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刃物要らずの親方殺し

バッサーマン・ヨルダン醸造所の醸造親方兼取締役員に思いがけない所でであった。久しぶりだった。ナンタルチア・サンタルチアだ。よりによってナーヘのデーノッフ醸造所の試飲会で会うとは思わなかった。私がしばらく顔を出していないことは知ってるか知らぬかは知らないが、久しぶりだということになった。当然だろう。どうもそこでの試飲は初めてであったようで、私も同じだ。少し話しているうちに、話は木樽の方へと向かった。私自身はそれを話題にしようとは思わなかったのだが、親方の方が私の顔と木樽は強く結びついているようだった。まるでこのブログを訳して熱心に読んでいるかのような錯覚にこちらが陥るほど、私の考えていることが分かっている。流石に当事者であり、専門家だ。私は初期のころから、なにも彼の仕事振りに関してはそれほど厳しい判断を下していなかったのだが、親方の方は我々従来からの顧客に裁かれているような気持ちは持ち続けていたのだ。そしてしばらく顔を見せないとなると、こちら以上に気にしている感じ察せられた。

親方も友達らと来ているようであり酒も入っていて、私も入っているので、機械摘みの話はしなかった。すると喧嘩になる可能性があると感じたからであり、そこまで立ち入る気持ちもない。しかし、トニー・ヨースト醸造所で彼の同僚のハウク取締役の話が出たことなどをした。そのような醸造所に出入りしているのかとか思ったかどうかは分からない。そして、瓶の栓の話へと流れていく。全て木樽の酸化工程と繋がる所謂瓶熟成の奥義へと話が流れる。「うちは10%ぐらいしかいかない」と吐き捨てる。それは「あなたのワイン哲学だから」と彼の就任当時のことを思い出しながら一定の理解を示す。

その横には、ゲスト醸造所のキュンストラー醸造所の親仁がこちらを見ている。先ほど試飲しながら「お隣のヴェルナー醸造所の顧客で、お宅にも十年ほど前に出かけている。」と話すと、「ご近所の付き合いで、町全部が一体になるのが大事だから」とその醸造の協力体制の話をしてくれる。これも彼にとってみれば町の古い醸造所の顧客となると自分がどのように見られるかがとても気になるようだった。

そしてそこにおいてあるリースリングにカビネットと書いてあるのを見つけて質問すると「うちの顧客はどうしてもそれに拘る傾向があって」と説明するので、「私はワイン街道から来ているのでね」と言うと、「どういう意味か分かるよ」と答える。その後の親方との出会いと話だったのだ。

ここで冗談めかして書いているが、これではまるでそのままどこの醸造所に出かけても「会長私設の隠密」と思われても致し方あるまい。ワインコンサルタントでもなんでもない私の発言がとても重い意味を一流醸造所のオーナーや醸造親方に投げかけていることを改めて気がつくのだった。

醸造親方は、オーナーの死去と相続後の状況についても肯定的に説明していた。そして尋ねると、ウンゲホイヤーがよいのではないかとも話していた。それなら近々伺うよと話した。勿論そこまで親方直々に推薦されたなら飲まずには入れないだろう。たとえそこで機械摘みの証拠ヴィデオを写していたとしてもである。勿論事情を質す事も必要になろう。

そして話を終えて様子を伺っていると、キュンストラーの親仁のところに行ってドムデカナイを幾らだと譲ってもらっている。隠してあったリースリングだ。そして尋ねている、「木樽の比率は?」と親仁は「60%」と胸を張って答える。

その後、これはと思って私も購入しようとするとそれが最後だったようだ。結局他のものを貰おうとすると現金がないことに気がついた。「送金してくればよく、ドムデカナイも送ってあげる」と言うが、先ずは「また近々ホッホハイムに伺う」ということで三本だけ持ち帰った。

