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索引 2016年11月


気に入りだしたシナモン 2016-11-30 | テクニック
初日の放送で何を聞くか 2016-11-28 | 文化一般
出遅れた朝の記録 2016-11-27 | アウトドーア・環境
単純なアフリカの風合い 2016-11-26 | テクニック
不法移民、強制退去の祖父 2016-11-25 | 歴史・時事
これもヤリ手婆の腕捌き 2016-11-24 | 女
a knif and an apple 2016-11-23 | 暦
ポルノオペラは御免だ 2016-11-22 | 音
DNSサーヴァーを調べる 2016-11-21 | テクニック
違和感が消えるときは 2016-11-20 | 雑感
いよいよ本丸か 2016-11-18 | 料理
「誇りを取り戻そう」の戯け 2016-11-19 | 文学・思想
「天才ソコロフ」の響き 2016-11-17 | 音
パリ北部で排除される人々 2016-11-16 | マスメディア批評
超満月とは之如何に? 2016-11-15 | 暦
アーカイヴはお得 2016-11-14 | 雑感
録音の準備の週末 2016-11-13 | 生活
HDDが故障して一週間 2016-11-12 | テクニック
大統領選出後の喧騒 2016-11-11 | 歴史・時事
結構長いWIN8.1への道 2016-11-10 | テクニック
トラムプ、合衆国の民主主義 2016-11-09 | 歴史・時事 TB0,COM2
代表的音楽家や演出家 2016-11-08 | 雑感
弄り時の我がノートブック 2016-11-07 | テクニック TB0,COM2
走り抜ける黄金の森 2016-11-06 | ワイン
メードインチャイナの魅力 2016-11-05 | 歴史・時事
TTIP阻止も独緑の党か 2016-11-04 | 雑感
筋肉が焼けそうな睡眠 2016-11-03 | 生活
ハロウィーン明けの膝 2016-11-02 | 暦 TB0,COM2
あまり機能的ではない展開 2016-11-01 | 文化一般

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by pfaelzerwein | 2016-11-30 23:59 | INDEX | Trackback

ボットネット「未来」の攻撃

この度の四千万を超えるルーターを襲ったのは「アンナ先輩」の作ったボットネット「未来」からの犯人だと分かった。これで狙われたのは独テレコムのルーター経由でポート7547に繋がるグリッド電化製品となる。それは世界で4000万機あるとFAZは検索機「ショーダン」を使って調べて報告していて、ドイツ国内だけでも310万機存在するという。7545など使ったことがないと思うので、調べてみるとLAN外から遠隔操作をする為のポートらしい。

LAN内での遠隔操作は無くてはならない機能になっていて、今これも陽射しがあるうちに事務机のデジタルモニターを利用してドッキングステーションを遠隔操作をしながら書いている。しかし外からの遠隔操作には否定的で、今回のようなことが起こらなくてもどうしようもない弱点だと考えているからである。遅かれ早かれ発生すると考えていた今回の事件を受けてルーターの安全基準などが押し上げられて十分な処置がとられたなら考えても良い。LAN内の暗号化の問題などもこの数日間で扱っていた課題であり、複雑な安全処置と扱い易さをどのように両立させられるかが問題になるのだろうか。

昨晩車中でのラディオの討論会は興味深かった。それによれば「街の光を制限して暗い社会に変えることが明るい世界に結びつく」ということらしい。要するに明るくすることで、特に家庭では良いのは衛生面だけで、それ以外は睡眠障害やその他数多くの弊害があるだけで良いことがないらしい。それ以外の市街地でのそれは商業主義的な観点で明るくすることだけが目されていて、アジアを代表とするような不夜城が出現することになる。だからシヨーウィンドーなどでも明るさ規制をしない限りは制限が出来ないということであった。広告塔も街路灯も暗くして、夜間はあまり外出しないような世界像であり、嘗ての共産主義政権下における不自由さを排除可能な社会が理想であろう。夜が明るい限り文化は生まれないと思う。夜を暗くすることだけで人々の生活や創造力は、文化的だけでなく社会学的、生物学にどれだけ進歩することだろうか。衛生面も明るい時間に掃除するだけで十分だろう。そうした社会を作ることが我々の目標である。十代の時から日本の蛍光灯の非文化的な色合いに苦情してきた自分自身としては我が意を得た気持ちになった。だから先頃国民投票で維持が決まったスイスに原発などは要らない。チューリッヒはまだまだ明る過ぎる。

