黄金晴れのロココ日和

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本日は午前中からシュヴェチンゲンに居た。空は青く、気温は摂氏一桁台に落ちる放射冷却状態であったが、そのうちみるみる気温は上昇して、強く輝く日差しは黄金の行楽日和とした。

カール・テオドール候の夏の離宮は、モーツァルトが学んだマンハイム楽派の拠点として有名である。そのロココ風の劇場や造園は、夏を惜しむ軽く汗ばむ人たちで賑わう。
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ミューズは、気が利いた水音などをたて、赤く色づいた棚の向こうに幻のパラダイスが広がっていた。




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# by pfaelzerwein | 2007-10-01 02:58 | | Trackback

索引 2007年09月

下馬評に至難な金科玉条 [ 文化一般 ] / 2007-09-30 TB0,COM0
草花の根元に赤い斑点が [ 生活 ] / 2007-09-29 TB0,COM0
大蒜を使わないパスタ [ 料理 ] / 2007-09-28 TB0,COM2
2006年産の良い地所 [ 試飲百景 ] / 2007-09-27 TB0,COM2
国益と理想の内政干渉 [ 歴史・時事 ] / 2007-09-26 TB0,COM0
仲秋の暖かい黄色い焼芋 [ 料理 ] / 2007-09-25 TB0,COM4
オーラを創造する子供達 [ 文化一般 ] / 2007-09-24 TB0,COM0
月光がラインを渡る時 [ 暦 ] / 2007-09-23 TB0,COM0
微小気候の実例の比較 [ ワイン ] / 2007-09-22 TB0,COM0
身体のライフスタイル [ 女 ] / 2007-09-21 TB0,COM0
氷河の清流を泳ぐもの [ アウトドーア・環境 ] / 2007-09-20 TB0,COM3
長いコルクにみる生命力 [ 試飲百景 ] / 2007-09-19 TB0,COM0
放牧の部落の生活・人生 [ 生活 ] / 2007-09-18 TB0,COM2
ミニスカートを下から覗く [ 文化一般 ] / 2007-09-17 TB0,COM0
白い的へと距離を測る [ 文化一般 ] / 2007-09-16 TB0,COM0
ダイナミックな協調作業 [ 試飲百景 ] / 2007-09-15 TB0,COM2
グランクリュ解禁の反響 [ ワイン ] / 2007-09-14 TB0,COM0
まともでないお尋ね者 [ 生活 ] / 2007-09-13 TB0,COM0
境目の無い眼鏡の眺望 [ 生活 ] / 2007-09-12 TB0,COM4
地元スーパーの伊ワイン [ ワイン ] / 2007-09-11 TB0,COM0
思いの外時を費やす読書 [ 文化一般 ] / 2007-09-10 TB0,COM2
イタリアの空をあとにする [ 暦 ] / 2007-09-09 TB0,COM6
イタリアのカウベルの響き [ 音 ] / 2007-09-08 TB0,COM4
緑の谷に佇む山の気質 [ 文化一般 ] / 2007-09-07 TB0,COM0
フラッシュバックと残照 [ 暦 ] / 2007-09-06 TB0,COM0
雪景色から緑の渓谷へ [ 暦 ] / 2007-09-05 TB0,COM0
雪化粧した高嶺の花 [ 雑感 ] / 2007-09-04 TB0,COM0
北風が汗を拭う夏山の峠 [ アウトドーア・環境 ] / 2007-09-03 TB0,COM0
水を得た魚のように降りる [ アウトドーア・環境 ] / 2007-09-02 TB0,COM0
蕎麦きし麺と蕎麦ポレンタ [ 料理 ] / 2007-09-01 TB0,COM0

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# by pfaelzerwein | 2007-09-30 04:51 | INDEX | Trackback

下馬評に至難な金科玉条

カタリーナ・ヴァーグナーの出馬で、様々な下馬評が流れている。11月の理事会では、全25票中、連邦政府が五票、バイエルン政府が五票保持しており、計十評はエーファ・ヴァグナーに決定している。その他、父親であるヴィーラントの血筋と叔母さんのフリーデリント血筋の双方から少なくとも二票が加算されて十二票が対抗馬の基礎票と書かれている。

一方カタリーナの属するヴォルフガンクの血筋は、同じく叔母さんのヴェラーナの血筋の票を計算できるのか、市や圏の支持を得ているのかは現時点では分からないと言われる。

先日の新聞記事では、同じく票を保持しているドイツ・ヴァーグナー友の会が、支持非支持で分断していると言うから、これも取り纏まっているとは言えない。

そのような理由で、指揮者ティーレマンだけではもの足りないとして、カタリーナ独自のトロイカ体制に第三の馬が用意されていて、カラヤンの下でベルリンの支配人を務めたあとマンハイムの劇場支配人となったクラウス・シュルツなどの名が挙がっている。

氏のインタヴュー番組は夏にラジオで流れていたが、近所に住む若者としてのバイロイトでの稀に見る体験を語っていた。特にクナッパーツブッシュの前世紀風の芸術家像は何にも況して、その後のカラヤンらとの仕事を通して余計に大きなものとなったと述懐していた。

まさに、音楽祭を運営するに当たって強い味方には違いない。それでもビューニンク女史は、最も理想的なのは、膨大なアドレス帳をもつエーファが組織を司り、斬新な発想のニケが芸術的推進力となり、先日もTV番組に出て大衆紙を賑すカタリーナが広報塔となればと、そして芸術は多数決ではなくて、誰もが不可能で有り得ないと考えることを思いつくことではないかと括っている。

この毛利元就のような発想は、実はヴォルフガンクの自叙伝にヒットラーの女友達である母親の意思として書いてある。それは、母親が大家となり二人の息子と交わした劇場の貸借契約書に、息子二人に同等の権利を与えながらお互いの欠点を補って、客観的な運営をして先祖と後継者に最も良い結果を招くような配慮をすると言う金科玉条としての意思である。



参照:
Wolfgang Wagner „Lebens-Akte“ – Vom Ende zum Anfang (S.179 ff)
オーラを創造する子供達 [ 文化一般 ] / 2007-09-24
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# by pfaelzerwein | 2007-09-30 02:13 | 文化一般 | Trackback

草花の根元に赤い斑点が

新調眼鏡をやっと取って来た。担当の店長が一週間病気で休んでいたからである。注文からレンズが出来上がるまで、二週間ぐらい掛かると聞いていたのだが、丁度一週間で納入されていた。経済的に計算すれば、使う期間は一週間短縮されたが、その千ユーロ以上に対する利子が一週間浮いた。

最後の調整をして掛けると思いのほか軽い上に、五万ポイントと言われる焦点の外れる領域が、想像以上に気になら無い。その理由は簡単で、今まで掛けていた眼鏡の焦点がそもそも合っていなくて苦労していたからである。

なるほど、角度を変えると焦点の合う域と合わない域の差は歴然とするが、今まではその領域で生活していたのである。

さて、足元を見る場合は、以前以上に深く頭を傾げないといけないが、それほど詳しく靴の汚れを眺める気はしないのである。そして、小舅のように床の汚れが気になって仕方ない。聞いていたように、床が揺れることは無いが、度が合って見え過ぎるので、初めて眼鏡をかけたときのように少し胸がむかつく。交通状況が分かりすぎて、以前のように、アクティヴな運転を試みたくなる。そして、幾らか興奮状態なのである。

何よりも女性の表情が具に眺められるのが嬉しい。もちろん、美しい表情をなのであるが、追々見たくも無い表情も観察させられることになるのが、世の常なのである。

兎に角、初日は無理をせずに、こけないように慎重に生活しよう。因みに、PCのモニターはその性能の悪さが改めて確認された。眼鏡の半分もしない価格なので仕方がないのか?

それにしても運転をしながら見える森やワイン畑が急に立体感を持って、草花の根元まで見えるようなのには驚く。覚せい剤を用いるとこうしたものなのか?