キュンストラーのワインに関しては改めるとして、バッサーマン・ヨルダンの親方が面白いことを漏らしていた。ワイン街道と比較して、ナーヘの摘み取りは難しいことを向けると、「果実の成熟が遅いので、それはそれで利点もある」と答えた。これはとても意外だった。つまり開花から何週間か時差があることで、秋を長く使えるということになる。つまり酸の分解に功を奏するというのだ。勿論それは貴腐の入った甘口のリースリングを醸造する場合は通説であろうが、天候によっては2012年のように健康な果実から息の長い辛口も醸造できるということにもなる。



参照:
現場を掴んだ証拠写真 2013-10-13 | ワイン
F・芸術家と名乗る醸造所 2008-10-04 | 試飲百景
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by pfaelzerwein | 2015-06-10 20:51 | 試飲百景 | Trackback

滑るに滑る春の雪

春の雪だ。それにしても気温が零下三度にもなると道路状況は悪く湿った雪なだけに滑りやすく、ABSやESBが活躍する。雪の量は少ないので積もった感じはあまりしないが、滑りに滑る。

前日が雨だったために朝起きして走るつもりだったが、屋根積雪に目覚める塩梅であった。それでも着替えて銀行により、パン屋に行くが降雪量が比較的多くて、濡れると風邪をひきそうなので家へと引き返した。

どこかで小澤征爾と見かけたので日本のYAHOOなどに入れると死亡と出る。そんなことは無い筈だと思ったが、如何に多くの人が死亡のニュースを気にしているかが分かるのである。二月までは完全休養の予定であったようで、NHKをはじめORFなどで二月の声明が短報として伝えられている。

先日バッサーマン・ヨルダン醸造所の2010年産アウフデアマウアーを開けた。天然酵母を使った商品で、今年からブルゴーニュの等級システムに全面改変した醸造所でもリストアップされている。購入理由は酸の強さと天然酵母の酵母臭さがいづれ綺麗に瓶熟成するとしたものである。

結果は予想通りで瓶詰め後二年を迎える前に十分に練れていた。酸も十分に角が取れていて上質であり、酵母臭は消えていて、それでも十分な広がりがあったので、昨今のこの醸造所のものとしては秀逸であった。もはや新酒試飲会にも行く気の失せた過去の朽ちた醸造所であるが、ブルゴーニュシステムで十分なテロワールの表出が叶うかどうか真に危ういところでもある。

兎に角、厳選はしていても過去の付き合いから行きつけの醸造所や送られてくる案内が増える一方で、購入や試飲のためにはより一層厳しい基準を設けていかなければ対応できない。名門と呼ばれるところはその価格も実力不相応に高くなってきておいり、古い顧客層に愛想を尽かされたこの醸造所の価格はその質とはかけ離れる一方であろう。

雪は降り続く。春の雪らしく大雪になるのだろうか?ジャパンイムポートと称するCDシリーズから、エラートの1986年録音のボストン交響楽団との小澤の悲愴交響曲に窓の雪を視野に入れながら耳を傾ける。それにしても見事な演奏であり、十万ヴォルトの指揮者全盛期の感もある。

小澤指揮のLPはいくらか持っていてもCDは二枚しかないようだ。ベルリンの管弦楽団との安売りのプロコフィエフ全集も断念したのはやはりそこの重い弦の響きよりもボストンなどの瀟洒なそれの方がこの指揮者の演奏実践には合うような印象は矢張り正しいだろうか。もう一つのラフマニノフの協奏曲集もサロン風と呼ばれるように軽やかで良いが、ピアニストのジメルマンがやろうとしていることに耳を傾けるとまた面白い。ある意味、欧州的な感覚でいくとなかなかラフマニノフ的感興も一筋縄ではいかないことも当然であろう。北米的な合理主義の限界や再構成された文化の姿が浮き彫りになるのかもしれない。

今晩の夕食は若ニシンにジャガイモの塩ゆでか。



参照:
既視感と焦燥感の恍惚 2007-12-03 | 文学・思想
天候不順の自立神経失調 2011-08-16 | 生活
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by pfaelzerwein | 2013-03-13 00:19 | | Trackback

泥酔が愉快でないライフスタイル

承前)それに引き換え軒ならず地下蔵を貸したバッサーマン・ヨルダン醸造所のワインは、三月から比べるとずっと出来上がっていた。甘みも抑えてあり、概ね上出来で、2010年のような除酸の苦労もすることなく、2008年のような嫌味な酸もない。

それならばどれほど安く、良いリースリングが飲めるかと期待するが、それはあまり適わない。先ず、グーツリースリングは悪くは無いが、風味などで魅力は少ないだろう。価格7.90ユーロをどのように見るか?

