厳しい冬の森林駆け足

朝のパン屋、走りがとても辛かった。クリスマス明けに買えなかったので、明日こそはと思って床に就いた。夜中に目が覚めたのはノートブックをつけたまま寝込んだからである。明け方の眠りを楽しんだが、分かっていながら起きるのが辛かった。あの温もり感の気持ちの良さを捨てて、出かけてショーツで走ることを考えると気持ちが萎える。それでもここ暫くの風邪気味の体調と近々スキーを試してみなければいけないことを考えると楽はしていられない。どこかに動機つけが無いと厳しい。

パン屋で久しぶりに新鮮なビンネンシュティッヒを見つけたので購入すると、翌日のクロワッサンを含めてほとんど5ユーロになった。先日来GPS時計の調子が悪かったので押しボタンを裏蓋を外して調整してから調子は良くなった。その時計でGPSを捉えながら駐車場に近づく。

遅い時刻で昨日に続き陽射しが出ていたので摂氏2度ほどの放射冷却の割には沢山の人が来ている。爺さんが戻ってきて犬を車に乗せるのに時間を掛けていた。同じようによぼよぼの犬が一日中帰りたくない様だということだった。同じ爺さんでも犬の方がやはり活動的だ。

ショーツになるのはいつものように勇気がいるが、手袋を嵌めてバンダナを巻いて準備体操しているうちに徐々に上がって来る。足取りは悪くないのだが、太ももが寒い。路上駐車の車は皆霜取りに大変そうだった。これでショーツならばスキーでもショーツで滑れるななどと考える。登りも足元が悪く苦労して、最後に吹かすがそれほど早いわけはない。降りではスピードを狙う。時速12㎞越の時間は長くなりつつあるがまだまだである。爪先が冷たくなるのは、靴のプロフィールもちびって来ていて靴下も薄いからだろう。冬の走りは厳しい。下りて来て15分5秒は凡庸であるが、下りの速度が安定してきている。

最高速を上げるにはピッチかテムポかと考える。フォームが定まってからはあまり考えなかったが、テムポを上げ過ぎると息が続かなくなる、またピッチを長くし過ぎると足元の状況で不安定になる。どちらかを改良しないことにはとても時速15㎞どころか13㎞も難しい。ネットで調べてみよう。



参照:
持続力を鍛えていくと 2016-12-05 | アウトドーア・環境
DNSサーヴァーを調べる 2016-11-21 | テクニック
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# by pfaelzerwein | 2016-12-29 00:11 | 生活 | Trackback

対照とされる音楽劇場演出

承前ロストロポーヴィッチが指揮したマドリッドでの上演のTV放送録画があった。試しに見てみた。どうも翌年モルティエー博士が再びこの作品を取り上げているようで、新制作には今年バイロイトデビューをしたヘンヒェンが指揮をしている。録音や画像を悪さを通してもロストロポーヴィッチの指揮の悪さが甚だしい。技術だけでなく音楽的にも楽譜が読めているのかどうか怪しい。あれだけのチェロ奏者も指揮者としては三流であったことが明らかになるようなアーカイヴである。なぜあの年齢になってからこのような仕事を引き受けたのか不思議である。それには前史があって亡命とその後の「マクベス夫人」復興上演によって西側で経済的だけでなく政治的な宣伝としても任を担った背景があり、そうした過去を最後まで引き摺ることになったのだろう。

そして今回のハリー・クッパーのような演出でこの「マクベス夫人」を体験すると後を引く。同じようなことを感じた人もいるようでツァイト新聞には最近になってようやく批評を書いている。発刊回数の問題があるにしても時間を掛けて熟成させている。そして私が「新劇」と書いたことに対して、明白に「ブレヒト」を対照として挙げている。つまりその流れからのクッパーの舞台演出家としての仕事が現実化した結果としてこれを捉えている。舞台下に沈む陰の主役の音楽監督については絶賛していても、演出に関してはなかなか充分に書き切れないということでもある。

その演出と音楽に関して一つだけ挙げておくべきことがあった。それは当日の冊子にもあったように先ごろ亡くなった米国の作曲家エリオット・カーターがこの改定された作品の上演を1950年代にドイツで観て発した言葉である。それによると、旦那が知らせを受けて戻ってきて現場を抑えると直ぐに浮気相手と妻によって殺害される場面の音楽が可笑しいというのである。手元にある楽譜と今回演奏されている最新校訂版とは相違はないようだ。この作品で重要な役目を果たすBクラリネットの旋回音が鳴らす息途絶える音はあるのだが、作曲家の鋭い耳の評価は分からない。但し今回も初日のラディオ中継では「人形」と呟いたところで笑いが起こったようだ ― そもそもこの曲ではクラリネットからファゴットの使い方など固執しているような組み合わせや管弦楽法にも気が付く。その後は「手違い」が無くなっているので演出上の所作とかの改正でそれを防いだとみられる。批判した作曲家の真意は何だったのか?

知れば知るほどパロディー満載で、マーラーのアーダージェントならず愛のアダージョを、「ばらの騎士」のヴァルツァーなど恥ずかしもなく引用変容させているが、ここまで意味も無く遊びで多くの曲を書いている作曲家は珍しいのではなかろうか?そこが全くヒンデミットなどとは大違いである。そこまで気が付くとキッチュな映画音楽やその他のパラフレーズのような曲も同じ感覚での創作としか思えない。(続く)



参照:
電光石火の笑いの意味 2016-12-13 | 女
一様に誤解なく伝わる芸術 2016-10-26 | 音
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# by pfaelzerwein | 2016-12-28 06:29 | | Trackback

今年も栗入りザウマーゲン

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何時ものように栗入りのザウマーゲンを食す。付け合わせには緑のヴィルシングと思って見ると白菜の倍の価格だったので、白菜にして、マッシュポテトの代わりにコメを炊いておいた。白菜は炒めて茸を混ぜてじっくり煮込んだだけいい味になった。どうせザウマーゲンを温めるには一時間以上お湯に浸けておかなければいけない ― 四人家族ならば膀胱ではなく本当に胃に入れた二キロ大ならば更に時間が掛かる。米も一時間ほど掛かるので、いい具合にパンを千切ってワインが開くまでに試飲と称して口をつけるのとで、丁度都合よく時間が流れる。男の料理にはオードブルが欠かせない。

また何時ものようにワインはイエズイーテンガルテンを開ける。前日の魚類には2010年ウンゲホイヤーを開けた。両方ともフォン・ブール醸造所のものである。ウンゲホイヤーは余っていて比較的安かったので二三本買った筈だ。酸が突出する年度だったので保存には問題ないと思ったからである。最初から最後までそれほど悪くはなかった。糖が数時間経つと分離傾向になるが、この年のものとしては秀逸だ。勿論驚くほど綺麗に熟成していたレープホルツ醸造所のガンツホルンとは比較にならないが、ビュルクリン・ヴォルフ醸造所のカルクオーフェンよりも良かったかもしれない。最初開けた早々はぺトロール香のようなものを感じたが直ぐにそれも飛び、杏子系の味筋が中々美味である。ただしそれが魚類の食事に求めたいミネラル風味としてそれほど強く感じないのは一度は名門復活しかけたあの醸造所の技術的な限界だったろう。

兎に角、満腹で飲みたいだけ飲んだ。リースリングは今一つだったが、久しぶりに腹一杯食した。そして夜中の三時に目が覚めた。あまり眠っていない、そして朝寝した。太ももや脹脛がなぜか疲れている、腰が張っているのは韋駄天走りの為と分かるのだが、太ももなどは後ろ側の張りを除いて久しく前側には疲れはなかったものだ。理由は分からないが膝が良くなってきているので動きが変わって来ているのだろうか。

年末年始過ぎには一度試し滑りに行かなければいけない。喉が若干腫れ気味である。暖かくなってきた今が危ない。体温の調整も難しい。あれだけ栄養を摂ったのだから簡単に風邪をひいてしまうようでは困る。早朝は歯茎が腫れ気味で問題の歯間から血が滲み出ている感じがあった。そして歯がぐらぐらしている感じだったが、もうひと眠りすると歯も確りしていて調子が良くなった。



参照:
天晴熟成10年産ガンツホルン 2016-08-25 | ワイン
栗ザウマーゲンのXマス 2014-12-27 | 暦
晩餐の為の運動の朝 2016-12-26 | 料理
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# by pfaelzerwein | 2016-12-26 22:44 | 料理 | Trackback

晩餐の為の運動の朝

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イヴの食事は満足だった。14ユーロは予算オーヴァ―だったが、先ずは価値があった。昨年までとは異なるのはサーモンを食したことである。燻製が特に好きな訳ではないが、スーパーの安売りでディル入りの芥子を購入していたのでこれを使いたかったのである。勿論八百屋でディルも購入したが過不足なかった。

ビオとヴィルトつまり野生とノルウェー産と三種類があったが、先の同価格の二つから色が濃くて、味の強そうなのを選んだ。芥子に合い易いからで、燻製臭があまり目立たないと思ったからだ。図星だった。三枚注文したが四枚入っていたので、一枚は改めて食する。こうしたものを食するとスパーで売っているパック入りのものは食べられない。別の食品である。同じ金を出すなら少々高くてもこうした専門店のものが断然美味い。スパイヤーはこの辺りでは漁師部落としても有名だ。その下流はヴォルムスであり、双方とも日本でも世界史の教科書で間違いなく習うローマンカソリックの主要拠点である。

翌朝25日は暖かくなった。風呂場も薄く暖房を入れてあったが、外気温が八度近くになると殆んど効かない。イヴの夜から雨がちだったが予想通り時間が経つにつれて上がって来た。八時前から布団の中で様子を窺っていた。正直、頂上まで上がるのは億劫で仕方がなかった。前回は12日で二週間近く経過している。その間は風邪気味のような調子で、その時の自己記録など更新の仕様がない。動機づけがあまりない。

それでもクリスマスの食事を食べなければいけないのだ。おなかを空かす位に運動しなければいけないだろう。最も手っ取り早いのが頂上まで走ってくることだ。これが動機づけだった。暖かめの割には地面の濡れていて人影は少ない。軽く流すと言っても、足にも来たり、加速したりでスピードの割には速度が上下して苦しかった。同じ苦労するならば記録に挑戦した方がましだ。それが出来ない体調で何度か引き返すことも考えたが、意地で頂上まで駆けると、降りも心肺を鍛えるような走り方になってしまう。


登りは予想通り36分40秒で凡庸であり、57分で帰って来た。風がアゲインストで強くて厳しかった。少なくとも食事分のカロリーは消費しただろうか?計測すると70㎏を久しぶりに割っていた。この調子である、但し筋力が落ちているとなると再び鍛え上げなければいけなくなる。先ずはスキーで膝の調子を試してみなければいけない。

結局その後に陽が出るが、天気が悪くても頂上から降りて来る親仁や、犬を連れて坂を上って来る親仁などがいて、ドイツも変人が沢山いるなと思うばかりである。奴らも晩餐のために運動しているのだろうか?



