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待望される復活明け

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休み明けの復活とはならなかった。復活祭月曜は昼寝もして休養も貪ったのだが、まだ駄目だ。ベットは寒くはなくなったので、熱は下がったのかもしれない。もう少し安静にするようにしよう。

SWR2のラディオ放送はよかった。3月25日のコンサートは、SWR2の録音でARTEが放映して、デジタルコンサートでのアーカイヴされるので可成り手間を掛けていた。空間マイクロフォンも3ペアーをミックスしていたが、その価値の十分に出ている収録となっている。繰り返すようだが、バーデンバーデン祝祭劇場は、その主旨から新設のコンサートホールのような分離性は求められなかったのだろうが、以前に比べると明晰さが増したと思う。一年前の二つのコンサートと比較しても若しくはシカゴ、ヴィーン、ゲヴァントハウス楽団の演奏会と比較しても今年の演奏は明晰さが増した。会場の材質などの経年変化は一年では変わらないが、なぜかこの20年近くで上手く枯れてきた感じがする。舞台や反響板や椅子などは経年変化するのかもしれない。昨年の二回のコンサートは立錐の余地のない入りだったので、その分今年の方がよく鳴ったのかもしれない。

いずれにしても、前任後任の両者による音響に関しての肯定的な発言などの影響もあるかもしれないが、この祝祭劇場の音響に関しての関心は高まって、今回の収録も手が込んだものになっていたかもしれない。例えばラヴェルの「シェーラザード」の声と管弦楽の混ざり合いを聞くと、生においても秀逸だったが、フィルハーモニーからの録音では聞いたことが無い質のもので、これは個人的にはベルリオーズの「ファウストの業罰」以来の音響体験だった。恐らくフィルハーモニーでは声も楽器も分離勝ちになって、逆にここほど粒立ちよく響かないのかもしれない。恐らく来年の中継はシェーンベルクの協奏曲の日になるだろう。

その祝祭劇場を活かしての2020年以降の計画をベルリンの支配人ツェッチマンが練っている。大物のオペラ演目と管弦楽演奏会は決まっているのだろうが、その他の室内楽などは未定のようだ。だからインタヴューに答えて、他の会場や企画などの可能性を練っていて、ペトレンコ就任の最初の2020年から新機軸で行くかどうかを考慮しているようだ。ペトレンコが祝祭劇場以外で振ることは一寸考えられないが、本体のプログラムとの組み合わせの可能性を指すのだろうか。現行は、もう一つの小さなオペラを市劇場で上演して、カラヤンアカデミーの関連でのコンサート以外は教会やカジノでの室内楽が主だった。ホールは、ベネツェットやハンスロスバウトなど管弦楽団会場もあり、室内楽や野外には事欠かない。更にブーレーズハウスが整えば新たな可能性が生じる。やはり新任のステムパ支配人を待たなければいけない。そもそもザルツブルクを後にしたのも、自主運営の手間とその陰で音楽祭幹部の不正などがあったから、バーデンバーデンへの移動は成功したとサイモン・ラトルが語った通りで、芸術的にも成功させるにはバーデンバーデン側の対応が欠かせない。

ザルツブルクとの比較が改めて吟味されることになり、バーデンバーデンの優位性は事欠かないのだが、まだまだ十分に活かされておらず、音楽大学にしても声楽に関してはカールツルーヘも近辺にあり、もう少し聴衆の若返りも可能かとも思われる。ラトルの言う様に「聴衆の多彩さ」は繰り返す必要もないのだが、常連さんが抜けたところでの上演の雰囲気がどうも違うらしい。ペトレンコ指揮になれば私の様に全部通う人も増えるとは思うが、やはりどうしても最初はミュンヘンから押し寄せるぐらいでないとオペラ通聴衆の核が形成されない。現代音楽の聴衆が少なくないことも忘れてはいけない。



参照:
舞台神聖劇の恍惚 2018-03-25 | 音


by pfaelzerwein | 2018-04-03 21:38 | 文化一般
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