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索引 2017年1月


春も恋しい、寒の緩み 2017-01-31 | 生活
とても魅力的な管弦楽 2017-01-30 | 音
フクシマ前消費の半分へ 2017-01-29 | アウトドーア・環境
エネルギー切れの十四時間 2017-01-28 | アウトドーア・環境
マエストロ・ムーティに再会 2017-01-27 | 音
パンの美味さは健康の味 2017-01-26 | 生活 TB0,COM2
指向性が良くなるアンテナ 2017-01-24 | 雑感
地方の音楽会の集客状況 2017-01-23 | 文化一般
生涯日本滞在時間比率 2017-01-22 | 雑感
復活祭音楽祭の記録 2017-01-21 | 文化一般
スキーツアーの寒冷対策 2017-01-20 | ワイン
核が耐えられなくなる寒気 2017-01-19 | アウトドーア・環境
二週間ぶりのサクサク感 2017-01-18 | 生活
電話ケーブルの再敷設 2017-01-17 | テクニック
エルブの容赦無い音響 2017-01-16 | 音
ドイツ製ゴーグルの対照性 2017-01-15 | アウトドーア・環境
ピエール・ブーレーズの家構想 2017-01-14 | 文化一般
ヘアースタイルフェティシズム 2017-01-13 | 女
腰痛日誌六日目、圧迫感 2017-01-12 | 雑感
腰痛日誌五日目、柔軟 2017-01-11 | 生活 TB0,COM2
腰痛日誌四日目、回復 2017-01-10 | 雑感
腰痛日誌三日目、希望 2017-01-09 | 生活
腰痛日誌二日目、買物 2017-01-08 | 生活
腰が痛くて熟睡できず 2017-01-07 | 生活
年末年始ワインと初買い 2017-01-06 | ワイン
試してよかった初滑り 2017-01-05 | アウトドーア・環境
清貧に準備する防寒 2017-01-04 | 生活
三世が見るトラムプ像 2017-01-03 | 歴史・時事
TV灯入れ式を取り止めた訳 2017-01-02 | 暦
厳冬の大晦日の過ごし方 2017-01-01 | 暦

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by pfaelzerwein | 2017-01-31 06:35 | INDEX | Trackback

春も恋しい、寒の緩み

車の車幅灯が切れた。数日間寒いなかを路上駐車していたからだろうか。トランクに入れておいた水が翌日も凍っていたことからも寒さが知れた。電球が切れただけだったようなので、球を取り出してみようと思うが左側は特に手が入れ難い。不凍液のタンクが邪魔しているからだ。それに車幅灯と遠投ヘッドライトが二つ縦についていて、外からはどちらがどちらだったかも分からずに手を押し込むので更に煩わしい。結局両方を外して下側の車幅灯の電球を外して切れていることを確認した。

述べたように左側が面倒なので、右側と付け替えることで電球だけの問題であることを確認して、且つ電球交換を容易にしようと右側だけに不良を寄せる。序に外したヘッドライトも右側は最近交換しているので左側に新しい方を付け替えてと思って凍てつく中で作業する。そうこうしているうちに、左側のヘッドライトの古い電球が脱落してその中に落ちてしまって、ドライヴァーなどでは引き出せなくなった。異音もしないようなので、電球を諦めて右側を外して左側にリゾースを集中させて、右側二つの電球交換にしておく。

そうこうしているうちに、ラディオも点けっぱなしにしていたので、バッテーリ保護の警報が鳴りだした。寒いところで30分以上も頑張っていると体も冷え込むがバッテリーも冷え込んだようだ。仕方がないので、作業を終えてから、バイパスを通って家の周りを一周して戻って来る。

メーカーのマンハイム支店に行けば直ぐに手に入るのだが、都合も悪く、更に安いものを購入するならばネットでと思い検索する。車幅灯共々二つづつのセットで、各々5ユーロ、9ユーロで、二つも要らないのだが価格は変わらず燃料代を節約出来るので、送料無料の30ユーロに合わせるように品選びをする。それが中々緊急性などを勘案してもなかなかうまい買い物とはならない。週末に冷えが緩んだことであり、手元が汚れないように新たに襤褸を持ち出して、脱落した電球を探してみることにした。

