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あり得ないような燃焼の時

ウーリ・シュテックが亡くなったとある。メスナー以降未だにアルピニズムが存在したとすれば、この人とアレクサンダー・フーバーの存在は欠かせなかったと思う。少なくともこの人がアルプスの三大北壁などのクラシック課題を単独超高速で駆けあがる姿は人類の進化でしかなかった。

当然の如くその目標はヒマラヤの壁へと向けられていたが、前回のエヴェレスト遠征で駆け足で登るその氷が下で働くシェルパの頭上に落ちてきたとして袋叩きにあった。その経験を踏まえて今回は通常ルートから離れて、隣のローツェから下りて来て48時間以内に縦走を成しえる計画で、ホルンバインクロワールをテンジンと登っていたようだ。

享年40歳、6人の救助隊によって、ヌプツェの谷に遺体は収容されたということである。滑落というが、恐らく酸素欠乏の結果としても、あれだけの岩壁を駆け上がる人が滑落するような斜面などはあり得ないと驚くばかりである。

記事が修正されている。事故現場は高度順応のために日曜日の朝に訪れていて、その遺体が収容されたヌプツェフランケの足元へと千メートル落下したようである。単独の行動中とある。最後のターゲスアンツァイガーへのインタヴューで、「完踏して戻って来れる体力があるかどうかでだけで危険を冒してまでやるものではない」としていたようだ。

承前)明け方思いついてヴィーナーフィルハーモニカ―の予定表を見た。思った通り、金曜日のバーデンバーデンのプログラムが週末の定期コンサートで演奏されて、日曜の午前中からオーストリアの放送局で生中継される。前日もブルックナー交響曲4番の版やら演奏を探していてなかなか所望する材料が出てこないのでイライラしていた。それならばブロムシュテット演奏するそれを材料とすればよいと考えた。

急いでパン屋に行って峠まで駆け上がって、録音の準備をしていたが、正直この指揮者の生を聞いたこともなく、座付き管弦楽団のその演奏態度も知っているので、ここでつまらない演奏を聴いてしまうと態々バーデンバーデンにまで燃料を消費して出かける価値が無くなるかもしれないと心配になった。

しかし憂慮は徒労に終わった。詳しくは改めるとしても、モーツァルトのテムポの鮮やかさは90歳とは思えない軽やかさで、肝心のブルックナーも恐らく現役指揮者の中では筆頭のブルックナー指揮者ではないかと思った。何よりも、キリル・ペトレンコまでは至らなくても楽譜の隅々までに目が行き渡っているのは確かで、そこまで適格に指摘されると座付き管弦楽団でも真面目に演奏しなければいけなくなる。その様子が如実に表れていて、明らかにお互いの疎意さえ感じさせたペトレンコ指揮の定期演奏会とは大分趣が異なった。

兎に角、期待して鳴らしたギュンター・ヴァントの演奏もただただ喧しく、各声部を同じ勢いで鳴らしまくるだけで、なるほどペトレンコが指摘したように「焼香臭さから交響的な構造物へ」は分かるのだが、余りに管弦楽が制御が効いていなさ過ぎて話しにならない。やはり、最もブルックナーらしいオイゲン・ヨッフム指揮の演奏録音をネットで探していたのだった。(続く)



参照:
Extrem-Bergsteiger Steck stirbt am Mount Everest, FAZ vom 30.4.2017
人類の将来の進展のために 2012-12-02 | アウトドーア・環境
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by pfaelzerwein | 2017-04-30 22:42 | アウトドーア・環境 | Trackback

