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残暑が戻る今日此の頃

残暑が戻ってきた。ここ二三日は摂氏30度を窺がう勢いである。寝巻きも長袖から半袖へ、窓も締め切りから少し開け気味になる。水曜日は、昨年からの課題でもある張り出した南壁を登る予定にしていたが、暑すぎるので涼しい場所に向きを変える。いずれにしても備えたいので、あまり走りたくなかったので軽く流す心算で短い沢沿いの往復とした。

しかし、駐車場で靴紐を締めていると何度か見かけている親爺が無愛想な表情でその方向から戻ってきて、更に私の峠行きの道へとジョギングを続行させたのを見た。あの走り方で峠まで往復するならば、全体で一時間半ほど走っているのだろうと思い、新たなライヴァル出現かと感じた。牛歩でも長い距離の負荷に自分は耐えられるだろうかと感じた。しかし暫くすると戻ってきたので、次のカーヴまで行って往復しているのだろう。

それで合点が行った。いつもそのような変則的なルート取りをしていて、峠往復はあの歩調でしていないことを理解した。大変気になっていたのである。あの歩調で峠往復を頻繁にしているとすると、自分の練習方法が間違っていることにもなりかねないからである。

そのようなことを考えてから走り出すと、中距離走の速度で入ってしまって、道も半ばでテムポを落とした。流石に厳しい。折り返し点で1140歩ほどで7分であるから、前半の中距離走はそれほど反映していない。しかし駐車場に戻ると、2520歩、15分であったので、土曜日よりも早くなっているのだ。発汗量が、気温とその運動を示していた。

僅か15分の運動量はとても少ない。それでも心肺機能などへの負荷は大分増えている。足腰を疲労させたくないための軽い運動の筈であったが、それはそれなりの爽快感がある。時々、スピード走行を入れてみたくなった。少なくとも身体の調整力や早く動かす練習はスポーツクライミングでは活きて来る筈である。

ここ暫く睡眠が安定しないのでおかしな夢などを見る。特別深いものではないのだが、一種の不安のようなものがそこに反映されている。たんに季節的なものなのか、それともなんらかの心理的な不安を反映しているのか - 正直なところドロミテから帰ってきてから右の鼻の奥がぐずぐずするので不愉快なのである - 腰に張りがある、腰と言っても依然悪かった後ろではなくて足の付け根の上の後ろ横であるが?



参照:
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by pfaelzerwein | 2013-09-03 21:18 | 生活 | Trackback

岩登りの五輪競技化の可能性

ブエノスアイレスで開かれるIOCの総会で新競技が決まるようだ。そしてその前に提案される新競技の候補に挙がっているのは、今回落ちたレスリング、野球、ソフトボール、クライミング、空手、ローラースケート、スカッシュ、ウェイクボード、太極拳らしい。

レスリングは、米国をはじめ東欧諸国で盛んで、特に2020年の開催を目論むトルコにとっては唯一メダル獲得の可能性がある国民スポーツのようだ - そうした客観的な事実にかかわらず、まるで日本が狙われているかのように報道するには理由がある。こうした国民に被害者意識を植え付けることで、日本の支配層は馬鹿な日本の大衆を手の内で転がすことが出来るからなのである。当然のことながら、官政経界が被害妄想の朝鮮人のように日本人を誘導するのである。これはアヘン戦争の史実を重視するシナの支配層もあまり変わらない。

野球とソフトボールは一般的ではないだろう。何と言ってもアメリカの競技は道具が多すぎて、広く青少年には向かない。復活はあり得ないだろう。スカッシュも中途半端な競技の感じで、あり得ないだろう。空手と太極拳は、最終的には競技人口の多さがものをいうのではないか?柔道に続いて空手が来ることもあり得ないだろう。それに日本の格闘技は、家元では全く合理的な話が通じない輩が牛耳っているようなので青少年の教育に害がある。それに比較するとシナ人の智慧の方が興味深く、一度試してみる価値はあるのかもしれない。