懐中電灯を点けて観察する前に、懸案の不凍液のタンクを外せることに気が付いた。一度外したことがあったようだが忘れていたようだ。すると中が良く見えて、奥に入っていた電球を拾い出すことが出来た。その古い方を右側に付け直す。これで9ユーロの投資が要らなくなった。その分必要なものをアマゾンに発注可能となった。

掃除機の使い捨てゴミ袋と共に二枚組CDに加えて、プラスティックの書類置きを三つ購入した。重ねて使っていたのだが、下に落として割れてしまっていたので、籠もり部屋には書類置きがなかったのだ。籠もり部屋生活もあと二月ほどである。



参照:
ラムプが切れて冬支度 2016-10-07 | 暦
積極性が満ち満ちるとき 2015-09-28 | 生活
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by pfaelzerwein | 2017-01-31 00:31 | 生活 | Trackback

とても魅力的な管弦楽

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承前)リカルド・ムーティ監督下でのシカゴ交響楽団の実力は?

二曲目のエルガー作曲「南国で」は、未知の作品であったが、その通りベルカントに歌う局面のみならず、音色豊かな木管類や金管の抑制の効いた響きがとても美しかった。この交響楽団からこれ程美しい響きを聞いたことはなかったので、なるほど楽団はこのマエストロにこれを期待したのは明白だった。なるほど大都市シカゴにおいて、エンターティメントとシリアスを、新世界と旧世界を、丁度良い具合にバランスをとった上質な音楽を提供するということではショルティーもバレンボイムでも叶わなかったことだ。エルガーの交響的な書法も余すことなく響かせながら、「威風堂々」の月並みやイタリア趣味のそれになってしまわない演奏実践はやはり見事としか思えない。実際に会場でもブラスバンドを期待していた向きも音楽を知っている向きも同じように反応していたことでもその効果のほどが良く知れた。

これを書きながら、フィラデルフィア管弦楽団監督時代に録音されたショスタコーヴィッチの五番交響曲のCDを流している。その響きはオーマンディ時代のグラマラスなそれを引き継いでいるものだろうが、実際ネーティヴなドイツ語を喋る先任の録音が典型的な所謂カラヤン世代のムーディーな音響にしか至らなかったことからすると、ムーティ―指揮演奏はその世代が異なるだけでなく充分に欧州風である。充分に音価をとって歌わせるようにテムポ設定してあるのも今現在と全く変わらないのであるが、それはそれなりに簡略して情報量を落とすようなことをしていない。オーマンディ―がその才能を見染めたのだった。

後半のムソルグスキー作曲の二曲からコルサコフ編曲「禿山の一夜」は唯一勉強していった作品で存分に聞き分けることが可能だった。先ずはリズムが全くなっていなかった。一カ所だけ、鐘が鳴って終結部への弱音器付きのヴァイオリンが出るところで、それに続く終結におけるソロクラリネットのmeno mosso, tranquilloを先取りするかのようにテムポを落としていた。それによって本来は印象的な筈の木管のソロがもたつくこととなっていた。なるほど音色の妙としては印象的だったのだが、益々ムソルグスキーの音楽の土着的な強さから離れる結果となっていた。エルブフィルハーモニーでのFAZ批評ではおしゃれなリムスキーコルサフ編曲と呼ばれた所以だ。

それは同じように次のラヴェル編曲「展覧会の絵」にも如実に表れていて、もはやムソルグスキーなどどちらでも良くて、フランスの新古典主義の管弦楽法の微細さを堪能するだけとなっていた。プロムナード主題も押しつけがましくなく、至ってバランスの取れた軽妙な音楽となっていて、名画を堪能するに尽きるのであった。久しぶりにラヴェルの管弦楽を生で聞いた思いであり、昨年聞いたフライブルクの「ラヴァルス」とは次元が異なった。なるほどこれだけ上質な音楽はこの交響楽団からもなかなか聞けないものだったかもしれない。こうなるとロシア音楽なんてどうでもよいとなる。

つまり芸術性と呼ばれるものでもあるが、マエストロがベルカントで魅力的に歌おうとなると同じようにテムポを落として歌うことになるのである。モーリス・ラヴェルの楽譜にそのようなロシア的な表記があるだろうか?楽譜を調べないまでも違和感を覚えた。アンコールのヴェルディ、そしてマエストロの若い時と全く変わらないキャラクターは、なるほど魅力的なもので、銭をとれる極上のエンターティメントであり、それなりの芸術的な愉悦もありヴェルディなどのオペラの楽譜への見識や批判的な解釈には定評がある。しかしそれだけに余計にこの南イタリアのマエストロが他の立派なイタリア出身のコンサート指揮者とは全く異質な存在であることを感じさせた。

