やくざでぶよぶよの太もも

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フランケンのスイスで5.13から5.14のオーヴァ―ハングを見学して、シャワーを浴びてからバイロイトに向かった。

ラディオ中継があったので世界中で聞かれたと思うが、その音楽は恐らくバーム指揮以来の高品質だと評価されよう。なるほどその管弦楽団の精緻さと躍動感から、ブーレーズ指揮のそれに匹敵して、歌手陣はかなり演出が援護していたと思われる。恐らく現役最高のバレンボイムや人気のティーレマンのそれを完全に凌駕すると予想される。

全く中継後の放送でも囁かれるように総譜を見て確かめないといけないといわれるような木管の色つけや弦のフレーズが浮き上がり、皆がカルロス・クライバーに期待した音楽が聞かれた。

そのギャングスターの社会に移された演出は現時点では評価のしようがないのだが、これが上のペトレンコの演奏実践もそのカストルフの演出に決してそぐわないわけではなく、二時間半も係らずに気が付かない早いテムポで歴史的な演奏を成し遂げた。そして歌手こそが、バルコニーのような高台で歌うことと、口元もアップされるようなライヴカメラ映像で ― ライヴエレクトリック効果と同様 ― とても有利に働いたのであろう。

演出のコンセプトに関しては現時点では言及できないが、少なくとも音楽的な効果をそのおかしな演劇効果が強めてしまうということではヴィーラント・ヴァークナーのそれを思い浮かべさせる。勿論カストールの職人的な力量は大したものであることは間違いない。

そのベーム指揮の時のように、音楽に集中させるような演出とは正反対の寧ろ音楽の感興をそぐような演出なのだが、その音楽の細部や構造をとても客観的に示してくれて、まさしく色町のやくざの世界を描いた点では北野武のそれに相当するのだ。歌手陣がこの演出によって、神話の世界と同じぐらいリアリィティーを以て歌唱できたかどうかは分からないが、少なくとも音楽などの世界は普通の健康な市民社会とは異なって、やくざな世界であることは確かなので決してのめり込まなかったわけではないであろう。

ぶっとくぶよぶよの太ももをさらけだすラインの乙女やどうしようもない歌手の体を見るにつけ、午前中に多く見かけたポーランド娘の肢体とは比較にならない汚さこそが、この演出の核であり、それは超巨大国米国やロシアのそれだと誰もが気付くのである。要するにグロテスクなのだが、そのグロテスクな故に完全に音楽的な精緻さとのコントラストとなっているのである。



参照:
フランケンのスイスとの比較 2014-07-13 | アウトドーア・環境

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by pfaelzerwein | 2014-07-28 16:16 | | Trackback
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