「ラインの黄金」のお勉強

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承前)クリーゲンブルク演出「指輪」再演である。いつものように夏休みの宿題のようにやっとネジが掛かってきた。「ラインの黄金」一場が終わってその続きである。一場づつ進んでいたのでは、今度は翌週の第一夜「ヴァルキューレ」を勉強する時間が無くなる。その時にならないと気が付かないのはいつものことだ。如何に逆算とは遠い人生を歩んでいることか。

一場に続き二場である。カストルフの演出では一幕のゴムプールに続いてスタンドの風景だと記憶するが、今回は大広間のような感じだ。その内容も音楽もバロックオペラを彷彿させるが、この合唱の無い前夜祭でも様々な組み合わせの歌が面白い。二人の巨人族にヴォータン、フリッカ、フライヤ、フロー、ドンナー、ローゲが絡まる。

ケントナガノ時代のヴィデオを見ると、ヴォータンのヴォルフガンク・コッホが一場でアルベリヒを歌っていたようである。相変わらず交響楽的に巨人族の登場から景気良く鳴らしていて、如何にもライトモティーフ効果が強調されているようで面白い。そうした指導動機と呼ばれるようなものを待ち構えるような理解の仕方はどうしても漫画の理解のようになる。なるほど楽匠のコンセプト自体が、高いテノールのローゲのシテ役に見られるように、そうしたパロディー的な要素も確かにある。

三場のニーベルンゲン族の地下へ降りるときは金床の動機が流れて、再び上へと三場から四場へと反対方向へと進む。再びヴォータン、ローゲ、そしてアルベリヒ、ミーメの絡みで、更に小人のミーメが高い声を出して、一方でヴォータンとアルベリヒの絡みとなっている。その間に「隠れ兜」の流れがありととてもコムパクトに纏まっている。

2015年の録音を聞くと、3月にジャーマンウィングスの犠牲になったオレグ・ブリラックに代わってこの年からドーメンがアルベリヒを歌っていて、ヴォータンとの絡みもよいが、ローゲとの掛け合いも上手く行っている。さて今回はこの辺りのアンサムブルに期待したいがどうなるのだろう。管弦楽も腕の見せ所である。それにしてもこの三場の声と管弦楽の音域が興味深い。

四場のアルベリヒの呪いの歌が上の録音では迫真の歌唱であるが、後半に入るときのハ長調への移行の下降旋律に今まで気が付かなかった。後半で再びフライヤが出て来るのだが今回はゴルダ・シュルツの歌が来ると思っていたら、あまりにも殆ど歌わない。これももう少し歌う役と思っていたがその音符の少なさに初めて気が付いた。道理で、ご本人はサムブレラを被って遊んでいる写真をアップしている訳だ。最後の呼び出しでのドンナーはアイへが歌うのでこれは期待が出来る。因みに2015年はダニエル・シュムッツハルトという歌手が歌っていて2017年にはパン屋のフォークナー、フォアアールベルクで若い声で「さまよう若者の歌」を歌っている。

それにしてもこの2015年のバイロイトでもクラウディア・マーンケが八面六臂の活躍をしたようだが、ここでもフリッカを上手に熟していて、先日の「三部作」でもとても評価が高かった。とても得難いわき役である。

兎に角、休憩も無しに一挙に流れてしまう前夜祭であるから、全体の流れと細部を抑えておかないと一挙に終わって
しまう。



参照:
ストリーミングの昨日今日明日 2017-08-20 | 文化一般
ペトレンコの「フクシマ禍」 2015-12-21 | 音
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by pfaelzerwein | 2018-01-11 04:40 | 文化一般 | Trackback
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