高熱に魘されて計画する

完全な風邪ひきである。ここ暫く熱を出すことはなかったが、今回は喉の痛みから倒れるようになってしまった。高熱が二日ほど続いた。昼間も熱は下がらなかったが、普通の生活は可能だった。但し、能力は三分の一以下だろう。なんとか買い物には出かけられたが、見ず知らずの人が顔を覗き込むところを見ると足元がふらふらしていたのだろう。

寝つきが悪いと解熱剤などを飲もうかと思うが、飲んでしまうと体調が分からなくなって、その後の運動能力に問題が出そうなので敢えて飲まなかった。起きていれるほどなので高熱とは言っても摂氏40度とかの高熱ではなくて、精々38度ぐらいだったろうからそれほどの危険性はないと考えた。

熱に魘され乍らスキー靴の調整修正のことを次のスキーツアーの為に計画していた。スキー靴を調整するためにはオーストリアのインスブルックからブレンナー峠の方に向かった村の靴屋に出かけなければいけない。先代から甥が継いでからはそれほど拘らなくても良いのだが、2014年12月にそこで作ってから初めての調整なのでそこに行くしかなかった。勿論500㎞も離れた場所に出かけるのであるから、ほかの用事と組合さなければ意味が無い。そこでミュンヘンのオペラの予定を見る。残念ながら見つからなかった。

これは難しいかなと考えていたらラストミニッツでキルリ・ペトレンコ指揮「ばらの騎士」が入手できることになったので、靴マイスターと連絡を取った。残念ながらミュンヘンでの世界一のスポーツ見本市ISPOに出かけるために都合が合わなかった。そこで期待せずにいたら他の日の上演の券が入手できた。そこで新たにアポントメントをとった。最近は宿もネットで探せるのでこうした計画変更が容易になった。

最初の計画ではミュンヘンのアウトバーンを下りたところで一泊39ユーロで安かったので、オペラが引けたあとビ―ルでも呑んで、そこに泊まってから翌朝朝食抜きでブレンナーを目指して、9時頃に工房に入る予定だった。しかしその価格のオファーが無くなったので、翌日の朝の混雑を考えて宿泊場所を探した。高速道路経由でミュンヘンの向こう側に朝食抜きで45ユーロの部屋が見つかった。評判も良くダブルをシングルで使えるのだが、残念ながら滞在時間は短い。

立見席12.50ユーロ、初日の自宅から宿への走行距離が395㎞にそこからオペラ座への往復66㎞、翌日は宿から工房まで189㎞に工房から自宅まで474㎞である。オーストリアの通行税を払うので9ユーロほど加算される。

来年の復活祭にミュンヘンの劇場アンサムブルがニューヨークデビューするとあったので調べてみると、ユリア・フィッシャーとのブラームスのドッペルコンツェルトとマンフレット交響曲の一晩、次の晩には「ばらの騎士」のコンサートとなっている。来年のバーデンバーデンにはムーテー指揮の「オテロ」が企画されたとか読んだが、それは実現しなかったようなので、どうなるのだろうか?

序が無ければ古いユルゲン・ローゼ、オットー・シェンク演出のカルロス・クライバー指揮で有名なそれに出かけることはなかったと思うが、どうせ舞台も完全に見えない席であり、音だけでも聞いて判断は可能であろう。ベルリン時代からポピュラーな演目でありペトレンコ指揮レパートリーとして定着している演目でもあるようだが ― 逆に言うとこの指揮者が振る新制作は当分無いということであるかもしれない ―、今回も来年も人気プリマドンナのアニヤ・ヘルテロスが歌わないことなども興味をそそるところである ― どうみてもあのおばさんが物分かりが良いとは誰も思わないからである。

2014年12月に靴屋の帰りに寄ったミュンヘンでも「影の無い女」を聞いていたので、日程は前後逆になっているが今回もほぼ同じような感じでなにかは聞いてこれるのではないかなと楽しみにしている。何よりも宿も近いことであり、あとはこの機会にオペラが引けてから朝食の分も含めて飲み食いしてくることぐらいか。



参照;
日本社会の文化的後進性 2013-02-21 | マスメディア批評
つまらないには短過ぎる人生 2012-03-19 | 雑感
竹取物語の近代的な読解 2014-12-31 | 文化一般
インタヴュー、時間の無駄五 2016-08-07 | 文化一般
伯林の薔薇への期待の相違 2015-03-29 | 音
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# by pfaelzerwein | 2017-02-02 23:22 | 生活 | Trackback

喉を鳴らし書類を置く

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一週間ぶりに身体を動かした。アイスクライミングを逃したこともあるが、やはり疲れもあったのかもしれない。久しぶりに走ると体が重かった。風邪気味で喉が痛み、咳が出ることからも体調充分ではないのだが、その足取りはとても重かった。計測でも知れるが、とても厳しかった。それでも身体を動かすと体調も分かってよい。

走ると今まで感じたことが無いように左の足のくるぶしまでに違和感があった。普段の生活では分からないのだが、爪先立ちで坂を走ると足首から下の違和感を感じたのだ。スキーで捻りなどの運動があって無理が掛かっていたのだろう。次回のスキーツアーに備えてとても良い情報になった。

注文した荷物が届いたので、早速新しい電球を取り付ける。陽は長くなってきたがそれでも冬場のライトは安全上とても大切である。一緒に発注した書類入れは予想通り良かった。流石に事務用品のトップメーカーライツが、恐らく敵対会社を吸収して出した商品だけのことはある。以前から使っていたものからすると何ミリが高くなっていて、重ねても手が入りやすいので使い易い。新しいものを事務机の横に置き、古いものを籠もり部屋に設置しよう。

予想外に良い買い物になったようなのが二枚組のCDである。ワーナーのヴェリタス廉価シリーズなのでてっきりヴァージン録音だと思ったがERATOとWDRの共同制作のようだ。ブクステーデ作曲カンタータ集であるが、これまた想定外にトン・コープマンが至極真面目に音楽をしているようだ。録音自体は1980年代なのだが ― 遠いマイクロフォンでハノーヴァーの北の村の冬の教会の空気がそのまま捉えられていて、あれだけのアンサムブルをこうしたおちょくった方法で敢えて録っている、先頃の記念年には全集録音に取り組んだだけバッハの憧れの作曲家の作品にとても打ち込んでいるようだ。恐らく、バッハのそれ以上に共感するものが多いのだろう。

ドイツのプロテスタンティズムバロックは、バッハファミリーを含めてセバスチャンの前には、嘆きの音程を代表とするような嘆き節に尽きるのだが、この演奏録音では少年合唱を含めてそこが上手に洗練されて表現されていて、恐らくそこがセバスチャンが徒歩旅行でもそれを聞きに行かなければならなかったブクステーデの豊かな音楽性の面目躍如なのだろう。

今回の山小屋で一番良かったのはジャグジーを無料で使えたことであるが、問題があったのは備え付けのサンダルを裸足で履かなければいけなかったことだ。勿論水虫が怖い。帰宅後むずむずして痒さがあったので早速風呂に浸かる前に食用米酢に足を浸けた。それで痒みは止まったので先ずは大丈夫だと思うがもう一度違和感があった繰り返さないといけない。米酢は捨てるほどあるので困らないのだが、冷たい酢で足が凍りそうになった。

カンジタの被害は過去に何度かあって、一番最後は小水に糖が混じって危険域にあったときであるから、十五年ほど前になる。それ以外にはやすやすと裸足で歩き回るようなこともないので被害を被らずにやってきている。歯茎が腫れることなどから免疫力が弱っているので注意しなければいけない。

引き続き喉がガサガサしている。雪山にいる間は歯茎の腫れなどは感じることが全く無かったのだが、帰宅すると午後などには腫れぼったくなることがある。やはり生活習慣とか社会でのストレスなどの影響が大きいのかもしれない。雪山で歯がぐらぐらするようなことが無かっただけでも幸福だろうか。微熱がありそうなので、精をつけてゆっくりと睡眠しようと思うが、中々忙しくて儘ならない。



参照:
まだまだインドーアライフ 2016-03-31 | 生活
不法移民、強制退去の祖父 2016-11-25 | 歴史・時事
笑止千万な旧姓に拘る人々 2014-10-15 | マスメディア批評
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# by pfaelzerwein | 2017-02-01 02:49 | 雑感 | Trackback

索引 2017年1月


春も恋しい、寒の緩み 2017-01-31 | 生活
とても魅力的な管弦楽 2017-01-30 | 音
フクシマ前消費の半分へ 2017-01-29 | アウトドーア・環境
エネルギー切れの十四時間 2017-01-28 | アウトドーア・環境
マエストロ・ムーティに再会 2017-01-27 | 音
パンの美味さは健康の味 2017-01-26 | 生活 TB0,COM2
指向性が良くなるアンテナ 2017-01-24 | 雑感
地方の音楽会の集客状況 2017-01-23 | 文化一般
生涯日本滞在時間比率 2017-01-22 | 雑感
復活祭音楽祭の記録 2017-01-21 | 文化一般
スキーツアーの寒冷対策 2017-01-20 | ワイン
核が耐えられなくなる寒気 2017-01-19 | アウトドーア・環境
二週間ぶりのサクサク感 2017-01-18 | 生活
電話ケーブルの再敷設 2017-01-17 | テクニック
エルブの容赦無い音響 2017-01-16 | 音
ドイツ製ゴーグルの対照性 2017-01-15 | アウトドーア・環境
ピエール・ブーレーズの家構想 2017-01-14 | 文化一般
ヘアースタイルフェティシズム 2017-01-13 | 女
腰痛日誌六日目、圧迫感 2017-01-12 | 雑感
腰痛日誌五日目、柔軟 2017-01-11 | 生活 TB0,COM2
腰痛日誌四日目、回復 2017-01-10 | 雑感
腰痛日誌三日目、希望 2017-01-09 | 生活
腰痛日誌二日目、買物 2017-01-08 | 生活
腰が痛くて熟睡できず 2017-01-07 | 生活
年末年始ワインと初買い 2017-01-06 | ワイン
試してよかった初滑り 2017-01-05 | アウトドーア・環境
清貧に準備する防寒 2017-01-04 | 生活
三世が見るトラムプ像 2017-01-03 | 歴史・時事
TV灯入れ式を取り止めた訳 2017-01-02 | 暦
厳冬の大晦日の過ごし方 2017-01-01 | 暦

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# by pfaelzerwein | 2017-01-31 06:35 | INDEX | Trackback

春も恋しい、寒の緩み

車の車幅灯が切れた。数日間寒いなかを路上駐車していたからだろうか。トランクに入れておいた水が翌日も凍っていたことからも寒さが知れた。電球が切れただけだったようなので、球を取り出してみようと思うが左側は特に手が入れ難い。不凍液のタンクが邪魔しているからだ。それに車幅灯と遠投ヘッドライトが二つ縦についていて、外からはどちらがどちらだったかも分からずに手を押し込むので更に煩わしい。結局両方を外して下側の車幅灯の電球を外して切れていることを確認した。

述べたように左側が面倒なので、右側と付け替えることで電球だけの問題であることを確認して、且つ電球交換を容易にしようと右側だけに不良を寄せる。序に外したヘッドライトも右側は最近交換しているので左側に新しい方を付け替えてと思って凍てつく中で作業する。そうこうしているうちに、左側のヘッドライトの古い電球が脱落してその中に落ちてしまって、ドライヴァーなどでは引き出せなくなった。異音もしないようなので、電球を諦めて右側を外して左側にリゾースを集中させて、右側二つの電球交換にしておく。

そうこうしているうちに、ラディオも点けっぱなしにしていたので、バッテーリ保護の警報が鳴りだした。寒いところで30分以上も頑張っていると体も冷え込むがバッテリーも冷え込んだようだ。仕方がないので、作業を終えてから、バイパスを通って家の周りを一周して戻って来る。

メーカーのマンハイム支店に行けば直ぐに手に入るのだが、都合も悪く、更に安いものを購入するならばネットでと思い検索する。車幅灯共々二つづつのセットで、各々5ユーロ、9ユーロで、二つも要らないのだが価格は変わらず燃料代を節約出来るので、送料無料の30ユーロに合わせるように品選びをする。それが中々緊急性などを勘案してもなかなかうまい買い物とはならない。週末に冷えが緩んだことであり、手元が汚れないように新たに襤褸を持ち出して、脱落した電球を探してみることにした。

懐中電灯を点けて観察する前に、懸案の不凍液のタンクを外せることに気が付いた。一度外したことがあったようだが忘れていたようだ。すると中が良く見えて、奥に入っていた電球を拾い出すことが出来た。その古い方を右側に付け直す。これで9ユーロの投資が要らなくなった。その分必要なものをアマゾンに発注可能となった。

掃除機の使い捨てゴミ袋と共に二枚組CDに加えて、プラスティックの書類置きを三つ購入した。重ねて使っていたのだが、下に落として割れてしまっていたので、籠もり部屋には書類置きがなかったのだ。籠もり部屋生活もあと二月ほどである。



参照:
ラムプが切れて冬支度 2016-10-07 | 暦
積極性が満ち満ちるとき 2015-09-28 | 生活
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# by pfaelzerwein | 2017-01-31 00:31 | 生活 | Trackback

とても魅力的な管弦楽

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承前)リカルド・ムーティ監督下でのシカゴ交響楽団の実力は?