参照:
日曜日の朝寝がよい 2016-12-12 | アウトドーア・環境
土壌の文化性の問題 2012-12-26 | 文化一般
クリスマスの買い物終了 2016-12-25 | 暦
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# by pfaelzerwein | 2016-12-26 04:22 | 料理 | Trackback

クリスマスの買い物終了

クリスマスの買い物を終えた。例年のようにストレス勝ちの年末であるが、この辺りで一段落となる。買い物に早く出かけるために早めに床に入った。何も特別なことをしようとは思わないのだが、毎年のように習慣になってしまうと、考える必要もないが強迫観念にもなってしまう。以前は祝日連休ともなると買い物を済ませておかなければ困るとか、どこかに出かけなければ行けないとかの別の強迫観念があった。実際に生活上困るからである。それが今や習慣に縛られるようになっているのである。

コメント欄でドイツのクリスマスは?という問いかけがあったので、つくづく日本の正月三が日に似ているなと思った。家族が年に一度に集まる機会であるというのがこうした習慣性を如実に表している。キリストの生誕と関係があるようでないようでの因習化したことの方が重要な要素となっているのである。日本の正月に関しては充分な分析が出来ていた筈だが、こうしたクリスマスとの差異が分からなくなったり混同してしまうような気持ちになると、その因習化した意味について目が開かれるような気がする。モミの木の飾りの為にマーケットをさまよう人や門松や飾りを終える新年のそれの共通性など一神教のそれと多神教のそれとの差とは関係ないそれが面白いのである。

ラディオでは合衆国が初めてイスラエルへの国連決議に拒否権を使わなかったとニュースになっていた。反イスラエル政策だとイスラエルは批判するが、オバマ大統領が最後の最後で主張をしているのが興味深い。対イスラエル関係に関しては冷え込んでいるのは分かっていてもこうした態度は前例ともなるので国際政治上も意味があるのだろうか。少なくとも徐々に公平な態度をとれるようになって来るならば意味がある。連邦共和国のイスラエルへの態度に関しても徐々にその熱量を落として来ているのは明らかで、ユダヤ人問題からあからさまに批判は出来ないにしてもその政策を肯定はしていない。

クリスマスイヴは、来週の最終週のことも用意しておかなければいけないので、少し仕事をしなければいけないかもしれない。昨晩は暖かくなることもあって、再び暖房を消して就寝した。どうも歯茎の調子は歯軋りよりも就寝時に顎を下にするとかで物理的な圧力がかかっていることで悪くなるらしい。これではなかなか炎症が治まらない。寒気もこの炎症から来ているとなるともう少し注意しなければいけない。

起きたのは予定していた暗闇ではなかったが、雨が降っていて車通りも少なかったので寝坊をしたのだろう。急いで身づくろいをして出かけた。パン屋は無理なく駐車出来て、行列も思ったよりなかった。欲しいものが買えた。その足で市場に行って何時ものスパイヤーからの魚屋でテリーヌなどを購入した。14ユーロを超えて予算を超えて支払い不能なので急いで銀行に金を下ろしに行った。そして支払いを済まして八百屋に向かった。何時ものようにプレゼントの花の小鉢を貰いに行く。予算よりも少なくここでは10ユーロを切った。これで完璧である。一先ず安心だ。



参照:
クリスマスマーケットなんて 2016-12-21 | マスメディア批評
待降節第四主日を終えて 2016-12-20 | 暦
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# by pfaelzerwein | 2016-12-24 19:14 | | Trackback

11月のような冬至が過ぎて

HDDを交換してから一月半ほどになる。マイデーターもDディレクトリーに移したのでとても快適である。この調子ならば2012年12月から使い続けているノートブックが壊れるまでにCディレクトリーが三分の一を超すことはあり得ないだろう。それでも30GBほど余裕がある。RAMも8GBなので弄る必要もない。そのように思っていたが寝室の籠もり部屋で使っているとヒーターのお湯の流れる音とよく似た音が新しい1TGのHDDから聞こえるのが気になりだした。読み書きしていなくても、回り続けているためにそれが気になるようになってきた。以前の750GBとは振動域が低くなった分気にならない筈だが、音量は増えているのかもしれない。 要するに籠もり部屋で静かに読書でもしていると、暖房のお湯の流れとこの回転音がステレオのようにして聞こえるのだ。暖房の方も調整が行き届いているので水が流れるような音がしないのでエアコンのファンよりも遥かに邪魔にならないだろう。PCの方も書き込みで吹く時の音とは違うのでそれぐらいの騒音でしかない。勿論音出しして乍ら仕事などになると気になる筈もない。それでも気になるのはやはり住環境が以前より静かになってきているからだろう。

今年はバルコンのドアを直したのでそれだけでも街道筋の音が更に小さくなった。これも大きいかもしれない。街道筋にある建物乍ら、車の気配を感じても数を数えるとなると耳を澄ましていても難しい。つまり室内で直接音や振動が感じられる場所などは限られるということだ。ドアの隙間が無くなると余計に直接音が減った。それでも期待していた保温効果は冷却効果と比較するとそれほど感じられない。つまり以前は隙間風や騒音は気になったが、遮音効果は高まっても陽射しが無いと保温効果はあまり感じられなく冷える。

このシーズンは未だに浴室のヒーターを切っている。そこで毎朝ヒートショックを体験する。血圧が上がっていると感じるのはこの時だ。寝室を温めて就寝しても熟睡は出来なかった。寝起きも良くない。籠もり部屋は快適な摂氏18度ぐらいに保たれているが、夜中にどこまで落としたら熟睡が可能となるのか、浴室でのヒートショックを避けれるのかなど設定が難しい。そこに着衣の状況や外気温の変化があるので更に調整が困難になる。

節約を緩めて浴室に緩く暖房を掛けることも考慮する。なぜか今年はいつもは籠もり部屋へと流れるお湯の道筋が ― 丁度CD並べてある棚の裏側である ― 温まっていない。理由は全く分からない。そこで浴室の暖房を入れてみることで現象を観察することは可能かもしれない。

兎に角、今年は昨年よりも寒いのは確かである。例年ならば11月が最も寒く感じるが、今年はそのような陽の無い12月となっている。当時にはバルコンでも温度が夜中五時過ぎに最も下がっていた。相変わらずショーツで走っているがこれも温度差が激しい。



参照:
バルコンからの冬籠り 2014-01-10 | アウトドーア・環境
外国人に手厚い社会保障 2014-12-05 | 文学・思想
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# by pfaelzerwein | 2016-12-23 23:30 | | Trackback

イスラム化を阻む漫画化の威力

車中のラディオは、ムスリムを取材して、インタヴューを流していた。女性の祈りや金曜午後の仕事時の祈りの時間やその作法などについてである。そして一人がムスリムとしての信心について語る。「神は命」であるのになぜ自殺テロなどが起きるかとの問いに答えてである。それによると、「今起きていることは神が与えた試練であって、皆がムスリムになれば解決する」ということらしい。キリスト教の救済もユダヤ教の何もかも同じであるが、簡単に現実的に成就するようなことでは宗教にはならないのである。それを称して信心という。イスラム教も宗教としてサブカルチャー化して仕舞えば解毒出来るのだがカトリックなどと同じようにその勢力も衰えていくことになる。

新聞にクララ・シューマンが日本の漫画化されていることが報じられていたが、音楽芸術などもサブカルチャー化されることで本来の爆発力も影響も失われてしまうので、ムスリムがモハメッドをコミック化することに過激に反対するのもある意味正しいのである。コミック化というのは ― デフォルメと言い換えることが出来るが ―、それがアニメ―ションでありどのような形であり、解毒化、サブカルチャー化としての非文化化にとても大きな威力があることがこれでもよく分かる。このことは美学的にとても興味深い。

またニュースでは、連邦共和国の税収が再び膨らんだと伝える。労働市場の好況とまた相続税の伸長などで増えているらしい。更にアウトバーン用の通行税をEU市民からも徴収するとなると可成り公共投資にもまた将来のための研究開発などにもテコ入れが出来るようになる。モスリムもその他いろいろ外国人労働者も含めての税収であって、皆喜んでドイツで仕事をしている限り何一つ文句の出ない好況である。政府を小さくして無駄を省いていくことは大切であるが、役人も含めて公共事業などで豊かになるならば、文句の言いようもない。



参照:
まだ言論の自由がある? 2006-02-17 | BLOG研究
啓蒙されるのは誰なのか 2015-01-16 | 文学・思想
クリスマスマーケットなんて 2016-12-21 | マスメディア批評
愛おしくて、侮れない 2016-08-23 | ワイン
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# by pfaelzerwein | 2016-12-23 19:43 | 文化一般 | Trackback

オージーの天狗裁きの朝

朝、目が覚めると歯茎に違和感があった。就寝前に殆んど炎症が収まってきた感じで安心していたのでおかしいと思った。どうも夜中に歯軋りのように負担を掛けているようだ。それとも就寝前のアイスクリームが悪かったか。また目がしょぼしょぼする、頭がすっきりしない。なんとなく血圧が高いような気がする。

先週は風邪気味だったが、今週ももう一つスッキリしない。夜中に寝室の暖房を落とすのは悪くはないだろうが、ちょっと心配になって来た。夏の間も半袖であまりに冷え過ぎたために夜尿症気味になって深い睡眠が失われていたことを思い出す。ここ暫く熟睡しているつもりでもどうも出来ていないようで、先日もおかしな夢を見た。

どうもオーストラリアに居るようだ。なぜかファーマーを訪ねて行って、そこで新しい手伝い人の話を家族と話している。三世代家族でも子供や伯父さん叔母さんも一緒に暮らして仕事をしているようだ。敷地が広いのでいくつもの家がコンドミニアムのようにして建っている。そして、話しながら、母屋の大きな嵌め殺しの全面ガラスのフェンスターのところか外を覗く。

大きな景色の草原の盛り上がる斜面の上には砂岩の岩壁が赤く光っていて、クライマーがオーヴァーハングを登っていた。僕も登ってみたいと話している。そしてその奥には白い峰が光っている。夢の話でオーストラリアかニュージーランドかイタリアか何処か分からない。

そして仕事の話が終わり、どうも自分自身もそこで暮らすようになるとなると、いよいよ娘さんの小川の流れる草原へと二人で出かける。ピクニックをしながら年齢のことを尋ねる。すると「19歳」と完全にオージー発音で答えるので思わず一瞬考え込んでしまったのだ。近くの大学へ通っているが、距離を尋ねると33とか答えるのでキロかともったらマイルだった。膝枕なんかの甘い状況になって ― その続きは上方噺「天狗裁き」の後段としておこう。

前日に土曜日以来初めて走った。寒くて腰が重いが、陽射しが出てきた隙に出かけた。最近は寒さが堪える。ショーツで走り回るのは変わりないが、どうも栄養が足りていないようだ。体重も70㎏まで落ちてきている。夕食まで充分に食事出来る時間が無くて、適当にパンなどを食べているに過ぎない。嘗ては二食以上は暖かいものを食していたのが嘘のようだ。風邪ひきもあるが、気温が氷点以上でも億劫になるにはそれだけの原因がある。

陽射しの下で入念に準備体操をして走り始める。初速は時速11㎞を超えていたのでまあまあかと思ったら、お辞儀するように折り返しまできれいに落ちて行っていた。復路も加速した後がダダ下がりで、往路と同じような経過となっていた。それでも走っている感じはあまり苦しくなかったので余裕を持った感じだったが自然に速度が落ちていたのだ。それでも22分52秒とそれほど悪くはなかった。最高速があまり伸びないのは走りながら感じていた。身がもう一つ軽くないというか、切れが悪かったのだ。そのような感じで体調は今一つなのでルが、硬い肉をあまり食さないためか歯茎の調子が好転している。もう一息で違和感が無くなるのだが一喜一憂するだけなのだろうか。膝は好転しているが、左太ももの裏に張りがある。寝室の室温だけでなく外気温などにも注意しなければいけないかもしれない。



参照:
殆ど痴呆で気楽な浮遊感 2015-01-15 | 雑感
羽毛のような剃り心地 2014-11-19 | 生活
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# by pfaelzerwein | 2016-12-21 23:51 | 生活 | Trackback

クリスマスマーケットなんて

月曜日の夕刻第一報が入って来た。日本のネットのサイトからだった。テロとか何かに飛びつくのは日本のマスメディあの頭の悪い外信局の連中のお得意である。要するに事の大小を審査しないでも流しておけばお仕事となるからだろう。自己取材やその内容の吟味などが出来る語学能力が無くても構わないからである。要するに日本のマスメディアは大衆報道のスキャンダル報道を専門としているジャ-ナリスト気取りの有象無象の社員しか就業していないことの証明である。

とは言いながら事件の波及が気になるのでネットを見ると直ぐにYOUTUBEで現場の状況が流れていた。とても落ち着いていて、通常の交通事故と変わらないほどの雰囲気で安心した。そもそも西ベルリンの象徴だったあの教会の前の広場に屋台を並べているようだが、嘗てとは違って西側のショーウィンドーのクーダムの始まりの感も無い寂れたような場所で、人通りも場所が広いだけにそれほどではない。それが十年ほど前に向かい側のホテルに宿泊した時に感じた印象で、嘗ての面影は全くない。そのような場所であるから車止めの規制も大したものではなく ― フランクフルトでは事件を受けて規制などを張らずにソフトターゲットにはソフトで挑むとFAZは伝えている ―、犯人は敢えて寂れた場所を狙ったのだろうか?