シカゴ交響楽団は、バレンボイムの指揮では背後に追い遣られていたショルティー時代のようなあの締まり切った快い低音も、それにバランスをとるグラスファイバーのように鋭い高弦の超合奏を披露した。ヴィオラトップを中心にコーリアン主体の更に数的に支配的になったアジア人達の弦合奏もとても立派で、管とのバランスを含めて斎藤記念管弦楽団とは似て非なるその芸術性は圧倒的だった。

余談であるが、入りはとても悪かった。指揮者楽団共に人気が無いのである。ティーレマン指揮シュターツカペレよりも人気が無い。折角マエストロが自己評価を自己認識してその長短をバランスとったプログラムであったが、一般的な聴衆にはその面白さや意欲が理解できなかったのかもしれない。また、案の定2017年は間違った座席が間違った価格で発売されていて、どうも二列目の人たちに補償があったような様子はなかった。(終わり)



参照:
復活祭音楽祭の記録 2017-01-21 | 文化一般
高額であり得ぬ下手さ加減 2016-03-25 | 文化一般
今言を以って古言を視る 2006-11-02 | 暦
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by pfaelzerwein | 2017-01-29 21:32 | | Trackback

フクシマ前消費の半分へ

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電気代の決済が来た。結論からすると2016年度は1774kWhと、2015年度2316kWhに比較して542kWhも消費が減っている。二割五分に近づく削減である。さてその内容を調べてみる。

一つは冷蔵庫のパッキングを直したのが2015年12月であるから夏の間の効果はあった筈だ。そして今霜が冷凍庫に再び付着しはじめているので、週末の夜に除去してみる。

もう一つはノートブックのドッキングステーション化を8月からはじめて、ワークステーションの通電時間とその後10月からスタンバイ電源も切れるようにした ― 反面、モニターを二つ常時点けるようになったのでその分増えている。ワークステーションの年間使用の半分ほどは2016年中に節約したことになるだろう。電球は切れる毎に低消費のものに付け替えていくぐらいだから限られている。そもそも常時点灯している電球は少ない。

その他では、12月以降に電源スイッチを導入しているので11月末の検針時には全く考慮されていない。増えたものは、前記モニターに加えて、DACの導入による電流と若干オーヴンの使用も増えたかもしれない。その他キャストやラズベリーの使用も電源スイッチをその後入れるなどして微増であり、スタンバイのシャットアウトで増減なしだろう。

2017年の見通しは明るい。スタンバイ電流を徹底的に落としたことから、またワークステーション消費残り半分が実質的に無くなることから、それだけからすればもう二割五分削減となりえると思う。大胆に試算すると1330kWhとなる。試算は初めてであるが、ここまで下がれば殆んど優良電気使用者となり、フクシマ前年の半分以下になる。あれだけHiFiやWiFiだけでなく仕事にも電気を使っていてこの数字に至ると表彰ものとなるが、本当だろうか?洗濯機も週に一回以上、掃除機もアイロンも使っていて、コンロも普通に使っている。そういえば自宅にいても昼食で火を使うことが殆んどなくなって来ている。これは大きいかもしれない。節電強化のPCや電化製品はとてもありがたいものである。勿論相当分返金される182ユーロ、昨年は月掛70ユーロ支払っていたのに対して54ユーロと月々16ユーロ安くなり、これもありがたい。

そして何よりも嬉しいのは、我が市の電源が水力、天然ガスのプールのヒートポムプシステムから41.5%とその他再生可能エネルギー57.5%で完全再生可能エネルギーと僅か1%の天然ガスのみで構成されていることだ。CO2排出はなんと4g/kWhである。勿論核廃棄物零である。これはとても嬉しい。



参照:
一日17時間稼動の労働コスト 2010-02-24 | 生活
排出零の節約ライフスタイル 2012-02-04 | アウトドーア・環境
犯罪行為のオール電化 2012-02-10 | 生活
しなやかな影を放つ聖人 2007-12-15 | 文化一般
我が町のエネルギーミックス 2014-02-15 | アウトドーア・環境
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by pfaelzerwein | 2017-01-28 21:49 | アウトドーア・環境 | Trackback

