MP4映像よりWAV録音

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ベットの中で目がぐりぐりした。熱が出たようだ。昼間は普通どころか運動も可能なのに、夜間になると道理でベットが寒かった。暖房を完全に落としているので、足元が涼しくてもあまり分からない。熱が出たのは何年ぶりだろう。

フランスのクルテュアボックスの動画を観た。ウンターデンリンデンでの3月18日の公演のものをベルエアーが編集したものだ。フランス国内限定である。この版は最初の内にはアップされていなくて、休憩付きの生中継の6時間ほどの動画が提供されていただけだ。そこから4時間19分に編集されたものに差し替えられている。こうなると欲が出て、一幕のみをならず全曲を観たい。テルカコフの演出が話題になっていたので最後まで観たかった。演奏の方はラディオ中継の2月11日の初日のものがあったが、そもそもダニエル・バレンボイムの「トリスタン」に変わりは無く、歌手がどのように歌っているか、シュターツカペレがどの程度の演奏をするかにしか興味が無かった。そこでこの動画があると、演出も確認可能となる。

キリル・ペトレンコ指揮「トリスタン」の関してはその予定が発表されていないが、比較対照になる上演の一つがこのベルリンの物には違いないだろう。なるほどバレンボイムの譜読みは可成り粗く ― と言うよりは音化に限界があるということだろう、音楽作りもふにゃふにゃで物足りなさも否めないのだが、その「トリスタン」の指揮に関しては経験も定評もある。

そろそろ4月12日のラディオ生中継のあるペトレンコ指揮ベルリナーフィルハーモニカーの演奏するプログラムをお勉強しなければいけない。今回の二回の中継とルツェルンでの五回目の本番で聞けるので少なくとも三回同一プログラムが聞ける。驚いたことにデュカの「ラぺリ」の楽譜が落とせた。更にプロコフィエフも問題なかったが、フランツ・シュミットの交響曲4番はピアノ譜しかなかった。

先週25日のガランチャが歌うバーデンバーデンでのコンサートが再びARTEで放送されて、ネットに上がっている。早速落とすと ― 75Min,1.35GB,1280x720,AAC155kb ―、驚いたことに「ドンファン」がオープニングで使われているだけでプログラムからカットされて、全く異なるカメラカットで編集された映像となっている。ラディオ録音中継が楽しみだ。映像があっても態々ラディオ放送を楽しみにしているというのは、ネットが使えないお年寄りとかに限られて、この映像を観た人の中に私以外にいるだろうか?生中継を観た人の中にはいるかもしれないが。

座付き管弦楽団のニューヨークデビュー公演の裏方さんの話しが載っていたので、それをリツイートで紹介した。その裏方さんは、インスツィペントと呼ばれる業務で、所謂劇場の舞台進行係りつまり幕引きさんだ。そのインタヴューを読んでいて、そのナディーン・ゴェッペルトはNHKホールの袖でも仕事をしたようだが、あの「ヴァルキューレ一幕」での歌手の出入りはてっきりドラマテューグか誰かが書いたものをその指示で動くものと思っていたのが誤りと分かった。勿論オペラ劇場の演出が関わるものはそうした配慮があるのだろうが、こうしたコンサート形式のオペラの場合は現場の判断で決定するらしい。だからミュンヘンで準備をする一方、現地のカーネギーホールで音出しの時間の合間に指揮者ペトレンコと考慮して決定したという。まあ、誰も演出はしていないのだから当然と言えば当然なのだが、会場と舞台などが映ったモニターを前にして、ピアノ譜を前にタイミングを計るらしい。つまり、歌手が舞台袖に来るためのキューも出すらしい。また舞台の反対側には助手が付くようだ。それどころかミュンヘンでは始まりのベルまでこの人が押すというからその裁定権が凄い。と言うことは、NHKホールでの歌手の出入りの足音の響きなども演出というよりも現場の判断でそのような結果になったということらしい。オペラの場合のカーテンコールの送り出しなどの判断はまた別の人がやるのかどうかは分からないが、そうした現場の人材とか人力とかをミュンヘンの劇場に通うようになって初めて知った。私立のバーデンバーデンの祝祭劇場ではそこまでの人材を揃えるのはとても困難だ。



参照:
バーデンバーデンの調印 2018-03-29 | 文化一般

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by pfaelzerwein | 2018-04-02 18:02 | 文化一般 | Trackback
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