翌日のラディオでは犯人はパキスタン人の身分証明書を所持していたが本人かどうかなども分からないようで、爆弾などは所持していなかったのだろう。ああした事件が連続で起こると怖いのだが、最初から落ち着いた雰囲気だったのはその状況に何か相違があったのだろうか。ニースで起こったような大変な人通りもないところでああした犯行を行う感覚が最初から外れているということなのだろうか。

ベルリン特派員からの報告を受けての番組での話は、こうした事件に対して「我々西欧の生活感とか価値観を守る」ためにも、こうしたそれを狙う犯行には怖気づいてはいけないという感想をSWRの記者が話していて驚いた。正しくポピュリズムのAfDなどとの考え方と殆んど変わらない発想だ。怖いと思う人はクリスマスマーケットなどには行かなければよい訳で、態々人ごみに出て、グリューヴァインで体を温めて事件に巻き込まれるならば本望とでも言いたいのだろうか?なるほど理不尽な攻撃であって、それに対しては怒りを禁じえないとしても、クリスマスマーケットなどはどうでもよいことなのである。

人出が無いと経済に悪影響を起こすという口実ならよいが、ああした犯行に対してキリスト教の価値観とか文化とかをぶつけていくのは馴染まないのである。そもそもあの連中が反キリストで行動している訳でもないのは確かなのだ。あの連中に、そうした思想的な基盤があり、ある秩序をもって攻撃対象を選別しているようならば話はとても容易である。

英語圏のメディアとは異なってベルリン市民やドイツのメディアや西欧がフランスを除いてはこうしたことに冷静に反応するのはまさにそこにあるのであって、理不尽な連中になんだかんだといっても始まらないからである。やはり一方ではスキャンダルマスメディアといわれるようなものを使って物事への反応をエスカレートさせようとしている輩がいるということでもあろう。



参照:
深圳からの直送便 2016-09-29 | 生活
過剰反応の醜聞報道 2016-01-14 | マスメディア批評
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# by pfaelzerwein | 2016-12-21 05:49 | マスメディア批評 | Trackback

待降節第四主日を終えて

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週末は教会のところで小さな待降節の集まりがあった。御馴染みのクリスマス音楽が最後を締めた。ブラスの響きが中々よかった。町のブラスバンドよりは上手で綺麗にハモっていた。楽譜も腕に合わせたアレンジだったが、そのあたりの教会でのお勤めの音楽師としては充分たろう。近所のクリスマスマーケットも片づけが終わって、待降節のクライマックスを超えた。

先日屋根裏部屋にあるPCの周りを片付けた。二つ三つのシステムが絡んでケーブルサラダになっていて、掃除し難いので、ATARIとPCを別けて、WIN95のPCを片付けて仕舞おうと考えた。シナモンLINUXのPCの方はキャストで音が飛ばせるようになったので音響システムのラジカセなどから切り離せるようになり完全独立が可能となった。

そこでWIN95に付けていたモニターが一つ余ることになった。それと一つ余っているATIのPCI対応のヴィジュアルカードでシナモンをダブルモニターシステムにしようと思ったのである。そしてマザーボードの狭い場所に最後のPCIカードを押し込んだ。そして試してみた。

何よりも今まで使っていたソニーのトリニトロンのブラウン管が寿命が来ていることが分かった。もう一つのNECのモニターは傷だらけで大分弱っていると思っていたが、知らないうちにソニーのそれが赤色のピンが折れているだけでなくて、青も黄も正しく発色していないことが分かった。そしてNECのモニターでシナモンのグラフィックを見ると美しさが違い3D効果が際立った。それならば縫い針を折って赤色の接触を助けて無理して使うようなソニーはもう要らない。

それよりもなによりも重要なことに気が付いた。AGP対応ののカードはファンが付いている、そしてその音が何よりも大きいことに気が付いたのだ。AGP対応ならばRAMに負担を掛けないので喜ばれるのだが、そもそも遠隔操作をするPCにそれほどに負荷を掛けるほどの画像処理は必要ないのである。そこで、AGPを外してPCIをメインのビジュアルカードにすることにした。

ROMは増強して2GBにしてあるので全く問題がない。PCIの方は自然空冷なのでフィンが熱くはなるが、隣のSCSIカードが焼けるほどでなければ問題がない。そのカードも使うのは稀で、モニターをつけることもあまりないからこれで良いだろう。何よりもうれしいのは安物の中華電源のファンが騒がしいと思っていたが、主原因はヴィジュアルカードのファンだった。以前も同じようなことでAGPソケットを焼いて壊してしまったのを思い出した。



参照:
待降節景気の街並み 2015-12-20 | 暦
降臨前の最後の買い物 2013-12-25 | 暦
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# by pfaelzerwein | 2016-12-20 05:13 | | Trackback

高尚な数寄者の審美眼

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最近はコムピューターとかその手のことしか書いていなかった。ソフトについては書いていたが一寸ハードだった。久しぶりにワイン醸造所に出かけて話を聞いたりした。そして、また2012年産ハレンベルクのリザーヴを初めて開けた。辛口で定評のあるシェーンレーバー醸造所の残糖を残したリースリングである。二年ほど樽で寝かしただけあってこなれている。いつかバッサーマン・ヨルダン醸造所にゲストとして来ていた時にこれの2008年産を試して感動したが、2012年は久しぶりにそれに匹敵する出来だと思って購入した。それでもそこまではクリーミーになっていなくて若干中途半端な感じがするが、糖が浮いてこないのは安物の半辛口とは異なる。

長く樽で寝かすのがドイツのリースリングのトレンドになってきている。ドイツの醸造所の旗振り役であるビュルクリン・ヴォルフ醸造所は、これを徹底させてきている。つまりグローセスゲヴェックスでは18ヶ月の木樽熟成と16ヶ月の瓶熟成が基本となりつつある。つまり摘み取りから三年ほどして初めて売りに出るようになる。手始めに2015年産のグローセスゲヴぇックスが発売されるのは2017年秋である。それに準じて、PCなども漸く発売され、予約分で殆んど売り切れた。そしてまだ発売されていないオルツリースリングなどもある。私自身まだ受け取りに行っていないオルツリースリングのマグナムが2014年産で飲み頃は数年先である。

要するにドイツのリースリングは、その繊細さからまたその飲み頃を見極める難しさから ― 例えば100ユーロもするリオハも寝かせば寝かすほど丸くなるだけで分かりやすいが、リースリングはふにゃふにゃでは駄目なのだ -、 だからブルゴーニュ以上に益々普通の人には分かり難くなり、大枚を叩いて購入するのは数寄者と通人だけとなる。恐らくそれで正しいのだろう。そうでなければ高価なワインは全てシナマネーで買われて通人には入手不可能となるからだ。勿論フランスのそれのようにその間に業者が入って更に市場価格が跳ね上がっていくようになる。製品の質や管理体制からしてリースリングの市場価格がブルゴーニュのピノノワールを上回るのは時間の問題だと思われる。我々事情通はその間隙を縫って安くて価値のあるリースリングを集めていくしかないのである。一本70ユーロ以上するようなものはやはり買えない。

全く同じようなことが他の市場にもあるようだ。ベルリンのフィルハーモニカーが来年に再び日本へも立ち寄るようだ。主目的は、2018年以降は共演が不可能となったランランとシナで最後の競演をすることにあると思われるが、そこまで無理をしてサイモン・ラトルが極東旅行に出かける市場価値があるということだろう。その金の動き方は分からないが ― 少し考えてみれば分かる、シナではランランが出たヴァルトビューネの野外コンサートが最大のイヴェントであったのだ、つまり観光まで含めるとベルリンにとっては欠かせない立役者なのである ―、兎に角、正しく歯に衣を着せぬ批判をしていたキリル・ペトレンコが音楽監督となれば二度と共演はあり得ないのである - しかし歯には歯をでティーレマンを自ら駆逐するような稚拙なことをする人間ではないと考える。またそうしたシナ向けの公演に便乗して喜んで招聘するフジサンケイグループがあるというのが面白い。まるでオバマ大統領の為にTTPを強行採決する日本政府のようで自虐的なこと甚だしい。

日本では引っ越し公演などいろいろとあるようだが、どうも相対的に見ると1980年代に比較しても何もかもが日本の実力のその馬脚を表してきているようで、真面な文化需要もエリート層の高尚な趣味もなくなってきてしまっているようだ。するといつも結論として思い出すのは私自身がハムブルクの歌劇場の東京公演「影の無い女」でなに一つ理解していない評論家や聴衆に失望して移住への動機つけとなったことであり、文化理解の難しさを再認識するだけのことである。



参照:
過去を学ばなければいけない 2016-12-17 | 文化一般
インタヴュー、時間の無駄四 2016-08-03 | 音
ふれなければいけない話題 2015-06-29 | マスメディア批評
東京の失われた時の響き 2016-03-06 | マスメディア批評
竹取物語の近代的な読解 2014-12-31 | 文化一般
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# by pfaelzerwein | 2016-12-19 05:36 | 文化一般 | Trackback

囮になる狩りのその日

健康の為に、整腸作用のために走りに行った。気温摂氏二度でも寒気がする。先週末の鼻風邪が尾を引いたのだ。今週末は山登りをしない予定で、日曜日に洗濯も済ませておきたいので、峠攻めでお茶を濁すことにした。今週は膝の故障の時以来最も距離を走らなかった週かもしれない。それでも寒さが堪えるので、暖かくなるのを待って出かけた。

そして駐車場に来ると見かけない四輪駆動の車が沢山停まっていた。作業でもあるのかなと思っていると、「狩り注意」の標識と通行止めの規制線が張ってあった。樵作業での立ち入り禁止は頻繁にあるのだが、狩りでここまでの通行止めは珍しい。丁度下りてくる道が止められているので、峠までの林道を駆け上がりそれを駆け下りてくることにした。峠まで上がれば下りてくるのも楽しみだ。どれぐらいの速さで駆け下りれるか。一度試してみたかったのである。

なによりも森の中が気になる。銃殺されては叶わないからである。しばらく行くと、丁度バムビと出会う場所の先に車が停まっている。そして更に行くともう一台。てっきり左の森の中での猟かと思っていたら、どうも狙っているのはいつものバムビで、それなら何カ所か我が進行路と交差する地点がある。これは要注意だと思っていると、見張りが椅子を下して銃を構えて座っていた、声を掛けて更に進めることを確認する。

そして長めの高速を出だせる直線でも一人、更に一人と、等距離に見張り置いていて、林道を横切って森に入ったところを上から狙えるようにフォーメーションをとっているようだった。そうなると私もバムビの動きを知っているので、仕留められるのが分かる。

先ず関心毎はこちらの安全性なのだが、最初から林道上へは銃を向けない体制が引かれていることは後で納得した。危険性があるのと相打ちになる可能性もあるからだろう。要するに追い込み猟なのだ。

峠につくとまだ向こう側に見張りがいたので、かなり広範な領域に網を掛けていることになる。急いで折り返して走り出すと、今度は右の上手から犬を追う声と犬の声が聞こえて、右上の斜面をバムビが逃げて来ているのが見えた。流石に立ち止まった。銃先とバムビの延長線を走り抜ける勇気はない。止まって様子を窺っていると、森の中から猟の親仁が挨拶してきたので手を挙げて通過した。

仕留められるバムビのことが気になっていたのだが、逃げる姿を見ると年行った母親か父親が犠牲になるように動いていたようで少し安心した。家族から離れて囮になっているようだった - 子離れが出来ているということか。何度も出会っているバムビ家族なのでその消息が気になるところであるが、それならば丁度よい間引きになるのだろう。

立ち止まったり、なんだかんだと真面な計測は叶わなかったが、距離からするともう少し延長するだけで5㎞コースになることも分かり、30分往復も可能なことが分かった。直線のところを降ると結構スピードを維持するのに苦労したので、登りでももう少しスピードが出せることも分かった。標高差からすれば30分で走り切ればそれはそれででよいだろう。最高速はあまり出なかったが、流石に林道は早く走れて想像以上に快適なコース取りになることも分かった。峠から100mほど先まで余分に走ればよいのである。



参照:
変遷と過渡期を想う 2015-11-14 | 雑感
己を映す馬鹿の鏡 2016-06-12 | 雑感
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# by pfaelzerwein | 2016-12-17 22:36 | アウトドーア・環境 | Trackback

過去を学ばなければいけない

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年の瀬も近づいてくると今年のベスト何とかというのも見かける。今年は個人的にはオペラ年だった。モルティエー監督時代のザルツブルクでも三演目も価値ある新制作を立て続きに経験することはなかった。「サウス・ポール」、「マイスタージンガー」と「マクベス夫人」とどれも記憶に残るものだった。条件が整えば再訪してみたい前二作だが、最後の一つはどうであろうか?

