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反レーシズム世界の寛容

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四川の重慶に電話をした。嘗ては日本軍が絨毯爆撃をした揚子江の中州にある大きなハイテクの町だ。要件の序に、地震のことも尋ねると、成都の親戚は揺れたということだったが重慶では感じなかったという。先にメールを送っていた件も尋ねた。シナで先日のarteの乳出しヴィデオが見れるかどうかということだ。中共はそんなものには関心が無くて検閲は政治的なものだけという話しだった。これが中共であり、我々からすれば性事も政治も芸術も容易には線引きが出来ないが、中華人民の文化程度ではそのような高尚な話にはならないのである。

来週3Satで放送されるピーター・セラーズ演出の「ティーテュスの寛容」を一足先にORF2で観た。国内でしか観れないようになっている。そのセラーズもジェラルド・モルティエの時代にはモーツァルトどころか古典の演出さえもさせてもらえなかった ― 当時からそのモーツァルトヴィデオは知られていたが、パトロンとしてもそれを受け入れられたとは思わない。それがまさかザルツブルクでこのようなモーツァルトが上演されるとは思いもしなかった。ザルツブルクは少なくとも二十世紀の後半はお行儀のよいカラヤン好みのスノブなお客さんが集うところで、同時にとびっきり上等なモーツァルトが上演されていた。

それでもセラーズはやはり天才的な演出家で、その上演にはとても感動させられた。古典に帰りながらの現実投影という意味で、アラブのテロを舞台として黒人を多く集めた歌手陣にアメリカの人種を反映させる。どうしても西欧の聴衆にはそれが意識され、当然それが大きな効果として計算されている ― ザルツブルクはロスではないのだ。そのアフロアメリカン的な個性や ― 実際には南アフリカ出身の歌手もいる ― 表情などがとても印象的に利用されているのだが、セラーズの演出はその個性的な表情や人種的な特徴が全人格的な普遍的な表現に変容していく様を見せる。恐らくこれがアメリカにおける人種というものなのだろう ― 少なくとも西欧から見るとそのように映る。それがここでは中東における歴史的、文化宗教的な葛藤に大きな網を掛ける形で劇場表現される。

要するに、劇のあるべき本来的な姿、つまりここではとても情動的な表現とセラーズの儀式的で様式化された体の動きが相まって普遍化されるものが示される。そしてモーツァルトの音楽はクレンツィスの指揮によって情動的で脱様式化された音楽に編曲される ― 作曲家が晩年どのような創作をしたかなど知ったものではなく、モーツァルトなどはショービズのための唯の道具で衣装でしかないということだ。なるほどこの指揮者は、その自由自在の指揮からして、その技術は一流なのだろうが、音楽家としては三流としか思われない ― だから今回の公演でSWR内部が色めきだったに違いない。まだその交響楽団の指揮者に就任していないがその契約を全うできるのかとても怪しい。金満の工業都市シュトュッツガルト市の音楽文化など所詮その程度である。

フランス人のマリアン・クルバッサのセストは従来のザルツブルクでも充分に通じる演技と歌唱であり、二月にミュンヘンでゾフィーの口パクを歌ったゴルダ・シァルツのヴィテリアも素晴らしかったが、重唱などでは駄目な歌手陣だった ― ゴスペルではあれほど合うのにまるでその気がない様だ。しかしその情動的な音楽運びもアンサムブルも全て指揮者の責任である。8月4日の四回目の上演では、初日とは大分状況は違ったのではなかろうか ― アンサムブルはやればやるほどに悪くなるのか?終演後のそれは全てセラーズへの称賛のように聞こえた。そしてFAZやSWRが伝えたような初日のファンの集いが無かったのか、この収録日には指揮者はピーター・セラ-ズのようには聴衆の喝采を浴びることはなかった。明らかにこの指揮者がそうした大衆コマーシャリズムの中で虚像として存在していることが明らかになる証拠である。

次は、ムーティ指揮の「アイーダ」が放送されるらしい。アンナ・ネトレプコが黒塗りで登場するが、決して人種的な問題がが音楽に持ち込まれないのは間違いない。マエストロはそんなことには全く興味がないから、そんなことは初めから分かっている。

こうして無料でDLしてこのような「ロスアンジェルスオペラ」を一気に観てしまったが、これを何十ユーロかの入場券を払って態々フェルゼンライトシューレの駐車場まで車を飛ばしたかというと答えははっきりしている。やはり昔のケント・ナガノが振ったり、ブーレーズが振っていた時のような価値は無い。



参照:
寛容の海を泳ぐ人々 2017-07-31 | マスメディア批評
同一化批判の新ドイツ人 2015-02-22 | 歴史・時事
苦みの余韻の芸術 2017-02-11 | 音
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by pfaelzerwein | 2017-08-10 15:57 | 文化一般 | Trackback