二曲目のエルガー作曲「南国で」は、未知の作品であったが、その通りベルカントに歌う局面のみならず、音色豊かな木管類や金管の抑制の効いた響きがとても美しかった。この交響楽団からこれ程美しい響きを聞いたことはなかったので、なるほど楽団はこのマエストロにこれを期待したのは明白だった。なるほど大都市シカゴにおいて、エンターティメントとシリアスを、新世界と旧世界を、丁度良い具合にバランスをとった上質な音楽を提供するということではショルティーもバレンボイムでも叶わなかったことだ。エルガーの交響的な書法も余すことなく響かせながら、「威風堂々」の月並みやイタリア趣味のそれになってしまわない演奏実践はやはり見事としか思えない。実際に会場でもブラスバンドを期待していた向きも音楽を知っている向きも同じように反応していたことでもその効果のほどが良く知れた。

これを書きながら、フィラデルフィア管弦楽団監督時代に録音されたショスタコーヴィッチの五番交響曲のCDを流している。その響きはオーマンディ時代のグラマラスなそれを引き継いでいるものだろうが、実際ネーティヴなドイツ語を喋る先任の録音が典型的な所謂カラヤン世代のムーディーな音響にしか至らなかったことからすると、ムーティ―指揮演奏はその世代が異なるだけでなく充分に欧州風である。充分に音価をとって歌わせるようにテムポ設定してあるのも今現在と全く変わらないのであるが、それはそれなりに簡略して情報量を落とすようなことをしていない。オーマンディ―がその才能を見染めたのだった。

後半のムソルグスキー作曲の二曲からコルサコフ編曲「禿山の一夜」は唯一勉強していった作品で存分に聞き分けることが可能だった。先ずはリズムが全くなっていなかった。一カ所だけ、鐘が鳴って終結部への弱音器付きのヴァイオリンが出るところで、それに続く終結におけるソロクラリネットのmeno mosso, tranquilloを先取りするかのようにテムポを落としていた。それによって本来は印象的な筈の木管のソロがもたつくこととなっていた。なるほど音色の妙としては印象的だったのだが、益々ムソルグスキーの音楽の土着的な強さから離れる結果となっていた。エルブフィルハーモニーでのFAZ批評ではおしゃれなリムスキーコルサフ編曲と呼ばれた所以だ。

それは同じように次のラヴェル編曲「展覧会の絵」にも如実に表れていて、もはやムソルグスキーなどどちらでも良くて、フランスの新古典主義の管弦楽法の微細さを堪能するだけとなっていた。プロムナード主題も押しつけがましくなく、至ってバランスの取れた軽妙な音楽となっていて、名画を堪能するに尽きるのであった。久しぶりにラヴェルの管弦楽を生で聞いた思いであり、昨年聞いたフライブルクの「ラヴァルス」とは次元が異なった。なるほどこれだけ上質な音楽はこの交響楽団からもなかなか聞けないものだったかもしれない。こうなるとロシア音楽なんてどうでもよいとなる。

つまり芸術性と呼ばれるものでもあるが、マエストロがベルカントで魅力的に歌おうとなると同じようにテムポを落として歌うことになるのである。モーリス・ラヴェルの楽譜にそのようなロシア的な表記があるだろうか?楽譜を調べないまでも違和感を覚えた。アンコールのヴェルディ、そしてマエストロの若い時と全く変わらないキャラクターは、なるほど魅力的なもので、銭をとれる極上のエンターティメントであり、それなりの芸術的な愉悦もありヴェルディなどのオペラの楽譜への見識や批判的な解釈には定評がある。しかしそれだけに余計にこの南イタリアのマエストロが他の立派なイタリア出身のコンサート指揮者とは全く異質な存在であることを感じさせた。

シカゴ交響楽団は、バレンボイムの指揮では背後に追い遣られていたショルティー時代のようなあの締まり切った快い低音も、それにバランスをとるグラスファイバーのように鋭い高弦の超合奏を披露した。ヴィオラトップを中心にコーリアン主体の更に数的に支配的になったアジア人達の弦合奏もとても立派で、管とのバランスを含めて斎藤記念管弦楽団とは似て非なるその芸術性は圧倒的だった。

余談であるが、入りはとても悪かった。指揮者楽団共に人気が無いのである。ティーレマン指揮シュターツカペレよりも人気が無い。折角マエストロが自己評価を自己認識してその長短をバランスとったプログラムであったが、一般的な聴衆にはその面白さや意欲が理解できなかったのかもしれない。また、案の定2017年は間違った座席が間違った価格で発売されていて、どうも二列目の人たちに補償があったような様子はなかった。(終わり)



参照:
復活祭音楽祭の記録 2017-01-21 | 文化一般
高額であり得ぬ下手さ加減 2016-03-25 | 文化一般
今言を以って古言を視る 2006-11-02 | 暦
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# by pfaelzerwein | 2017-01-29 21:32 | | Trackback

フクシマ前消費の半分へ

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電気代の決済が来た。結論からすると2016年度は1774kWhと、2015年度2316kWhに比較して542kWhも消費が減っている。二割五分に近づく削減である。さてその内容を調べてみる。

一つは冷蔵庫のパッキングを直したのが2015年12月であるから夏の間の効果はあった筈だ。そして今霜が冷凍庫に再び付着しはじめているので、週末の夜に除去してみる。

もう一つはノートブックのドッキングステーション化を8月からはじめて、ワークステーションの通電時間とその後10月からスタンバイ電源も切れるようにした ― 反面、モニターを二つ常時点けるようになったのでその分増えている。ワークステーションの年間使用の半分ほどは2016年中に節約したことになるだろう。電球は切れる毎に低消費のものに付け替えていくぐらいだから限られている。そもそも常時点灯している電球は少ない。

その他では、12月以降に電源スイッチを導入しているので11月末の検針時には全く考慮されていない。増えたものは、前記モニターに加えて、DACの導入による電流と若干オーヴンの使用も増えたかもしれない。その他キャストやラズベリーの使用も電源スイッチをその後入れるなどして微増であり、スタンバイのシャットアウトで増減なしだろう。

2017年の見通しは明るい。スタンバイ電流を徹底的に落としたことから、またワークステーション消費残り半分が実質的に無くなることから、それだけからすればもう二割五分削減となりえると思う。大胆に試算すると1330kWhとなる。試算は初めてであるが、ここまで下がれば殆んど優良電気使用者となり、フクシマ前年の半分以下になる。あれだけHiFiやWiFiだけでなく仕事にも電気を使っていてこの数字に至ると表彰ものとなるが、本当だろうか?洗濯機も週に一回以上、掃除機もアイロンも使っていて、コンロも普通に使っている。そういえば自宅にいても昼食で火を使うことが殆んどなくなって来ている。これは大きいかもしれない。節電強化のPCや電化製品はとてもありがたいものである。勿論相当分返金される182ユーロ、昨年は月掛70ユーロ支払っていたのに対して54ユーロと月々16ユーロ安くなり、これもありがたい。

そして何よりも嬉しいのは、我が市の電源が水力、天然ガスのプールのヒートポムプシステムから41.5%とその他再生可能エネルギー57.5%で完全再生可能エネルギーと僅か1%の天然ガスのみで構成されていることだ。CO2排出はなんと4g/kWhである。勿論核廃棄物零である。これはとても嬉しい。



参照:
一日17時間稼動の労働コスト 2010-02-24 | 生活
排出零の節約ライフスタイル 2012-02-04 | アウトドーア・環境
犯罪行為のオール電化 2012-02-10 | 生活
しなやかな影を放つ聖人 2007-12-15 | 文化一般
我が町のエネルギーミックス 2014-02-15 | アウトドーア・環境
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# by pfaelzerwein | 2017-01-28 21:49 | アウトドーア・環境 | Trackback

エネルギー切れの十四時間

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山から帰ってきて三泊した。腰の張りに少し気が付くようになった。疲れていたのだと思う。若干太腿や脹脛や上腕下腕に違和感がある程度で、クライミング、山登り、スキー山行などの三泊四日の経験から比較すると殆んど疲れていないのだ。なるほど二日目の午後だけは同じ斜面を二度登る代わりにジャグジーに入る前にゆったりした時間を過ごした。前日の初日が四時起き12時間の移動と登降であまりにも疲れてしまっていたからである。

四時に起きて、六時過ぎには車に五人が揃って、一路ブレゲンツを目指す。途中アルゴイのパーキングエリアでコーヒーを飲む。そして、国境を越え、フェルドキルヒ前でリヒテンシュタインを回り込むようにスイスに入る。そこからは一路ダヴォ-スの谷を目指すのである。暫くすると、警備の車のコンボイと行き違いになる。スイスの警備のほとんどがあそこに集結したのだろう。軍は民兵がいるから招集できるとしても警備には限界がある筈だ。それでも世界会議を行うだけの価値はスイスにあるのだろう。丁度その経路がザンクトガーレンの飛行場からの経路にもなる。小型は谷にも飛べるのかもしれないが、ビジネスジェット機となると一番近い飛行場であるらしい。

流石に高速道路の路肩には綺麗に雪が積み上げられていて徹底的な除雪がされていたのは当然だろう。谷道に入っても道路状況が良い。高速道路を下りる前からチューリッヒからの仲間の車を見つける。本谷を外れて支谷に入る。最後の村を通り抜けて、予定していた駐車場に予定通り十一時過ぎに到着する。助手席に乗っていたが足が冷えて仕方なかった。ディーゼルでもこれ程寒い車は初めてだった。今年は寒いだけでなくて、車も寒いので居眠りするところでもなかった。急いで着替えて、最初のツアーへと出かける。三時間ほどかけて1000mほど標高差を稼ぐと流石に息苦しくなる。靴の切り替えを忘れていたりで、最初の滑りから慣れないことが顕著となる。