またまた沢往復で記録が出た。前回までの記録22分39秒を5秒間短縮した。往路も10分40秒ほどで12分で2㎞走行を超えているから悪くはない。その後に減速どころか加速して、坂も折り返し前ほどに落ちておらずラストスパートは最高速度に迫っている。復路で二組の夫婦に出会ったのが減速にブレーキをかけたようだ。零下の外気温でも手袋をしてパンツを脱ぎ棄てて走り出しただけの甲斐があった。往路の最後でお辞儀をしてしまったが、復路で最高速度を出せた意味は大きいだろう。折り返しまでの上り勾配は横から見るとそれほどではないのだが、復路の加速を観れば如何に傾斜があるかが分かる。もう少し地形の特徴を読み込んで走りに活かせれば22分割れも見えて来る。それでもゴールした時には人から声を掛けれれるほどハーハーしていた。この気温では汗をびっしょりとは掻かなかった。



参照:
経験のトロイの馬 2016-10-27 | 雑感
「天才ソコロフ」の響き 2016-11-17 | 音
気に入りだしたシナモン 2016-11-30 | テクニック
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by pfaelzerwein | 2016-11-30 23:52 | テクニック | Trackback

気に入りだしたシナモン

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今のところ内務省から出頭命令は来ていない。日曜日のハッカー騒動で疑われるかと思った。それぐらいに先週から件のDNSサーヴァーを扱っており、それが日曜日の午後に逝かれたので急いで対抗策を講じていたからである。何としてもドイツ最大級のハッカー被害件数を受けた独テレコムのルーターの使用者であり、その攻撃機関中にもPINGを送りPCとルーターに向かいあっていたのである。顕著な点はWLAN内のルーターに交信出来なくなったことで、接続中のアドレスには外部にも繋がり続けた点である。

そして攻撃を受けて直ぐにルーターの電源を切って修復に努め、それでもネット接続に問題があったので、初期化まで試みた。月曜日の生中継があるからでそれまでに何とか掌握しておきたいと思ったからである。

勿論最大級事件が起こっているとは知らないから、てっきりテレコムから敢えて借りている - 壊れた時に直ぐに取り換えさせるように - ルーターが老朽化で駄目になり、次期の機種への移行などを並行して考えなければいけないと思っていたのである。

犯人は海外からのようで恐らくそのルーターを製造している中共と思われるが、ルーターに係るDNSを攻撃したことで、WWWアドレスで接続不可となったドイツの顧客は皆電源を落としたようである。そのために本来の目的であるルーターに繋がっているWLAN内には侵入を果たせなかったと言われている。詳しくはまだ明らかになると思われるが、少なくともDNSは攻撃出来てもそのハッカーの目的は達成出来ないので、ラディオなどでも「馬鹿なハッカー」と呼ばれている。しかし進行中のホームグリッド化などで今後は同じような企てでもかなりの影響が出るとも語られる。

兎に角、週末は廃れ縁SUSEからUBUNTU、そしてそのアフリカらしいざっぱな感じが相に合わずに、FEDORAへとLINUXシステムをを交換して試していった。それはUBUNTUでもシステムが不安定になって来たからで、再インストールするために、土曜日の夕方から初めてのLINUXによるHDD初期化を開始した。結局十数時間掛かって、そこからもインストールが全く上手くいかなかった。FEDORAも全く使うところまでいかずに断念して、SUSEに戻る可能性も考えながら、人気のMINTへと試行錯誤の方向が移っていった。その中でも報告を読むとMINT18のシナモンが良さそうだと感じたのである。

