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モティ―フという動機づけ

「音名」の朝のラディオの一週間の二日目は、ジャン・パプテスト・リュリから始まってブラームス、レーガーへと話が流れた。ブラームスのFAEはよく知られており、レーガーの話は曲に興味がある人はそれほど多くはない。リュリに関しては、ルイ14世のバレーの話があって、15歳の時の太陽の役がその後の太陽王を決定づけたというとで、全く知らなかった。当然ながら音名はSoleilのSolでソである。リュリのオペラもマルク・ミンコスキー指揮で上演録音されてそれ以降十年ほどの間に安売りのフランスバロックオペラ全曲録音を大分集めたが殆んどはラモーのオペラである。それでも太陽王へのリュリの作品の明晰な響きには適わない ― そのあまりの明晰さこそが芸術作品として批判される。

このシリーズの音名がなぜ興味深いかというと、それはやはり創作依頼者や献呈者へのおべっか使いというのを超えて、なによりも創作の動機つけとしてのそれになっているということであり、まさしく基本音型はモティーフと呼ばれて、モティヴェーションとなっている。漢字でも動機と動機付けがそのまま当てはめられている所以である。

創作に関わる人は皆同じように考える訳で、依頼や機会があればそこからテーマを絞ってそれを動機として創作にあたり、それを如何に作品にするかということに技量が注がれる。作曲の場合も全く同じであって、なるほどその動機がなによりも先行していたり、本歌取りであったとしても、そこから如何に芸術を編み出していくかが問われる。その綴り方の方法がスタイルとか呼ばれるものなのだが、最終的には出来上がりが問われたり、その提供の仕方が問われるものなのである。

そして出来上がりは、陶器や道具などの場合は使い易さや使い心地が問われるのと同じように、作曲も出来上がりを吟味できる筈なのだが、少なくとも特別な教育や経験がないと楽譜を見ただけで判断するのは難しい。それどころか演奏されてその出来を吟味することすらも通でなければなかなか難しいのである。

そのような事情もあってリュリの音楽に対する現代への影響は限定的なものであり、それどころかイタリアのモンテヴェルディのバロックオペラとは異なり、バロック音楽における偽ギリシャ古典主義のような精神もあまり顧みられることはないのである。それ故にこうした動機づけから出来上がりまでの工程を追っていくことで初めて分かる芸術的な価値があることも間違いない。

最近は段数の多い楽譜に目を通すことが多くなった。ベルリンのフィルハーモニカ―のバーダー氏が天才指揮者キリル・ペトレンコに「一体どのようにしてサウンドを楽譜から思い描くの?ピアノ?」と疑問をぶつけていたが、我々が真面に音が描けないのは当然である。なるほど室内楽などである程度楽器に馴染みがあればたとえそれが移調楽器だとしても音は描けるだろう。安物のキーボードを買おうと思う。

二オクターヴあれば充分だ。但し、手元に古いローランドのMIDI入出力のシンセサイザーとATARIのコムピューターもあるので、USB-MIDI変換ケーブルで繋げれば可能性が膨らむ。とは言っても基本は音を鳴らしてみるだけの用途なので、ノートブックで簡単な音が出せたらいいだけなのだ。



参照:
海原にそよぐ潮風のよう 2017-03-02 | ワイン
最後の四半期の落穂拾い 2011-10-09 | 暦
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by pfaelzerwein | 2017-03-03 23:50 | | Trackback