索引 2017年4月


ストックの石突きを購入 2017-04-30 | 生活
天才の白鳥の歌と呼ばれた交響曲 2017-04-29 | 音
遊園地のようなラムぺ 2017-04-28 | 生活
「タンホイザー」パリ版をみる 2017-04-27 | 音
力尽きそうになる石切り場 2017-04-26 | アウトドーア・環境
美学的に難しい話し 2017-04-25 | 文化一般
時間と共に熟成するとは? 2017-04-24 | 文化一般
細身の四年ぶりのジーンズ 2017-04-23 | 生活
なにか目安にしたいもの 2017-04-22 | 雑感
入場者二万五千人、占有率93% 2017-04-21 | 文化一般
フェイクニュースの脅し 2017-04-20 | マスメディア批評
需要供給が定めるその価値 2017-04-19 | 生活
明るく昇っていく太陽 2017-04-18 | 文化一般
殆んど卑猥な復活祭卵の巣 2017-04-17 | 暦
曇天の聖土曜日の騒々しさ 2017-04-16 | 暦
聖金曜日のブルックナー素読 2017-04-15 | 暦
フランスのチーズとワイン 2017-04-14 | ワイン
復活祭音楽祭のあとで 2017-04-13 | 生活
今日か明日かの衣替え 2017-04-12 | 暦
運命の影に輝くブリキの兵隊 2017-04-11 | 文化一般
鼓動を感じるネオロココ趣味 2017-04-10 | 音
あれやこれやと昂る気分 2017-04-09 | 雑感
漸く時差ボケから解放される 2017-04-08 | 暦
オンドラ、東京オリムピック否定? 2017-04-07 | アウトドーア・環境 TB0,COM2
ギリギリの悲愴交響曲 2017-04-06 | 音
価値のあるなしを吟味する 2017-04-05 | ワイン
FFmpeg出力でハイレゾ 2017-04-04 | テクニック
Ich war noch nie in Japan. Das ist.. 2017-04-03 | 暦
購入したDMM社PIVOT 2017-04-02 | アウトドーア・環境
もう一つの第六交響曲 2017-04-01 | 音

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by pfaelzerwein | 2017-04-30 21:55 | INDEX | Trackback

ストックの石付きを購入

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「メルケル首相は、二重国籍について、その忠心度は変わらないとして理解を示した」というのが、ニュースで流れていた。当然だろう、そもそもそのようなことが問題ではなくて、寧ろ被選挙権や権利について論じていかなければいけない。移民の子供が通う学校が自ずと定まって来てコロニー、ゲットー化が進んでいる地域もあるらしい。それをいえば地域によって社会層が異なることなど、公立学校の問題なので、CDUなどが掲げる本質を外れる問題で、本当にAfDなどの票田を削れるのかどうかとても怪しい。

マンハイムで買い物をした。序にスポーツ店に立ち寄ったからだ。最後のスキーツアーで失ったものはまだ補充できていない。その一つであるストックの皿を探している。アマゾンで発注したものは合わなくて送り返した。使っているのはエーデルリットのハイキング用のストックで伸び縮みする。だから石付きの部分は細い。

店頭で親仁に残っている皿を見せると、これは扱っている皿とは方式が違うから付かないという。しかし石突きを付ければいけるかもしれないと言うので、地下駐車場にストックを取に行った。そして戻ってきて石突きのプラスティックを嵌めると、これならいけるということになった。

つまり送り返したレキ製の石突きを取り付けると、皿もレキのものは全て付くというのだ。10ユーロ足らずのものであるので、早速購入した。皿は、これで夏と冬のシーズンを別けて使えることが分かったので、調べてから選択するということにした。

石突きの重量が片方12グラムで、自身のストックと合わせると240グラムになる。決して軽くはないが、皿は30グラムぐらいだろうか。今まで使っていたものが20グラムなので、やはりできるだけ軽いものが良い。レキのカーボン・ティタンで210グラムぐらいで、通常のもので245グラムぐらいなので、それにどれほど近づけるかである。今まで使っていたのは246グラムとなる。送り返した皿が17.5グラムだった。

夏用の皿を購入しようと探していると、購入した石突きではなく、皿を固定するタイプの製品が見つかった。価格も安く、内径も10㎝から11㎝まで三種類あるので全て試して見ようと思った。勿論重量的に完全に有利になる。その三種類と皿を合わせて発注した。送料込みで15ユーロしない。届くのが楽しみである。ストックのシャフトが225グラムなので、発注した固定プラスティックと皿で20グラム以内に収まれば完璧である。

日曜日は天気が良くなって気温が摂氏20 度に至るらしい。夜はフォアアールベルクからキリル・ペトレンコ指揮マーラー交響曲5番の放送録音前半の放送がある。父親がコンサートマイスターをして地元や音楽学校での地縁が無ければキリル・ペトレンコが指揮することはあり得ないのだが、マーラーのツィクルスだけは最後までやり遂げるということで、義理堅く地域奉仕をしていることになる。プロフェッショナルな交響楽団としての力を見せたということであり、とても興味深い。



