な生活である。

レープホルツ醸造所の2010年産ガンツホルンを飲み干した。酸の分解に苦慮した年で、未だに満足な熟成リースリングには出合っていない。よって期待せずに開けた。そもそもこの醸造所のグローセスゲヴェックスにおける熟成のポテンシャルが低く、経験が不足しているからだ。更に前回開けたときの悪印象が残っていた。

そして感動した。完全に綺麗に熟成している。それどころか崩れていない。全く前回の印象とは異なる。そこで記録を読み返す。丁度二年前のことだ。そして自分が書いたものを読んで更に驚愕する。この結果が全く想像出来ていなかった。

そして今、酸が綺麗に繋がって、その酸の突出が全くなくなっている代わりに、心地よい清々しさがその酸にある。そして、木の香りのようなものが匂い、なぜか色が以前よりも黄色が透明になってきている。要するに酸と石灰が綺麗に分解したという事だ。

そして果実風味が、すかんぽの味を漂わせて、この醸造所の味の濃くを見せる。糖が落ちてしまっても、酸も弱っているので丁度良いバランスになっている。それでもパプリカ味などにはならない果実風味の濃くがある。今まで飲んだ2010年産の最高の熟成リースリングだ。

初日はミニザウマーゲンの緑胡椒、チーズ・パブリカの二種に合わせたが、最終日はフランス風棒棒鳥に合わせた。三回飲んだがいつも食事との相性も丁度良かった。リースリングもこうした瓶熟成をして初めて食事酒として敷居が下がることを実感する。

最近は中途半端なリースリングはあまり飲まなくなった。理由は缶ビールとは価格が比較できないからであり、もう一つはリースリングには最高をどうしても求めるようになって来たからである。つまらないワインを飲んでいる時間も余裕も無いに尽きるが、なんでもない週に二本もグローセスゲヴェックスを開けるようになると、購入する数も今後は増やしていかないと直ぐに底を尽きる。

経済的なことを考えると、缶ビールで誤魔化しながら、禁酒日を増やして食後も仕事が出来るようにして、その間にリースリングの愉悦を味わうというライフスタイルに変えていくのも良いかもしれない。正直、アルコールの単純消費には飽きたというのが、偽らない感想である。



参照:
熟成の可能性を探る 2014-08-12 | ワイン
栗ザウマーゲンのXマス 2014-12-27 | 暦
夏の終わりの体の洗濯 2015-08-19 | 生活
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by pfaelzerwein | 2016-08-24 18:10 | ワイン | Trackback

フリッカーフリーの実感

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注文していたモニターが届いた。梱包にフリッカーフリーと書かれていたので、先ずは合格である。アマゾンのサイトには従来からの情報しか載っていないので、何年のモデルを扱っているのか分からない時が多く、購買者の評価も態々製造番号を入れる人は殆ど居ない。それでもそれに言及する人はその差異ついても書いている。車でも家庭電化でもそうであるが、シリーズ化された大量生産品は最初から最後までマイナーチェンジでその品質がかなり変わるのは知られるところである。上手に製造コストを抑える会社もあれば、あからさまに品質を落とす企業もある。勿論、下手な会社とは二度と付き合いたくないと思わせる。BenQの商品は初めてなのでそれに関しては何とも言えない。しかし製造番号を明白にして、その差異を業者がしっかりと伝えれば分かるようにしているのは好印象を受ける。

そして箱を開けるとコムパクトに収納してあって、それほど厳格な包装ではないが、全く問題なく届いた。予想並みの軽さで、むしろ想像していたよりも重みがある。しかし十年前のソニーの重みとの違いはどうしたものだろう。早速評判の悪い足などを組み立てて、高さを見る。それほど貧弱でもふらふらもしない。ソニーのものを比較すると、なるほどそれは素材的にも高級感もあるが、実質的にはそれほどモニターを安定させていた訳でも、機能的であった訳でもない。デザインとしてのBenQは評価も高く、安物感は殆どない。

そして机上に置くと丁度良い大きさで、枠を入れて50CMは幅広過ぎでも無く、懸案の高さも目の高さから画面の上面まで5CMと殆ど違和感はない。要するに姿勢よく腰かけていたならば、ブラウザーのメニューを見る時に乾き目になり易いというぐらいだろうか ― これについては本格的に使ってみなければ結論は出せないが。いずれにしても微調整には、実用ならば高さ調整の壊れた椅子にクッションを置くか、来年ぐらいにはモニターアームを導入すれば完璧である。

