タグ:クラリネット奏者エドアルド・ブルンナーの訃報 ( 1 ) タグの人気記事

様々なお知らせが入る

戦後西ドイツを代表する音楽評論家ヨアヒム・カイザーが亡くなったようである ― アドルノやシュテュッケンシュミットはについては今ここには含めない。詳しくは改めるとして、確かにエッセイストとして文章は上手いが ― 吉田秀和よりはましかもしれないが ―、なぜか音楽評論というのは美学的に程度が低い。その理由は分からない。結局文章の上手さではなくて技術的に本質にまで迫れる才能が居ないからだろう。また再現芸術が評論の対象になってしまっているので創作の機微に中々触れることが出来ていないというのもあるかもしれない。

漸くミュンヘンからお便りが来た。「タンホイザー」新制作初日へのお知らせである。週末には先駆けのお披露目マティネーが開かれる。総稽古の準備が出来たということだ。先ずは版の説明があって、これはパリ版採用なのだが、それのドイツ語版としてのヴィーン版に準拠しながら、更に遺言に忠実に従うということだ。つまり1861年版をドイツ語化してゼンガークリークの場面のヴァルターの歌などが補正されるということなのか。新しい響きを生かしヴィーナスの丘の場面の強調とそれに見合った修正が採用されて、短縮されないということなのだろう。

それに演出家は金の円盤を象徴的に取り入れて、日の出などタンホイザーの覚醒の度に表れてくるようで、仏陀の後光のようなものらしい。正直成功するのかどうかは疑わしいが、フォイヤーバッハの肉欲からショーペンハウワーの救済へと根拠は充分に用意されている。言うなればそもそものロマンティッシェオパー題目自体がヴァークナーの最終的な創作意図に合わない。要するにドレスデンでの初演を終えた後の楽匠自身の変遷そのものである。

この週末に「タンホイザー」のお勉強を一通り終わらせないと時間が無くなる。場末のオペラ劇場モンテカルロからのネット中継録画を観始めた。最初の生中継の時はこれはどうしようもないと思ったが、なるほどユダヤ人女性指揮者の無理な指揮や歓楽地の管弦楽団にはうんざりしながらも、とても価値のある上演であるようにも感じだした。とても貴重な記録で誰も見る人がいなかったのか殆んど完璧に録画できたのが幸いだった。

SWR放送交響楽団からプログラムが届いていた。シュトッツガルトとは関係はなくもなかったがバーデンバーデンとのような関係にはなっていなかった。だからなぜ届いたか分からなかった。中を見るとなるほど仲間が指揮をしている。最近はメールも来ていなかったので分からないが、他の関係ではないと思う。中を見て面白いのは、新しいメムバー表で、先ずは横滑りして合弁した形になっていて、両放送交響楽団が合わさった形になって総勢170人以上のメムバーである。どのように削減していくのかは知らないが、何年かのうちに普通規模になるのだろう。恐らくドイツで現時点で一番大きい管弦楽団だろう。

亡くなったと言えば先日名クラリネット奏者エドアルド・ブルンナーの訃報があった。一時は最も有名なクラリネット奏者だったと思うが、そのレパートリーなどから個人的にはあまり興味がなかった。バーゼル生まれのスイス人で享年77歳あった。



参照:
老練の老齢なレトリック 2008-10-22 | 文化一般
時代の相対化のサウンド 2015-12-08 | 音
時間の無駄にならないように 2017-05-09 | 文化一般
[PR]
by pfaelzerwein | 2017-05-12 20:12 | 文化一般 | Trackback