タグ:凶暴さは無くても狂犬の可能性はあると感じた ( 1 ) タグの人気記事

とっかえ、ひっかえ

d0127795_2153051.jpg
歯ブラシ機の代替品が届いた。問題の隙間はやはり埋まらなかった。工作精度の問題だと思う ― 取説には間隔が空くと注意書きがあったがそのような写真はどこにもない。暫く使っているとゴムが凹んでもう少し溝が埋まるのかもしれないが、先ずは使ってみるしかない。少なくとも一つ目のものは最初にブラシを軽く差し込めなかった。あまり誰も文句をつけていないのはロット差があるという事だろうか。一つは送り返すのだから苦情はメーカーにも伝わる筈だ。

前のものは余分の充電電源ケーブルを台の裏に巻いて格納可能だったが、今度のはそのような場所も無い。小さく細くなっているので邪魔にならないのは良いのだが、蓄電能力などをみて使い勝手を追求してみないと分からない。小さく軽く、静かになったので、使うのが楽しみである。

先日洗濯屋の帰り、街に差し掛かった時である。街道筋に犬が出てきた。対向車もランナアバウトから出てきたところで、ブレーキを掛け乍ら様子を観ていると、その車の後ろへ回った。また交通事故かと思った。前回は野生のバムビだったが、今度は中型犬である。

その対向車が車を停めて、犬が再び前から出てきた。当たったのかと思っていたら、運転手がドアを開けて犬に呼びかけていた。犬に慣れている人だとは思うのだが、私はいつも犬と接触して思い出すのは「犬の知能は七歳の人間程度」ということである。学術的な分析は知らないが、子供の時の体験からしてもその感情的なしぐさや行動も大体そのようなものだと思っている。すると、やはりあの犬の動きはおかしいと思った。凶暴さは無くても狂犬の可能性はあると感じた。だから運転手の行動も理解できなかった。

言うなれば、犬はバムビよりは賢いから街道筋に飛び出るようなことはしない。しかし出て来て更に車の前を再び折り返すのは異常としか思えなかったのである。そして幾ら呼びかけてもそのような犬がコマンドを聞くだろうか?

「四季」に続いて、CD二枚目の「弦楽のための協奏曲」を流している。初めて聞くような曲が殆んどだが、作曲技法的にもこうした曲があってこそのブランデンブルク協奏曲など北方の後期バロック協奏曲だと思い知る。それどころかミニマルのグラスなどの作品も生まれていなかったのも分かり、少なくとも私の知る限りそれ以前のコレルリの作品などと比較して派手なのだが、その影響力についてはあまり考えもしなかった。

ルネッサンスの多声音楽、中世音楽などから声楽を中心にCDを収集してきたのだが、そのネタも比較的網羅出来たことから、安売りの多いバロックの器楽もちょこちょこと購入するようになった。そのCD棚は声楽中心に年代順に並べていて、器楽は現代の音楽の下に追い遣らててしまっていたので置く場所が無くなって来た。今後ともバロックのオペラやオラトリオに比して声楽や器楽合奏曲を集めていくつもりはないのだが、年代による技術的な流れを分かり易くするためには、もう少しスペースを作って並び替えていけないかと思っている。ルネッサンス音楽用にもう一つ最後のスペースを開けてしまおうかと思う。とは言いながらも、最も興味のあるルネッサンス曲などが目の高さに収まるように、現代ものの分野別けの難しいもののタイトルも見やすいところに置きたいので、どうしてもバロックものが足元になってしまう ― 要するにバロック音楽の録音などくだらないものも多い。この問題を解決するために、どのように配置しようかと考える。



参照:
39.99ユーロという額 2017-07-30 | 生活
車の事故に二日続けて遭遇する 2017-06-04 | 生活
[PR]
by pfaelzerwein | 2017-08-01 21:53 | 生活 | Trackback