先日、山で一緒だった警察官が、麻薬はタバコや酒の常習と必ず組み合わせられていると言っていた。新しい眼鏡と覚せい剤や抗欝剤を組み合わせると、これは大変なことになりそうである。

ここ一週間ほどは体調も天候も悪く休んでいた散歩を再開する。特に地動説の似非体験をすることもなく気分良く帰宅できた。見えることの安心感からやや遅くなっていた身動きが素早くなるのも実感する。
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# by pfaelzerwein | 2007-09-29 05:01 | 生活 | Trackback

大蒜を使わないパスタ

北イタリアの谷間のホテルのペストを自宅で試す。大蒜を使わずにバジリクムの香味を強調するのである。松の実とチーズ以外には塩コショウしか使わないで、オリーヴオイルのなかでおろす。トマトやレモンジュースを加えても良い。

貧乏性が災いして、兎に角冷蔵庫にあるものを喜んで使ってしまう傾向があるのだが、それを我慢して、特定の味を際立たせるのも重要である。

驚いたことに、イタリアで食したのと同じようにあっさりとしていて、大成功であった。大蒜を大胆に使う光景などをしばしば目にするが、我慢して使わないことで、初めて味が冴えるのである。

大蒜を入れないことで、お出かけなどを考えずに何時でも食せるあっさりとしたペストソースを何気なく作れることを発見して大喜びなのである。

d0127795_6282922.jpgデザートには、先日お土産で頂いたベルギーのチョコレート。手に持った重さでは気がつかなかったが、二段重ねになっていた。思いがけぬ量に、思う存分楽しむ。どちらかと言うと、甘みで無く味が強いので、一度に二つづつまでで、一週間以上楽しめる。
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# by pfaelzerwein | 2007-09-28 06:30 | 料理 | Trackback

2006年産の良い地所

仲秋と言うのに少し汗ばむほどに暖かい。例年は、九月の前半の週末に訪れるのだが、不在をしていて、今年は後半にキードリッヒのロバート・ヴァイル醸造所に伺った。

駐車上の混みようを見ても例年よりも盛況な感じであるが、最終週の訪問は初めてなので断定的なことは言えない。予め電話で確認していたように、収穫は既に始まっているが、最も良い地所のグレーフェンベルクなどはこれからである。

その斜面の下に立つと例年の如く湿度が高いのを感じる。これはラインガウ地方のマイクロ気候の一つなのである。そして夜間は川から吹き挙げる風で冷えるというのだ。それも何度も言うように年間を通じて歩いて見なければ分からない。今回は、更に向学心からラインガウの土壌の特徴も予め下見をした。

グレーフェンベルクは千枚岩が白っぽいことから珪素や水晶を多く含んでいると想像される。さらにその周囲の土壌も似ていて、小さな谷を隔てて反対側のラウエンタールの斜面には石灰質の含まれない名うての地所バイケンがあり、そこでも白雲母の珪酸成分も無視出来ない。

それがラインガウ独特の鉱物的な味をそのまま想像させる。大まかにイメージすると比較的シャンパーニュ地方などに近い。そうした繊細さに土壌の味が香料となれば良いワインなのである。

王家を含む貴族的名門の所有や州立に移譲された地所には、マンベルクを含むマルコブルンのような石灰質を特徴としたり、スレートを持ったシュタインベルクなどの多様性がある。その点、小規模の平民の醸造所はどうしても、そうした変化には恵まれない分、単純なリッターワインからアイスヴァインまでを収穫することをモットーとしていて、競り市などで高額に競り落とされるのを名誉としている。

そうした歴史的な条件から、試飲するワインにそのような多様性を求めるわけにはいかないが、それだけにヴィンテージの品定めと質に拘らなければいけない。

結論から言うと2006年度は、モーゼルやミッテルハールドなどの腐りとは異なり、小粒で密集しない葡萄から比較的健康な収穫が出来たことが証明されていた。収穫量も落ちて居るとは言え、それほどドラスティックな結果とはならなかったようである。

それどころか、マイスターの説明によれば、シュペートレーゼや半辛口と言えども軽みのあるワインに仕上がったのはヴィンテージの特徴となる。酸の質は、少なくとも現時点では大変良い。その軽いテーストは、偉大なラインガウワインには程遠いかもしれないが、ここのワインにそれを求めるのはその土壌からして誤りだろう。

しかし、その快適な酸とアルコールがある程度の寿命を意味するならば、ここ数年のヘタレ方は今回はないのではないか。購入したグランクリュも、細身であり、今でも充分楽しめそうなのである。その価格からしても、五年以内に飲み頃になってくれれば十分のような気もする。ミッテルハールトのような、十年寝かしてもお花畑の香りが広がる地所ではないことから、適当であれば良いのだ。

その反面、そのデリケートな味は、もぐりの呼称「ファインへルプ」と言われる甘くはなく酸も柔らかなワインにも表れていて、早飲みの楽しさを満喫させて呉れるだろう。ついでながらこの名称は、ハルプトロッケンと変わらないが、場所によって使われるクラッシックやシャルタの甘めのものと考えれば良いだろうか。

そのシャルタ・ヴァインと呼ばれる食事用のカテゴリーにもその酸が同じように生きていて、例年に比べると一年後の消費も期待出来る。

それ故に、半辛口からグランクリュにかけてのカテゴリーにおいても、明らかに瓶熟成の可能性が加わっている。この辺りの醸造所内のコンセプトは、ここでの批評に伴うように、あまり明らかにしたくは無い様子である。

甘口は相変わらず残糖感が強いが、他の醸造所から葡萄を買い入れた辛口リッターワインにおいて殆ど残糖感を残さないようにする努力は、ここにも見られる。二種類のゼクトは、上のような特長が集約されて、今回初めて良いと感じるものである。

シュペートブルグンダーは、後まわしにして飲むのを忘れたが、特に触れる必要も無いだろう。

ゲーテが1814年9月6日に記した「ラインガウの秋の日々」日記から引用してこの試飲記を終えたい。

ワインの良さは、地所によるのである。そしてその遅い収穫にもよる。これで、富んだ者も貧しいものも、永遠に争そっている。誰もが沢山のこの良いワインを欲しがる。
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# by pfaelzerwein | 2007-09-27 02:31 | 試飲百景 | Trackback

国益と理想の内政干渉

中共政府が猛烈に抗議をしている。車中で聞いた在ベルリン大使館筋の大学教授刘立群は「中独両国間の関係を大きく損ねるだろう」と、メルケル首相の採ったダライ・ラマの扱いで息捲いていた。

個人的な訪問は 許 す が、公的な受け入れを示す首相官邸での受け入れは 許 せ な い としている。チベットの独立よりも民族の自立を説くダライ・ラマ自身、自らを半ばマルキスト、半ば仏教者の自由主義社会主義者と呼び、全体主義で育ったメルケル首相の昨今の政治姿勢と共通項をアピールしている。

現ベルリン政府の対中リアル政治は一貫している。先頃の北京訪問でも中国メディアが報道しない人権擁護運動家や教会関係者との会談、さらには中共政府の報道規制の実態を直接インタヴューするなどして、もっとも重要な点を念押ししている。

それに対して北京政府は、そうした厄介な問題を軽く流して歓迎としているが、今回の件では黙って置けないとする強い姿勢を見せた。ベルリン政界における強い支持とは裏腹に、ドイツ企業家などが今回の政府の姿勢を不安視するほど、政治的な効果があるとするのが一般的であるが、「首相官邸での個人的な会見」に拘ったベルリンとそれをどうしても避けようとした北京の見解が大変興味ある。

もちろん、ベルリン政府にとっては「一つの中国」と「チベットの少数民族や市民の人権」と「宗教の自由」の前提を固持したダライ・ラマとの会見であるが、北京にとってはダライ・ラマがドイツ入国前にヴィーンで為されたように、これらに続いて今後西側各国で公式なチベットの代表者として受け入れられることを大変危惧している。

そして、鼻息の荒い中国人は、「ドイツの戦争犯罪を忘れるな」、「ドイツが日本の立場だったら、我々にとってはそれほど日本と変わらなかっただろう」と叫び、ドイツに強い制裁を呼びかけているが、さて何が出来ることか。全ては、ベルリンのアドヴァイザー、クリストフ・ホイスゲンらにシュミレーションされていることなのであろう。

つまり、国益を根拠とした外交こそが国際関係で避けられないもので、それは感覚による外交以上に計算出来るもので、安定した国際政治の基盤を作るものだと、FAZの社説は述べる。また、ジーモンス氏が北京発の別の記事で、ブッシュ政権のイラク侵攻において、思わせぶりな国益と国際政治の理想だけで、目的が充分に解明されていない失敗例を、中共における内政干渉への過剰反応と比較する。その内政において、チベットや台湾におけるテリトリー問題が、保安上の国益としても充分に明白で無い状態を指す。

そして来年早々の台湾での選挙は、北京オリンピックを控えて、極東の政治を流動化して行く。既に新聞紙上では、七割以上の台湾人が正式な国としての世界的な認知を望んでおり、自由民主義社会を築き上げてきた台湾人を見捨てることは出来無いとしている。

こうした世界的な動きに対して、必要以上に警戒心を持ち、世界との対話よりも強国としての中央集権体制を固持にするのが北京政府である。そして、その中華思想は、経済発展によって社会が豊かになればなるほど大国の干渉や覇権主義として猛威を揮いはじめているのである。

今回の問題は、地政的な問題として解析されるような時点ではなく、日本とオーストラリアなどが中国市場に変わってインド市場を重視して行くと示唆する時と同じような漫然たる危機感と疑心暗鬼を中国人に与えた。まさにそこに現実政治の戦略がある。