クライミングとウェークボードというのがいい勝負になるのだろうか?両方とも陸海のアウトドーアの競技を如何にTV映りよくエンターティメントできるかが問われているのだろう。前者の競技も見たこともなくあまり関心もないのだが、知る限り必要最小限の装備で運動能力を問うことが出来るのは間違いない。特に青少年への影響や活躍は既に証明されているので、可成り有力かもしれない。

しかし、現在のクライミングの養成選手のそれなどを見るとまだまだ運動技能としては低いように思われる。もしオリムピック競技化するとなると、やはり個人的にも影響を受けそうである。現在使っているホールは、既に連盟の強化施設であり、更に子供たちなどが増えるとなると、時間割り当てなどの制限を受ける可能性も出てくるのだろうか。今シーズンに地元支部に加盟しておいてよかった。

競技スポーツ化が進むと益々我々の意識とは変わってくるだろうが、技術的な可能性などが探求されるので、追々我々のところにも影響を及ぼしてくるに違いない。そもそも嘗ての岩登りが現在の五級(5a)越え辺りから、スポーツクライミングの域に入り、もはや手袋と山靴や荷物を担ぐと著しく制限されて、恐らく六級上越え(6b, 5.10)辺りが、競技スポーツとしての基本線になるのではないだろうか。今後は最低その辺りを克服していないと、広く話が通じないことになりそうである。



参照:
意識が低い子弟ゴリラ回し 2013-01-05 | 雑感
昨日の雪は昨年の雪 2012-12-08 | 雑感
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by pfaelzerwein | 2013-02-14 00:09 | 雑感 | Trackback

緩和をそのまま示す難しさ

クリスマスから本日六日の「三人の博士」までいったい何度同じCDを回したことだろう。特にクリスマスオラトリオの第二部は二桁の回数を回したに違いない。実演では十二月のフランクフルトの例会でバルターザーアンセムブルの演奏で聞いたのだが、到底比較できない演奏実践が廉価版のCD二枚に詰まっている。

ヘルヴェーッヘのバッハ解釈は基本的に変わらないのだが、初期のヴァージンレコードでの制作録音では現在のそれよりも粗削りながらとてもメリハリもある。同じ現象は同じシリーズのミサ曲集でも明白であったが、このクリスマスオラトリオの出来は更に良い。録音日時を見ると、ロ短調ミサと比べると翌年の89年、地元もゲントの教会での録音となっているが、録音技術的にも成功している。現在の同じアンサムブルの演奏や新録音ならば、更に批判的に彫塑されている細部はいくつかあるに違いないが、そのイントネーションなどは見事なものだ。

何よりもバッハの受難曲オラトリオとの比較が可能な曲の形式や創作の動機付けなどが見通せる演奏実践となっていて、鳴らし続けても局面局面にその創作全体での位置づけなどに思いを寄せると到底飽きないのだ。意外にこうした喜びの表現の音楽表現などは、深淵なそれ以上に困難なのは、悲劇よりも喜劇の方が演じにくいというのにも似ているのだろう。

まさしくそうした難しさがこの同じような受難曲に比較して馴染みを薄くしているのであって、バロックの楽曲としてあまり演奏されない名曲にして仕舞っているのかもしれない。しかし、その多くは演奏実践に問題があったことをこの制作録音が証明している。

シーズン24日目の日曜日の新人講習は、もはやクライミングの新人ではなくて、スポーツクライミングのそれになってきた。実際に登って見せたルートの平均難度は五級マイナスになった。分かりやすく体重移動も極端気味に全部で六本登ったが、その日の体調としてはかなり限界に近かった。クライミングダウンも一度しかしていないのだが疲れた。降参である。次回からは同じ程度のものをもう少しリードで登ってもらって、こちらが休まないとだんだん厳しくなってくる。

顔見知りの爺さんと相棒の医者のことを話したが、同じような年代でも既に技術的に身に着けている爺さんとは違うから、これからが勝負だと話した。爺さんは、「上背のある人はどうしても技術を身に着けるのが遅くなる」と言うのだ。新人との技術難度の差はまだスカラーで一以上はあるが、どちらとも上のレヴェルを登っていくことになるので、こちらも徐々に体の使い方が厳しくなってくるかもしれない。技術的にはまだ余裕があるのだが、完璧にこなす為にはそれだけの体力的余裕もほしい。