理由ははっきりしていてFEDORAもデザインはアフリカよりは都会的な感じがして法人向きの信頼感があった。しかし、これだけインストールに問題があれば駄目だと思ったので、デザインも洗練されて、軽いと評判のシナモンへと関心が移ったのである。実際にご先祖のUBUNNTUよりもインストールが容易だったので、これはいけると思った。実際にインストールしてからの動きも考えられないほど良かった。

そしてそこから必要条件の遠隔操作の構築に向かった。これが土台のUBUNTUと同じようにスキャナーも問題なく動いたが、同じようにここでもVNCのインストールに躓いた。要するにVNCで遠隔操作をしようとしても灰色の画面しか現れないので致し方がない。そこでウィンド-ズの遠隔操作をXrdpをインストールしたが、最初に読み込んで落ちてしまってからは真っ黒の画面になってしまった。そこから底無し沼にハマってしまった。

その間色々なネット情報で、VNCとインストールされているVINOと呼ばれるシステムを行き来しながらどちらが上手く繋がるかを様々な方法で試してみた。その間、dconf-editorなどいくつものプログラムをインストールして、書き換えたりで出口が見えなかった。しかし交信しているので可能性は必ずあると思っていたのである。

結局最終的にはXrdpを3D表示のミントの画面では無しに仮想のXfceで二次元化して写せばよいと言う主張のYOUTUBEに従って作業をした。完璧ではないが、少なくともちょっとトリッキーな方法で遠隔操作が可能になった。改善はしていかなければいけないかもしれないが、これで寝室のドッキングステーションでじっくりと調整可能となった。

こうしてシナモンは、益々扱いやすく、とても弄りやすいシステムであることを確認した。可成り至れり尽くせりのSUSEの重さと使い難さと比較するとこのシステムの軽さと使い易さが際立つ。どちらが初心者向きかなどとは言えないのだが、ラズベリーパイの手軽さにも通ずるところが素晴らしい。

SUSEはウィンドーズとのPC共用などで比較的インストールも克服可能だったのだが、そのGRUBなどのブーティングシステムを考えなくてもよい単一システムで1TGの容量を思い存分使えるとしたらこれ程面白いこともない。問題は使用しているPCの安物の電源部が消費720Wと巨大なので、先の週末のように点けっぱなしとなると電気代に跳ね返ることであろう。LINUXお勉強の月謝だろうか?



参照:
単純なアフリカの風合い 2016-11-26 | テクニック
DNSサーヴァーを調べる 2016-11-21 | テクニック
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by pfaelzerwein | 2016-11-30 08:21 | テクニック | Trackback

初日の放送で何を聞くか

いよいよ初日である。アムステルダムの上演は前半しかなかったが、ハンガリーでの上演は全部あった。先ず続きの後半から観た。農民の酔っぱらいの場面などはシュトラウスの「こうもり」のようで、警察署での動きなどはツィンマーマンの「ディゾルダーテン」のようで、終幕の橋からの無理心中飛び込み入水はまるで「トスカ」のようだった。演出はこうして全曲を出すほど自信があったものなのだろう。

なるほど、その音楽にまたはアルバン・ベルク作品のパロディーなどが散りばめられていて、オリジナリティーを探すのが難しいぐらいかもしれない。そうしたところに留意した演出だったのだろうか。ここでも交響曲のように一筋縄ではいかぬというか、明らかに視点をずらしたような作品に聞こえるような演出である。

音楽的にはこうしたセマンティックな解釈がショスタコーヴィッチの解釈を複雑にしているかもしれないが、反対に今日まで興味を繋ぐことにもなっている。勿論敢えて不明瞭にしなければ表現不可なことを行間に読み取らせようとする解釈が発生するのを見越している。

