インタヴュー、時間の無駄五

バイロイト音楽祭の最初のサークルが終わったところで批評が出揃っている。それほど新味はないのだが、「指輪」上演が何事も無く一通り終わったかどうかは気になるところだ。あの指揮では厳しいことになると予想していたからである。ラディオと新聞で両方の評価があって、放送局の方は「ヴァルキューレ」、「ジークフリート」は何とかなったが、「黄昏」は本当に黄昏れたとあった。その心は音楽表現上の問題としていて寧ろ劇場的な音楽表現の欠如ということで、充分に楽匠の音楽構造からその問題点を指摘していなかった。音楽制作関係ならもう少し音楽を勉強して貰わないといけない。反対に新聞は、「ヴァルキューレ」などの殆ど事故状態に比較して、「黄昏」は上手く燃えたようなことが書いてあって、これまた一体その耳で何を聞いているのかが知れるような文章だった。そもそも舞台との統合を初めから目指そうとしなければ、舞台側が必死で合せてくるだけだが、充分に芝居も歌も出来なくなってしまうことは仕方がない。キリル・ペトレンコ指揮の「ジークフリートの葬送」にしても嫌にせかせかしていたのだが、ミュンヘンでの舞台では全体の流れが全く異なっていたように、あれだけ楽譜を読み込む指揮者であっても合わせるのが仕事なのだ。年寄りの頑固爺さんにはもはやそのような憂いなどはないのだろう。

因みにヤノフスキーにお声が掛かったのは今回で二度目で、一度目はピーター・ホール演出のゲオルク・ショルティ―が一回振ってあとはシュナイダーに任せたときのようだ。ショルティ―指揮などと同じようにヤノフスキーにダイナミックに鳴らすことをアーティスティックプロデュサーとしてヴォルフカンク・ヴァークナーは期待したのだろう。そのてんやわんやについては回想録に書いてあるが、シュナイダー以外の指揮者については言及していない。

舞台に合わせるような音楽は低級なものなのか?恐らくそうではなくて、楽譜から大きな構造やその叙述法が読み取れていなければ、表面的な動機分析だけで内容を語れると、力尽くで音化することに集中するような指揮者には舞台と奈落の音響的時間差だけでイライラさせるものだったのだろう。大指揮者ショルティーもペトレンコぐらいに劇場に通って音響を把握するということはしなければいけなかった。そもそもショルティ―のカルショー録音も、ヤノフスキーの録音と同じで、そうした劇場性を排したものだったから、いま改めて聞くと明らかにディズニー映画音楽の様になってしまっている。叙述法の本質に触れていないからだ。だからといっても、所謂劇場のオペラ指揮者になってしまうと全く芸術的な創造力が無くとも実務的にルーティンで仕上げてしまうとなる。それどころか劇場で客演ばかりを重ねていると、音楽的に学習することも寄与することも全くなくなってしまうという事が、以下のキリル・ペトレンコが語る「インタヴュー、時間の無駄」の続きで述べられている。


承前「ロシアの心」って何でしょう?なにか特別な、重苦しいものでしょうか?

全く見当外れというようなことはありません、ヴォトッカ一本を食らって、何もかも涙涙で流してしまうというのはありえますね。しかしです、音楽にはテムポがあり、メトロノームがあり、形式があり、内容があります。だから何でも許されるというものではありません。

就任当初、レパートリーに関しては何でもやってやろうと、なによりも仕事に貪欲でしたよね。それでも今まだ、レパートリーの重点をやっていない?

勿論、モーツァルトは当然ながら明白です、僕自身モーツァルト指揮者と思わないでも、寧ろ他のものに聴衆の反響が強くともです ― シュトラウスの「ばらの騎士」や交響演奏会などですが、それでもモーツァルトの「フィガロ」、ドンジョヴァンニ」、「コシファントュッテ」そして「後宮からの逃走」はここコーミシェオパーでは最重要な仕事でした。初めてのことで、初めての素材に馴染んで行かなければいけませんでした。勿論、ヴィーンではモーツァルトを指揮してはいましたが、それでも一度も自分自身でアンサムブルと演出家、そして管弦楽団とで最初から稽古をつけていくということはなかったのです。そう、丁度ここの劇場で管弦楽団が知っている出し物は、取り分け容易なものではなかったです。二十年も「ドンジョヴァンニ」を演奏していると、音楽家として自分のテムポがあるのです。