エネルギー切れの十四時間

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山から帰ってきて三泊した。腰の張りに少し気が付くようになった。疲れていたのだと思う。若干太腿や脹脛や上腕下腕に違和感がある程度で、クライミング、山登り、スキー山行などの三泊四日の経験から比較すると殆んど疲れていないのだ。なるほど二日目の午後だけは同じ斜面を二度登る代わりにジャグジーに入る前にゆったりした時間を過ごした。前日の初日が四時起き12時間の移動と登降であまりにも疲れてしまっていたからである。

四時に起きて、六時過ぎには車に五人が揃って、一路ブレゲンツを目指す。途中アルゴイのパーキングエリアでコーヒーを飲む。そして、国境を越え、フェルドキルヒ前でリヒテンシュタインを回り込むようにスイスに入る。そこからは一路ダヴォ-スの谷を目指すのである。暫くすると、警備の車のコンボイと行き違いになる。スイスの警備のほとんどがあそこに集結したのだろう。軍は民兵がいるから招集できるとしても警備には限界がある筈だ。それでも世界会議を行うだけの価値はスイスにあるのだろう。丁度その経路がザンクトガーレンの飛行場からの経路にもなる。小型は谷にも飛べるのかもしれないが、ビジネスジェット機となると一番近い飛行場であるらしい。

流石に高速道路の路肩には綺麗に雪が積み上げられていて徹底的な除雪がされていたのは当然だろう。谷道に入っても道路状況が良い。高速道路を下りる前からチューリッヒからの仲間の車を見つける。本谷を外れて支谷に入る。最後の村を通り抜けて、予定していた駐車場に予定通り十一時過ぎに到着する。助手席に乗っていたが足が冷えて仕方なかった。ディーゼルでもこれ程寒い車は初めてだった。今年は寒いだけでなくて、車も寒いので居眠りするところでもなかった。急いで着替えて、最初のツアーへと出かける。三時間ほどかけて1000mほど標高差を稼ぐと流石に息苦しくなる。靴の切り替えを忘れていたりで、最初の滑りから慣れないことが顕著となる。

車まで下りて、荷物を全て積み込んで小屋まで標高差100m以上を一時間かけて登らなければいけない。夕食は十八時からであるからそれに間に合うようにである。そこに小屋のオートモビールがやってきて荷物を持って行ってもらうことになり、大助かりである。荷物が無くても、暗闇の中を小屋に着いた時にはフラフラになっていた。朝から口にしたものは、前日購入したベルリーナー、アップルタッシェ各一個、バナナ一本と少々にナッツと干し果物、それだけだ。これは前日の食事と合わせてもギリギリの線だっただろう。もし荷物を担いでいたら30分以上余計に時間が掛かっていたと思う。そして気温は零下二ケタ台だ。天候が穏やかだったので助かった。



参照:
指向性が良くなるアンテナ 2017-01-24 | 雑感
スキーツアーの寒冷対策 2017-01-20 | ワイン
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by pfaelzerwein | 2017-01-27 19:52 | アウトドーア・環境 | Trackback

マエストロ・ムーティに再会

マエストロ・ムーティ―指揮のコンサートは二回目だった。最初は日本デビューのヴィーナーフィルハーモニカ―にカール・べーム博士に付いてきた時だった。その前にはクラーディオ・アバドが同行していたので、どうしても比べられることもあったと記憶する。北イタリアのアバドとナポリ出身のムーティーは対照的だった。

その時もヴィヴァルディ―とモーツァルトとブラームスの短調交響曲を組み合わせたプログラムで、アンコールは運命の力序曲だったと思う。1975年のことだったようで、34歳だったようだ。そして現在は75歳のようだ。40年間殆んど変わっていないのには驚いた。なるほどその指揮は先ごろ亡くなったジョリュジュ・プーレートル宜しくその指示が極力節約されていて、その点においては名匠らしくなっていた。それでもあの若い時からのプログラムなどの跳ね上がりもののような感じは今でもあって面白かった。

一方シカゴ交響楽団はショルティー、バレンボイムに続いて三人目の指揮者として聞くことになる。一曲目のヒンデミットの弦と金管の為の音楽が典型的であるが、ベルリンの管弦楽団が如何にインターナショナルになったとしてもあのような明るい音色でこの曲を演奏することもなく、指揮者もそのままで置いておくことはないだろう。要するにこの指揮者にとってはそのようなところまではどうでもよいのだろう。