ラーゲンヴァインでは、ライタープファードからヘアゴットザッカーと悪くは無いが、10ユーロを超える価値があるかとすると、競争力は可也低い。辛うじてキーセルベルクの10.50ユーロが勝負どころである。この価格でこれ以上に魅力あるリースリングは何処で見つかるか?

その他は、ウンゲホイヤーやアウフデアマウワーなど一連のものは悉く競争力を失っている。但し、安心して楽しめる白ワインであることには変わりない。

そこでブルグンダー種を評価すると、ピノブラン、ピノグリの後者は酸が多い年のものの方が楽しめる。同様にシャルドネも上手に醸造していてソーヴィニオンブランなどは新鮮でよい。ムスカテラーもそつが無い。

甘口においてはイエズイーテンガルテンがその土壌の個性を発揮していて良かったが、2011年は甘口の年ではない。

結局、こちらの消費者としての態度如何である。BGM代わりの音楽鑑賞と同じで食事に自動的にワインを開けるライフスタイルとすれば、なにも考えることなく適当に瓶を開けて、グラスに注いで食事を流し込めばよいのである。そうした需要には、7ユーロ程度で飲み応えもあって、尚且つ飲み飽きしないリースリングがあれば十分なのである。そのような目的にはグーツリースリングが適当である。

しかしである、個人的に、最近は晩酌でストレスを解消するという生活から身体を使ってのリラックスと覚めた状態での身体の緊張と緩和でスポーツ能力を高めようとしているので、アルコールに酔うのがあまり愉快でなくなってきている。

要するに晩酌で開放という生活から、食前酒で食欲を刺激して、食事との相性を楽しむワインとなってきていて、そこでは酔い潰れる感覚から程遠くなってきている。身体の運動量やその他神経系の作用に違いない。

そこで必要なワインであり、薬膳のように薬酌となるワインは特別なワインが選ばれるのである。そこではもはや量ではなくて質が問題となる。なるほどリッターワインは安いが、飲み飽きするばかりでなく、パーティーぐらいでないと残りの不味い気の抜けたワインを飲む無駄が生じるのである。

要するに口が贅沢になったのである。そして特別なワインはところ構わず集められるのだが、どうしてもその発見の頻度からしてドイツのリースリングが多くなるのである。若しブルゴーニュに住んでいたならば全く異なる食生活をしているだろう。

青スレートの研ぎ澄まされた薬草香味のリースリング、玄武岩の肌理の細かな酸と静かな熟成、千枚岩の構築感のある透明感、雑食砂岩の厚かましいまでのゴツゴツ感など、こうしたものを食事毎に愉しめたらどんなにか幸せだろう。

そうしたリースリングを毎年探すのが一苦労であり、価格も嵩む。平素の食事に幾らまでの予算が計上可能か?7ユーロを年間180本開けるところを120本以下と削減すると、平均10ユーロ以上まで質を上げることが可能である。それならばシェーンレーバー醸造所のグーツリースリングなど安くて興味深いものを含めて、上限も上がるので予算を超えない。

ドイツのリースリングは今や価格が高く、私が探して食指を動かすようなものは到底市場には乗らず、あったとしても大変高価な商品となる。エリートのワインであるという意味は、その価格ではなく、吟味や取得、保存、飲み頃の推測などと、とんでもなく難しいからである。私自身も、上手に蔵を回すことで、いつも欠乏状態の在庫からその日の一本を選び出す、殆ど綱渡りのような遣り繰りをしているのである。良いワインなどは箱に余って在庫処理なんてことはありえない。(終わり)



