緑の趣味の原風景

「マスダ名曲堂」のキーワードで過去記事に訪問があった。どうした事情かと思って調べてみると、村上春樹がそこの顧客としての思い出を漏らしているからのようである。我々そこの顧客として増田豊太郎の思い出を持つ者としてはこうした言及はとても嬉しく、それは思い出を共有しているという意識以上に、故人が繰り返して語っていた存在意義をそこに見出して確認する喜びからなのである。

個人的な感興とは別に、該当の過去記事でも触れた故人の「緑の思想」とでも呼べる日曜画家としての「趣味」のそれは、今でもしばしば考えさせられる文化芸術的な視点なのである。

実は改めて纏めて紹介しようとしているブルックナーの交響曲の捕らえ方に関する最新の論文と、この鳴らない交響作家への故人の否定的な視点とも、それがどこかで関連するようで面白いと感じた。

それとは別に、先日触れた原風景と呼べるような神戸のアルムの風景もこうした現存しない風景への憧憬とか記憶として表れるようで、先日通ったシュヴァルツヴァルトの風景にも感じるものがそこにあるようだ。同じような体験は1970年代のソウルからブサンに迫るセマウル号の車窓の風景にも感じたものであり、どこでどのようにそうした印象の記憶が繋がるのかとても不思議に感じている。

改めて増田豊太郎の絵を眺めると、松の枝がシンメトリーを乱す松陰へと、緑のカーペットが前景から後景へと導くのである。当時絵葉書状の複製を見せられて、ご本人からその前景へと喚起が促された記憶が読み返ってきた。花崗岩の赤みが勝った明るい土壌に生える雑草はアルムであり、神戸の原風景だったかもしれない。そのような草原の風景は、日本では芝生ぐらいでしか経験したことが無かったので、余計にその意味合いが分らなかった。

増田豊太郎をクラシック音楽愛好の師と仰ぐ者は少ないかもしれないが、同好の士としてなんとも懐かしく憧憬に満ちた風景を、故人の存在に描く者は少なくないであろう。彼らは、必ずしもあの店構えのように全く人を拒絶するような閉ざされた世界の住人ではなかったのだが、その実なかなか同好のエリートとしての顧客層であったのだ。増田が繰りかえした「学級で一人二人しかいない」選別されたエリート意識とは全く異なる教養のあり方の原風景の記憶をそこに見出す選ばれた人達なのであった。



参照:
マスダ名曲堂のこと (Langsamer Satz
村上春樹を読む。、宮脇 俊文 (Amazon.co.jp)
松陰の記憶のカーペット 2008-02-17 | BLOG研究
明治の叶わなかった正夢 2012-02-07 | アウトドーア・環境
目前の時を越えた空間 2012-02-13 | アウトドーア・環境
黒い森の新旧エコシステム 2012-02-15 | 料理
記憶にも存在しない未知 2007-05-27 | 文化一般
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by pfaelzerwein | 2012-02-24 00:15 | アウトドーア・環境 | Trackback
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