参照:
多重国籍の奨めと被選挙権 2017-03-15 | 歴史・時事
フェイクニュースの脅し 2017-04-20 | マスメディア批評
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by pfaelzerwein | 2017-04-29 20:15 | 生活 | Trackback

天才の白鳥の歌と呼ばれた交響曲

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承前)一週間後に迫った。モーツァルトの交響曲39番変ホ長調K543が演奏されるコンサートである。この曲は天才作曲家の白鳥の歌と呼ばれていても、ト短調やハ長調交響曲に比較して苦手な曲だったのだ。それ故かポケットスコアも所持しておらず、今回初めて楽譜を見た。そしてなぜこの曲が他の名作と異なるかが初めて分かった。

なによりも曲冒頭の重いアダージョの序奏からして、「ドンジョヴァンニ」でもなく、バロック序曲のようなそれが、所謂BGMとしての現在の消費されるモーツァルトとは違和感があるのだ ― それらを称したビーダーマイヤー風とは異なる。恐らくそういうことだろう。それに関しては改めるとしても、謎解きにあたりそうなものが二楽章にもあった。

この二楽章がこのように書き込まれている作品だとは全然気が付かなったのである。フレージングでずらされるアーティクレーションが考えられないような精妙さを形作っているのだが、正直今まで他の交響曲においての弱音器を使っただけの響きほどに、それが充分には聞き取れていなかったのだ。

試しに精妙な合奏と評価の高いジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団の演奏を聴いてみた。なるほど精妙極まる演奏で、ベルリンで客演した「最後の四つの歌」の録音で感じたリズムの鈍さは全くなく、正確無比な律動を刻んでいて、トレモロなどは笑わせる。だから時計仕掛けのように響きながらも、リタルタンドなどを時間もってたっぷりとかけていて、表情をたっぷりとつけている。先日のペトレンコ指揮のハフナー交響曲での演奏実践を思い起こした。要するに、視覚的な表情をしっかりと定めて演奏させている。ペトレンコが自身を「モーツァルト指揮者ではない」と自認するならば、このユダヤ人亡命アメリカ人もモーツァルト指揮者ではなかったということになるのだろう。

そこでモーツァルト指揮者カール・ベーム博士の録音となるのだ。先ずはベルリンのフィルハーモニカ―とのハフナーの録音も聴いてみた。嘗てこの全集を聴いていても全く覚えていなかった。管弦楽はあまりにもいつもの弦の奏法を重視するばかりに痩せこけた貧しい響きになることが多く、熱心に弾いているのだが、今回のペトレンコ指揮の演奏と比較するとリズム的にも曖昧さがあって、ついていけていない場面もある。しかし、否それ故により本質的な天才の創作を辿れるような演奏実践がなされているようだ。こうした演奏録音を具に見ていくと、来週演奏するヴィーンの座付き管弦楽団でどこまでこうした表現が可能なのかと訝られるのである。

そしてこの39番交響曲は、指揮者フルトヴェングラーやムラヴィンスキーなど所謂モーツァルト指揮者ではない大指揮者が得意にしていた。それはどういうことだったのか?(続く)



参照:
ペトレンコにおける演奏実践環境 2017-03-30 | 文化一般
ハフナー交響曲を想う 2017-03-28 | 音
九月の四つの最後の響き 2016-09-23 | 音 
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by pfaelzerwein | 2017-04-28 18:54 | | Trackback

遊園地のようなラムぺ

工事終了したバイパスの新しいラムぺを走った。先日開通式典の様子だったが、結局式典が終了していなくて通れなかったのだ。買い物帰りにワクワクしながら突入した。突入というのは真実で、今までドイツ国内否欧州でこれ程急坂のラムぺは見たこともなかったので、勢いをつけて突入したのだ。それでもそのような経験が少ないので、スピード感が分からない。やはり上に駆け上がって右カーヴとなるとブレーキを掛けなければ怖かった。