参照:
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心も腰も和むように 2012-11-17 | 雑感 
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by pfaelzerwein | 2013-01-07 04:29 | 雑感 | Trackback

頭に血が巡らない大晦日

シーズン22日目はいつもの新人講習であった。予想外の大飛躍があった。自分自身が大分疲れていることを感づかされる場面が多かった。最後の方では私よりも上手に登っていたのには驚いた。こちらが以下に疲れているかと言うことでもあるが、それでも驚くばかりであった。

あの調子で順調に行けばシーズン終わりに五級をこなして同時にスポーツクライミングへと本格的に参入できるに違いない。本人に言わせると「先の何手かを読んだ」ので、リズミカルにオヴァーハングの下でも最小の腕力で登りきっていた。その箇所は丁度私が二三度と試して見せたところである。

普段ならばなにも感じないところなのだが、身体の芯に力が入らないので、中々良い姿勢にもっていけなかったのである。要するに金曜日の疲れが取れていないのである。このような疲れ方は今年初めてであり、如何に腹筋や背筋などの胴に関する普段は殆ど使っていない筋力を使うかということで、七級超えの練習には欠かせないことを示している。

言い換えると、シーズンの前半はこれまでの難易度を如何に確実にしていくかの技術的な洗練に重きが置かれたのだが、後半はその先を見据えての練習と緒戦ということになるのだろうか。勿論その間に確実に戸外へと移せる技術を身につけて実力としなければいけない。

例年ならばここでここまでに飲んだワインを振り返って一年を回顧とするのだが、どうも上半身に血が巡って、頭にはまだ血が巡らない。困ったことである。金曜日土曜日に買い物を済ませておいてよかった。



参照:
若い男性と付き合うと 2012-12-29 | アウトドーア・環境
締切駆け込みに追われる 2012-12-28 | 暦
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by pfaelzerwein | 2012-12-31 20:45 | | Trackback

昨日の雪は昨年の雪

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シーズン十三日目と十四日目は敢えて全く違った練習方法を取った。十三日目の水曜日は日曜日に雪を駆け上がっていたので足が完全に遣られていたのと、大変込んでいたのでトップロープに拘って腹筋力強化練習と技術の洗練に徹した。

誰もほかに現れなかったので町医者の相棒と二人だけの練習となった。しかし彼は、完璧に登れるところが無いので、まるでこちらがドグマを押し付けているように主張する。合理的な練習法を自覚していないともしくは習うだけの信頼感がないとどうしてもそうした愚痴に繋がりやすい。

そうした上手くいかない雰囲気は他の日常生活の中でも埋葬の件だけでなく身辺に纏わりついていて、今ひとつ気が晴れないのは十二月と入っても零下でとても寒くなんとなく十一月の雰囲気を引きずっているからだろう。なんとなく今年の待降節は浮ついた感じで、今ひとつ集中度に欠ける。

そのような按配で十四日目金曜日はロープをリードする練習に徹して、何処を登ろうかと頭をめぐらしていたのだが、前日に睡眠が出来なく殆ど徹夜状態になった。町医者に言わせるとホルモン障害となるのだろう。なぜか女性も含めて身辺には精神不安定な状態の人が増えている。バイオウェザーの影響もあるに違いない。

さて午後から降り出した雪がアウトバーンにも積もったので、流石にホールには人出が少なかったが、秋に始めてアルゴイでザイルを組んだ我々支部の中では古典的なアルプス登山を最もするマルクが来ていた。仲間の女性と子供連れで登っていたが、正しく彼こそが今では珍しいスポーツクライミングをしない、でも強いクライマーである。嘗ての日本の世界で言えば植村直己よりは岩は登れるだろうが、彼にはそこまでの経験は無いだけである。