参照:
ゲーテには難しい青粘板岩 2012-05-13 | 試飲百景
二分咲き帰りには四分咲き 2012-03-18 | 試飲百景
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by pfaelzerwein | 2012-05-17 05:28 | 試飲百景 | Trackback

二分咲き帰りには四分咲き

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今年初の試飲会であった、出かけるときには二分咲きだったアーモンドは帰りには四分咲きになっていた。まるで他所の子供の成長を見るようだ。

さてワインの方の歩みはそれほど速くない。少なくともクリスマス前に出ていたバッサーマンヨルダン醸造所のリースリングは殆ど変わっていなかった。寧ろ酢酸のような酸が目立って、まさしく一部の評論家が危惧していたような早摘み、早醸造の悪さが出ている。

酸が弱い2011年産であるが、所謂酸が分解されていない質の悪い酸が多いとなるとこれは品質の問題となる。反対に上位の商品では酸の弱さが感じられて、要するに若干中途半端な収穫時期となったのではないかと想像する。

実際、重要な商品であり2010年は久方の返り咲きとなったウンゲホイヤーは、ミネラル成分の強さはたいしたものとしても、酸が弱い。こうしたリースリングは長持ちしない。折角ご進物に使おうと思っていたがとても残念である。

同じような傾向は天然酵母醸造のアウフデアマウワーにも通じる。これは樽試飲であったので色合いも緑でまだ十分に熟成しているようには思われなかったので仕方ないが、2010年産に比較するともう一つ物足りない。

丁度中間地帯にある今年の新商品のピオニーアは美味く造ってあるが、その価格どおりの価値があるかどうかは別である。同じようにブルグンダー種はどれも気楽に飲みやすい味筋となっているが、比較的ファーストフード程度で遣る瀬無い。スヴェニアオン・ブランの緑ピーマン味は強烈だったが、シャルドネーなどもドイツでこうしたものを栽培してどれほど価値があるのかと思わせる。

流石にキーゼルベルクは美味く仕上げてきていて、結局手間のかけ方などにメリハリをつけているようで、若干白々しい面を感じる。その傾向では、新しいBJの家紋の入っていないエチケットは散々な評判で、もはや今までのものを捨て去る必要があるように思われる。伝統あるバッサーマン・ヨルダン醸造所はもはや昔の面影は殆どなくなった。固定客層も大幅に減ってきたように思われるがどうだろうか?

とても難しいところにきている。葡萄が成熟して酸が綺麗に分解して、ワインが熟成するには時間が掛かるが、栄光が斜陽となるのは一瞬である。ピオニーアーなどとBJ家を称える商品を出した醸造所であるが、もはや過去の栄光となっていることを語っているだけではないだろうか。



参照:
初雪で漸く冷えてきた 2012-02-01 | アウトドーア・環境
はなの憂鬱 2011-03-21 | アウトドーア・環境
いよいよ四月本番の空気 2009-04-04 | 暦
寒の戻りの鮭のクリーム煮 2009-03-22 | 料理
高度差によるミクロ気象 2009-03-20 | 暦
四旬節に香る春の響き 2009-03-15 | アウトドーア・環境
小雪ちらつく強い花並木 2008-03-07 | ワイン
アーモンドの咲く里に 2007-03-16 | 試飲百景
実も殻もないはなし 2006-04-27 | アウトドーア・環境
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by pfaelzerwein | 2012-03-18 02:49 | 試飲百景 | Trackback

玄人もよく分っていないこと

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承前)繁々と実る葡萄からどんなワインが出来るのか?イエズイーテンガルテンの区画に涼しげにぶら下がる葡萄からはグランクリュリースリングが出来上がるのに対して、その健康さからこれまたそれなりのワインが出来る筈である。しかし、量を落としていないことでミネラル風味は少なく、葡萄ジュースの延長であるフルーティーな極一般的な土地のワインが出来上がる筈だ。ただしそうしたワインは腐りがなくても俗に言われる下品なリースリングとなりかねないほど、2011年の特徴を出した葡萄を反映させるには限度がある。