車まで下りて、荷物を全て積み込んで小屋まで標高差100m以上を一時間かけて登らなければいけない。夕食は十八時からであるからそれに間に合うようにである。そこに小屋のオートモビールがやってきて荷物を持って行ってもらうことになり、大助かりである。荷物が無くても、暗闇の中を小屋に着いた時にはフラフラになっていた。朝から口にしたものは、前日購入したベルリーナー、アップルタッシェ各一個、バナナ一本と少々にナッツと干し果物、それだけだ。これは前日の食事と合わせてもギリギリの線だっただろう。もし荷物を担いでいたら30分以上余計に時間が掛かっていたと思う。そして気温は零下二ケタ台だ。天候が穏やかだったので助かった。



参照:
指向性が良くなるアンテナ 2017-01-24 | 雑感
スキーツアーの寒冷対策 2017-01-20 | ワイン
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# by pfaelzerwein | 2017-01-27 19:52 | アウトドーア・環境 | Trackback

マエストロ・ムーティに再会

マエストロ・ムーティ―指揮のコンサートは二回目だった。最初は日本デビューのヴィーナーフィルハーモニカ―にカール・べーム博士に付いてきた時だった。その前にはクラーディオ・アバドが同行していたので、どうしても比べられることもあったと記憶する。北イタリアのアバドとナポリ出身のムーティーは対照的だった。

その時もヴィヴァルディ―とモーツァルトとブラームスの短調交響曲を組み合わせたプログラムで、アンコールは運命の力序曲だったと思う。1975年のことだったようで、34歳だったようだ。そして現在は75歳のようだ。40年間殆んど変わっていないのには驚いた。なるほどその指揮は先ごろ亡くなったジョリュジュ・プーレートル宜しくその指示が極力節約されていて、その点においては名匠らしくなっていた。それでもあの若い時からのプログラムなどの跳ね上がりもののような感じは今でもあって面白かった。

一方シカゴ交響楽団はショルティー、バレンボイムに続いて三人目の指揮者として聞くことになる。一曲目のヒンデミットの弦と金管の為の音楽が典型的であるが、ベルリンの管弦楽団が如何にインターナショナルになったとしてもあのような明るい音色でこの曲を演奏することもなく、指揮者もそのままで置いておくことはないだろう。要するにこの指揮者にとってはそのようなところまではどうでもよいのだろう。

当日のオリエンテーションはそのヒンデミットの作品に焦点が当てられていて、その所謂新古典主義的な作風が芸術哲学的な面からそして楽譜へと戻って紹介された。建築を例に挙げて世界中に同時期に建てられた、ドイツではナチズムの建物などの人をあまり寄せ付けないながらもアンティークな柱状のファサードにおいて飽く迄も客観主義にあるそれらの美が説明されるのである。そしてそれは音楽においては具体的にはアンティークを求めたフランスバロックをまたそれを本歌取りしているバッハのフランス風序曲などを流しての説明となる。勿論バロック芸術のそれとはそもそもアンティークは異なるのだが、基本的には客観的な自失感に置かれる芸術の力としてヴェルサイユ宮殿などの大きさの圧倒感がそこに挙げられる。

つまり、ヒンデミットは色彩感のある木管を排して金管と弦の音楽として音色を排したモノトーンとそしてどこまでも客観的な畏敬の念や呼び出しの歌をそこに書き込んだとなる。それ故にシカゴ交響楽団のあまりにもつやのある輝く音色の吹奏楽は間違いであるのだ。この点において、ムーティーが、アバドやシャイーとは全く異なる市場で活躍をしていたことがはっきりするだろう。(続く




参照:
地方の音楽会の集客状況 2017-01-23 | 文化一般
復活祭音楽祭の記録 2017-01-21 | 文化一般
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# by pfaelzerwein | 2017-01-26 23:49 | | Trackback

パンの美味さは健康の味

バーデンバーデンから帰って来た。コンサートよりも、招待があったのでお呼ばれで遅くまでいた。開演前にコーヒーを呑もうと空いている立机の横の柱に身を寄せる。そこにいる二人に声を掛けるのも面倒だったからである。しかし向こうから声が掛かった。一年以上ぶりに会う公認会計士と十年ぶりぐらいのその奥さんだった。驚いて、話すと彼らは会員だったようだ。偶々で驚いた。公演後にということにした。

前日スイスから帰宅して床に就いたのは零時を回っていた。久しぶりに深い眠りにつけると思ったが、予想外に部屋が冷えていて、暖房を焚きっぱなしで寝たためか、おかしな睡眠だった。所謂疲れ過ぎというものかもしれない。最後の一日も朝食後小屋から駐車場に下りて来て、標高差1400Ⅿを一回だけの休憩で頂上まで足を進め、柱状で頂上岩壁で昼食後に滑り下りて来たのだから天晴だ。そこから五時間ほどかけてのドライヴで疲れ過ぎているのは当然だろう。

正直、昼頃までは夜の予定すら忘れていた。留守中に入っていたメールなどを片づけて、洗濯物などを考えているうち思い出したのであった。出かける前の計画をすっかり忘れることが出来るというのはやはり幸せな余暇なのだろう。

バーデンバーデンへの途上のラディオで面白い健康の話題が流れていた。オックスフォード出身でケムブリッジで教鞭をとっている人の研究で「朝食は健康に悪い」というのが議論になっているようだ。ドイツでは、「朝食は皇帝の如く、昼食は女王の如く、夜は乞食のように」の諺が知られていて、朝食を重視して昼食にディナーというのが理想とされている。それが間違いだというのである。彼自身の糖尿への傾向から研究した結果は、無理して朝食をとると血糖値が上がって午後も落ちないというのである。そこで、11時前と19時過ぎに食事をしないことで、空腹で食事が可能となるというのである。これを冬の自身の生活に当てはめるとそのまま正解である。夏は時間帯異なるが、寝起きに走ることは心臓には悪いのだが、空腹での朝食パンの美味さはそのもの健康の味ということになる。



参照:
二週間ぶりのサクサク感 2017-01-18 | 生活
ピエール・ブーレーズの家構想 2017-01-14 | 文化一般
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# by pfaelzerwein | 2017-01-26 09:36 | 生活 | Trackback

指向性が良くなるアンテナ

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週末に出かける前の月曜日にアルパイン協会の支部に出かけた。雪崩捜索のピープとゾンデを取りに行くためである。そこにいるのはまだ若い時からクライミングでまたこの数年は一緒にザイルを組むこともある支部長女史である。一昨年はジュラのクライミング合宿で一緒だった。先客の仲間は何を取りに来たのかは知らないがいて、メールで取りに行くことを伝えていた用具担当の仲間はいなかった。それでもメールは回っていたようだった。

早速用具部屋に行く。年初めに雪崩捜索のコースがあってまだ車に詰め込んだまま戻って来ていないというのだ。そこで真新しい新型のピープが差し出され、箱開けとなった。新品であるが、その機種はすでに導入されているので知っている。ただ個人的には今まで使ったことが無かった。アンテナが一本増えて指向性が鋭くなっているので捜索には有利なのだ。先日地震の影響で北イタリアでは雪崩があったが、期間中は本格的な降雪はなさそうで寧ろ雪不足が危惧される。目的地のダヴォース周辺は谷でも零下12度ほどになっていてスイスがこれ程冷えているのは珍しい。

ダヴォースといえば先日までは国際シムポジウムが開かれていて中共の習主席などがトラムプ大統領の保護政策に警告していた。政治家の発言はともかく嘗ては世界の経済エリートが集うところとしてその発言などが注目されたが今はそこでの声明に関心をもって耳を傾けるものがいなくなっているという。それは世界経済の為に良いことなどは決して話されないという懐疑の方が強くなっているからであると新聞にあった。

フランクフルターアルゲマイネ新聞といえば、先日日本のサイトでこの13日に元政治編集者が急死したとあって、CIAに狙われていたようなことが暗示してあった。新聞出は気が付かなかったので調べてみるとなるほど昔TVなどにも出ていた人で、その後は所謂陰謀論本を売っていた人のようだ。安倍首相の奥さんのように秘境的と呼ばれる人たちである。丁度一年前にPEGIDAで演説しているから反イスラム本の著者としては当然だろう。写真を見れば既に肥満しており、その肥満を招いたのはマクドナルドを使ったCIAだったのだろうか?



参照:
スキーツアーの寒冷対策 2017-01-20 | ワイン
陰謀論を憚らない人々 2016-03-29 | 暦
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# by pfaelzerwein | 2017-01-23 15:00 | 雑感 | Trackback

地方の音楽会の集客状況

エルブフィルハーモニー会場関連の記事は続いた。興味深いのは開会の時のメドレーからリーム作曲の世界初演曲が独仏文化放送局ARTEの番組からはカットされて放送されたということだ。勿論この専門局は必ずしも大衆文化向きの放送局ではないのでまた北ドイツ放送政策の放送権の問題ではない。寧ろ不思議に思うのはZDF系のこの放送局が態々ARDの制作ものを流す必要があったのかどうかということだろうか。フランス人に見せたかった意味も分からない。

兎に角、本当の芸術的な開場はその後のケント・ナガノ指揮のヴィットマンの新曲の初演にあったとあり、またムーティ―指揮シカゴ交響楽団の素晴らしさが書かれている。「名匠の棒によって弱音が響き」とか書いてあるので同じプログラムがバーデン・バーデンでどのように響くかが楽しみである。また昨年フライブルクの前の席でガールフレンドと一緒に聞いていたフリードリッヒ・ハースの作品がアンサムブル・レゾナンスで中劇場で演奏されて、なぜ大劇場で演奏されなかったかなどと書かれていて面白いと思った。編成は分からないがハースの作風も大ホールで集客可能なものである。

そしてベルリンでの管弦楽団の状況について同じ新聞で書かれていると、コンサートというのがやはり北欧のものだと感じさせる。それでもハムブルクは七割程度の集客と連邦共和国内では下位で、八割から九割の客席占有のベルリンの聴衆は飽きもしないでコンサートに通うとなっている。東ドイツの旧放送交響楽団が未だに存在して演奏活動をしていて、RIASのそれと並んで存在しているというから驚きである。片や戦前からのMDRに続く二番目に古い放送交響楽団で、片や進駐軍のであり、其々東ベルリン、西ベルリンの異なる聴衆層がいるのだろう。

前者は、新任ユロフスキー指揮で意欲的なコンサートを行い、ミュンヘンの放送交響楽団に競り合いたいというのである。その前任はマルク・ヤノフスキーはあくまでもローカルな指揮者であったのがペトレンコのあとを受けてバイロイトデビューしたことが驚きだったとされる。なるほどヴィデオにある通り、フィルハーモニーを一杯にする人気老指揮者が振る演奏は如何にもローカルであって、放送交響楽団らしくない荒っぽいもので、マタチッチ指揮N響ののそれを思い起こさせる。新指揮者の指揮は魅せるのも自覚しているようだが、腰振りのクリスティアン・ヤルヴィやダンスマスターのネゼセガンなどとは異なり、とても演奏とシンクロされていて息遣いのようだとされる。

もう一つの西側の後者もティチアーティという1983年生まれの指揮者が就任するようで、コンサートを開いた。それによると、前任者のテューガン・ソコロフのレパートリーのシューマンを引き継いでも、その不干渉で「殆んど叶わなかった幻想性や瞬発性をもったフレージング」という面が、新任者ではなくなったと評価が高い。

合唱団を入れて四つの団体の資金面は2020年までは確保されているという。しかし一流の管弦楽団を二つ維持するのは、バイエルン放送局でもなく、最大のNDRでもない。SWRの一つは潰された。東西ベルリンの特殊事情や聴衆の数はあるだろうが二つが同じ方向で今後とも維持継続されることはあり得ないだろう。所謂ポピュラー音楽名曲演奏の管弦楽はまだほかにもあるようだから、フィルハーモニカーよりも意欲的なプログラムを提供する放送交響楽団ならば存在理由はあるのかもしれない。