彼にアレクサンダー・フーバーの話をして、シュヴァルツヴァルトのアイスクライミングの話をすると直ぐに食いついてきた。ああして室内壁の練習に注目することとアイスクライミングを近所で練習することは全く同じ合理的な発想でしかないのである。若し彼がクラシックの難しい山を登ろうと思うならばアイスクライミングの技術を鍛えておくことはとても大切なのである。数十メートルほどの難しい氷壁が出てくるクラシックルートは幾らでも存在する。

そして相棒が今シーズンは燗立てている。それは全く同じように昨シーズン私が彼を叱りまくったザイル捌きの問題である。要するにリードしてみて初めて特に自己の限界域ではザイルに流れが如何に重要であるかに気がついてきたのである。決して嫌がらせではなくザイルをカラビナに掛ける時の体勢つくりを人工壁でのリードの練習の要と目しているので ― この点についてマルクにも触れたので経験のある彼ならば意図が分かったろう ―、容易にザイルを出さない私に腹を立てるのである。

しかし、昨シーズンの私が出来ないかったことの原因をそこに持って来ていたのと同じように、彼にもフラストレーションが大分溜まってきているのが分るのだ。つまり、私が完璧な技術で乗り切るので腕力を殆どつかない分、同じように後を登ることが殆ど不可能になってきているからである。それでも場合によっては私よりランク落ちのところを登って貰って、完璧に登ることで技術を身につけて貰おうと思っているのだが、まだ本人は昨年と比較して腕力が弱ってきていると勘違いしているらしい。それどころか前日に腕力トレーニングをしてきたと言うから勘違いも甚だしい。

なるほどまだ五十歳台のときのそれと比較すると弱ってきているのかもしれないが、それならばますます技術を叩き込んでおかないと八十歳まで登り続けることは不可能であろう。なぜそこを登れないか?、何が足りないか?を自覚して貰わない限りスポーツクライミングの領域にも入りきれない。

そしてなによりも自分自身は、昨シーズン危うく、骨折れだった所が確実に登れるようになって、微妙なバランスと思っていた場所が体重の移動でとても安定して来た。腕力を極力使わずに体重の移動だけで登れるようになってきた。このシーズンで完全にもう半スカラーは先に進めそうである。幾らでも習うことは尽きないのである。



参照:
人類の将来の進展のために 2012-12-02 | アウトドーア・環境
腕力で無しに知力で 2012-11-30 | アウトドーア・環境
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by pfaelzerwein | 2012-12-08 06:39 | 雑感 | Trackback

スタート地点に戻ってみる

日曜日の朝はとても気持ちよかった。初秋らしい空と清々しさは格別である。わけあって、初めて日曜日に石切り場へと向かった。それも朝九時の待ち合わせで、羽織るものが漸く必要なくなったというような感じだった。

集中して二時間の練習であったが、初心者を相手に継続した練成週間の最後から二度目の日程である。予定していた項目を全てクリアーしてくれたのでとても嬉しく、来週末の余裕が生じて、天候次第であるがやれることはこれでやり切れると思われる。

室内でも四度ぐらいしか登ったことがない初心者であり、戸外では初のシーズンでここまでこぎつけるには苦労した。八月の第二週には、奇岩地帯の岩頭で途中で降りると言い出したものだから、こちらは焦ったのだった。私にとっても初めての経験で引っ張り上げることは出来たのだが、懸垂下降が出来ないような感じだったので、仲間がダブルで懸垂下降をしたぐらいである。

兎に角薄笑いのような怯えた表情がそのときは上からは理解できなかったのだが、石切り場で練習したときにも同じような状況になった。これはどうしたものかと思って、その次の機会に、あらかじめヒントを与えた。

それはここからという前段階でザイルにぶら下がってしまうことで、そこで息を整えながらそれからの身体の動きをシュミレーションしてみるということだけであった。それが功を奏して、その後は途中で諦めることは無く完登するようになった。

基本的には信頼関係なのだが、その基礎となる確保システムや考え方をレクチュアーされることで、自分自身で「息を整える」ことが出来るようになったようだ。その説明でもしたように、実際に難しい未知の場所では先行する我々でも中間支点の取れる場所で予めザイルにぶら下がって、手がかりなどを探ることが必要となり、必ずしも所謂レッドポイントで登っているとは限らないので、後続する者も同じように意識することは必ずしも悪くはないのである。