つまり、外交における友好関係は、なにもシュレーダーがやった商談外交ではなく、現在のようにの双方依存関係が強化された抜き差しならない状態での現実政治となるのである。そこでは、理想と将来を見据えた政治的舵取りによる益が重視されることとなる。
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# by pfaelzerwein | 2007-09-26 05:30 | 歴史・時事 | Trackback

仲秋の暖かい黄色い焼芋

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ラインガウ地方で猪を食べたことを昨年の冬に書いた。今回は、猪肉のニコゴリを食した。ラインガウの山には猪も多く、伝統的に良く食べられているのだろう。

昼食抜きで試飲を繰り返していたので、腹が張って苦しかったが、酔い覚ましを兼ねて軽食をとる。サラダ類もあったが、折からの初冬ではないが小春日和に、初めてのバルコンに出てラインの水面を眺めながら食事なので、暖かい焼きジャガイモとニコゴリにする。

このワイン酒場は、醸造所の敷地内でそのワインが出るので、蔵出用のワインを飲む。流石に、グランクリュからTBAまでのワインを試飲した後では、つまらないワインでしかない。

ニコゴリの方は、期待に背かず、猪の味が良く出ていて、ジャガイモがもう少し暖かければ、ゼリーを溶かすのだが、なにせ腹が張っているので、元気一杯にナイフとフォークで潰して準備する元気が出ない。d0127795_014932.jpg

サラダの方は、写真を見て分かるとおり、思い掛けなくステーキが乗っているヴォリューム感があり、ステーキもこんもりと盛ってある。

お勘定も、一人15ユーロ、二人で40ユーロと大変リーゾナブルな食事であった。
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# by pfaelzerwein | 2007-09-25 00:04 | 料理 | Trackback

オーラを創造する子供達

11月6日にバイロイト・ヴァーグナー音楽祭財団の理事会が開かれる。後任者選びが、議事とされる。作曲家ヴァーグナーの建てた劇場をヴァーグナー家が貸し出す形で、個人財団から公の財団となったのは1973年のことであった。

現在は、楽匠リヒャルト・ヴァーグナーの孫であるヴォルフガング・ヴァーグナー博士が理事長となっているが、既に2001年には氏の先妻の娘エーファ・ヴァーグナー・パスキェーが理事会で後任者として選ばれ、それに対して元秘書の後妻の娘カタリーナ・ヴァーグナーを押すヴォルフガングの拒否権の行使で今に至っている。

しかし、老境が進んでいることから、理事に連邦政府、バイエルン政府、オヴァーフランケン圏、バイロイト市、ヴァーグナー協会の其々の代表者を戴き、それらの公的援助とそもそものルートヴィッヒ二世の援助を根拠として、後任問題はドイツ文化政策問題ともなっている。早逝した兄の娘ニケ・ヴァーグナーを含めて三つ巴状況であるが、昨日のフランクフルター・アルゲマイネ新聞紙上にて、当のカタリーナが指揮者ティーレマンとスクラムを組んで正式の後継と移譲の具体的な提案を公表した。

エレオノーレ・ビューニック女史のインタヴューの形式を取って、その表明がなされている。

「ヴァーグナーさん、歴史は繰り返すです。ティーレマンさんと協調して音楽祭を率いたいというので、かのヴィニフレト未亡人とベルリンの指揮者兼監督のハインツ・ティーテェンのようですね。」 -

そうした、ナチ政権とヴァーグナー家の協調をぶつける意地悪な質問に対して、一般的な受け応えで受け流すカタリーナ。

「それじゃ、ティーレマンさんは、きっと一度投げ出したベルリンの総裁の地位を兼任されるのかしら、そうすれば歴史的比較がし易いかと。」 -

「いいえ、ミュンヘンのフィルハーモニカーの地位で幸せです。私は何もバイロイトの地位のためにそれを擲ったり、おろそかにしませんよ。カタリーナと私は、只バイロイトの将来を何度となく語り合って、私達の考えが全く双方を補って余りないものであることを確認しあったのです」

「一体何時頃からです」かとする問いに対して、1980年代のアシスタント時代に子供のカタリーナとの出会ったことから、若いデビューを同じくした同期生であることを語り始める。それに続けてカタリーナは語る。

「新しいオーラです。しかし、部分契約は、2015年まで交わされていて、公共の資金が使われているわけですから、それを無駄にすることは出来ないのです。だから、我々の体制はヴォルフガンク・ヴァーグナーのオーラと意志を引き継ぐ管理体制として八年ほどそれらの義務を遂行することになります。私は憎まれ口を聞きたくないですが、ニケにしろ、エーファにしても年金生活の年齢ですから、この状況下で自らの個性を引き出していく可能性はない訳でしょ。」

ヴォルフガング・ヴァーグナーが終生理事長の契約上の身分を破棄して、目の黒いうちにお気に入りの末娘カタリーナに移譲するのは、既にこの計画を本人に提示して、娘が受け入れ準備が整ったことを伝えたと言うことから、可能な解決法として今回公表に漕ぎ着けたと語る。理事会はこれを受けて、後継への移行を速やかに行なうべきと主張する。そして、2015年までの移行期は、二人の芸術家にとって芸術的規制が否めないとして、これ以上は後継決定を待てないとする。

そして、カタリーナは、「バイロイトに来るものは、野心や金儲けは家に置いて来い」と芸術至上主義を唱えると、それに呼応してティーレマンは「電話番もヘルデンテノールも一緒になって食堂で一堂に会するのがバイロイトですよ」と仲良しチームワークと矛盾する伝統的劇場の楽長を強調する。

そうしておきながら、「音楽業界での指導的立場での永い経験で、二度と劇場などを請け負おうつもりはなかったのですが、バイロイトはそのような劇場ではなくバイロイトはバイロイトなのです。このアイデアに燃えささげますよ。」と、ありがたがらせるのである。その言動に見え隠れする知能。

まさに言葉の端々に、公的資金の運用と政治的悪用への否定を強く滲ませて、この二人が周りからどのように観測されているかを強く意識するばかりに、その言動は非常に子供っぽい言い訳となっていることには他ならない。

しかし、今年のティーレマン指揮の四部作での音楽的な大成功は、この指揮者に真の自信を植え付けたようで、その発言内容には、以前にはなかったような真実を多く滲ませるようになっている。アイデアとして挙がる、既に行なわれている少年のための夏季アカデミーにも言及して、ヴァーグナー歌手の育成の必要などを語っているが、ドイツ語を歌う歌手の存在は欠かせないことに相違なく、バレンボイムの再登場のみならずサイモン・ラトルやズビン・メータやケント・ナガノのデビューの必要性にも言及する。

カタリーナも、劇場の健全経営を言い訳としながらも、アカデミーでは演出家などの育成と共に、76歳にもなるアーノンクールの指揮を希望していて、同時に従兄弟ニケの新アイデアの具体制のなさを批判して、アカデミーを通した才能の発掘をスターシステムへの反論として挙げている。

再び、ティーレマンの言及であるシェーンベルクやシュトックハウゼンのバイロイトでの響きへの実験可能性を、カタリーナの言う限られた上演演目とミトスの保持をモットーに相反して挙げるところは、よく出来た漫才と言うしかない。

子供っぽい精神年齢の低い、知能の足りない人たちは、こうした子供騙しの言葉で動かされるというのだろうか?リヒャルト・ヴァーグナーの言葉「創造をする子供たち」が、インタヴュアーから発せられる。



参照:
Der schöne Zwang, immer dasselbe zu machen“, FAZ vom 22.9.2007
安全に保護される人質 [ 歴史・時事 ] / 2007-07-30
次から次へ皹の入る芸術 [ マスメディア批評 ] / 2007-07-28
襲い掛かる教養の欠落 [ 雑感 ] / 2007-07-27
アトリエのビッグシスター [ 女 ] / 2007-07-26
バイロイトの打ち水の涼しさ [ 生活・暦 ] / 2005-07-24
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# by pfaelzerwein | 2007-09-24 03:49 | 文化一般 | Trackback

月光がラインを渡る時

d0127795_16355742.jpg月光がライン河を照らし、川面を渡る。

九時の最後の渡しで、ラインガウに別れを告げ、インゲルハイムから家路につく。


ヨハニスベルク城のHPから:

Als Otto von Bismarck als preußischer Gesandter beim Deutschen Bundestag in Frankfurt 1851 den alten, beinahe tauben Fürsten Metternich besuchte, war das Schloss ein vornehmer Herrensitz geworden.

"Ich hatte ein Zimmer mit der Aussicht über den Rhein und die Berge", so schreibt er in einem Brief an seine Frau, "es war eine herrliche warme Mondnacht, und ich lag noch sehr lange im Fenster. Hier mag ich verweilen, denn hier darf man träumen."