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ヤノフスキーのワンパターン 2016-07-28 | 文化一般
TV灯入れ式を取り止めた訳 2017-01-02 | 暦
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# by pfaelzerwein | 2017-01-22 15:00 | 文化一般 | Trackback

生涯日本滞在時間比率

ざっと計算すると、私の生涯日本滞在時間が向こう数ヵ月中に欧州滞在時間よりも短くなる。いつかこの時が訪れることは分かっていたが、やはりただの滞在時間だけでないものを感じる。益々日本が遠のいた気持ちは避けがたい。様々な意味でそこの極東感が強まった。

日本語を忘れないために書き始めたこのBLOGであるが、時々日本語の綴り方を基本構文にまで戻らなければあやふやになることがある。ドイツ語や英語を綴ったりするときに思い当たる感じと全く変わらなくなってきている。ゲーテに言わせると自国語が分かりかけてきているとなるのだろうか。

これまでの移住の経過体験からすると幾つかの転機があった。一つは一度目の日本への旅のあと二度目の旅の予定が関西新空港開港が阪神地震で使えなくなったことであった。地震の時のことは今後とも忘れられないかもしれないが、心理的な転機でもあったかもしれない。開港によりフランクフルトから直通ノンストップで飛べると物理的な近さを享受しようと思っていた矢先だった。結局関空を初めて利用するのは十年近く延期されてしまうのだが、その間に物理的な距離感よりも心理的な距離感が広がってしまった。長旅をして短い滞在だけでは割りが合わないので、最低3週間の日本滞在と考えているととてもそのような時間もなかったのである。更なる大きな転機は2011年311であり、これで将来東北を中心にゆっくり旅行でもしようと思っていたのが一瞬にして夢になってしまった時だろう。つまり今後とも三か月も日本滞在するようなことは殆んど考えられなくなってしまった。そのような費用や暇があれば他の可能性を考えるようになった。

日本のサイトに日本茶をパリで売るというような話が載っていた。普及させるということのようだが今以上に普及するなどあり得ないのだ。もう充分に紅茶並みにポピュラーな緑茶をどうしようというのだ。そもそも日本人でも真面な日本茶を呑んでいないのにである。そして外から日本文化を見るなどと書いてあるから腹を抱えてしまう。丁度私のような移住体験から如何にそのような言動がいかさまかが明らかになるのだ。目的は利権なのかまたは訳の分からぬ日本趣味なのかは知らない。

やはり時間の経過は大きかったということであり、如何にも感傷的な日本への憧憬のようなものが感情的にも沸き起こるときはあったのだが、それを通り過ぎてしまうと本当に第三者的になってしまうようになるのである。そのようなことをこの時点になってはっきりと意識している。安物の日本趣味でも無く、対象を知って評価するというのはとても難しいのは、日本生まれであってもなくてもとても難しいことなのである。同じことは西欧文化一般に関しても同じように当てはまることである。



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明治の叶わなかった正夢 2012-02-07 | アウトドーア・環境
遠のくルミーさんの想い出 2007-02-10 | 女
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# by pfaelzerwein | 2017-01-21 15:00 | 雑感 | Trackback

復活祭音楽祭の記録

ムソルグスキー作曲「ボリスゴドノフ」を流している。来週のシカゴ交響楽団演奏会への準備でもある。手元にある録音は、ザルツブルクの復活祭で演奏された機にフィルハーモニーで録音されたものである。クラウディオ・アバド指揮ベルリナーフィルハーモニカ―の代表的な録音だと思うが、今回聞いてみるとなぜか物足りない。響きも美しく明晰な線も出ているのだが、歌詞と音楽の特に歌詞の多い場面に来ると違和感のようなものを感じだした。夏にはゲルゲーエフ指揮でヴィーンの座付き管弦楽団演奏で同じものを体験しているがこれと比べて優れた面はそれほどなかった記憶しかない。この曲も前任者のフォンカラヤンが得意としていたのだ。

先日腰痛で横になりながらつまらない新書本を開いた。丸山眞男の音楽に関する証言として書かれた本だが、上手にエピソード等をまとめているが如何せん「不肖の弟子」の仕事なのでその音楽への見解が充分に読み込めていない。フルトヴァングラーへの見解以外には全く期待していなかったのだが、ヴァークナーなどについても触れられていて、逆に丸山の音楽や芸術恐らく美学や哲学に関する見識の限界が弟子によって明らかにされることになっている。趣味教養の音楽愛好者としては素晴らしいものであるが、我々はどうしてもこうした日本を代表する学者にはそれ以上のものを期待してしまうのである。

例えばヴァルキューレ第二幕二場のヴォータンの歌からフリッカの責めに移る部分での下降旋律の挫折といわれるような動機を挙げて語らしているのだが、なるほどそこからの変容が大きな意味を持っていても、ここにおいては明らかな進行になっていてそこで話題となっている様な楽譜を読み込む個所ではない。寧ろ我々は丸山がそうした権力の滅亡についてどのような意識でいたかなどに興味が向かう。それは同様に楽匠がスイスでの個人的な一悶着を超えてどのような世界観で創作にあたったかということにもなる。正しく芸術の受容の本質はそこにあって、不肖の弟子たちのような大衆が娯楽にどのように反応するかというようなことではないのである。

折角であるから、お蔵入りにしていたフルトヴァングラー指揮の最後の録音とフォンカラヤン指揮のザルツブルクの復活祭のあとに録音された演奏を聴き比べる。キリル・ペトレンコ指揮でも2014年と2015年を比較してみる。大成功の2015年の録音でも寧ろ当該の動機よりもその前に同じように剣の動機が鳴り響いたあとに出て来る指輪の動機の方が印象に残る。フルトヴェングラー録音の方はズートハウスなどの達者な歌手が歌う叙唱風のところが絶品である。

こうして音盤などを聞き比べしてしまうとどうしても一つの結論めいたことへと思考が向かってしまう。特にフォンカラヤンの「ヴァルキューレ」などはこの復活祭に復活上演されるというが、この録音を聞く限りにおいては、とてもその企画を疑問視するしかないこととなる。

そのLPボックスの解説書にはカラヤンの演出に関しての文章が載っている。それによると音楽面でフォームを大切にして対位法書法などに留意しながら指揮者の経験の中でヴァークナーの楽劇を主要レパートリーにしていったというような書き方をしている。そしてヴィーンに続いてザルツブルク復活祭を始めるに及んで「権力者とその葛藤」を中心に描くことになったのだという。つまり、リヒャルト・シュトラウスの「英雄の生涯」並みの意識での自己陶酔の演出だったとなる。

この文章を読んでも分かるように、まさしく音楽の正しいスタイルを全く表出できなくても同じように自らの舞台つくりにこの楽劇を利用するというその姿勢が演出の特徴となる。それをこの復活祭に50年目の記念ということで1967年のカラヤン演出を復刻させるというのだ。バイロイト初代音楽監督はカラヤン財団との関係でその娘などを利用しながら芸術監督になろうとでもいうのだろう。兎に角考えていることが時代錯誤が激しいようで、ビジネスモデルが極東市場狙いとはいってもそのようなものを有り難がる人が今時いるのだろうか?



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水道水に癒されるこの頃 2016-07-02 | 雑感
ネットでの記録を吟味する 2015-11-30 | 音
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# by pfaelzerwein | 2017-01-20 16:00 | 文化一般 | Trackback

スキーツアーの寒冷対策

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スキーツアーの準備をしている。腰の調子は張りが残るだけまでに戻ってきている。反対側の左側に張りを覚えるほど、違和感が小さくなってきているということだろう。これで登れて滑れることは間違いないが、何処まで体調が上向くかである。気持ちよく起きれて朝から頑張れるかである。

飽くなき軽量化から昨シーズンは寒い思いをした。重量を極力増やさずに吹雪かれても寒くない衣料を考察する。今までは夏と同様の化繊の薄いポロシャツの上にフリースを重ね着して、その上に薄いヤッケを羽織っていただけである。高所で強風が吹くと体感温度が零下50度近くまでは下がってしまうので体力を失う。以前の氷河スキー場でのように下りてこれば終わりという訳にはいかない。そこでぼろ袋などを探すと以前使っていた化繊の下着が出てきた。パッチの方はゴムが伸びていて使い物にならないが、上着は間にセーター代わりに使えると思った。そして、250Gと重量も軽い。これならばフリースの重ね着を避けてもハードシェルの下は保温効果が高まる筈だ。汗も外に逃がす。下半身は山小屋にいるときのパンツに長いソックスで何とかなるだろう。自宅よりは間違いなく暖かい筈だ。

一昨年までのように冬季も外でや室内でクライミングしていた時とは筋力が落ちているのも寒さの原因かもしれない。更に歯茎を化膿させているとなれば体力が落ちている。この冬は昨年以上に朝起きが辛い。無理して起きても中々眠気が覚めない。

あとはいつもの行動食を用意しておかなければいけない。濡れティッシュを購入、電池は十分ありそうだ。髭剃りも忘れてはいけない。雪崩救助ピープなどを会の事務所に取りに行く。

2009年産のオェールベルクを開けた。2009年は2003年、2005年と並ぶドイツの赤ワインの年度と思っている。熟成度が高かったからだ。そのためにリースリングでは酸がそれほどさえていなくて、一般的な評価ほどにはよくない。それでも2003年の酸とは全く違う酸であることを、今回前回に続き2009年産赤ワインで感じた。

前回はカヴェルネソヴィニオンであったが、今回はピノノワールである。試飲した当時は熟成度しか感じなかったが、なぜか今試してみると余計に酸を感じるようになった。経験値が低いのでその意味するところが分からない。あり得るのは相対的に酸が突出するようになってきているということであり、通常はあまり起こらない。果実風味が引っ込んでしまっているとすればまだ熟成が待たれるのだが、そのような気配が無いのである。



参照:
原発警備強化の物的根拠 2016-03-26 | ワイン
寄る年波には勝てぬとは 2015-12-05 | 生活
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# by pfaelzerwein | 2017-01-19 19:53 | ワイン | Trackback

核が耐えられなくなる寒気

フランスでは何年ぶりかに節電指示がだされたという。週末の寒さを控えて電力供給が追いつかなくなる危険性が出てきたからと、車中のラディオは伝える。フランスはオール電化が進んでおり、寒さが厳しくなると電力消費がピークを迎えるようだ。そしてそのフランスは世界一の原子力発電王国である。これが語ることは明白である。安全性確保のために核大国フランスも原子力発電が充分に稼働出来なくなっており、そのために進めてきた電化政策などが暗礁に乗り上げてきていることを示している。

これに引換え2011年以降原子力発電から再生可能エネルギーへと大きく舵を切ったドイツでは節電要請などは一度も発令されていない。多種多様な発電給電政策を組み合わせているからで、日本政府が政策とするベース発電としての原子力発電には全く根拠がないどころかそれがここで否定されている証明でもある。

なるほどフランスとドイツの気候は異なり、南部ではクーラーが必要だったりするフランスとは異なりドイツでは少々のエアコンでは冬は過ごせない。昨晩も地下に漏れるヒーターのパイプを取り換えることから夕刻二時間ほどセントラルヒーティングシステムが停まった。火が消されるだけでなく熱湯が抜かれたことからヒーターが直ぐに完全に冷えた。二時間後にはシャワーの上の温度計も摂氏10度に下がっていたので、普段はヒーターを入れてなくてもお湯が回っているだけで室温が暖められているのが分かる。以前はオイルを焚いていたが今は天然ガスが使われている。電気では到底難しいだろう。