当日のオリエンテーションはそのヒンデミットの作品に焦点が当てられていて、その所謂新古典主義的な作風が芸術哲学的な面からそして楽譜へと戻って紹介された。建築を例に挙げて世界中に同時期に建てられた、ドイツではナチズムの建物などの人をあまり寄せ付けないながらもアンティークな柱状のファサードにおいて飽く迄も客観主義にあるそれらの美が説明されるのである。そしてそれは音楽においては具体的にはアンティークを求めたフランスバロックをまたそれを本歌取りしているバッハのフランス風序曲などを流しての説明となる。勿論バロック芸術のそれとはそもそもアンティークは異なるのだが、基本的には客観的な自失感に置かれる芸術の力としてヴェルサイユ宮殿などの大きさの圧倒感がそこに挙げられる。

つまり、ヒンデミットは色彩感のある木管を排して金管と弦の音楽として音色を排したモノトーンとそしてどこまでも客観的な畏敬の念や呼び出しの歌をそこに書き込んだとなる。それ故にシカゴ交響楽団のあまりにもつやのある輝く音色の吹奏楽は間違いであるのだ。この点において、ムーティーが、アバドやシャイーとは全く異なる市場で活躍をしていたことがはっきりするだろう。(続く




参照:
地方の音楽会の集客状況 2017-01-23 | 文化一般
復活祭音楽祭の記録 2017-01-21 | 文化一般
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by pfaelzerwein | 2017-01-26 23:49 | | Trackback

パンの美味さは健康の味

バーデンバーデンから帰って来た。コンサートよりも、招待があったのでお呼ばれで遅くまでいた。開演前にコーヒーを呑もうと空いている立机の横の柱に身を寄せる。そこにいる二人に声を掛けるのも面倒だったからである。しかし向こうから声が掛かった。一年以上ぶりに会う公認会計士と十年ぶりぐらいのその奥さんだった。驚いて、話すと彼らは会員だったようだ。偶々で驚いた。公演後にということにした。

前日スイスから帰宅して床に就いたのは零時を回っていた。久しぶりに深い眠りにつけると思ったが、予想外に部屋が冷えていて、暖房を焚きっぱなしで寝たためか、おかしな睡眠だった。所謂疲れ過ぎというものかもしれない。最後の一日も朝食後小屋から駐車場に下りて来て、標高差1400Ⅿを一回だけの休憩で頂上まで足を進め、柱状で頂上岩壁で昼食後に滑り下りて来たのだから天晴だ。そこから五時間ほどかけてのドライヴで疲れ過ぎているのは当然だろう。

正直、昼頃までは夜の予定すら忘れていた。留守中に入っていたメールなどを片づけて、洗濯物などを考えているうち思い出したのであった。出かける前の計画をすっかり忘れることが出来るというのはやはり幸せな余暇なのだろう。

バーデンバーデンへの途上のラディオで面白い健康の話題が流れていた。オックスフォード出身でケムブリッジで教鞭をとっている人の研究で「朝食は健康に悪い」というのが議論になっているようだ。ドイツでは、「朝食は皇帝の如く、昼食は女王の如く、夜は乞食のように」の諺が知られていて、朝食を重視して昼食にディナーというのが理想とされている。それが間違いだというのである。彼自身の糖尿への傾向から研究した結果は、無理して朝食をとると血糖値が上がって午後も落ちないというのである。そこで、11時前と19時過ぎに食事をしないことで、空腹で食事が可能となるというのである。これを冬の自身の生活に当てはめるとそのまま正解である。夏は時間帯異なるが、寝起きに走ることは心臓には悪いのだが、空腹での朝食パンの美味さはそのもの健康の味ということになる。



参照:
二週間ぶりのサクサク感 2017-01-18 | 生活
ピエール・ブーレーズの家構想 2017-01-14 | 文化一般
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by pfaelzerwein | 2017-01-26 09:36 | 生活 | Trackback

指向性が良くなるアンテナ

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週末に出かける前の月曜日にアルパイン協会の支部に出かけた。雪崩捜索のピープとゾンデを取りに行くためである。そこにいるのはまだ若い時からクライミングでまたこの数年は一緒にザイルを組むこともある支部長女史である。一昨年はジュラのクライミング合宿で一緒だった。先客の仲間は何を取りに来たのかは知らないがいて、メールで取りに行くことを伝えていた用具担当の仲間はいなかった。それでもメールは回っていたようだった。