特にスラヴ系の舞台表現というか、その言葉や文化からのそれがマジャールの意識で、強調されているように見えるのがこの上演の面白さで、音楽自体も表現主義的な響きと従来のロシア的な響きをモザイクのように繋げているように響かしている。ヨーナス・コヴァーチという指揮者はブタペストやベルリン、ハムブルクでも活躍しているようで、この十年前の演奏もその実力を示している。現在のハンガリーを代表する指揮者のようだ。

前半も一幕を観たが比較的上手に処理しているが、逆手にとって使たような性描写でこれも煩わしい。性の扱い方によって、後半の暴力装置たる警察官などの扱い方が変わる筈で、この辺りをハリー・クッパーはどのように処理するのだろうか?警察署の椅子の写真などが出ていたがあれはあれで官僚主義的な雰囲気が出ていて美術としては納得がいきそうである。

先ずは月曜日に音楽を聴いて、他の演出のヴィデオ映像などとスリ合わせて、上演の質を評価できるのではなかろうか?あそこまでの敢えての性描写に釣り合うのは官僚主義の本質でしかないのだろうが、それがクッパーの語る専制主義の犠牲ということとどのように係るのだろうか。

正直この演出家の仕事はバイロイトのその演出も十分には知らないので、想像の仕様がない。但し、フフェルゼンシュタインのリアリズムの手堅さとは別に音楽との協調作業に秀でている老演出家なようなので、ラディオで中継を聞けば大体の方向性はライヴで観るまでに想像できるであろうか。

ラディオインタヴューなどを聞くと、舞台を帝政時代の最終期つまり革命前と定めているようだが、当然のことながら内容的にはスターリン独裁政権が作曲の基本にある。スターリンが美学的に受け入れられなかったというよりも、危険な舞台作品と考えたのは間違いないとしても、するとその性描写などの扱いが再びここで問題となる。音楽的にしか回答仕様がないものではなかろうか。

そこで今回のショスタコーヴィッチの音楽がどのように響くのかが楽しみである。作曲技術的に手の込んだところが確りと示されて、その音楽の構造自体にすべてを語らすならば、それが効果の狙いとは無関係に、その効果の構造というものが見えて来る筈である。演出家は音楽に語らすことをモットーとしているようだが、その演出と音楽的な構造に矛盾が生じなければ劇的な効果が生じる筈である。

三通りの映像表現を観たが、ロストロポーヴィッチ指揮演奏の後付け映画は論外として、ハンガリーでの上演はなるほど音楽劇場作品として成功していて、またアムステルダムでのヤンソンス指揮の上演は音楽的にも劇場作品としてもあまり説得力がなかった。



参照:
ポルノオペラは御免だ 2016-11-22 | 音
違和感が消えるときは 2016-11-20 | 雑感
あまり機能的ではない展開 2016-11-01 | 文化一般
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by pfaelzerwein | 2016-11-28 19:48 | 文化一般 | Trackback

出遅れた朝の記録

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朝は出遅れた。頂上に向けて走り出したのは九時を過ぎていた。気温は再び下がる傾向にあるので天気は悪く、今にも降りだしそうな空気は軽くはなかった。準備体操の時に息が上がるようなことはなかったので体調は悪くはないだろう。下では寒くはなかったが頂上は温度が下がるのでフリースを着て走り出した。

最初の急坂も攻めれる一方それほど苦しさは感じなかった。緑のベンチから第一の合流点までも順調で、第二合流点までも勾配の強さを初めて確認するほど余裕があったともいえよう。あとで調べるとそこはさすがにガックとこの字型に減速している。そこからは嗚咽が漏れたが山道に入るまでも加速する。

流石に山道では急減速して、加速減速を繰り返して頂上直下の急斜面を我慢して終える。35分15秒は前回の記録よりも早いが、午前の記録としては最高かもしれない。しかしかなり来ているので、下山はどれほど飛ばせるか?