先ずはデスクトップをアナログ接続する。探してみても手元にデジタルケーブルは一本も無い。上手にXPが立ち上がるが、LINUXとの切り替えのGRUB画面など横長に対応できていないので字が左右に引き伸ばされて変形する。それでも1920x1080のピクセルの入力しているなどを示すので間違いない。問題はドライヴァーのインストロールなどが不明瞭で、機器名をXPでは読み込んでいなかった。LINUXにするとソフトがアップデートされているためか機器名を問題なく掲示した。そして次にノートブックのWin8を付属のアナログケーブルで接続する。

画像も惚けた感じなので上手く読み込めていないと思ったが、表示も大きくして点け消しして暫くすると慣れてきたのか違和感も無くなった。最後に音出しも余分の回線を繋いで試聴する。なるほど1Wx2なので期待のしようも無いが、殆ど音作りはしていないようで、現在使用中のノートブックよりも音は大きくても質は悪い。

もう一つ、未だにPC側で入力の切り替えなどのコントロールが出来ていない。恐らくデジタル回線で結ばないと駄目なのだろう。そしてなによりもアナルグ回線で、その影響のないノートブックよりも惚ける感じが直ってくれるのを期待する。画像の影感などはその色温度も違ってとても良く、映画モードや写真モード、RGBモードなど使えるものが沢山ある。またTFパネルの視角幅も机上では全く気がつかない程度である。これでアームに設置すれば完璧だろう。



参照:
奥歯が浮く様な気持ち 2016-08-22 | 雑感
ベルギービール毎日一本 2016-08-18 | その他アルコール
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by pfaelzerwein | 2016-08-23 21:28 | テクニック | Trackback

愛おしくて、侮れない

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アルコールを絶ったと書いた。二日だけだったので、この間に開けたリースリングについて記録しておこう。一本目はロベルト・ヴァイル醸造所のグローセスゲヴェックス「グレーフェンベルク」2013年である。まだ飲み頃には早いが、三本あったので、先ずは試飲してみることにした。2014年の試飲会以来だが、2015年の春にはまだ売れ残っていた。理由は分からないが、巷では2013年は出来の悪い年となっているのだろう。しかし事実は所謂太陽の薄い高級リースリング向きの年度なのである。

最初に開けたときは、まだまだ味が出ずに、ナッツ類の味だけでその他はなかった。更にミネラルも充分に感じられなかったが、翌日には果実風味が広がり全開となっていた。2013年の特徴は葉緑素臭い2004年にも比較される如何にも湿った感じのリースリングになるので、悪く言えば藁くさいようなハーブな味筋であるが、流石にこれはいつもの黄色めの梨などの果実風味が膨らんだ。その翌日の残りは、明らかに抜けて、落ちてしまっていたので。俗に言われるような偉大なワインの年度ではないことは確かである。それでも良いものは五年を超えて楽しめるのだ。そしてこの幸の薄そうな風情がなんともよいリースリングなのだ。リースリングファンには愛おしくて堪らないだろう。

新聞にモスリムの服装に関しての話題が載っている。大まかに四種類に分けた頭巾がざっと説明されていて、「ヒジャブ」、「ニカブ」、「ブルカ」、「チャド」が、シーアイラン、サウディアラビア、アフガニスタン、イランで「時」を表すなど写真付きである。それらに比べると、先日みた水着は殆ど違和感がないどころか、モード的にも受けるものであると感じる。例えば、タリバンが定めたブルーの網の目からしか見えない被りものになると、我々の人権感覚からして絶対強制などは受け入れられないものだと認識する。要するにそれだけでタリバンは人類の敵としか思えない。それに比べるとシーア派イランのそれはマチ子巻程度のモードにしか思えない。それにポニーテールとなると強制さえなければ、喜んで着る人も少なくないだろう。同じように歴史的に砂漠の地帯などではそうした被り物は健康にも配慮された、気候風土に育まれた衣料文化なのだとも分かる。

個人的結論は、フランス風の公における非宗教をモットーとするならば、こうした宗教的な強要はそれに反し、モードとしてのそれならば自由だろうという事だ。そうした民族的な個性を共生する社会の中で主張したいならばイスラエルのような国を作れという事になる。そうした土着の文化は異なる社会で流通すればするほど本来の歴史を踏みにじるという事でしかない。その意味からはイスラエルですら本来のユダヤ民族の歴史をないがしろにしているとみて間違いないだろう。文化を軽々に意匠として主張するなという事である。

