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モンテカルロのやくざな上演

承前)モンテカルロの「タンホイザー」は偉大な詐欺公演だった。パリ版と銘打ってフランス語上演されたそれはどうも後年短縮されたヴィーン版をフランス語で歌っただけというお粗末なものだったようだ。勿論フランス語の歌詞はヴァークナーが1861年のパリでの上演のために翻訳を依頼して、それに合わせたアーティキュレーションを変えたものがパリ版と呼ばれるようだ。そしてそれがこの上演で期待された訳だが、序曲からヴィーナスの丘へのみならず多数の短縮がある。つまりフランス語に翻訳された箇所も全部歌われていない。そもそも真面にフランス語で歌った歌手は殆んどいないようで、少なくともドイツ語版の楽譜を見る限りヴィーナス役のフランス人だけが真面に歌っている。それでもフランスの評ではスタイルが一人だけ異なると言われているので、なにか楽譜上の問題もありそうで、楽匠が苦心したそれが活かされているようには思い難いのである。

どの歌手も管弦楽もいかにも場末の演奏水準であったが ― 嘗ての首都の関係からかボンの劇場が共同制作しているので、斜陽のボンのみならず連邦共和国の音楽劇場の文化程度の問題が浮き彫りになる ―、フランス語が充分に歌えていないと評される主役の歌の通りに記譜されているとは誰も思わないだろう。

折角録画したのだが、三幕を続けて観てから消去するしか意味がなさそうだ。結局はネットではシノポリ指揮のパリ版だけが1861年版で、それが最も来週演奏されるミュンヘンの「タンホイザー」に最も参考になるようだ。(続く)

色々と言いたいことはあるが、そもそもマフィアのマネーロンダリングなどの泡銭で高度な芸術を期待する方が間違いで、幾ら財力があっても結局は「健全なる精神は健全なる身体に宿る」のように、カジノ経済などは文化を一切支えない。カジノへの横の入り口から400人の劇場に数十人が集ってのオペラが呆れる。関係者を除くと数人しか物好きが来ていない勘定になる。こんな劇場と関係を結んでいるボンの劇場とは一体どのような劇場だ。

朝の雨の後に峠を攻めた。調子は一向に上がらないが、気温摂氏15度ほどで雷雲の下で汗びっしょりになった。若干胸元も苦しい感じもある。今年初めて初夏の陽射しを感じた。今年は新緑をあまり感じられなかった。このような年はどうなるのか。少なくとも暑い日は今までなく、今日が最も暑い日と感じる位だからである。ここまで気温が落ち着いていると夏も涼しくなるかもしれない。それを期待する。


参照:
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美学的に難しい話し 2017-04-25 | 文化一般
高額であり得ぬ下手さ加減 2016-03-25 | 文化一般
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by pfaelzerwein | 2017-05-14 22:54 | | Trackback