火曜日も走った。二日続けで相変わらず森の中は凍っている。だからパン屋の序も短く駆けただけである。それでもハイキング道は雪が乗っていて滑り、下りの高速コースの林道を走って下りれるかどうか不安に感じていた。足を滑らせて股裂きになったらスキーどころではなくなる。事前に柔軟体操をしていてもその開く大きさが違う。最高到達点から降る部分は車も通らなく草も生えているので怖くはなかった。

いよいよ林道に出ると普段なら加速を始めるところである。つるつるにはなっていなかったがやはりスピードが怖い。スキーは石などは出ていなくてもスピードが違うことを考えると体力は要らないと言ってもスポーツだなと思いながら、気をつけながら走り下りた。このコースを走るようになったのは最近であるが、このような雪の感じは何年も走っていて初めてである。足が冷たいとかよりもああしたところで走るのは怖い。そして、前日は風呂に入って何ともなかったが、冷えると腰の反対側とか張りを感じるようになるので、寒さは限界に迫る運動には危険である。



参照:
原発銀座の四つの水蒸気塔 2012-04-08 | アウトドーア・環境
犯罪行為のオール電化 2012-02-10 | 生活
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# by pfaelzerwein | 2017-01-18 23:29 | アウトドーア・環境 | Trackback

二週間ぶりのサクサク感

パン屋が開いた。年が明けて初めて真面なパンが食べれるのは嬉しい。そして、久方ぶりのランニングである。折からの降雪によって量は少なくとも溶けていないので凍りつかなくともつるつるの雪が地面に張り付いている。積雪があれば足掛かりができるが、圧雪ほどではなくとも足が滑る。そもそも車が通らない森の道ならば圧雪にもならない。街は殆んど雪は残っていないが、予想以上に森の中は真っ白だった。特に林間の下のこの雪は走りにくい。

二週間ぶりである。パン屋が休みに入り、スキーに出かけて腰を痛めた。昨シーズンの膝の負傷の後も一週間後には走っていたことを考えると、走るようになってからここ数年で初めての長い休みとなった。ウォーミングアップも忘れるほどだった。それでもパンツを履いたままでの違う柔軟体操をする。悪条件が重なっているので、ジョギング程度の走りしか考えていない。

走り出すと足元が覚束ない。腰も充分に違和感があり、それどころか気温の為に左膝にも違和感を感じた。これは一か八かの賭けだと走りながら思った。これで動くようになれば問題が無いが、ここで更に故障となるとスキーツアーはまた大変なことになる。更に靴のプロフィールが消耗しているので、蹴り足が滑る。靴の購入も検索していたが、以前よりは少し高くなっていて、冬に新しい靴を下すのも思う。しかしこのような雪面が二月にも続くようだと一年半以上使用している靴ではあまり走れない。

兎に角走り続ける。駆け足の程度だと思ったが、あとで調べるとそれよりは早く、時速10㎞に至らない位だった。足元は悪いが負荷は通常よりも少ないので、路上や勾配などをいつもよりも詳しく研究しながら、速度を調整してみる。林間作業の徐行する車とすれ違うのもお互いにスリップすると怖いので慎重になる。

復路の最初が下りになるので滑りやすさが気になったが大きくバランスを崩すようなことはなかった。その分ピッチを短くして走っていたことになる。駆け足である。往復25分は思ったより早かった。腰の違和感もそれほどではないので、風呂に浸かって一晩様子を見ることになる。軽量すると70㎏ほどだったので、この間殆んど変動はなかったことになる。これは良い兆候だろう。うなじにしっかり汗を掻いた。

久しぶりのサクサクのパンが格別だったことは言うまでもないであろう。本当のパンと工場で作るそれとは全く違うものである。これだけでも心理的な満足度が異なる。久しぶりにぐっすりと眠れるだろう。



参照:
腰痛日誌六日目、圧迫感 2017-01-12 | 雑感
厳冬の大晦日の過ごし方 2017-01-01 | 暦
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# by pfaelzerwein | 2017-01-17 21:04 | 生活 | Trackback

電話ケーブルの再敷設

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籠もり部屋の電話線を整理した。籠もり部屋には有線を曳いている。もともと電話の差し込みが無かったので、無線電話などを使っていた。しかし電波の関係でとても使える状態ではないので、線を階下から曳いてきたのである。

それから何年経ったかは分からないが、延長したケーブルの被膜が破れ雑音が入り、接触が大変悪くなって来たのである。そこでこの辺りで交換しようと他のものを発注するついでに注文しようと思い立った。

様々な結線の方法があって屋根裏まで来ているケーブルを延長して、先ずは寝室の戸口まで伸ばし、そこで二股として、ベット横へと更に延長するのともう一つはデスクへと伸ばす二本立てとすることにした。なぜならば今までは戸口から二方向へと曳き回していたためにコードの損傷を招いたからである。

電話線を延長する代わりに、もはや必要なくなったTVアンテナの延長ケーブルを取り外してしまうのも今回の敷設の動機付けだった。どのような形式でありTV放送とかその手のものは今後ともどんどんと排斥していく気持ちが強くなったからである。一つにはCM排除への強い気持ちがある。ネットにおいてもStopAllAdsなどのプラグインを使って極力CMを排除して気が付くことも多い。

そのCMのお陰でLINOVOのタブレットを購入してAMAZONのKINDLを使うようになったのだが、結論としてCMは不要だということである。必要ならば情報はいくらでも集められて、CMによる恩恵などは殆んどなく、広告費用が製品の価格に上乗せされるような商品はあまり買わない方が良いということでしかない。

電話ケーブル敷設に際して、もう一つ改良したのは、受話器を電話機に繋ぐ蛇腹のケーブルを電話機の接続延長に利用することである。これによって伸び縮みが自由自在になるので、今までのように曳き回しでケーブルを捩じって損傷することが無くなる。そして不思議なことにこの手のケーブルの方が長くとも価格的にも有利なのだ。

先ず発注したのが4mの蛇腹ケーブルで、これを伸ばし切るとその長さになるが、力を掛けなければ自重でもい70㎝ほどに縮んで全く邪魔にならない。これは足元に置いた電話機から伸びた受話器をで座ったりっ立ったりして通話するのに重宝である。そこで追加注文することにした。7mの蛇腹ケーブルである。送料込みで3ユーロもしない。接続の端子は通常の電話ケーブルのR10よりは一回り小さなR11が両端についているものであるが、接触は全く問題が無く止めレヴァーが付いているので脱落もしない。これで完璧ではないか。これら総計23mの端子付きケーブルで数ユーロしか掛かっていない。



参照:
人種が違うコードレス電話族 2010-08-14 | 雑感
TV灯入れ式を取り止めた訳 2017-01-02 | 暦
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# by pfaelzerwein | 2017-01-16 22:03 | テクニック | Trackback

エルブの容赦無い音響

興味はないと書いたが、エルブフィルハーモニーの式典での音響に関して書いてあるとなると読まなければならない。豊田泰久の音響デザインは明白性があってもむしろ響き過ぎるというのが定評のようだ。そして今回のワインヤード型ではその視覚上の見やすさのように、まるでスタディオのように聞こえ過ぎると書かれている。当然ながら修正されることもあるだろうとしながら、舞台の音も客席の音も同じように聞こえ過ぎるらしい。つまりざわつきだけでなくて、少しの演奏上の間違いがはっきりと聞こえるというのだ。

視覚と聴覚の印象に差異が無いというのは先ず基本らしいが、音楽的な方向として分析的な響きに重きが置かれるということになるだろう。恐らく今後ともグスタフ・マーラーの交響曲のような大音響の創作はポピュラー部門以外では創作されることはないと思うが、細やかな丁度舞台音楽では昨年初演の「南極」のような書法はライヴエレクトロニクスと同様に演奏される機会が多くなると思われる。その意味からは細部が分離するぐらいの音響は間違っていないのだろう。但し音の混ざり方も調性音楽だけに関わらず重要な要素であることからすれば、鳴りきるだけの音響のつまり消えていくだけの容量があるならば濁らずに混ざるということも必要なのだろう。

そしてここまで書いて放送録画を流してみる。なるほどパルシファル前奏曲でもその明白さは弓の動きや金管のブレスまで分離して聞こえるので楽師さんにとっても指揮者にとっても厳しそうだ。しっかりテムポを与えてアーティキュレーションしての指揮の挙動まで聞こえてしまう。なるほど新聞にヴィーンからフィルハーモニカ―が来て試練を受けるというような意味合いにも読み取れた。誤魔化せば誤魔化すほど下手に聞こえそうである。しかしシカゴ交響楽団にはよいだろう。NDRは交響楽団に更に視聴料をつぎ込むつもりか?

視覚的にはぶつぶつの壁も悪くはない。あれは自宅で使いたいと思う人もいるかもしれない。そして客席と舞台が近いのに驚く。センターマイクからの音も可成り近接な感じがする。合唱交響曲になると弦の弾かせ方などはなるほどと思う。「こんな音ではない」の歌で思い出した。

2000年に亡くなったハリウッドの役者ヴェルナ―・クレムペラーが名指揮者オットー・クレムペラーの息子さんとは知らなかった。こちらでは90年代に放送されていたCBSのホーガンスヒーローズでクリンクとして有名な役者だった。その他、「グレの歌」の小澤盤でも語りを受け持っている。



参照:
ピエール・ブーレーズの家構想 2017-01-14 | 文化一般
交響する満載の知的芸術性 2013-04-03 | 音
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# by pfaelzerwein | 2017-01-15 22:51 | | Trackback

ドイツ製ゴーグルの対照性

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注文したゴーグルが届いた。ネットで観た通りグラスに色が結構ついている。早速眼鏡の上に掛けてみる。眼鏡の横枠が当たったのでスポーツ用のそれに掛け替えてもう一度試してみる。きっちりと枠が納まる。色の感じは室内では暗い。しかしコントラストが強調されているのは間違いなさそうで、皆が暗さを気にして「天気が良くても悪くても雪面が見えやすいので効果がある」とアマゾンに書いてあるのも嘘ではないだろう。それでも今まで使っていたものと比較すると明らかに暗い。雪上のそれも高山となると紫外線量が異なるので吹雪の時でもこれの方が視界が効くということを期待したい。晴天の日も雪面の反射で走行している足元が見えなくなることが多いがそれは無くなるかもしれない。スピードが出ている比較的平地では間違いなく役立つだろう。

肝心の悪天候もしくは深雪の雪嵐のような急斜面の滑りで視界が効くかどうか?そもそも本格的に吹雪いてしまえば光とは関係無しに前は見えなくなる。吹雪で曇らないことの方が重要である。また雪の中で転がった時にも曇ると復帰に時間が掛かる。雪面で試してみなければ分からない。

大きさは前回のものよ売りも一回り小さくなっていて、だから眼鏡用ゴーグルOTGでも眼鏡の枠が当たるのだ。それでもパッドで抑えられる形になるので、中で眼鏡が緩むことが無いこれは大きな長所だろう。更に形が前に張り出して横に巻き込む形になっているので、横の視界も悪くないかもしれない。眼鏡との一体感が計られてよりスポーティーになっているのは間違いない。メードインジャーマニーの品質を享受可能か?