最初からこのような誘惑を起こす遊園地のようなラムぺなので初事故は間近だと思う。いずれ制限を付けて更にスピードコントロールカメラが設置されると予想する。冬になれば凍結して坂を上がれずに後ろ向きで落ちて来て衝突事故もあり得ると思う。なぜここまでの急坂になったかは分からない。短くしたことでどれほど建設費が倹約できたのだろうか。土地買収で問題があったのか?兎に角、今後とも話題になると思う。

実際にバイパスのその先の降り口ではスピード出し過ぎでカーヴを曲がれ切れずの事故が続出していて、知り合いも事故った。そして今は制限が30㎞になっている。そこが危険なことは自分でも気が付いていたので、さもありなんだ。そして今度のラムぺも間違いなく要注意カ所である。

ドイツの道路はアウトバーンのカーヴのバンク角などとても高度な計算と建築がなされているが、最初はどこも速度制限を設けていない。そして私たちのようなカミカゼ族が確りと問題を起こして、事後に制限がなされる。私自身一体幾つの速度制限を推進させたことだろう。少なくとも、被害妄想気味にそのように考えている。

しかし上の箇所は、恐らく時速100㎞ではとても曲がり切れないと思う。もし曲がり切れないでカーヴの外側に激突すると、跳ね返されて可成りの事故になるだろう。通常の自動車は乗り越えるようなことにはなっていないが、大型のトラックが高速で坂を攻めてきたとなると、橋桁の下に落ちて大事故になるかもしれない。二輪車ならば人間が飛ばされて下に落下するだろうか?一度写真を撮ってみて確認したいと思わせる。

ハムブルクの音楽監督ケント・ナガノが先二週間のスケジュールをキャンセルしたとあった。評判の良かった「影の無い女」新制作シリーズと、なんとエルブフィルハーモニーでの「千人の交響曲」も含まれている。前者もさることながら、後者を楽しみにして遠くから旅行を企てていた人もあるだろう。代わりにイスラエルの指揮者イムバルが振るようだ。個人的には両方とも出かけるまでの魅力はなかったので、アバド指揮の最後のルツェルンでのプログラム変更の時の気持ちと比較のしようが無い。ハムブルクの歌劇場の写真を見て、更に前任地のミュンヘンでの時の写真を見て仰天した。前者は実年齢よりも歳を取っているように見えるが健康そうだ、しかし後者の血色がとても悪い。緑が強調されてしまうことはよくあり得ることなのだが、少なくともマネージャーは修正させるべきだった。あのように不健康な感じなら人気どころか誤解される。ティルソン・トーマスとかそれを売り物にしているのなら兎も角、プロフェッショナルなスタッフのこのような手落ちが解せない。



参照:
バイパス道路区間閉鎖中 2015-11-04 | 雑感
爪先で荷重可能な喜び 2017-03-29 | アウトドーア・環境
曇天の聖土曜日の騒々しさ 2017-04-16 | 暦
詐欺の前に凍りつく聴衆 2012-08-19 | 文化一般
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by pfaelzerwein | 2017-04-27 20:44 | 生活 | Trackback

「タンホイザー」パリ版をみる

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承前)シノポリ指揮のパリ版「タンホイザー」を聴き始めた。案の定序曲から第一幕へとバレーが続き、そして二場に加えて、三場になって羊飼いが「Schauen」と歌うと、ドルチェのイングリッシュホルンを一節書き加えてから、オリジナルへと戻る。更に四場で、重唱からアレグロへとタンホイザーが「Zu ihr」と急き込んで歌う前の12小節の管弦楽が書き換えられている。

第二幕になると、「ゼンガークリーク」の重唱からタンホイザーのソロ部分だけを歌わせて他のパートを落としてしまうのはパリ版でなくてもコンヴィチニー指揮盤でも採用されている。寧ろそれに合わせるようにコーダにおいて、パリ版では激しい後奏に書き換えられていてバランスが取られているのが重要である(譜例)。第三幕のフィナーレでは、第二幕同様の重唱マエストーソの前に女声を膨らましている。演奏自体はやはり聞き通すのが苦痛だ。

