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下卑た振る舞いの日本人

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相変わらず「福島状態」である。ノートブックのDOSまでが壊れた。再フォーメーションである。LANのドライヴァーさえ入っていない富士通ジーメンスのCD-ROMは時代を感じさせる。友人に送ってもらったメールを古いWIN95のPCで何とかドライヴァーを確保できた。それでも外付けのドライヴがなければ袋小路となるところだった。

とにかくワークステーションのグラフィックカードが手に入らないことには致し方ない。お手上げである。ほとんど福島状態である。

枝野のイチゴを頬張る写真や東電社長が「土下座」などという見出しを見ると、明治維新から百年以上経っていても、ほとんどの日本人は江戸時代由来の下卑た振る舞いが骨の芯まで沁みてしまっているとしか思えない。そのような人間にはまともな人間性などは期待できない。

福島の親御さんたちは子供の被爆にとても嘆いていると報じられている。行政が経済的な裏づけをしてくれればと嘆いているのである。多くは一刻も早く福島から離れた安全な場所へ子供を疎開させたいと考えている。なぜ、子供手当てなどを一切そこへと集める連帯が示せないのだろう。連合の後押しを受けた政府与党の下らない、うす汚い小沢の垢のついたような公約に縛られた与党民主党や労働組合などは人でなしの典型である ― 本来は「政府自民党」がとり続けた核政策であるが、それを支え続けた日本社会党からも受け継がれた労働組合と東電などへの強い支援が民主党政府の賠償金政策にも表れるだろう。逸早く二大政党制などを打破してしまわなければ将来はないだろう。

ビンラーデン氏が生け捕りに去れずに処刑されたというのは当然であろう。暗殺しかなかった訳で、生かして裁判にかけるなどは論外である。それだからこその軍事行動であって、軍人などはその歴史的な古さからしてもその行いの卑しさからしても娼婦となんら変わらない。

福島の初動で決死隊を出せなかった自衛隊はその卑しさと腰抜けだけで今後ともまともな軍隊とはなれないことを決定付けた。

今晩ははじめてみるほどの黒っぽいような水蒸気が盛んにフィリップスブルクの発電所から上がっている。その水蒸気の放射線濃度は自然のそれに近いようなものだろうが、こちらに近づいて雨を降らすようなことになればやはり帽子は被りたいのである。



参照:
Edano isst demonstrativ Erdbeeren, Petra Kolonko, Fukushima, FAZ vom 5.5.2011
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by pfaelzerwein | 2011-05-06 03:32 | Trackback
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