それでも比較的順調に加速した。林道に入っての再加速には満足だ。一部時速10㎞を切ったが、カーヴや下りの始まりで視界が効かないなどのところなので仕方がないだろう。流石に遅めの時刻となるとすれ違う人も、林道の最初でMBXの数人組とか親子連れなどあった。前者は車で街道沿いの駐車場で下していた人たちだろう。何処で追いつかれるか気になっていたが、大分の差があった。もう一人急坂を走って登ってくる禿親父がいた。年齢も近づくと60過ぎ位で若くはない。最初は仲間の蛸オヤジかと思ったぐらいで、一体何のスポーツをしている人なのだろう。あの急坂を走るのはものすきしかいない。挨拶をしながら顔をお互いにしっかり見た。

最後に飛ばしてフィニッシュ、55分45秒はまた記録であった。息を整えて降りでも負荷を下げない努力はしたが、まだまだである。それでも上りに攻められたのが良かった。走りながら下りの負荷の練習で心肺機能がここにきて急に鍛えられている感じがしている。心拍計は着けていなかったが、それほど加速の割には負荷が上がることはなかっただろう。記録ラッシュは偶然ではないと思えるようになってきた。



参照:
アーカイヴはお得 2016-11-14 | 雑感
ポルノオペラは御免だ 2016-11-22 | 音
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by pfaelzerwein | 2016-11-27 23:22 | アウトドーア・環境 | Trackback

単純なアフリカの風合い

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LINUXのネット環境は戻すことが出来た。サーヴァーの開発位の勉強をしなければいけないかと覚悟していたが、簡単なコマンドで直すことが可能となった。ルーターにも一部のインターネットにもアクセスすることは可能となっていたが、最後の読み込みが上手くいかなかったのだ。だからインターネットへのアクセスも研究すべきかとも思っていた。要するに情報工学の基礎を学ばなければ、直せない位に微妙なところにいたのだ。

それが、コマンド(dhclient -r)でルータのIPアドレスを開放出来ことに気が付いて、開放して再び設定するとインターネットに繋がるようになった。同じような方法としてルーターの電源を落とすとかの方法は試験済みだったが、そのような方法では全く変化はなかった。反対方向、つまりルーターに開放をコマンドすることは可能だったのだが、それは今までやっていなかった。そしてLINUXからルーターにコマンドを与える方法で、IPアドレスを新しくすることになった。

するとLAN内でのコンタクトはピンが通らなくなったりしたが、直ぐにインターネットと交信可能となった。それまでと反対になったのである。LAN内の調整を済ますと元通りに徐々に回復した。そしてアップロードを続けた。

但し肝心の真面なクロームは使えないようで、増えていくアップデートだけを眺めているうちに、再び容量一杯になった。今回は消去方法を熟知している筈だったが、アップデートに消去が中々追いつかない。結局残る数キロバイトになって扱えなくなった。

ここで調べてみるとやはりアップデートに伴うログなどを調べてみると、どうも尋常ではない。ここで問題のあるSUSEを研究しているよりも、乗り換えを考えた。直ぐに思いつくのはUBUNTUであり、先DVDを焼くためにDLした。

週の間に夜中の二時まで試していることもあって、もうこの辺りで終わりにしたいという気持ちもあるが、春から懸案になっていたLINUX機を完全に整理するなら今しかないという気もあった。

32BITのUBUNTU16.04.1 LTSはDVDで立ち上がり、懸案のスキャナーも何もせずに読み込んでくれた。しかし思い通りに動かすには調べてみないと分からない。何よりも単純化されていて、簡単に使えそうだが、キャストも簡単に機器を読み込んでくれない。さらにインストールで止まってしまって不完全なので壊れだした。結局インストールに一時間以上かかった。

REDHUTにするかどうか疑心暗鬼はしばらく続きそうだ。もう一度、HDDのフォーメーシからインストールやり直してみる。それでも本来あった1TBの容量を読み込んだので、少なくとも謎の未使用部分が無くなって気持ちよくなる。