オットー・フォン・ビスマルクが、1851年にプロイセンの使者としてドイツ連邦議会に参加した節、殆ど耳の聞こえぬメッターニッヒ伯を訪問して、この城は高貴に満ちた居所となった。

「山並みとラインの見える部屋を宛がわれ」と、妻へ認め、「なんとも親しみ深い月の光だったことか、そして窓際に長く伏してしまった。ここを離れたくない、ここは夢に満ちているからだ。」

ヨハニスベルク城をラインから望む。d0127795_16382110.jpg
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# by pfaelzerwein | 2007-09-23 16:39 | | Trackback

微小気候の実例の比較

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昨年は腐って収穫出来なかった地所を雨上がりに散策した。実りの時期となって三度目の降雨は、断続的にある程度の雨量となった。そのせいか一部に青黴散る、典型的な果皮から果汁が漏れ出す状況に幾つかの葡萄はなっていた。それでも、セレクションすることで充分な収穫量はありそうだ。

少なくとも2007年度は格落ちのワインとして瓶詰めされるだろう。なぜそこの地所が湿りを持ち、被害を受けるかは、マイクロ気候としか言えない。その区画でも十メートル先の葡萄の状況は異なることからその微小気候の多大な相違は知れる。

昨年の2006年産は写真で見るように一月先になっても放置されていたのである。つまり、摘み取りは断念されていた。今年はどのように判断するのか興味津々である。d0127795_3432657.jpg

麹の交じったワインの匂いが町中に漂って居る。年に数日のことである。ネットでお届け出来ないのが残念である。
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# by pfaelzerwein | 2007-09-22 03:45 | ワイン | Trackback

身体のライフスタイル

懇意にさせて頂いている女性がこけた拍子に手を突いて骨折したと知った。お元気であり体格も良いが、高齢であり、ありえる事故なのである。失礼を承知で申せば、よくある高齢者の事故である。

早速、お昼前に本人に電話を試みたが、留守電が答える。留守電にお見舞いを吹きこむのも先方の状況が分からないので、遠慮する。再び夕方試みるが同じである。

最初は、医者に行っているのか、 手 が 塞 が っ て い て 電話に出れないのかと想像したが、二度目には身の回りの始末が出来ずにどこかに 収 容 されているのかなどとも ふ と 思った。

すると暫らくして先方から電話が掛かり、お元気そうな声を聞いて安心する。四週間前の事故で、完治にはあと二週間ぐらいの時間が掛かるという。車の運転も覚束無く、何よりも身の回りのことに困ったと言う。

そして、ゴミを出すのさえ人に依頼しなければいけないとなると、気落ちしたと聞くと、なるほどと思わされる。普段、気丈に元気にされているご婦人なので、そうした落差は人並み以上に大きい気がするのである。

ドイツェテレコムがiPhoneを扱うことはここ数週間の話題であったが、正式なリーリース日取りなどが決まって、メールが入っている。iPodすら使用していなくUMSTもまだまだ金を払って使う気にはならず。携帯電話すらプリペイドカードで不自由はしていない。だから、よほど無料に近い物でないかぎり興味はない。しかし、若い層には大いにに使ってもらい、テレコムの株価の含み損を極力減らしてもらいたいのは本心である。しかし、歩合をアップル社が徴集するシステムと言うので経済効果も疑問符がつく。

技術的な背景に興味があるほうなので、こうした社会的な汎用技術がなんらかの新文化を生み出さない限り興味とならない。少なくとも、欧州ではそれが新文化となるような兆しすら見えない。謂わば、ファミコンやTVゲームの域を出ずに、マンガの影響力にも至っていないと思うがどうなのだろう。目に付くのは、携帯電話で無駄話やビジネス話に興じるいい年をした大人達である。また、衛星を使うGSMシステムの方がネット末端機器には使い易そうである。

年齢層によって、その関心の行き先が異なるかと言うと、些か違うようにも思われる。最も異なるのは社会層であり、ライフスタイルの相違であろう。iPodにしてもプレゼントとして入手すればそれなりの使い方をするのだが、わざわざ入手する気持ちが湧かない。必要が無いからである。

加齢による新しい物への好奇心の減退は、日常茶飯に発せられるが、この説にも大変疑問がある。その運動能力においても、無駄の無い動きや洗練が加齢とともに進む一方、生活感においても無駄の無いシンプルライフを目指す傾向も否めない。

上記の御婦人の身の回りのことを司る自立心と、それが目指す清貧への傾向を浴びる場合と、そうではない経済依存と思考放棄する場合の双方があるだろう。因みに彼女は新しいPCにウインドウズのヴィスタを使用している。

身体の特徴である、中年から老人性肥満へと進む場合と、無駄な脂肪を落として行く場合の二種類の加齢による変化がそのライフスタイルに相当するのだろうか?
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# by pfaelzerwein | 2007-09-21 14:21 | | Trackback

氷河の清流を泳ぐもの

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山の中でピクニックをした。その冷たい清流に泳いでいた魚は岩魚類だと思われる。鱒にしては細身で小さく、黒っぽい。

岩の上でチーズなどを頬張っていると、パン屑などを目指してかよって来る。動きが早く、なかなか映像には捉え辛かった。

「鱒にしては小さ過ぎる」、「虹鱒だろうか」と話していたが、岩魚がスイスで食されるザイブリングの仲間とは思い出さなかった。

話し声を止めて息を堪えると直にやってきた。魚影を捕まえたのも束の間、瀬の直ぐ下で男が水に浸かり出した。様子を見ていると音を立ててバタ足でこちらに泳いで来て、呆れた表情を投げ掛けると、お前も泳がんかと誘ってくる。その仲間がビキニの女性を加えて、三人揃って水にはいると流石に魚はどこかへ行ってしまった。

金曜日の夕食は、魚にありつけるかと話していたが、結局菜食は、ピッザとバジリクムのオムレツを選ぶのみであったが、後者ははじめてのもので一度家でも試して見る価値があった。

岩魚と言う清流の低い水温に生息する養殖の難しい魚は珍味とされる。その話を求めて、辻まこと画著の書物を紐解くと、最後の部落から夏は藪漕ぎで二日感も掛かる山中に主のように大きくなった岩魚の存在が語られている。

作者は、流れの無いこんなところにいるのかと訝るのだが、本当に主がいるのかいないのかは「明日の朝まで待たないと」と声を立てる携帯石油コンロに話しかける。
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# by pfaelzerwein | 2007-09-20 00:40 | アウトドーア・環境 | Trackback

長いコルクにみる生命力

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先日店先で試したピノノワールを自宅でジックリ品定めするために胸高く掲げ大事そうに抱えて持ち帰った。その道すがら醸造所のベンス氏にすれ違いに見られ笑われ、「先日の試飲では、上級のワインはデキャンターされていて、これはしていなかった条件の相違を厳格に補正する」試飲の目的を説明する。

そのようにして早速デキャンターに移し、味の経過を見るのだ。初日の印象は先の試飲と同じく、香りが無く、酸が効いていて、アルコールが強いというほかなかった。それゆえか、鼻に来るというか喉に来るというか胃に来るというか、兎に角力強い。明くる日の印象は、それらの要素に変わって、ミネラル質の味が幾らか表に出るようになって来た。つまり配合されている、ルッパーツベルクのホーヘブルクの土壌の個性が幾らか感じられるようになって来たことになるのだろう。このように経年して良くとすれば、2年後ぐらいにはこの価格を大きく越える事になるかもしれない。それならば買いである。一度試して見る価値はあるかも知れない。投資額は知れている。

さてその前々日に持ち帰ったのがグランクリュの2003年産カルクオッフェンである。石灰質の土壌が醸し出すストーレートさはその酸の出方として表れて、重いクラスのワインとしては比較的喉を通り易い。その反面、この記録的なヴィンテージのワインに甘みを感じさせる要因となっている。その甘みが邪魔になり出すとなかなか酌が進まない。グランクリュであるからして、内容が濃いのは当然であるが、食事に何倍も飲める代物ではない。ある意味、グランクリュワインと言うのは、辛口であってもぐいぐい飲み干すワインではなくて、食事の一部にグラスで当てられるワインなのだろう。

金曜日に開けたワインが月曜でもその香は増しながらも未だに強く感じるというのがグランクリュワインの味の濃さなのである。なるほど2006年産の限られた量ながらも価格だけでなく簡単に全てのグランクリュが売り切れないのは、個人消費者にとってそれほど重宝なワインではないからだろう。

キャビネット以上のリースリングの楽しみ方は、一考に価すると思うがどうであろうか?これなら以前の半辛口の方がアルコール度が薄かっただけ飲みやすかったと思うがどうだろう?

