緑の上に赤が見えたのは昔

十月にはじめて日本旅行をした若いドイツ人男性の話を聞いた。行く前に色々と見所を教えていたのである。残念ながらら三段染めなどには早かったようだが、嵐山や大原では少しもみじも楽しんだようである。しかし、富士山は見えなかったと。奈良や広島を訪れ、帰りには途中下車して新神戸で神戸ビーフを食したらしい。築地も訪れたようだが、矢張り魚だけでは物足りないと言った。

苔寺やそこらじゅうの名跡を訪れ「勧進帳」に沢山のスタンプや「お札」を貰っていた。訪問地でよかったのは金沢や飛騨高山など小都市に特に印象が強かったようで、東京の裏町などを歩くには大分の時間が必要になる。友人がフソーに勤めていて品川の高層アパートにも滞在したと言う。山手線の駅毎の様子の違いにも言及していた。そして汗を流した後の冷たいビール。

日本語は殆ど使えなかったようであるがそれでも結構日本人ともコンタクトが取れたようで、十分に楽しかったようだ。何よりも感心していたのは新幹線で、無人身事故の話をしていたら驚いていた。世界で最も安全な乗り物に違いない。ドイツのICEとは比較にならないのを十分に認識できたようである。

朝から忙しかったが、夜のクライミングがキャンセルとなって少しは時間が取れた。予定していた八百屋での買い物が済んで、また手許の野菜が豊富になったのは嬉しい。緑の党は支持率の急上昇で少々高度障害に陥っているらしい。高い世論調査の支持率を如何に選挙に結びつけるかである。

良く考えれば、最後に日本の秋を楽しんだのは1993年のことである。なにかあまり天気は良くなかったような記憶がある。とてつもなく昔のことのようにしか思わない。丁度上の彼が過ごしたのと同じ三週間だけを過ごしたことになる。
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by pfaelzerwein | 2010-11-20 07:05 | Trackback
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