それでは、なぜ土壌だけでなく、その年の気象の特徴が出ないといけないのか?それは簡単である。自然の恵みである農作物であるからだ。それが必要ないならば、遺伝子工学を駆使して、化学工場の技術で毎年同じようにアメリカ大陸の所謂コーラワインを製品化すればよいのである。欧州はそれに与しない。

その点で、グランクリュつまりグローセスゲヴェックスのリースリングが複雑であり高価な分だけ、長く瓶で熟成するのでその分飲み頃が難しいゆえに、我々愛好家はその啓蒙に骨が折れるのである。要するに欧州以外の人間にもその価値が分るように啓蒙してあげなければいけない使命がある。

それならば同じ区画や土壌からのグランクリュならば同じかといえば全く異なるのである。これは既に九月十九日に報告したとおりで、例えばフォン・ブール醸造所などは全く異なるコンセプトと経済的な理由から多くの葡萄を腐らせていた。それはそれで、早めに選択して収穫してしまえば、健康な葡萄からの清潔なリースリングが出来上がるのである。しかし、ここ十日ほどの世にも珍しい秋の好天による酸の分解を経た葡萄は全く活かされないことになる。まさにこの点が、既にこの時点で2011年産グローセスゲヴェックスにおけるこの醸造所の価値を限定して仕舞っているのである。

こうしたことは玄人もあまり書かないどころか、分っていないのであるが、以外にもその薄造りの味質や深みにかけるリースリングにそれが出ているのは誰でも感じることが出来るのである。それはそれで初心者には分りやすいヘアゴットザッカーなどの日常消費ワインを上手に醸造しているのであるが、我々リースリング愛好家には其処が物足りないのである。オーナー醸造所ではないので限界があるとしても、所有する地所からすればなんとも惜しい結果しか生まれない。

現時点で既に全てのグローセスゲヴェックスは収穫されてしまっていて、同じようにバッサーマン・ヨルダン醸造所も殆ど収穫を終了している。現時点で最後まで粘っているのはビュルクリン・ヴォルフ醸造所であり、流石にオーナーの決断が効いているのである。そして、それだけではない信じられないほどの健康さをその葡萄は保っているのである。そうした葡萄から醸造されるワインがどれほど価値が高いのか?(続く)
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by pfaelzerwein | 2011-10-02 23:37 | ワイン | Trackback

期待をさせる今は昔の新商品

本年初の試飲会であった。春の試飲会は、前年の出来たてのワインを飲んでその出来具合から購入計画などを立てるのに大変役に立つ。そのような按配であるから必ずしもおいしいワインを試せて購入できる訳でないが、逸早い情報として樽出しのワインなどを一足先に試せるのは願ってもない体験である。

総括からすれば、バッサーマン・ヨルダン醸造所では上のような傾向から早飲みのブルグンダー種のワインを早めに瓶詰めしておいて、社長に言わせると「どうせ若いリースリングがお客さんも判断出来ないから」と両方の売り時期を意識している。

そうした明快な方針が功を沿うしていたのか、昨年のクリスマス時期から販売していたソーヴィニオン・ブランだけでなく、あまり良いと思ったことの無いピノグリまでが十分に買えるレヴェルに出来上がっていた。その中でも、シャルドネも立派で、些か大量生産品的な個性の薄さはあるが、ピノブランやムスカテラーやブランデュノワールに混ざって光彩を放っていた。やはり2009年の順調な春をここに留めている。

リースリングにおいては先日のグーツリースリングへの見解を社長に確認しておいたのだが、五月まで待つのも悪くは無い。いずれにしても2009年のリースリングは肌理の細かさがあるので、丁寧に作ってある、肌理の細かな味の出る土壌のものは大変期待出来る。酸の質も軽やかでいて核があるので、2005年産よりも軽妙でありながら、2007年産よりも重心が良いようだ。