参考のためにそれらの瓶とコルクを、先日現地スーパーで買ったイタリアの、1998年物と並べて撮影する。一般的にコルクの長さを見れば、そのワインがどれぐらいの潜在力があるのか、予想されているのか判るのだ。コルク栓が如何に高価で自然破壊に繋がると言っても、だから余計にガラス栓のワインは割高感があるのだ。
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# by pfaelzerwein | 2007-09-19 06:02 | 試飲百景 | Trackback

放牧の部落の生活・人生

谷深く放牧があれば、人の生活もある。その最奥の部落に這入って行くと、突然道を塞ぐように若い男が現われた。ユゴーカジモトを何処と無く想起させる黒髪の黒目が一点に集まるような視線の男なのである。妙にフレンドリーに、これから谷を詰めるのか、何処へ泊るのだなど矢継ぎ早にイタリア語でまくし立てる。そして、岩場へ上がるのだと言うと、同行者の腹を見て、あんたには傾斜がきつ過ぎる等と真実を語るのだ。そして、アイスやらビールやらシュナップスやらあるから開いている店に来いと客引きをする。目的地を教えて貰い、帰りによるからと別れる。

結局帰りのお迎えは、牛と牧童犬と若いとは決して言えない牧童とおばあさん、そして店にはおばさんが居た。夕飯に遅れぬように一服して、おばさんにチップを含めて一括して払おうとして屋内に入ると、そこは昔ながらの牧童の小屋の趣があった。若い息子が、つり銭など上手くはかどっているか心配そうに入ってきたが、その男は昼間のカジモトとは大違いの端正な笑顔の自然な牧童であった。

そうした風景全てを含めて体験すると、セガンティーニの遺作三部作のみならずミレーの「落穂拾い」の影響を受けたと言われる作品などの 真 相 を伺えるのであった。
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# by pfaelzerwein | 2007-09-18 02:15 | 生活 | Trackback

ミニスカートを下から覗く

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芸術家の実体に触れることは多い。その実体は、字の如く肉体を持った存在と言う意味合いである。その実体が朽ちても百年先も五百年先もその芸術が語られると言う存在もその中には含まれる。

ヴァーチュアルな世界におけるデジタル芸術をその世界で呼びかけて、様々な形で展示したのが今回の催しであった。その仮想世界をネットに求めるのみならず、「オタクの誇り」と題したシリーズに「仮想のアニメキャラクター」を描いたのがフリッツ・アイヒャーである。

氏は、一時は年間12本以上のプロジェクトを三人もの女性アシスタントを使ってこなすほど忙しかったというが、最近は仕事を絞っているという。「年5%の利子」の「印税システム」を採用しているその作品の多くが企業に貸し出されている。70年代には、公的なレセプションに正装でお得意の鹿の角をつけて現われるなど、TVなどで著名人として扱われたという。

その芸術家のここ二年ほどのプロジェクトと現在の作品を垣間見ると、ざっと二十世紀後半とここ数年の芸術動向の一端を覘くことが出来る。

今回の「ヒッチハイクで行く複世界のネット反逆者達」と題した展示に1984年に没した哲学者ゴッタルト・ギュウンターの宇宙の表象が描かれる。

そこに言われる「宇宙の多岐に渡る断裂」に、この芸術家が呼びかけ世界中から 寄 せ ら れ た 作品群が放り込まれて、且つ表象を為すことになるのだ。

例えば、アフリカ原住民の胸をあらわにした女の体に「革命の赤」で描かれるパターンは、欧州ルネッサンスの唐草模様であり、そこにはヘーゲルの指すような文明の区分をもはや意味しない。それをブーデュー教の体とすると、シュリンゲンジッフ監督がバイロイトにて演出したパルシファルの世界観となる。

VIDEOによる展示においては、米国の学生が反中国プロパガンダとして制作した中共軍のお色気画像を集めたものが紹介された。中国のパロディーとはなりきらないポップアートの扱い方などはここでも紹介したジーモンス氏のFAZ記事に詳しい。それを、イロニー交じりに扱う米国の政治プロパガンダ芸術の位置付けが面白い。それは、多和田葉子朗読会の記事でも扱ったとおりなのである。

同様に中国人と日本人のヴァーチャル世界への、其々悲観的と楽観的な感覚が紹介されている。その問題も特殊な日本人のロボット・サイボーグ信仰と陰陽の世界観として興味ある所である。これを氏は、ノイ・コンフォンチャニズムと定義する。韓国人女性の三年間に渡る正面顔面画像定点VIDEOがその感に流れる時を相対化する一方、東京の若者アーティストが一週間で壁画を描き消し描く繰り返しは、まさに日本の文化土壌を示していて面白い。

そこで地面に脚のついていない順応ののみの日本文化を指し、それのみならずそこからエッセンスを再構築する手腕は、日本画をはじめ浮世絵の構図を借りた作品に観られる。その一つが、上の写真で示すように氏の仕事部屋の入口に飾られた作品である。

入口で観た時は、そのはじめて見る噂の評判の悪い二千円札に目が行き、その写真の丸い作りもののような女の尻に目が行った。一通り観覧して、そこへと戻ってくるとどうしてなかなか印象に残る「歌麿」と名付けられた作品で、芸者とある日本人歌手にお捻りとして挟まれた偽札如き札が、この企画の全体像を眺望させるかのような趣があることに気がついた。

許可を得て写真を取らせて頂き、ここに紹介した。このサイトを本人にもリンクとして知らせて、写真の確認をして貰う。

その他、ここ十年ほどの公館などへの作品以来の業績と作品にも見るべきものが多く散見されたが、創作初期のギリシャ神話への傾倒や壷のファームへの執着が、こうした多様世界への視野とその再構築を、非常に中庸な方法で実践している人格が見られるのである。

余談であるが、上の貸付制度にも係わるが投機的な骨董美術の市場価格とその本来の美術価値への見解に、そのあまりにも未知な価値基準の変動を前提としていたのは興味深かった。さもなければ創作活動など出来ないのは当然のことで、そこではその市場価格などは束の間のことでしかないのだろう。

こうして、出来うる限り先入観を持たないようにまたその生きた実体が作品の前に立ちはだかることのないような接し方を心がけて展示を鑑賞したのは、そうした注意深い方法によってのみ浮かび上がる芸術家像が意味を持つと考えるからでもあるのだ。

写真:日本で手に入れた重い木戸

参照:
Fritz Eicher,1998 „Utamaro“ Digitalprint auf Holz, Schellack; 2003, Aus der Serie „Nomadenmuseum II – Setsuko 1“; 2007 Serie „Revolution Red“
Fritz Eicher „Netzrebellen per Anhalter durchs Pluriversum“, Katalog € 10,00
Internetportal: www.fritz-eicher.de
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# by pfaelzerwein | 2007-09-17 06:14 | 文化一般 | Trackback

白い的へと距離を測る

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芸術家で弓道名人のアイヒャー氏の道場を初めてお訪ねした。日置流の四段の道場主を筆頭に40人規模の道場である。

先ず驚くのが赤塗りの門構えであるが、それよりも射的場の雰囲気が良い。三十三軒堂のみならず明治神宮などをイメージして設置されている。

的の上の瓦や屋根はドイツの古い家を使ったという。そして付随の建造物なども趣がある。それが珍奇な日本趣味に陥らないのは、流石に芸術家としての見識で、それについては改めて記す。

全く弓道とは関係ないが、白い秋田犬を飼われていて、その色の珍しさのみならず、子供の時以来久しぶりに触れる秋田犬が嬉しかった。そのように犬には慣れているのだが、昨日の暗闇での散歩に続いて妙に犬に憑かれている。

葡萄の中を家路へ戻ろうとすると、向こうから車がワインの棚を照らして農道にぐいぐいと入って来た。今頃珍しく何事かなと思っていると、ライトが消えて暫らくすると、犬の鳴き声と飼い主の女性の声が聞こえてきた。そう思う間も無く、大型の犬が三匹、こちらに向って走ってくるのと同時に飼い主の静止の声が聞こえた。こちらも咳払いなどをして存在を示さないと皆目分からない暗闇であった。

そして犬たちは、二メートル以上の距離をおいてうなり出した。こちらは足元に絡まれて涎だらけにされるのが嫌なので、そうした犬の警戒態勢はむしろ歓迎なのである。何事も無い振りで真ん中を進む抜けると、飼い主の女性が「素晴らしい!」と絶賛してすれ違った。「そうでしょ」と言って何知らぬ顔で通り過ぎると犬の方が安心していたようであった。

そのような按配で通常は、あまり犬を触るのは億劫なのだが、なぜか狼に近い秋田犬に二回もぺろりと舐められても嫌な感じがしなかったどころか、こちらから撫でに行く気持ちになったのは、自身意外でたまらない。

やはり小さな犬よりも大きな犬、それも特定の種の個性に子供時分からの慣れがあるのだろう。雌犬の名前まで聞いてしまい、我ながら不覚であった。

さて、弓道についてはあまりにも奥が深く要約すら出来かねるが、氏は歴史的な背景のみならず技術や弓作りなど全てに造詣が深く、雑誌等に盛んに執筆されているようである。それどころか矢先を注文制作されて日本へも配給されていると言うから驚きである。