ドミンゴの歌うドイツ語よりも、ドイツ語圏でも活躍したアグネス・バルツァの歌にはそれ故に余計に失望するしかない。それを言えばシュテューダーの歌唱も彼女が如何に便利屋として売れっ子になっていたかが分かる歌唱内容で、自己管理が出来なかったゆえにキャリアーを終えたことで歌劇場を訴えても話にならない歌唱である。サルミネンなどを含めて核を作る歌手が歌っておらず、ベルリンでの録音よりも悪い合唱団でこれも話しにならない。

作曲家でもある指揮者は流石に楽譜を読み込んでいるようだが、残念ながらシュターツカペレドレスデンのコンサートで聞いた時のように、音符のシステムの中にすべて音が塗りこめられてしまっていて、明晰な音像が浮かび上がらない。同時に音楽的な表情がイタリアオペラのような歌い込みになっていて、ここぞというときに律動感が暈ける。更に意味不明なアゴーギクが使われて、知的な音楽実践であるよりも情感的な表情付けとなっていて全く感心しない。氏の作曲もそうした塗り込めた音色とベルカント的な表情が聴かれるのが特徴である。

こうして第二幕のフィナーレを聞くと、リズム感が鈍かった筈のコンヴィチニー指揮のそれの方が来たるペトレンコ指揮のそれを想像させてくれて興奮させてくれるだけの演奏となっている。要するに原則がはっきりしていてドイツ的な美しさとなっていたが、このシノポリ指揮には全くそれが無い。第三幕ではよって冗長な面が強調されていて、作曲の問題であるかのように響く。バイロイトでの公演後にレコード会社の要請で自信満々で指揮しているのだろうが、アーティキュレーションやリズムの精査などを練習させるだけの企画になっておらず、市場の評判通りに出来の悪い録音制作となっている。

しかしこのおかげで、一番長いパリ版については大体分かった。先ずは第一幕との和声的連関の詳細を調べて、またパリ版のフランス語上演も参考にすればよいだろう。作曲家がその死の直前まで躊躇した理由もじっくりと見ていきたい。基本的にはやはり1860年版が妥当な選択のように思われるのだが、確かに全体のバランスがあまり良くないようにも感じる。まだ時間はある。(続く)



参照:
細身の四年ぶりのジーンズ 2017-04-23 | 生活
今は昔の歴史と共に死す 2010-03-22 | 雑感
Ich war noch nie in Japan. Das ist.. 2017-04-03 | 暦
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by pfaelzerwein | 2017-04-26 22:39 | | Trackback

力尽きそうになる石切り場

久しぶりの石切り場である。最近ザイルを組んでいる地質学の二メートルのパートナーからのお誘いだ。職探し中なので自宅にいるので天気が良くなるとお誘いが掛かる。寒い合間に気温が上がることは分かっていたが、お誘いが無ければ買い物の序にボールダーに出かけたかどうか疑問だった。早朝には零下になるとなると、午後に摂氏16度を超えたとしても躊躇する。怪我はしたくない。

時間的に余裕がなかったので、南ファルツの奇岩地帯に出かけるのは断念して、15時30分に石切り場で待ち合わせた。週初めに関わらず流石に比較的多くの人が来ていた。

最初はスタンダードな「マボウディック」六級下から始める。折角だから初めてのパートナーにオンサイトで登ってもらう。自分自身は一度吹っ飛んだところでやはり苦労した。左側に抜けると吹っ飛ぶ可能性が強く、右側のカンテを掴んで失敗する方が良いようだ。以前は勢いで簡単に登っていたが、あの当時の動きはない、それ以上に安定した登りを目指しているからだ。その点上背があるにしてもパートナーの登り方は落ち着いていて好ましい。

二本目は、これまたスタンダードの凹角「テュルガンツ」六級下で、取り付きが厄介だ。走行しているうちに弁護士のトーマスがやってきて久しぶりの挨拶をした。「フィットか?」と尋ねてくれたのは、肩の故障を色々見聞きしていたからだ。彼はミュンヘンの大学で学んだものだからそれなりの経験があり、余計にその故障の酷さを知っているようだ。因みにミュラーカトワール醸造所の顧客でもある。