USB温度計を入手した。キャリブレーションのために実験してみると、脇の下で36.9度以上になるので明らかに摂氏一度ほど高く出ると分かった。やはり氷点を作成してキャリブレーションしないと駄目なようだ。高く出るのは恐らく電源が流れて発熱しているのだと思う。また温度が安定するまでに時間が掛かっているので、恐らく気温観測にはそれで間違いないのだろう。

この温度計を充分に使いためにはマイクロコムピューターが必要になる。それに関してBluetoothも話題になっている。そこで、YogaTabletのために購入したキーボードをノートブックに接続してみることにした。問題なくノートブックをそれで動かせることが確認できた。なかなか侮れないテクノロジーだと思った。



参照:
我々のライフスタイルを代表 2014-09-30 | 試飲百景
柱のお札のようなもの 2016-08-06 | 生活 
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by pfaelzerwein | 2016-08-22 20:53 | ワイン | Trackback

奥歯が浮く様な気持ち

週末は奥歯が浮く感じがあって、週間の疲れが充分に取れ切れていなかったようだ。疲労が溜まっている。運動量も週に四日ほど運動しただけだ。それでも疲れた。どうも毎年夏の終わりの初期癌症状のようなものが今年は全身に出たのかもしれない。それだけ、胃の調子は良いという事だろうか?疲れと奥歯の浮つきが関連するようになったのは今年の五月からだが、今後も暫くはそのような関連性を持ち続けるのだろうか。

それでも無理して日曜日は峠攻めとした。筋肉痛のようなものが、準備体操の時に感じられたので、疲労は明らかだった。それに便意まで齎して、これは真面には走れないと思わせた。それでもスローペースの時速10KMも出ないような調子て登って、降りてきた。36分掛かっている。陽射しがあると厳しく、日陰でヒッヤッとするのは同じで、気温は摂氏18度に至っていなかった。本来ならばもっと走れる気候だが、身体が重い。実際73kg超えである。二日間アルコールを補給していないのは明らかに病気で、何年振りなのか想像もつかない。

外付けのHDにあるストレージが一杯になったので、WIN10アップデート時に自動的に作られたWIN8の保存データがあったので消去した。これが大きいのはのトーブックのそれを消去した時に確認してある。そして涼しくなったので、二つ目のLINUXシステムのストレージを触ると同時に、LINUXのアップデートをすると、システムスペース20GBが一杯になった。これもマニュアルで掃除しなければいけない。なにを消去すれば効率が良いのかは調べてみないと分からない。じっくり腰を落ち着けてやらなければいけない。共通のストレージHDも2TBに拡大しないと駄目だろうか。

土曜日に発注したモニターが月曜日には届く。同時発注したHDMIケーブルは火曜日にしか届かないので、先ずは大きさや高さや画像を判断しなければいけない。発注したBenQの108ユーロの安物は長く売られている商品でその間にマイナーチェンジされているようだ。最近の製品はフリッカーフリーとなっているが、これも実際に製造番号などを確認しないと分からない。明る過ぎるバックライトが問題なく抑えられるかどうかだ。日本では同じ大きさのモニターは競争力が無いためか出ていないようだが、このメーカーの商品はそもそも人気があまり無いようだ。TNパネル型のようだ。もう一つは適当な明るさにした時の背後の戸外の光の反射の影響である。その上で、火曜日にケーブルが届いて、アナログ、デジタル経由で最低二種類のPCからの信号を手元で切り替えることが確認されたなら、そしてドット落ちの問題が無ければ、送り返す必要はないだろう。

冬篭りまでは数週間あるので、その間に使い込むまで行けばよいだろう。そしてHDMIコードが充分に長いので、音楽動画のみならずケーブルを延ばすことで、ノートブックを使いながらのPCオーディオも使えるようになるのだ。PCオーディオに関しては、映像を除いた音楽再生という事ではまだまだハイビットDSD処理をしたCDプレーヤー並の音質はなかなか得られることが無いのである。やはりSACDではなくてハイビット処理のハイレゾレーションしか無いのではなかろうか。

車検は最初のオファーの規定料金だけで済んだ。車検などは自分でも準備、申請出来るわけだから、その意味からすれば当然であるが、次のインスペクションまでは何とか車輌の経費を制限出来た。



参照:
典型的小日本短足を眺める 2016-08-21 | 雑感
なんとも云えぬむずむず感 2016-06-24 | 雑感
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by pfaelzerwein | 2016-08-21 22:10 | 雑感 | Trackback