その背景に、芸術家としての美学的な考察や発想が寄与しているのは断わるまでもないだろう。




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# by pfaelzerwein | 2007-09-17 06:12 | 文化一般 | Trackback

ダイナミックな協調作業

遅れ馳せながら2006年産グランクリュを二種類試飲した。ウンゲホイヤーは、酸味とその他の成分が調和していない。アルコール12.5度の弱さのようなものがある。さらに求められる透明感に至っていない。

それに引き換え玄武岩のペッヒシュタインは、この硬い土壌によらず、酸とアルコールと糖の三位一体の成分が拮抗していて、まだまだこれからながら、直ぐに楽しめるような例年にはない性質がある。

これをがぶがぶ飲むといけないからこそ木箱に釘を打って売ると英国流の忠言で釘を刺される。

更にまだ入手可能な石灰岩の2006年産カルクオッフェンは、残りも少ないので試飲を辞退した。その代わり2003年のそれを試飲した。通常ならば細身の土壌であるのだが、2003年の特徴である分厚さが相俟って大変面白い。価格は3ユーロ増しのみであり買い易い。夕食用に持ち帰る。

評価対照に1999年産のガイスビュールを試飲する。2003年産などを安売りで飲んだ記憶では、特にこのヴィンテージのエレガンスなバランスは確かに素晴らしい。そして、未だに新鮮である。

その他、9月1日発売の2005年産の赤ワインを試飲する。予想通り、2003年産を越えて来ている。元ベッカードルスト氏を赤ワインアドヴァイザーに向かえたことで、3種類以上の樽をミックスするなど赤ワインのノウハウを加えて向上してきているのはその味覚にあきらかである。更にピノノワールSと称する商品は、イーディックのクリストマンの収穫を使うバーター協調作業を行なっている。ボルドー風のキュヴェーは判断を下すにはあまりにも若すぎる。後者Sは、確かにクリストマンの同価格のものと良く似ているのである。通常のピノノワールは、クリストマンのそれに比較すると廉価で二年若いのが面白い。価格と将来性で競争力がある。

あまりに様々な強いワインを試飲したので、頭が痛い。どの赤ワインが悪かったのかは、想像出来るのだが、これは大変具合が悪い。

トロッケンベーレンアウスレーゼは、イェズイテンガルテンから収穫されたようだ。その事情はここで報告したとおりである。「最近散歩していて」と言う話から葡萄の外見と中身の健康が話題となって、「中身は外見では判らない」と指摘され、それは試食はしていないのだがビクッとするのである。写真に記録したように、貴腐が乾いているのを掻き集めたのだろう。絞り汁が蜜の様だったらしい。雨の来る前に甘口ワインを先に収穫してしまうのである。来週は雨が予想されている。

因みにシュペートブルグンダーは、無事に収穫されたらしい。2007年産ピノノワールは期待出来る。

午前中ラインガウの醸造所に電話すると、まだ収穫は始めていないが、目下準備中と言う。あちらは来週末ぐらいに始まりそうな気配である。



参照:
シュタイナーのエコ農業 [ アウトドーア・環境 ] / 2007-05-22
ドイツワイン三昧 第二話 '05 [ ワイン ] / 2005-06-14
ドイツワイン三昧 第二話 [ ワイン ] / 2004-12-14
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# by pfaelzerwein | 2007-09-17 06:11 | 試飲百景 | Trackback

グランクリュ解禁の反響

グランクリュもしくはエルステス・ゲヴェックスとして9月1日に一斉に発売されたドイツ高級ワインが話題となっている。

旅行前に既に情報は仕入れておいたが、残念ながら解禁日には参上出来なかった。特に2006年産の場合、量が限定されているので、絞められていたかのように関心と需要が殺到したようだ。

このカテゴリーを提供するのがVDPと呼ばれる独高級ワイン醸造所の団体である。現在の会員数が195醸造所で、その耕地面積は四千ヘクタールとドイツ全ワイン耕地面積の4%にしか当たらないとすると、その選り抜きが知れるだろう。

元々は、1901年に始まったナチュラルワイン競り市会が起源と言うが、1971年のワイン法をきっかけとしてナチュラルを名乗ることが禁止されて、より厳しい高級ワインの格付けへと発展して行ったとある。

カトリック精神実践者プリンツ・ザルム前代表が「創造物の保護」を掲げて、大きくドイツワインの高級化へと貢献したと特記される。ベルリンのレセプションでは緑の党の元外務大臣ヨシュカ・フィッシャーや消費者保護大臣レナーテ・キュナスがこの功績者に別れを告げたと言う。

つまり、80年代にダメージを受けた、甘いワインのための不凍液混合スキャンダルを契機に代表のカリスマ性を以って品質へと向ったとある。

そうして、ドイツワインの品質は、先十年間の様に独自の味を好む米国や英国、日本や北欧、フランスなどの愛好者に関わらず、辛口から貴腐ワインまで存在するようになったとする。

そして、顧客や商業上の圧力に抗する形で、量より質の高級ドイツワインの市場が形成されてきているとするのが一般的な見方である。

名があっても価値の低い地所は、その名を名乗ることは無くなり、一方2002年には一級の地所からのワインは、平均16ユーロの値がつくようになっている。そして現在、20ユーロから50ユーロとなっているのは周知の通りである。

昨晩、その一級の地所二箇所を散歩した。既に報告したよう、その後短い降雨が二回ほどあったので、手入れの行き届かない醸造所のそれは腐れが多く部分的には昨年のようになっている。つまり、第一級の地所に関しては当然のことながら手摘みで収穫が行なわれるのみならず、VDPの醸造所は機械で収穫するなどは殆ど無くなって来ていることにもなるのである。やはり、リッター詰めワインの葡萄は、他所のワイン農家から買い付けることが多くなるのであろう。

素人が見ても、これらを十羽一絡げに収穫して醸造するなどはできないことが知れるのである。品質は畑仕事に大きく影響されるのは確実である。

そして、今回、プロテスタントのシュテファン・クリストマン弁護士がVDPの代表に選ばれたことから、既にここで記したように、バイオ農業のノウハウが全ての高級ワイン醸造所に齎せることとなるであろう。そこで、より以上注意したいのはもちろんバイオ・ダイナミック農業の扱いであることは言うまでもない。

2007年産は既に収穫が始まっている。トロッケン・ベーレンアウスレーゼが先に収穫されているとは知らなかったが、この理由もここで述べていた通りであろう。
参照:
おかしな香味の行方 [ ワイン ] / 2007-07-01
期待十分な独赤ワイン [ ワイン ] / 2007-07-10
気付薬は廉い方が良い? [ ワイン ] / 2007-08-13
市場でなく、自然に合わせろ [ ワイン ] / 2005-09-09
登美の丘ワイナリー「技師長が語るワイナリツアー」(ひねもすのたりの日々)
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# by pfaelzerwein | 2007-09-17 06:08 | ワイン | Trackback

まともでないお尋ね者

電話帳に載っている方の電話が鳴った。取ってみると落ち着いた声で、弁護士と言う。あるファミリーネームを言い、その件で話を聞きたいと語る。その苗字は聞いたことがあり、頭にあったが、何処の誰だか思い出せない。だからそ奴が苦情を申し立てているのかとも一瞬頭を過ぎった。

暫らく話しているうちに、嘗て隣に住んでいた夫婦の名前と分かったが、まだどの家族だったかハッキリと思い出せない。職業の可能性などを聞くうちに、ああ、あの世界周航の船のチーフパーサーになった男だと思い出した。

そう言えば、引越しする頃には乳飲み子を抱えた奥さんに三行半を渡されていたのを知っている。要らぬことを語る必要はないので、嘗ての大家の連絡先を調べるから後から電話をしてくれと言って電話を切った。

実は大家の名前も思い出せなかったのだが、小さな町の電話帳を見ているうちに見つけた。そして、再度電話を掛けてきた弁護士に教えた。

どうもその旦那が、どこからか苦情を受けて、弁護士が彼を探しているのだろう。詮索しても仕方がないが、個人的には客商売をする男らしく愛想も良く、母親も在日領事館の伝書師をしていたと語っていた。

他人のことなどでどうでも良いことだが、仕事先を求めて弁護士が探してくると言うのはやはりおかしな感じがする。思い起こせば、大家も最後には怒っていたような人間性は変わる訳がないのだろう。

まともでない人間は何処にもいるわけで、誰もそのような評価を受けたいと思っていないだろうが、そうした輩に対しては、法的処置に訴えるしかないのである。

先日のイタリア旅行には現役の警官が同行して居り、訴訟の問題が話題となっていたが、イタリアにおいては「個人対社会」よりも「市民一派対市民一派」の争いが政治となっていると上手く表現していた。それに対して、ドイツなどは民事上の係争もこと欠かないが、役所や政府の行政処置に対しての異議から法廷訴訟に持ち込むことも少なくないようである。