こうした練習に付き合って石切り場の最も簡単なところから虱潰しに登り直してみると、いろいろなことに気がついて自身とてもよい勉強になる。完璧に最も安全に登るためには必ずしもレッドポイントが良いわけではないことは当然なのだが、初心者のザイル確保は殆ど信用できないのでまるでノーザイルで登るようなもしくはシュタイクアイゼンとリュックサックを担いで登る感覚ですると、とても勉強になるのである ― やはりソロクライミングは体力勝負になるのかもしれない。

困難度六級となるとやはりどうしても所謂スポーツクライミングの域になってシュタイクアイゼンでは登れないような領域へと近づくのであるが、やはりそこまでの領域に岩登りの極意が隠されていることを教えてくれて、スポーツクライミングを最も安全に登る全てが隔されていたように認識し直した。要するにビックウォール登攀への基礎技術である。

これで最後の一日は、スポーツクライミング領域での最大限の安定した登り方を伝授できそうである。そしてそのまま自己の限界域まで登り直していくことで、可也天井が広がってきそうである。スキーなどでも同じであるが、シーズン度にスタート地点に一度戻ってみることが上達の秘訣だろうか?



参照:
中庸な道の歴史 2006-08-05 | アウトドーア・環境
ゲマインシャフトの人種 2008-09-25 | 生活
ゴミで咳き込んで酷く咽る 2009-04-02 | アウトドーア・環境
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by pfaelzerwein | 2012-09-02 21:06 | 雑感 | Trackback

緩い傾斜と緩んだ気分

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疲れが残っている。大したところを登ったわけでもなく、二日しか本格的に登っていないのにである。テント生活もひとりテントだったので比較的良く眠れた。手首の調子も出かける前よりも良くなったぐらいである。

しかし、眠く、上半身に凝りがある。車の運転のためか長い懸垂下降のためか、それとも家族ずれに付き合ってのクレッターシュタイクにゆえなのかは分らない。なるほど長い距離を登ったのは間違いないが、歩いて上から降りてくる距離も意外に知れている。上へ上へと攀じたので、昨年の秋の24ピッチの斜めに斜めに登っていくよりも高度差も出る筈だったが、やはり傾斜が緩いのだろう。

それでも疲れが残るのは強い陽射しや俄か雨などの天候の影響が多かったからに違いない。二日目の登り出しは急に疲れのようなものを感じた。その後陽射しに射さされて爪先が痛くなってきた。そして8ピッチほどまで上がると漸く調子が出てきたのだった。

なるほどその場所でアドレナミン放出的な気張るべき印象に残る場所が出てきたりするのだが、やはりそうしたメリハリのようなものが必要なのは間違いない。そこからするともう一ランク上の困難度が続いていたとすると丁度にわか雨が来た頃に疲れが出てきていたかもしれないのである。

偶々、そうした時点で初めて真剣味が出てきたような按配だったのだ。逆にそこまで熱心に登ってきていた者はあの時点で可也ショックを受けたのは当然であろう。とは言い乍、掌が水浸しになるような状況で登った経験はこうして徐々に過去を思い出すぐらいだけである。

兎に角、大きな壁を登り切る準備はまだまだ出来ていないと言う印象である。もう一つ登れるスポーツクライミングの難易度を上げると同時にやはりもう一息のパワーがつかないと駄目であろう。



参照:
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by pfaelzerwein | 2012-06-14 04:12 | アウトドーア・環境 | Trackback

ヴァイオレンスは爆発だ

可也怖い夢を見た。何度かあるように諜報部員ものというか、今度もミッションイムポジブルの主役である。高層ビルの窓から飛び出したり壁を登ったりはしないのだが、大きな会社の本社ビルのようなところから脱走するのである。地下へと降りる駐車場から上の受付カウンターのような場所での潜入風景があって、最終的には強引に緊急脱出なのである。エレヴェーターを降りて敵を蹴散らして、一人の男の頭を壁に割れるほど叩きつけているのである。完全なヴァイオレンスものである。流石に気が引けて目が覚めた。