早速用具部屋に行く。年初めに雪崩捜索のコースがあってまだ車に詰め込んだまま戻って来ていないというのだ。そこで真新しい新型のピープが差し出され、箱開けとなった。新品であるが、その機種はすでに導入されているので知っている。ただ個人的には今まで使ったことが無かった。アンテナが一本増えて指向性が鋭くなっているので捜索には有利なのだ。先日地震の影響で北イタリアでは雪崩があったが、期間中は本格的な降雪はなさそうで寧ろ雪不足が危惧される。目的地のダヴォース周辺は谷でも零下12度ほどになっていてスイスがこれ程冷えているのは珍しい。

ダヴォースといえば先日までは国際シムポジウムが開かれていて中共の習主席などがトラムプ大統領の保護政策に警告していた。政治家の発言はともかく嘗ては世界の経済エリートが集うところとしてその発言などが注目されたが今はそこでの声明に関心をもって耳を傾けるものがいなくなっているという。それは世界経済の為に良いことなどは決して話されないという懐疑の方が強くなっているからであると新聞にあった。

フランクフルターアルゲマイネ新聞といえば、先日日本のサイトでこの13日に元政治編集者が急死したとあって、CIAに狙われていたようなことが暗示してあった。新聞出は気が付かなかったので調べてみるとなるほど昔TVなどにも出ていた人で、その後は所謂陰謀論本を売っていた人のようだ。安倍首相の奥さんのように秘境的と呼ばれる人たちである。丁度一年前にPEGIDAで演説しているから反イスラム本の著者としては当然だろう。写真を見れば既に肥満しており、その肥満を招いたのはマクドナルドを使ったCIAだったのだろうか?



参照:
スキーツアーの寒冷対策 2017-01-20 | ワイン
陰謀論を憚らない人々 2016-03-29 | 暦
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by pfaelzerwein | 2017-01-23 15:00 | 雑感 | Trackback

地方の音楽会の集客状況

エルブフィルハーモニー会場関連の記事は続いた。興味深いのは開会の時のメドレーからリーム作曲の世界初演曲が独仏文化放送局ARTEの番組からはカットされて放送されたということだ。勿論この専門局は必ずしも大衆文化向きの放送局ではないのでまた北ドイツ放送政策の放送権の問題ではない。寧ろ不思議に思うのはZDF系のこの放送局が態々ARDの制作ものを流す必要があったのかどうかということだろうか。フランス人に見せたかった意味も分からない。

兎に角、本当の芸術的な開場はその後のケント・ナガノ指揮のヴィットマンの新曲の初演にあったとあり、またムーティ―指揮シカゴ交響楽団の素晴らしさが書かれている。「名匠の棒によって弱音が響き」とか書いてあるので同じプログラムがバーデン・バーデンでどのように響くかが楽しみである。フリードリッヒ・ハースの作品がアンサムブル・レゾナンスで中劇場で演奏されて、なぜ大劇場で演奏されなかったかなどと書かれていて面白いと思った。編成は分からないがハースの作風も大ホールで集客可能なものである。

そしてベルリンでの管弦楽団の状況について同じ新聞で書かれていると、コンサートというのがやはり北欧のものだと感じさせる。それでもハムブルクは七割程度の集客と連邦共和国内では下位で、八割から九割の客席占有のベルリンの聴衆は飽きもしないでコンサートに通うとなっている。東ドイツの旧放送交響楽団が未だに存在して演奏活動をしていて、RIASのそれと並んで存在しているというから驚きである。片や戦前からのMDRに続く二番目に古い放送交響楽団で、片や進駐軍のであり、其々東ベルリン、西ベルリンの異なる聴衆層がいるのだろう。

前者は、新任ユロフスキー指揮で意欲的なコンサートを行い、ミュンヘンの放送交響楽団に競り合いたいというのである。その前任はマルク・ヤノフスキーはあくまでもローカルな指揮者であったのがペトレンコのあとを受けてバイロイトデビューしたことが驚きだったとされる。なるほどヴィデオにある通り、フィルハーモニーを一杯にする人気老指揮者が振る演奏は如何にもローカルであって、放送交響楽団らしくない荒っぽいもので、マタチッチ指揮N響ののそれを思い起こさせる。新指揮者の指揮は魅せるのも自覚しているようだが、腰振りのクリスティアン・ヤルヴィやダンスマスターのネゼセガンなどとは異なり、とても演奏とシンクロされていて息遣いのようだとされる。