三本目は、その隣の六級上のベルクヴェルクである。最高の困難度の最初のハーケンから上を掴むところは、流石に二メートルを生かして上を何とか掴んでいた。多くの人は飛び上がるところだ。そしてその上に立ち上がるのに苦労していた。これは逆に大きいのが邪魔していたかもしれない。私はいつものようにザイルの張力を使うことで上を掴んだ。そして今までは苦労したことのない立ち上がりで少し難儀した。これも以前のような動きをあまりしなくなっているからだろう。

四本目は、「テラピーツェントルム」六級上をリクエストで登った。これまた両足を思いっきり突っ張っるのだから、長身が有利なのだ。最も私が嫌なルートの一つだが、その中間位足を置く方法で誤魔化した。それでも何とかなるという印象を得たので、苦手意識はこれで消えるだろうか。それでも上部で足場を見落として苦しんだ。

五本目は、「ウタウンズィヒトバー」六級下で、最上部のツッパリでのミニオーバーハング越が嫌なところである。足を滑らせると怖い。そこはいつもよりも安定して立てたので、どうも柔軟性が良くなって、突っ張る足が以前よりも安定してきているようだ。それでも乗り換えてからの最後の一手で力尽きそうになった。



参照:
北壁登攀の準備? 2017-02-18 | アウトドーア・環境
オンドラ、東京オリムピック否定? 2017-04-07 | アウトドーア・環境 
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by pfaelzerwein | 2017-04-25 18:33 | アウトドーア・環境 | Trackback

美学的に難しい話し

引き続き寒気が居座っている。それどころか週の中半にかけてアルプス圏は大雪になるそうだ。ワイン街道に住んでいてよかったと思う。五月になろうかというのに冬タイヤが離せないなどとはシュヴァルツヴァルト周辺でも住みにくい。

だから、朝起きも辛く、ランニングの方もパンツを履いたままのジョギングペースから抜け出せない。胃腸の調子が完璧ではないのも寒さによる縮こまりが原因しているのだろう。暑いのは嫌だが、典型的な四月の天候でストレスが溜まっている。手足先なども冷えて、まだまだ靴下も必要だ。我慢して暖房を入れないとあとで頭痛がしている。

承前)週末に「タンホイザー」ドレスデン版を流した。そのEMI盤の演奏に関しては改めて付け加えることもなく、正直苦痛になるところも少なくはなかった。それでもその後の補筆やら死の直前まで気にしていた作曲家の逡巡のようなものをそのまま感じられたような気にさせるのである。もしかするとコンヴィチニー指揮のあの鈍いリズム感や演奏実践への配慮などが極一般的なドイツ音楽演奏環境の史実なのかもしれない ― 如何にフルトヴェングラー指揮の芸術が孤高だったかが分かり、本人がSWFで語っていた「指揮の才能があったから」が響き渡る。調べてみると、パリでの補筆で創作のロマンティックな不均衡なようなものに手入れされているようで、ベルリオーズが献呈された譜面に赤線を入れたり、また当時のシューマンの批評、更にどうしようもなかったメンデルスゾーン指揮のゲヴァントハウスでの序曲演奏などに、「タンホイザー」の問題点が歴史的に傍証されている。

そもそもヴァークナーの初期中期のロマンティシェオパーに関心のない者にとって、「タンホイザー」が今ミュンヘンで上演される価値が分からなかったのだが、パリ版での楽劇「トリスタン」の直接的な音楽的影響以上に、ドレスデン版を扱うことで、そこへ向かう衝動のような流れがあからさまになるのではなかろうか?引き続き、パリ版とされるドミンゴがタンホイザーを歌っているシノポリ指揮の録音を聴いてみる。

版に関しても背後事情を調べると、かなり複雑でとても興味深い。これはどうも、先日探していたブライトコップ人民公社のハース版のミニチュアスコアがCD棚に見つかったブルックナー交響曲4番の版以上に、美学的に難しい話しのようだ。

ヴォルフガンク・ヴァークナー博士の書いたものによると、1985年にこの作品をバイロイトでリヴァイヴァルさせるにあたって、指揮者シノポリとドレスデン版を採用することに合意して、要するに1861年のパリ版の前の一幕冒頭のバレーを除いた1860年版を選択したということになるようだ ― 因みにコジマはバイロイト初演にあたって1875年のヴィーン版に1867年のミュンヘン版を混ぜたことになる。するとロンドンでのドミンゴが歌う1988年録音盤は1861年版採用ということになるのだろうか?(続く



参照:
細身の四年ぶりのジーンズ 2017-04-23 | 生活
Ich war noch nie in Japan. Das ist.. 2017-04-03 | 暦
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by pfaelzerwein | 2017-04-24 19:18 | 文化一般 | Trackback

時間と共に熟成するとは?