もう数時間はこれに時間を掛けてみる。今後ウィンド-ズの代わりにLINUXをドッキングステーションのメインシステムに出来るかどうかの可能性を探ることになりそうだ。



参照:
筋肉が焼けそうな睡眠 2016-11-03 | 生活
無駄ないインストールの結果 2015-09-24 | テクニック
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by pfaelzerwein | 2016-11-26 22:05 | テクニック | Trackback

不法移民、強制退去の祖父

トラムプ家のフリードリッヒの研究が新聞に載っている。「なぜ、フリードリッヒが1904年に妻エリザベートと故郷カールシュタットに戻ってから、滞在許可を出しても受け入れられなかったか」についてである。16歳で姉の住むニューヨークを目指して、1892年シアトルで市民権を取ってから、再び1901年に妻を娶りに帰郷して、再び合衆国から戻って来た時に妻エリザベートは故郷にとどまることを希望したのである。そのことでの国籍の再取得を申し立てたが、却下され、1905年2月にはバートデュルクハイムの当局からバイエルン支配地からの強制退去命令が下されている。

却下の大きな理由は、バイエルンの支配地プファルツの市民に課せられた徴兵義務を果たしておらず、年齢からその義務を果たせることがないということであり、バイエルン市民とは認められなかった。そもそもニューヨークに出発するときに合法的な移民としてバイエルンの席を抜いているのではないために、そのこと自体が非合法な兵役拒否にも繋がっている。

国内国際欄つまり三面記事で高級紙FAZは、「ドナルドは、おじいさんが不法移民であったことを忘れているようだ」と締めくくっている。なるほど兵役逃れの移民三世の実質上の二代目があのような主張をして大統領になるのが合衆国であるということだろう。但し兵役に関しては異なるが、移民などは皆同じようなもので、私自身も日本政府や自治に移民すると断って籍を外して移民している訳ではない。そもそも故郷を棄てる者などは似たものだ。

フリードリッヒが国籍申請のためにスパイヤーの内務省当局に出した手紙類はスパイヤーのアーカイヴにそのまま残っており、その細かく書かれた書類の束の写真を見て、大叔父さんが日本に滞在する子息への仕送りなどのことで大量に手紙をよこしていたという話を思い出した。残念ながら捨ててしまったということだが、公文書はこうして中世から残っているのがドイツであり、恐らく私自身の資料も日本でよりもそのものこちらで公文書として残されて行くものだと思った。



参照:
大統領選出後の喧騒 2016-11-11 | 歴史・時事
都合の悪い真実を窺う 2016-02-23 | 雑感
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by pfaelzerwein | 2016-11-24 23:15 | 歴史・時事 | Trackback

これもヤリ手婆の腕捌き

先週金曜日に床屋に出向いた。するとヤリ手婆がいて、助っ人が来るまで一時間ほど掛かると話した。それならば仕方がないと戻って来たのだ。今掛かっている美容院は娘が婆の下で仕事をしていて、婆は主に客の扱いのような人に働かして自分は何もしないという体制をとっていた。最初の何回かは異なる人が仕事をしていたので、娘がいるのにと思っていた。

娘は、最後に行ったのが八月だったので、それから妊娠でもしたのだろうか?そして週明けに出かけるとやはり娘は居らず婆が他のお客さんのカールなどをしていた。「待つかそれとも」と言うので、後に約束があり時間もなく、来週はミュンヘンなのでこの暖かい時を逃すわけには行かないと思った。そして腰かけて待っていると、婆がやってきたので、「一人で全部やるんだね」と言うと、「同僚は10時からだ」と答える。事情を説明しないので、それ以上は聞かなかった。

そしていつものように「耳にかからないように」と注文すると「全体か?」と尋ねる。「短くしてくれ」と、そもそも散髪するのはスッキリしたいだけで他意はないのである。それでも娘の感覚と比べてこの婆が何をやるかは少し心配だった。しかし見ていると出来るのである。あれだけ普段は人に働かせて何もしていないのに手は良く動き要領が良い。