もっとも皆の注目を与えたのが樽だし試飲のウンゲホイヤーSであって、今年からの新商品となる。我々が盛んに要望したシュペートレーゼ傾向のものという答えがこれである。要するに30ヘクトリッターまで収穫量を落としているのでグローセスゲヴェックスへとぐっと近づいている。それでもエグサが出ないところが嘗てのシュペートレーゼを思い出させる。少なくとも昨年までのそれからすると大文立派になりつつ、価格は14ユーロと最小限の上げ幅で押さえられている。残念ながらスクリューキャップのようだが、木樽でない限りそれほどの熟成は考えられずないので致し方ないだろう。

同じSシリーズにグラインヒューベルが並び、これは少し甘みが勝っているので価値は寧ろ落ちるかもしれない。それほどウンゲホイヤーが良かったということである。天然酵母醸造のアウフデアマウワーは、おそらく木樽だろうが、コルク栓で比較的お徳ではないかと感じた。今年のものが今までのなかで一番上手に出来ている。

赤ワインに関しては特に語ることもない。その中にあるシュヴァルツ氏の赤ワインはオーナーの名の醸造所産であるだけであまり興味を持つものは少ない。

おばさんが、「私は青年様式のエチケットが素晴らしいと思うのだけど、ブルグンダーのエチケットは嫌いよ。オーナーのニーダベルガーのセンスを疑うわ」と文句を付けるのである。こちらはそれに関しては色々と考えることがあるが、「いや昔は百パーセントリースリングでブルグンダーを醸造していなかったわけだからさ」と反論しておいた。そして、今2009年産のキーゼルベルクを買うなら2008年産にしておきなさいとアドヴァイスしてあげた。

レストランのソムリエの女の子に「今年はどう」と振った。「バランスが良い」までは良かったが、「長持ち」はどうだろう?
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by pfaelzerwein | 2010-03-14 06:33 | 試飲百景 | Trackback

葉緑素味の2009年産との出会い

本来ならば2009年産リースリングの飲み比べをするところだったが、まだ体調が不十分で、断念する。その比較対象の一つバッサーマン・ヨルダン醸造所のグーツリースリングの感想なりとも書き留めて置こう。

先ずは何よりも色が違う。まるで青草のように緑がかっている。そして、その味はその色の影響か、まるで葉緑素味なのである。そのクロロフィルの「味質」は別として、その含有量の多さは開花時期の疎らや秋の実りの葡萄の緑の美しさに記憶に新しい。

2007年産における生物学的未熟性とは異なった生物学的成長をその葡萄が経て、天然飲料であるワインにこうして反映されていると考えて間違いはないであろう。あと数種類のリースリングを飲めばそのことも断定できるが、先ずはここでは印象としておこう。

その青臭い印象が早摘みのこのクラスのリースリングだけの特徴だとは言えないのは、カビネットクラスの収穫時期も青々した新鮮な葡萄であったからだ。反面最後まで残していたグランクリュクラスの葡萄にはこの傾向は少ないのではないかと思われる。

心配されていた酸の量感は決して低くはないが、先日飲んだソーヴィニオン・ブランの糖過多に見られるように、どちらかと云えば例年に比べ引っ込み思案な繊細な酸である。つまり、2008年産の押し付けがましさがない分、より多くの人に好まれるに違いない。しかし、2007年産のあの新鮮さに欠けるのも特徴である。

さてこの嘗てはサマーワインとして売られていたグーツリースリングであるが、名前が変った分アルコールが12%に上がっており、暑い夏に飲むにはもう合わなくなっている。かといって深みがあるかというと、青臭くさらに酵母味の日本酒のような醪感が頂けない。

百周年を迎えたVDPの現行のカテゴリー分けとして入門者向けの手軽なワインであるグーツリースリングであるが、なかなかうまいワインには巡り会わない。これとオルツヴァインやラーゲンヴァイン、グローセスゲヴェックスなどを比較する対象としては良いが、これがVDPの考えるように「出会いのワイン」となるかどうかはなんとも分からない。年毎の特徴を出して、おかしな手練手管を加えていないことでは自然派ワインには違いはないのだろうが。

