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詰め将棋のような運動

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朝、峠への林道を走り、夕方、ボールダをこなした。久方ぶりにスポーティーな日を送れた。朝は、手の振りが大分自然になって、押さえながらもそれなりに、12分、2031歩で登り、23分、3728歩で降りてきたので、徐々に復調の自覚があった。

痛みは伴うものの腕が動くようになったので、朝感じていた鎖骨の上部の痛みも取れて、午後の強い風に乾き出したボールダーを見に行きたくなったのだ。

地面は濡れているが、暫く見ないうちに緑が美しくなっていて、岩の間にしだなどが生えているところもあった。クラッシュパッドを買いたいと思っているが、この涼しさならば暫くここで楽しめそうだ。

半袖に肩の無い上着を羽織って、肌寒くとも雲に隠れた赤外線強さを感じる。課題の場所はもう一つ乾いた色もしていなかったので、もう一つの垂壁の課題に向かった。左の容易な方は既に片付いているので、難しい方を試みた。ラムセスIIと呼ばれる課題である。

先ずは手掛かりはあっても、足掛かりが分らずに二十分以上、あれやこれやと試した。そして上の手掛かりへの攻撃態勢まではこぎ付けた。しかしその手掛かりも細く、とっても動的に飛びついてもグリップできないことが分ったので、静的にそれを掴む足掛かりを探した。

チョークで印がついてあるところだったが、大分左側にいあるので関係ないと思っていたが、それに左足を外から押し付けると、左手が自由になって、上の左側の手掛かりを握ることが出来た。そして右足を斜めの足掛かりに押し付けて、右横の手掛かりを握る。一度飛び降りてから、再びその体勢から次の右の足掛かりへと身体を持ち上げる。そこで疲れを感じたので先ずは断念した。

ハイデルベルクからやってきているボールダラーが、よってきて「何処から始めるんだ」と尋ねるので、教えた。流石に身体も細く二三度で登りきった。案内していたノイシュタットの若いのは、静的な動きが出来ずに、「二回やって駄目なら駄目だ」と言われていた。

「あそこまで行ったなら大したものだ、結構いい練習になる。指の力が要る」と御兄さんが言うので、「その通り」と満足だった。序に横のボルダーの難しい課題も教えて貰った。

腕の調子に心配が無ければ完全解決していたであろうが、二ヶ月ほど前にはとても困難と思っていたものの解決策を自分で掴めたことが素晴らしい。そして次は解決できることが分ったのだ。ボールダーの解決は、殆ど代数の解を求めるようなところがあり、頭脳であるとともに体の調整力を最大限に駆使できるのがとても素晴らしく、詰め将棋のように詰めていく楽しさは格別だ。

機嫌を良くして、もう一つ完全解決していない壁を試した。これも肝心のバンドに足を掛けるところまで何とかなることが分ったので、解決策が見つかれば一人で登りきれる目星がついた。帰りがけに雨が降り出したのだった。

ボールダーを動的な動きや腕力だけと考えるのは完全に誤りで、頭脳と集中力のなかでの構築的な運動であることが確認できた。一度動きが分ってしまうとコロムブスの卵なのだが、そこまでの過程をなんども経験するうちに最初で最後のルートでも見抜くことが出来るようになるに違いない。通常のルートならば5.10から5.11への技術程度であるので、画期的な技術的な上達である。

さて危惧した腕の方は、夜中に痛みで苦しむことも無く、風呂に使ったお陰で、明くる朝も前日と同じように動く。これで徐々に右腕を使っていくことが出来そうだ。



参照:
夢中になれるボールダー 2014-03-15 | アウトドーア・環境
牡鹿搭からカメラを落とす 2014-04-20 | アウトドーア・環境
今日はなんとかなっている 2014-04-18 | 生活
by pfaelzerwein | 2014-05-09 18:32 | アウトドーア・環境 | Trackback
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