昨晩のクライミングで可也いらいらしたことが原因と知ると余計に怖くなった。いらいらするにはそれなりの理由があるのだが、相手に殺意にまで結びつくような敵意を持っている訳ではなく、寧ろ永くよく知っている人間であるからまさしくいらいらさせるものが良くも悪くも彼の個性であることは分っているのである。

それにしてもあまり長くない時間を熱心に集中して登るのは良いのだが、十分に登れる困難度のところをみっちりと登るのに付き合っていると結構以上に疲れた。そもそも彼のクライミング上の問題はここぞの爆発力がないので、どうしても下のレヴェルでしか登れなくて、それが年齢的なパワーの無さかどうかが分らないところで歯痒いのである。

それならば冬の間にトレーニングを積んで爆発力をつければよいと思うのだが、どうもご本人はそこにも考えが及ばないようで、困難度五級を丁寧に登ることに全てを掛けているようにしか思われない。人間的にもそうであるように信頼性をもって丁寧にと表現すれば聞こえは良いが、要するに自らが限界を決めているようなところがあって、自らの枠を一歩も超えないことを人生哲学としているような風である。まあ、彼からするとこちらは、「思いのほか、本番に強い」と言う印象と共に、「誇大妄想」と思っているのかも知れないが、それだけの準備はこつこつと積み上げているのである。

そのような按配で、何時もはトップロープで簡単に登ってしまう四級ほどのオーヴァーハングもお付き合いでロープをリードしながら登らされると、まるでお仕置きのようで無駄に疲れるのである - 四級の場所とは一般的に息抜きがどれだけ出来るかが鍵なのだ。流石に何時ものパートナーとは違ってザイル捌きの信頼度は高いのだが、それだけに心理的には窮屈なのである。ご本人は手掛かりが良いとご満悦だったようだが、要らぬことに力を使っているようで余計に疲れた。

クライミングも結局は六級をこなしていかないとスポーツ的な意味では駄目なのであり、スポーツクライミングとして身体的に太り過ぎでない限りは練習量でマスターできるものであるが、これも動機付けにおいて個人差が大きいようである。

明日は、今年も共に長い距離を一緒に登ったライヴァルが合流するという。それはそれでお互いに火花を散らさなければいけないのだが、これまた性格が全く異なる人物であり、三人三様で賑やかになるだろう。兎に角、こうした仲間で大きな壁で代わる代わる六級以上を何時でも登れるようなメンバーが二桁ほど集まるのが理想的であり、そうになると様々な可能性が広がるのである。

先ずは栗入りザウマーゲンの最後の二切れを食して明日に備えたい。午前中に仕事納めとして、晩に備えたいものである。野菜は既に購入した。それにしても火曜日の疲れが腰に来た。この冬シーズン初めてである。



参照:
とても単純なことを思う 2011-12-28 | 雑感
中共が辞さない宣戦布告 2011-12-25 | アウトドーア・環境
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by pfaelzerwein | 2011-12-30 03:50 | 生活 | Trackback

初めての十一回回数券

冬のシーズンを始めた。先週は中途半端な天候で室内で汗を流すという雰囲気ではなかったから一週間遅れた。それでもクライミングホールは、同時に48ルート登れるメインホールに七組ぐらいしか居なかった。延べでも夜の三四時間で二ダースほどの人数だったろうか。まだ外が本格的に冷え込んでいないので少ないのだという。

この時期は急に日が短くなるので、陰鬱となるので、余計に汗を流したらよいのだが、なかなかそれも儘ならないのが人の性である。

先の天気の日曜日も外で登ってきたと言うスポーツ医師と、4-から始めて6-までを三時間みっちりと登った。先シーズンの終わりの時点と比べると明らかに丁寧に完璧に登れるようになっており、更に変更後初めて登るルートでも殆どものに出来た。

足腰と上半身の筋力の瞬発力と持久力が強化されていて、三時間でもまだまだ余力があったので、今シーズンの先が楽しみである。

最近は仕事でマインツへと往復していると語る我々のセクションのスポーツクライミングの指導者に出会った。安全ベルトの足紐の吊りの長さを直してくれたのだが、既に室内で何度か登っているようであった。