承前)実演体験後初めて初日の新聞評などを再読する。オペラ評論家女史の文章だがなぜか多くを音楽や管弦楽団や指揮者について費やしている。不思議に感じた。特に興味深かったのは新校訂された楽譜についてであって、それによると過度なドラマ化を避けた初演版を校訂したものとある。アンチテーゼとしてヤンソンス指揮演奏などを思い浮かべたのだろうか?それ故か、「他の指揮者がするように、一寸した手の動きでアクセントをつけてフォーカスさせて、個性を出していた」としながらも、「音楽が内包する真実を、音楽的な今日から過去のそして未来への論理性で、明らかにしていた」とその音楽性を絶賛している。当日のプログラムには楽譜については明記されていない様だが来年にかけての一連の上演で同じ貸し譜が廻るのだろう。

その演出面での良さについては既に触れたのだが、中々後を引く音楽劇場となっていたことは確かであり、あの雲の形にしても雷雲だったのかそれともとかなどと北国特有の高い霧などを思い浮かべると切りがない。それでも新聞は、「あまりにも正確に夢の如く音楽と合わせる登場人物や群衆の動かし方の熟練ぶり」に触れて、そこでも、「ペトレンコ指揮の正確な音楽によって登場人物の矛盾した性格が集合的に表出された」と、結局音楽的な成果を寄与させている。まるで私がいつも女史の論評を批判していることに答えたかのような書きぶりである。

当然のことながら、ここでその内容に触れるならば、プログラムにあるようにゴーリキのいう「学ばなければいけない、国やその過去を、現在を将来を学ばなければいけない」とするように、音楽創造の内容もそこにある。こうして、この作品を体験すると少なくともこの交響作曲家の第一番から四番の交響曲を避けて通れなくなる。特に出世作第一番の才気と第四番の音楽語法を見ていくと、同時にアルバン・ベルクが「ヴォツェック」と原作「ヴォイツェック」の表題を読み違えた原因を作った自然派フランツォーゼと作曲家の接触など、その創作裏事情の興味深いことが分かって来る。

創作に関する作曲家の手記を読むと分かるように、警察官の場面を原作に書き加えており、そうした社会的な風刺とグロテスクなどを上手にバランスを取ろうとした意識がそこからも窺い知れるのである。

その1920年代30年代のソヴィエトの事情はそこに生きていない限り追体験しようと思っても複雑でどうしようもないのだが、それは1960年70年代のドイツ社会民主主義共和国においても同じことである。そして今、そうした人達が連邦共和国大統領、首相、そして最高齢の演出家としてミュンヘンで喝采を浴びているという事情もここ連邦共和国に生きていない限り分かり難いと思う。

その意味からすると、二十世紀は遠くなると思う反面、我々が生きてきた時代がこうして音楽劇場作品としてその真実像を反照することで、益々あの冷戦時期には我々は一体何を考えて何を見た心算になって生きていたのだろうと三省するしかないのである。彼らから見ると我々は、この舞台のように企業家の工場の片隅のバラックの中で、管理され抑圧された生活を送って来たということでしかないのであろう。(続く



参照:
意志に支配される形態 2006-01-05 | 音
初日の放送で何を聞くか 2016-11-28 | 文化一般
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# by pfaelzerwein | 2016-12-17 00:15 | 文化一般 | Trackback

可処分所得三割増の一年

霧が出ていて、走るスピードも出なかった。それでも登りが可成り楽に走れる様になっていて、降りには直ぐに加速できる。明らかに心肺機能が鍛えられちている、高山でのスキーが楽しみだ。天候もあり、週末の疲れがあったので、久しぶりに走ったが、腸の調子が急激に変わった。ここのところ肉類も食さなかったのであまり便通も良くなかったが、一挙に身が軽くなった。

車のラディオが伝えていた。合衆国の幾つかの州で教師の銃の携帯を認めるということである。それによって不慮の場合は加害者を射殺して被害を最小に止めるのである。教育の場で武装して相手を黙らせることには合衆国でも抵抗があったのだろう。

新聞を見ると連邦共和国の今年の可処分所得が被雇用者で35%、雇用者で25%昨年度よりも増えたというから素晴らしい。これならば目標のインフレ率が正しいことになる。労働市場の好調からこれだけの所得増になっている。今後のドイツの企業の状況を考えても先進工業国としてはトップクラスの成長が期待できるような数値であり、その経済的な眺望は開いている。

日本とは大違いである。そもそも貿易輸出国であるドイツの場合は資源が無く、その付加価値の差額でしか富を生まなかった訳であるが、日本の場合は国内市場も大きくその余力で貿易黒字を築いてきたに過ぎない。ドイツはEU市場をものにしたのに対して、一方日本は高齢化と少子化で国内市場が縮小している。そして所得増どころか所得が減少してきているとなると、企業も何もかも日本経済に将来性などないのが分かる。少なくともドイツの差は一気に開いていくに違いない。このような結果になることは四半世紀前以前から分かっていたのである。

可処分所得がこれだけ増えれば何を購入するか、どのように投資するかで個人は勿論社会の今後の豊かさが変わって来る。正しくそこがドイツ社会の強さであり、それは母国に投資する外国人労働者においてもその堅実さはあまり変わらないであろう。



参照:
行ってみようよTTIP DEMO 2015-10-09 | マスメディア批評
憧れの移民国ドイツ 2014
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# by pfaelzerwein | 2016-12-16 02:39 | | Trackback

カンボジア風バッハの破壊力

ラディオの番組でバッハのチェロ組曲が流れた。それを弾いているのは子供の時にカンボジアからドイツ社会民主共和国に貰われてきた人である。どういう経歴の人かは知らないが技術的に素晴らしくカンボジア風に弾いている。彼の話しの様に「バッハをアジア風に弾く」というそのものの殆んどカンボジア語の特徴丸出しのバッハなのだ。彼のドイツ語も子供の時から使っていたとは思えないほどカンボジアの発生発音そのものだ。ブラジル風バッハとかスイングバッハとかいうよりも一寸面白いと思った。こうした音楽の強さには、日本風バッハを意識していないスズキのバッハにはないものだ。鈴木のバッハの洗練とは比較の仕様がないとしても、そうしたクロスオーヴァー文化の方法が日本風なだけで本質は変わらないということなのかもしれない。カンボジア風バッハの破壊力はスズキメソッドを遥かに超えている。要するにバッハの破壊力ということになる。

フランクフルトのバッハの会から知らせが来ていて、総会のプロトコールとして2018年までのプログラム予定がある。ヘルヴェッヘやキット・アームストロングが戻ってくるのは良い。しかしグルノーブルのバッハは頂けない。何よりも良いのは、コストの割には入場券収入が増えていて赤字にならなかったことだろう - 客席の状況から信じ難いが。伝統的な団体は凌ぎ方を心得ているのかもしれない。

先ほど成功した通電ステージS3からのサスペンド起動の遠隔操作である。電源を切っていて、そこに繋いであるラズベリーパイの為に、テーブルステープルの電源オンにするとワークステーションまで起動して驚いた。BIOSで電源消失の場合に再び電源が来たときはオンにすると設定してあったからだ。三種類設定があって、その他に「前の段階に戻す」というのがあり、オフにするというのもある。オフに設定しておくと遠隔再起動にはならないようで、中間の設定にする。しかし、その場合も最初だけは手動で起動させなければいけない。そのあとは電源が入っている限り、何回でも起動が可能となる。

使わないときは主電源を切ることが前提であり、ラズベリーをモニター端末として使う度にワークステーションが起動するのも厄介であるので、この辺りが妥協策である。必要な時は最初だけは手動で起動させて、当分必要が無ければ主電源を落とせばよい。こうして同時にラズベリーの電流とワークステーションのスタンバイの電流を遮断すれば旧年以上に節約可能な筈である。それでなくても、グーグルキャストやDACなどの電流が流れる時間は増えていて、ダブルモニターなどで余分に点けているので、総合的に増減を調整していかなければいけない。シナモンのPCやモニターやスキャナーの電源部にもスイッチを挟んだので不必要な時には待機電流も流れないようにした。



参照:
歌心のないドグマの響き 2012-05-29 | 音
軽く回り過ぎるエンジン 2016-12-02 | 雑感
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# by pfaelzerwein | 2016-12-15 18:25 | 文化一般 | Trackback

Wake-On-Lanで使うXP

Wake-On-Lan(WOL)というのを試してみた。停止しているPCを上げて使うようなコマンドを送る機能である。遠隔操作の一種であるが、他のVNCやRDPとは激しく異なるのは電源が入っていないWLANの中のPCを立ち上げさせる操作ができることである。

但しEthernetでなければいけないので一機しか相当するものがない。それもXPでその機能が付いた最初期のもののようなので本当に作動するのかどうかも分からなかった。それ故に今まで試していなかった機能なのだが、ラズベリーパイにそれを作動させるマジックパケットを送信するプログラムがインストールされていたので試してみたくなったのである。

BIOSを見ると訳の分からない項目、On w/ MBA (Managed Boot Agent)があるのは知っていたのだが、これを有効にして、XPのネットアダプターのプロパティーを調整する。しかしそれらしきものが指定できない。調べてみると一般的にレアルテークのものが使われているようで、該当のワークステーションには3COMのカードが付いていて、全く肝心のレアルテークは出てこない。 そこでルーターを新規したときについてきたカードが一つ余っていることを思い出した。独テレコムが配布したもので大したものではないと思っていたが、これを使ってWOLを成功している人がいるので試して見ようと思った。実際基盤にはレアルテークとあったからだ。

早速それを挿入して、ドライヴァーを準備する。ドライヴァーは安心なものが見つからなく、付属しているのはフロッピーだけである。フロッピーを試してみるが上手くインストールできない。そして嵌まり込んだままになってしまった。そうしているうちにレアルテークの番号が分かったのでメーカーのサイトに行くとXP用のドライヴァーがあった。レアルテークは最近アップサムプリングでお世話になっているが、中々良心的なメーカーのようである。

そして最新のドライヴァーを問題なくインストールした。しかし期待していたWOLに関する設定がないのである。これで動かなければハードの問題であると思ってラズベリーから試してみると起動した。そしてドッキングステーションノートブックにもWOL2という小さなソフトを入れるとこれでも問題なく動いた。そしてタブレットのアンドロイド用のソフトも使ってみると、ここからも問題なく動いた。そしていつの間にかアダブターのプロパティーにWOLが入っていた。

これ程問題なく動くならば早くから使っていおけばよかったと思う。しかし十年以上前はリモートコントローtル機能自体が危険だと思っていた。今ほどのWLANの中の安全性とかファイヤーウォールとかには無頓着な時代だった。それでもスタンバイの電流は十何年間も流れ続けていたのである。そして今年の夏になって初めてコンセントにスイッチを入れるようになったのである。勿論WOL機能を使おうと思えばオンにしておかなければいけないが、311以前はスタンバイのその程度の電流などには関心がなかったのである。そして今スイッチを入れている時だけWOL機能を使うようになったのである。

WLANのWoLANと呼ばれる機能も最近は一般的なようで新しいノートブックなどではその方向でも使うように検討しておかなければいけない。なるほどインターネットでの起動なども使っている人が増えているのもなるほどとも思った。



参照:
プロテスタンティズムの焦燥 2016-12-07 | マスメディア批評
未来へのルーティン 2016-10-25 | テクニック
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# by pfaelzerwein | 2016-12-14 07:11 | テクニック | Trackback

電光石火の笑いの意味

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「マクベス夫人」に関連して、「ショスタコーヴィッチの証言」検証のリチャード・トラースキンのエッセイを摘み読んだ。新制作のプログラムに挟まれていた小冊子である。一連の初演からの評判や批判そしてプラウダ批判を受けての、戦後の再上演、そして1970年代の「証言」を受けての初演版の再上演などについて触れてある。時制を踏まえて一連の動きを見ていくと興味深い。

今回の新制作の特徴の一つは極力グロテスクな表現を避けている演出とありのままの音楽にあると思うが、前史である原作まで遡るときに、丁度ジキル博士やフランケンシュタイン博士に相当するというが、それが所謂自然主義文学であって、そうした創作表現であるとなる。つまりロシアのアヴァンギャルドなどとは一線を隔すことになって、まさしく今回の制作の核心に触れる。

演出面においては、フェルゼンシュタインの流れを汲むハリー・クッパーのそれはイタリアのストレータス演出などに近いリアリズムの円熟した舞台であった訳だが、このオペラの本質的なところにおいてとても的を得ていたということになる。

