限界まで出せる登攀実力

d0127795_23535697.jpg
四日間で可成りの標高差と距離を登った。長くザイルを使って登っていなかったことから、容易なルートから始めたからでもある。それでも入山二日目13ピッチの日だけでなく、初日の夕食前の練習ゲレンデ、そして同じように毎日登り続けた。その結果得られた結果は今までになく大きかった。なによりも同行の協会指導員に自身の限界まで登れると言わせるまでに至ったことだろう。

肩の故障が直って技術的な不安はなかったのだが、全身の体力と腕や足の持久力に自信が無かったので省エネ登攀のみならず、技術的に精査された登り方を心掛けたことで、ルートの最後まで余力を残して登れたのは初めての経験だ。同じことは以前から考えていても、登り出しは勢いもあり、集中力満帆で登っていたのだが、少し登ると直ぐに集中力が切れるようになっていて、ただただ惰性で登り続けていたに過ぎない。要するに技術的に余裕があれば、ヘロヘロになっても登れるとしていたのが、今回は違った。オーバーハングも含めて如何に足を使うという事に他ならないのだが、ボールダーのお蔭で手の使い方と同時に本当の足の使い方も分かって来たのだった。

リードを替わるごとに、その都度集中度を百パーセント漲らすと同時に、再び新鮮に取り組むことが出来るようになったのだ。それどころか指導員に言わせると、「取り付き最初よりも、登れば登るほどどんどん技術程度を上げて登れるようになっている。」と、アルパインクライマーにとってはこれ以上の褒め言葉が無いことを聞けた。勿論、リードから引いている間はどこまで行けるだろうかとの不安が過ぎることもあったが、登り出すと勢いがついてくるのである。そしてパートナーが確保している場所に近づいて追い越してリードに出ると、これから、自分がリードする岩場を見上げながら更に活力が湧いてくるのである。今までに経験したことが無いような漲り感なのだ。

要するに彼が言うように、最初はぼちぼちと力を抜いて温存しながらだらだらと慎重に登り始めているようなのだが、アドレナミンの発射を感じることすらなく、適当にスイッチが入って行く様だ。昔から一般的に最初の40mほどの高所感とその後との差異などとは言われるが、そうした高度感とは異なる純粋にスポーツ的な何かのスイッチがあるようだ。要するに体が温まるというやつだろうか。その意味では朝のランニングともあまり変わらない。

なるほど取り付きまでに適当な汗を掻く訳だが、今までと違って、なんらいきり立つこともなく、落ち着いた気持ちで登り始め、途中で直面する状況に応じて冷静にスイッチが入って行くといった感じである。なるほどこれならばその場その場の状況に応じて、自身の最大の力を発揮することが可能となる。こうなれば岩や気象やその環境条件と語り合っていく登山の醍醐味そのものである。そして最後の最後まで挫けることが無いのである。

なるほど今回は自身の限度に迫る困難度はなかったのだが、アルパインクライミングと言うのはどのようなゲレンデでもちょっとしたことで厳しい壁が目前に立ちはだかるものなのだが、まさしくこうした障壁を乗り越えるためには先ずは何時でも自身の力を最大限発揮できるノウハウが必要なのだ。それがいまこうやって確認された。

十代からやってきていてもなかなか得ることが出来なかったこのノウハウ、やっと一人前のアルパインクライマーであることが身についた思いである。こうなれば技術的にもう少し練磨して、体力を強化すれば、登りたいと思う課題も克服可能となって来た。



参照:
一寸した料理でさえも 2016-09-06 | 料理
名人E・コミーチの影を慕う 2013-08-09 | アウトドーア・環境
[PR]
by pfaelzerwein | 2016-09-06 23:55 | アウトドーア・環境 | Trackback
トラックバックURL : https://pfalz.exblog.jp/tb/23471667
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< 収支決算をしてみる 一寸した料理でさえも >>