木曜日の夜から荒れた。ここでは雪にはならなかったが、気温が高く雪は融けたようだが、籠もり部屋は冷え気味だ。折角暖めても屋根が風で熱を奪うようで、断熱は出来ていても室温が下がった。加熱しても室温も充分に上がらない。それでもいつかのように窓の隙間から雪がちらついてくるような感じではなく降雨の割には乾いた感じなのが良い。

腰痛は一週間にして通常の張り状態に戻り、日に日に回復しているが、まだ走るだけの状態にはない。週明けにはパン屋が開くのでいつもの場所には出かけるが、雪が乗っていて走れるような状況かどうかは分からない。少し体を動かしておかないと不安でもあるので方策を考えよう。



参照:
腰痛日誌二日目、買物 2017-01-08 | 生活
否の無いスマートさ 2016-02-14 | 雑感
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# by pfaelzerwein | 2017-01-14 21:43 | アウトドーア・環境 | Trackback

ピエール・ブーレーズの家構想

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エルブフィルハーモニー開館の話題が新聞に載っている。しかしその前日のロマーン・ヘルツォーク元大統領の訃報ほど関心はない。何といっても大統領として最も価値のある発言を数多く残した大統領であり、最も印象に残った眼はヴァイツゼッカー元大統領のそれだったが、言葉においては遥かに知的で深みがあった ― そして死の直前にも最高勲章の授与を辞退して話題になっていた。このように書けばどのような元憲法裁判所の判事だったか分かるだろう。

フィルハーモニーの開館は式典がネットで中継されることは知っていたが直ぐに忘れていた。昨年からのいろいろなプログラムを見ていたがフランクフルトのアルテオパーで聞けないものはNDRの放送管弦楽団とハムブルクの座付き管弦楽団演奏会位でその他は殆んど興行師が同じだった。要するに現支配人は、ベルリンでペトレンコ体制の支配人となるのだが、あまり業界で企画などが出来る人ではないということだろう。

それよりも興味深いのはバーデンバーデンのピエール・ブーレーズ邸が売りに出されているという記事である。同時にその利用の可能性が提議されている。ハムブルクのそれとは違って僅か三億円ほどのことであるから税金を注入しても容易い筈だ。

1958年にその50部屋ある家の二階の間借り人となってから次々と買い足していったということである。550平米あるその家で数々の名作が作曲された。丁度トンネルの反対側のブラームスの夏の短い滞在とは異なる創作の場所である。遺言等はなくとも本人の意思から、ミュージアムやその他の扱いではなくて、フェストシュピールやZKMなどと活きた音楽の館として使っていきたいという案がある。

既に所有のクレーの名画などは相続人11人の中で売却されており、また音楽的な自筆譜などの資料はバーゼルのパウル・ザッハー財団に寄与されていることから、この自宅が大きな相続物件となっている。ブーレーズアカデミーにバーデン・ヴュルテムベルクの援助がされる可能性があり、ベルリンのフィハーモニカ―やSWR音楽部や元管弦楽団員、カールツルーヘのZKM、ドナウエッシンゲン音楽祭のシュペートケーラー未亡人などが名を連ねているが、まだまだハウス維持への協力者を広く求めているということである。既にロシア人から不動産物件への投資の問い合わせが入っているというので急がなければ売却されてしまうというのだ。

バーデンバーデンの祝祭を文化的にも定着させようと思えば何らかの形でブーレーズの家構想に地域社会も協力すべきだろう。ベルリオーズとかリストなどとの公爵時代の関係とブラームスやロシアの文豪の夏の保養地というだけではモーツァルトのザルツブルクとは勝負にならない。ブーレーズから連なる現代音楽の新たな活動拠点として定着すれば若い人々の活動や行き来も増えるに違いない。


写真:赤丸の大きい方から、クアハウス、祝祭劇場、ブーレーズハウス。



参照:
ピエール・ブレーズ追悼記事 2016-01-08 | 文化一般
二十世紀中盤の音響化 2015-02-07 | 音
右の耳が痒いから 2005-04-23 | 歴史・時事
普通の国のまともな大統領 2010-06-02 | 歴史・時事
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# by pfaelzerwein | 2017-01-13 21:59 | 文化一般 | Trackback

ヘアースタイルフェティシズム

久しぶりに我がユリアの顔を見た。髪型が少し変わっていてもしやと思ったが、後ろのポニーテールは変わっていなかった。益々私好みのザクセン風美人になってきている。髪型の感じで十年後二十年後の感じが分かるようになってきた。母親の感じもなんとなく分かった。思っていたよりも更に堅実な感じでいいのだが、それ故に余計に色香が出てきたように感じる。今まで口説こうとしていた女性の中でも例外的だ。

その色香というものがなになのか?考えるに社会的な何かが関係するようである。未亡人とか、人妻とか、コスプレ―かC級ポルノのなんとかシリーズではないが、制服物などもあるように前半の直接性的な社会条件とは異なる何かがセクシャリティーに関係するというものである。所謂フェティシズムというのに突き当たる。これの社会学的な考察は充分には知らないが、マルクスの物質へのそれとリヒャルト・クラフト・エビンクの性のサイコロジーから説いているのが、ハルトムート・ベーメ著「フェティシズムと文化」の内容らしい。当然のことながら、アドルノ・ホルクハイマーの「啓蒙の弁証法」、そしてフーコォーの「性の科学」抜きには、ドイツ語圏ではこの二十年程前に始まったこの領域は語れないとなる。

実は髪型に興味を持ったのは何回かあって、ポニーテールとかであると若い女性もこちらの受ける印象も判断しやすいものであり、つまり社会的な定義も分かりやすいのだが、今回の印象に匹敵するのは嘗て一度しかなかった。その受ける心理的な意味合いが不可解だったのだ。髪型で有名なドイツ女性はおかっぱで現れたメルケル首相であろうか。ヘルムート・コールの傍にいて、最終的に育ての親を切ることで首相候補へと躍進したのである。もしあの髪型がおかっぱもしくはページとそのままお小姓的な印象を齎すものでなければかなり政治的に不安定な立場に追い込まれたのではなかろうか?例えば現在のSPDの女弁護士トライヤー州知事のような雰囲気では嫌われただろうと思われる。勿論対抗馬であったCDUクロックナー女史のようなヘアースタイルでも恐ろしがられたであろう。

どうもフェティシズムは人間の認知力に関係すると解釈可能だ。つまり、物質の価値も文化的価値もそれどころか人間的な価値も何か対象物を丁度プログラミングでイコールで定義するするときのように扱わないと認知できないということであろう。その定義付けが社会的文化的背景から抽出されるということに他ならないようである。

つまり私がお櫛を弄った彼女に改めて魅せられたのは、今まで以上に彼女が認知可能になったということのようである。それならば以前はどうだったのか?要するに客体として充分に認識できていなかったことになる。この時期どうも面接などがあるようで、チョッカイ掛ける年代の娘さんたちが社会人化してくるということもあるらしい。(続く)



参照:
碧眼に気づくとき 2016-09-28 | 女
jk, ポストメルケルの中庸 2016-03-03 | 女
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# by pfaelzerwein | 2017-01-12 23:24 | | Trackback

腰痛日誌六日目、圧迫感

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雪のお陰で気温は上がった。それでも屋根の雪がスリ落ちるまでには時間が掛かる。予想される雨で一度は消えるだろうが、再び降雪がありそうで一部には根雪となるだろう。腰の調子も一進はあっても一退はないので完全治癒も時間の問題だと思うが、まだパンツや靴下の着脱は苦しい。中からの圧迫感のような張りが激しい。そのお陰か左膝の違和感を殆んど感じないようになってきた。傷になったところをスキーで動かして磨きがかかったからだろうか。帰宅してからでも好転していて全快と言えよう。歯茎の状態は一進一退だが、就寝前の歯磨きは都合が悪いが、朝はしっかりしているので気持ちが盛り上がる。午後になると若干腫れぼったくなるので患部が鬱血してくるようだ。

先週英国に発注したシャツが届いた。15ポンドの送料は何とも言えないが、関税を取られない限りは市場競争力はある。生地は今まで白やカラーシャツを散々着てきたものと同じく充分な厚さで、たっぷりしたカッティングなのも変わらない。これだけでも価値があるのだ。同じ価格でフランクフルトで求めてもちんちくりんの背中で合わせてあるような粗悪品しか見つからない。流石に王室ご用達品は質を落としていない。

色合いはネットで見ていたよりも濃いめだが、洋服への合わせ易さや色調は全く問題が無い。肝心のチェックであるが阿弥陀のように見えたのはネットでの視覚上の錯覚があったようだが、恐らく襟の感じは実際にも錯覚するような感じであるだろう。何よりも消えているように見えた方のラインの色と細さが充分に錯覚させるように弱く、全体のチェックの大きさも小さく満足いく繊細さである。

考えてみるとあまりチェックのシャツは着た覚えがあまりないのだ。マスが太くなり過ぎるといかにも押しつけがましく、目立ち過ぎるからだろう。基本はストライプだったような気がするが、その前は無地のようにも思えた。襟元だけが異色のものもあったように記憶するが全ては時のトレンドなのだろうと思う。ということは、細かなチェックが流行になってきているのかどうか?そもそも保守的なブランドのトラディショナルスタイルなので最新のデザインという感じではないのである。

ピンク系のシャツを最後に下したのは十年以上前ではないかと思う。ここ暫くは着た覚えがないのである。ピンクを着ていったい誰とデートに出かけたなどを思い出してみる。幾らか顔や状況を思い出すようであり、記憶の彼方へと癒られてしまっているのは極自然な成り行きだろうか?



参照:
凍てつく澄んだ空気の蕾群 2016-01-21 | 暦
腰痛日誌三日目、希望 2017-01-11 | 生
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# by pfaelzerwein | 2017-01-11 22:32 | 雑感 | Trackback

腰痛日誌五日目、柔軟

馬鹿は風邪をひかないではないが、寝込まないものだから籠もり部屋以外は暖房を落としている。だから絶えず寒い思いをしている。買い物でスーパーなどが暖かく感じるということは自宅が充分に寒いということである。それでも摂氏二ケタ台は保っている。それで薄着をしているものだからいつも雪山は寒いだろうなと考える。その雪中での服装も昨年は寒さを感じたのでもう一つ厚着が必要なのかなとも考える。汗を掻き難くなった分厚着は可能だが、厚着は重さに跳ね返るのであまり好ましくない。下着もないことはないのでそれも考えるが、汗取りがあまり良くなく、腕に纏わりつくようなのもスキーがし難い。籠もり部屋に籠もり始めてから数年になるが、いつかの雪嵐の隙間風の時よりも寒い日が続いている。執拗に入浴している。毎日のように浸かると年間分の回数になりそうだが、健康は少々の光熱費には代えられない。医療費よりは安くつく。デスクワーク後に立ち上がったり、クシャミをすると腰に来るが、折からの初積雪の雪上でも歩けるようになった。パンツを履くのは右足が通し難く、靴の着脱も厄介だが、徐々に屈めるようになって、膝を曲げれば何でもできるようになった。但し膝を伸ばしたままの柔軟や右横への屈伸はストレッチングで強制的にしないと固まっている。これでリハビリの範疇になって来た。風呂桶に浸からないでもなんとかなりそうだ。

新聞の経済欄にベーシックインカムの記事が載っていた。オランダの一部での実施状況やフィンランドで始まった生活保護者向けの実施試験の状況や結果が話題となっている。それによると問題が明らかになって来たということで、いくつかの点を挙げている。先ず何よりも予算規模で、ドイツで一人当たり月毎1000ユーロ支給するとなると現在の連邦共和国予算の三倍の規模になるという。これは少々経済成長しても厳しく、重税となり、高収入層では相応するに充分な社会保障を受けれなくなるというのである。その他色々と書いてあるのだが賛否を取り混ぜ確定的な計算が出来ていないということに尽きるようだ。不確定要素は、なるほどそれによって社会保護を受けていた層がどれほどアクティヴになるか、家族的になるか、その他の創造的な生産が行われるかなどの社会心理的な要素が強いからだろう。しかしなぜかそこには役人の数を減らして合理化されることには触れられていない。つまり税制の簡素化と共に行われれることが扱われていないのである。まだまだ本格的なスタディーの結果が出されるのは先のようである。