定年年齢ではなく、タバコと酒で声を潰して真っ黒の顔をしているのだが、一体普段のあれは何かと思わせた。よほど娘を使いこなすように育てたのか何かは分からないが、如何にも腕一本で好きなようにやってきた婆のようにしか思われない。そして娘と喧嘩でもしたのだろうかと思わせる。

「前髪は横に分けるか垂らすか」と尋ねるので、「それほど厳密にはしていない」と言うと、「ああ、林のように垂らしておくのね」と面白いことをのたまう。出来上がりも娘の仕事と比較して遜色がないどころかさっぱり感がある。腕はあるのだ。

それでも娘に働かしていたのがヤリ手婆そのものである。ネットニュースを見ているとフランスのTF1で司会者として活躍していたフラヴ・フラマンが写真家ダヴィード・ハミルトンに13歳の時に性暴力を受けたと発表したとある。どうもサッカー選手の家族など母親がそのようにモデルとして立たせたようで、まさしくこれもヤリ手婆である。



参照:
ベルギービール毎日一本 2016-08-18 | その他アルコール
年末になってスカッと 2015-12-31 | 歴史・時事
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by pfaelzerwein | 2016-11-23 23:27 | | Trackback

a knif and an apple

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新聞の折り込みにあるカレンダーを捨てる前に発見した。一度だけではないかもしれないが、そろそろ要注意時期である。うっかりしていると捨ててしまうのが折り込のカレンダーである。

そのような訳でまだまだ今年の総括ではないが、シーズンなので今年学んだ最も有意な方法を書き留めておく。LINUXの掃除の仕方でもなんでもないリンゴの剥き方だ。林檎は嫌いではないがシーズンに美味しそうなものがあれば週に二三個食するぐらいである。数が伸びない理由は皮を剥くからだとは分かっているが、また皮の周りのビタミンを惜しんで丸齧りしてもそれほどおいしいと思うことは少ない。数ある品種も精々酸味と歯もろさ、瑞々しさなどの相違で、むしろ皮の色合いなどで選んでしまうことが多い。その程度の林檎なのであまり食し方に拘ったことはない。

それがこの九月にアルゴイに出かけた際にパートナーがいつも同じようにナイフでそれを食しているのに気が付いて、自分でもそれをやってみた。見た目よりもどちら付かずの感じはなくて、林檎の種類によっては絶品の味わいを体験可能な食し方と認知した。大前提としてワックス塗りをしていないことが重要かもしれない。

どちら付かずに感じたのは、先ずは半分に切って、私がするように更に半分、つまり四等分にしてから芯を切り取って皮を剥かずに、そのまま芯を刳り貫いてしまうのだ。そこで皮を剥かずに食するので、丸齧りの豪快さを感じることがない。そもそもそのパートナー自体がミュンヘンの工科大出身の荒っぽいタイプではないのでそのちまちました作業が似合うのだ。こちらの機嫌が悪ければ「はっきりせい」とカツを入れたくなるような食し方である。

そして実際に自宅でやってみると、皮の辺りがサクサクして分離しないでしっかりと割れる感じの林檎の場合のジューシーさと歯もろさは何とも比較しようがないほど良い。そして芯を抜いてあるので内側の最後まで歯もろさと熟した美味さがバランスよく楽しめるので、満足度が高いのである。但し反対に皮が割れないような林檎では中まで実を押しつぶしてしまう感じになるので、皮を剥いた方がいい。丸齧りには豪快さはあっても味という意味では芯までを食してもそれほど格別ではなく栄養士の自己満足のようになってしまうので、それならばこの方法が格別である。一度フジでも試してみようかと思うが、あの皮は分厚そうであまり合わないかもしれない。

左手の親指が痺れた。詰めた覚えなどがない。何か悪い病気かとも思った。しかしよく考えてみると、洗濯袋のファースナーが壊れたので指先に力を入れて直していたのだった。半日近く経ってから小さな障害が表れたのだった。