次は、ザイルを使ってスポーツ医師にリードする練習をして貰う予定で、自ずと今回は僅か二本だけであったオヴァーハング領域での割合が増えていくだろう。腕力に偏重した登りであったが、最近は意識してクライミングダウンなどを合わせて練習しているので大分技術力が増してきている。

対照的に私自身は、ダイナミックな身のこなしが徐々に強化されてきているので、全身のばねと体幹を強化することで、空中姿勢を安定させたいのである。

板の間の床をクライミングシューズで歩きトップロープにぶら下がったので、どうしても腰に張りと違和感を覚える。腰痛とまではいかないが、そのようにならないように鍛えなければいけないのである。

それにしても冬場に室内で体を温めて、柔軟に運動できることの素晴らしさを今年ほど感じたことはない。十一回回数券を買ったシーズンの進展がとても楽しみである。



参照:
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by pfaelzerwein | 2011-11-12 20:06 | | Trackback

制御出来ないからこその環境

千葉県流山市で受動喫煙防止条例が発効したという。今回の福島でホットスポットとして有名な地域であるが、受動喫煙と放射能被曝とではどちらが発癌率が高いのだろう?公共施設の建物内での禁煙は今や世界的に常識であり、飲食店などの分煙も常識になってきているが、公園など戸外での受動喫煙などの影響はかなり低いに違いない。受動喫煙というよりもポイ捨てなどの防止策なのだろうか。

森をいつものように走ると倒木が目立って道が塞がれていた。昨年に塞がれた箇所は春に切られて開けられたところだったが、今回塞がれた部分も切られるまで半年位かかるのだろうか。涼しくなって記録が伸びるかと思ったが、全然駄目である。月曜日に別な林道を走ったときも十二分走るのに1500歩と、なぜか低調なのである。しかし木曜日の川沿いの往復コースでは十六分で往復ともう一息であったが、腰が痛んだ。

ミュンヘンのオリムピックスタジアムで開かれたスポーツクライミング世界大会のボールダー部門でドイツ人女性が十四年ぶりにメダルに輝いたようである。四千人の観衆を集めての最終課題を登り終えて二位に輝いた。

2013年に2020年の正式競技を目指してオリムピックへの参加種目になる可能性がある。室内での競技もザイルを使わない上のボールダーなどで可也特化されていて可能性は少なくないであろう。今回のユリアン・ヴュルム二十歳もアルプスから遠い平地ボッフム出身で、十二歳で室内ではじめたというから、室内の人工壁の賜物なのである。

90年前半には連邦共和国にただの四つしかなかった人工壁が今や400以上あるというからその間の進展が窺える。私自身、近所の人工壁は、山道具屋の裏にあったそこで試して、その後はギムナジウムの体育館のそれを使い、本格的に常習的に通いだしたのはこの二年ほどである。少なくとも車で三十分以内の場所に本格的な壁が四箇所あるので場所には事欠かない。

その二つは私営のもので他の二つはアルパイン協会の支部の所有であるから、学校の体育の授業や幅広い指導体制と底辺の広がりで、今後は更に強い選手が輩出されてくることは間違いないであろう。

もちろんそうしたスポーツ活動と先ごろ全8000mの高峰を制したシュヴァルツヴァルト在住のオーストリア人カルテンブルナー女史などの活動は殆ど共通点は無い。特に、世界で二人目の女性だろうが無かろうが、韓国女性が登頂を誤魔化していようがいまいがどうでも良いというのが、まさにオリムピック競技と異なるところなのである。

要するに酸素を吸うとか吸わないの制限も、自然環境をとどのつまり制御できないという環境意識の中でのアルピニズムであったので、そうした環境を誰にも公平にフェアーにして競争させるスポーツとの、最大の差異がそこにあるのである。

逆に言えばそうした環境を無視できるような行いならば、アウトドーアスポーツの存在価値などもなく、環境が制御できないというのは、受動喫煙は抑えることが出来ても放射能の被曝は制御できないということでもある。



参照:
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