参照:
月2500スイスフランの魅力 2016-06-05 | マスメディア批評
十分検討に値するやり方 2014-12-13 | 文学・思想
ネット相性診断を試す 2014-12-08 | 生活
外国人に手厚い社会保障 2014-12-05 | 文学・思想
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# by pfaelzerwein | 2017-01-11 00:36 | 生活 | Trackback

腰痛日誌四日目、回復

徐々に回復に向かいつつある。寝床での苦痛は無くなった。ベットから起き上がるときも太ももを支えるだけで立ち上がれるようになった。立ち上がる力の七割ぐらいは戻ってきているかもしれない。歩く速度も姿勢も戻りつつある。但し屈むとなると難しい。それでも姿勢を変えたりすることである程度用を果たせるようになってきている。風呂桶に浸かって温めたりして解れてきているが、まだ芯にあたるところが残っていて、範囲が小さくなってきている。

シカゴ交響楽団を最後にバーデンバーデンで聞いたのはいつのことかと調べてみた。どうも1998年のことらしい。つい先日のことのように楽屋口にいたシナ系のヴィォラ主席の顔を思い出すが、二十年近く前になるので驚いた。バレンボイム指揮シェーンベルクとマーラーのプログラムだった。管弦楽団の面々もショルティー時代とは変わり、音楽的には上手いと思ったが嘗てのような圧倒的な印象はなかった。その後、特にピエール・ブーレズ指揮のCDでフィラデルフィアやクリーヴランド管弦楽団の録音などを聞くとシカゴに劣らずに素晴らしい響きであったので、シカゴ交響楽団が抜きん出ているかどうかを疑問に思うようになった。

そしてそのフィラデルフィアの管弦楽団を監督していたリカルド・ムーティ―がシカゴの音楽監督になったと聞いて驚いた。オペラ指揮者としてだけではなくデビュー当時から管弦楽指揮者としても成功している指揮者であるが、そのレパートリーやプログラムがあまりにも月並みな商業主義的なものだったので余計に驚いたのである。アメリカの楽団としては伝統的なレパートリーなどを求めたともあるが、オーケストラビルダーでもない独特の音響的な魅力も無いような指揮者で一体何をしようとしたのかもあまり分からなかったからである。

しかし今回のプログラムを見ると中々面白い。ヒンデミートとエルガーの作品50の両方ともあまり知らない曲であり。後半の「禿山の一夜」と「展覧会の絵」の組み合わせも充分に面白い。特に「禿山の一夜」は短いながらも管弦楽演奏が楽しみな曲である。手元にはロンドンフィルハーモニー楽団の録音などがあるが、指揮者のテンシュテットが丁寧に弾かせようとしているようだが、技術的に要求に充分に応えられていないようである。ムーティ―が指揮者としてどこまで精妙に弾かせようとするのかは分からないのだが、超一流の管弦楽団ならば可成りな演奏が可能な筈である。

そして今残券状況を見ると散々足るものである。これならば七割ぐらいしか埋まらないかもしれない。価格はベルリンのフィルハーモニカ―よりもお得である。ティーレマン指揮シュターツカペレドレスデンのブルックナー演奏会よりは大分高価だが、少し余計には売れている。理由は分からないが、指揮者、交響楽団と共にあまり人気が無いのだろうか。ブルックナー、バレンボイムで思い出したが、最近このユダヤ人指揮者はベルリンの状況を絶賛する一方、反例として日本を名指しして挙げている。過去を乗り越えられていない悪例としてである。その指揮者がフジサンケイグループに招かれ特別にブルックナー全曲演奏会を行ったのちの発言であるが、一体どのようなアピールを東京ではしたのだろうか?



参照:
東京の失われた時の響き 2016-03-06 | マスメディア批評
TV灯入れ式を取り止めた訳 2017-01-02 | 暦
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# by pfaelzerwein | 2017-01-09 22:38 | 雑感 | Trackback

腰痛日誌三日目、希望

寝返りの苦痛が小さくなってきた。起き上がりも徐々に負担が減ってきている。横向きに上半身を起こせるようになってきている。それどころか階段の上り下りも前日の五倍ぐらいの速さになった。トイレでしゃがむのも立ち上がるのもできるようになってきた。但し横のトイレットペーパーにはなかなか手が伸ばせない。シャワーを浴びると温まって更に解れる感じだ。それでもデスクに座って長く居ると固まってしまって、立ち上がり歩けなくなる。

部屋着の長袖シャツやセーター類が破滅的な状態になっている。歴史的と称して箪笥の肥やしとしていた40年以上前のパタゴニアのトレーナーを埋め合わせに着た。この冬はこれで凌ぐつもりだ。但しそのあとの暖かくなる時期の部屋着も壊滅状態である。以前は外着のカッターシャツを次々に卸していたのだが、自宅で洗濯するといとも簡単に着れなくなるのに一シーズンぐらいしか掛からないことに気が付いて、上流である外着の数などをチェックする。余裕をもって回すには若干足りないと見通していた。

そこで昨年六月のサマーセールの時にシャツとタイをネットで英国に発注したのだが、残念ながらシャツの方は売り切れていた。発注が一足遅れたのである。勿論英国ポンドの相場はクレディットカードの支払いまでに清算されるので、ある程度有利な時に発注しなければいけない。それが綺麗にセールの時期に重なるとは限らない。それでも40%オフのセールとなると直ぐに為替の差額は取り返せる。

今回、半年前に逃がした鯛をもう一度釣り上げようとした。幸いなことに色合いは同じで前回は細いストライプが今度は細かなチェックとなっているのもを見つけた。セール価格は前回よりも一割ほど高くなっているが、為替相場では1GBPが1.2EURだったのが現在は1.17EURほどであるから数%は得になるかもしれない。ストライプとチェックでは、前者の方が静かでよかったのだが、写真で見る限り通常のマスではなくて阿弥陀状の細やかな意匠でとても良さそうなので、先ずは手に取ってから評価しよう。

これで外着用の古いシャツを一つ普段着に下せる。夏場はどうでもよいとして次の冬には下す毛のシャツの代わりに一枚外出用を探しておかなければいけないだろう。シーズン終わりに格安で良いものが出ないだろうか?ジーンズもウィッシュリストに長く入っているが、四年目とは思えないとかいう評価もあってそのままになっている。なによりもオペラ劇場の立見席に行くかどうかで応急性が異なって来る。



参照:
腰痛日誌二日目、買物 2017-01-08 | 生活
腰が痛くて熟睡できず 2017-01-07 | 生活
今も現役の襤褸着について 2011-01-23 | 文化一般
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# by pfaelzerwein | 2017-01-08 23:12 | 生活 | Trackback

腰痛日誌二日目、買物

座っていて緊張させているよりも横になって弛緩させる方が楽だと分かった。前夜就寝中に痛かったのが嘘のように楽になるのである。しかし、いざ就寝となると寝返りを打ったりで結局は夜中に痛みを感じた。折からの厳寒の夜だったが、暖房を消している分布団の中は幸せだった。しかし朝早く起きて買い物を済ませないと約束の時刻に間に合わない。決死の覚悟で目覚ましをつけて床に入ったのであった。

目覚めてから小用に行くまでが儀式である。前夜と同じく手の助け無しには立てないのだ。勿論屈むこともできない。全く腰に力が入らない状態である。目覚めに続いてベットに座るまでは比較的苦痛なくできた。それでも座った姿勢から立ち上がろうとすると力が入らない。膝に手を立てて押してみるが、膝では手が届かなくなるので立ち上がれない。仕方がないので、もう一度座わり込んで太腿に両手を置く。片手では到底立ち上がれない。それでも痛みを伴いながらも立ち上がることが可能となった。手を棚などにつかなければいけなかった就寝前よりは好転している。

手をそこら中につかなければいけないほどならば、買い物で外出すると苦労することが分かっている。一度座り込んでしまうと人が集まって救急搬送ともなりかねない。そのような状況は避けたいのである。昨日よりも好転して歩くのも姿勢が少し良くなっている。前夜風呂に入ったのが良かっただろうか?

心配していた銀行の階段も手すり無しに上がれた。但し車の乗り降りが年寄りのように手をそこらにつかなければならない。何よりも着替えにも靴下を履くのにも苦労した。何とか八百屋で買い物も可能となった。外気温計は零下八度で、シュヴァーベン地方では零下24度となったというから、山は大分冷えたと思う。寒さはこれからだ、氷が期待できる。ラディオは、沖縄嘉手納と並ぶ世界最大の米軍基地「ラムシュタイン」でも摂氏零下15度に至った報じる。

スキーのゴーグルの数カ所に罅が入ってヴェンティレーターのスポンジが剥がれてきている。視界は問題ないのだが、いづれ湿り気から曇り易くなったり、下から雪が入ってくるようなことを考えると早めに買い替えておいた方が賢明だ。前回はどこで幾ら出して購入したかなど全く覚えていない。ネットで購入した覚えがないのでどこかのスキー場の裾の道具屋で購入したのだろう。もしかすると10年どころではなくて、それ以前の購入かも知れない。20年未満だとは思うが、これ以前に所持していたことが無いと思うので、もしかするとそれ以上かもしれない。



参照:
腰が痛くて熟睡できず 2017-01-07 | 生活
試してよかった初滑り 2017-01-05 | アウトドーア・環境
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# by pfaelzerwein | 2017-01-07 22:54 | 生活 | Trackback

腰が痛くて熟睡できず

スキーからの帰りに名曲発見の番組が流れていた。ロッテ・シューマン女史がシベリウスの弦楽四重奏曲ニ短調について勉強する番組で講師はライプツィッヒ四重奏団のチェロ奏者だった。御多分に漏れず理屈を捏ねて胴音をかき鳴らすタイプの音楽師さんであるが、そもそも知らない曲だったので興味深かった。結局はこうした対話からはあまり何も生じないのであるが、頻繁に演奏されて録音されている曲の同曲異盤の聞き比べ番組よりは価値がありそうだ。同時にフランスの指揮者プレートルの死去が報じられていた。マンハイムでのヴィーナフィルハーモニカ―演奏会を知らなかったので聴けなくて残念だった。

腰が痛くて熟睡できなかった。張りには気が付いていたがここまで悪くなるとは思わなかった。右横腹の下の腰骨辺りで、屈んだり座ったり立ち上がったりができない。ランニングでの腰はさらに後方が痛むが、これは明らかに真横である。運動の性質が異なるのは分かるが、あの寒さの中で動かしていたのが響いたようだ。日常生活に支障があるので直ぐに治って欲しいが、どうしても運動の性質と中身を考える。右回転と左回転の違いが出ている訳だが、痛さをシュミレーションする。

すると左ターンの時に板に乗っている感じが痛い。逆ターンの場合は腰が確り前に出ていて肩が被さらない。つまり左ターンの滑り方を修正すればこの腰の痛みは起こらない筈だ。これはどうも畳の上の水練が必要そうで、いい機会かもしれない。確かに痛む腰は間違った運動で起きているような気がする。

もう一本年始に開けたワインがあった。スキーから帰ってきて開けたブルゴーニュのPCである。サントネーの2009年物だ。年末年始と2009年の赤を二本空けたことになる。なによりも感じたのは酸味である。ピノノワールでこれに近かったのはシャンボール=ミュジニーの村名ものぐらいである。2009年物でなぜこれほど酸が効いているのかは分からない。それでもミネラルと独特の香草風のものが感じられたのは決して悪くはなかった。村名ものと同じぐらいの価格で、質が全く異なる。これならば20ユーロ近く支払っても悪くはない。ドイツのリースリングの価格と比較してもミネラルを感じられるぐらいが20ユーロ以下からであるから、丁度それに相当する。しかしこれはPCであった。それでも適価であると思う。