我々の知る限り、既に米国初演のメトロポリタン歌劇場においての上演においてもポルノフォニーと評されたように曲解されていたのは間違いない。勿論ト書きなどを正確に表現するとそのようになる訳であるが、それでも音楽的に見ても違和感を覚えるのではなかろうか。

まさしく既述したような死から性への開放が一条の光のように輝くのがまさに旧制から革命へと開放される精力なのである。作曲家はその原作の革命へのエネルギーをスターリンの圧政下の中で舞台表現化しようとしたことは間違いない。それが、ポルカやヴァルツァーとして、またチグハグで「間違った音」として表現されているというのも確かであろう。そうした一連の表現方法が「証言」によって、そして亡命後のロストロポーヴィッチ夫妻の演奏実践などによって新たに曲解されたということになる。その夫妻も後年「証言」について否定的な見解を表明していたというから、亡命直後の事情をそこに感じる。

今回の新制作が何よりもそうした歴史的な靄を吹き払ってくれて、ショスタコーヴィッチ創作理解に大きな影響を与えるかもしれない。一つにはクッパーの演出こそがまさしく社会主義リアリズムのそれであり、そこには弁証法的な舞台空間が目されている。例えば日本などでは新劇とか呼ばれる舞台活動に近い、そうした劇場空間が作品として創造されていることであり、事細かな演出にそれが行き渡っている。演技指導での若い男との出会いと、その夫人の笑い顔には電光石火の一撃があり、この時点で天地がひっくり返るほどの革命と開放がなされていることを思わせる。それが結婚式での背後に立ち上る雲であって、その舞台の下では警察の官僚主義と不正のそれが描かれている - ここだけでもスターリン体制では到底許容することのできなかった舞台情景だったろう。

前述の笑いの演出について、その舞台指導風景がプログラムに詳しい。音楽的に緊張を作っている場面であるが、音楽的な内容については指揮者のキリル・ペトレンコが件のファゴットの一節はフォルテシモだと注意を促している。しかし演出的に見れば、最終幕を見ればシベリアの空に浮かぶ雷雲の一撃の萌芽をここに見ても決しておかしくはないのである。終幕の悲劇が「夜明け前」として開かれているのが「新劇」だ。(続く)



参照:
楽譜が読めたならの持続力 2016-12-04 | 音
ポルノオペラは御免だ 2016-11-22 | 音
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# by pfaelzerwein | 2016-12-13 05:40 | | Trackback

日曜日の朝寝がよい

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またまた自己記録更新である。日曜日の朝はラディオ放送もあり、天気も良くなさそうなので、土曜日の午後の晴れ間に出かけた。日没が16時25分頃なので、それまでに下りたい。久しぶりの午後の頂上攻撃なので記録が期待出来るほか、下りの心拍数を測ろうと胸にバンドを巻いた。気温も摂氏8度を超えている。

自宅で屈伸をしてから出かけたが、駐車場から走り出したときは16時になろうとしていた。十分なウォーミングアップは叶わなかったが、朝とは違い身体が出来ている。走り出しの軽い足取りは人に見せたいほどだった。急坂を9分ほどで乗り越えた。15分台で到達の緑のベンチでも速度を落とさずに第一の合流点に近づく、第二の合流点へも苦しかったが、少し前傾気味にすると心臓がより沢山の血液を送っているのが分かる。残念ながら登りでは心拍数は取れていないが、170越えだったと思う。それでも以前はへたる感じがしたのだが、今は違うのである。健康に良いか悪いかは知らないが、後で疲れが残らないので20年前に走っていたのと比べれば全く健康的だ。

林道の最後のカーヴから平坦へと最初の出だし同様に加速して、山道に入る。天気が良いのでハイキング爺婆も下りて来ていて、すれ違いざまに「ショーツで走っとる」と囁かれた。暖かいとはいっても頂上付近は寒い。そこでも加速して喘ぎながら頂上に到着して、一分ほどかけて心拍計を調整する。休むことにもなるが、タイムをそれだけ損もする。林道に出るまではそれほど飛ばせなかったが、そこに出てからはいつもの波はあるもの高速を保ったまま駆け続けた。最高速時速12㎞には満たなかったが、心拍数164を超え続けた。これが循環器系強化に繋がっているようだ。これを上のスピードの波と重ねると、落ちるときに心拍数も164へと落ちている。そこでピープが鳴るようにしているのもこの波状に関係しているかもしれない。最高が178まで上がっているのでこれをどのように見るかだ。丁度緩やかな下り傾斜を走行中で最高速ではないが、走る負荷が急坂よりも掛かっている。

呼吸は考えていても嗚咽が漏れる。夕暮れが訪れようとするのに急坂を上って来る二人組がいる。何かバンダナをつけて必死の形相で走ってくる奴がいると思っただろう。朝とは異なり天気が良かったので数組のハイカーや自転車野郎と遭遇した。自転車は暗闇が嫌なのか早めに下りて来ていたようで、彼らと競争することはなかった。下りで時速20㎞で走れるようになったら勝負は面白いと思う。上りの34分、下りて来ての54分とも完全記録更新である。

土曜日に走ったので日曜日はゆっくりと起きた。10時過ぎからラディオ番組が始まるが9時でもまだベットにいた。疲れが出たのだと思う。それほどではない筈だが、鼻水が異常に垂れた。量ではなく水が流れるように歩くときに下に垂れた。このようなことは初めてだ。寒い思いをしたわけではないが、積み重ねで名の通りの鼻風邪をひいたようだ。ラディオは2008年7月のバート・キッシンゲンでの音楽祭最終演奏会の中継録音からだった。レーピン独奏のラロの交響曲が二曲目に演奏されて、後半のラフマニノフがYOUTUBEに出ている演奏会の抜粋である。予想以上に面白かった。レーピンはヴェンガロフなどが出てきてあまり名前を聞かなくなったが、後者ほど趣味が悪くない。そしてこの曲はケント・ナガノとの録音など十八番にしているようである。それゆえか中々共演も成功しているように感じた。少なくともこの曲はスターン独奏ぐらいでしか聞いたことがないので、繰り返して聴ける録音が出来た。思っていたよりも興味深い曲である。



参照:
出遅れた朝の記録 2016-11-27 | アウトドーア・環境
糊代を残すストライド走法 2015-12-14 | アウトドーア・環境
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# by pfaelzerwein | 2016-12-11 22:21 | アウトドーア・環境 | Trackback

時計を合わせる学力

PISAの学力検査結果が巷を賑わしていたようだ。ほとんど興味はないがシンガポールが理科系で強く、北欧などが読解力があり、日本は国語力が無いというのが面白い。確かに読解力はあまり勉強の方法が無くて、言語能力の発展とともにあるのだろうから真面な会話があまりなされない日本人文化の中ではあまり伸びないのだろう。漫画が読解力を落とすことは理解可能だが、漫画を見ないでも私のように読解力が落ちてきていると思う人もいる。そもそも模試試験など成績でも最も国語が上位に至っていた筈なのだが、最近大分自信が無くなってきている。理由は分からないが、以前にもまして複雑な思考についていけなくなってきている感さえある - 所謂EQ値が低いとなる。要するに数式化出来ないような限定などの弱い話し言葉の真意が分からなくて、その主旨とその言語化されるところでの曖昧さなどがとても捉えにくくなってきているのである。おそらく放送などの話者にも曖昧なことなのだろうが、一体どのようなレトリックが使われているかなどまで考えていくと余計に分からなくなることが多い。その点、芝居や舞台芸術はそのあたりの思考が良く練られているだけに見渡せる。同様に下手な文章も同じような印象を受けることも多い。

承前)さて、USB温度計をつけてラズベリーパイをガレージで電源を入れた。すると今まで気が付かなかったパイロットラムプが点灯始めた。何かわからなかったが、どうもネットを探しているらしい。先に進みそうもないので、部屋に戻って、調べてみるとログが新たに書き込まれていなかった。そこで、ネットに関する設定を外していった。更にオートランの設定で、ネットらしいものを後にして、その上段に写し書き換えた。これでどうだ。

兎に角ラズベリーパイを購入後最初の設定以降WLANでしか使っていなかったのである。以前の2まではケーブル接続だったのでこのようなことはなかったのであろうが、3になってからはWiFiが基準になっている。そのことを思い知った。そして試してみるが、さらなる問題が見つかった。ログファイルの名称である時刻をみているとおかしいのである。時計を見るとくるっている。二十分、三十分と遅れていく。どうもネットに繋がっていないとどんどんと遅れていくらしい。補助の電池が入っていないからだろう。電源を入れてネットが繋がったところで復活するようだ。しかしマニュアルで調整するのも大変なようで、インターネットに入ろうとしても駄目だった。諦めてそのままワイン蔵にもっていった。先ずは実験である。夜の九時過ぎから朝の九時過ぎまで次のように測定成功した。

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2016/12/10 05:19:09 Temperature 10.94C
2016/12/10 05:29:09 Temperature 10.94C
2016/12/10 05:39:10 Temperature 10.94C
2016/12/10 05:49:10 Temperature 10.94C
2016/12/10 05:59:10 Temperature 10.94C
2016/12/10 06:09:10 Temperature 10.94C
2016/12/10 06:19:10 Temperature 10.94C
2016/12/10 06:29:10 Temperature 10.94C
2016/12/10 06:39:11 Temperature 10.94C
2016/12/10 06:49:11 Temperature 10.94C
2016/12/10 06:59:11 Temperature 10.94C
2016/12/10 07:09:11 Temperature 10.94C
2016/12/10 07:19:11 Temperature 10.94C
2016/12/10 07:29:11 Temperature 10.94C
2016/12/10 07:39:12 Temperature 10.94C
2016/12/10 07:49:12 Temperature 10.94C
2016/12/10 07:59:12 Temperature 10.94C
2016/12/10 08:09:12 Temperature 10.94C
2016/12/10 08:19:12 Temperature 10.94C
2016/12/10 08:29:12 Temperature 10.94C(終わり)



参照:
希望という自己選択の自由 2009-06-19 | 文化一般
終焉の引導を渡す使命 2005-11-09 | 歴史・時事
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# by pfaelzerwein | 2016-12-11 05:28 | 生活 | Trackback

弁証法的な辛い生活

ラディオの教養番組での話が面白かった。そこでは教育者などの各種専門家へのインタヴューで内向性・外向性の話をしていて、東京で仕事をしたことのある女性教育者が面白い話をしていた。それによると「日本人では文化的に内向性が好まれ、今でもある年齢以上の指導的な立場の人は、自らは語らずに若い者に語らせることが良いとされている」とあって、「沈黙は金也」の文化があるということだった。そして文化圏によってその方向性が異なり、南欧などの外交性に比較するとやはりドイツは中間だというのである。

他の話者は、これはプロテスタンティズムの内省的な「辛い生活」を良しとしたルターの教えがあって、カトリックの影響での喜びとは異なるのだというのだ。そこで先日の鈴木氏の内容の無い語りを思い起こしたが、そうした喋り自体もプロテスタントだと私は感じたのである。少なくとも日本人ならばそこまで要らぬことは言語化しない。バッハの音楽をやっている人がこうした性格だというのがまた興味深い。実業の分野でもアメリカ化されて外向的な経営陣がドイツの企業を動かしているということであった。

承前)ラズベリーパイをログのように使う方法である。新たな課題は、電源を入れるだけで測定温度を表示させてその数値を指定した間隔ごとにログとして記録させることである。そして再び電源を入れ直してもそのログが消えないことである。

その為に選択した方法は以下のようなものである。

pcsensor -l600 -c > log-`date +%Y%m%d%H%M%S`

先ずはターミナルの中で所定のコマンドでドライヴァーを動かして、600秒毎に摂氏だけの温度を表示させて、それをログとしてその時刻の名称を付けて記録させるというものだ。これで二度と同じログが作成されないので上書きされることもない。

そしてこのコマンドをそのまま起動するには/etc/rc.localのexit 0の前の最後にそのままのコマンドを書き加えて最後に&を書けば問題なく電源を入れる度に、新たなログが出来あがる。扱いにくいviで読みだして書き込む。

いよいよこれで最終段階かと思った。しかしこのログは実際にターミナルが開いてそこでの反応が記録されるに過ぎない。つまり電源を入れて直ぐにターミナルを起動させないことには何一つ記録されない。つまり背後でコマンドが実行されていても何一つプリントされない。