音楽など芸術も、自動車などの工業製品でも皆同じであるが、これらグーツヴァインと上位クラスとの差異が判る者には判り、判らない者には判らないとなるのかもしれない。問題は、その判らない者にこうしたワインがパイロット的な価値を持つかどうかである。

おそらく、こうしたワインを自らの口で的確に批判出来る者はそれが判る者に違いなく、その批判点が見つける事が出来るとどうしようもなく上位のものが欲しくなるに違いない。そこに見つかるのは深みであって、容易に判断のつかない深遠であって、それに気がつくと病み付きになってしまうのである。そうなれば一本のワインに三十ユーロの投資も厭わなくなるのである。逆にこれで満足出来る者は要らぬ苦労をしないで良い訳で経済的にもその方が宜しい。高級車とは違って、ワインの場合は一食の外食を我慢するだけで、誰にでも買えてしまうだけにやはりこうした裾物の商品で批判力を養うのも重要であろう。



参照:
昨日の記事のGutsrieslingです。 (saarweineのワインに関してあれこれ)
エチケットの守護聖人 (新・緑家のリースリング日記)
ユドロ・ノエラ ACブルゴーニュ 2007 (ワイン大好き~ラブワインな日々~)
初夏の夕餉を思い浮かべながら 2010-03-03 | ワイン
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by pfaelzerwein | 2010-03-08 03:15 | ワイン | Trackback

レタスに美味しいアヒルの子供

自宅で初めて2009年産のワインを開ける。否、ボージョレーヌーボーは既に三本空けた。しかし、まともなワインとしては初めてである。クリスマス前に購入したソーヴィニオン・ブランである。

開けた時は試飲のときにはあまり感じなかった酵母臭のようなこの品種の持つケミカルな香りにたじろいたが、飲んで食事に入るととりわけ新鮮な香りが楽しめた。

ある意味培養酵母のその質を感じさせるのだが、2009年産のこの品種はかなり良いと思う。なによりも野生の果実の風味が強いので、他のトロピカルなフル-ツ風味を感じ難いほどである。

印象では、2008年産よりも2007年産により近い。まだ瓶詰めから二月も経っていないこと冬であり、バッサーマン・ヨルダン醸造所が出したこの品種のワインとして最高のものである。これは、2009年産の更に良いものに否応無く期待が高まる。

雪の下での生活で、野菜の値上がりが顕著である。大きな胡瓜は、一本50セントを切って売っていたものが、今は一ユーロ二十ほどで倍額以上している。それは予想済みであったので、まだ八百屋に行かずに頑張っている。

その代わりスーパーで、レタス一頭69セントほどで獲得できた。このお蔭でなんとか、ザウワークラウトなどを青い野菜で補うことが出来ている。

それに食したのがアヒルの足でこれも上のワインに美味かった。
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by pfaelzerwein | 2010-01-14 02:51 | ワイン | Trackback

旨くない途轍もない将来性

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解禁の日バッサーマン・ヨルダン醸造所で2008年産グランクリュリースリングを試飲した。ものすごい酸の量感に圧倒された。グローセス・ゲヴェックスとして生産されるようになってからはじめての本格的な酸濃度であろう。

最初に試したペッヒシュタインは現時点では例年並に閉じているのだが、その酸が殆ど胃酸のような臭みすら持っていて、まるでクリストマン醸造所のそれを思い出させるほどの酢酸のような酸である。この時点で、このワインを購入するのは年季の入った顧客で殆どが予約している客であろう。もし、地所ペッヒシュタインやこの醸造所に馴染みがなくて現時点でこれを選べる専門家がいたら私は弟子入りしたい。それほど、全く旨くないワインなのである。

それは同様に例年は万人向きのフルボディーのリースリングが出来上がるホーヘンモルゲンでも良く事情は似ていて、その力は様々なベクトルとなっていてそのなかでも当たりの強い「酸にあたる」人が普通であろう。既に樽試飲したビュッルクリン・ヴォルフのそれも2008年産は決して万人向きのリースリングではなくてイガイガしていて通向きのそれだった。