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先日購入したブルゴーニュのサントネー2009年を開けた。色は思っていたよりも濃い目で、タンニンも効いていたが、時間と共に酸化して丸くなって来る。それでも土地柄か、ボーニュのように長持ちしそうなワインである。20ユーロ以下の価格帯からすれば、2009年のシュペートブルグンダーは最早入手困難なので、質的にはそれほどアドヴァンテージもなかったが、寝かしたものの購入価格として安かった。そもそもこの程度のワインにタンニンが効いていても八年ぐらいで熟成の結果はこの程度だ、初めから分かっている。

来月の新演出の練習風景写真などが出て来て焦りだした。あと一月を切った。この週末は1960年の「タンホイザー」全曲録音を聴いている。このように録音を楽譜に目をやりながら厳しい耳で聴くと、殆んどの場合は演奏上の問題しか聞こえてこない。今回もドレスデン版でなければシノポリ指揮のものなども聞いてみようかと思ったが、一方それも気の毒にも思った。

グリュムマーやホップなど名歌手を中心に若手のフィッシャーディースカウやヴンダーリッヒを採用した豪華キャストのEMI録音である。音響もベルリンの座付き管弦楽団の素晴らしい音響と思ってじっくり聞き始めた。そしてのっけから、高名な指揮者コンヴィチニーの鈍いリズム感に呆れた。こうしたオペラ指揮者にありがちに、歌うのがヴンダーリッヒやフィッシャーディースカウとなるとそれに合わせる形で管弦楽としっかりしたリズムを刻むことになる。そこで問題になっているのがグリュムマーで、持ち役のアーティキュレーションにも留意して音程もとっているのだが、充分に楽譜を読めていないものだから指揮者共々とても鈍い音楽になってしまっているからである。

先日のザルツブルクでのティーレマン指揮「ヴァルキューレ」でも、ハムブルクでのケントナガノ指揮「影の無い女」でも同じだが、こうした歌劇場の指揮者などは楽譜を読み込んで、それをしっかりと歌手に歌わせることが出来ないと音楽にならないのである。それをさせるためには管弦楽を完全に掌握していないと話しにならない。戦前は各々の役柄を数え切れないほど歌いこんだ歌手が存在して、それも作曲家の弟子などの薫陶を受けた歌手などがいたのだろう。そうした世界であったのだ、しかし現在のオペラ指揮者が経験を幾ら身に着けても楽譜が読み込めていなければ芸術的な質は一向に向上しない。先日も音楽家に「ミュンヘンに通っている」と話したときに、チューリッヒの歌劇場は何だけどバーゼルとなると出かける気がしないというのは当然だと思う。音楽に興味があると歌芝居劇場などには出かけられなくなるのは当然なのである。

新聞にラインガウの音楽祭のチラシが折り込みになっていた。中を見ると、レディデンスピアニストとしてイゴール・レヴィットの名があった。馴染みはないが、六月六日にミュンヘンからコンサートの生中継があり、今秋東京で繰り返す同じプログラムでラフマニノフを弾き、その前に台北でべートヴェンで共演するピアニストとして見た名前だ。勿論その名前からユダヤ系ロシア人で指揮者キリル・ペトレンコと同じなのであまり興味を抱かなかった。しかし調べてみると、劇場で働いていたピアニストの母親はハイリッヒ・ノイハウスの孫弟子だとある。そして何よりもフレデリック・レジェスキーの曲をCDアルバムに吹き込んでいる。それどころか他のコンサートは売り切れていても、何と作曲家とのデュオコンサ-トは売れ残っていた。このポーランド系ユダヤ人の作曲家とは間接的な付き合いもあり、これはどうしても聞き逃せないと思ってティケットを予約した。正直どの程度のピアニストなのかは分からないが、そのレパートリーなどを見ると、前回ペトレンコ指揮管弦楽団と共演したカナダのアムラン並みに期待できるのかもしれない。