そこでパイのターミナルLXターミナルについて調べてみると、意外に自動起動の情報が少なかった。その中で選択したのは最も多く情報のあった最も安定しているような方法だった。.config>lessental>LXDE-piとフォルダを開けていくとAUTOSTARTがそのまま書き込める形であって、その最後部に上段と同じように@lxterminalと書き込むと自動的に開くようになる。

今度こそ最終段階である。先ずターミナルが開く、そこで自動的にコマンドが作動すればログが出来上がる。しかし出来上がらなかった。上の二か所に書き加えても駄目だった。そこでオートスタートの記事を見ていくと、今までとは異なる方法が書いてあった。そのものターミナルにコマンドを書き込むコマンドを与える方法である。

調べると、.bashrcを編集すればよいというのだ。そこの最後列にpcsensor -l600 -c > log-`date +%Y%m%d%H%M%S`と書き加えて、/etc/rc.localを元に戻した。これで電源を抜けばそのまま前のログの後が続けられ、再稼働すれば新たなログが書き込まれるようになった。

つまり、AUTOSTARTでターミナルが起動して、そこにコマンドが与えられて、コマンド通りにログにデータが書き込まれる。完成である。このようなラズベリーパイの運用では電源を外したり、モニターなどの端末が無いのが通常の使い方だと思うが、なぜかこの自動起動に関してはあまり情報がなかった。勿論スクリプトを製作してそれを始動させるのが真っ当な方法だとは思うのだが、堅牢に手軽に駆動させる方法も重要である。つまり最初のやり方の場合スクリプトをターミナルと関係無しに動かせばよいのだ。しかし、今回の方法で多くのセンサーなどの容易なモニターシステムのログアウトが可能になるので価値はあるだろう。しかし、いざ温度計を携行しようと延長コードなどを準備して地下に向かおうとして、先ずはガレージで実験したら上手くいかなかった。なぜだ!(続く



参照:
軽く回り過ぎるエンジン 2016-12-02 | 雑感
プロテスタンティズムの焦燥 2016-12-07 | マスメディア批評
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# by pfaelzerwein | 2016-12-10 21:28 | テクニック | Trackback

デジタル情報をものにする

昨晩はTVにトラムプ次期大統領と日本人が映されていたそうだ。安倍首相ではないということで、禿げ頭の男は誰かと思っていた。昨日の新聞を見るとトラムプとパートナーの孫社長の写真があった。思い浮かばなかった筈だ。

懸案のラズベリーを使った気温ログのシステムが漸く出来上がった。一月以上経過したが、実質的には数日間試行錯誤したことになる。懸案の検出される温度データーのログは問題なく取り出せることが分かった。ドライヴァーをインストールした時の中にプログラムが入っていた。よく考えてみればループを書くなど当然の作業であり、当然と言えば当然の機能である。READMEなどを読まないのが普通になっていて、珍しくコマンドのその後ろがサイトに書いてあって了解した。pcsensor -c -dとコマンドするとヘルプが出て「dはないが-l20で20秒ループでプリントされる」ことが分かった。以下のようなログが得られた。

pi@raspberrypi:~/Documents $ pcsensor -l60
2016/12/09 00:31:55 Temperature 38.86F 3.81C
pi@raspberrypi:~/Documents $ pcsensor -l600 -c

2016/12/09 00:32:43 Temperature 3.81C
2016/12/09 00:42:43 Temperature 4.25C
2016/12/09 00:52:43 Temperature 4.25C
2016/12/09 01:02:43 Temperature 3.81C
2016/12/09 01:12:44 Temperature 3.62C
2016/12/09 01:22:44 Temperature 3.44C
2016/12/09 01:32:44 Temperature 3.44C
2016/12/09 01:42:44 Temperature 3.44C
2016/12/09 01:52:44 Temperature 3.44C
2016/12/09 02:02:44 Temperature 3.44C
2016/12/09 02:12:44 Temperature 3.44C
2016/12/09 02:22:45 Temperature 3.56C
2016/12/09 02:32:45 Temperature 3.44C
2016/12/09 02:42:45 Temperature 3.44C
2016/12/09 02:52:45 Temperature 3.44C
2016/12/09 03:02:45 Temperature 3.44C
2016/12/09 03:12:45 Temperature 3.44C
2016/12/09 03:22:45 Temperature 3.44C
2016/12/09 03:32:46 Temperature 3.44C
2016/12/09 03:42:46 Temperature 3.69C
2016/12/09 03:52:46 Temperature 3.81C
2016/12/09 04:02:46 Temperature 3.94C
2016/12/09 04:12:46 Temperature 4.12C
2016/12/09 04:22:46 Temperature 4.25C
2016/12/09 04:32:46 Temperature 4.25C
2016/12/09 04:42:47 Temperature 4.25C
2016/12/09 04:52:47 Temperature 4.25C
2016/12/09 05:02:47 Temperature 4.31C
2016/12/09 05:12:47 Temperature 4.25C
2016/12/09 05:22:47 Temperature 4.25C
2016/12/09 05:32:47 Temperature 4.25C
2016/12/09 05:42:47 Temperature 4.00C
2016/12/09 05:52:48 Temperature 3.94C
2016/12/09 06:02:48 Temperature 3.81C
2016/12/09 06:12:48 Temperature 4.00C
2016/12/09 06:22:48 Temperature 4.12C
2016/12/09 06:32:48 Temperature 4.25C
2016/12/09 06:42:48 Temperature 4.25C
2016/12/09 06:52:48 Temperature 4.25C
2016/12/09 07:02:49 Temperature 4.25C
2016/12/09 07:12:49 Temperature 4.44C
2016/12/09 07:22:49 Temperature 4.50C
2016/12/09 07:32:49 Temperature 4.75C
2016/12/09 07:42:49 Temperature 4.69C

その前にはオフセットの記述が分かっていたので、時間の問題とは思っていたが、これで一先ず解決した。つまり図示化などしなくてもそのままログとして使えれば十分で、図示化はまた別の問題だったのである。しかしそれについて触れているようなサイトは見つからなかった。要するに皆実用的に使う以上に遊んでいるものだから自動的に図示化に進んでしまうのだろう。私が知りたいのは温度変化であり、その正確な温度への補正なども二の次なのだ。

そこでワイン蔵にこれを持ち込んで週末は温度変化を観測しようと思った。しかしはたと気が付いた。今ここで電源を落としてしまえばいったどのようにして上のコマンドを入れればよいのだろうかと。方法としては電源を落とさずにWLANの届く範囲でコマンドを与えた儘移動させることである。これは蓄電池がないと駄目である。もう一つは自動的に電源を入れると同時にコマンドを与える方法である。

これは例えばログインと自動的に上のプログラムを実施することはオートランとして可能だとしても、ワイン蔵から戻るときにまた電源を落とさないといけない。つまり観測結果を観るためにはもう一度上げると同時に新たなコマンドを与えてしまって、ログが消えてしまうことを意味する。それならばどうするか?(続く

日曜日の午前中にはバイエルン放送の交響楽団演奏会のアーカイヴからラロの協奏曲をキリル・ペトレンコが振ったものが流される。今まで耳にしたことがないものなのでぜひ聞いてみたいと思っている。何よりもアーカイヴのそのままの放送なので音質が良いので、YOUTUBEなどに出ているものとは違うのである。



参照:
震えるバルコンの測定 2016-12-08 | 暦
未来へのルーティン 2016-10-25 | テクニック
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# by pfaelzerwein | 2016-12-09 23:58 | アウトドーア・環境 | Trackback

震えるバルコンの測定

氷点下5度にもなると流石に寒い。期待した陽射しは上空の霧に遮られて暖かさには全くならなかった。放射冷却と上空の霧が重なるとこれ以上寒いことはない。手袋だけでなくて、バンダナも巻いて出かけたがそれでも寒かった。流石にパンツを脱ぐ訳にはいかず、柔軟体操をしている余裕もなかった。何よりも寒いからである。

体を温めるために走り出して、カメラも持って行ったが、陽射しが薄くあまり良い光景はなかった。風もなく、ラディオは暖かくなることばかりを告げているが、まだまだ寒い朝にそのようなことを聞いても暖かくもなんともない。

このシーズン初めてのパンツを履いてのジョギングだった。それでもランニングフォームが安定してきたので、それほど遅くもならずに走れるところもあったと思う。時計の充電池が上がっていて、計測はしなかった。出かける前に心拍計を付けようかとも思ったぐらいだがそれも冷たくてやめたほどである。室内もここ何日かは寒い。山の上には樹氷が白く輝いている。それでも車に戻ってくると汗を掻いてうなじが濡れている。それだけでも運動の価値はあるだろう。

WiFi温度計をバルコンにラズベリーパイにつけて設置しようと思ったが、就寝前の時間では技術的に解決しなかった。MRTGとRRDの差など全く分からない。それどころか温度計のドライヴァーの中に二秒毎にデーターを読みだすようにオフセット2などと書かれていることなど全く知らなかった。WATCHコマンドで呼び出してみて初めて分かった。そこまで準備出来ているならばログをとることも図示化することもそれほど遠くないと初めて分かった。

少し寒気が緩むようで、氷点を超える。それでも必要なのは冷凍庫だけでなく氷点下のバルコンの温度なので、必要なドライヴァーと修正してあるプログラムに拘らなければいけない。修正してある最新のものを組み合わせてシステムを完成するには知らないことを少しは学ばなければいけないのだ。GPS時計のログを読み込むプログラムを書きたいと思うのだがさてどれぐらい慣れが必要だろうか。



参照:
氷点下の峠を攻める 2016-12-03 | アウトドーア・環境
愛おしくて、侮れない 2016-08-23 | ワイン
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# by pfaelzerwein | 2016-12-08 23:36 | | Trackback

プロテスタンティズムの焦燥

昨日車中で聞いたラディオからである。リベラルな文化波からの内容で、若いドイツ青年がアフリカの援助で得た体験を語っている。アフリカと書いたが車中のことなので滞在地などは聞いていなかった。それでも重要なことは、青年も最初はパシフィズムの武器を持たない援助というものを想像していたようだが、現在の彼は「そのような考え方は冷戦時代のそれで、イスラム国などの現在武器を持たない活動はあり得ない」としている。

この発言で気が付いたのは先日訪日中に早稲田で講演して「日本は武器を持って責任を果たすとき」と提案したガウク独大統領の発言と通じるところがあるからだ。要するに日本で未だに隠れ蓑とされている九条と言われるパシフィズムに対する批判として認知することが可能である。勿論このラディオ番組の南ドイツ放送局の制作者は日本の九条信仰についても認識があるに違いない。

もう少し身近な問題として、フライブルクでの連続婦女殺人事件騒動から、町中の武器が売り切れたという話がある。婦女子にしてみれば何らかの防御武器を身につけなければ安心して外出できないとするのは当然だろうと確か上の番組の直前に話されていたと思う。

軍事力を使った治安維持と、日常の自己防衛手段とは異なるが、合衆国などの銃の所持問題などとも共通する思考もそこにはある。前記の青年が現場の感覚からそのように考えるようになったことも充分に理解もするのだが、一方では現実的な対応としての限界を感じてしまうのは当然ではなかろうか。

ここで注目しなければならないのは、ある意味特殊な信仰でもあるパシフィズムに対するこうした公な批判の声が大きくなってきていることであろう。ある意味、今までは真面な批判と対象とならなかったそれが議論の対象になってきているということかもしれない。そしてこうした動きの一方にはプロテスタンティズムを掲げる大統領や首相がいて、その政策こそが現実離れした理想主義から難民政策などが大きな問題となっていて、自己正当化しなければいけないという批判の矛先に立っているということだろう。

このブログのタイトルにあるように、関心を寄せてそのプロテスタンティズムを観察しているが、前教皇のカトリックの時世に続いて、ここでも国民の意識がそうしたプリテスタンティズム少しづつ乖離して行っていると肌で感じるのは私だけだろうか?

