今夏シーズン前半の頂点

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なんとか今年前半のクライマックスを超えた。大南壁の準備をしており、技術的には全く問題が無かったのだが、いざ登ってみると、取り付きがじめじめしていて、最初の中間支点のハーケンまでに苦労した。フレンズを挟んでなんとかなった。そこから割れ目を登り、次の割れ目を左に見て、赤のフレンズを設置した横にハーケンを見つけた。如何に目が効いていなかったということである。

そこから明白な左上のリスへ上がろうとしたら、手掛かりが音を立てて割れた。これはやばいと悟りハーケンのリングまで戻ってきた。十分に5.10が始まる辺りであった。どうも左の割れ目に入ると、七級マイナスつまり5.10のルートへと入っていくところであった。なるほど後で調べると、辛らつなルートとあるように明らかに自身の実力を超えていて、落ちるところであった。

右の細い割れ目へと抜けるプレートを少し登ると古いハーケンの痕跡もあり、古の1948年のルートだと分った。その上の細い割れ目には、二本のフレンズをねじ込んだが、上の二つ目が中に入りすぎて回収が難しくなるほどだったので、下の一つ目を回収した。しかしこれで割れ目から右へと抜けるまさに六級マイナスの場所が気持ちよくこなせた。

細いバンドから上の小さなオーヴァーハングを目指す途中に更にピッチを切ることの出来るリングを見つけたが、そこに長いシュリンゲを掛けて上のハーケンを目指して登ってみた。出来る限り一気に登ることを練習したいからである。幸い、ハング下のハーケンまでは問題なく登れて、更にオーヴァーハングを覗きに登った。十分に手掛かりがあり、真ん中の割れ目には大きなフレンズを挟めることが分ったので挟んで、一気に乗り越した。技術的には全く六級マイナスで完璧にこなせる場所である。さらに乗り越しも比較的楽にこなせ、「やった」と叫んだ。

技術的にはこなせて当然だったのだが、日曜十時前の湿った森の空気の中での仕事始めとしては下部の取り付きは厳しく、更にオリエンティールングの難しさや手掛かりの破壊などの心理的な圧迫が大きかったので、思わず叫んでしまったのである。そこから上部は、虎の巻に書いてあるようにこの岩壁の岩の柔らかさの脆さを避けて、昨年の秋に登ったルートへと回避して行った。

昨年登ったところは相棒に任せた。日曜の陽射しを浴びて、岩頭に吹き抜ける風は最高の贅沢であった。懸垂下降で降りてきてから、豚フィレのお弁当を摘まんで、頬張ったプチトマトの薬草味が美味かった。もはや緊張が解けてしまったので、隣の岩頭へと抜ける名クライマー、テオ・マンの割れ目を相棒に登らせて、頂上まで抜けた。二つ目の岩頭の制覇である。同行していた眼鏡親方と我がセクション一の5.11の実力者ら三人はその間に我々が上ったルートを辿って戻ってきていた。

上部岩壁ともう一つの可能性のある名ルートは誰も登らなかったが、それ以外は完全に5.12から5.13の大ルートになるので、我々仲間だけで独占した二つの岩頭をひとまず片付けたということになるだろうか。朝八時過ぎに出発して夕方五時前に帰ってくると、気温は摂氏14度ぐらいから28度以上に上がっていた。無理をしてでも、朝駆けした理由はそこにある。

昨年のシーズンにこの程度までを目指していた訳なのだが、実際には事故で仕切り直しとなってしまった。今年は、冬のトレーニングの方法も変えたが、技術的な限界から余裕を持たせて登ることで、不慮の事故を防ぐ努力をしている。その辺りの戦略も含めての実力なのである。



参照:
戦線恐々しないために 2013-07-07 | 雑感
ある晴れた日の成果 2013-06-09 | アウトドーア・環境
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by pfaelzerwein | 2013-07-08 03:42 | アウトドーア・環境 | Trackback
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