参照:
腰が痛くて熟睡できず 2017-01-07 | 生活
反知性主義のマス高等教育 2016-03-21 | 歴史・時事
石灰が効いた引き分け試合 2014-08-10 | ワイン
漸く時差ボケから解放される 2017-04-08 | 暦
Ich war noch nie in Japan. Das ist.. 2017-04-03 | 暦
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by pfaelzerwein | 2017-04-23 19:38 | 文化一般 | Trackback

細身の四年ぶりのジーンズ

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ジーンズを発注した。前回のものは四年前の購買になる。まだ痛んでいないと言われる。それでも流石にオペラの立ち見などに履いていくのは憚られる。良さそうなものをウィッシュリストに入れてからでも半年ぐらいになる。その時よりも3%安くなったので手を出した。サイズが無くなれば一貫の終わりで、今普段着に下している33インチのものから二段階下の31インチなので、長さも含めて、あまり数が出ない。寧ろ売れ残るサイズであり、定価からすれば大分安く、前回の出費86ユーロよりも大分お得になる。色合いは前回ほど好ましくはないが、なによりも新しく、細身で形は改善されるのではないかと期待している。

大きめのジーンズならば、内股の生地通しの摩擦で股ズレもしないので、痛み難いのは分かっている。現在使用中の32インチでも全く傷みが無く、更に腹回りがずる感じがするぐらいで、間違いなく更に小さめの方が都合が良い。先ずは足を通してみなければ分からないが、太ももなどがすっきりとするのではないかと思う。幅でとると、同じ長さでも長目でなくなると思われる。しかしこればかりは更に長目が履ける訳ではない。

五月のミュンヘンは初日シリーズなのでジーンズは履かない予定だが、新しいシャツもあるので気候が良くなってお出かけやデートなどになるとやはり古くさいといけない。更にだらだらしたジーンズは更に暑苦しい感じで良くない。

前日に発注したものが届いた。色は予想よりも濃い目だが、緑がかっているようで、今普段着にしている33インチのものとは違うようだ。冬は暖かそうな感じがするが夏はどうだろうか?上着も若干合わせ難いかもしれない。まあ、送料込み63ユーロなら文句は言えまい。

何よりも違うのは、太ももが絞られて、確りと包まれスリムになっていることで、腹回り以上に効果があるだろう。腹回りはもう一つ下の30インチでも履けるのではないかと思わせる。嘗て無理をして履いていた時とはまだまだ大分余裕があるが、あの当時は脂肪が多かったのでまた意味が違うのかもしれない。走り込んでこれ以上細くなると今度はスーツなどのズボンに困ることになる。目的は脂肪を落とすだけなのでこれ以上細くする必要はない。なによりも太ももなどはこのリーヴァイスのオリジナルフィットでパンパンなのでこれ以下は履けても直ぐに股ズレが起きそうだ。



昨晩、「タンホイザー」新演出の写真が掲載された。注目は、ヴォルフラム役のゲルハーエルに充てられた楽譜がドレスデン版ということで、テクストのあるところはあまり差が無いのかもしれないが、そこにパリ版が付け合わされるということで、管弦楽のパート譜にも付け加えられることになるのだろうか?週末は、ドレスデン版としてネットにあるコンヴィチニー指揮の豪華キャストの録音で調べてみよう。この指揮者は、ゲヴァントハウス交響楽団とのベートーヴェン交響曲全集などで有名だが、障りを流してみるとなかなか良さそうでレファレンス版として充分に使えそうである。



参照:
足を通してみてドキドキ 2013-03-12 | アウトドーア・環境
三年振り新調のジーンズ 2006-12-29 | 生活
ジーンズの裾の綻び 2008-10-29 | 生活
締まりの良いストレートな買物 2009-12-22 | 雑感
伸びる仏印ジーンズを購入 2015-04-09 | 生活
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by pfaelzerwein | 2017-04-22 17:45 | 生活 | Trackback