LINUXシナモンの最初の調整は一通り終えた。SAMBAは最小の形で、WIN8とファイル交換するように設置した。新しくSMB.CONFを書き込んだので勉強になった。再び遠隔操作の設定も、前回問題になったXfceを使わなくてもTIGHTVNCをインストールするだけでXrdpとして使えることが分かったので助かった。YOUTUBEの説明はMINT17に対してであって、MINT18はその点で改良されているのだろう。右クリックで打ち込みが出来、終了や再起動などもSHUTDOWNやREBOOTコマンドで可能なので全く問題なく遠隔操作が出来そうである。

久しぶりに今度は本格的にWiFi温度計が使いたい時期であり、再びラズペリーパイの方に戻ろうかと思う。こうして行ったり来たりしているうちに少しはLINUXの腕が上がるのではないだろうか。



参照:
違和感が消えるときは 2016-11-20 | 雑感
婦女暴行殺人事件の容疑者 2016-12-06 | 雑感
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# by pfaelzerwein | 2016-12-07 17:19 | マスメディア批評 | Trackback

婦女暴行殺人事件の容疑者

フライブルクでの婦女暴行殺人事件の容疑者が逮捕された。二件の連続殺人がこれで解決するかもしれない。容疑者はアフガニスタンから2015年に親無しで入国した17歳の少年である。フライブルクでは600人ほどの同じような未成年難民を受け入れている。コンサートホールから線路を挟んだ教会公園では300件以上の事件が起きている。恐喝や泥棒などの青少年犯罪で、ケルンで起きた事件よりも以前から問題になっていたというのである。そこに今回EU官僚の娘でプフォルツハイム周辺から来ている医学生が強姦され、トライザムの川に投げ棄てられたことから、またそれ以前に近郊の女性がジョギング中に襲われて死体として発見されていることから市民の恐怖を煽ったということだ。

フライブルクをよく知っている者ならあり得ない事件と感じる。だから女学生が自転車でサッカースタディオの横を通って夜中二時に学生パーティーの後で自宅に向かう途中襲われたと知って興味を持った。なるほ自動車専用道に近い川沿いであり人気の少なさを考えると危ないと思うが、犯人もそれを知っての犯行だったのだろう。なるほどコンサートホールの周りはおかしな連中が屯していた筈だ。

シナモンLinuxの整備は徐々に進んでいる。先日の遠隔操作のインストールのためかシナモンの操作システムが消えてしまったので再インストールした。驚くべきことに短い時間で完全再インストールが可能となった。ネットを使わない再インストールでとても早い。

未だに解決していないのがSAMBAサーバーのセッティングである。先ずはその過程で気が付いたプリンターのインストールを試してみる。プリンターは必要ないのだがプリンターも動かせずにSAMBAでもないと思って設定する。これが中々面倒で、手っ取り早く機能しているもう一つのSUSEの設定を真似して行う。要するにルーター経由でプリンターにもIPアドレスが割り振られているので、そこに直接アクセスしただけでは動かないのだ。設定の形としてはそのアドレス付きとしなければいかないようで、マニュアルでこれを設定する自信はない。データーベースのドライヴァーを使って一度設定してしまえば思う通りに動かせるのだが、そこまでが複雑である。だからこのシナモンの良いところはマニュアルの設定と所謂GUIと呼ばれるグラフィック上での設定を交互に適宜使い分けが容易なところだろうか。WIN10以後をウインドーズを断念する決断をつけやすいOSである。

そして今度はスーゼの時のようにネット環境が不安定になったので、再び先日のハッカー攻撃かなとも不安になった。そこでdhclient -rでIPアドレスを解除して、同じように再取得して解決したので一安心。これはとても助かる、このコマンドがなければルーターを少々操作したぐらいでは難しい。そこで新しいIPアドレスでアップデートをする。

序にベットに向かう前に再びCHROMIUMをインストールした。同時に設定完了していなかったスーゼのこれを設定する。先日から調べていたクロームのルーター設定chrome://flags/#media-routerを外してやることで、キャスト転送可能となった。同じように今度は新しくインストールしたCHROMIUMで問題なくキャスト可能となった。64BitのPCならば最新のクロームブラウザが使えるのだが、32Bit機ではこの方法がよい。これでスピーカーなどを付けずに音を飛ばすことが出来るのでデスクトップの機動性が大きく高まった。IPアドレスを固定していなかったので、これを固定してここまで完成。



参照:
触る程度では必ずしも 2016-01-13 | 雑感
抑制不能の衝動の確信 2015-01-09 | アウトドーア・環境
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# by pfaelzerwein | 2016-12-06 23:32 | 雑感 | Trackback

持続力を鍛えていくと

d0127795_2218137.jpg
フランスで先日来話題になっていた写真家デーヴィッド・ハミルトンが自殺していたとあった。もしそれが80年代のことだったら世界のトップニュースになっていたに違いない。数日経ってから、折からの展示会中にパリの自宅で26日に死んで見つかったというのである。フランス公共放送の元人気司会者が12歳の時に暴行をはたらいたと公になって、それに反論してからから直ぐのことだった。ビニール袋を被って飲酒して風呂桶で見つかったという。

我々はどうしても同じようなスキャンダルの有名人として、なぜかここでもユダヤ系の「戦場のピアニスト」の映画監督ローマン・ポランスキーが思い浮かぶ。スイスのグシュタートで隠遁生活を余儀なくされたことを思い出す。理由は知らないが、上の写真家の場合はこの間に半生を過ごしたのコートダジュールから寒いパリに移って来ていたようだ。

前者の場合は趣味と実益を兼ねた仕事であったという訳だが、その写真家としての仕事とは異なって、当時でもローティーンの少女に暴行するのは罪であり、それを親や兄弟が金を貰って付き添ってくるというの間違いなく犯罪である。実際、今回の一連の経緯は担当大臣も言及したようなそのような犯罪事実があったことを傍証していることになるなのだろう。

子供の時からモデルとしてそこで仕事をしていたドイツ女優アンニャ・シュッテなどは、18歳の時に写真家から「おばあちゃん」と言われたと語っているようだ。そもそも彼女はこの写真家の好みのタイプである狐目のバムビのような女性ではなく、ドイツ人タイプの骨格なので、何事も問題がなかったようである。写真を撮るのにそこまでの熱意がなければいけないのかどうかは分からないのだが、なるほど自作映画作品の中で「モデルにする女の子を全て愛するらしいよ」という台詞を語らせており、またFAZの取材のジャーナリストが「いつも貼らせて頂いてました」と言うと、「君たちはポスターを持っていて、僕は女の子たちだ。」と答えたとある。

またまた自己記録更新である。14分35秒は21日の記録を13秒縮めている。上りも相変わらず足が滑ってどうしようもなかった。それでも7分で登れてしまうのは自信が付く。氷点下で週末よりは気温は高いが、湿気が高く、白く霜が付きっぱなしである。パンツを脱ぐには勇気が要ったが、準備体操中に少し温まる。それでも最後まで、ちびって来ているプロフィールの爪先が強く当たり冷えて来る。地面の温度が違うようだ。それでも足が動くのも柔軟体操のお陰である。ちょっとスキーの感じを感じられて嬉しいほどの地面からのショックの戻りがある。

今回の速さは、林道に入って数秒もしないうちに時速10㎞に至るほどその前から加速していたことで、最高速度も13㎞手前まで至っていて、最後まで持続可能だったことでの成果だ。マラソンの時速20㎞は不可能であるがもう少し時速15㎞ほどまで林道で走れるようになると、登りでも10㎞に至ることが可能ではないかと思うようになってきた。降りでも継続して負荷を掛けることで、心肺能力が高まってきており、同時に走れる足が出来てきていることから微かながら可能性が湧いてきた。これが高速ルートを走る目的である。

体重は70㎏を維持していて減量の可能性がないのだが、パンツのお尻がゆったりしてきていて、尻の肉が締まってきているようだ。意外に美容上の効果が出そうである。尻の大きさは構わないのだが、締まってくると腰から上が締まってくるような感じで姿勢が良くなりそうだからである。次に購入するジーンズが楽しみになる。腹や脇腹以上に締めるのが難しそうなところである。



参照:
これもヤリ手婆の腕捌き 2016-11-24 | 女
暈けた写真を撮ってみる 2014-12-16 | 雑感
公共放送の義務と主張 2005-12-24 | マスメディア批評
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# by pfaelzerwein | 2016-12-05 22:18 | アウトドーア・環境 | Trackback

楽譜が読めたならの持続力

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ショスタコーヴィッチ作曲「マクベス夫人」上演での覚書。その二幕五場への間奏曲「パッサカリア」へと、これまた神父のシニカルな看取りの歌から続く。それが、その前には毒殺される御舅のソロヴァイオリンに伴われるご臨終の言いぐさと、犯人のお嫁さんのとってつけたような泣き女風の歌へから導かれる。そしてパッサカリア主題を持った間奏曲での四分の三拍子の付点八分音符十六分連符の繰り返される音型が、和声的にもクライマックスを迎えて、今度は三拍目へと十六分音符からスラーを掛けられる情景へとこの音型が導く。恐らくもっともこの作曲家が奏でた輝かしい響きとともに、局面が移っている。

劇では性から死へと推移であるのが常ではあるが、ここでは劇の最終局面を先行した死から性へと、ここにこの音楽劇表現が凝縮している。ここでは夫人の欲望に、一幕の夢心地の性への憧憬の三拍子の情欲を想起させて睦の第五場となり、先ほど毒茸のスープで毒殺した姑の亡霊が表れる。この間の音楽的な途轍もない持続力は、この創作の演奏実践で恐らく今まで聞かれたことのないものだと想像する。

そのパッサカリアの間奏曲の澄んだ和声から、情欲のシンコペーション動機の相似としてのスラーの音型が発展してフォルテッシシモに再び至る音楽運びの鮮やかさにショスタコーヴィッチの作曲の才気の全てを聞き取れるのではなかろうか - 一般的に聞かれる一幕におけるエクスタシーへの音楽と果てるトロンボーンのようなグロテスクな表現は、ここでは舞台と同じく、暗示に留まり全く強調されない。なぜならばそこに大きな意味はないからである。強いて言えば、包茎の指揮者のような早漏ではありえない持続力であるということだ。

少なくとも今回のように正しく演奏される限りにおいては、殆んどジョン・ウイリアムスの映画音楽になるようなキッチュな音楽表現はここには見出されない。それどころか、その響きの微細さにおいてオペラの歴史の中でも類稀な持続と表現がなされていて、なるほど第一交響曲で世界的に注目された作曲家であるが、このまま劇音楽創作活動が続いていたならば舞台作品で同僚のベンジャミン・ブリテンを軽く超えていたことは間違いなかっただろう。

こうした音楽表現だけでなくて、若干筋運びなどは凝縮され過ぎている感もあるが、これ程緊張感が継続するような音楽劇作品があっただろうかと思わせる。歌わないときにも出ずっぱりの主役の夫人役のアンニャ・カムぺの歌もロシア語の響きを除いては見事で、その演技指導の細やかさとともに芝居的な緊張感も与えていた。

もう一つ面白いのは、そのパッサカリアの最後は手元の楽譜では上記連符の繰り返しはチェロによって弾かれているがどうもオリジナルはファゴットのようで、モーツァルトの「魔笛」ではないがまさしく男根をイメージさせる楽器が去勢されているようだ。今回演奏に使われたのは批判的な校正の最新の初演版のようだが、出版社の実力からして、それがどれほどのものかは分からない。それでも、依然としてその楽譜の読み方を見なければいけない。例えば件の三拍子のそれがロシアのリズムにおいて、ヴィーンのそれとはまったく異なって読み取られるときにも、通常のリズム感覚では決して読み取ることが出来ないことになっている。今回のような譜の読み方を見せられると、一体ソヴィエトで教育を受けたとか何とか言っている超一流指揮者と呼ばれるような人々も全く楽譜が読めない人々となってしまう。



参照:
氷点下の峠を攻める 2016-12-03 | アウトドーア・環境
割礼禁止の判決下る 2012-06-28 | 歴史・時事
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# by pfaelzerwein | 2016-12-04 19:26 | | Trackback

氷点下の峠を攻める

d0127795_22405452.jpg
日曜日にはミュンヘンからの中継がある。一週間で生で三回聞くことになるので、まだ暫くはショスタコーヴィッチ作曲「マクベス夫人」に取り組むことになる。劇場の駐車場に入れるのを遅らせたので駐車場料金は17ユーロにしかならなかった。これだけでの差額でダルマイールの何かが買える。少なくとも私は食事前にサラダが付けれた。

時間もあったために食事と買い物だけでなくてワイン棚なども覗いた。ドイツ・オーストリワインコーナでは。一番上にロベルト・ヴァイルの2005年物のアウスレーゼなどが置いてあった。なるほどこうしたところであの手のワインは売れるのだと分かった。それ以外はモーゼルワインが多く、フリッツ・ハークなどがあり、最上段はエゴンミュラーだったと思う。古いフォンブールなども置いてあってバイエルンとの繋がりを感じさせるが、プファルツはあまりなかった。