そのため様々な訴訟保険に加入している者は多い。交通や賃貸関連なども人気の訴訟保険である。
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# by pfaelzerwein | 2007-09-17 06:06 | 生活 | Trackback

境目の無い眼鏡の眺望

旅行中に雨蓋に入れていた眼鏡の鼻当てが壊れた。サングラス等と二種類を常用していてのことである。既に近視鏡の枠は大分いかれている。年齢故の遠視の推移を観察するためにも、近視の度合いも合わなくなっているに関わらず使い続けているのだ。

モニターを覗かずに一週間ほど過ごしても、あまり視力の改善が見られなかったことから、この辺りで眼鏡を新調する事にした。前回から六年も経っているのである。

眼鏡屋で視力測定をすると、近視も進んでいたことが確認出来た。自動車運転にも不自由が出る域に達していることは気が付いていたのであるが、将来への計画が経たずに躊躇していたのである。

先ずは壊れた鼻当てを直させて、今後の可能性を眼鏡屋と検討した。遠視もしくは老眼傾向としては、モニターが見難くなるのが最もな問題で、新聞等はそれほど問題とならない。しかし、それ以上に細かな機械の修理や暗闇で文字を見るには近視鏡を外す状況が旅行中にもあった。

そのようになれば、むしろ眼鏡を外すよりも、架け替えずに見れる遠近両用眼鏡の方が理に適っていると思えるようになって来たのである。その種の眼鏡の使い勝手や苦情なども昔から耳にしてきたが、最近は累進焦点レンズのポイントの数が五万点と聞き及び興味を持った。

昔の上下二段の二ポイントとは大きな違いである。それでも、やはり慣れる必要があると言う。近視眼鏡に慣れている者にとっては、将来とも眼鏡レンズになんらかの矯正が必要なことは確かで、遠近両用にも早めに慣れる方が良いと言う説得は理解出来る。その反面、現時点では近視眼鏡を外すことによって補える細かな文字の読み取りに、新たなレンズが必要となるにはことならない。

現時点で、新たな近視用の眼鏡を拵えて使うことも出来るのであるが、その価格の五割ほどの上乗せで遠近両用を試すことも出来るのである。問題は、大変高価な買物となるが、そのレンズでこの先少なくとも五年位は使えるかどうかの償却の問題となる。現在のものは、引き伸ばして六年も使ったことを考えれば、それも可能なのだろうか?

当の眼鏡屋の調整などは信頼しているが、実際上手くいくだろうか。思案中である。
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# by pfaelzerwein | 2007-09-17 06:05 | 生活 | Trackback

地元スーパーの伊ワイン

北イタリアからのみあげのワインを早速試す。アッダ川沿いにあるソンドリオ産のヴァルティーナである。葡萄の配合は、90%ネビオロ、10%が他の葡萄となっている。

当地には三種類の認定地所があるようで、西側からグルメロ、インフェルノ、サッセラと名付けられている。スーパーの店頭にも僅かな価格差でこれらが並んでいたが、最後の最も評価の高いものを7ユーロ強で購入した。

醸造所のホームページをみるとかなりの崖っぷちであるが、明るい色彩と日当たりを想像させる。現地の土壌からすると珪素の比較的多い花崗岩質と想像される。

先ずコルクを抜くと、幾らかスーパーの匂いに侵されていて駄目かと思ったが、どうもこれが本来の香りでもあるらしい。色合いは、ピエモンテなどのそれよりも遥かに薄い。しかし、香りはなかなかフローラルであって、イタリアワインにしてはなかなか奥ゆかしさが良い。

1998年のヴィンテージということで、地元の業者が配給しているものなのだろう。タンニンが殆ど感じられない分、その軽やかさと幾らかのペッパーミント風のスパイスも嬉しい。裏エチケットの説明に赤い肉やチーズに最適とあるが、スパゲティー・ボロネーズで十分と言う感じもある。反面、トマトソースは、この繊細さを壊してしまう可能性も強い。

ミラノなどでこれを飲んでも、なにかガメー種のような酸味を感じて、所詮「崖っぷちのワイン」としか評価されないだろうが、山間の青い空の下で風に吹かれながら静かにこれを飲めば、その真価にも気がつくだろう。それは、この地方に共通した薄味の料理に裏づけされている。

ワインなどは、改めてその食文化やライフスタイルの一部であって、必ずしも良いものが世界市場で価値を築くものではないことが分かる。そして、比較的厳しい環境で育った葡萄やその生活にこそ、その味が滲み出るのは言うまでもない。

上写真:アッダ川の橋上からモルベーニョの町を臨む
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# by pfaelzerwein | 2007-09-17 06:02 | ワイン | Trackback

思いの外時を費やす読書

旅行に出かける前には書かなかった。ミヒャエル・エンデのヒット作「モモ」を読んで、その映画化されたものを観ての感想である。

これらには個人的な時間の繋がりがある。それは、その映像を否応無く見せられたのが、フランクフルトからアンカレッジへのルフトハンザの機内であったからだ。二月ほどの中欧・北欧滞在の帰路であった。1986年の秋のことである。

慣れぬ空の旅でみせられたその映像の印象は、暗く、そのスラプスティクな筋運びは、隣に居合わせた西ベルリン人の説明の子供文学として大成功したと言う説明を僅かばかりも納得させては呉れなかった。それゆえか、帰宅後その書物を丸善で注文したのである。日本語訳は当時まだ出版されていなかったようで、英訳などが一部で読まれていたようだ。

今回、その本を一字一句丁寧に読み返す気にさせたのは、その背後にあるシュタイナーの人智学などのオカルト精神を読み取って浮き彫りにして見ようと意地悪く意図したからである。

結論からすると、思想哲学的にそれほど強く一貫しているものは導き出すことは出来なかった。むしろ、当時その映像に感じた、当時の映像表現への違和感のようなものを、それを覆すまでの力強さはその原作を読んで感じなかったと言うのが正直な感想である。

それでも、月並みと評されるかもしれないが、北イタリアにありそうなユーモアーとペーソスのような、一見旅行記の様な雰囲気はたいへん上手く伝えられていて、そうした表情は子供向け文学として一級の感はある。

それに引き換え、主題である時間感覚の表現や示唆への表現は、感覚的なもので、理解出来ると言うものではない。それは、この児童文学の読者の年齢層を分かり難くしている。恐らく参考にされたルイス・キャロルのファンタジーなどとも比較されるのだろう。

この物語の特徴は、それでも時間を司るホラと言う人物が存在して、その上部に万能の神の存在を象徴していることであろう。これを以って、この物語の荒唐無稽さにある安定感を与える救いとなり、文学賞に繋がっていることには違いない。

その反面、微妙な年齢の少女の設定や非人格的な悪役群の設定は見事ととしか言えない。つまりそこにこそ、歴史的文化的な流れの中において、我々の興味を繋げるものを提供しているのである。

同様な配慮は、一字一句読ませる文章で、必要以上に時間を費やせる、つまり内容に比して、敢えて読み流させない配慮を施している文書となっている。これは、同じ時間を扱った「あたたかな気持ちのあるところ」にもその目的や綴り方やジャンルの大きな相違に関わらず共通していることで面白い。更に時間の芸術と言われる芸術音楽などもまさに そ れ を聞かせるのがミソとなっていることに気がつく。

それにしても歩みの鈍い亀カシオペアの案内とその背中に浮かぶ文字は、先頃逝去したイングマール・ベルイマン監督の「魔笛」の演出を思い起こさせ、緑のパトカーに停止を求められるような趣すらある。
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# by pfaelzerwein | 2007-09-17 06:00 | 文化一般 | Trackback

イタリアの空をあとにする

光り輝くイタリアをあとにする。そこから、コモ湖やミラノ方面への街道を横目に、再びセガンティーニらの故郷で、薄い空気が描かれたアルプスの峠を越える。

先日の雪が二千メートル上方に白く蜘蛛の巣状に這い付いている。スイスに一旦入り、再びイタリアからスイスの国境を越える。

リヒテンシュタインの国境線の上ラインを辿り、ブレゲンツ横でオーストリアへと北上する。トンネルを越えるとバイエルン地方のアルゴイとなり、そこにはあの抜けるようなもしくは薄い空はない。

アルゴイのアウトバーンのサーヴィスで、肉のはんぺんを食して、イタリア料理から一週間振りにドイツ料理へと戻るのであった。
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# by pfaelzerwein | 2007-09-17 05:58 | | Trackback