参照:
それでもまだ、私は、今日 2006-12-01 | 生活
人類の将来の進展のために 2012-12-02 | アウトドーア・環境
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by pfaelzerwein | 2016-11-23 02:03 | | Trackback

ポルノオペラは御免だ

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峠攻めタイ記録である。数秒は最後の走りで何とかなったが、登りが早かったので良しとしよう。前回は19分13秒だったのが、18分53秒で久しぶりの19分割りだった。一年ぶりの18分台で、更に朝の走りとしては初めての大台だった。天候が幸いしたか、裸で走れる摂氏10度と恵まれた。決して調子は良くなかったが走り出しから足元が確りしていて、体幹走りにも早く入れた。

心なしかテムポは遅かったと思うが、足取りが良く、前がしっかり見据えられ攻められたのである程度の記録にはなると思っていた。それでも20分割は何とかなっても19分の壁は厳しいと感じていた。そして下りも負荷をそのままにして駆け抜けた。但し最高速度も伸びず、波が結構あり、そして最後に速度がまた落ちた。落とさなければ30分台だった。暖かさが続けばまだ可能性がありそうだ。

ショスターコーヴィッチの「マクベス夫人」のもう一つのフィルムを観た。アムステルダムでコンセストヘボー交響楽団をヤンソンスが指揮したものである。半分しかネットでは公開されていなくて、後半は購入してくれというマーケンティングを採用している。映っているのはあまり見たくもない歌手のパンツ一丁の姿だけで、主人公のエーファ・マリア・ヴェストブロックも相変わらず魅力がない。演出もある程度の配慮はあってもオランダでの上演だろう予想通りの直截的な性表現になっている。正直このオペラの舞台をこうしてみていると、独裁者スターリンが怒って帰った気持ちが分かる。

肝心なのは交響楽団が演奏するオペラで、ヤンソンスの指揮であり、なるほど明晰に楽譜が鳴らされていて、座付き管弦楽団とは異なる音楽表現が聞かれる。しかしそこで鳴らされる音響は録音の問題か、十分な管弦楽の響きとしては広がらずに飽和した音としてしか聞き取れない。オリジナルの原盤ならば少しはましだろうか。同時に楽譜を見ているように音楽が聞き取れるかというと大変疑問が残る。

この指揮者は、ロストロポーヴィッチ指揮のようにおいしいところを逃すこともなく、貪欲なのだが、少なくとも私が見ている楽譜からは読み取れないアゴーギクなどをつけてきて、その根拠を知りたくなることが多い。言葉を変えるとテムポの加速減速がわざとらしい。なるほど同じように煽ると言われている指揮者ティーレマンなどとは俄然技量が違う訳だが、それ故にソヴィエトの音楽教育からも恩恵を得たと自負するこの指揮者が聴者を納得させるだけの音楽的な根拠が示せていないのはとても情けない。要するに指揮者としては超一流なのだが、音楽家としては評価出来ないということになる。

後半はネットから削除されているが、ここまで観れば十分だ。音楽的にこれを良しとする音楽ファンもいるのだろうが、前半の演出などを観ればこれを最後まで観ようと思う人はどれぐらいいるのだろう?今回のミュンヘンでの新制作の演出は分からないが、ハリー・クッパー演出は本質的で洗練されたものであって欲しい。なるほどその性描写は「ばらの騎士」のそれなどに比較しなくとも直截的であるのは間違いないのだが、その意味合いやその楽譜に向き合えばもう少し深掘りは可能である。安物のポルノオペラは御免である。



参照:
自己記録のゴールドラッシュ 2016-10-24 | アウトドーア・環境
新フォームで記録に挑戦 2015-12-17 | 生活
違和感が消えるときは 2016-11-20 | 雑感
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by pfaelzerwein | 2016-11-21 21:47 | | Trackback