最後に試したイーェーズイテンガルテンは通常ならば果実の熟成度が高いため、糖が高めでアルコールも高めと、大柄なリースリングなのだが、現時点では土壌に起因するスパイシーさが特徴となって捉え所を与えている。しかしその取っ掛かりは万人に受け入れれれるというものではない。要するにマニアックなのである。

押しなべて云えば、予想通り2008年産のグランクリュは特別興味あるワインで、下位のクラスでの限界を遥かに上へと拡げている。要するにその酸とスパイシーさや果実の熟成度が凝縮していてその葡萄に痛みがない限り、何年先に賞賛が聞かれるか分からない代物である。少なくとも大物のグランクリュでは2007年産とは異なり二年以内に楽しめるものは殆どないであろう。また、2004年産のようにその酸が乳化してクリーミーな趣となって、ある程度で飲まないと重くなってしまうものも出てきそうである。それとは逆に、2001年産のように五年以上経ってはじめてその真価が現われ出し、その後まだどのように進展するか分からない途轍もないリースリングも出てきそうである。


写真:フォン・バッサーマン醸造所の期待に膨らむペッヒシュタインの2009年産葡萄



参照:
VDPエアステ・ラーゲ試飲会 in ヴィースバーデンl (モーゼル便り)
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by pfaelzerwein | 2009-09-03 03:16 | | Trackback

お好み詰め合わせのGC

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日曜日の試飲に纏わるワインを回収した。その時の試飲の風景はあまりに多種多様すぎてなかなか容易に纏められない。結局予約させて置いたもの六本と新たに御好み詰め合わせで六本購入した。一本平均の価格は高いと言えば高いが、まあそんなものだろう。

2008年度産の特徴は特別なスパイシーさと酸にあるのは間違いないが、傾向としては高級グランクリュなどに特に素晴らしいものが集中しそうである。予約していたランゲンモルゲンは、昨年の美味さは現時点では出ていないが、酸が強い分一年ほど経つととても期待が出来る。兎に角こうしたものは毎年纏めて買って、試金石にしなければ意味がない。もともとは細身のゲリュンペルが好みなのだが、やはりダイデスハイムのその土壌は味の深みが違うのでヴィンテージ毎の特徴の出方と熟成の巾が異なる。一寸大人のワインなのである。先日飲んだ1999年産も良かったので、十年ぐらいはびくともしない辛口であり、素晴らしいフルーツの楽園が森の中の静かな湖に広がってくるのだ。

今回は今まで購入した最も高価なリースリングが含まれる。遂に2001年産ホーヘンモルゲンを購入してしまった。日曜日のビュルクリン・ヴォルフのオペラ劇場横に広がる英国庭園での試飲会でも酔って目が蕩けた奥さんに迫られてしまったのだ。「高いけどどうよ?」と聞かれれば、「本当に高いけど、価値は高いですよ、しかし、なにか食事でも合わせようと思うと難しいよね」と答えた。なにも単体だけで十分に楽しめるのだが、どうしても食事に合わせたくなるのは私の性分である。とは言っても、纏めて箱買いした訳でなく、一本を大事に開けると言った按配で、昨年からホーヘンモルゲンを押してきた者としては少なくとも自分の金で飲まないといけないと思った。

2007年産の健康な葡萄のそれも先ずは一本確保して、更にペッヒシュタインを数年後のために先行投資した。そして、今飲んでも良し、十年先でも良しのガイスビュールも買い付けた。

ホーヘンモルゲンは、バッサーマン・ヨルダン醸造所のものを毎年購入しており、今年のクリスマスぐらいに早熟の2006年産を開けてやろうかとも考えている。そこのワインを、ここのワインよりも割高と考える人も居て、なるほどそのカテゴリーによっては、その根拠も分からないことはない。

グランクリュリースリングは、優に二桁の瓶が地下で眠っているので、これだけあれば今後毎年のクリスマスや正月に特別に開けるものが徐々にそろってくる事になる。こうなればなにもつまらないシャンペンや高級シャンパーニュを購入する必要もなかろう。
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by pfaelzerwein | 2009-05-21 06:04 | ワイン | Trackback