イタリアのカウベルの響き

北イタリアのカウベルは、スイスのそれに比して、響きが澄んで軽やかなようだ。



参照:
遥か昔の空の下で [ アウトドーア・環境 ] / 2006-07-19
お花畑に響くカウベル [ 音 ] / 2005-06-23
また次の機会にね [ 女 ] / 2005-02-06
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# by pfaelzerwein | 2007-09-17 05:56 | | Trackback

緑の谷に佇む山の気質

リカルド・カシンという登山家は、1909年生まれながら今も健在である。登山用具のカシン型カラビナやピトンの製品が示すように、鉄の時代といわれたアルピニズムの伝説上の人物でもある。

大阪梅田にやって来てハンディーカムを丸ビルに向って回していたのは80年代だろう。来年、先来年には、またお祝いの式典が開かれる。彼のグランジョラス北壁ウォーカー稜初登攀、ラヴァレド峰東壁初登攀にならぶ初登攀したピッツォ・バディレの麓では今からその準備が進んでいる。

コモ湖からこの地方にやって来て様々な試みを行なったに違いない。その土地に行くと、谷から頂稜までが一続きとなっているのを知ると、誰もが試みようとするのは明白である。

こうした谷の環境が、アルピニズムの一角を支えていたのを体で感ずることが出来るのである。ドロミテ渓谷の石灰岩の柱状岩壁の凄みはないが、花崗岩の硬い摂理が天へと登る光景は人の心を誘う。

そしてこれらの土地でこの偉大なアルピニストの100歳を祝う準備が粛々と進んでいるのみるのは土地の文化としてそれが息づいていることを示していることでもある。

食前酒を飲みながら、ロビーでTVを観る。逝去したルチアーノ・パバロッティの特番であった。ホテルの親仁も一部始終を観ていた。世界で最も有名な人物であるベルカント歌手は国民的な英雄でもあるのだが、イタリア語の歌は文化に深く根付いていることをも知れるのである。

旅行者が頻繁に行き交い、ローマ人の街道からもそれほど遠くない山間部にひっそりと佇む文化が存在するのである。



参照:あの人は今 リカルド・カシン(月山で2時間もたない男とはつきあうな!)
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# by pfaelzerwein | 2007-09-17 05:54 | 文化一般 | Trackback

フラッシュバックと残照

ホテルの近くの一枚岩を五時間ほど攀じる。天気も良く、気持ちの良い運動である。何よりもその黒っぽい花崗岩には覚えがある。

小さくも角張った手掛かりに指をあてがい、ラバーソールを岩に押し付けて、体重をぐいと重力に逆らって持ち上げる。暖かな陽光を浴びて、フラッシュ・バックを感じた。不特定のあの日に戻っているのである。少なくとも30年以上前のあの日である。

ここで重要なのは、この感覚はデジャブとは全く異なるもので、現実感が満ちていることである。この反応には些か驚いてしまったが、そこまでの連日の肉体の使い方や代謝にも関連しているようである。

兎に角、あの日を運動しているのである。敢えて言えば、幾らか体の軽さのようなものを思い出したのかもしれない。とても懐かしい感覚であった。

一汗かいてから、村のカフェーに座り込みエスプレッソを飲んで気を取り直す。シャワーを浴びてから夕食前のアペリティフを飲みに降りていくと、同行の氏が「ルチアーノ・パバロッティーがどうかしたらしい」と言う。「死亡したのでしょう。死の床にいましたから。そうですか」と物思う。

「CDなどは、高くなるのか、それともコンプレーションが出て廉くなるのか?」と聞かれたので、「一年以内に安売りが出るでしょうね」と答える。

鶏のフリカッセの前に、ゴルゴンゾーラソースのニュッキを食した。これまた、そこから距離的に遠くないテッシン出身の女性が好んで取ったであろうプリモである。

その晩は、食後にビールを飲んで気持ち良く床についた。そして、何の理由も無く、特に知己の無い作曲家で教育者の故柴田南雄の講演会とその後の面談の夢を見た。氏の書物は理論書が手元にあり、また嘗て取り寄せた遺作の書「わが音楽、わが人生」を旅行前に覗いたからかもしれない。

こうして考えると、約十年の間隔を置いた記憶が過去の残照として次々と20時間以内に現れてきた一日であった。
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# by pfaelzerwein | 2007-09-17 05:52 | | Trackback

雪景色から緑の渓谷へ

前日の夕食時から雷が轟く。そして夜間中、強風が荒れ狂う。

小屋の周りの積雪に、議論無く退散を余儀なくされる。凍りつく山道を降りて行く。途中、巨大ダムの凍る防波堤に強風が吹きつけると足をとられそうになる。

ロープウェーを下り、暖かいであろう南側へと車で移動する。峠を下り、コモ湖方面への抜け道を右にして、アッダ川を下る。小さなワイン畑が見える頃、再び山を目指して谷を詰めて行く。

奥の山の稜線部は相変わらず雪化粧しているが、空は青く、斜面の上までが緑に包まれている。正真正銘イタリアである。

頂上への稜線が長く落ちる谷間に、三ツ星ホテルを見つけ宿とする。久しぶりにシャワーを浴びて着替えると、イタリアの空の下、半袖が肌寒いとは言いながら、なんとも気持ちが良い。

早速、翌日のクライミング情報を集めて、小さな村のスポーツセンターを訪れる。川のいたるところは、良く洗われた巨岩が並びボールダーリングの機会を提供している。

カフェーに腰を降ろし、翌々日の視察に更に谷を車で詰める。まことに美しい川瀬で、頂上稜線の雪化粧に余計に映える。

夕食前にホテル特製のアペリティフを楽しむ。プリモもセコンドもデザートも三つ四つ選択が出来て、ワインと共に満足であった。茸のスパゲティも筋の多いビーフステーキにも、勿論文句のある筈が無い。こうして、夜が更けていくのであった。

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# by pfaelzerwein | 2007-09-17 05:48 | | Trackback

雪化粧した高嶺の花

風の止まない夜を過ごして、朝の山を見ると、海抜2500メートルを越える岩壁は白く雪化粧している。低い場所に位置する岩壁は登れる可能性があったのだが、面々に必要な登攀時間を考慮すると断念せざるを得なかった。

その時間を利用して、不必要な雪璧用の道具をロープウェーを使って、谷間へと下ろすこととした。車を移動させて再び上へと戻ってくる。

昼食後に小屋の近くの一枚岩で遊ぶ。久しぶりの花崗岩の風合いに慣れるまでは、その摩擦が分かり難い。しかし仕方なく攀じるうちに、少しの石の凹凸に引っかかるそのコツを思い出す。

その傾斜と手掛かりの無い一枚岩を鋭い僅かばかりの突起を選んでいると、いよいよ風が強くなり体が冷えてくる。急いで小屋へと戻ると、朝からちらついていた風花が、本格的になって来ている。

翌日の選択機会の可能性を検討しながらも備える。この時期に雪が付くと高い海抜にある岩壁は当分はもしくは年内は凍り付いてしまい通常は近づけなくなるのである。
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# by pfaelzerwein | 2007-09-17 05:48 | 雑感 | Trackback

北風が汗を拭う夏山の峠

二泊した山小屋から、一旦氷河へ降りて、向こう側の峠を越える。高度差700メートルぐらいの登りであるが、メンバーから二人は一旦谷を下って、ロープウェーで次ぎの宿泊地へと向かう事になった。

確かに荷物が重く厳しいので、一旦谷に下りるものは雪壁用の道具を下ろして登ってくる。さてその登りは、ガレていて大変悪かった。因みに登山用語であるガレは、ドイツ語のゲレルから来ているようだ。

途上、後発の男性がもんどり返って巨岩を転がっていたが、大した事には至らなかったようである。我々も重荷のために歩みは遅かったが、指の一つも失うことなくなんとか峠に辿り着いた。

本来ならばそこから、近くの頂上を極める予定であったがそのゲレンデの悪さから止めにした。花崗岩のガレはやはり足場が悪く危険である。

峠からは小屋へは下りなので、重荷とはいえ気も楽で、強風を気にしながら比較的良い道を下降する。途中の氷河湖で憩いながら岩峰などを見ていると、全く日本アルプスの様である。

規模は、幾分違うとは言いながら、北アルプスの剣岳周辺を髣髴させるのである。更に、その日の行程を見ると夏山合宿と言うような感じである。

新規購入のリュックザックと山靴が無ければかなり厳しかっただろうが、逆に普段の生活からして、あれだけ動けることが出来るならばと、体力的な自信に繋がったことも成果である。

小屋について間食後に寛いでいると、一度谷に下りていた面々が到着した。小屋の外は冷たい北風が吹き出して来た。

遅い昼食に摂ったレスティーに乗った目玉にオレガノが旨く効いていて、キッチンのレヴェルの高さを確信したのであった。
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# by pfaelzerwein | 2007-09-17 05:45 | アウトドーア・環境 | Trackback