参照:
石灰が効いた引き分け試合 2014-08-10 | ワイン
早落としの村名ピノノワール 2013-08-01 | ワイン
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# by pfaelzerwein | 2017-01-06 20:29 | 生活 | Trackback

年末年始ワインと初買い

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年末年始に飲んだワインについても書き留めておかなければいけない。クリスマスに開けたフォンブール醸造所のイェーズイテンガルテンは酷かった。流石に酵母臭は目立たなくなっているが、シャンパーニュの親方のリースリングである。明らかに何かを勘違いしているようで、辛口にすると残糖を絞っている。それは良いことだが、レープホルツ醸造所のように漬け込みをしている訳でもないのでとても発酵に苦労している。だから酵母を投下して漬け込んでもなかなか発酵しないということになっていたようだ。身売りでもしない限りこの醸造所も今後ともVDPの上位に来ることは絶対あり得ないと予想する。あれだけの地所がありながらとても残念なことであり、ダイデスハイムで真面なリースリングはどれぐらいあるだろうかととても不安になる。

さて年末年始ではブュルクリン・ヴォルフ醸造所の2012年ランゲンモルゲンを開けた。これはPCとしての最後の年で実質的には収穫量もかなり落ちている筈だ。今この地所の同じリースリングを買おうと思えば一本50ユーロ支払わなければいけない。つまり半額以下で購入したことになるが、まだ熟成には早いながら一本を試してみる。

開けてもしばらくは全く開いていない感じで、デキャンターをしてゆっくり大晦日に飲んだ。試飲の時よりは開いているという程度で、なによりも酸に鋭さがあった。糖とのバランスが取れてくるのは翌日以降である。そして甘露飴のような要するに那智の黒飴のようなニッキの風味の黒飴である。この独特のミネラル風味を好むかどうかがこのリースリングに対する評価を分けるだろう。個人的にはPCならばゲリュンペルなどに対照させて購入しても良いと思うが、GCとしてはどうだろう?ホーエンモルゲンに比較してどうだろうか。なるほど酸は効いているが、長く熟成させて開く土壌感がそれよりも良いだろうかどうかとなる。最終的には好みの問題だろう。

恒例のCD落穂拾いである。今回は先日買い逃したSWR録音シリーズが再び更に安く拡張されて販売されているのに手を付けた。ミヒャエル・ギーレン指揮のシェーンベルクは恐らく指揮者ブーレーズの同時代の演奏記録としても残るもので、完全に双方を乗り越えてしまうキリル・ペトレンコ指揮などが出るまでは甲乙点け難いかもしれない。生でも体験したマーラーの八番と二枚組で6ユーロしないなら文句は無い。前回逃したツェンダー作曲指揮のシューマンファンタージーも1ユーロ下がって3.99ユーロになっている。リームの曲集と、楽団の異なるケックラン曲集、そして妻殺し二重殺人のジェズアルト作曲の聖週間のレポン集を解散したA Sei Vociがヴァージンに録音したものである。もう一つヘルヴェッヘ指揮でモンテヴェルディの転換期のミサ曲を組み合わせた企画したものである。全て8CDで6ユーロ割引を入れて〆て28.94ユーロ。



参照:
フェアートレードなあじ 2015-05-28 | 雑感
解禁なったPCリースリング 2013-07-05 | 試飲百景
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# by pfaelzerwein | 2017-01-06 01:13 | ワイン | Trackback

試してよかった初滑り

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初滑りである。既に書いたようにこの冬は乾燥していて雪不足である。ワイン街道でも微量ながら初雪となって、シュヴァルツヴァルトでは降雪があるということで、人工雪スキー場へと駆けつける。

9時からTバー操業なので午前中にでも行ければと思ったが、結局出かけたのは昼前だった。初めてのところに行くにはそれなりの高揚感が必要である。何よりも左膝の調子を試さなければ本格的なスキーツアーへと更に敷居が高くなる、そのことを考えれば行くしかないのである。

ワイン街道でもみぞれ交じりなので現地では降雪は間違いないのだが、前夜からの雪が午後になってどれぐらい乗っているか、または人が押しかけているかなどをライヴカメラで観いていく。天候が悪くもう一つ視界が効かず定かではないが、駐車場もTバー乗り場もそれほどではなさそうだ。

花崗岩を登りに行くときのようにフランスからバーデンバーデンに出てビューラータールを目指す。町を抜けて山道に入ると除雪が充分に出来ていない。下りは除けてあるのでわざとだろう。ゆっくりとお尻を振らないようにB500のシュヴァルツヴァルト山並み道路に出ると、やはり除雪に関わらず雪が乗っていた。スピードは出せない。途中で不安になって道を尋ねたりして現地に到着する、三列目がまだ空いていた。先ずはこれで助かる。西風なのに西向きにトランクを開けてドアーを開けることになったので吹き付ける雪に苦しむことになる。以前バーデンバーデンのところで滑った時に比べると雪が細かく軽く量少なくとも本格的な吹雪である。

兎に角冷えるものだから、急いでトイレに駆け込む。待ち時間は殆んどなさそうである。二時過ぎから滑り始めて二時間で切り上げると帰宅時刻には丁度良いのだが、二時間券であると急いで滑らなければいけない、かと言って四時間も粘れるようなスキー場ではないことも分かっている。それならば20回券の14ユーロでとそれを買う。10回券とこれはいちいちパンチングするのであまり人気はないようだ。各々四時間二時間よりは一ユーロお得である。

大正解だった。シーズン始めどころか膝の故障以来足を入れてなかった靴に足が合って来るのに時間を要した。今まではツアーで使っていたので、歩いた後に滑るものだから中が温まっていて最初の一本ぐらいであとはあまり問題が無かったのだが、ゲレンデスキーとなると圧力が強く、足が靴に押されてしっかりと立てない。痛さまではいかなくとも滑るのが厳しいのだ。だから休み休みである。最初の四本に一時間ほど掛かっていた。標高差100mほど精々500mほどの斜面である。駆け下りても時間は掛からない。上で長く休み、途中で二回ほど休むからである。

この時点では20回を使い果たせるのか、それとも何時間掛かるのかなど皆目分からなかった。10回前に車に帰ってバナナを食して休憩とした。そのまま滑っていて膝でも痛めたらどうしようもないと思ったからだ。フロントの雪が厚く車中は暗かった。ワイパーが停まった。手で除けた。水洗液はまだ出るので凍ってはいない。エンジンがまだ熱かったからだろう。

再び滑り出す。足の調子は最初は良い。膝も大丈夫そうだ。休憩前よりは滑れるようになったが、それでも次から次へとはいかない。4時過ぎに照明が点いてナイターになった。10本がまだ滑れていない。そのころTバーで乗り合わせた山裾のビュールからやってきたおっさんが同じスキーを履いていることからスキーツアーなどの話になって、数本を一緒に滑った。お陰でただ降りていくだけのおっさんが下で待っていたので少し早くなった。その勢いで、彼が二時間で止めた後に、追い込んだ。流石に休まずに滑れるようになったが、フラフラになった。最後の三本は意地で滑った。最後の一本ではリフトの親仁も「悪くなかっただろうと」こちらの満足を見据えていたように言った。

なるほどナイター施設があり、人工雪があって都市型のスキー場でありながら、雪が乗ると斜面はそれほど悪くはなかった。20本で標高差2000メートルだから丁度サンモリッツを上から滑り降りた感じになる。フラフラになるほどではない。そしてあそこのようにスピードは出ない。四時間経過していた。バックをする車の後ろの除雪をして動かすが、スリップしたので近くの人が押してくれた。時速30㎞ほどしか出せない雪道から谷へ下りて来て帰宅したのは八時過ぎだった。

腰の張り、普段使わない足の疲れなどはあるが、左膝の違和感は殆んど変わっていない。要するに普通にスキーをするときに問題になるようなことはなくなったということだろう。やはり雪の上に立っての運動は普段の運動とは異なるので試してよかった。ブーツを部屋で履いてというような平素からの準備をしておかなければスキーツアーでは覚束ない感じである。膝が問題なければ、まあ、何とかなるだろう。ケガ上がりであり試しておかないと不安だったが、試しておいて本当によかった。



参照:
塚原サルト崩れの謝肉祭 2016-02-10 | 暦
痛めた左足で苦行の大滑降 2016-02-24 | アウトドーア・環境
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# by pfaelzerwein | 2017-01-05 19:34 | アウトドーア・環境 | Trackback

清貧に準備する防寒

天気は悪そうだが、雪は降りそうだ。気温は上がっている筈なのに寒いと思ったら籠もり部屋の室温が二度ほど落ちていた。理由は分からないが、外気が摂氏数度暖かくなったので窯の能力がサーモスタットで若干絞られているのかもしれない。

スキーシーズン最初は自己の標準装備すら分からなくなっている。一体何を着ていたのだろうかと忘れている。それでも手元にある衣料を組み合わせているうちに分かって来る。ここ暫くのように寒い思いばかりをしていると不安であるが、ショック療法のように先ずは試してみるしか方法が無い。以前のように発汗しなくなっているとは言っても、先週土曜日の大晦日の零下七度以下での走りのように30分も走るとうなじが確りと濡れていた。やはりそれほど着込む気持ちはしないが、Tシャツに襟が付いたポロシャツの上にフリースと薄いヤッケでは高所では寒いような気もする。その時はフリースを重ね着するのだが、吹雪かれるとやはり寒い。下半身は古い胸当て付きのスキーパンツを使い続けているが、これは下着が無くても暖かい。何れはハードなクライミングパンツが欲しい。

スキー場を取材するSWRロ-カル番組のオンデマンドを見ていると昨年12月に気温が上昇したのにも拘らず人工雪が綺麗に残ったという話があった。気象条件で湿気が無いことが幸いしたようだとあったが、それは森の中の乾燥した空気にも感じることはあって、この冬の特徴かもしれない。湿気があると気温が氷点下以上でも寒さは堪えるのだが、乾燥していると上手に着込んでいると皆平気な顔で外出している。昨年の春からの降雨量の多さはどこかで調整されるようにこの冬の降雪量は少ないのかもしれない。それでも冷えるとなると氷登りのチャンスが訪れるがどうだろうか。

初買いの序に燃料を往復250㎞分、25L以上給油してくるつもりだ。夕方で冷えるが最も価格が下がる時を目指す。肉類はまだまだ充分に買い置きがあるが、米とかミルクとか少しの野菜や果物類もまたリップクリームも買わなければいけない。

ここのところの寒さへの感じ方は、一つには慢性的になっている歯茎の炎症があったとしても、皮下脂肪の減少ととても燃料変換の効率が良くなったのか、食事量が落ちていることにも一因があるようだ。充分に飲み食いをしているつもりなのだが、無駄な摂取や消費が無くなっていているのは如実に感じるので運動はし易くても無駄な熱もあまりでなくなっている気配がする。それでも少し暖かくなるとバスの暖房を切ってしまうので燃料消費削減は間違いなくしている。寒いと言われるこのシーズンであるが暖冬の昨年度よりも燃料消費を落とせるのかどうか、何よりも興味を持っているのである。籠もり部屋も気温摂氏18度ぐらいになると寒さは感じなくなる。バスルームも15度以下と以上では大分異なる。暖房のお陰だ。



参照:
三世が見るトラムプ像 2017-01-03 | 歴史・時事
TV灯入れ式を取り止めた訳 2017-01-02 | 暦
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# by pfaelzerwein | 2017-01-03 23:39 | 生活 | Trackback