もう一つの西側の後者もティチアーティという1983年生まれの指揮者が就任するようで、コンサートを開いた。それによると、前任者のテューガン・ソコロフのレパートリーのシューマンを引き継いでも、その不感症で「殆んど叶わなかった幻想性や瞬発性をもったフレージング」という面が、新任者ではなくなったと評価が高い。

合唱団を入れて四つの団体の資金面は2020年までは確保されているという。しかし一流の管弦楽団を二つ維持するのは、バイエルン放送局でもなく、最大のNDRでもない。SWRの一つは潰された。東西ベルリンの特殊事情や聴衆の数はあるだろうが二つが同じ方向で今後とも維持継続されることはあり得ないだろう。所謂ポピュラー音楽名曲演奏の管弦楽はまだほかにもあるようだから、フィルハーモニカーよりも意欲的なプログラムを提供する放送交響楽団ならば存在理由はあるのかもしれない。



参照:
ヤノフスキーのワンパターン 2016-07-28 | 文化一般
TV灯入れ式を取り止めた訳 2017-01-02 | 暦
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by pfaelzerwein | 2017-01-22 15:00 | 文化一般 | Trackback

生涯日本滞在時間比率

ざっと計算すると、私の生涯日本滞在時間が向こう数ヵ月中に欧州滞在時間よりも短くなる。いつかこの時が訪れることは分かっていたが、やはりただの滞在時間だけでないものを感じる。益々日本が遠のいた気持ちは避けがたい。様々な意味でそこの極東感が強まった。

日本語を忘れないために書き始めたこのBLOGであるが、時々日本語の綴り方を基本構文にまで戻らなければあやふやになることがある。ドイツ語や英語を綴ったりするときに思い当たる感じと全く変わらなくなってきている。ゲーテに言わせると自国語が分かりかけてきているとなるのだろうか。

これまでの移住の経過体験からすると幾つかの転機があった。一つは一度目の日本への旅のあと二度目の旅の予定が関西新空港開港が阪神地震で使えなくなったことであった。地震の時のことは今後とも忘れられないかもしれないが、心理的な転機でもあったかもしれない。開港によりフランクフルトから直通ノンストップで飛べると物理的な近さを享受しようと思っていた矢先だった。結局関空を初めて利用するのは十年近く延期されてしまうのだが、その間に物理的な距離感よりも心理的な距離感が広がってしまった。長旅をして短い滞在だけでは割りが合わないので、最低3週間の日本滞在と考えているととてもそのような時間もなかったのである。更なる大きな転機は2011年311であり、これで将来東北を中心にゆっくり旅行でもしようと思っていたのが一瞬にして夢になってしまった時だろう。つまり今後とも三か月も日本滞在するようなことは殆んど考えられなくなってしまった。そのような費用や暇があれば他の可能性を考えるようになった。

日本のサイトに日本茶をパリで売るというような話が載っていた。普及させるということのようだが今以上に普及するなどあり得ないのだ。もう充分に紅茶並みにポピュラーな緑茶をどうしようというのだ。そもそも日本人でも真面な日本茶を呑んでいないのにである。そして外から日本文化を見るなどと書いてあるから腹を抱えてしまう。丁度私のような移住体験から如何にそのような言動がいかさまかが明らかになるのだ。目的は利権なのかまたは訳の分からぬ日本趣味なのかは知らない。

やはり時間の経過は大きかったということであり、如何にも感傷的な日本への憧憬のようなものが感情的にも沸き起こるときはあったのだが、それを通り過ぎてしまうと本当に第三者的になってしまうようになるのである。そのようなことをこの時点になってはっきりと意識している。安物の日本趣味でも無く、対象を知って評価するというのはとても難しいのは、日本生まれであってもなくてもとても難しいことなのである。同じことは西欧文化一般に関しても同じように当てはまることである。



参照:
明治の叶わなかった正夢 2012-02-07 | アウトドーア・環境
遠のくルミーさんの想い出 2007-02-10 | 女
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by pfaelzerwein | 2017-01-21 15:00 | 雑感 | Trackback