小旅行の疲れは癒せたかもしれない。それでも体を動かすまではしゃっきりとしない。数時間の乗車と寝不足は体調を崩す。歯茎が腫れ、反対側の鼻も腫れ気味になる。全ては抜歯後の後遺症であ親不知を抜くと大変なので、早めに健康なうちに抜歯してしまうという考え方が理解できる。それでも健康なうちに抜歯したじゃらと言って全く後遺症が残らないのだろうか、疑問である。

外気温は氷点下を大きく下回り、霜を避けるためにも朝寝してパン屋に行く。日曜日もあることであり、走るべきかそれが問題なのである。序に短いコースを走っても良いぐらいの気持ちで出かける。流石に冷えていて、駐車場には一台しか車が停まっていなかった。

思い切ってパンツを脱いで、手袋をはめる。時間をおいたので少しは暖かくなっているが依然氷点下を二度以上下回っている。ゆっくりと靴紐を締めていると車がやってきた。柔軟体操をしているうちの少しづつ体が温まってきて、これならば峠を攻めれると思った。何よりもそれで明日をお休みに出来るのが嬉しい。放射冷却でもそれほど体の硬さを感じることなくスタートした。

温もりを感じるうちに呼吸も激しくなるが、極めて順調なゆっくりとした足取りだ。20分で峠に達成できれば良いと考えて、最初の坂を力強く走り抜けそのあともテムポを守りながら加速する感じで走る。あとで調べてみるとその後に減速していて、逆コースの下りで加速するところでもある。要するに気が付かないほどの勾配になっているのだろう。さらに減速して粘るが、テムポを落とさないことに留意する。加速気味に長い坂を終えて、水平道で再び加速をして峠まで粘った。気持ちからすると攻めているので、坂に負けない走りが必要そうだ。時計を見ると19分2秒だった。出だしの状況からすると満足な数字で、記録達成が可能な到達時間となっている。

峠で減速することなく呼吸を強くして加速態勢に切り替え、時速8キロから一分ほどかけて時速10キロへと至る。その後は三件ほどの人とすれ違うが殆んどスピードを維持している。あの路面状況では可成りのスピードである。ラストは時速11キロまで上げて、自己最高記録30分32秒と、11月8日、22日の31分5秒を大きく縮めた。上りと下りのバランスが取れた。あと32秒縮めるのは容易ではない。少なくとも路面状況が好転しないと難しい。上りでの短縮可能性も午後に20秒ぐらいか?



参照:
ポルノオペラは御免だ 2016-11-22 | 音
代表的音楽家や演出家 2016-11-08 | 雑感
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# by pfaelzerwein | 2016-12-03 22:41 | アウトドーア・環境 | Trackback

軽く回り過ぎるエンジン

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草臥れた、ミュンヘンからの帰宅すると二時を過ぎていた。勿論午前中は仕事にならない。眠たいのだ。帰路はスピードを出し過ぎて、往路でいつもよりも倹約した筈が、いつもよりも燃料を使い過ぎたようだ。エンジンオイルを入れ直したところなのでエンジンが軽く回り過ぎてついつい加速してしまい。冬タイヤの速度リミッター210㎞が効き続けた。週末よりもなぜか車も少なく走り易かった。理由は平日の時間帯で、深夜になると仮眠して翌日に備えるトラックが多いからだろう。週末になると行楽や長距離が前後に多く走るからだろう。

行きも帰りも路上状況も乾いていて、工事現場も二か所しかなかったので走り良かったのだが、帰りにはひやっとすることもあった。二列に並走しているトラックに突っ込むときに三車線目を追い抜く車を行かせてから追い越し車線に出ようとすると、前のトラックを避けるために踏んだブレーキとハンドル捌きが微妙に重なった。車体のバランスが崩れた。要するに回避のハンドル捌きなのだがスピードが出過ぎていたのだろう。カウンター気味のハンドルでバランスをとって何事もなかったが、目が覚めた。

帰路にスピードを出すのも心理的に帰宅を急ぐだけでなくて、やはり二時過ぎなどの危ない時刻に走りたくないからで、居眠り運転を避けたい気持ちもあるからだ。少々燃料代が掛かってもスピードを出して居眠り運転事故を避けれれば安いことだ。

往路には念願の原発の写真を撮れた。ドナウ河畔のグンデレミンゲンの沸騰水型の水蒸気塔である。現在稼働中の八基の二基である。それぞれまだ五年、十一年と動き続ける。もしここで放射能漏れが起きると、川下のニュルンベルクや風下のアウグスブルクなどが危ない。早めに止めてもらう方が安心である。

今回は開演が19時30分と遅く、終演が22時45分と遅かった。そこで昼前にゆっくりと出かけた。夕方に駐車場入りして、駐車料金を倹約する気持ちもあった。だからいつものサーヴィスエリアで一時間ほどバイエルン放送を流しながら陽射しの強い車中で横になっていた。ドレスデンでブッフビンダーがモーツァルトの協奏曲を弾き振りしている実況録音が流れていた。なるほどピアノは技術的にはしっかりと弾いているが、そのピアノもオーケストラも下手だった。こうした演奏ならば名演奏の録音を流していた方が価値があるだろう。座付き管弦楽団もこの程度の演奏をしているようではヴィーンのその域にも至らない。

その前にバイエルンに入るまではSWRで、スズキがマインツの音楽学校でワークショップを行っていて、そのインタヴューや音などが流れていた。鈴木氏は、「グラーブという言葉の低さ」などについて語っていたが、全くその内容がないので、あの放送を聞いた人は皆、あれでは駄目だと思っただろう。何処で習ったのかは知らないがドイツ語を喋るのは良いが、音楽的な内容がないことを喋っているのでは仕方がない。内容がないことを語るぐらいならば音楽家はあまりペラペラ喋らない方が良い。プロテスタント教徒の特徴だろうか?

車中ではそれ以前に単語の問題から、「弁証法」について久しぶりに考えていた。十年ほど前にここで書いたことを見るとそのような難しいことが沢山出てくるのだが、そうした言葉すら最近は日本語では浮かばなくなっているのに気が付く。日本語が浮かばないときは、その概念を辿ってみるのだが、中国語のそれにあたる概念が浮かんでこない。痴呆症かと思うぐらいなのだが、一つにはランニングして体動かしているような生活をするとそうしたことへの思考が鈍るようである。要するに専門外への意識が薄れるということなのだろうか?スポーツ痴呆症で、なるほどなと思う身近な人たちが直ぐに思い浮かぶ。

どうもそれはハイデルベルクの脳の専門家が話していた。若いころの教育やその他が痴呆症などの発生に深く係っていて、ここでいう専門的なことでの教育や教養などということらしい。どうしても平常から繰り返し扱っていないような物事は脳が受け付けなくなるような状況になることが老人性痴呆症の一種なのかもしれない。



参照:
花冷えにPWRの白い天蓋 2015-04-04 | 暦
経済的に降臨するミュンヘン 2015-05-26 | 暦
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# by pfaelzerwein | 2016-12-02 21:16 | 雑感 | Trackback

索引 2016年11月


気に入りだしたシナモン 2016-11-30 | テクニック
初日の放送で何を聞くか 2016-11-28 | 文化一般
出遅れた朝の記録 2016-11-27 | アウトドーア・環境
単純なアフリカの風合い 2016-11-26 | テクニック
不法移民、強制退去の祖父 2016-11-25 | 歴史・時事
これもヤリ手婆の腕捌き 2016-11-24 | 女
a knif and an apple 2016-11-23 | 暦
ポルノオペラは御免だ 2016-11-22 | 音
DNSサーヴァーを調べる 2016-11-21 | テクニック
違和感が消えるときは 2016-11-20 | 雑感
いよいよ本丸か 2016-11-18 | 料理
「誇りを取り戻そう」の戯け 2016-11-19 | 文学・思想
「天才ソコロフ」の響き 2016-11-17 | 音
パリ北部で排除される人々 2016-11-16 | マスメディア批評
超満月とは之如何に? 2016-11-15 | 暦
アーカイヴはお得 2016-11-14 | 雑感
録音の準備の週末 2016-11-13 | 生活
HDDが故障して一週間 2016-11-12 | テクニック
大統領選出後の喧騒 2016-11-11 | 歴史・時事
結構長いWIN8.1への道 2016-11-10 | テクニック
トラムプ、合衆国の民主主義 2016-11-09 | 歴史・時事 TB0,COM2
代表的音楽家や演出家 2016-11-08 | 雑感
弄り時の我がノートブック 2016-11-07 | テクニック TB0,COM2
走り抜ける黄金の森 2016-11-06 | ワイン
メードインチャイナの魅力 2016-11-05 | 歴史・時事
TTIP阻止も独緑の党か 2016-11-04 | 雑感
筋肉が焼けそうな睡眠 2016-11-03 | 生活
ハロウィーン明けの膝 2016-11-02 | 暦 TB0,COM2
あまり機能的ではない展開 2016-11-01 | 文化一般

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# by pfaelzerwein | 2016-11-30 23:59 | INDEX | Trackback

ボットネット「未来」の攻撃

この度の四千万を超えるルーターを襲ったのは「アンナ先輩」の作ったボットネット「未来」からの犯人だと分かった。これで狙われたのは独テレコムのルーター経由でポート7547に繋がるグリッド電化製品となる。それは世界で4000万機あるとFAZは検索機「ショーダン」を使って調べて報告していて、ドイツ国内だけでも310万機存在するという。7545など使ったことがないと思うので、調べてみるとLAN外から遠隔操作をする為のポートらしい。

LAN内での遠隔操作は無くてはならない機能になっていて、今これも陽射しがあるうちに事務机のデジタルモニターを利用してドッキングステーションを遠隔操作をしながら書いている。しかし外からの遠隔操作には否定的で、今回のようなことが起こらなくてもどうしようもない弱点だと考えているからである。遅かれ早かれ発生すると考えていた今回の事件を受けてルーターの安全基準などが押し上げられて十分な処置がとられたなら考えても良い。LAN内の暗号化の問題などもこの数日間で扱っていた課題であり、複雑な安全処置と扱い易さをどのように両立させられるかが問題になるのだろうか。

昨晩車中でのラディオの討論会は興味深かった。それによれば「街の光を制限して暗い社会に変えることが明るい世界に結びつく」ということらしい。要するに明るくすることで、特に家庭では良いのは衛生面だけで、それ以外は睡眠障害やその他数多くの弊害があるだけで良いことがないらしい。それ以外の市街地でのそれは商業主義的な観点で明るくすることだけが目されていて、アジアを代表とするような不夜城が出現することになる。だからシヨーウィンドーなどでも明るさ規制をしない限りは制限が出来ないということであった。広告塔も街路灯も暗くして、夜間はあまり外出しないような世界像であり、嘗ての共産主義政権下における不自由さを排除可能な社会が理想であろう。夜が明るい限り文化は生まれないと思う。夜を暗くすることだけで人々の生活や創造力は、文化的だけでなく社会学的、生物学にどれだけ進歩することだろうか。衛生面も明るい時間に掃除するだけで十分だろう。そうした社会を作ることが我々の目標である。十代の時から日本の蛍光灯の非文化的な色合いに苦情してきた自分自身としては我が意を得た気持ちになった。だから先頃国民投票で維持が決まったスイスに原発などは要らない。チューリッヒはまだまだ明る過ぎる。

またまた沢往復で記録が出た。前回までの記録22分39秒を5秒間短縮した。往路も10分40秒ほどで12分で2㎞走行を超えているから悪くはない。その後に減速どころか加速して、坂も折り返し前ほどに落ちておらずラストスパートは最高速度に迫っている。復路で二組の夫婦に出会ったのが減速にブレーキをかけたようだ。零下の外気温でも手袋をしてパンツを脱ぎ棄てて走り出しただけの甲斐があった。往路の最後でお辞儀をしてしまったが、復路で最高速度を出せた意味は大きいだろう。折り返しまでの上り勾配は横から見るとそれほどではないのだが、復路の加速を観れば如何に傾斜があるかが分かる。もう少し地形の特徴を読み込んで走りに活かせれば22分割れも見えて来る。それでもゴールした時には人から声を掛けれれるほどハーハーしていた。この気温では汗をびっしょりとは掻かなかった。



参照:
経験のトロイの馬 2016-10-27 | 雑感
「天才ソコロフ」の響き 2016-11-17 | 音
気に入りだしたシナモン 2016-11-30 | テクニック
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# by pfaelzerwein | 2016-11-30 23:52 | テクニック | Trackback