それを先ずはぶち破らなければいけなかった。しかしそれを為したのでしょう。

残念ながら、自身の決定的な解釈で最初から押し通すことが出来なかったのです、今ならやれるようにはです。

きっともう一寸時間が必要だったのでしょう。

それでもモーツァルトは最も意味深いものだったです。それが皆の好みに合ったということはあり得ませんが。そしてもう一度モーツァルトをやるならまた違うようにやるだろうということです。昨年末の三つのオペラを一挙にやる小モーツァルトフェスティヴァルを催したのが自慢です。私のベルリン体験で最も素晴らしいものの一つですよ。四年前に密接に協調することになって、これは素晴らしく継続的な、とても集中的な仕事になると思いました。そのようにあまりに集中的だったので、モーツァルトで大休止を入れようと考えました。

ベルリン時代をどのように要約しますか?

ここの劇場では、どのような流儀で演奏することが正しいとするのかを、自身はっきりさせたいと思いました。つまり、妥協なく、可能な限りの正確さで、それでも乾くことはなくです。これを公演ごとに試みました。時にはまあまあ、時にはより上手くはまりました。精一杯やりましたよ。これは本当に言うことが出来ます。

この町の他所の音楽監督以上に頻繁に指揮をしましたよね。最後の最後に報われた。

全く思い残すことはないです。この劇場でのすべての制作を喜ばしく感じ、勿論全てを更に良くは出来ますよ。それは分かってますよ。それでも為した仕事に自負しています。最初はとても厳しく、沢山の逆風が吹きました。

一体誰から?

政治からとか、また内部からとか、またはプレスからとかです。これはなんら問題はありません。それらには幾らか抵抗すべきものです。そうすることで成長する、人間的にね。それでも全てにとても体力を消耗しました。だから、次の数年はもう一度充電しなければならないのです。

それでも目的は達成された。あなたがやって来たとき、劇場は入場者数からしてもよくはなかった。そして一年半ぐらいで強い上昇期となりました。もしかすると、ここに留まった方が良かったということはないですか?


はあ、それはないです。それについては言わねばなりません、その上昇はハッキリあまりにも遅過ぎた。最後の複年は力を使い果たしました。そう感じて、もう一度、創造的に思考して、学ばなければいけない。日常のレパートリーに錨を下してしまうと、しばしば実務的に、非芸術的に考えてしまうものです。ここで、そうした実務的なものは横にやって、日常の責務から解き放たれるべきなのです。勿論政治的な交渉からもです。ああ、やれやれ。オペラの支配人たちは守ってくれました。それでも管弦楽の人事で戦わなければいけなかった。文化大臣のフリ-エルと、どんだけ手紙を交換しなければいけなかったか、個人的に近づき、フル管弦楽団が必要なことを説明してです。時限なしに五人を削減して、エクストラを雇う。管弦楽は身体そのもので、二本の指が欠けた、絶えず代わりの指で代用する。管弦楽団は出たり入ったりの中央駅ではないですよ。これは全て難しかった。五年間、こうしたことを進んでやりました。そして今少し回復しないといけません。負荷が取れて更に向上、喜ばしいことです。幾らか何かに貢献しました。素晴らしいことです。これ以上いい頃加減がとかは、全く考えられないことですよ。(続く




参照:
「神々の黄昏」再生 2014-11-07 | 音
ヴァークナー熱狂の典型的な例 2014-07-26 | 音
何事も初制覇の心意気 2014-03-03 | 生活
ヤノフスキーのワンパターン 2016-07-28 | 文化一般
インタヴュー、時間の無駄三 2016-07-30 | 文化一般
インタヴュー、時間の無駄二 2016-07-24 | 歴史・時事
インタヴュー、時間の無駄一 2016-07-20 | 文化一般
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by pfaelzerwein | 2016-08-06 18:12 | 文化一般 | Trackback
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